転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第三十二話

 ――上下? いや、左右も逆か。

 

 一度は上下だけが逆かと思った藍染だったが、先程平子が東仙から受けた傷から、目聡く平子の能力の詳細に気がついた。

 

「これが俺の斬魄刀――逆撫(さかなで)の能力や。相手のコントローラーの上下左右を逆にする。落ちゲーのトラップみたいでおもろいやろ?」

 

 円形になった柄の一部に指を通し、クルクルと斬魄刀を回しながら平子は言った。

 上下左右が真逆。簡単に言ってはいるが、その能力はかなり凶悪だ。人間は周囲の情報の七割を視覚から得ている。それを阻害された上で戦うなど、ほぼ不可能に近い。

 

「まあ、お前はゲームとかせんやろうけど、な!」

 

 平子の声を合図に彼が藍染の正面から、ひよ里が藍染の上から同時に攻撃を仕掛ける。

 

「確かに面白いな。全てが逆だ。上下左右……前後もな」

「っ!?」

 

 そう言いながら藍染はまず、実際にひよ里が攻撃してくるであろう自身の下半身を結界で守り、それと同時に後方に刃を差し出した。

 瞠目する平子を見て、完全に逆撫を攻略したと思った藍染だったが、それは違った。

 

「なにっ!?」

 

 受け止めたと思った平子とひよ里の刃は、藍染の斬魄刀と結界との接触と共に掻き消え、次の瞬間には藍染の身体に一撃ずつ攻撃が入っていた。

 

「気づけへんかったみたいやな。上下も左右も前後も逆。ついでに見えとる方向と斬られる方向も逆や」

 

 上下左右前後、そしてダメージを受ける方向。それらを全て頭の中で反転して戦えるだろうか。その答えは否だ。熟練した剣士であるほど、身体は目で見たまま、より反射に近い反応速度で対応する。

 故に敵が強ければ強いほど、平子の術中に嵌まり易いのだ。そして、弱い敵はそもそも平子に一太刀も浴びせることはできないという、始解の時点である程度完成された能力を有しているのだが、その強力であるはずの能力が破られるのは、思いの外一瞬だった。

 

「何かと思えば、只の眼の錯覚か」

「なっ!?」

 

 そう呆れるように呟いた藍染の元から、平子とひよ里に続こうとした仮面の軍勢の面々が、次々に一太刀ずつ浴びせられていく。その攻撃は戦闘不能になるには威力が足りず、藍染が完全に平子達を弄んでいることが察せられた。

 

「五感全てを支配する、私の力にはほど遠い」

 

 相手の視覚を錯乱する。それは確かに強力な能力だ。しかし、その力は所詮、藍染の鏡花水月で十分に再現が可能な能力だった。

 つまり逆撫は、現時点では藍染の鏡花水月の単なる下位互換でしかなかったのだ。

 

 そして、恐るべき事に藍染は、たった一度で逆撫を攻略してしまった。本来なら、逆撫は相手が逆様の世界に慣れてきた頃に始界を解いて戦う事で、永遠に相手を錯乱させる事ができるのだが、永遠どころかほんの一瞬で終わってしまう程に、藍染の実力は他と隔絶していた。

 

「馴れてしまえば何のことはない、子供の遊びだよ、平子真子」

 

 そして、一瞬で動いた藍染によって、平子とひよ里にも攻撃が入ってしまう。

 

 先程までの一連の戦いを通じて頼もしいと感じていた仮面の軍勢が、藍染に手も足も出ていない事を目の当たりにした護廷十三隊と、仮面の軍勢自身の間を重い空気が支配した。

 

 

***

 

 

「【卍解“黒縄天譴明王”】!」

 

 虚化することによって膂力を大きく上昇させた東仙に対抗する為に、狛村も己のギアを一段階上げた。

 

「……愚かなことだ」

「なに?」

 

 しかし、その力を見て東仙の口から出たのは侮蔑の言葉だった。

 

「その巨体を傷つければ、お前自身の身体にも傷がつく。何とも不便な卍解だな、狛村。その強大な破壊力故に、敵を一撃で倒せぬ事など、ましてや反撃される事もなかったのだろうが、――私は違うぞ」

 

 言葉を言い切ると共に、東仙は軽快に鎧武者の周りを動き回る。

 隊長である狛村と感覚を共有した鎧武者の移動速度は、決して遅くはないのだが、その巨体故に攻撃が非常に当てやすい。並みの敵ならば鎧武者の鎧を貫けずに終わってしまうのだが、虚化した東仙は、当然その範疇には入らない。

 やがて動き回ることによって出来上がった鎧武者の隙に、東仙が斬撃を放つのだが、その攻撃はまたしても、割り込んできた鎖に繋がれた鎌によって防がれた。

 そして攻撃を外した東仙に、鎧武者の拳が突き刺さった。

 

「……檜佐木」

「援護は俺に任せて下さい、狛村隊長」

「ああ」

 

 トリッキーな動きを得意とする修兵の遠距離攻撃型の斬魄刀は、巨大な鎧武者の死角の支援防御に、これ以上ない程に適していた。

 そして鎧武者の肩の上に修兵を置いた狛村は、東仙の方へ向き直った。

 

 当然先程の一撃で、虚化した東仙を仕留められるハズもなく、それどころか、東仙は鎧武者の攻撃によって粉砕された右腕を、既に回復させていた。

 

「超速再生か……。本当に、死神を捨ててしまったのだな」

 

 虚の部分を強めた東仙の姿に狛村は嘆いた。

 

「『堕落』だと言ったな? 友を騙し、部下を騙し、力を手にすることが堕落だと……。ならば訊こう。復讐の為に組織に入った者が、安寧たる暮らしに目的を忘れ、組織に迎合する事は堕落ではないのか?」

 

 東仙の言葉に狛村は目を剥いた。この瞬間、狛村は感づいてしまったのだ。

 

 ――東仙要が、復讐の為だけに護廷十三隊に入隊したということに。

 

 今は亡き友の為、その思いは狛村の認識通り、今も東仙の一番の原動力となっている。しかし、そこから取る行動が二人の間で大きく異なっていたのだ。

 

 狛村は、亡き友が貫けなかった正義を貫く為に、東仙は護廷十三隊に入ったのだと思っていたのだ。

 しかし、それは違った。東仙の目的は友を殺した組織に復讐をすること。

 

 ――そして、それが東仙にとっての正義だった。

 

 どちらが善でどちらが悪かなど、それを見る立場と共に変わってしまう。

 狛村を始めとする護廷十三隊にとっては、仲間を裏切ってまで手に入れた力で、復讐を成し遂げようとする東仙は悪に映るだろう。

 しかし、東仙にとっては死した親友の無念も晴らさずに、のうのうと生きることこそが悪だったのだ。

 

「解った。どうやら儂は貴公の心を見誤っていたようだ。今のが貴公の本心ならば、儂と貴公は相容れぬ定め」

 

 そんな東仙の言葉を聞いた狛村は、友を斬る覚悟を決め、斬魄刀を構え直した。

 

「相容れぬならば、私を斬るか? それも正義か、笑わせる」

「そうだ。正義だ。信念の元に相容れぬならば、説得は由なし。儂は尸魂界の為に、貴公を斬らねばならぬ」

 

 先程までのやり取りで、狛村は東仙の覚悟を肌で感じ取っていた。本来ならば、東仙の目を覚まさせた上で罪を償って貰おうと考えていた狛村だったが、東仙は確固たる意志を持ってこの場に立っている。故に説得は不可能だった。

 狛村のこの戦いに於ける優先順位は二つ。一つは東仙の説得。もう一つは護廷十三隊の一員としての、空座町の防衛だ。狛村にとって、この二つに大きな差はなかったのだが、東仙を斬ることを選ぶきっかけとなったのは、正義と言う名の天秤だ。

 自分の我が儘を押し通すのか、隊長という責任のある立場の死神として、相応しい振る舞いをするのか。どちらが善など、考えるまでもなかった。

 

「斬りたくはない。だが儂は、貴公の本心を聞けて満足した」

 

 本当は狛村も東仙を斬りたくはない。故にそれを実行する為には理由が必要だった。そうでもないと、身体が動きそうになかったからだ。

 

「儂の心は既に貴公を赦している」

 

 東仙にどんなことがあって、今に至ったのかは狛村には分からない。だが、東仙要という人間の本質が変わっていないことが、狛村にとっての唯一の救いだった。

 そして、それさえ分かっていれば、狛村が東仙を赦すのには十分だった。

 

「既に赦しているだと? 神のような口を聞くな。狛村」

 

 しかし、狛村が赦すか赦さないなど、最早東仙には関係なかった。

 

「私がいつ赦せなどと言った!? 斬りたくば斬るがいい! この私の刀剣解放を目にしても、同じ言葉が吐けるならば!!」

 

 狛村の言葉を傲慢だと断じた東仙は、二度とそのような言葉を吐けないようにと、勝負を決めにかかる。

 

「東仙隊長が……帰刃!?」

 

 あまりの衝撃に檜佐木は動揺を隠せない。そしてこれ以上、東仙の死神から遠ざかった姿は見たくないと、風死を投擲することで、解放を阻害しようと試みるのだが、風死が東仙に命中することはなかった。

 

 帰刃することにより、出現した黒い霊力の奔流が東仙を包み込んだのだ。

 

「【清虫百式“狂枷蟋蟀(グリジャルグリージョ)”】」

 

 そして黒い霊力の奔流から再び東仙が姿を表した時、最早彼に死神であったころの東仙の名残は残っていなかった。

 

 今の東仙の姿を一言で言い表すのならば、巨大な黒い虫だ。昆虫を彷彿とさせる六本の手足に、角のような触覚、身体の大きさと比例した巨大な羽。

 現世に住む大半の人間が卒倒しかねない姿へと変身した東仙は、ジッと宙に佇んでいた。

 

 ――そして、東仙の目が開かれる。

 

「見える、見えるぞ! 見えるぞ、狛村!」

 

 その目から見える光景は、東仙要という人間にとって、いい意味で衝撃的だった。

 

「ふははははははははは!! これが空か! これが世界か!」

 

 初めて見る外の世界に東仙の心は高ぶった。

 

 そして、一頻り満足したのか、笑いを治めた東仙は再び狛村へと向き直る。

 

「それがお前か狛村。思っていたより醜いな」

 

 他の死神とは違う容貌をしている狛村に、東仙は侮蔑の言葉を投げかけた。

 

 そこからの展開は一方的だった。帰刃をしたことによってさらに身体能力を上げた東仙は、修兵の援護をかいくぐり、徐々に狛村にダメージを蓄積させていく。

 

「【九相輪殺(ロス・ヌウェベ・アスペクトス)】」

 

 そして、決定的な一撃が放たれる。

 東仙の指から放たれた幾重にも重なった音波は、鎧武者の鎧を簡単に砕き、その内部へと衝撃を浸透させた。

 あまりの衝撃に、狛村の卍解は強制的に解かれることとなる。それにより、鎧武者の肩に乗っていた修兵は宙へと放り出され、術者である狛村は地面へと落下した。

 

「……東仙」

 

 消え入りそうな意識の中で、狛村は東仙の名を口にした。

 その一言には、推し量ることもできないような彼の思いが込められていた。

 

「終わりにしようか」

 

 そう言った東仙は、両目に霊力を集中させる。虚閃の体勢だ。

 

「狛村、正義とは言葉では語れぬものなのだ」

 

 東仙の目元で光を放ちながら蓄積されていく霊力を見ながら、狛村は思考を巡らす。

 

 斬ると覚悟していたはずだった。

 友の過ちを正してやろうと、それが無理なら力ずくでも止めてやろうと思っていた。だが、狛村に東仙を斬ることはついぞできなかった。

 どこかに迷いがあったのだろう。そして、その迷いが狛村の刃を鈍らせ、結果として東仙を斬ることができなかったのだ。

 

 それを自覚した狛村は自身を不甲斐ないと思い、それと共に浮かび上がってきたのは謝罪の意だった。

 最後まで面倒を見ることができなかった、自分の部下である射場。

 修兵と二人で戦っていたのにもかかわらず、自分に迷いがあった所為で東仙を斬ることができなかったこと。

 

 ――済まぬ東仙。

 

 そして何より、

 

 ――やはり儂には貴公を斬れぬ。

 

 友になろうと決めた相手なのにも関わらず、その過ちを正してやれなかったこと。

 

 それらを言葉にする事もできないことを、酷く悔いた狛村だったが、もうそれは叶わぬことだ。せめて友の放つ一撃を最後まで目に焼き付けようと、目を見開いた。

 

 ――その時だった。

 

「何っ!?」

 

 東仙の足元から鎖が生え、彼の身体を拘束した。不意の衝撃に東仙の目に集束されていた霊力はキャンセルされ、四散する。

 

「檜佐木……なのか……?」

 

 自分を守ってくれたであろう人物の名を、狛村は疑わしげに呟いた。

 確かに、東仙を拘束している鎖自体は、先程までよく見ていた修兵のものと相違ない。だが、これまでの攻防で、修兵が地面から風死で攻撃したことなどなかったし、温存するにしても、地面からの攻撃が決定打になる場面は幾度となくあった。

 そして、違和感はこれだけではない。先程までは、東仙が膂力だけで強引に解いていた風死の鎖が、全くといっていいほど解けていなかったのだ。それどころか、東仙が拘束を解こうとする動きに合わせて、風死の鎖はみるみるその長さを伸ばしていく。

 それを端から見ていた狛村はこう思った。

 

 ――彼の斬魄刀の鎖はここまで長かったかと。

 

 その正体を探るべく、狛村と東仙が同時に修兵の元へと目を向け、瞠目した。

 確かに、東仙を拘束していた鎖は修兵の元へと繋がれていた。だが、そこにあったのは二人の想像を絶する光景だった。

 

 修兵の頭上。偽の空座町に建てられたレプリカよりも、遥かに高い場所にそれはあった。

 巨大な黒い球体。それが修兵の遥か頭上から影を落としていた。

 

「鎖……か?」

 

 そして、帰刃をしたことで視力を得た東仙は、その物体の正体を一瞬で見破った。

 鎖。今自身を拘束しているものと同じ物体が寄り集まり、一つの巨大な球体を生み出していたのだ。

 東仙がそのことに気づいたのとほぼ同時に、修兵は握っていた刃を横に掲げる。

 すると次の瞬間、地上と空のニ方向から勢いよく鎖が出現し、やがて空と大地を数千本の鎖が繋ぎ止めた。

 更に、他の鎖と比べても一際太い鎖が、修兵の後方へと垂れ落ち、地面と黒球を繋ぎ止める。

 そして最後に、東仙と地面を繋いでいた鎖が一本の鎖へと変形し、修兵と東仙の首元に絡みついた。

 

「【卍解“風死絞縄(ふしのこうじょう)”】」

 

 過剰とも言える鎖の出現は、東仙を尸魂界に繋ぎ止めるという修兵の意志を、言外に伝えているかのようだった。

 

「それがお前の卍解か?」

「はい、そうです。俺はこの力であなたを尸魂界に連れて帰ります」

「この僅かの期間で卍解を習得したことは誉めてやろう。だが所詮は卍解、死神という次元を超えた、私の帰刃の敵ではない」

 

 東仙がまだ護廷十三隊に居た間に、修兵が卍解を習得したという話はなかった。つまり修兵は、東仙が尸魂界を去ってから、僅か数ヶ月で卍解を習得したということになる。

 

 ――つまり裏を返せば、まだ習得してから数ヶ月しか経っていないのだ。

 

 狛村の卍解を難なく相手できていた東仙が、修兵の卍解を対処できない訳がなかった。

 案の定と言うべきか、東仙は修兵に対処できない速度で動き出し、修兵の身体を爪で真っ二つに斬り裂いた。

 

「分かってますよ、そんなこと」

「何っ!?」

 

 しかしどういう訳か、身体を斬り裂かれたはずの修兵は、無傷で東仙の後ろに立っていた。

 

 ――どういうことだ……?

 

 試しにもう一度攻撃を仕掛けても、攻撃を受けたはずの修兵はそこに立っていた。

 

「何をした……!?」

「これが俺の卍解の能力ってことですよ」

「そんな訳があるか! 不死身の斬魄刀などあるはずがない!!」

 

 目の前で起きた不可解な出来事に、東仙は目に見えて動揺する。しかし、それも仕方のないことだ。今の修兵の状態は、不死身であるようにしか見えないのだから。

 

 その後も東仙は何度も修兵を斬りつけるが、それと同じ回数、修兵は何事も無かったかのように立ち上がる。そんな時だ――東仙が膝をついたのは……。

 

「なん……だと……!?」

 

 修兵は卍解をしても、一撃たりとも東仙に攻撃を当てられていない。それにも関わらず、東仙の体力は目に見えて消耗していた。

 そして、攻撃を受け続けていた修兵も、東仙と同じように呼吸を乱している。

 

 修兵の卍解――風死絞縄の能力は、自分と鎖で縛り付けた対象を、擬似的な不死状態にするというものだ。相手によって付けられた傷は、相手の霊力によって癒やされ、その後術者と対象の霊力が平均化される。そして、その調整を行っているのが、修兵の頭上に浮かぶ黒球だ。

 一見無敵の能力に聞こえるかも知れないが、実はそうではない。黒球が霊力を吸い尽くした後、術者と対象を待っているのは死のみだ。故に卍解を発動した修兵は相打ちしか行えず、対象のトドメは仲間が刺す必要がある。

 つまり、修兵の卍解は信頼する仲間が近くに居て、初めて発動できるモノなのだ。

 

「……やっぱり、あなたはもう東仙隊長じゃない」

 

 そして、修兵は悲痛な表情を浮かべながら、言葉を紡ぎ出した。

 確かに修兵の卍解は特殊だ。だが、それも修兵のよく知る霊圧知覚に長けている東仙なら、見破れてもおかしくなかった。

 

「そして何より、あなたは未知の力に対して、がむしゃらに向かって行くような人じゃなかった」

 

 もし、東仙が修兵の卍解を多少なりとも警戒していれば、得体の知れない力に無策で向かっていくようなことはしなかっただろう。

 

「――今のあなたからは、何かに対して怯えているような様子は感じ取れません……!」

 

 しかし、東仙は強大な力を手にしたことで、敵を警戒するという、戦いにおいて何よりも初歩的なことを怠った。

 そしてそれはかつて東仙が説き、修兵が何よりも大切にし、心に留めて来たことだ。

 

「これで終わりです」

 

 そう言った修兵は、両手に持っていた鎌を手放した。

 すると、地面に接触するはずの斬魄刀は影に呑まれ、その次の瞬間、東仙に小さな刃を持つ鎖が巻きつき、まるでチェーンソーのように東仙の身体を削って行く。

 

 そして、たちまち東仙に付けられた傷は癒やされ、その代償として、修兵の霊力が巨大な黒球に吸い取られる。最後に二人の霊力が平均化された時、もう両人共に立つ力すら残されていなかった。

 

 命が無くならないギリギリのタイミングで修兵が卍解を解くと、二人はまるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

 

***

 

 

 地面に仰向けで倒れた二人には、既に動くことを可能とする霊力は残されておらず、修兵の卍解に続いて、東仙の帰刃も解かれていた。

 

「……東仙」

 

 そして、そこにいち早く回復した狛村が駆けつけた。東仙との戦いで、無視はできないほどの傷を負った狛村だったが、彼は見た目からも分かる通り、他の死神達と身体の作りが異なるため、回復の速さも、普通の死神とは異なっていた。

 

「……狛村、……檜佐木」

 

 東仙は近寄ってきた狛村、自分と同じ様に隣で倒れている修兵に目を遣った。

 

「東仙、貴公は戦いの前に言ったな。“我々がいずれ刃を交えることになると知っていた”と」 

 

 目があったのを確認して狛村は語り出す。

 

「実は儂も戦いながら同じ事を感じていた。恐らくは檜佐木も同じはずだ」

 

 過去の東仙との会話から、狛村は漠然と東仙と戦うことになる可能性を思い浮かべていたのだ。

 

「今までの我々の関係は仮初めだった。我々はいずれ刃を交え、こうして心から分かり合う運命だったのだ」

 

 言葉の所々に嘘が混じっていた昔とは違う。こうして本音を言い合い、ぶつかり合った今こそ本物の関係となり得るのだ。

 

「憎むなとは言わん。恨むなとも言わん。ただ、己を捨てた復讐などするな。貴公が失った友に対してそうであったように、貴公を失えば、儂の心には穴が空くのだ」

 

 すると、狛村の言葉を聞いた東仙の目から涙が溢れ出した。

 裏切り、刃を交えてもまだ、自分を失って悲しいと思ってくれる人間がいたのだ。

 

「ありがとう、狛村」

 

 東仙の心には感謝しかなかった。

 

「檜佐木、顔をよく見せてくれ。虚化の影響で、今はまだ目が見えるのだ。今のうちに、お前の顔を見ておきたい」

 

 もうこの先、東仙は虚化を使うことはもうないだろう。この力は友や部下を裏切った証だ。分かり合えた今、この力を使えるわけがなかった。

 故にこれが最後だ。そう思った東仙は、横に居る修兵に向かって語りかけたのだが、そこに思わぬ邪魔が入った。

 

 ――上空から東仙を目掛けて鬼道が飛んで来たのだ。

 

 そこには確かな霊力が込められており、当たれば修兵の卍解で極限まで消耗した東仙の命を刈り取るのは、そう難しくないであろうことが察せられた。

 

 そして、東仙と話す為に地面に膝をついていた狛村は、この攻撃に反応できていなかった。

 

 しかしその攻撃は、三人の前に現れた結界によって防がれることとなる。

 

「大丈夫、修兵?」

「卯月!?」

 

 そこにいたのは卯月だった。

 この戦場で唯一修兵が卍解を使えることを知っていた卯月は、市丸を縛道で拘束した後、修兵の元に向かっていたのだ。修兵の卍解は信頼できる仲間がいて、初めて使えるモノだからだ。

 

「……蓮沼」

「僕は修兵と違って、あなたのことはよく知りません。だけど僕は一応あなたに恩があります。……まあ、間接的なので、あなたは知らないでしょうけど」

 

 そう言った卯月が思い浮かべたのは、かつて自分が対人戦について悩んでいた時のことだ。あの時は修兵との模擬戦すら本気で取り組めていなかったのだが、その時修兵が教えた東仙の言葉が、自分の気持ちを楽にしてくれたことを覚えていた。

 

 そして、卯月が作り出した回復の結界が修兵と東仙を包み込む。

 

「修兵の卍解の影響で傷は負っていないから、これですぐに回復できるはずです」

 

 それだけ告げると、卯月は東仙を殺しにかかった張本人――藍染に視線を向けた。

 

 なんと藍染は平子達の相手をしながら、東仙に攻撃を仕掛けたのだ。

 

「藍染!!」

 

 卯月と同時に鬼道の出所を突き止めた狛村も、怒り震える。卯月が防いだからよかったものの、もしそれがなかったと思うと、仲間を殺そうとした藍染と、周囲の警戒を怠った自分を許せなかった。

 

 しかし、東仙も市丸も戦闘不能になった今、残すはワンダーワイスと藍染だけだ。そしてワンダーワイスとの戦いは、拳西が有利に進めている。

 つまりは、今残っている戦力を全て藍染に注げる状況が出来上がったのだ。

 

 故に卯月と狛村も最後の戦いに臨もうとした時――また空が割れた。

 

 また敵襲かと驚いた護廷十三隊と仮面の軍勢だったが、それは違った。

 

 オレンジ色の髪に鋭い目つき、ロングコートのような死覇装、両手に持っている漆黒の斬魄刀。

 

 ――黒崎一護だ。

 

「【月牙天衝(げつがてんしょう)】!!」

 

 刹那、赤黒い霊力の斬撃が藍染を覆い尽くした。




 原作より強化されたはずなのに、修兵の消耗が原作より激しいという……。
 風死絞縄、強力ですけど面倒な能力ですね。私は修兵らしさが出てて好きですけど。

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