転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第三十一話

「藍染……!」

 

 一度は東仙に阻まれた所為で、藍染への一撃が阻まれた平子が、卯月の手助けの甲斐もあり、再び藍染と対峙していた。

 もう既にこの場には、藍染を守る者は誰一人として居らず、漸く藍染一人に集中できる、と平子は感覚を研ぎ澄ました。

 

「久し振りだね、平子真子。その力、気に入って貰えたようで何よりだよ」

「アホ言え、んなわけあるかい。ただああした方がおもろい思ったから、やっただけや。あんまり意味はなかったけどな」

 

 その力、というのは言うまでもなく虚化のことで、先程下級大虚を仮面の軍勢が虚化で圧倒していたのを見た藍染が皮肉を言ったのだ。

 しかし、仮面の軍勢も先程の下級大虚との戦いは、かつて自分達を陥れた藍染がその原因となった力に苦戦を強いられるという皮肉を狙った上での虚化だった。

 

「当たり前だ。あのような雑兵、あろうとなかろうと、私の計画には一切関与しないのだから」

 

 しかし、所詮は下級大虚。藍染に痛手を被ったと思わせるには、弱すぎたようだ。

 

「さて、かつての義理もあることだし、君には特別に私の剣でお相手しよう。どこからでもかかってくるといい」

 

 百年前、藍染は平子の右腕として五番隊で働いていた事がある。それは藍染の危険性を見抜いていた平子が仕組んでいた事だったのだが、その猜疑心を藍染が上手く利用し、平子達仮面の軍勢を陥れたという過去があった。

 平子が自分を決して信じなかったからこそ、平子は自分の影武者の正体に気づかず、その間自分は自由に動けた。それが藍染の言う義理である。

 

「何のこっちゃわからん、な!」

 

 そしてそれは平子にとっては過去の過ち、皮肉でしかなかった。

 これ以上話していても、皮肉の言い合いにしかならないと感じた平子は瞬歩で藍染に接近し、斬撃を放った。藍染はそれを余裕をもって避け、返しの一撃を放つのだが、それを読めない平子ではない。

 仮にも元隊長、虚化を身につけた今、その実力は並の隊長格を凌駕している。

 

 藍染の斬撃を躱した平子は斬魄刀を持っていない方の手で、虚弾によく似た霊力の弾丸を放つ。虚化を身につけた平子にとって、虚化をしていない状態でも虚弾程度の技ならば再現可能だった。

 まだ隊長格では無い頃の卯月にもできていたのだから、平子にできない理由はないだろう。

 

 そして、虚弾は虚閃の二十倍の速度を誇っている技だ。それを再現したこの技も、それと同等の速度を秘めている。

 

「【断空】」

 

 故に平子の霊力弾は、藍染に向かって一直線に向かっていったのだが、藍染は縛道を放つことで、それを完全にシャットアウトした。

 

「やっぱ一筋縄ではいかんなぁ……」

 

 分かっていたことだが、藍染は斬拳走鬼の全てが一流。仮に平子が藍染を知らなかったとしても、それはこの一合で推し量れるものだった。

 

「でもそれでええ」

 

 でないと自分のこの百年間の努力は何だったというのだ。

 そう自分の中の復讐心を滾らせた平子だった。

 

 

***

 

 

「お久しぶりです、東仙隊長。お礼に上がりました」

「賢くなったな、皮肉のつもりか?」

 

 修兵の場違いとも取れる言葉に、東仙はそう切り返した。

 

「今までの全てのご教示のお礼です」

 

 しかし、修兵は本気だった。彼は東仙に心からの感謝を告げていたのだ。

 自分の握る剣に怯えぬ者に、剣を握る資格は無いという言葉は、今も修兵の中に根強くあり続けていた。

 

「あなたに教えて頂いた全ての技で、あなたの眼を覚まさせて、尸魂界へ引き戻します」

 

 それが、修兵の考える東仙への最大の恩返しだった。

 

「目を覚まさせる? お前が、私の?」

 

 ――【清虫】

 

 瞬間、東仙の斬魄刀から特殊な音波が放たれ、修兵の斬魄刀の鎖による拘束から逃れた。

 

「檜佐木、言ったはずだ。恐怖を知らぬ者に、戦いに挑む資格などない、と」

 

 修兵の言葉を聞いた東仙は、もう一度過去に教えたことを口にした。

 その上で言い放つ。

 

「お前は何も変わってはいない。今のお前の言葉には、欠片程の恐怖も宿っていないよ」

 

 そもそも前提を間違っているのだ。東仙は一度として我を忘れたことなどない。彼は護廷十三隊に入る前から死神への復讐を目標に生きてきた。

 護廷十三隊に籍を置いていたのは、あくまでその通過点に過ぎない。

 

 しかし、それを修兵は知らない。東仙がどんな考えを持って、この場に立っているのか、それを少しも理解できていないのだ。

 それにも関わらず、東仙の目を覚ますと豪語する修兵に、東仙は言外にこう言っていた。

 

 ――何故、自分の言葉が間違っていることを疑わない?

 

「だが、それも仕方のないことだ。君に私のことなど分かるはずが無いのだから。構えろ檜佐木、狛村、始めるぞ」

 

 自分の眼に映るのは、最も血に染まらぬ道だけ。

 

 かつてそう言った男の戦いが幕を開けようとしていた。

 

 

***

 

 

「あちらさんも始まったなぁー」

 

 額に手を置きながら、緊張感の欠片もない口調で口を開いたのは市丸だ。

 

 修兵達と時を同じくして、新たに仮面の軍勢を加えた護廷十三隊の面々は、どこも有利に戦いを進めていた。

 

「それにしてもえらい簡単に倒れてもうたなぁ、フーラ。ワンダーワイスのお気に入りやったのに気の毒やわぁ……」

 

 その中でもワンダーワイスと巨大な虚――フーラと戦っていた白と拳西は、早くも片方を倒し終えていた。

 次いで仲間が倒された事に動揺するワンダーワイスにも攻撃が加えられ始めており、このままだと決着がつくのは時間の問題かと思われた。

 

「ひゃあ、可哀そ」

 

 白の蹴りによって建物に打ちつけられたワンダーワイスを見て、そう言った。

 

「随分と余裕ですね。これでも僕はあなたと戦う為に此処に立っているんですが……」

「嘘言うたらあかんよ」

「……はい?」

 

 卯月が近くで斬魄刀を構えているのにも関わらず、卯月を見ることすらしない市丸に声を掛けたのだが、返ってきた言葉は、何故か卯月を咎めるものだった。

 

「卯月、本当は僕と戦う気なんてないんやないの? さっきから何個か縛道を展開してるけど、それもボクを拘束するものばっかりで、ボクを倒そうとする動きはないやないの」

「そんな訳ないじゃないですか。戦う気がなければ、そもそも僕はここに立っていませんよ」

「……それもそうやね」

 

 卯月が戦いを好いていないことは、以前の上司であった市丸もよく知っていることだ。そんな卯月がここに立っている時点で、少なからず戦う気があることは察せられた。

 

「やけどその縛道を喰らうわけにはいかんなぁ……。二回も同じ失敗したら藍染隊長に怒られてまうわ」

 

 市丸が思い浮かべたのは、中央四十六室での戦いだった。あの時市丸は、卯月の結界に阻まれた所為で、戦線からの離脱を余儀なくされた。二度も同じ術を喰らっているようでは、藍染の側近は名乗れないだろう。

 

「てことで――ほな、さいなら」

「なっ!?」

 

 故に市丸が選んだのは撤退だった。既に卯月の縛道は準備が完了している。逃れるには距離をとるしかなかったのだ。

 

「【鎖条鎖縛】!」

 

 卯月も瞬時に準備していた縛道のうちの一つを発動するが、その時には既に市丸が射程外に居た為に、僅かに届かなかった。

 

「【波斬】!」

 

 続けて射程に長けた技を放つも、距離の取られた状況では簡単に躱されてしまう。

 

「くっ!」

 

 やむを得ず、卯月は市丸の後を追いかける。隠密機動として鍛え続けた卯月の速力は相当なもので、市丸との距離は徐々に縮まっていった。

 

 そして、二人の距離が五メートル程くらいまでに縮まった時――市丸は笑っていた。

 

「っ!?」

 

 それに途轍もない悪寒を感じた卯月は、ほぼ反射に近い反応で身を捩った。

 何故そうしたかと訊かれれば、具体的には言えない。だが、その動きは正しかった。

 

「【卍解“神殺鎗”】」

「っ!?」

 

 刹那、卯月の横を何かが通り過ぎた。速すぎてはっきりとは見えなかったが、卯月にはその正体が何なのか理解できていた。

 

 ――市丸の斬魄刀だ。

 

 あの瞬間、市丸の斬魄刀は卯月にも視認する事が難しい程のスピードで伸びていたのだ。

 そして、ここにこそ市丸の狙いがあった。逃げると見せかけて、自分の身体を壁にしながら、卍解で装束の背面を破り攻撃する。それだけで初動の見えない神速の攻撃の出来上がりだ。

 

「やるやないの、今の避けるやなんて」

「……それがあなたの卍解ですか」

 

 卯月が市丸に話しかけた時、伸びたはずの市丸の斬魄刀は、いつの間にか元の脇差しの長さへと戻っていた。

 

 ――毒も厄介だけど、基本能力も十分に強力だ。

 

 それが今の市丸の攻撃を見た卯月の感想だった。藍染への復讐という目的がある以上、原作通り彼以外には毒の能力を使わないと確信していた卯月だったが、今の攻撃を見てより一層気を引き締めた。

 決して市丸の卍解の基本能力を侮っていた訳ではないのだが、それでも友人の話と実際に見る攻撃とでは、感じるものが全然違っていたのだ。

 

 ――これは攻撃を見てからだと、間に合わないな。

 

 卍解をして強化された神殺鎗の伸縮速度は恐るべきもので、伸びるのを見てから動いているようでは、到底対処できない。

 卍解した市丸の攻撃を躱すには、攻撃が放たれる前に、どこに神殺鎗が伸びてくるのか、正確に見極める必要があった。

 

 辛うじて攻撃を躱した卯月が再度市丸に視線を向けた時、一度は縮めた距離はまた広げられていた。これでまた振り出しである。

 

 戦いは長くなりそうだ。

 

 

***

 

 

 白と拳西に続く形で、他の戦場でも徐々に決着が近づいていった。

 

 一角と弓親にラブとローズを加えた計四人をスターク(リリネット)一人で相手をしていたのだが、流石に一人で四人を相手するのは厳しいようで、攻撃を喰らっている訳ではないのだが、スターク(リリネット)は非常に難儀していた。

 それだけならば、まだ対処のしようがあった。実際銃であったリリネットが大量の狼の爆弾に変身することで、数的不利にも対処できていたのだが、勝負を決めたのは先程スタークの虚閃によって地面に打ちつけられた京楽の復活だった。

 かつての部下であるリサに叩き起こされた京楽は、彼の斬魄刀の花天狂骨の能力である、影に潜ることで術者の身を異空間に隠す能力――影鬼や、相手と交互に色を指定し合うことで、攻撃力を左右させる能力――艶鬼(いろおに)を駆使することで、スターク(リリネット)の敗北という形で勝負に片をつけた。

 

 そして、冬獅郎にリサとひよ里を加えた三人も、最初こそはひよ里が冬獅郎の地雷を踏んだことにより、数の利を生かせない戦いが続いていたのだが、何だかんだ相性は悪くなかったようで、徐々に連携が形になっていき、戦況が傾き始めていた。

 

「なっ!?」

 

 スタークとの戦いが終わったことにより、こちらの決着がつくのも時間の問題かと思われた時、何者かの一閃がハリベルの胴を切り裂いた――。

 

 

***

 

 

「思いもしなかったよ。苦労して集めた君達十刃の力が、まさか私一人に劣るとは……」

 

 そう呟いたのは、いつの間にかハリベルの元へと移動し、一撃で切り捨てた藍染だ。

 

「なんやとっ!?」

 

 その藍染の行動を見ていた平子が驚愕する。今の今まで、藍染は自分と戦っていたはずだ。しかし、気づけば自分が戦っていた藍染が消え失せていた。そして、そんなことが起こり得る理由は一つしかない。

 

 ――鏡花水月だ。

 

 平子の実力は並みの隊長格を凌駕している。幾ら藍染の実力が規格外とは言え、全く動きが見えなくなる程の差は二人の間にはない。

 

 その証拠に、平子の目の前には藍染が設置した結界があった。

 藍染は平子の攻撃を縛道で防ぎつつ、平子の視覚を錯覚させ、その間にハリベルの元に移動したのだ。

 

「藍染……!!」

 

 だが、ハリベルはまだ終わってはいなかった。彼女は最後の力を振り絞り、藍染に刺突を放つ。今まで藍染に忠誠を誓ってきた彼女だったが、その藍染から裏切られたとなれば話は別だった。

 

「面倒なことだ。君如きがこの私に二度も剣を振らせるな」

 

 しかし、ハリベルが見ていた藍染もまた鏡花水月による幻覚だった。

 そしてまた一閃。冬獅郎達との戦いの消耗に加えて、急所に二度も攻撃を喰らったハリベルは成す術もなく、落下していった。

 

「さあ始めようか、護廷十三隊。そして、不出来な破面もどき達」

 

 藍染の行動によって敵の戦力は減ったはずだ。にも関わらず、場には今までにない程の緊張感が走った。

 

 

***

 

 

「藍染様が立たれたという事は、いよいよ私も君達に、真の力を以て向かわねばなるまいな……」

 

 重い腰を上げた藍染を見て、東仙もそれに続き、自らの力を解放することを決めた。

 

「卍解か。望む所だ。こちらも――」

「――卍解だと……? 笑わせるな」

 

 東仙の言葉を聞いて、自分も卍解しようと力を込めた狛村だったが、心外だと言わんばかりの東仙の言葉に否定された。

 

「藍染様は、私に卍解などより遥かに素晴らしい力を与えて下さったのだ」

「東仙……、まさか貴様っ!?」

 

 藍染が与えたと聞いて、狛村には一つ思い当たることがあった。それは先程自分達の味方として加わった仮面の軍勢が操っていた、種族の垣根を超えた強力無比な力。

 

 ――死神の虚化だ。

 

 東仙が自分の顔を撫でるのと共に、彼の霊圧がかつて無いほどに上昇し、その質を変容させる。

 

「そこまで墜ちたか!! 東仙!!」

 

 力を解放した事により巻き起こった霊力の奔流の向こうに居る東仙に向かって、狛村は声を荒げる。

 

「……っ隊長!?」

 

 そして修兵は自分の知るかつての隊長とはかけ離れた東仙に、様々な気持ちが絡まりあったような悲痛の声を漏らした。

 

「虚化……? それは虚化ですか!? 東仙隊長!!」

 

 霊力の奔流が収まった時、現れたのは一本の縦線が真ん中に引かれた仮面を付けた東仙だった。

 目の前の光景が信じられないのか、はたまた認めたくないのか、修兵は大声で東仙に問いかける。

 

「そうだ」

 

 そして、返って来たのは微塵の感情も篭もっていない肯定だった。

 

「どうしてっ――!」

 

 修兵が次なる問いを声にしようとした時、東仙の姿が掻き消えた。

 

「ぐっ!?」

「檜佐木っ!!」

 

 次の瞬間、修兵は東仙の斬撃の衝撃を殺せずに後方へと飛ばされた。

 辛うじて、自分と東仙の斬魄刀との間に風死の両の刃を挟み込んだ修兵だったが、虚化したことによって大幅に強化された東仙の膂力には成す術なく、吹き飛ばされてしまったのだ。

 

「【天譴】」

 

 それにすかさず巨大な斬魄刀を具現化して反撃に出た狛村だったのだが……。

 

「何っ!?」

 

 単純な威力だけならば、護廷十三隊でもトップクラスを誇っているはずの狛村の斬撃を、東仙は片方の腕のみで受け止めてみせた。

 そして東仙は返しの一撃として、回し蹴りを狛村の腰目掛けて放つ。

 

「っ!」

 

 しかし、その蹴りは突如途中で静止した。そして、東仙と狛村の間を黒い鎖が隔てていた。

 

「……檜佐木」

 

 その鎖を辿ってみると、そこには早くも戦線に復帰した修兵の姿があった。

 

「吊星か……」

 

 修兵が飛ばされた方向を見てみると、そこには幾重にも展開されたクモの巣を彷彿とさせる鬼道があった。

 修兵はこの弾力性に優れた鬼道を使うことにより、飛ばされた際の勢いを利用し、ほぼノーダメージかつ即座に戦線へと復帰していたのだ。

 

「その手の不意打ちは俺には効きませんよ。――今のあなたと同等の動きをする奴と、何度も訓練に励んで来ましたからね」

 

 修兵の言う東仙と同等の動きをする人物というのは、卯月のことだ。修兵はこの約半年間、卯月との修行に励んで来た。

 そして、卯月は隠密機動所属だ。当然その動きは俊敏で、不意打ちに至ってはもう本職と言っても過言ではない。そんな卯月と研鑽を積んできた修兵にとって、東仙の先程の攻撃は対処が可能なレベルだったのだ。

 

「東仙、貴公のその姿をなんと言うか知っているか?」

 

 修兵に続き、狛村も東仙に向かって語りかける。

 

「貴公のそれは堕落だ」

「堕落だと……? 死神から虚に近づくことが何故堕落だ? それは死神と虚を正邪に分ける矮小な二元論から出る言葉だ」

 

 確かに表面的に見るのならば、そうなのだろう。しかし、狛村の考える堕落は東仙の考えたそれとは大きく異なっていた。

 

「違う! 仲間を裏切り、友を裏切り、部下を裏切ってまでも過ぎた力を手にしようとする事が、堕落だと言っているのだ!!」

 

 虚の力を手に入れること。それ自体は悪ではない。その考えだと藍染の策略によって虚化した仮面の軍勢や、生まれつき虚の力を身体に宿していた一護は皆悪ということになる。

 故に狛村が堕落だと言っているのはそんな表面的なことではなく、東仙の内面的な問題だった。

 

「……狛村」

 

 かつては友として共に長い時を過ごした狛村の言葉には、流石に思うことがあるようで、東仙は色んな気持ちが入り混じったような声を発した。

 しかし、それも一瞬のことだ。自分が歩む道こそが正義。そう言った男の覚悟は並大抵のものではなかった。

 東仙は斬魄刀を横に凪払う。すると、斬魄刀から特殊な音波が発生し、彼の背後から接近していた風死の攻撃を逸らした。

 

「ちっ!」

「甘いぞ檜佐木、その程度の攻撃が私に見切れないとでも思ったか?」

 

 斬魄刀を構え直した東仙は、自らの足を引っ張る気持ちを振り切るように、動き出した。

 

 

***

 

 

 卯月と市丸の戦いは、先程から膠着状態が続いていた。持ち前の速力で卯月が市丸との距離を詰めて行くのに対して、市丸は建物の曲がり角や瓦礫などを利用して、巧みに卯月への攻撃を仕掛けていく。そして、卯月はそれを完璧に回避していた。

 真の能力を発揮しない神殺鎗は言わば、神鎗の完全上位互換。そして、神鎗の攻撃の全てが刺突だ。つまり、その攻撃範囲さえ逃れることができているならば、神殺鎗の攻撃を避けることは可能だった。

 

 そしてそんな時だ――藍染がハリベルを切り捨てたのは。

 

「ああ、こりゃもう無理やな……」

「……何がですか?」

 

 市丸は神殺鎗を卯月が躱した瞬間を見計らって口を開いた。このタイミングならば、確実に攻撃を受ける事無く話すことができるからだ。

 

「いや、ただ君らにもう勝ち目はないって思うただけよ。だって藍染隊長がやる気になったんやもん、鏡花水月を破れる卯月が居らん、今の護廷十三隊に勝ち目はないよ」

 

 今まで護廷十三隊が有利に戦いを進められていたのは、藍染が戦いに参加していなかったからだ。

 彼がその気になれば、護廷十三隊内で同士討ちをさせる事も可能なのだ。

 鏡花水月への対抗策なしには藍染へ打ち勝つ事は不可能だった。

 

「そろそろ終わりにしよか」

 

 後は、卯月というこの場においての唯一の逆転の芽を摘むだけだ。

 故に市丸は斬魄刀を構え直したのだが、どうしてか、卯月はそれに応えようとしなかった。

 

「ええ、終わりにしましょう。――ただし市丸隊長、あなたがです」

「なっ!?」

 

 ――【断空】!

 

 卯月が両の手を合わせた瞬間、どこからともなく現れた透明の結界が、立方体の形で市丸を閉じ込めた。

 

「不思議に思いませんでしたか? 僕が最初に練り込んでいた縛道はどこに行ったのかと……」

「これがその答えいうことやね……」

「そうです」

 

 先程までの攻防で、卯月は市丸の後を追っているだけと思われたのだが、実はそうではなかった。卯月はそれと同時に幾つかの断空を空中に展開していたのだ。

 そして追い方も何も考えずに追っていた訳ではない。建物の位置。技を打つタイミング、これら全てを計算して行っていたのだ。

 勿論、ノーミスでここまで来れた訳ではなく、何回か読みが外れた時もあったのだが、現在こうして市丸が結界に閉じこめられている以上、後は卯月のペースだ。

 

「【縛道の九十“黒獄”】」

 

 そして、漆黒の檻が市丸を飲み込み、檻が作り出した重力が市丸の膝をつかせた。

 

 

***

 

 

「ありゃ~、最後の十刃の人……やられちゃった」

 

 そう脳天気な声音で呟いたのは、先程までワンダーワイスと戦っていた久南白だ。

 仮面の軍勢の中でも最も虚化との相性が良かった彼女の虚化した際の強さは圧倒的で、不意打ちとは言え、一瞬にして浮竹を倒したワンダーワイスをまるで赤子をひねるかのように扱っていた。

 

 先程からワンダーワイスも粘り強く立ち上がっているのだが、その度に容赦なく叩き潰していた。

 

 もうワンダーワイスには勝ち目はない……はずだった。しかし、それは唐突に訪れる。

 

「やば……時間切れ?」

 

 白の仮面が外れたのだ。普段は十六時間連続での使用が可能な白の仮面だったのだが、激しい動きを行う条件下では話が別だったようで、普段よりも格段に早く時間制限を迎えてしまった。

 

 ――そして、そこにワンダーワイスの拳が突き刺さる。

 

 先程から白とワンダーワイスの戦いを見ていた拳正は、何度か白に仮面を着け直すように忠告していたのだが、白は普段の持続時間と彼女の生来の調子乗りな性格も相まって、拳西の意見を聞き入れなかった。それがこのワンダーワイスの逆転に繋がったのだ。

 

「ああああああああああああ!!」

 

 すると、ワンダーワイスが奇声を上げながら、再度拳を振りかぶる。二撃目だ。

 

 だが、その攻撃は拳西によっていとも簡単に受け止められてしまう。

 

 そして、拳西は白は安全な場所に置いたあと、再度ワンダーワイスに向き直った。

 

「【卍解“鉄拳断風(てっけんたちかぜ)”】!!」

 

 瞬間、彼の周りを砕蜂の無窮瞬閧に勝るとも劣らない程の風が吹き荒れた。

 

 

***

 

 

「迂闊に近づかんどけよ。藍染の能力や、考えなしに近づいたら、その時点で終いやど」

 

 再度藍染と対峙した平子が、十刃を倒して来た仲間達にそう告げた。

 現状数では圧倒的優位に立っている護廷十三隊と仮面の軍勢だが、それすらも藍染の能力にかかれば、一瞬で覆すことは容易い。

 

「分かっとるわ」

「アホか。なら柄から力抜けや、ひよ里」

 

 そう真っ先に答えたひよ里だったのだが、間違いなく力んでおり、今の彼女が藍染と戦っても、空回りにしかならないことが察せられた。

 

「思い遣りの深い言葉だ()()()()

「っ!」

「ひよ里!」

 

 藍染の皮肉に反応するひよ里を再度平子が制止する。そうでもしなければ、飛び出しそうなほどに、今の彼女の頭には血が上っていた。

 

「だが、迂闊に近づいたら終わりとは滑稽に響くな。迂闊に近づこうが、慎重に近づこうが、或いは全く近づかずとも、全ての結末は同じこと」

 

 一度対象に解放の瞬間を見せるだけで、強制的に催眠をかけることができる鏡花水月の能力は、対象が近距離に居ようが、長距離に居ようが、発動可能だ。

 

「未来の話などしていない。君達の終焉など、既に逃れようのない過去の事実なのだから」

「「……っ!」」

「挑発や、乗るな!!」

 

 藍染の言葉に乗せられそうになる、仮面の軍勢の面々を平子が一喝する。

 普段は挑発に乗せられるほど、彼らも愚かではないのだが、藍染にはそれを可能とするカリスマ性が備わっていた。

 

「何を恐れることがある? ――百年前のあの夜に、君達は既に死んでいるというのに!」

「うああああああ!!」

「ひよ里!!」

 

 そして、藍染の挑発に耐えきれなかったひよ里が一瞬にして藍染との距離を詰める。

 

「遅い」

 

 しかし、そんな怒りに任せた突撃が藍染に通用する訳がなく、ひよ里の攻撃は簡単に避けられ、返しの一撃が彼女を襲う。

 

「なにっ!?」

 

 だが、どういうわけか、藍染の刃がひよ里に突き刺さることはなく、そのまま攻撃は彼女の身体をすり抜けていった。

 

「……なんとか間に合ったな」

「何をした……?」

 

 そう息を吐いたのは、先程まで仲間の制止に努めていた平子だ。

 そして、藍染は平子に起こった……否、自分に起こった異変をはっきりと感じ取った。

 

「ようこそ、逆様の世界へ」

 

 藍染が見た平子の姿は、どういう訳か上下反対に映っていた。




 最近、BLEACHのスマホゲームを始めました。
 まだリリースされて間もない頃にもやってたんですが、機種変更の際にデータが消えてしまってそれ以来やりたいと思いながらも、萎えてしまった気持ちを奮起させることができずにズルズルと来ていたんですが、やってみるとやっぱり面白いものですね。

 ある程度強いキャラも出たので少しずつ進めていくつもりです。

 死神代行消失編砕蜂が欲しい……。

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