転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第二十九話

 卯月はああ言ったが、実際の状況はかなり厳しかった。あれから近接戦闘をする事は困難だと考えた砕蜂は、波弾や波斬といった鬼道系の技で遠距離攻撃を仕掛けていたのだが、それすらもバラガンは塵に変えてしまったのだ。

 

 彼曰く、人の命と同じように永遠に効果を発揮し続ける鬼道はない。どんなに完成された鬼道だって、その鬼道に費やされた霊力が尽きれば四散してしまう。千年効果が持続する鬼道はあるかもしれないが、永遠に消えない鬼道はないのだ。

 

 そしてバラガンもまた、砕蜂を捉えることができないでいた。あれからも砕蜂はバラガンの攻撃を回避し続けていたのだ。

 それだけ聞けば互角の戦いに思えるかもしれないが、そうではない。

 

 ――何故なら、砕蜂は未だにバラガンの攻略法が見いだせていないからだ。

 

 打撃も効かない、鬼道も効かない。正直言って手詰まりだった。対するバラガンは死の息吹を当てるだけで勝つことができる。どちらが精神的に余裕があるかなど、考えるまでもなかった。

 

「いくら抗おうと無駄じゃ。儂の老いの力は絶対、破ることなどできはせん」

 

 傲慢でも過言でもなく、バラガンの力は絶対と言っても差し支えない程のモノだ。例えどんな不利な状況に陥ろうが、霧を少し当てるだけで、戦況を覆すことができるのだから。

 卯月のような異常状態が打ち消せる能力を持つ敵と相まみえなければ、まず負けることはないだろう。

 

「やるしかないか……」

「何をやろうが無駄じゃ。儂の老いの力の前では全てが無に帰す」

 

 何かをやろうとした砕蜂にバラガンは冷淡に言葉を吐くが、その言葉を聞いた砕蜂は何故か不敵な笑みを浮かべていた。

 

「あまり私を嘗めるなよ?」

 

 ――【瞬閧】!!

 

 瞬間、荒れ狂う暴風が彼女を覆うように循環し、その様はまるで小型に圧縮された竜巻のようだった。

 

「その技は何度も見た。どうやら刹那的に身体能力を大幅に上昇させるもののようじゃが、所詮は鬼道系の技。儂の老いの力の前では意味を成さん」

 

 バラガンは呆れたように、再三同じことを繰り返した。

 しかし、バラガンは一つ勘違いしている。

 

「いつ私が一瞬しかこの技を出せないと言った?」

「なに……?」

 

 先程までは逃げる際に一瞬しか発動していなかった技が、五秒以上経った今でも持続していたのだ。

 もしバラガンの相手が夜一だったのなら、彼の推測は外れていなかっただろう。夜一の瞬閧の属性は雷。刹那の威力に全力を注いだモノが、彼女の瞬閧だ。

 しかし、砕蜂は違う。彼女の瞬閧の属性は風。雷よりもずっと流動的な属性に加えて、長年の修行で霊圧操作にも磨きをかけたことにより、彼女の風は一度外に放出すれば、彼女の周りを循環する。

 

「【無窮瞬閧(むきゅうしゅんこう)】!」

 

 砕蜂が止めない限りは永遠に循環し続けるその様から名付けた名だ。

 

 そして次の瞬間、砕蜂の姿が掻き消えた。先程までの回避に使っていた瞬閧はほんの序の口。砕蜂は敢えて加減した瞬閧を使用することで、瞬閧に対するバラガンの認識を下げていたのだ。

 

「馬鹿め!」

 

 しかし、バラガンにとって砕蜂を見逃したことは、最早大したことではなかった。バラガンは死の息吹を全方向に放つことで、防御を整えた。

 この霧に僅かでも触れれば、砕蜂の鬼道や身体は崩壊する。故にバラガンにとっては、砕蜂の攻撃が見えていようと見えていまいと関係ないのだ。

 

「それは此方の台詞だ」

「なに……!?」

 

 瞬間、バラガンの後ろに出現した砕蜂が拳を放った。彼女の拳はそのまま死の息吹に呑まれて行ったのだが、どういう訳か、砕蜂の拳が崩壊することはなかった。

 

「ようやく一発だ」

「ぐおっ!?」

 

 そして遂に、砕蜂の攻撃が骸骨となったバラガンの顔面を捉えた。

 

「あのまま私の拳が朽ちるとでも思ったか?」

 

 だとしたら甘い。甘過ぎる。バラガンの老いの力の脅威は、先程までのやり取りで砕蜂にも十分伝わっていた筈である。それなのにも関わらず、砕蜂は死の息吹に突っ込んで来たのだから、何かあると考えるのが普通である。

 

「私の攻撃が通ったのが不思議か?」

 

 老いの力が破られたことに目に見えて動揺するバラガンに対して、砕蜂が問いかける。

 

「……一体何をした?」

 

 己の力を絶対と思っていただけに、何故破られたのかがバラガンには全く分からなかった。

 

「確かに、貴様の力は強力だ。だが、先程までの攻防で一つ分かったことがある。――それは貴様が放った黒い霧に接触してから、完全に消滅するまでに、僅かな間があるということだ」

 

 砕蜂は先程までの遠距離攻撃で、そのタイムラグを正確に計っていたのだ。全てはこの瞬閧の為に。

 

「貴様は私が何をしたか分からなかったようだが、そう難しい事ではない。ただ、貴様の技の消滅速度を、私の技の生成速度が上回っていただけの話だ」

 

 先程の攻撃で砕蜂の拳が腐敗しなかった理由は、拳を覆っていた風が生成され続けていたからだったのだ。

 

 確かに、永遠に効果が持続する鬼道は存在しないだろう。なら、効果が消える前に新たな鬼道をかけ直せばいい。そうして継ぎ足して行くことで、実質的に永遠に鬼道をかけ続ける事ができるのだから。

 

 朽ちる生命もあれば生まれる生命もある。世界はそうして成り立っている。

 

「行くぞ!」

 

 そして、再度砕蜂の姿が掻き消えた。

 

「そこだ!」

 

 先程は自らの能力を過信し、砕蜂の動きを見逃していたバラガンだったが、流石に一度破られた今の状況で、同じ過ちを侵す程愚かではない。

 しっかりと目を凝らしていたバラガンは、何とか砕蜂の動きを目で追い、そこに全力の老いの力を放出した。

 

「くっ!?」

 

 先程よりも強く発せられた老いの力に、砕蜂も苦渋の声を漏らすが、負けじと風を生成し続ける。

 そうしている内にも、砕蜂の拳はバラガンに接近していくが、後もう少しといった所で拳が急速に遅くなった。

 

 先程はバラガンが油断していた為に発動していなかったが、彼に近づいた攻撃の速度が緩まる能力は未だに健在だ。

 

 今は拮抗している状態だが、この攻防で不利なのは間違いなく砕蜂の方だ。元々瞬閧は霊力の消費が激しい技だ。それを砕蜂は属性と霊力操作を利用して持続性を高めているのだが、バラガンの老いの力を破る為に風を生成し続けている今に限っては、その持続性は無いに等しい。

 つまり、戦いが長引けば長引く程不利になっていくのは砕蜂の方なのだ。

 

「はああああああ!!」

 

 故に、外しても良い一撃など無い。砕蜂は声を張り上げながら、さらに風を生成する。

 その風は先程までと同じ拳に加えて、肘にも行き渡った。

 

「【無窮瞬閧・神風(かみかぜ)】」

 

 刹那、肘に送られた風が爆ぜた。それは砕蜂の拳の推進力となり、バラガンの力によって失った拳の速度を取り戻させた。

 

「ぐほぉっ!?」

 

 結果、先程よりも強い一撃がバラガンに突き刺さった。

 “無窮瞬閧・神風”は攻撃の際に、風をジェット機のように噴射させることで、その威力や速力を極限までに上昇させる技だ。

 そして、この技は拳だけではなく、蹴りなど、霊力操作次第では全ての攻撃に作用する。

 

「【縛道の六十三“鎖条鎖縛”】」

 

 続いて砕蜂は次の手に移った、と思ったのだが、鬼道の鎖が巻き取ったのはバラガンではなく、砕蜂自身だった。鬼道の鎖は地面に突き刺さり、砕蜂の行動範囲はまるで小屋に入れられた犬のように狭まっていた。

 

「【死の息吹】!」

 

 そこにバラガンの黒い霧が忍びよる。いつもの彼なら「ふははっ! 血迷ったか!!」などと言いかねない程に、今の砕蜂の行動は奇行と言って差し支えないものだったのだが、先程の失敗から、砕蜂が何かをしようとしていることを感じ取っていた。

 

「【卍解】!」

 

 だが、遅い。攻撃によって吹き飛ばされた以上、バラガンが攻撃するまでにはある程度の時間が発生してしまっている。

 それだけの時間があれば、たった四文字の言葉を紡ぐことは造作もなかった。

 

「【雀蜂雷公鞭(じゃくほうらいこうべん)】」

 

 霊圧の上昇と共に、砕蜂の右腕には巨大なミサイルが取り付けられていた。黄色と黒の警戒色をしたそれは重厚感を放っており、砕蜂の持ち味である速力を奪っていることが察せられた。

 

 砕蜂の卍解である“雀蜂雷公鞭”の特徴を一言で表すなら、諸刃の剣だ。現在彼女の右腕に取り付けられているミサイルは、一撃だけならば護廷十三隊の中でもトップクラスの威力を誇っているのだが、消費する霊力が大きかったり、速力を鈍らせたりとデメリットも多い。

 彼女の始解である雀蜂が弐撃決殺ならば、卍解である雀蜂雷公鞭は一撃必殺技といった所だろうか。

 

「【神風雷公鞭(じんぷうらいこうべん)】!!」

 

 瞬間、暴風によって包まれたミサイルがバラガンに向かって放たれた。神風雷公鞭は暴風に包まれたことにより、ミサイルの防御力を向上させただけに留まらず、爆発した際の攻撃力も底上げされている。正に一石二鳥という訳だ。

 当然、先程と同じように死の息吹と衝突するが、今度は先程よりも呆気なく砕蜂の攻撃が霧の中を突き破り、通過していく。

 それもそのはずだ。そもそもバラガンはこれまで藍染以外の相手には、基本的に老いの力を発動しているだけで勝てていたのだ。その上、藍染との戦いは戦う以前に鏡花水月の術中に嵌まってしまった為、正直勝負にならなかった。

 つまりバラガンは、これまで老いの力を使った戦いでは負けた事がなかったのだ。その為、彼はこれまで死の息吹の放出量を増やす修行などは、一切行っていない状態でここまで来ている。

 対する砕蜂の卍解は、一撃だけの威力や速度ならば普段の彼女を凌駕している上に、瞬閧の修行はこれまで血反吐が出る程こなしている。ここから出る差は歴然だった。

 

 次の瞬間、バラガンを中心に大規模な爆発が起こった。爆発は辺りを照らし、気温をも上昇させる。爆発でバラガンの姿は見えないが、老いの力を打ち破ったのは確認できていたので、まず生きていないであろう事が察せられた。

 

「くっ!」

 

 そして、爆発の余波は術者である砕蜂すらも巻き込んだ。この事を見越していた砕蜂は事前に縛道で己を縛って固定していたのだが、それは役目を果たすことなく引きちぎれ、砕蜂諸共後方に吹き飛ばされた。

 これも普段の彼女なら、体勢を整えることも可能だったのだろうが、先程の攻撃で霊力を使い果たした砕蜂に、そのような力は残されていなかった。

 

「隊長!」

 

 そのまま建物に打ち付けられるというところで、砕蜂との間に身体を忍び込ませた者が居た。そう、大前田である。大前田は自身の恰幅のいい身体をクッションとして使うことで、砕蜂が受ける衝撃を最小限に抑えた。

 彼は砕蜂によって吹き飛ばされた後も、身を潜ませ、何時でも出てこれるように準備していたのだ。結局、隊長と十刃の高度な戦いに出る間はなかったが、今こうして役に立てているのだから、及第点といったところだろう。

 

「隊長、やりましたよ……!!」

 

 急な霊力の消費に意識すらも朦朧としている砕蜂に、大前田が大声を発した。

 

「……放せ、気色悪い」

 

 それが今の砕蜂にできた強がりだった。

 

 これで十刃はあと一人だ。

 

 

***

 

 

 第一十刃、コヨーテ・スタークとリリネット・ジンジャーバックの二人と京楽と浮竹の戦いは、今尚続いていた。

 他の十刃と隊長との戦いは既に終わっているのにも関わらず、こちらは両陣営未だに碌な傷を負っていなかった。その理由は実力者同士の戦いというのもあるのだろうが、一番の理由は京楽とスタークの性格によるところが大きかった。

 京楽もスタークも戦いに於いては非常に冷静で慎重な立ち回りを好む為、中々手札を明かそうとしなかったのだ。

 

 その間、浮竹とリリネットも戦っていたのだが、こちらは両者の実力がかけ離れ過ぎている為、勝負にならず、浮竹がリリネットと遊んでいるような状況が続いていた。

 破面なのにも関わらず、下級大虚にすら及ばない弱さに浮竹も違和感を感じていたのだが、それもその筈だ。

 

 ――何故なら、スタークとリリネットは文字通り一心同体だったのだから。

 

 彼らが一体の最上級大虚だった頃、その力が周りの虚と隔絶していた為、彼らの周りには誰も寄りつかず、結果彼らは常に孤独だった。

 そして孤独を抜け出す手段こそが、自身の身体を二つに分けることによる破面化だったのだ。その際に力の比重は殆どスタークに傾き、リリネットは殆ど無力の状態となって生まれ変わったのだ。だが、彼らはそれでも良かった。孤独を抜け出せたら、それで良かったのだ。

 

 しかし、余興もこれでお終いだ。破面の刀剣解放は刀に封じ込めていた力を解放することによる虚への回帰。つまり彼らの帰刃とは、再び一心同体へ立ち戻ることを意味する。

 

「【蹴散らせ“群狼(ロスボロス)”】」

 

 瞬間、凄まじい霊力の奔流がスタークとリリネットを包み込んだ。そして、次に姿を現したのは二丁拳銃を携えたスタークただ一人だった。

 その他にも毛皮が加工されたようなコートやリリネットの名残である眼帯のような仮面など、所々変化が見られた。

 

「……【花天狂骨(かてんきょうこつ)】」

 

 それを見た京楽も流石に不味いと思ったのか、始解を行った。

 

 これで漸く本番かと思えば、そんなことはない。互いに一段階ギアを上げただけで、やっていることは先程までと同じ小手調べだった。

 

 スタークが虚閃を連射すれば、それを避けた京楽が自身の斬魄刀を用いて、自分のペースに相手を巻き込む。

 

 京楽の斬魄刀――花天狂骨の能力は、子供の遊びを現実にし、自身と対象者を強制的に遊びに巻き込む能力だ。例えば嶄鬼。この技は自分の居る位置が相手より高ければ、攻撃力が増すというものだ。

 そして、花天狂骨は強制的に対象者を遊びに巻き込む為、初見の相手には必然的に優位を取ることができる。

 

 故にこのまま京楽のペースで戦いが進むと思われたのだが、一番の名はそんなに甘くはなかった。

 

「【無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)】」

 

 刹那、無数の虚閃が一度に放たれた。ただでさえ攻撃範囲が広い虚閃の弾幕は京楽を飲み込まんとする。

 しかし、そこは隊長格。隊長の中でも上位の力を持つ京楽は、スタークの予備動作から瞬時に攻撃を予測して躱してみせたのだが、まだスタークの攻撃は終わっていなかった。

 なんと、スタークはあの凄まじい虚閃の弾幕をたった一丁の銃でやってのけていたのだ。つまり、スタークの手にはもう一丁に銃が残っており、そこから放たれた虚閃が京楽を穿たんとしていた。

 

「【双魚理(そうぎょのことわり)】」

 

 虚閃の弾幕によってスタークの手元が見えなかったが故に、不意を突かれた京楽だったが、彼と虚閃の間にて斬魄刀を解放した者がいた。

 彼の斬魄刀に吸収された虚閃は僅かにその性質を変え、スタークへと跳ね返される。

 

「浮竹……」

 

 そこにいたのは先程までリリネットと戦っていた浮竹だった。リリネットがスタークと一つになった今、彼の手が空くのは当然の事だった。

 

 そこからは死神側に有利な状況が続いた。震央霊術院時代から切磋琢磨してきた親友でもある京楽と浮竹の連携は見事なもので、虚閃の防御は浮竹、不意を突く攻撃は京楽というように、しっかりとした役割分担で徐々にスタークを追い詰めていった。

 

 その時だった。

 

「「っ!?」」

 

 ――空が割れ……、

 

「浮竹!」

 

 ――何者かの手が浮竹を背後から貫いた。

 

 

***

 

 浮竹に深手を負わせた金髪とそばかすが特徴の少年の破面に反撃をしようとした京楽に、無情にもスタークの虚閃が襲いかかり、結果京楽と浮竹は二人とも地面へと落下していく。

 

「春水! 十四郎!」

 

 落下する二人に元柳斎が声を掛けるが、二人とも応答がない。

 全ての発端は援軍として現れた破面と、藍染が尸魂界を去る時に黒腔に中で目を光らせていた巨大な謎の虚だ。彼らが現れてから護廷十三隊優勢だった戦況が少し傾こうとしていた。

 

 そして、更なる出来事が死神達に重くのしかかる。

 

「おああああああああああ!!」

 

 そう雄叫びを上げたのは浮竹を倒した金髪とそばかすが特徴の破面――ワンダーワイス・マルジェラだ。

 そして、彼の声に呼応するように氷の華の中からハリベルが脱出し、ワンダーワイスと一緒にやってきた巨大な虚は一息で藍染達を覆っていた“城郭炎上”を払った。

 

「厭な匂いやなぁ、相変わらず」

「同感だな」

「死の匂いてのは、こういうのを言うんやろうね」

 

 炎の渦から出てきた市丸と東仙がそう言葉を交わす。普段の彼らは性格の違いから、意見が対立する事が多いのだが、息を吹きかけられるという行為が不快に感じるのは両者とも変わらなかったようだ。

 

「結構なことじゃないか。死の匂いこそ――この戦場に相応しい」

 

 最後に戦場全体を見下しながら、藍染が二人の会話に相槌を打つ。今の彼には見えているのだろう。命を落とし、地面に臥し、血の匂いを漂わせる死神の姿が。

 

「イヅル、桃。松本副隊長と砕蜂隊長のことは頼んでいいかい? 僕は浮竹隊長の治療へ向かうよ」

 

 今の一連の流れを地上から見ていた卯月がそう切り出した。先程のハリベルとの戦いで重傷を負った乱菊だったが、先程までの卯月の迅速な治療により、あと少しで動けるようになるというところまで来ていた。

 同じく砕蜂もバラガンとの戦いで霊力こそは激しく消耗したものの、傷自体は負っていないので、直ぐに動けるようになるだろう。そして、それらは吉良と雛森の二人で十分に処置できる位の傷だった。

 しかし、浮竹はそうではない。ワンダーワイスによって背中から腹までを穿たれた彼の傷は、遠目から見てもかなりの重傷だった。それに加えて浮竹は、病気がちで身体があまり強くない。早急に治療を始めないと、危ない状態だ。

 

「「分かりました」」

 

 卯月の指示に納得した吉良と雛森が返事をする。四番隊の隊長である卯ノ花と、同じく副隊長の虎徹は現世組の救援として虚圏に向かっているので、現在この戦場に居る護廷十三隊の死神の中で、最も回道に秀でた死神は卯月だ。

 故に彼が浮竹の治療を行うのは、言わば当然のことだった。

 

「待て蓮沼」

 

 しかし、それに待ったをかけた者が居た。

 

「砕蜂隊長……?」

 

 バラガンとの戦いで大量に霊力を消費したはずの砕蜂だったが、その倦怠感を押し切って立ち上がった。

 

「黒崎一護が居ない今、護廷十三隊の中で藍染の術中から逃れられるのはお前だけだ。そのお前が戦線から退いてどうする?」

「それはっ……!?」

 

 砕蜂に言葉に卯月が固まる。砕蜂の考えもまた、この状況において正しかった。

 しかし当たり前の話だが、卯月は一人しかいない。故に卯月はどちらかを選ぶ必要があるのだが、藍染達との戦いか仲間の命、この二つを天秤にかけることは卯月にはできなかったのだ。

 

「行って下さい、卯月さん!」

「桃……」

 

 どうしたものかと卯月が頭を抱えていた時、声をかけたのは雛森だった。

 

「浮竹隊長のことなら任せて下さい! 私に回道を教えてくれたのは卯月さんです。ですから、きっと完治させてみせます!」

 

 吉良は一時期四番隊に在籍していたことがあるのだが、雛森はそうではない。彼女は入隊当初から五番隊一筋でここまで来ている。そして、そんな雛森に回道のみならず、様々な基礎を叩き込んだのは、他でもない卯月だ。

 

 ――あなたに教わった回道だから大丈夫。

 

 雛森は言外にそう伝えていた。

 

「でもそれだと、砕蜂隊長が……」

 

 もし雛森が浮竹の下に行ったとするならば、乱菊の治療は吉良が行うことになる。つまり、砕蜂を治療する者がいなくなるのだ。

 

「私を誰だと思っている? これくらい、直ぐに動けるようになる。だから、お前はお前のやるべきことをやれ」

 

 しかし、砕蜂は気丈にもそれを拒絶した。確かに、砕蜂の言うことには嘘はない。現時点で立てているので、後もう少しすれば戦えるようになるだろう。だが、それは戦力になるかどうかとは別問題だ。

 激しく消耗した彼女がここから先にできることはあまりないだろう。故に砕蜂は決めたのだ。自らが信頼を置く卯月に全てを託すことを。

 

「よっしゃあ! そうと決まったら行くか!!」

「だね」

 

 話の一部始終を聞いていた一角と弓親が、ようやくやってきた出番に笑みを浮かべる。こんな時でも、彼らの戦闘狂ぶりは顕在だった。

 彼らは京楽と浮竹を打倒したスターク(リリネット)とワンダーワイスが居る場所へと向かった。

 

「俺達も行くぞ」

 

 それに呼応するように冬獅郎が指示を出した。彼の後ろには狛村と卯月に加え、修兵の姿もあった。

 ここにはいない射場と大前田の二人は、それぞれ雛森と吉良の補助を任されていた。

 瞬歩で空中へと移動した四人は、そこから更にそれぞれの目的地へと移動する。冬獅郎は再びハリベルの元へ。それ以外の三人は藍染達の前方で足を止めた。

 

 藍染達の陣営が六人と一体なのに対し、尸魂界側は元柳斎も合わせて臨戦態勢に移っているのは八人。数では後者が勝っているが、藍染達が全員隊長格以上の実力を有しているのに対して、尸魂界側はまだ卍解を会得していない者も居る。総合的に見れば尸魂解側が少し不利な状況だった。

 

「皆、準備は良いか?」

「「「はい!!」」」

 

 しかしだからと言って、退く訳にはいかない。元柳斎の声に答えた面々は、斬魄刀を解放するなどして、戦いに備えた。

 

「待てや」

 

 その時、一人の男の声が戦場を響き渡った。先程までこの戦場に居た誰とも一致しないその声音と、流暢な関西弁は嫌でも視線を引きつける。

 

「久し振りやなぁ、藍染。なんやおもろそうなことやってるやんけ。俺らもちょっと混ぜてぇや」

 




 バラガンはもう死んだ。いいね?

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