転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第二十八話

「【討て“皇鮫后”】」

 

 帰刃と共に大量の水がハリベルを覆い尽くす。そして、新たにハリベルが手に取り付けた槍のような武器を振り下ろす。掻き分けられた水から再び彼女が姿を現したとき、彼女にもまた変化が起こっていた。

 流石にバラガン程の変化はないが、先程まで彼女の口もとを覆っていた仮面は完全に消え失せ、装束も露出の多い硬質な物へと変化した。

 

 そして、冬獅郎も大きな変化が無いとは言え、ハリベルの帰刃の危険性をある程度は察せていたので、とりあえずは様子見から入ることにした。

 

 ――その次の瞬間、冬獅郎の身体の三分の一が切り裂かれた。

 

「な……に……!?」

 

 ハリベルの放った高圧水流が、冬獅郎が認識できないほどの速さで、彼の身体を切り裂いたのだ。

 

「その程度だ所詮は。氷の竜など、鮫の一撃で海に沈む」

 

 地面へと落下していく冬獅郎を見て、ハリベルはそう言った。

 

 そして、彼女の視線は次なる敵へと注がれていた。

 

「次はお前達だ。三人の仇を討たせてもらう」

「シロ……ちゃん……?」

 

 ハリベルの視線の先には、吉良の回道による治療を受けている雛森と、それを守護している狛村の姿があった。

 

 そこには先程まで柱の守護を任されていた修兵達の姿もあり、戦いを終えた者、または負傷により戦線を離脱した者は、全員ここに集結していた。

 

 一角と弓親も最初こそは戦おうと奮起していたのだが、彼らが着く頃には他隊の隊長達が十刃の相手をしており、出る幕がなかったのだ。

 

 そして、ハリベルがアパッチ達の仇を討つべく、地面に降り立とうしたその瞬間、彼女の視界に一本の斬魄刀が映りこんだ。

 

「っ!?」

 

 咄嗟にハリベルは、前傾姿勢になることでその攻撃を躱して、返しの一撃を放つのだが、その攻撃を放ち、ハリベルの反撃を躱したのは、有り得ない人物だった。

 

「どういう事だ……?」

 

 ハリベルの視線の先には、彼女が先程倒したはずの冬獅郎の姿があった。

 

 ハリベルの問いに対して、冬獅郎は体勢を整えた後、口を開いた。

 

「解放していきなり、あんなに攻撃の速度と射程が上がるとは思わなかった。念を入れといてよかったぜ」

 

 その冬獅郎の声に呼応するかのように、先程ハリベルによって切り裂かれた冬獅郎は、周りの景色と一緒にパキンと音を鳴らしながら、砕け散った。

 

 “斬氷人形”、それが冬獅郎が攻撃を受ける前に放った技の正体だ。死覇装の皺までも精巧に再現することが可能な氷の分身体である。

 

「こんな騙し討ち一回しか使えねぇから、本当はギリギリまで使いたくはなかったんだけどな」

 

 とは言え、ハリベルは十刃のナンバー3だ。そう何度も小細工が通用する相手ではない。

 

 故にこの一合で、冬獅郎は己の手札を一枚切ったことになる。

 

「見誤るなよ、死神(俺達)の力を」

 

 再度構え直した冬獅郎が、ハリベルにそう言い放った。

 

 

***

 

 

 一方こちらのとあるビルの屋上では、砕蜂対バラガンの戦いが行われていたのだが、そこで砕蜂は違和感を感じていた。

 

 彼女の攻撃が、悉くバラガンに当たらなかったのだ。いや、それだけならば自分の実力がバラガンに劣っていると自覚した上で、打開策を探っていただろう。

 だが、そうではなかった。今までの立会で、砕蜂の速力がバラガンを上回っていたのは明確だった。実際にバラガンが、砕蜂の瞬歩に反応が遅れた場面も多々あった。にも関わらず、砕蜂の攻撃がバラガンを捉えたことは一度としてなかったのだ。

 

 ――こいつに当たる寸前になると、蹴りの速度が急速に遅くなる!?

 

 それが砕蜂が感じ取った違和感の正体だ。どれだけ速く動こうともバラガンに近づけば、彼女の動きは急激に遅くなってしまうのだ。そして、その間にバラガンは砕蜂の攻撃を防ぎ、反撃に移る。先程からそれの繰り返しだった。

 霊圧によって強制的に動きを封じられているような圧迫感はない。寧ろ砕蜂の動きが鈍っているような感覚だった。

 

 そして、大前田はこのやり取りをただ見ることしかできなかった。

 

「解せんか?」

「何?」

 

 敵の能力の正体を思案していた砕蜂に、バラガンが声をかける。

 

「儂の能力がどういうものか、判断つかずに迷っておるのじゃろう?」

 

 バラガンがそう得意げに言ったのに対し、砕蜂は攻撃の手を止め、最低限の警戒だけは怠らずに耳を傾けた。

 相手の能力が分からない以上、情報はできるだけ多い方がいい。砕蜂はそう判断した。

 

 バラガンは話を続ける。

 

「十刃には、それぞれが司る死の形がある。それは人間が死に至る十の要因だ。それは十刃それぞれの能力であり、思想であり、存在理由でもある」

 

 ――孤独

 

 ――犠牲

 

 ――虚無

 

 ――絶望

 

 ――破壊

 

 ――陶酔

 

 ――狂気

 

 ――強欲

 

 ――憤怒

 

 バラガン以外の十刃も、以上の死の形の内、どれかを司っており、それらは十刃それぞれの性格や能力に強く関与している。

 

「そして、儂の司る死の形は『老い』。『老い』とは『時間』。最も強大で最も絶対的な、あらゆる存在の前に塞がる死の力だ」

 

 時間とは絶対の法則だ。唯一の打開策として時間停止の術があるが、この鬼道は中央四十六室によって禁術と定められており、使えば重い罰を受けることとなってしまう。

 つまり、もしバラガンの力が時間を操る類の技ならば、打開策はほぼゼロに等しいのだ。

 

「そら」

 

 バラガンは砕蜂を煽るかのような声を発しながら彼女に接近し、そっと手を伸ばした。

 

「嘗めるな!」

 

 しかし、単純な速力では砕蜂の方に分がある。威力が削ぎ落とされてしまう攻撃ならともかく、バラガンと距離を取る回避なら、動きを阻害されることはない。

 

 砕蜂の攻撃は阻害され、バラガンの攻撃は躱される。そんな膠着状態が続いていく。

 

「……これでは埒が明かんの」

 

 流石に一度も攻撃が当たらないことに痺れを切らしたのか、バラガンがそう言いながら、自身の斧型の斬魄刀を、砕蜂達に見せつけるようにして屋根に叩きつけた。

 

「【朽ちろ“髑髏大帝(アロガンテ)”】」

 

 瞬間、霊圧の上昇と共にバラガンの斧から黒々とした霊力が溢れ出す。その霊力はバラガンを包み込み、やがてそれが晴れた時、バラガンの姿は大きく変わっていた。

 

「何だ……その姿は!?」

 

 砕蜂もその不気味な姿に瞠目した。

 『老い』という力を発揮する代償か、彼の身体は全て骸骨へと変化した。

 白かった装束は紫と黒の外套へと変化し、武器も大鎌へと変わっている。

 

 その姿は死神よりも死神らしく、仮にも虚の王を名乗る彼にとって皮肉ともとれる姿だった。

 

「っ!?」

 

 そして、砕蜂はあることに気がついた。

 

「奴が歩いた場所から屋根が朽ちて、崩れ落ちていく!?」

 

 なんと、彼の身体に触れたものが瞬く間に風化し、崩れ落ちていったのだ。これがもし生物にも有効で、尚且つ自分に触れたらと考えると、正直ゾッとした。

 

「儂の司るものは老い。あらゆるものは儂の傍から老い、死に絶えていく」

 

 そう言ったバラガンは、砕蜂に向かって手を翳した。

 

「や、野郎何しやがる気だ……?」

「逃げろ大前田! お前の敵う相手じゃない!!」

 

 ――何か来るっ!?

 

 そう思った砕蜂は自分もバラガンと距離を取りながら、後ろにいた大前田にも声をかけた。

 

「貴様もだ、隊長格。【死の息吹(レスビラ)】」

 

 刹那、バラガンを中心に黒い霧が広がって行く。霧は近くの建物や電信柱などを次々と飲み込んで行き、それらを瞬く間に塵へと変えた。

 霧の拡散速度は並みの隊長格の瞬歩をも凌駕しており、砕蜂達にも接近していく。

 

「うおおおおおお!! ヤバいヤバい!! どうするんすか隊長っ!?」

「堪えろ大前田」

「へ?」

「【衝波閃】」

「へぶっ!?」

 

 慌てふためく大前田に、砕蜂が攻撃を当てることで、強制的に遠くへと飛ばした。

 卯月と共に修行をしていた砕蜂は、一通り卯月の技を修めており、今や卯月とほぼ同じ精度で放てるまでになっていた。

 

 その際、彼女が着ていた隊長羽織も大前田に押し付けており、次の瞬間、彼女が一つ手札を切ることが察せられた。

 

「【瞬閧】」

 

 そして、砕蜂自身も一瞬だけ瞬閧を発動する事で、一時的に速力を爆発的に上昇させて、余裕を持って黒い霧を回避した。

 

「なん……だと……!?」

 

 その時、砕蜂が目にしたのは驚くべき光景だった。

 

 なんと、黒い霧が通った全ての物質はその形をなくし、通った場所は更地へと変わっていたのだ。

 

「滑稽じゃな。死神でも死には恐怖するらしい」

 

 先程の慌てふためく大前田や、驚愕した砕蜂を見て、小馬鹿にするようにバラガンは言った。

 対する砕蜂はバラガンを強く睨みつける。

 

 冬獅郎とハリベルに続いて、この二人の戦いも本番を迎えようとしていた。

 

 

***

 

 

 ハリベルの腕の動きに合わせて、大量の水が冬獅郎へと放たれる。その水圧は相当なもので、冬獅郎とてまともに喰らえば、圧死しかねない程だった。

 

 だが、冬獅郎の斬魄刀は、氷雪系最強の異名を持つ氷輪丸だ。その卍解ともなると、氷結速度は始解とは比べ物にならない程速く、攻撃範囲も非常に広い。

 故に冬獅郎は、ハリベルの水による攻撃を、全て凍らせることで対処していた。凍った水はハリベルの制御から離れ、重力に従いながら落下していく。

 

「嘗めるなよ。とっくに理解できてる筈だろ? 氷雪系の斬魄刀を持つ俺にとって、全ての水は武器にしかならねぇ。その水がてめえの武器だとしてもな」

 

 水は凍らせば、氷になる。そんなことは誰もが知っている常識だ。

 

「ただ水を自在に操るだけじゃ、何時まで経っても、俺には届かねぇぞ」

「届くさ、直ぐにでも。見たければ、今見せてやろう。来い」

「……そんな挑発に乗って、間合いを詰めると思うのか?」

 

 純然たる事実を伝えても、ハリベルが態度を変えることはなかった。それどころか、挑発まがいの発言さえ見られた。

 

「それが嘗めてるって言ってんだ!!」

 

 声に合わせて放たれた一閃と共に、氷輪丸から氷の竜が放たれる。

 氷の竜は一直線にハリベルに向かっていく。例えここでハリベルが水を出しても、凍らせられるだけに終わり、そのまま決着が着くことだろう。

 

「――嘗めているのはお前の方だ」

 

 ハリベルにこれ以上、何も手札がなかったらの話だが……。

 

「【灼海流(イビルエンド)】」

 

 ハリベルが放った水は、先程までと同じように冬獅郎が放った氷と激突したのだが、ここからが違った。

 

「何っ!?」

 

 ――ハリベルの放った水が冬獅郎の氷を溶かしたのだ。

 

 熱湯。それが今のハリベルの攻撃の正体だ。ハリベルの帰刃の能力は、ただ水を自在に操るだけではなく、水の温度すらも操る能力だったのだ。

 

「私の水がお前の武器になり得るのなら、その考えに至った瞬間に、逆の可能性に至らなければならない。それが戦いの鉄則だ」

 

 氷は溶かせば、水になる。これもまた誰もが知っている常識だ。

 

 ハリベルの熱湯によって溶かされた氷が渦巻き、一カ所に収束していく。

 

「【断瀑(カスケーダ)】」

 

 そしてハリベルの号令と共に、先程までの量を遥かに凌駕する水が一度に冬獅郎に襲いかかった。

 水は冬獅郎を飲み込み、やがて地上へと打ちつけられた。

 

 そして次の瞬間――水が凍りついた。

 

「敵の武器が己の武器になり得るのなら、その逆も然りか……」

 

 氷を切り裂いた中から脱出してきた冬獅郎が、そう切り出した。

 

「分かってるつもりだぜ。そんな古臭え説教を、てめえに喰らわなくてもな」

 

 しかし、そんな事は冬獅郎も分かっていた。分かった上で、勝てる自信があったからこそ、ああいう発言をしたのだ。

 

「【群鳥氷柱】!!」

 

 凍らせた氷を砕くことで、無数の氷の礫をハリベルに放つ。

 

「どんな技だろうが同じことだ」

 

 熱湯を放つことで、冬獅郎の氷を全て水に変え、再度攻撃に移ろうとしたその時、ハリベルは後ろから迫ってくる、三日月型の氷の存在に気がついた。

 

 氷の礫は攻撃ではなく、目くらましだった。冬獅郎はハリベルが氷を溶かしている隙に、彼女の後ろに回り込んで、氷の斬撃を放っていたのだ。

 

 だが、ハリベルも攻撃には反応できていた為、ギリギリのタイミングで氷を強引に突き破り、ダメージを最小限に抑えた。

 

「説教くれた礼に、こっちもひとつ教えとくぜ。最良の戦術を行うときこそが最大の危機、こいつも戦いの鉄則だ」

 

 先程の意趣返しに、今度は冬獅郎がハリベルに言い放った。

 

「ああ、そうだな」

 

 冬獅郎の言葉に同意を示したハリベルが、己の手に取り付けられている武器を横薙ぎに払った。

 

「【虚閃】」

 

 彼女が放った虚閃は他の破面達のモノとは毛色が違っており、三日月型に展開された虚閃が滞空し、そこからマシンガンのように、細かい虚閃が無数に放たれた。

 

「チッ!」

 

 見た目は小さくても、その一つ一つには少なくとも虚弾を超えるほどの威力が含まれており、凍らせられない以上、冬獅郎も回避に徹するしかなかった。

 

「【戦雫(ラ・ゴータ)】」

 

 それに加えて、先程までの攻撃と打って変わった小さめの水弾が、冬獅郎の回避の範囲を狭めていく。

 

「ぐっ!」

 

 それからも虚閃は回避、水弾は凍結と器用にやり過ごしていた冬獅郎だったが、ついに一撃を喰らってしまい、それを皮切りに、さらに攻撃を喰らってしまう。

 

「終わりだ。【断瀑】」

 

 そして、二度目の大技が冬獅郎に向かって放たれる。その技は先程ハリベルが放ったものと同じものだったのだが、その水量は先程の断瀑よりも増えていた。

 

 冬獅郎が回避している間、ハリベルは一つ前の攻防で、冬獅郎がハリベルの熱湯を凍らせたことで形成した氷を、再度溶かして水に変えていたのだ。

 

「なっ!?」

 

 流石にこの攻撃を喰らうわけにはいかず、回避に移ろうとした冬獅郎だったが、そこであるものが目に入った。

 

 ――地上で待機している味方の姿だ。

 

 そこには先程戦線を離脱したばかりの乱菊が治療を受けている姿も見られ、彼らがこの攻撃を回避するのは難しそうだった。

 

「ってめぇ、態と見越して!!」

 

 先程までの虚閃や水弾は、あくまで今の位置まで冬獅郎を誘導するための牽制で、本当の狙いはこの一撃にあったのだ。

 

「クソっ!?」

 

 冬獅郎は引き返して、断瀑の射程圏内に入る。地上には狛村や修兵など、まだまだ戦える者達が治療中の者達を護衛しているのだが、彼らではこの大量の水をやり過ごすことは不可能だった。

 唯一、狛村だけは卍解する事でこの水を防ぐことが可能だが、彼の卍解は巨大な鎧武者を召喚するという性質上、周りに仲間が居る状況では巻き込んでしまう可能性があるため、それは厳しかった。

 

 ――つまり、この場に居る死神でハリベルのこの攻撃を受けられるのは自分だけだ。

 

「【縛道の八十三“穹窿(きゅうりゅう)”】」

 

 そう冬獅郎が思った時、何者かが彼の横に割り込んで来て縛道を放った。

 断瀑に向かって逆さまに展開された巨大なドーム状の結界は、水を受け止める器となり、どんどん溜め込んでいく。

 

「何っ!?」

「蓮沼っ!?」

 

 場にハリベルと冬獅郎の驚愕の声が響き渡る。そこにいたのは、先程まで柱の守護の予備として活躍した卯月だった。

 あの後、四つの柱の細工を終えた卯月は、急いで戦いの場へと帰ってきていたのだ。

 

「この水使って下さい、日番谷隊長」

「ああ」

 

 冬獅郎が斬魄刀を掲げるのに合わせて、卯月の縛道に溜められていた水が天へと登っていく。それはやがて黒雲となり、冬獅郎周辺の空を覆い尽くした。

 

「本当なら、てめえの水を使う必要なんて俺にはねぇんだ。俺の氷輪丸は氷雪系最強。全ての水は俺の武器、そして全ての空は俺の支配下だ」

 

 技を放つ為に斬魄刀を構え直した冬獅郎がハリベルに言い放つ。

 

「だからこんなに多くの水を使って、しかも卍解でこの技を使うのはこれが初めてだ」

 

 

「行くぜ。【氷天百華葬(ひょうてんひゃっかそう)】」

 

 

 刹那、天から雪が降り注いだ。

 

「っ!? 灼海……!?」

 

 それに途轍もない悪寒を感じたハリベルが、天に向かって熱湯を放とうとしたのだが、既に遅かった。

 

 彼女の武器に突如として咲いた氷の華が、ハリベルの霊力の循環を止めたのだ。そして手、足、肩と次々と氷の華はその数を増やしていく。

 

「何だこれは……!?」

「“氷天百華葬”。その雪に触れたものは、瞬時に華のように凍りつく。百輪の華が咲き終えるころには――てめえの命は消えている」

 

 冬獅郎がそう言い終えたころには、ハリベルの身体全てを氷の華が覆いつくすどころか、そこには氷の華でできた巨塔がそびえ立っていた。

 大量の水を使った影響か、卍解での技の使用が祟ったのか定かではないが、これではまず抜け出すことはできないだろう。

 

「悪いな、部下の仇は討たせてやれねえ……」

 

 それだけ告げて、ハリベルに背を向けた冬獅郎は、一度皆と落ち合う為に降下していった。

 

 

***

 

 

「あっちの増援はいいのか?」

 

 十刃との戦いを終えて、僕の治療を受けている日番谷隊長がそんな事を訊いてきた。

 

 あっち、というのは十中八九砕蜂隊長のことだろう。他にも京楽隊長と浮竹隊長が同じ十刃と戦っているけど、見たところ両者共に斬魄刀の解放は行っておらず、まだまだ余裕のある対面と言っていいと思う。

 

 一方、砕蜂隊長はかなりのピンチだ。少し見ただけだから確実ではないけど、恐らく砕蜂隊長の相手の十刃の能力は、彼が発する特殊な霊力に触れたものを腐敗させる能力だ。

 その証拠に彼の周辺の建物は全て跡形なく消え去り、更地へと変えられている。

 

 はっきり言って、近接戦を得意とする砕蜂隊長との相性は最悪だろう。始解、卍解共に残してはいるけど、始解は今の相手には使えないだろうし、卍解は少々特殊な為、ここぞという場面でしか使えない。

 

「いいんですよ、これで」

 

 だけど、僕には砕蜂隊長が今の相手に負ける姿は思い浮かばなかった。

 

 理由は二つある。

 

 まず、もし助けが欲しいなら砕蜂隊長はそう言う。さっきの斑目三席とは違って、砕蜂隊長は夜一さん絡みのこと以外では、きっちりと公私の区別が付けられる人だ。

 恐らく僕はあの十刃の能力の影響を受けずに戦うことができる。そんな僕を砕蜂隊長が呼ばないと言うことはつまり、それは自分だけで十分に戦えるというメッセージに他ならない。

 

 だから僕は、一度修兵達と落ち合う為に、ここに向かって来たのだ。まさか戦闘に参加する事になるとは思わなかったけどね。

 

 それに、砕蜂隊長の手札は斬魄刀だけではない。

 

 ――瞬間、強風が僕の頬を撫でた。

 


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