転生した先が死後の世界で矛盾している件 作:あさうち
「始まったな」
「そうだね」
他隊の人達が戦い始めたのを見て、修兵が僕に話しかけてきた。
天界結柱の防衛を終えた後、僕達は一カ所に合流していた。天界結柱は重要な物なので、本当なら戦いを終えた後も防衛を続けるべきなんだろうけど、皆斑目三席が倒されかけているのを見て駆けつけて来たらしい。
「どうします、増援に向かいますか?」
僕と修兵の会話を聞いていたイヅルが意見を投げかけてくる。
確かに現在敵に予備戦力は残っていないようだし、イヅルの言うことにも一理ある。
「当たり前ェだ! さっきは蓮沼が美味しいところを持って行きやがったからなァ」
イヅルの案に最も早く賛成したのは、僕の回道で傷を全快させた斑目三席だった。それに便乗する形で綾瀬川五席も賛同する。
彼らを始めとする十一番隊は好戦的な人が多いので、まだまだ暴れ足りないのだろう。
とは言え、今回に関しては僕もイヅルの意見に基本的には賛成だ。
「いや、また黒腔から突然敵が出てきても厄介ですし、柱に細工をしてから行きましょう。僕がやっておきますから、皆さんは先に増援に向かって下さい」
何度も言うけど、天界結柱は今回の戦いにおける重要な物だ。念を押して細工を仕掛けても問題ないだろう。
「ああ頼んだぞ、卯月」
そう告げた修兵に続くように、皆は空座町の中央の方へと向かって行った。
――僕も急がないとな。
真っ先に剣を交えた自分の隊長を見て、僕はそう思った。
***
「大前田! ガチガチだな。怖いか、久し振りの実戦が? 情けなくては見るに堪えんな。少しは蓮沼を見習ったらどうだ?」
自分の隣で震える大前田を少し鬱陶しく思った砕蜂は、何時ものように辛辣な言葉をかける。
しかし、これにはただ暴言を吐くのではなく、いつも通りの態度で接することで、大前田の気持ちを落ち着かせる狙いが砕蜂にはあった。
「良い機会だ。この際適当なところで何かのついでに死ね」
……あると言ったらあるのだ。
「はあ!? ハハーン、何言ってんスか? 怖くもねえし、ガチガチでもねえし! つーか絶対死なねえし!!」
いつもに増して辛辣な砕蜂の発言に驚きを隠せなかった大前田だが、彼にも彼なりの矜持や自尊心があるため、大声で虚勢を張った。
「そうか、じゃあ死ぬな」
「言われなくてもそうしますよ!」
ややヤケクソ気味に答えた大前田の身体の震えは、何時の間にか抜けていた。
***
「始まるぞ松本、雛森。心に乱れはねえか?」
「なんの話です?」
戦いが始まれば、会話ができる暇など無くなってしまうので、冬獅郎は最終確認として乱菊の心情を案じたのだが、乱菊は即答でそれに答える。
「私も大丈夫です!」
そして、雛森は固い決意の元、力強く返事をした。
「いや、行くぞ! 気を抜くな松本、雛森!」
「「はい!」」
無論、二人共しらを切っているだけということに気づかない冬獅郎ではなかったが、斯く言う彼も雛森の憧憬を裏切った藍染には激しい憤りを感じていたので、あまり話を掘り下げることはできなかったのだ。
「儂に付いて来い、鉄左衛門!」
「押忍っ!」
一方、冬獅郎と乱菊と雛森の三人と背中を合わせて立っていた二人も会話をすることで、これから始まる戦いに向けての志気を上げていた。
「俺と松本で奥の十刃を片付ける、この三人は任せていいか?」
敵が四人なのに対してこちらは五人。数の利では自分達の方が有利だったので、戦力を分けて戦うということを考えた冬獅郎だったが、他隊と手を組んでいるという関係上、勝手に行動する訳にも行かないので、一度確認を取ることにしたのだ。
「いいのか、日番谷隊長?」
とは言え、一人の十刃と三人の従属官のどちらが手強いだなんて言うまでもない。それを理解していた狛村も、冬獅郎に確認を取った。
「ああ、お前にはやるべきことがあるだろう」
そう言いながら冬獅郎は、元柳斎が放った炎の牢獄に目を遣った。
「……感謝する」
今回の戦いで狛村にはある目的があった。
――それは東仙と剣を交え、その目を覚まさせることだ。
護廷十三隊には自分を拾ってくれた元柳斎に恩を返す為という目的があるので、今回の戦いにおいても基本的には彼の命令には従うつもりでいた狛村だったが、これだけはどうしても譲れなかった。
それは偏に東仙が狛村の友だからだ。もしかしたら東仙はそう思っていないかも知れないが、狛村は今もそう思っていた。
友であるからこそ、友が間違った道に進んでしまったなら、連れ戻さなければならないのだ。
だが、それは冬獅郎とて同じだった。
先程にも述べたように、彼も藍染には激しい憤りを感じていた。どうにかしてそれを晴らしたいという気持ちがあるのだが、一方でそれは自己満足ではないのかという気持ちも湧いてきていたのだ。
冬獅郎が藍染に憤りを感じているのは、彼が雛森の憧憬を裏切ったからだ。
しかし、当の本人である雛森は藍染を連れ戻して、然るべき罰を受けてもらおうと奮起している。なら、自分の出る幕はないのではないかと思うようになったのだ。
そして、それが狛村の気持ちとの明確な差となり、それがこの状況を生み出していた。
「任せたぞ」
それだけ告げると、冬獅郎は乱菊を引き連れ、瞬歩でハリベルの元へと向かった。
「行かせるかよ!」
だが、そう易々と通れるほど甘くはない。ハリベルの従属官の一人であるオッドアイの破面――アパッチは、冬獅郎の進行方向に即座に移動を始めた。
「【弾け“飛梅”】」
しかし、それは突如として放たれた火球によって阻まれることになる。
「行って! シロちゃん、乱菊さん!」
火球が来た方向では、雛森が七支刀へと変化した斬魄刀を握っていた。
「……日番谷隊長だ」
「さんきゅ雛森! アンタも頑張んなさいよ!」
「はい!」
一言礼を言った冬獅郎と乱菊は、再びハリベルに向かって瞬歩を発動する。
「待ちやがれ!」
「――待て!」
「っ!?」
一足遅れながらも、諦めずに二人の動きを止めようとしたアパッチだったが、その行動を他でもないハリベルから止められてしまう。
そして、次の瞬間には冬獅郎と乱菊がハリベルの前に立ち、新たな陣形が完成していた。
「俺が前に出るからフォローは頼んだ」
「はい!」
戦闘の前に最低限の作戦を立て、乱菊は指示通り冬獅郎の一歩後ろに下がった。
そして、冬獅郎とハリベルがどちらからともなく斬魄刀を抜き放ち、斬撃を放った。
***
「野っ郎! ハリベル様に剣を!!」
冬獅郎とハリベルのやり取りを見ていたアパッチが怒りを露わにした。
「待ちなアパッチ! 後にしな!」
即座にハリベルの助太刀に向かおうとしたアパッチを止めたのは、褐色の肌にパーマをかけた髪型をした破面――ミラ・ローズだ。
「ンだとミラ・ローズ! てめえハリベル様があのガキに怪我させられてもいいのかよ!」
「馬鹿、ハリベル様が剣を抜かれたんだ。どの道白髪のガキに勝ち目は無いさ」
冬獅郎のことを舐めているように聞こえるが、この発言は純粋なハリベルへの忠誠心から来たものだ。
ハリベルは非常に真面目な性格の為、自分だけではなく、従属官への修行も怠っていなかった。故にミラ・ローズはハリベルの強さをよく知っている。だからこその発言だった。
「――それに、こっちだってそんな余裕のある状況じゃないだろう」
そう言ったミラ・ローズは自分達と対峙している三人の死神に視線を向けた。
先程も言ったように、ハリベルは部下への修行も怠っていない。それ故アパッチ達の実力は、従属官の中でも上位に食い込んでいる。その実力は、並の副隊長クラスなら余裕を持って勝てる程の物だ。
――だが、隊長ともなると話は変わってくる。
そして、現在彼女達の前には雛森、射場の副隊長に加え、狛村という隊長が立ちはだかっていた。射場と雛森は問題ないとしても、狛村は三人掛かりで戦っても倒せるかどうか分からない相手だ。
つまり現在は互角に近い状況であり、そこから一人でも戦力を欠かす訳にはいかないのである。
「チッ、分かったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ!! その代わりさっさと終わらせて、ハリベル様の加勢に向かうぞ! ミラ・ローズ、スンスン!!」
「なんでお前が仕切ってんだよ……でもまあ」
「今回ばかりはそうした方がよさそうですわね」
アパッチの発言に、ミラ・ローズと黒髪を背中の辺りまで伸ばしたお淑やかな雰囲気を感じさせる破面――スンスンが一応は同意を示し、三人一斉に斬魄刀を引き抜いた。
それに対して、元々始解をしていた雛森に加えて、射場も先に行くにつれ刀身が太く、真ん中辺りで細い刃がつけられているという奇形の斬魄刀を解放した。
最初に動いたのは雛森だった。三人の中で唯一遠距離攻撃秀でている彼女は、牽制の意味を兼ねて飛梅から火球を放つ。
結果当たりはしなかったものの、牽制としての役割は十分に果たし、三人を分断することに成功する。破面側が三人とも同じ十刃に使える従属官という性質上、隊を跨いでチームを組んでいる狛村達よりも、連携という点では破面側の方が一枚上手だ。故に雛森が最初に行ったのは、敵の長所を消すことだった。
自分が敵より強い力を出すのもそうだが、相手の戦力を落とすのだって立派な戦いだ。要は自分の実力が、その場面で相手を上回っていれば勝利は得られるのだ。
「【
「だらっしゃい!!」
そして、破面側が分断されたタイミングで、何もない場所から突如として現れた狛村の巨大な斬魄刀がアパッチとスンスンへ、射場の斬撃がミラ・ローズへと襲いかかる。
即興にしては高度な連携をやってのけた三人だったが、それでも攻撃を当てるのには至らなかった。
高威力を誇る狛村の巨大な斬魄刀は、アパッチとスンスンが両者の呼吸を完璧に合わせることで受け流すことに成功し、射場の斬撃はミラ・ローズに受け止められる。
「【縛道の六十一“六杖光牢”】【縛道の六十三“鎖条鎖縛”】!!」
「「ぐっ!」」
しかし、この間に雛森が何もしていない訳がなかった。二種の鬼道の詠唱を組み合わせる二重詠唱を済ませていた雛森が、二種類の高位鬼道を巧みに使いこなし、三人の動きを止めた。
「【天譴】!!」
そして、そこに狛村の斬撃が今度は横凪に払われる。運悪く丁度同じ高さに居た三人は、狛村の巨大な斬魄刀の餌食となった。
***
冬獅郎と乱菊対ハリベルの戦いは、膠着状態を向かえていた。霊力だけ見れば、ハリベルの方が一枚上手なのだが、それを冬獅郎と乱菊は、短距離から中距離は冬獅郎の剣術と氷輪丸で、遠距離を乱菊の灰猫でという風にしっかりと役割分担をしていた。
そしてハリベルもまた、冬獅郎との剣劇に加えて、虚弾や虚閃を巧みに使い分けることで堅実に戦いを進めており、その所為か、両陣営未だに無傷だった。
こうなれば、どちらかが手札を一枚晒さない限り戦況が動くことはない。
この戦いはまだまだ続きそうだ。
***
冬獅郎と乱菊も、京楽と浮竹も目の前の敵と戦いを続けている一方で、砕蜂と大前田の戦いは一足先に一段落つこうとしていた。
最初こそは両者共に苦戦しているように見えたものの、それは理由の違いこそすらあれ、二人の演技だった。
先ずは大前田だが、彼は自分の恰幅のある体型や敵の攻撃から逃げ続けることで、自分が弱いと相手に勘違いさせ、一瞬で戦況をひっくり返した。
止めこそは刺せなかったものの、結局ニルゲは態とジオ・ヴェガに吹き飛ばされた砕蜂に衝突して、ダウンした。
次に砕蜂だが、彼女はこれから続く十刃との戦いに備える為に、一度破面が行う帰刃を目に焼き付けようと、敢えて手加減をしていた。
“虎牙迅風・大剣”という奥の手まで使ったのだが、当然、ジオ・ヴェガの実力が砕蜂に及ぶ筈もなく、十分に帰刃の分析を終えた砕蜂が、ジオ・ヴェガの認識できない速度で彼の心臓に二撃放ち、その姿を亡き者にした。
「来るぞ、大前田」
「はいっス!」
そして戦いを終えた二人の瞳には、ゆっくりと重い腰を上げるバラガンの姿が映っていた。
***
「ハア……ハア……、大丈夫か? ミラ・ローズ、スンスン」
「だから、指揮官振んなっていつも言ってるだろうが……馬鹿」
「生憎と私はあなた達とは一線を画する存在なので、この程度の攻撃、何てことありませんわ」
狛村の攻撃によって建物に叩き込まれた三人は、息を整えながら立ち上がった。
「あいつらまだ生きとったんかい……」
立ち上がる三人の姿を目にした射場が驚愕する。自分の直属の上司なので、狛村の一撃の威力はよく理解していた。それだけに、狛村の攻撃を帰刃も無しに耐えきったことが信じられなかったのだ。
「攻撃が当たる瞬間に光が見えた。恐らく虚閃か何かで儂の攻撃の威力を削いだのだろう」
「私にも見えました」
とは言え、射場の思う通り狛村の一撃は強力だ。故に破面の三人も何もせずに凌いだ訳ではない。彼女らは攻撃が当たる瞬間、咄嗟に虚閃を放つことで狛村の攻撃の威力を大きく軽減したのだ。
「構えろ鉄左衛門、まだ戦いは終わってないぞ」
「押忍っ!」
満身創痍な彼女達だが、その目から戦意の喪失は感じられなかった。そして、その理由もちゃんとした理由があってのことだった。
「【突き上げろ“
「【食い散らせ“
「【締め殺せ“
上からアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人が同時に帰刃を発動した。
それと同時に三人がこれまで受けていたダメージが一斉に消えて行き、刀剣解放を終える頃には完全に消え失せていた。
アパッチは額から鹿の角が生え、身体も鹿の体毛が生えると共に、足の筋肉が大きく発達する。
ミラ・ローズは髪がライオンの鬣のように伸び、顔も肉食獣特有の凶暴な表情へと変化していた。
スンスンは顔面にはそれほど大きな変化は見られなかったものの、下半身が大蛇へと変化していた。
「【飛梅】!」
だからと言って、やることはそんなに変わらない。帰刃をしても、しなくても、三人の連携は十分に脅威だ。
故に、三人を分断するという意味では飛梅の使用は変わらなかった。
しかし、先程にも躱せていた攻撃が、刀剣解放を行い、さらに強化された三人に通用する筈がなく、アパッチ達は雛森の攻撃を余裕を持って回避した。
そして、その先には射場と狛村の攻撃が待ち構えていたのだが、射場は逆に返り討ちにされ、先程までは受け流すしかなかった狛村の攻撃は完全に弾き返された。
「「【虚閃】!!」」
「【虚弾】!」
攻撃を跳ね返され、よろめく狛村にミラ・ローズとスンスンの虚閃が、鬼道を放とうとしていた雛森にアパッチの虚弾が襲いかかる。
無論、この一撃で落とされる程狛村も雛森も甘くはないし、アパッチ達もそう認識していた。
にも関わらず、攻撃の衝撃で落下する死神三人をアパッチ達が追うことはなかった。
――何故?
そう死神三人が思った時には後の祭りだった。
「一気に決めるぞ! ミラ・ローズ、スンスン!!」
「だから指図すんなって……」
「言ってるでしょう」
アパッチの声に応えながら三人はそれぞれ自分の左腕に手や武器をあてがった。
攻撃を当てながら、敵を自分達から遠ざける理由など二つしかない。一つは自分や仲間の怪我の回復の為の時間稼ぎ。
――二つ目は次の攻撃の為の布石だ。
「なっ!?」
次の瞬間、三人はそれぞれ自分の左腕を切断した。
「「「【
三人の声に合わして切断された左腕が渦を描きながら一つに融合していく。
そして完全に融合し、渦が黒い球体へと変化すると、今度はその黒い球体が爆ぜた。
次の瞬間、そこには三人の左腕から形成されたとは信じられない程、巨大な二足歩行の獣が佇んでいた。
「何……あれ……?」
「何じゃ、ありゃあ?」
雛森と射場がそう声を漏らしてしまうのも無理もない。それほど目の前の獣が不気味な存在だったのだ。
ミラ・ローズのライオンのような長い髪、アパッチの鹿のような角と体毛、スンスンの蛇のような尻尾に、かなり鍛えられた人間の肉体のような上半身に虚の仮面。
それは、幾つもの生物を合成したような姿だった。
「“混獣神”。解放したあたし達三人の腕から創った、あたし達のペットだ。名前はアヨン」
アパッチが話している間、アヨンはどこか落ち着かない様子で左右を見渡していた。
と、思っていた刹那、アヨンが突然動き出した。予備動作のなかったその響転に、雛森と射場はアヨンの動きを視認するどころか反応することすらできない。
「二人共退がっておれ」
しかし、アヨンの攻撃が通ることはなく、一人の死神によって防がれた。
「隊長っ!?」
「狛村隊長っ!?」
「ここは儂が相手をする」
そして、狛村は力ずくでアヨンの巨体を押し返し、斬魄刀を強く握り直した。
「【卍解“黒縄天譴明王”】!!」
瞬間、狛村の側に、アヨンと同じくらいの巨体を持つ黒塗りの鎧武者が召喚された。
それを見たアヨンがもう一度突進を行うが、その攻撃は狛村を介した鎧武者の動きによって受け止められてしまう。
狛村の卍解、黒縄天譴明王の能力は、狛村と身体の感覚を共有した巨大な鎧武者を召喚する能力だ。感覚を共有している以上デメリットも大きいのだが、それ故に狛村の卍解は一度壊れれば治せないという全卍解の共通点を無くした卍解でもある。
そして、身体が大きいというのはそれだけで武器だ。巨体のあまり動きが緩慢であるという弱点を持っている者も居るのだが、元より隊長である狛村と感覚を共有した鎧武者に、そのような弱点はない。
「はああ!!」
狛村の一喝と共に、鎧武者がその手に持っていた巨大な斬魄刀を振り下ろし、アヨンを一刀両断にした。
「隊長っ!!」
――だが、それでもアヨンはまだ死ななかった。
真っ二つに切り裂かれたアヨンが大口を開けながら、鎧武者に攻撃を仕掛ける。
「ああ、分かっておる」
射場の声に静かに応答した
「はああああああ!!」
一度アヨンの生命力を見た狛村は今度はもう二度と立ち上がることができないよう、鎧武者と一緒に何度も斬魄刀を振り下ろす。
やがて粉々に引き裂かれたアヨンは爆散した。
「まだだ!」
だが敵はアヨンだけではない。狛村がアヨンを倒したこの瞬間こそが好機と思ったアパッチ達が、一斉に鎧武者に斬りかかった。
「何だ……こりゃ……!?」
だが次の瞬間、三人に何かが絡みついた。それは伸縮性に優れた糸で、どれだけ三人が足掻こうとも千切れることは無く、かえって複雑に絡まっていくだけだった。
そして、それを仕掛けた張本人――雛森が口を開く。
「退がっている間、私達が何もしていないとでも思っていましたか?」
アパッチ達がそちらに目を向ければ、鬼道の維持や発動をする為に、手をアパッチ達の方に翳している雛森と、それを守るように斬魄刀を構える射場の姿があった。
「戦いにおいて最も隙が出来やすい時は、敵を倒した瞬間。私はそう教わりました」
雛森に戦いを教えたのは、他でもない卯月だ。その頃から彼は二番隊、即ち隠密機動で修練を積んでおり、そんな彼がこのことを雛森に教えない理由はなかった。
「まさか三人共引っかかってくれるとは思いませんでしたけどね」
最も隙を突かれやすいということは、当然そこへの対策は施していると考えて動くべきだ。
しかし、アパッチ達はそこまで考えが及ばなかった。
雛森は斬魄刀を霊子でできた足場に突き刺し、次の鬼道を唱える。
「【破道の七十一“
瞬間、雛森の両の手から獄炎が放たれる。元々彼女が得意とする赤火砲が、七十番台の鬼道として強化されただけにその威力は絶大で、生み出す炎の熱は周囲の温度を一瞬にして変えた。
しかし、その爆炎がアパッチ達に向かって放たれることはなく、その炎は全て雛森の七支刀形の斬魄刀――飛梅の刀身に注がれる。
それによって飛梅の刀身は紅に染まり、高熱を発する。
そして、飛梅と霊子の足場の間には、アパッチ達を拘束している糸があった。
「【
刹那、飛梅からこれまでにはなかった程の炎が放たれる。そしてその炎は糸を伝って行き、次の瞬間には辺りを爆炎が覆い尽くした。
当然その範囲にはアパッチ達も含まれており、爆発が止む頃には全身を黒く焦がした彼女達が気を失い、落下して行った。
***
「アパッチ、ミラ・ローズ、スンスン……。よく戦った」
落下していくアパッチ達を見ていたハリベルが、自身の従属官である三人を褒め称えながら、装束のジッパーを上へと上げた。
そして、一部露わとなった彼女の胸には、三の数字が刻まれていた。
「っ!? てめえ程の力でまだ三番目か……」
実際にハリベルと戦っている冬獅郎は、彼女の実力をもう少し上だと見積もっていたのだが、どうやら違ったようだ。
「私程の力で? 私の力の底など、まだ貴様に見せた覚えはないぞ」
そしてハリベルは、冬獅郎の言葉に違和感を感じていた。
まだ本気を出していないのにも関わらず、自分の能力すべてを見極めたような口振りが癇に障ったのだ。
――そしてこの瞬間、冬獅郎は得体の知れない何かを感じ取った。それは彼の長年の経験から来るもので、咄嗟に卍解を発動したのだが、後程それは間違いではなかったと思い知ることになることなる。
ギアを一段階上げたハリベルが、一瞬にして冬獅郎に接近し、斬魄刀を払った。
突如上昇したスピードに冬獅郎は対応できず、大紅蓮氷輪丸の氷に深い亀裂が入った。もしも卍解をしていなければ、今頃冬獅郎は息絶えていただろう。
「隊長!!」
「来るな松本!!」
冬獅郎の元に向かおうとした乱菊を、他でもない冬獅郎が止めた。
今の一合で冬獅郎は感じ取ったのだ。
――最早乱菊はここから先の戦いにはついて来れないと。
突如声を荒げた冬獅郎に、乱菊は思わず足を止めてしまうのだが、その一瞬が命取りとなった。
「松本!!」
その一瞬の間にハリベルは乱菊に接近し、一撃を与えたのだ。
斬撃を喰らったことにより、乱菊は身体から鮮血を撒き散らしながら落下していく。
「【討て“
そして、帰刃によってさらに霊圧を高めたハリベルの背後から大量の水が噴き出した。
双蓮蒼火墜があるなら赤火砲が強化された破道があってもいいと思うの。