転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 閑話のつもりで書いたのに思ったより話がシリアスになってしまいました。もっとギャグっぽくするつもりだったのに……。


第二十話

 藍染隊……藍染が謀叛を起こし、尸魂界から去ってから数日が経過した。

 仕事をこなしたり、戦ったりと少しも気が休まらない状況が続いていたので、朽木さんの処刑や藍染の件などの厄介事が一時的にとはいえ無くなった今は、少しは休めると思っていたんだけど、全然そんな事は無く、さっきも砕蜂隊長と組み手をして来たばっかりだ。

 

「おはようございます、蓮沼三席」

「おはよう、進捗はどう?」

「はい、予定通りには進んでいるので概ね順調です」

「そう。ありがとう」

 

 砕蜂隊長の指示で隊首室に向かう道すがら、すれ違った隊士と挨拶を交わす。

 

 進捗、というのは現在二番隊隊舎で行われている改修工事のことである。

 黒崎一護君たち旅禍との交戦や、藍染に操られていた門番達によって瀞霊廷の一部が破壊されてしまったので、被害を受けた隊は現在その修繕に奔走しているのだ。

 

 でも実は二番隊隊舎はどこも破壊されていない。

 

 では、何故今二番隊は壊れていないのにも関わらず、二番隊は改修工事などを行っているのかと言えば、それは一人のある女性の所為だったりする。

 

『入れ』

 

 あれこれ考えている内に隊首室に着いた。ノックをすると中から砕蜂隊長の声が聞こえてくる。

 

 一礼してから入室すると、部屋の中には砕蜂隊長ともう一人見知らぬ女性が居た。

 

 端整な顔立ちで、褐色の肌に後頭部で一つに纏められている鮮やかな紫がかった黒髪、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるグラマラスかつ引き締まった肢体や、隊長格と比較しても遜色ないほどの霊力からは、彼女が只者ではないことが察せられた。

 

「あの砕蜂隊長、この方は……?」

「ああ、お前をここに呼んだのは――」

「――ほーう」

 

 そこまで砕蜂隊長が言ったところで、褐色肌の女性が僕の目の前まで来て、何かに感心するかのような声を発した。

 

「お主が砕蜂の弟子か? あの堅物の砕蜂が弟子をとったと言うからどのような奴かと思えば、案外可愛い見た目をしておるの。儂の弟にそっくりじゃ」

 

 顔を僕に近づけてじっくりと観察した女性はいつしか、僕が砕蜂隊長と初めて会った時と同じようなことをのたまった。

 

 恥ずかしさに耐えかねた僕は砕蜂隊長に助けを求める視線を送るのだが、当の砕蜂隊長は「夜一様が私と同じ発言を……」などと言って感激しており、僕の視線が砕蜂隊長に届くことはなかった。

 

 だけど、その言葉で彼女が誰なのかは恐らく判明した。

 

「……あのー、近いです」

「ん? ああ、すまんのう」

 

 一言謝って彼女――四楓院夜一は僕から一歩遠のいた。

 砕蜂隊長は苗字を言ってなかったので、同姓同名という可能性もあるけど、流石に漫画のキャラクターで、それもかなりの実力者で名前が被るなんて事はないだろう。

 それに現在、黒崎君たち旅禍は客人として尸魂界に滞在しているので、その情報とも合致している。

 

「っと、自己紹介がまだじゃったのう。儂の名は四楓院夜一じゃ。一応貴族の出じゃが儂は堅苦しいのは嫌いでの、そんなに畏まらず気安く夜一と呼んでくれ。お主の事は砕蜂から聞いておる。よろしくの、卯月」

「こちらこそよろしくお願いします、夜一さん」

 

 四大貴族の出自を一応、と言うのは些か無理がある気がするけど、僕も生前は貴族社会とは全く無縁の生活を送っていたので、ここは素直にお言葉に甘えておくことにする。

 

「ところで卯月、砕蜂に聞くところによると、瞬閧の元となる白打と鬼道の融合を考えたのはお主のようじゃの?」

「はい、そうですが……」

 

 昨日、砕蜂隊長に瞬閧は実は百年も昔に夜一さんが生み出したもので、その名前が瞬閧だったという事を謝罪と共に教えて貰った。

 僕としては元々名付けるつもりなんて無かったし、変に原作に介入してしまうリスクが無くなったので万々歳なんだけど、砕蜂隊長はそんなこと知る由もないので、宥めるのに少々時間が掛かってしまった。

 最終的には今度どこか美味しいお店に連れて行ってくれるという事で手を打って貰ったたんだけど、もうこんな面倒な目に遭うのは御免である。

 

「でも僕は単にキッカケを与えただけで、瞬閧を考案して習得したのは砕蜂隊長ですよ」

「謙遜するでない。瞬閧もそうじゃが、本来なら白打と鬼道の融合とてそう簡単にできるものではない。それをお主は霊術院時代にこなしておったと言うのじゃから驚きよのう」

「まあ、僕はそのころから色々と尖っていたので……」

 

 今だって斬術はからっきしだし、破道だって三十番台までの詠唱破棄を習得している位である。

 

「じゃが、白打は数十年にも及ぶ努力の賜物じゃろう? 砕蜂も言っておったぞ。最初は瞬歩の勢いのままに拳を突き出していただけじゃったが、最近では二番隊で砕蜂に次ぐ実力の持ち主になったとな」

「それも砕蜂隊長や先輩方のご指導あってのことですよ」

 

 白打は縛道や斬魄刀に次ぐ僕の武器だけど、その中でも白打は僕が苦手を克服して習得したたった一つの技能である。

 だけどそれも砕蜂隊長や楠木さんの熱心な指導によるところが大きい。最初は本当に、今夜一さんが言っていた通りの、瞬歩の勢いに任せた白打の『は』の字もないお粗末なものだったのだ。この二人が居なければ、間違いなく今の僕は居なかっただろう。

 

「ふっ、やはりお主は砕蜂の弟子じゃの。そういう堅苦しいところがそっくりじゃ」

 

 莫迦にされているのか、褒められているのか、はたまたその両方か、要領の得ない発言だったけど、不思議と悪い気はしなかった。

 

「いい弟子を持ったの、砕蜂」

「ありがとうございます!」

 

 慈愛に満ちた表情で言われたその言葉に砕蜂隊長は力強く答えると、その後小声で「夜一様が褒めてくださった……」と僅かに頬を赤く染めながら呟いた。多分砕蜂隊長もその言葉が僕の耳に届いているとは微塵も思っていないのだろう。

 

 ――ていうか今のは砕蜂隊長を褒めていたのか? 結構微妙な気がするんだけど……。

 

 あとさっきから思っていたけど、砕蜂隊長って本当に夜一さんが絡むとキャラが変わるな。

 そう言えば、前世での友人も砕蜂隊長は普段は凛としているのに、夜一さんが絡むと露骨にポンコツになるって言ってたな。

 別に僕としては公私の区別さえしっかりとしてくれれば、特に言うことはないんだけど、今の砕蜂隊長を見ていると、少し不安になって来たよ……。

 

 因みに、現在二番隊隊舎で行われている改修工事は、夜一さんが尸魂界を訪れても問題なく過ごせるようにと、砕蜂隊長が大前田副隊長の財産を使って行っていたりする。

 

 ――あれ? 早速公私の区別ついてなくない?

 

「ん? ああ、あまり気にしてくれるな。あやつはここ最近、儂の前だとずっとあのような感じじゃ」

「いや、それが心配なんですが……」

「昔はここまで酷くなかったんじゃがの……。一体どうしてこうなったのじゃ?」

「多分、ここ一世紀で募った感情が一気にぶり返して来たんじゃないんですか?」

 

 子育てとかでも、子供が小さい時に構ってあげないと、大きくなってからその分が返ってくるって聞いたことがあるしね。

 

「……中々痛いところを突いてくるの」

「すみません」

 

 掘り返すようで申し訳ない気がしないでもないけど、結局はそこなのだ。

 恐らく、これは日々の積み重ねで追々清算していくしかないのだろう。

 

「よいよい。それにしてもお主、あまり驚かないのじゃな」

 

 ふと、そのような疑問を夜一さんは投げかけて来た。

 

 とはいえ、その答えの半分以上は原作知識で知っていたからということになるんだけど、そんなこと言う訳にも行かないので、半分以下の方の理由をいうことにする。

 

「まあ、あれくらいで揺らがない程度には僕は砕蜂隊長を尊敬してますからね」

 

 それにこれは絶対に言えないけど、今の砕蜂隊長は普段の彼女からは考えられないほど可愛らしいので、所謂ギャップ萌のようなものを感じて非常に役得であったりするのだ。

 

 「成程の」と言った夜一さんは顎に手を当てて、少し考える素振りをしてから口を開いた。

 

「ところで話は変わるんじゃが――お主、儂と一度組手をしてみるつもりはないかの?」

「……はい?」  

 

 

***

 

 

「さて、準備はよいかの?」

 

 軽く身体を動かし終えた夜一さんがそう訊いてくる。

 

 結局、あれから押し切られる形で話を受けてしまった。最初は仕事があるからと断っていたんだけど、砕蜂隊長が「夜一様のご提案を断るなど言語道断だ」と言いながら、僕の仕事を全て大前田副隊長に押し付けてしまったのだ。

 確かに、普段から大前田副隊長は仕事をサボりがちだし、幾分か僕がフォローすることも多いんだけど、いざその立場が逆になるとそれはそれで罪悪感が湧いてくる。

 

 ――帰りに油煎餅でも買おう。

 

 大前田副隊長は油煎餅が好物で仕事中でもバリバリと音を鳴らしながら食べているので、それでチャラにしてくれると信じたい。

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 対する僕はつい先ほどまで砕蜂隊長と組手をしていたし、お風呂にも入ったばっかりで身体も温まっているので、柔軟体操をするだけに留めた。

 

「では、僭越ながら私が立会人を務めさせていただきます」

 

 そう丁寧な口調で僕と夜一さんの間に立ったのは砕蜂隊長だ。総隊長や先代の二番隊副隊長である大前田希ノ進さんにぐらいしか彼女が敬語で話しているのを見ないので、少し新鮮である。

 

「それでは、これより四楓院夜一様と蓮沼卯月の模擬戦を始める!」

 

 砕蜂隊長の声に合わせて僕と夜一さんはほぼ同時に構えた。

 その構えからは確かに砕蜂隊長の名残のようなものを感じられて、やはり彼女は砕蜂隊長の師匠なんだなと思えた。

 

 因みに、今回の模擬戦では夜一さんが僕の純粋な白打の実力を見るという目的があるので、鬼道や斬魄刀の使用が禁じられている。

 

「では、始め!」

 

 砕蜂隊長が腕を振り下ろすのと同時に僕たちは動き出した。

 

 先ずは初撃。僕は瞬歩の勢いに合わせて鋭く最速の一撃を突き出したのだが、軽く受け流されてしまう。僕はそのまま勢いに流されてしまうが、最初に突っ込んだということはこの程度は想定済み。その勢いのままに両手を地面に付き身体を屈めることで夜一さんの拳を躱し、彼女の顔面を目掛けて逆立ちで蹴りを放った。

 

 だが、その一撃は通らず、僕の足は受け止められてしまう。そのまま夜一さんは投げ技に移行するが、僕は空中に霊力で取っ手のようなものを形成し、そこに手を掛けることでバランスを取る。そして、夜一さんに掴まれていないもう一方の足で蹴りを放つのだが、これは夜一さんが僕の足を手放すことで躱した。

 

「やるの」

「ありがとうございます」

「じゃが、これはどうかの?」

 

 瞬間、音も立てずに夜一さんの姿が掻き消えた。いや、僕の視界を掻い潜られたのだ。人間の目は上下左右の動きには強いが、それに対して斜めの動きには弱い。

 単純な速力こそは砕蜂隊長に劣るものの、夜一さんは経験と技術でそれを補ったのだ。

 

 とはいえ、この動きは砕蜂隊長相手に何度も見ている。

 

 僕は冷静に霊覚で夜一さんを感知し、攻撃を躱した。そして、返しの一撃を放とうとしたとき、再度夜一さんの姿が掻き消えた。そのスピードは先ほどよりも上回っており、さっきまでの動きが全然本気ではなかったことが分かった。

 しかし、それでもまだ砕蜂隊長の速さには及ばない。まだ目で追える速度だし、背後に移動していることも分かっている。

 

 僕は背後にいるであろう夜一さん目掛けて回し蹴りを放ったのだが、避けられてしまった。

 

「なっ!?」

 

 それに僕は声を漏らしてしまう。いや、僕とてこの一撃が当たらないことは想定していた。

 では、なぜ驚いたのか。それは夜一さんの避け方にあった。

 

 ――あろうことか彼女は僕の放った脚の上に立つことで、攻撃を躱したのだ。

 

 まんまと意表を突かれた僕に夜一さんは笑みを浮かべながら蹴りを放ってくる。

 

 碌に動く余裕のない中、僕にできることは一つだけだった。

 

「っ、……ほう」

 

 攻撃を何とか掻い潜った僕に夜一さんは感心するように呟いた。

 

 あの瞬間、僕がしたことは一つ。

 

 ――こけたのだ。

 

 そもそも、さっきの夜一さんの動きは超人蔓延るこの世界だからできる動きだ。もし、今の彼女の動きを前世でやろうとしたのならば、今僕がしたようにバランスを崩してこけるはずだ。

 当然、そんな不安定な足場で鋭い蹴りなんて放てるはずもなく、その威力は大幅に軽減された。

 

 僕はそのままバク転で距離を取ったのだが、身体を起こした時夜一さんの姿はそこにはなかった。

 

「こっちじゃ!」

「っ!?」

 

 声が聞こえたのは僕の頭上だった。そこに視線を向けてみれば、夜一さんは木の枝に逆様の状態でしゃがんでいた。

 夜一さんはそのまま勢いをつけて僕に飛び込んで来るが、甘い。態々場所を教えてくれたのに攻撃を受けるわけがない。

 

 僕は一歩右に避け、追撃に拳を突き出すのだが、そこには夜一さんの姿はなかった。

 

「愚直じゃの」

 

 その声が聞こえたのは僕の背後。先ほど夜一さんの居た場所には一枚の布がひらひらと落下していた。

 

 ――【隠密歩法四楓の参“空蝉”】である。

 

 そして夜一さんの一撃が僕の首筋に突き刺さった。

 

「ふっ、これも躱すか」

 

 ――かのように思えた。

 

 夜一さんが拳を突き出した場所には、またもや一枚の布がひらひらと落下していた。

 

 夜一さんが愚直と言ったのは、恐らく教えられた場所にも関わらず、そこを何も疑わずに攻撃したことだろう。

 だが、その程度のことは想定している。誰が戦闘中に態々自分の居場所を教えるのだろうか? そして、もし仮に教えたとしてもそこには罠があると考えるのが普通である。

 

 当然、夜一さんも攻撃が命中しないことは想定済みだったので、僕の追撃は難なく躱している。

 

「……どうやら砕蜂の言うことに嘘はないようじゃの」

「砕蜂隊長が何か仰っていたんですか?」

「ああ、戦闘中にの。お主の力は既に儂を上回っておると言っておったぞ」

「えっ!?」

「夜一様、それは!?」

 

 戦闘中ということは朽木さんの処刑の日のことだろう。話だけだけど、砕蜂隊長から夜一さんと戦って引き分けたと聞いていた。

 でも、砕蜂隊長が引き分けた相手に僕が勝てるわけないと思う。……縛道を使えれば話は別かもしれない。けれど、砕蜂隊長は僕が九十番台の縛道を習得していることを知らないし、となると砕蜂隊長は、全力じゃない縛道と白打と斬魄刀だけで夜一さんに勝てると思っているということなんだけど、流石にそれは無理があると思う。

 何て言ったて、夜一さんは瞬閧が使える。それも僕や砕蜂隊長よりも高い練度でだ。つまり、生半可の縛道では抜け出されてしまうし、そうなると僕に打てる手はこれまた砕蜂隊長に能力を教えていない卍解のみとなる。

 

 ――こうして考えてみると、僕がどれだけ縛道に頼りすぎているかが浮き彫りになってくるね。

 

「よいよい。確かに、瞬閧抜きでは儂はお主に勝てんかった。それに卯月も単純な速力では既に儂を上回っておる」

「夜一様……」

 

 自分の課題と向き合っていると、夜一さんは焦った砕蜂隊長を宥めていた。 

 

「まあ、すぐにまた追い越すがの!」

「夜一様!」

 

 前者を同情するように、後者を嬉々とした表情で砕蜂隊長が相槌を打つ。

 

 でも確かに、現在僕が夜一さんよりも実力が勝っているのは夜一さんに百年のブランクがあるからだし、それが元に戻れば僕なんて一瞬で追い抜かされるだろう。

 

「じゃがのう卯月――経験では今の儂でもお主を上回っておるぞ」

「っ!?」

 

 瞬間、数本のクナイが背後から僕に襲い掛かってきた。

 

「【縛っ!?」

 

 咄嗟に縛道を唱えようとするけれど、そこでこの戦いは鬼道の使用が禁じられていたことを思い出した。

 

 ――やられた!

 

 先程僕がバク転で回避していた間、夜一さんは単に僕の頭上に移動するのではなく、こうして暗器を仕掛けておいたのだ。

 空蝉までは見抜けた僕だったけど、流石にここまでは見抜けなかった。

 

「それまで! 勝者、夜一様!」

 

 なんとかクナイは躱した僕だったけど、その後に来た夜一さんの追撃を躱し切れなくて、やられてしまった。

 

「……負けましたか」

 

 ――こんなんじゃ、これからの戦いにはついていけないな。

 

 前世の友人の話では、これから物語はどんどん加速していくらしい。

 その代表例として挙げられるのが力のインフレーションで、何でも朽木隊長にも打ち勝った黒崎一護君の卍解が全く通じないような相手が、これからうじゃうじゃ出て来るようだ。

 

 藍染と対峙した時に黒崎一護君を始めて見たけど、少なくとも霊圧量に関してだけ言えば隊長格にも匹敵していた。そして彼はこれからそれに加えて死神に虚の力を取り込み、強化する術――虚化という強力無比な力を手に入れ、藍染の配下である破面(アランカル)という敵を相手に戦えるようになるのだ。

 

 それに引き換え僕には虚化のような急激に成長できるような要素はないし、仮にあったとしてもそれを開花させることができるのかと言えば、首を傾げざるを得なかった。いつの時代でも、そのような急激なパワーアップは主人公の十八番だ。間違っても僕の領分じゃない。

 

 だから余計に課題があるのにも関わらず、咄嗟に縛道に頼ろうとした自分が酷く情けなかった。

 

「何をそんなに暗い顔をしておるのじゃ?」

「……え?」

 

 そんな時、夜一さんが声をかけてきた。

 

「ほれ、立てるか?」

「ええ、そんなにダメージはないので」

「ほう? 言ってくれるのう」

「や、やめっ!?」

 

 夜一さんは手を差し出してくれたのだが、僕が返事をした途端、悪戯をする子供のような顔を浮かべて、僕をヘッドロックしてきた。

 

「なっ!? 夜一様!!」

「ちょっ!? 夜一さん!」

 

 焦った僕と砕蜂隊長の声が重なる。それくらい今の状況はヤバかった。

 

 その……当たっているのだ。――夜一さんの胸が僕の顔に。

 

 その豊満な胸は普通なら僕の精神を蝕んで来るのだろうが、それも気にならないほどのある事象が僕の精神を蝕んでいた。

 

「ひっ!?」

 

 ――砕蜂隊長の殺気だ。

 

 これまでに何度か一緒に任務に向かったことはあったけど、その時とは比べ物にならないほどの殺気が砕蜂隊長から漏れ出ていた。

 

「よ、夜一さん。お願いですから放してください」

「何故じゃ?」

「は、恥ずかしいですから!」

 

 砕蜂隊長に殺されるからとは口が裂けても言えなかった。

 

「ふむ。……少しはマシな顔になったの」

「……え?」

 

 夜一さんはそう言って僕を解放した。

 

「いや、模擬戦で負けたにしては随分と辛気臭い顔をしておったからの」

「そう、ですか……」

 

 どうやら初対面の人物に見破られるほどに分かりやすかったらしい。

 

「そんなに儂に負けたのが堪えたかの?」

「いえ、そういう訳では……」

 

 ニヤニヤしながらそう言った夜一さんに僕は否定したのだが、ならどういう理由だという視線が砕蜂隊長から突き刺さった。その視線はもし夜一様に失礼なことを言ったら殺す、と存外に言っているようだった。

 できれば何も言わずにやり過ごしたかったんだけど、そういう訳にはいかないらしい。

 

 観念した僕はゆっくりと口を開いた。

 

「……不安なんですよ。この先の戦いについて行けるのかが」

 

 先日の騒動で僕は二度にわたって藍染と対峙した。確かに駄目で元々の気持ちで挑んだし、藍染の実力が規格外だということも前世の友人から聞いていた。

 しかし、それが隊長格の倍以上の実力だとは思わなかった。恐らく、現時点において護廷十三隊で彼に実力で勝っているのは総隊長ただ一人だ。

 だが、そんな彼も鏡花水月の術中に嵌っている人の一人だ。そんな彼が藍染に勝てるのかと聞かれれば、正直分が悪いと言わざるを得ないだろう。

 なら今、護廷十三隊で藍染に勝つ可能性が高いのは日番谷隊長の言う通り僕ということになる。僕は今その重圧に押しつぶされそうになっていた。

 

 とは言え、この戦いは僕が居なくとも、黒崎一護君が自身の全ての霊力を引き換えに解決してくれる。

 ならそんなに気負う必要はないんじゃないかと思うかもしれないが、それとこれとは話が別である。

 

 あのとき僕が藍染を捕らえるまでとは行かなくても、崩玉の強奪だけでも阻止していれば、今後の戦いが少しは楽になっていたかもしれないのだ。そんな失態を犯した僕が他人任せでいいはずがあるまい。

 

 そのようなことを一部を包み隠しながら話したんだけど、どうやらそれは地雷だったらしく……。

 

「ふざけるな!!」

 

 ――次の瞬間、僕は砕蜂隊長に胸ぐらを掴まれていた。

 

「自惚れるなよ。確かにお前は先日藍染に対峙し、逃した。だが、それはお前だけの失態ではない。私達護廷十三隊全隊士の責任だ!!」

 

 その表情はまさに鬼気迫るという表現が相応しく、先程までのポンコツぶりは完全になりを潜めていた。

 

「でも、それは連帯責任とかそういうのじゃないですか。僕はあの時、早期解決のチャンスを逃したんです」

 

 砕蜂隊長が言う全隊士の責任というのはあくまで組織的な考えに基づいたものだ。そして、今回の騒動での一番の戦犯は間違いなく僕だろう。

 例え全隊士の責任だったとしてもそれだけは紛れもない事実だ。

 

「だからそれが自惚れだと言っておるのだ!! 早期解決だと? それを言えば藍染の野望に気付けなかった私達はどうなのだ? お前よりも長く藍染と過ごしていた者も居た。お前よりも藍染の近くで過ごしていた者も居た。そんな私達に一切の責任がなかったとでも言うのか!!」

「……言いません。いえ、言えません」

 

 言えるはずがなかった。そうだ、後悔している気持ちは一緒なのだ。もし、その内の一人が気付けていたのなら今回の騒動は未然に防げていたかもしれないのだ。

 そして、僕は勝手にその個人の気持ちすらも奪い去ろうとしていたのだ。こんなの自惚れ以外の何物でもない。

 

「それと戦いについて行けるかが不安と言ったな? なら断言しよう。蓮沼、お前は間違いなくこれからの戦いについて行ける。何せ私が直々に鍛えてやったのだからな。そして鏡花水月が無効化できるお前は此度の戦いの主戦力になるだろう。どうだ、これでもまだ不安などと口にするか!?」

「……狡いですよ」

 

 不安だとは口が裂けても言えなかった。

 

「ふっ、分かったならいい。私は先に戻る。頭を冷やしてから戻ってこい。行きましょう、夜一様」

「そうじゃの」

 

 そう言った砕蜂隊長は踵を返して二番隊隊舎へ戻っていた。

 夜一さんも「もう少し肩の力を抜くんじゃの」と言い残して砕蜂隊長についていった。

 

 頭を冷やせと言われたけど、先ほどの砕蜂隊長の説教でとっくに頭は冷えていた。まるで冷水でもぶちまけられているようだったよ……。

 

 手持無沙汰になった僕は草原に寝転がり、仰向けになった。

 思えば最近は多忙でこうしてゆっくり休むことはなかった。そう考えれば、夜一さんのアドバイスは思いのほか的を射ていた。

 

「ふぅー……」

 

 ゆっくり、それでいて長く息を吐いて身体の力を抜く。すると、まるで毒が抜けていくかのように、胸のつっかえが取れているかのような錯覚に陥った。

 

「こうしちゃいられないな」

 

 悩んでいる時間が一番無駄である。悩んでいる暇があるのなら苦手な木刀の素振りの一回でもやったほうが余程建設的だ。

 

『もう、いいのですか?』

 

 立ち上がると、様子を窺っていたであろう睡蓮が声をかけてきた。

 

『うん。時間の無駄だし、一つ試してみたい事も思い付いたからね』

『そうですか。なら早くお仕事を終えないといけませんね』

『うん、そうするよ』

 

 睡蓮との会話を終えた僕は、二番隊隊舎へと足を進めた。そして、その足取りは先程まで比べ物にならない程軽やかだった。

 

 ――あ、油煎餅買っておかないと。

 

 




 ポンコツな砕蜂隊長可愛い(唐突)

 それはさて置き、今回で尸魂界篇は終わりです。
 一章四話、二章四話、三章四話、四章八話と中々にいいテンポで来れていますので、続く五章、破面篇でもエタらずに書いていきたいものです。
 ……最悪でも原作四十八巻までは行きたい。

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