転生した先が死後の世界で矛盾している件 作:あさうち
前回は原作なぞりだった分、今回はオリジナル要素を多く加えたので楽しんで頂けると思います。
それでは、どうぞ。
砂を巻き上げ、木の葉を巻き込んでいた暴風は次第に砕蜂を中心に集束し、渦巻いた。
一見規模が小さくなった分威力も落ちたかのように見えるが、実際はその逆だ。砕蜂が暴風を完全に制御することにより、密度を高めた風は彼女の周りを循環しているので、少ない霊力で高火力を出すことを可能としている。
「驚いたか? 初めて見るだろう。これは白打と鬼道を練り合わせたものでな、私と私の弟子が共に作り上げたものだ」
「……ほう、おぬしが弟子を採るとはのう。随分と偉くなったものじゃ」
感心するように夜一は言った。
それもそうだろう。かつては砕蜂が夜一の弟子だったという関係上、卯月は夜一の孫弟子に当たるのだ。感慨に浸るのも頷ける。死神にとっては百年など大した時間でもないのだろうが、それでも時とは移りゆくものなのだ。
先ほどまでの煽るような発言とのニュアンスの違いを感じ取った砕蜂はそのまま話を続ける。
「安心しろ。私は勿論だが、例えアイツでも今の貴様になら勝てるだろう。そして誇りに思え、この技は危険すぎて弟子との訓練でしかまだ使用したことがない。つまり実戦で試すのは貴様が初めてだ。なにしろまだ名前すらついておらぬ」
「いや、名ならある」
「何だと?」
「“瞬閧”と言う」
「何を……言っている……!?」
最初は何を戯言を、などと思っていた砕蜂だが、具体的な名前まで聞かされるといよいよ怪しくなってきた。
そして夜一の霊圧の上がり方を感じることでそれは確信に変わった。
「その刑戦装束に何故背と両肩の布が無いか知っておるか?」
「……まさか!?」
「そうじゃ。あっても意味をなさぬからじゃよ。この術を発動すると術者は丁度今おぬしがやっているように背と両肩に高濃度の鬼道を纏い、それを炸裂させることで鬼道を己の手足へと叩き込んで戦う。つまり、技の発動と同時に背と両肩の布は弾け飛ぶ!」
刹那、夜一の背中と肩口から雷光が迸り、夜一が着ていた上着を消し飛ばした。
「……成程、つまり刑戦装束の特殊な造りはこの技――瞬閧の為にあったというわけか」
「そうじゃ。それにしても、よくぞここまで瞬閧を昇華させたのう」
「……そうだな。恐らく私一人ではこの技をここまで昇華することはできなかっただろう。だが、私は一人ではなかった。それだけのことだ」
恥ずかしさで多くを語ろうとはしなかったが、これでも砕蜂は卯月に多大なる感謝をしていた。そして、今この場で夜一を打倒することでそれを示そうとも決めていた。
「おぬしがそこまで言うとはのう。儂も一度その弟子とやらに会いたくなって来たぞ」
「残念だがそれは無理だ。何故なら貴様の命はここで潰えるのだからな」
「ふっ、そうか」
「行くぞ、夜一!!」
「行くぞ、砕蜂!!」
鳴り響いた轟音とともに風と雷、二つの霊圧が衝突した。
***
暴風が
雷光が
拳を合わせれば木々は揺れ、足が交錯すれば地面が震える。二人の戦いはまさに災害と呼ぶに相応しかった。
「やるな、砕蜂!」
「貴様もな、夜一!」
先ほどまでは砕蜂が優勢だったが、今は完全に互角だ。
それは砕蜂よりも夜一の方が瞬閧において勝っているということもあるが、一番の要因は二人の属性の違いによるところが大きい。
瞬閧は術者によってその性質が異なる。砕蜂なら風、夜一なら雷、といったような具合にだ。そして、性質が異なればその特徴も異なるのだ。
例えば、砕蜂の風属性の瞬閧は術者が風を圧縮して身に纏い、それを循環させることによってある程度の火力を保ちつつも持久力に特化している。
対する夜一の雷属性の瞬閧は一瞬にして超高火力の雷を放出して戦う短期決戦を前提としたものだ。
安定性と一点特化、どちらも利点と欠点があり一長一短だが、現在の互角という戦況から鑑みると、短期決戦型の夜一の方が不利だと言わざるを得ないだろう。
そして、今まさにその均衡が崩れようとしていた。
「ぐっ!」
夜一の雷撃を身に纏った風によって相殺することで掻い潜った一撃が夜一の顔に叩き込まれる。攻撃を受けた夜一は近くの木の幹に叩きつけられた。
「そろそろ限界か、夜一?」
「……本当に、よくぞここまで腕を上げたの、砕蜂」
体力を消費したことにより重くなった腰をゆっくりと上げた夜一が突拍子もなくそう言った。
「……何を?」
会話のキャッチボールが成り立たなかったことを怪訝に思った砕蜂は思わずそう零した。
今更師匠面をして情にでも訴えかけてきたかと疑った砕蜂だったが、なおも夜一は話を続ける。
「特に瞬閧は危険な技じゃ。本来なら儂がおぬしに伝授するはずじゃったんだが、それは叶わなかった。弟子と二人がかりとはいえ、よくぞここまで仕上げたものじゃ。最早、儂がおぬしに教えることは何もないのかもしれぬな」
「だから何を言っているのかと訊いているのだ!!」
そう声を荒げた砕蜂の風がさらに勢いを増す。その威力からここで勝負を決めに来ているのは明白だった。
しかし、夜一はそんな砕蜂の剣幕を意にも介さず話を続ける。
「じゃが、最後に一つだけおぬしに教えておきたいことがある。それは――瞬閧には終わりがないということじゃ!!」
刹那、再度夜一の背と肩から雷が放出される。だが、その雷は今までとは訳が違った。
一つ目は霊圧。その雷は今まで夜一が繰り出してきた雷撃とは込められた霊力が桁違いだった。その威力は想像を絶するものだろうと予測できる。
二つ目は軌道。現在、夜一が放出した雷は先ほどまで夜一が発動していたものと違い、円形に六つの球状までに押し固められた雷を繋げたものが夜一の背後に浮かんでいる。
「おぬしの言うように儂は長らく戦場から離れていたせいで体が鈍っておったから、この技を使うつもりはなかったんじゃがの。防いでみろ砕蜂、でないと死ぬぞ!!」
「なにっ!?」
――【瞬閧・雷神戦形】!!
夜一が技名を叫んだ瞬間、砕蜂のもとに雷が落ちた。
雷光によって辺りは光を放ち、それが止む頃には辺りは荒野へと姿を変えていた。植物は一瞬にして焼き消え、一度に高温が発せられたことにより、焦げ臭いにおいが充満している。
そして雷が落ちた中心の場所には大きなクレーターが出来ており、そこには一人の女性が立っていた。
「かはっ!」
その女性は苦しそうに一度咳を放つ。
死覇装はボロボロになり、大きく肌を露出しているが、雷撃によって黒ずんだ肌からは色気などはみじんも感じられず、そこにあったのは痛々しさだけだった。
「……ハァ……ハァ、やはり、生きておったか。雷神戦形の雷が落ちるまでの一瞬の間に風を全身に纏って威力を軽減するとはの」
雷神戦形によって体力も霊力も大きく消費した夜一が息を整えながら言った。正真正銘奥の手とも言える一撃を見舞った夜一にはもう碌に動けるだけの力が残っていなかったのだ。
「……何故、だ? この百年で私は貴様を超えたはずだ。なのに何故、貴様は今、私の前に立っている? 何故私はこんなにも満身創痍なのだ?」
「限界が近いのは儂も同じじゃ。じゃが、儂らはまだ互いに立っておる。嘆くのはまだ早い、そう思わんかの? のう、砕蜂」
「ああ、そうだな」
「砕蜂!!」
「夜一!!」
それを合図に再度戦いは始まった。
しかし、力を出し切った二人に碌な戦いなどできるはずもなく、そこにあったのはただの殴り合いだった。片方の攻撃を片方が食らう、そして攻撃を食らった方は殴り返す。
型などに一切囚われないその応酬はどこかじゃれあいのようで、その証拠に二人の顔には自然と笑顔が浮かんでいた。
***
「ハァ……ハァ……」
「ハァ……ハァ……」
荒廃した森で二人の女性の荒い息遣いが聞こえてくる。一人は砕蜂、そしてもう一人は四楓院夜一だ。
二人共、さきほどまで戦っていた消耗が激しいのか仰向けに倒れ、ピクリとも動かない様子だった。
「……一つ訊いていいか?」
「何じゃ?」
息を整えた砕蜂が徐に夜一に話しかけた。夜一の声を聞いた砕蜂は再度口を開く。
「この百年間、私は人一倍努力を積んできたと自負している、実際その努力は実を結び、こうして隊長にだってなることができた。そしてかつて、私は貴様を尊敬していた。今思えば崇拝していたのではないかと思うほどにな。だが貴様は百年前失踪し、結果として私の気持ちを踏みにじった。憎み、呪いさえもした。力をつけ、貴様をこの手で捕らえてやろうと思っていた……はずだったんだがな。こうして拳を交え、その中で言葉を交わした今、その気持ちは徐々に薄れていき、最後には純粋に戦いを楽しんでいた。故に、私の疑問はただ一つだ。――何故、あの時私を連れて行って下さらなかったのですか?
「っ!?」
夜一様。確かに今砕蜂はそう夜一を呼んだ。それも涙を流しながらだ。
もう、以前のような関係には戻れないと夜一は思っていた。勿論、百年前失踪したことを夜一は後悔していない。そうしなければ古くからの友である浦原喜助を失うかもしれなかったからだ。
しかし、砕蜂との時間が大切なものでなかったと言えばそれは嘘になる。自分を慕い、一生懸命追い付こうと自身の後を追ってくる部下。可愛くないはずがない。
だが、砕蜂はまた夜一様と呼んだ。それはかつて自分が二番隊隊長として腕を振るっていた時に砕蜂が呼んでいた呼び名だ。自分は畏まらなくてもいいと言ったのにも関わらず、恐れ多いからと確かな敬意をもって呼んでいた呼び名なのだ。
もう二度と呼ばれるはずがないと思っていた呼び名を耳にした夜一の顔は確かに綻んだ。
「それはっ――」
返答をしようとした夜一だったが、その言葉はある人物によって遮られる。
『――護廷十三隊各隊長並びに副隊長、副隊長代理、そして旅禍の皆さん。僕は二番隊三席の蓮沼卯月です。緊急につきご清聴願います。予め申し上げますが、これから僕がお話する事は全て真実です』
「蓮沼っ!?」
突然の鬼道による連絡に彼の上司である砕蜂は鬼道に自分の声が乗らないように声を発する。
そして、卯月が言ったことは俄には信じがたく、それでいて驚くべき出来事だった。
***
時は少し遡る。
市丸が脱走した日から一日休んだ卯月は中央四十六室へと訪れていた。無論、藍染と対峙するためである。そのために昨日市丸の捜索もそこそこに休養を取ったのだ。市丸を捕らえた日は一睡もしていなかったので、藍染との戦いの最中その影響が出てしまっては笑えないと思ったからだ。
とはいえ、卯月も実力が隔絶した藍染と真正面から戦おうなどとそんな馬鹿なことは考えていない。
現在、卯月は縛道により自身の姿を消すのに加えて、霊圧も極限まで弱めている。
――卯月は藍染を暗殺しようとしているのだ。
罪人を捕らえることが主な仕事の檻理隊の隊長である卯月も隠密機動の一員。暗殺術の指導も一通り受けていた。
人を殺めることに躊躇がないと言えば嘘になるが、今ここで自分が仕留めないと誰かが犠牲を被るかもしれない。そう思えばそんな気持ちも抑え込むことができた。
意を決した卯月は中央四十六室へと足を踏み入れたのだが、そこにあったのは椅子に座りながら机にうなだれる大量の死体だった。
「っ!?」
瀞霊廷内でも指折りの賢者が集められた中央四十六室。その構成員全員が息絶えていたのだ。
驚愕で声が出るのを何とか抑えた卯月は霊圧を探知し、まだ生きている人間がいないのを確認すると、次に回道の要領で死体に手を近づけることで死亡推定時刻を確認。すると、少なくとも三日より前には死んでいたことが判明した。
――間違いない。これをやったのは藍染隊長だ。
今の今まで藍染は鏡花水月で中央四十六室の人間を操ったのではないかと予想していた卯月だったが、それが間違いだということに気付かされた。
少し考えてみれば分かることだった。藍染にとってみれば中央四十六室なんてどうでもいい人間の集まりだ。五十人近くの人間を催眠にかけるか殺すのか、どちらが難しいかなんて卯月には測りかねるが、それでも選択肢にすら出てこなかったのは明らかに自分の推察不足だと反省した。
しかし、今はそんなことよりも藍染だ。反省なんて後で幾らでもすればいい。
そう気持ちに区切りをつけた卯月は霊圧探知の範囲をさらに広げた。すると、そこに二つの大きな霊圧が引っ掛かった。
(あっちか)
反応のあった方に目を傾けてみれば、一つの部屋を見つけた。恐る恐るその部屋を覗いた卯月は確かに見た。――会話を交わす市丸と藍染の姿を。
すぐに飛びかかるようなことはせず、卯月は一度唾を呑み込んだ。その音はやけに大きく聞こえ、もしかしたら目の前の二人に聞こえているのではないかと冷や汗をかくが、そのような様子はなく、内心ホッと息をついた。
それから卯月はゆっくりと二人に接近した。足音を消した歩法は卯月も習得しているが、念には念と霊力で足場を形成し、そこを歩き二人の背後へと回った。
斬魄刀を抜くと共に心臓の鼓動が早鐘を打つのを感じた。その音は先ほど唾を呑み込んだ時よりも大きく聞こえ、卯月の不安を煽った。決心したはずなのにそれが揺らいだ。
(行け、僕! ここで動かなかったら一生後悔するかもしれないんだぞ!!)
思い浮かんだのは自分がこの世界に来て関わった多くの人たち。それを失うことに比べれば自分の今抱いている気持ちなど酷く矮小なものに思えた。
『行きなさい! 卯月!!』
『うん!』
最後に自身の斬魄刀である睡蓮に背中を押された卯月は一気に藍染に斬りかかった。
藍染に一太刀入れるために霊力を解放したことにより、ようやく藍染も卯月の接近に気付く。
(遅い!!)
しかし、それでは間に合わないと判断した卯月は後ろ向きな自身の気持ちも断ち切るように、思いっきり斬魄刀を降り下ろした。
しかし、卯月は後悔することとなる。よくも悪くも卯月は慎重すぎたのだ。卯月の縛道と霊圧操作は護廷十三隊でもトップクラスだ。現に藍染は卯月の存在に気づいていない。故に正面から心臓を一突きしていれば、仕留められていたかもしれないのだ。
しかし、卯月はそれをしなかった。万が一に備えて藍染の後ろに回ってしまったのだ。
いや、これを卯月の所為だと言うのは少し酷かもしれない。寧ろ藍染を用心深かったと褒めるべきなのだろう。
――何にせよ次の瞬間、卯月の斬撃は突如として藍染のうなじに現れた未知の物体によって弾かれた。
(速いっ!?)
攻撃を防がれたことに驚愕した卯月だったが、藍染の反撃を前にはそれをする暇すらなく、すかさず斬魄刀で防御するが、その凄まじい威力に部屋の壁際まで吹っ飛ばされてしまう。
だが、そのまま壁に叩きつけられるようなことはなく空中で姿勢を変え、壁を足場とすることでダメージを免れた。
「……そろそろ来るころだと思っていたよ。久しぶりだね、蓮沼君」
「どうして死んだはずのあなたが市丸隊長と一緒にいるんですか、藍染隊長?」
そんなことは訊かずとも原作知識で分かっていた卯月だが、それを万が一にでも知られてしまうと色々拗れかねないので、あくまでそれが分かっていないように振る舞った。
「先ずはどうして僕が生きているかについてだけど、これを見るといい」
そう言った藍染の手にはピクリとも動かないもう一人の藍染が握られていた。
「斬魄刀がどうかしたんですか?」
――かのように見せられていた。
「ほう……。鏡花水月が効かないとはね。まあいい。それならそれでまた見せればいいだけのことだ。――【砕けろ“鏡花水月”】」
「流水系の能力じゃない……?」
藍染が解号を口にしてもなにも起こらない鏡花水月に卯月は疑問を呈した。
藍染の斬魄刀――鏡花水月の能力は決して流水系の斬魄刀で光の乱反射を利用することによって相手に同士討ちさせるというものではない。それはあくまで本来の能力を隠すための嘘だ。
「気がついたようだね。そう、鏡花水月の能力は流水系の能力ではない。その真の力は“完全催眠”だ。“完全催眠”は五感の全てを支配し、一つの対象の姿・形・質量・感触・匂いに至るまで全てを敵に誤認させることができる。そして、その発動条件は敵に鏡花水月の解放の瞬間を見せることだ。どうしてか君には効かなかったようだけど、それも最早意味を成さないものとなった」
「……反則じみた力ですね。しかし、これで合点が行きました。どうしてあなたがまるで自分の力を見せびらかすかのように、定期的に始解の講習を開いていたのかも、どうしてあなたがここに立っているのかということも。――つまり、あなたは自分の偽装した遺体を護廷十三隊の隊長格全員に見せることで自らを死んだかの様に偽り、こうして暗躍していたという訳ですか?」
藍染は自身の斬魄刀で誤って味方を殺してしまわないようにと定期的に始解の講習を開いていたのだ。その講習は概ね好評で副隊長を集めて開いていたのにも関わらず、隊長や三席以下の席官も自主的に参加するほどだった。しかし、それは全て完全催眠の為の布石だったのだ。
「ああ。それと、君はどうして僕がギンと共に居るのかと訊いていたが、それが分かっていたから私に刃を向けたのではないのかい?」
「……そうかもしれませんね。ただ僕自身が認めたくなかったんでしょう。あなたがこうして謀反を起こしていることを」
確かに原作知識では卯月は藍染が謀反を起こすということを知っていた。しかし、その一方でこう期待していたのだ。こうして自分が存在しているのだからもうこの世界は原作からかけ離れている。故にこのまま何も起こらず平和に過ごせるのではないかと。ご都合主義にも程がある。しかし、それほどまでに藍染の演技は卓越していたのだ。
「そうか。それにしても先ほどの奇襲は素晴らしかった。僕も君が霊力を解放するまで気づかなかったよ。ただ、場所が悪かった。首の後ろは生物の最大の死角だ。そんな場所に何の防御も施さずにいると思うかい?」
さも当然のことのように藍染は言っているが、常に防御の結界を張っておくなんて芸当まず思いつかないし、思い付いたとしてもできる人は限られている。
「とはいえこれで君は僕を殺す最大の機会を失ったわけだ。さあどうする、蓮沼君?」
間違いなく、先ほどの奇襲が卯月が藍染に勝ちうる数少ない機会だっただろう。そこで仕留めるどころか傷すら負わせることができなかったのだから卯月にとってそれはかなりの痛手と言える。
――だが、卯月はそれで諦めることはなかった。
「あなたは一つ勘違いしています」
「何……?」
「確かに、あの場面であなたを殺せなかったことは僕にとってかなりの痛手ですが、あなたが相手ならあれぐらいは想定内です。寧ろここからが本番ですよ」
「ほう……。確かに嘘というわけではなさそうだね。だが蓮沼君、あまり強い言葉は遣うなよ。弱く見えるぞ」
「いいんですよ。僕は弱いから、虚勢の一つでも張って自分を鼓舞しておかないと、身体が竦んで動けないんですよ」
「そうか。なら仕方ないね」
「では早速、と言いたいところですが――」
卯月がそこで一旦話を切るのと同時に、先ほどから影に徹していた市丸を中心に結界が出現した。
「――二対一になんてなったら僕に勝ち目ないんで、市丸隊長はそこで暫く休んでいてください」
「あらら、また捕まってもうた。すみません藍染隊長」
「いいよ、ギン。元々手出ししてもらうつもりはなかったし、彼の言う通り君はそこで休んでいてくれ。……では、見せてもらおうか。君の言う本番というものをね」
「ええ、行きますよ。――【誘え“睡蓮”】」
卯月が解号を唱えた瞬間、煙を発しながら彼の脇差程の長さの斬魄刀は形を変える。刀身には三つの穴が開き、鍔は花の形に変化した。
「成程、始解か。確かにそれなら僕を眠らすことで勝つことは可能だろう。――だが、君の斬魄刀には致命的な弱点がある。【破道の五十八“闐嵐”】」
藍染の撃った鬼道は睡蓮の煙を巻き込む。
眠らせるための手段が煙であること、それが睡蓮の弱点だ。いかに強力な効果を有していようと所詮は煙。風や衝撃波を与えてしまえばそれはいとも簡単に四散してしまう。それを藍染は上手くついたのだ。
――だが、四散したのは煙ではなく鬼道の方だった。
「流石に自分の斬魄刀の弱点ぐらい言われなくても知ってますし、当然対策も立てていますよ」
「これは結界だね。それも内側からの衝撃に強い耐性を持ったもののようだ。昨日ギンの牢にもこれとは真逆の特性を持った結界と一緒に使われていたね」
「やはり結界を破ったのはあなたでしたか。ここに来た時から薄々感じていましたが、あのセキュリティーをどうやって掻い潜ったのか甚だ疑問ですね」
卯月は藍染が言った結界の他にも侵入者を感知し、それを卯月に知らせる結界も併用していたのだ。そしてその結界は霊力を完全に消し去りでもしない限り必ず感知するほどのものだ。
死神は生きてる以上、いかに霊圧を弱めようとも微々たる霊圧は必ず放出しているものである。故に、卯月は藍染がどうやって自身のセキュリティーを掻い潜ったのか分からなかったのである。
「それを態々教えると思うのかい?」
「いいえ、ただ興味本位で訊いてみただけです。霊圧探知で駄目なら次からはサーモグラフィなどにでも変えればいいだけですからね」
「本当に君は縛道に関しては頭一つ飛び抜けているようだね。恐らくそれだけなら僕に追随するものがあるよ。――だが、どこまで耐えられるかな?」
――【破道の六十三“
徐に結界に向けられた手から雷撃が放たれるが、結界はビクともしない。
――【破道の七十三“
次に放たれたのは破道の三十三の上位互換ともされる高温の炎だったが、これも卯月の結界を前にあえなく散ってしまう。
――【破道の八十八“
三番目に放たれたのはまたもや雷撃だった。しかし、それは先ほど放った雷吼炮よりも遥かに強力なものだった。
そしてその雷撃は結界を揺らした。
それを見て確信を得た藍染は不敵な笑みを浮かべながら次の鬼道の言霊を発する。
「【破道の九十“
瞬間、鬼道の名の通り黒い棺が形成される。この鬼道によって結界が破壊されるのは時間の問題であるかのように思える。
それに対して先ほど結界が揺れるのを見た卯月は不味いと思ったが、何もできなかった。そもそも手を出すのならもっと早い段階から手を出していた。それをしなかったのはいつ藍染が鬼道の的を結界から自分に変えるか分からなかったからである。接近しようにも難しいし、だからといって睡蓮の煙を向かわせてもすぐに吹き飛ばされることが卯月には分かっていたのだ。
故に、藍染の鬼道はこのまま誰にも邪魔されずに決まり、結界は破壊される。
――かのように思えた。
「――【縛道の九十“
「何っ!?」
卯月が術名を発すると共に霊力で出来た漆黒の柱が藍染を黒棺ごと包み込むと、次の瞬間――黒棺が跡形もなく四散した。
“黒棺”が重力の奔流によって相手を圧砕する鬼道なのだとするならば、“黒獄”は超重力環境に相手を釘付けにする鬼道だ。
勿論、同じ九十番台の鬼道を使用しているのにも関わらず、実力で勝っている藍染が卯月に後れを取ったのには理由がある。
――卯月は藍染が破道で結界を破壊しようとしていた時に予め小声で詠唱を終えていたのだ。
いくら藍染が実力で卯月に勝っていたとしても詠唱破棄の鬼道で完全詠唱の鬼道に競り勝つのは至難の業だ。それも鬼道の難易度が高ければ高いほどそれも顕著に出やすい。
これを卯月は上手く利用したのだ。
こうしている内にも睡蓮の煙は結界内に充満していく。さらに、これを好機と見た卯月は藍染の元へと煙を集約させていく。このままの状態が続くのなら、もう三十秒もしない内に藍染は眠りへと誘われるだろう。
「【滲みだす混濁の紋章 不遜なる凶器の器 湧きあがり・否定し・痺れ・瞬き 眠りを妨げる
それを感じ取った藍染は冷静に詠唱を組み上げていく。
「【閉ざされる混沌の紋章 不敬なる狂乱の器
それに合わせて卯月も詠唱を始める。藍染が黒獄を破壊したタイミングでもう一度黒獄を発動させることが狙いだろう。そしてそのまま長期戦に持ち込めばいずれ睡蓮の能力で藍染を眠らせることができる。そうなれば卯月の勝利はほぼ確実だろう。
――だが、その卯月の目論見は見事裏切られることとなる。
「【破道の九十“黒棺”】」
「まじかっ!?」
藍染の放った黒棺は黒獄どころかその外の結界もろとも破壊してしまったのだ。これには用心深い卯月をしても予想外だった。
その衝撃により睡蓮の煙は今度こそ四散し、凄まじい勢いで身体が吹き飛ばされたことにより卯月の縛道は構築する前に阻害されてしまう。
もうこれ以上卯月には藍染を止める手立てがないかと思われた。
その時だった――。
「【
「!?」
藍染は突如自分の横から発せられた強大な霊圧に瞠目する。
――そこに居たのは十番隊隊長である日番谷冬獅郎だった。
この数十年間で卯月君が最も成長したことは白打でもなければ、瞬閧でもなければ卍解でもありません。
――演技力です!!