転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 今回の話は殆ど原作をなぞっただけの回ですので、少しつまらないかもしれないです。
 


第十五話

 八月某日の正午、罪人朽木ルキアの処刑の為、双極の丘には護廷十三隊の錚々(そうそう)たる面々が顔を連ねていた。

 

 そして、護廷十三隊総隊長である山本元柳斎重國が拘束されているルキアの方を向き、口を開く。

 

「それではこれより術式を開始する」

 

 術式と言うのは、この双極の丘で処刑を行う為に必要な術のことである。

 処刑には双極という斬魄刀百万本の強度と攻撃力を誇る特別な斬魄刀を用いるのだが、流石は斬魄刀百万本と言うべきか、それの起動には途轍もない量の霊力を消費するのだ。

 それを出来るだけ大人数の霊力で賄う為に開発されたのが、先程元柳斎が言っていた術式の正体である。

 

「随分と集まりが悪いな。集まっているのは二、四、八番隊だけか。五、十一、十二は仕方がないとして他の連中はどういうつもりだ?」

 

 周りを見渡しながら砕蜂は言った。

 彼女の言う通り、今回のルキアの処刑において各隊長の集まりは極めて悪いと言える。

 五番隊隊長はつい先日他界されたとされる藍染。十一、十二番隊隊長の剣八とマユリはそれぞれ旅渦に倒されている。

 故に砕蜂は彼等が来ていないことを仕方がないことと割り切っているのだが、その三人を差し引いても今回の集まりは悪すぎる。

 

「――兄様っ!?」

 

 唐突にルキアが声を発した。彼女の視線の先には言うまでもなく白哉が居た。

 

 そう言ったルキアの顔は驚きに染まっているのだが、どこか儚げで、まるで今にも消えて亡くなってしまいそうな、そんな様子だった。

 

 しかし、白哉はそんなルキアを気にも留めずに自身の持ち場につく。

 

「朽木ルキア」

 

 だがそうして居られるのも束の間で、元柳斎から呼び掛けがルキアにかかった。

 

「何か……言い遺しておくことはあるかの?」

 

 元柳斎はルキアに問いかけた。

 

「はい、一つだけ」

 

 ルキアは一度目を閉じた後、静かにこう言った。

 

 “旅渦。即ち黒崎一護達を見逃し、無傷で現世に返してほしいと”

 

「良かろう。お主の願い通り、処刑の終わった暁には旅渦どもを無傷で帰らせてやろう」

「あ、ありがとうございます」

 

 元柳斎の承諾にルキアが笑顔を浮かべる。だが、この時のルキアは知らなかった。いや、気付かなかったと言うべきか。普段の沈着冷静なルキアなら気付けた筈なのだ。――元柳斎に約束を守る気がないことを。

 

「……ひどい。どうせ生かして帰す気なんてないくせに」

 

 それに目聡く気がついた四番隊副隊長、虎徹勇音(こてついさね)は元柳斎に聞こえないように小声でそう言った。

 それに彼女の直属の上司である四番隊隊長、卯ノ花烈(うのはなれつ)が返す。

 

「非道くなどありませんよ勇音。これは慈悲です。いずれ避けられぬ終焉ならば、せめて僅かでも迷いなく、せめて僅かでも安らかに」

 

 例え嘘だとしてもそれは死にゆくルキアには知る由もない。そしてその嘘でルキアが安らかに亡くなることができるのならそれは優しい嘘なのだ。

 

「――双極を解放せよ」

 

 元柳斎は鬼道専門の部隊、鬼道衆に向かって静かに命じた。

 

 これまで双極を支えると共に封じていた柱が丘の下へと落下し、丘に残されたのは空に向かってそびえ立つ一つの巨大な矛のみとなった。

 

 その様を見ながらルキアは思考を巡らせていた。何故自分は今、一度は市丸に心乱された筈なのに、こうも冷静でいられているのだろうかと。

 ルキアはここで二つの仮説を立てた。

 一つは元柳斎が一護達旅渦を逃がすことを約束してくれたため。

 そして、もう一つは義兄である白哉が先程自分を突き放すような行動を起こしたため。

 

「――ありがとうございます。兄様」

 

 どちらが正しいか判断することができなかったルキアだが、元柳斎への謝辞は先程述べたため最後に義兄である白哉へ礼を言った。

 

 先程と同じように白哉は気にも止めない様子でスルーしたが、それでもルキアは十分だった。返事こそはなかったが、自分の感謝はしかと伝わったという自信があったからだ。

 

「っ!?」

 

 ――そして、処刑台が動き出した。

 

 ルキアが立っている台から三つの立方体の物体が出現し、それがルキアを上空へと押し上げ、磔架(たっか)へと吊るす。

 

 すると、矛に焔が宿り、それはやがて一羽の巨大な鳥へと姿を変え、宙を浮く。

 

燬鷇王(こうこくおう)。双極の矛の真の姿にして最終執行者。彼が罪人を貫くことで、処刑は終わる」

 

 元柳斎は燬鷇王を見上げながらそう言った。彼以外の殆どの死神がその姿に圧倒されている。

 そんな燬鷇王と真正面に向き合いながらルキアは思考を巡らせた。

 

(恐ろしくはない。恋次達と出会い、兄様に拾われ、海燕殿に導かれ、そして――一護に救われた)

 

 

 幼少の頃の阿散井恋次との出会いにより流魂街で笑って過ごすことができた。

 

 

 朽木白哉は厳しく、時にはその不器用な優しさで接してくれた。

 

 

 志波海燕(しばかいえん)はルキアがその身分により人付き合いに悩む中、彼だけは自分を変えないありのままの姿で接してくれた。

 

 

 そして、黒崎一護は志波海燕を亡くしたことにより意気消沈していた自分を救ってくれた。

 

 

 故に辛くはない。

 

 

 悲しくはない。

 

 

 悔いはない。

 

 

 心も、遺してはいない。

 

 

 ありがとう。

 

 

 ありがとう。

 

 

 ありがとう。

 

 

 ありがとう。

 

 

「さよなら」

 

 ルキアは涙を流しながら、しかし笑顔でそう言った。

 

 ルキアに燬鷇王が接近していく。

 

 ルキアは来るであろう衝撃に備え目を瞑った。

 

「え?」

 

 ――だが、いつまで経ってもルキアに燬鷇王の衝撃がルキアに来ることはなかった。

 

 不思議に思ったルキアは目を開いた。すると、そこに居たのは燬鷇王の獄炎を斬魄刀で背中越しに受け止めている一人の少年だった。

 

 オレンジ色の髪に眉間に皺が寄せられていることによる悪い目つき。とうに見慣れているその人物の名をルキアは口にする。

 

「……一護!?」

「よう」

 

 囚われの身となった恩人を死に物狂いで助けに来る。それはとても感動的でロマンチックな話なのだろう。

 

「莫迦者!! 何故また来たのだ」

「あ……? ああ!?」

 

 ―――だが、ルキアは一護を叱った。

 

 感謝されるとばかり思っていた一護は当然動揺したし、声も荒げた。

 

 尚もルキアは言葉を続ける。

 

「貴様ももう解かっているだろう! 貴様では兄様には勝てぬ!! 今度こそ殺されるぞ!!」

 

 一護はこれまでに二度朽木白哉に敗北している。確かに差は縮まっている。しかし、ルキアにはどうしても一護が白哉に勝てるとは思えなかったのだ。

 それにルキアは卯月と話すまで自分が死神の力を譲渡することで一護を傷つけたと悔いていた。そんなルキアにはこれ以上一護が傷つくのを見るのは耐えられなかったのだ。

 

「私はもう覚悟を決めたのだ。助けなど要らぬ! 帰れ!!」

 

 故にルキアはあえて一護を突き放すような言葉を発した。奇しくもそれは先ほど白哉がルキアを突き放すような態度をとったのと同じだった。

 

「うおっ!?」

「一護!!」

 

 突然、一護がバランスを崩した。燬鷇王が再度攻撃するために距離を取ったのだ。

 

「いいぜ。来いよ」

 

 それを悟った一護は恐れるどころか、寧ろ不敵な笑みを浮かべながら燬鷇王に向き直った。

 

「よ、よせ一護! もうやめろ!! 二度も双極を止めることなどできぬ!! 次は貴様まで粉々になってしまう!! 一護!!」

 

 何とか説得を試みようとルキアは声を荒げた。しかし、一護はそれに従わずに自身の出刃包丁のような斬魄刀――斬月を振りかぶる。

 

 ――だが、燬鷇王が彼のもとにたどり着くことはなかった。

 

 何やら紐状の物体が燬鷇王の首に巻き付いたのだ。

 

「なんだありゃ!?」

 

 突如として現れた未知の物体に、下から罪人と旅禍の行く末を眺めていた大前田は驚愕を露わにした。

 

 一方、勇音も巻き付かれた糸を辿り、その持ち主を見つけた。

 

「浮竹隊長!? 清音も!?」

 

 そこにいたのは十三番隊隊長の浮竹十四郎。そして虎徹勇音の妹でもある十三番隊三席の虎徹清音(こてつきよね)、そして同じく三席の小椿仙太郎(こつばきせんたろう)だ。

 中でも浮竹は紐状の物体に繋がれた盾状の物体と二本の杭を持っていた。

 

 すると、浮竹は二本の杭を投げた。杭は放物線を描き、一本は地面に突き刺さり、もう一本はある一人の人物の手に収まり、こちらも地面に突き刺される。

 

「よう、この色男。ずいぶん待たせてくれるじゃないの」

 

 そこに居たのは八番隊隊長の京楽春水だ。因みに彼の後ろには八番隊副隊長である伊勢七緒(いせななお)が控えている。

 

「済まん。解放に手間取った。だが、これでいける!」

 

 京楽の言葉に答えた浮竹は地面に彼が持っていた盾状の物体を突き立てた。その表面には四楓院家の紋章が刻まれており、それを見た砕蜂は彼らの目論見に気がついた。

 

「止めろ! 奴ら双極を破壊する気だ!」

「ええ!? 俺っスか!?」

 

 焦った砕蜂は大前田に双極の破壊の阻止を命じるが、それはもう遅い。

 

 ――何故なら、双極の破壊はもうたった一動作で実行されるところまで来ているのだから。

 

 浮竹と京楽の斬魄刀が盾状の物体に突き刺さる。

 瞬間、紐状の物体が色を変え、双極の矛が真っ二つに破壊された。

 

 それを確認した一護は何かを決したような顔をした後、双極の磔架の上へと飛び乗った。

 

「な、なにをする気だ一護!?」

「決まってんだろ。壊すんだよ、この処刑台を」

「な……」

 

 斬月の柄に巻かれた布の先の方を持ち、斬月を空中でブンブンと振り回しながら一護は言った。

 

「よ、よせ! それは無茶だ!! いいか! 聞くのだ一護!! この双極の磔架は――」

「――いいから黙って見てろ」

 

 次の瞬間、一護は勢いよく斬月を双極の磔架に叩きつけた。強い衝撃を受けたことで、磔架からは凄まじい霊力による発光と衝撃波が発せられた。

 

「助けるなとか帰れとかゴチャゴチャうるせーんだよ、テメーは。言ったろ? テメーの意見は全部却下だってよ。二度目だな、今度こそだ。――助けに来たぜルキア」

 

 磔状態だったルキアを小脇に抱えた一護は二日前にも掛けた言葉を堂々と発した。

 

 双極の磔架は彼の手によって無残なまでに破壊されていた。

 

「礼など言わぬぞ……莫迦者!」

 

 聞く人が聞いたら傍若無人な一護のその発言にルキアは罵倒で返した。それがこれまで一護の助けを撥ねのけてきた彼女なりの抵抗。すなわち意地だったからだ。

 しかし、そう言ったルキアの語気は弱弱しく、目には涙を浮かべていた。

 

「ああ!」

 

 それに一護ははっきりと答える。彼には分っていたのだ。今のがルキアなりの感謝の気持ちだということを。

 

 

***

 

 

 ルキアが一護の手によって助け出されてから、状況は目まぐるしく変化していた。

 

 まず、助け出されたルキアは一護から恋次に投げ渡され、現在恋次は瀞霊廷を駆け回っている。そしてそれを阻止しようと動いた一、二、四番隊の副隊長を一護が打倒し、今は白哉と交戦中だ。

 

 また、それに合わせて京楽と浮竹が元柳斎と交戦。卯ノ花は負傷者を自身のエイのような斬魄刀――肉雫唼を用いて四番隊隊舎へと搬送している。

 

 そしてここ、双極の丘の真下にある森の中でも一つの戦いが勃発していた。

 

 二人の蹴りが落ち葉を目印に交錯する。その落ち葉が綺麗に切れたことから如何に両者の蹴りが鋭いか推測できるだろう。

 

 一旦離れた両者はそれぞれ手近な木を足場に着地した。

 

「……成程。永らく姿を見せなかったからと言って、別段腕を上げたようではないようだな」

 

 そう言い放ったのは隠密機動総司令官にして二番隊隊長でもある砕蜂だ。

 

「おぬしの方は些か腕が鈍ったようじゃがの」

 

 砕蜂の言葉に答えたのは彼女の前任の隠密機動総司令官兼二番隊隊長の四楓院夜一(しほういんよるいち)だ。

 約百年程前に尸魂界から失踪した彼女だが、その高度な歩法技術から“瞬神”とまで呼ばれている実力者だ。

 

「……あの旅禍の子供が纏っていた天踏絢には四楓院家の紋が付いていた。貴様が与えたな?」

 

 しかし、砕蜂は夜一の言葉を意にも介さずに自身の疑問を投げかけた。この百年間誰よりも努力して来たのは自分だという自負している彼女には夜一の言葉など挑発以外の何物でもなかったからだ。

 

「そうじゃ。空を()ばねばルキアは助けられんからの」

「天賜兵装番の四楓院家も堕ちたものだ。旅禍を手助けしたなどと知れたら四大貴族の一角を追われることは確実だぞ。志波家の没落然り、名家の落ちぶれる様はあまり見栄えのするものではないな」

 

 そして砕蜂は今度は自分が夜一を挑発した。

 

 夜一の生まれは四大貴族の一角である四楓院家だ。砕蜂の言う通り、瀞霊廷の貴族の人間が瀞霊廷に歯向かったと知れればただでは済まないだろう。

 もっとも、すでに夜一は尸魂界から追放されている身であるため、手遅れ感が否めないが……。

 

「今日はまた随分としゃべるのう。久々に憧れの先輩に会えて興奮しておるのか? それとも平生の鬱憤の発露か? のう隠密機動総司令官殿? 儂の後釜はそんなにおぬしには荷が重かったかのう?」

 

 砕蜂の挑発に夜一は更なる挑発で返した。その言葉に砕蜂の顔は険しくなっていく。

 

 先に動いたのは砕蜂だった。後ろ腰に差された斬魄刀に手をやりながら砕蜂は喋る。

 

「逆上せ上がるなよ。いつまで我々の上に居るつもりだ? 隠密機動も刑軍も今統括しているのは私だ。――貴様の時代はすでに終わったのだ、四楓院夜一!!」

「っ!?」

 

 そう言って砕蜂が抜き放った斬魄刀を勢いよく足元に突き刺した瞬間、夜一は隠密機動に完全に包囲された。

 

 瞠目する夜一に砕蜂は話しかける。

 

「これが今の私と貴様の差だ。知っていよう。刑軍軍団長の抜刀は即ち処刑演武の開始を表す。完殺標的は軍団長に敵対するもの全て。――例えそれが前軍団長であろうともな! 軍団長の名を捨てた貴様に逃げ場はないぞ、夜一!」

 

 勝ち誇るように砕蜂は言った。彼女の言うようにこうして包囲された以上逃げ場はない。

 

 ――並みの人物ならだが。

 

 刹那、夜一の姿が掻き消えた。そして次の瞬間には夜一を包囲していた砕蜂以外の隠密機動が全員吹き飛ばされ、気を失っていた。

 

 一瞬の間にして元の場所に戻った夜一は口を開く。

 

「嘗められたもんじゃの。確かに軍団長の名は捨てたが、――もう一つの名まで捨てた憶えはないぞ」

「……瞬神、夜一!?」

 

 心当たりのあった砕蜂はその二つ名を呟く。

 

 瞬間の神と書いて“瞬神”。夜一にとってはこの程度のこと造作もないのだ。

 

「成程な。ならば仕方ない。私がそのもう一つの名も剥ぎ取ってやろう」

 

 戦闘態勢に入るために砕蜂は隊長羽織をゆっくりと脱いだ。そうして露わになったのは背中と肩口の布がバッサリと省かれた刑軍統括軍団長のみが着ることが許される死覇装――刑戦装束だ。

 

「随分と懐かしい出で立ちじゃのう」

「昔を思い出すか?」

「少しの」

「遠慮するな。よく思い出せ。そしてしっかりと較べるがいい。貴様と私と――どちらが優れた戦士であるかを!」

 

 その声を合図に再度二人の戦闘が始まる。

 

 初めに砕蜂が蹴りを繰り出すが、それを夜一は難なく片手で受け止めた。

 そこから殴打、蹴り、手刀など様々な攻撃の応酬が目に止まらぬ速さで行われる。

 

 そして、あることを合図に一度その応酬が鳴りやんだ。

 

「ひとまず、私の優勢と言ったところだな」

 

 そこに居たのはあれだけの応酬で未だ無傷の砕蜂。

 

「そうじゃの」

 

 ――そして既に口と横腹、二か所に傷を負った夜一だった。

 

「……その装束に何か仕掛けでもあるのか? 動きが見違えたぞ、砕蜂」

「仕掛けだと? ――そう思うのか、本当に?」

「!?」

 

 傷を負い、不利な状況になったのにも関わらず、強気の姿勢を変えない夜一に砕蜂は一瞬にして夜一の背後に回り、彼女の首筋近くにスッと斬魄刀を置きながら問いかけた。

 

 ――不意に砕蜂の霊圧が上昇する。

 

「【尽敵螫殺(じんてきしゃくせつ)“雀蜂”】」

 

 解号に合わせて形状を変えた斬魄刀――雀蜂は籠手と爪を合わせたような形状をしており、またその色は雀蜂という名に相応しい黄色と黒の警戒色をしていた。

 

 身の危険を感じた夜一は砕蜂が勢いをつけるために腕を引いた隙とも言えないような一瞬の間を利用して逃走を図るが――

 

「逃さん!」

 

 ――遅かった。

 

 いや、この場合は砕蜂が速かったと言うべきだろう。

 

 何にせよ追い付かれた夜一にできることは攻撃が当たらないように体を捻るぐらいだった。

 

 攻撃を食らった腹を抱えながら木に着地した夜一に再度砕蜂は話しかける。

 

「何故貴様は私の方が優れているとは考えぬ?」

「?」

「先ほどまで私が手を抜いていたとは何故考えぬのだ?」

「!?」

「私ごときが貴様に対して手を抜いているはずがない……そう思ったか? 逆上せ上るなと言ったはずだ。私は最早貴様より強い! 百年の長きに渡って最前線から退いた代価を死をもって知るがいい、夜一!」

 

 確かに夜一は強い。かつては現在の砕蜂と同じ位に就き、その腕を振るってきた実力者だ。

 

 ――だが、彼女の成長はそこで止まっている。否、退化していると言ってもいい。

 

 対する砕蜂はこの百年間、夜一を捕えるために毎日血のにじむような努力を続けてきたのだ。

 スポーツ選手が三日休んだ時に感覚を取り戻すためには一日を必要とすると言われている。それを鑑みれば百年のブランクがいかに大きいか想像することはそう難しくないだろう。

 

「食らったな一撃? 憶えているか、夜一? 私のこの雀蜂の能力を」

 

 瞬間、雀蜂の攻撃を食らった夜一の腹部に蝶のような紋様が浮かんだ。

 

「“蜂紋華(ほうもんか)”。雀蜂による初撃で標的の体に刻まれる死の刻印だ。貴様が居た頃は未完成だったこの能力もこの百年の間に完全なものとなった。精々に弐撃目を食らわぬよう逃げ回れ、夜一。――雀蜂の能力は“弐撃決殺”。同じ場所に二度攻撃を与えればどんな標的も必ず死に至る!」

 

 アナフィラキシーショックというものをご存じないだろうか?

 アナフィラキシーショックとは主に蜂に刺されたり特定の食物を口にしたことによって急激に引き起こされる過剰なアレルギー反応によってショック状態になり、最悪死に至ることもある恐ろしいものだ。

 そして蜂の場合は二度同じ場所に二度刺されたことにより発症する場合が多い。

 

 その特性を象ったのが、砕蜂の斬魄刀――雀蜂だ。

 

「そら二撃目だ、夜一!」

 

 再度背後に回って放たれた砕蜂の攻撃は夜一の背中を捉えた。

 

「はっ、敵に背を見せて逃げてなおその様か、夜一!」

 

 そして肩に三つ目の蜂紋華が刻まれながらも木々を高速で移動する夜一を追いながら砕蜂は言った。

 

「そうして逃げ回って時間稼ぎのつもりだろうが無駄なことだ。以前の私の蜂紋華は半刻ほどで消えていたが、今の蜂紋華に消失刻限はない! 私が自らの意思で消さぬ限り永劫消えることはないのだ。逃げ回っているだけでは――」

 

 夜一が逃げることを時間稼ぎだと予想し、それが無駄だということを伝える砕蜂だったが、それは違った。そもそも、先ほどのやり取りから砕蜂の方が速力において夜一を上回っているのは察せられるし、ブランクがある以上戦いが長引けば長引くほど夜一が不利になるのは自明の理である。

 故に、夜一が背を向けたのは逃亡ではなく、次の攻撃のための布石だったのだ。

 

 突如動きを止めた夜一の足から仕込まれていた暗剣が放たれる。

 

「甘い!」

 

 しかし、その攻撃が砕蜂を捉えることはなく、雀蜂の籠手の部分で難なく弾かれてしまう。

 

 だが、それも夜一の想定の内。もとより狙いはその次の攻撃だ。暗剣によって砕蜂が一瞬気を夜一から逸らした隙に接近し、砕蜂の雀蜂を片足で押さえ、頭部に勢いよく踵を振り下ろす。

 

「なっ!?」

 

 決まったと思われた攻撃だが、それすらも砕蜂には及ばなかった。身体を器用に動かし、片足と両手で確実に攻撃を抑えたのだ。

 そして、片足を両足に、両手を片手に抑え方を変えた砕蜂が再度、雀蜂による攻撃を放つ。

 

 地面に着地した夜一の頬にはまたもう一つ蜂紋華が増えていた。

 

「理解できたか? 貴様より私の方が優れていると。理解できたなら――止めだ」

「っ!?」

 

 瞬間、砕蜂の肩口と背中から暴風が吹き荒れ、彼女を包み込む。暴風は凄まじい勢いで砂を巻き上げ、木の葉を巻き込む。

 

 見た目も然ることながら、霊圧もこれまでの比ではないほどに上昇していた。

 

 ――これで終わらせる。

 

 夜一が追放されてからの約百年間を思い浮かべながら砕蜂は堅く己の拳を握りしめた。

 

 

 




 最近、BLEACHの小説を手に入れることができました。現在少しずつ読み進めています。

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