転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 新年あけましておめでとうございます。今年も拙作をよろしくお願いします。


第十四話

「分かった。檻理隊隊長のお前がそう判断したのなら俺に異論はない。お前の好きな時に出してやれ……と言いたいところなんだがな。悪いが少し待ってくれ。気になることがある」

「はぁ……。分かりました」

 

 三人の事情聴取を終えた後、僕は十番隊隊舎に居る日番谷隊長のもとに桃とイヅルの報告に来ていた。しかし、残念ながら日番谷隊長から二人の釈放は認められなかった。

 桃がなんとか自分の感情を制御したお陰で大事には至らなかったのでもしかしたらと思ったんだけどなぁ。ごめんよ。桃、イヅル。

 

「ところで気になることって何なんですか?」

「悪いが訊かないでいてくれると助かる」

「はい。すみませんでした」

 

 二人の為にせめて理由だけでも訊こうとしたんだけど、その考えは儚く散った。

 

「……どうした? 報告が終わったんなら戻っていいぞ。まだ仕事もあるんだろ?」

 

 報告が終わったのにも関わらず、何時まで経っても動き出さない僕を訝しげに思った日番谷隊長が退出を促した。

 

 確かに、日番谷隊長の言う通り、僕にはこの後も仕事が待ち受けているんだけど、今はそれよりもはるかに重要なことがある。僕は緊張で今にも逃げ出したくなっている自分を深呼吸で追い出して、自分の懐から一枚の紙を取り出して勢いよく頭を下げた。

 

「すみません日番谷隊長! 僕、藍染隊長の遺書を見てしまいました! あとでいくらでも怒られますので、ひとまず話を聞いてくれませんか!!」

「……は? …………はぁ、わかった。話せ」

 

 有無も言わせずに怒られることも覚悟していたけれど、そんなことがなくてまずは一安心する。

 

「ありがとうございます。とは言え百聞は一見に如かずです。まずはこれを読んでみてください」

「ああ」

 

 お礼を言ってから僕は手紙を日番谷隊長に手渡した。

 すぐに手紙を開いて目を落とした日番谷隊長だけど、その顔は読み進めていくうちに眉間にしわを寄せ、最終的には驚きにより、目を見開いた。

 

「なんだこれはっ!?」

「それが僕が桃に手紙を渡さなかった理由です」

「……お前はこれを見て俺を疑わなかったのか?」

「松本副隊長曰く、その手紙を最初に見つけたのは日番谷隊長だそうじゃないですか。なら、それで十分日番谷隊長が犯人じゃない証拠になりますよ」

「……そうか」

 

 日番谷隊長は納得がいったようで、そう小さく呟いた。

 

「……この手紙のどこからが嘘でどこまでが本当なのかは分かりません。ですが少なくともいつもの藍染隊長なら桃にあなたと戦わせるようなことはしません」

「そうだな。……恐らくこの手紙は誰かによって改竄されている。そしてその犯人は――市丸の可能性が高い」

「市丸隊長……がですか?」

「ああ」

「どうしてそう言えるんですか?」

 

 まあ、確かに市丸隊長は藍染隊長の一派で、日番谷隊長の考えは当たらずしも遠からずなんだけど、市丸隊長がここ数日でしたことと言えば、黒崎一護君達旅禍を取り逃がしたり、藍染隊長の死体を発見した際に桃を変に煽ったぐらいで、日番谷隊長がそう断定する証拠としては弱い気がしたので、聞いてみることにした。

 

「……さっきは話せないと言ったところだが、気が変わった。これはここだけの話なんだが、数日前旅禍の一度目の侵入があった時に隊首会が開かれたのは覚えているな?」

「はい。確か旅禍に対する動きと彼らを取り逃がした市丸隊長の処罰を決める為に開かれたんですよね?」

「ああ。その終わり際に市丸と藍染が話しているのを偶然耳にしたんだが……」

 

『随分と都合よく警鐘が鳴るものだな』

『……ようわかりませんな。言わはってる意味が』

『それで通ると思っているのか? 僕をあまり甘く見ないことだ』

 

「……と話していた」

「……そうですか」

 

 どうしよう? 違うと分かっているのに原作知識以外で日番谷隊長の考えを否定する方法がない。

 

 日番谷隊長が言っている藍染隊長と市丸隊長の会話は十中八九演技だ。恐らく日番谷隊長がこれから市丸隊長を止めようと動くことも想定しているはずだ。

 

 だから僕はどうにかして日番谷隊長を止めないといけないんだけど、その術が全くと言っていいほど思い浮かばない。

 

「……それで日番谷隊長はどうするつもりなんですか?」

 

 動いてくれるな、と僕は縋る思いで訊いたんだけど、やはりそんなに上手く物事が運ぶはずもなく――。

 

「この手紙で市丸を問いただす。勝手に手紙を見たことはチャラにしてやるからお前もついてこい。檻理隊のお前の力が必要だ」

 

 ――返ってきた言葉は僕の願いに応えるどころかマイナスとなって返ってきた。

 

「…………はい」

 

 結局、この場で僕にできたことは頷くことだけだった。

 

 

***

 

 

「起きたか松本」

「あ、お邪魔してます。松本副隊長」

「……隊長、蓮沼」

 

 あれから日付が変わる直前まで日番谷隊長と今後の動きについて煮詰めていると、それまで執務室のソファーで眠っていた松本副隊長が目を覚ました。

 

 また、この間に旅禍の追加捕縛の報告が上がった。これでまだ捕えていないのはオレンジ色の髪をした死神―――黒崎一護君一人となった。

 

「……何してんです私の部屋で?」

「馬鹿野郎。執務室はお前の部屋じゃねぇ。起きたんならさっさと代われ」

 

 そう言って日番谷隊長は寝ぼけていた松本副隊長に書類を差し出した。

 

「そんなの隊長が五番隊の引継ぎ業務全部引き受けて来るからでしょ?」

「うるさい。とっととこれ持って自分の席につけ」

 

 渋々といった感じで書類を受け取った松本副隊長だけど、何か気になることでもあったのか固まった。

 

「もうこれだけなんですか!? あんなにあったのに……」

「蓮沼も手伝ってくれたからな」

「ていうかなんで蓮沼が居るんですか? 事情聴取の報告だけなら書類を手伝わせる必要がないと思うんですけど」

「それはアレですよ。藍染隊長がやり残した仕事の中に何か手掛かりでもあるんじゃないかと思って僕からお願いしたんですよ。ですよね、日番谷隊長?」

「ああ。ほら、他隊の奴にやらせたんだ。お前もさっさとやれ!」

「ふーん」

 

 納得した様子の松本副隊長に僕は胸をなでおろした。咄嗟に思い付いた言い訳だったけど、上手くやり過ごせたようだ。

 

 先ほどの話し合いで僕と日番谷隊長はこの件を松本副隊長には話さないことを決めた。その理由は松本副隊長が市丸隊長が流魂街時代の頃からの付き合いだからだ。

 ただでさえ市丸隊長と桃がもめたことで気疲れしている松本副隊長にこれ以上負担をかけたくないという日番谷隊長の配慮である。

 

 ……あれ? よく考えてみれば僕も桃とイヅルが対峙した上に恋次は牢に入れて、その事情聴取に奔走してかなり疲れているような気がする。

 それに加えてこの後も日番谷隊長と市丸隊長のもとへ向かわないといけない。

 

 ――僕、働きすぎじゃね?

 

 いや、別に仕事の内容自体には僕も納得しているからいいんだけど、なんか釈然としない。

 

「……あたし、随分眠っていたみたいですね」

 

 僕のそんな思考をよそに松本副隊長はふと、窓の外を見つめ、申し訳なさそうにそう言った。

 

「……構わん。同期と後輩が揉めたんだ。お前もそれなりにきつかったろう」

 

 少し気恥ずかしそうに視線をそらしながら日番谷隊長は言った。

 

 ――ねえ、だから僕は!? せめてもうちょっと労わるような声をかけてくれたら僕も嬉しいんだけど。

 

「それなら蓮沼だって似たようなものじゃないですか」

「こいつの場合は何かしてないと落ち着かないからいいんだよ」

「っ!?」

 

 な!? と、口に出しそうになったのをなんとか抑える。

 

何言ってるんだこの人? という視線を日番谷隊長に向けたんだけど、これも何かを思いつめるような松本副隊長の顔を見ると、そのような気持ちも失せてしまった。

 

「……ねぇ隊長、隊長は本当にギン……市丸隊長のことを――」

「――し、失礼します! 十番隊第七席竹添幸吉郎(たけぞえこうきちろう)です! 日番谷隊長、松本副隊長は中におられますでしょうか?」

「何だ、開けろ!」

 

 松本副隊長が市丸隊長について何かを言おうとしたその時、それを遮るように一人の男性隊士の声が廊下から聞こえた。

 

「は! 失礼します!!」

 

 日番谷隊長によって通された竹添七席は口を開く。

 

「申し上げます! 先程入った牢番からの緊急報告で阿散井副隊長が牢から姿を消されたとのことです!!」

「「っ!?」」

 

 予想外の出来事に日番谷隊長と松本副隊長は目を見開いた。

 

「日番谷隊長!」

「っ!? ああ。俺のことは後でいいから早く行け!」

「はい!」

 

 檻理隊隊長である僕は直ちに現場に赴く必要があるので、若干の罪悪感を抱きながらも僕は日番谷隊長に退出を告げた。

 

 自分が関わったこととはいえ、これから朽木隊長に怒られに行くことに憂鬱になりながら僕は六番隊隊舎へと急行した。

 

 

***

 

 

 卯月が六番隊隊舎へと向かう一方で、冬獅郎は予定通り市丸に真実を吐かせるために三番隊隊舎へと向かっていた。また、話がもつれ込めば最悪戦闘になりかねないと判断した冬獅郎は乱菊を置いてきた。ただでさえ心労がかかっている乱菊にこれ以上の負担をかけたくないと思ったからだ。

 

 そして、瞬歩で移動していた冬獅郎の目に三番隊詰所から出る市丸の姿が映った。

 

 それまで空中を移動していた冬獅郎は霊力で作った足場を解除し、地面に降り立つ。

 

「あら? こないな夜更けにどないしました、日番谷隊長?」

「とぼけるな」

 

 そう言いながら冬獅郎は自身の懐から一枚の手紙を出し、再度言い放つ。

 

「この手紙は藍染が雛森に遺したものだ。だが、その内容は一部改竄されていた。まあ、その内容は随分とおざなりだったがな……。で、やったのはお前か市丸?」

「おざなり? なんやおかしな言い方しはりますなぁ。わざと分かるようにそうしたつもりやってんけどなぁ」

 

 不気味に口を歪めながら市丸は言った。

 

「そうか……。蓮沼が居ないが、かえってよかったぜ。――これであいつが来る前にお前を殺せる」

 

 背中に掛けていた斬魄刀を抜いた冬獅郎の霊圧が高まる。

 

「行くぞ!」

 

 掛け声とともに冬獅郎は市丸に斬りかかるが、市丸は後ろに跳ぶことで難なく回避。そのまま三番隊詰所の屋根に着陸し、そのまま斬魄刀の切っ先を冬獅郎に向けた状態で中腰に構える。

 

「【射殺せ“神鎗(しんそう)”】」

「ちっ!」

 

 刹那、市丸の斬魄刀が高速で伸びる。とはいえ斬撃の種類は攻撃範囲の狭い突きだ。隊長という市丸と同格の地位にいる冬獅郎にとって然程脅威ではなかった。

 

 ――避けるだけならという但し書きが付くが……。

 

 神鎗は伸びるだけではなく、縮むのも速い。それにより連続で高速の突きを放つことを可能としている。故に冬獅郎はある一定の距離から市丸に接近できないでいた。

 

「【縛道の六十三“鎖条鎖縛”】」

 

 だが腐っても隊長。冬獅郎もされるがままでは無く、縛道により神鎗を縛ろうと試みるが、神鎗の速さに鎖の形成が追い付かず、まくられてしまう。

 

 このまま膠着状態に移ろうとしていたその時、雲行きが変わった。雲はまるで冬獅郎の味方をするかのように彼の頭上を渦巻いていく。否、味方をしているのではない。支配しているのだ。

 

 天相従臨(てんそうじゅうりん)。彼、日番谷冬獅郎の斬魄刀――氷輪丸の最も基本かつ強力な能力だ。氷輪丸は氷雪系最強という称号の名に恥じないその強力無比の力で天候をも支配するのだ。

 

 やがて、冬獅郎の頭上に集った雲は雪を降らした。それに合わせて冬獅郎は解号を口にする。

 

「【蒼天に坐せ“氷輪丸”】!!」

 

 瞬間、冬獅郎の斬魄刀の形状が一部変化し、刀の柄には龍の尾を模した半月状の物体が鎖によって取り付けられた。

 

 解放と同時に冬獅郎は斬魄刀を一振り。すると、斬魄刀の切っ先から氷の龍が顕現し、市丸に襲いかかる。

 

 遠距離からの攻撃手段を得る。これが冬獅郎が始解を発動した理由だ。接近は市丸の神槍によって難しい。だからと言って冬獅郎が使える鬼道は市丸も使えるため決め手に欠ける。

 しかし、斬魄刀ならこれらすべての状況を覆すことが可能だ。

 

「はああああああ!!」

 

 市丸は場所を移動し回避するが、冬獅郎はそこに再度氷の龍を放つ。

 

「神鎗」

「なに……!?」

 

 だが、市丸もこの程度の連撃では屈しない。今度は神槍の突きを何度も氷の龍に放つことでその一部を削り、自分が回避するためのスペースを作り、そこから冬獅郎に急接近する。距離を詰めることで、確実に攻撃をあてに来たのだ。

 

「【群鳥氷柱(ぐんちょうつらら)】」

「【縛道の四十八“排斥(はいせき)”】」

 

 それを察知した冬獅郎が数十個の掌程の大きさの先のとがった氷を放つのだが、それは市丸の両手首に形成された楕円形の比較的小さめの盾に弾かれてしまう。

 

「射殺せ」

「くっ、氷輪丸!」

 

 冬獅郎の攻撃を掻い潜った市丸が勝負を決めようとこれまでと比べても最速の一撃を放つのだが、冬獅郎が防御のために横向きに放った氷の龍に防がれてしまう。

 これを好機と見た冬獅郎は市丸に近づき最速の斬撃を放つが、これは斬魄刀により防がれ、距離をとられてしまう。

 しかし、距離をとった時市丸は気付いた。

 

「っ!?」

 

 ――自身の腕に巻き付いた冬獅郎の斬魄刀の鎖に。

 

「これで終わりだ!」

 

 そう言いながら冬獅郎は最後の氷の龍を放つ。

 

「なにっ!?」

 

 そう声を発したのは冬獅郎だ。

 何故このような声を発したのか。攻撃を防がれた訳ではない。そもそも攻撃は着弾しておらず、まだ宙を飛んでいる。

 

 なら何故冬獅郎は驚いたのか?

 

 それは市丸が何もしなかったからだ。防御をすることもせずに、ただ不気味な笑みを浮かべていたのだ。

 

「【縛道の八十一“断空(だんくう)”】」

 

 そして次の瞬間、何者かの縛道によって氷の龍の攻撃は妨げられた。

 

「誰だっ!」

 

 市丸を助けた共犯者の存在を目にしようと視線を移した冬獅郎の目に映ったのは――。

 

「――なん……だと!?」

 

 ――卯月だった。

 

 そんな冬獅郎の声を聞いた卯月はどこか気まずそうに口を開いた。

 

「「双方刀をお退き下さい! 退かなければここからは私達がそれぞれお相手致します!!」」

 

 だが、冬獅郎に聞こえた声は二つだった。ならもう一つは誰が、と再度視線を移した冬獅郎の目に映ったのは――市丸の首に斬魄刀を当てた乱菊の姿だった。

 

 とりあえず、卯月に裏切られた訳ではなさそうだとひとまず安心した冬獅郎の目に最後に映ったのはまるでこうなることが分かっていたと言わんばかりに薄い笑みを浮かべた市丸の顔だった。

 

 

***

 

 

 あれから六番隊で看守の人の話を聞いた後、朽木隊長への謝罪を済ませた僕は日番谷隊長との約束を果たすべく、三番隊隊舎へと向かっているんだけど、その気分は最悪だった。

 

 藍染隊長一派の悪役として行動している市丸隊長だけど、その裏では松本副隊長のために長い間藍染隊長を殺害する機会を伺っている。

 詳しくは分からないけど、一概に悪い人と言えないのは確かである。

 だけど、今のところは藍染隊長の配下にいるため、このまま放っておけば何をしでかすか分からないというのもまた事実で、それが僕が現在頭を悩ませている理由である。

 

 三番隊隊舎の方から二つの強大な霊圧を感じる。一つは日番谷隊長でもう一人は市丸隊長だ。日番谷隊長は問いただすと言っていたんだけど、それにしては随分と早い戦闘だ。

 

「急がないと」

 

 日番谷隊長に市丸隊長、どちらも失うには惜しい存在だ。なので僕は一刻も早く三番隊舎に向かって戦闘を止めないといけない。そしてあわよくば市丸隊長を捕えたい。

 

 さらに瞬歩の速度を上げた僕は道中で僕と同じ場所に向かっているであろう一人の女性の背中を目にした。

 

「松本副隊長!」

「蓮沼っ! てことはあんたも?」

「ええ。流石にこれは止めないと不味いですよね?」

 

 横に並んだ僕に松本副隊長は質問を投げかけてくる。

 

 日番谷隊長が市丸隊長と戦闘を始めたということは、多少なりとも日番谷隊長が市丸隊長が犯人であろうという確証を得たということなんだろうけど、流石に殺してしまうのは不味い。

 一度原作知識から離れることになるんだけど、現時点で藍染隊長を殺害した犯人が市丸隊長一人だと決めつけるのは早計だ。もし、今僕に原作知識がなかったのなら市丸隊長を捕えて尋問することを選ぶだろう。

 僕は檻理隊の隊長だ。原作知識に基づいて動くことも大切だけど、当然その身分に恥じない行動をする必要も出てくる。

 そして今回の場合はそのどちらを鑑みても市丸隊長を捕えることこそが僕の考える最適解だ。松本副隊長も僕と同じような考えを抱いているからこそ、こうして動いているはずだし、あながち間違いではないはずだ。

 

 ――まあ、あの場で恋次を止めなかった僕がそんなことを話しても説得力皆無だけどね……。

 

 そうしている内に二人の姿が見えてきた。

 状況は日番谷隊長が優勢で鎖で市丸隊長の動きを縛り、今にも最後の一撃を放とうとしていた。

 

「僕が日番谷隊長の攻撃を止めるので、松本副隊長は市丸隊長を」

「っ、ええ!」

 

 最低限のやりとりだけした僕達は散開した。

 

 松本副隊長には辛いだろうけど、この場にいる人間で日番谷隊長の一撃を確実に止められるのは市丸隊長か僕だけだ。鬼道系の斬魄刀である日番谷隊長の一撃の技範囲は非常に広い。それを止められるのは同じ程度の実力を持つ市丸隊長か、縛道に秀でた僕だけだろう。

 そしてこの戦闘を止める役割は僕と松本副隊長にしか担えないので、必然的に僕が日番谷隊長を止める必要が出てくる。

 

「【縛道の八十一“断空”】」

 

 心の中で松本副隊長に謝罪しながら鬼道を唱えた。

 

 すると、驚愕に染められた日番谷隊長の顔が目に入った。

 

「っ!?」

 

 一応後で謝っておこうと思った僕が次の瞬間に目にしたのはどこか不気味な笑みを浮かべた市丸隊長だった。背中にぞくりとした寒気を覚える。

 

 間違ったことはしていないはずだ。だけどどこか不安にさせられる。そんな笑みを彼は浮かべていた。

 

 

***

 

 

 夜明けの朝日が二人の人型の影を照らす。その影は一本の鬼道の鎖で繋がれており、明かりの角度の関係上片方は濃く映り、もう片方は薄く映っている。濃く映っている方が僕の影だ。

 そして、薄く映っている方の影は市丸隊長の影である。

 

 あれから市丸隊長は重要参考人として牢に入ることを何故か快く了承した。この人のことだから飄々とした態度でのらりくらりと躱されることを予想していたんだけど、それは怖いくらいに上手くいった。まるでこうなることが想定の内でもう逃げるための算段がついているかのように。

 

 市丸隊長の影はそんな僕の不安を煽るかのように薄くゆらゆらと映っていた。

 

「あーあ、もう少しで邪魔者を除けれてたんやけどなぁ」

 

 不意にそんなことを僕に向かって心底残念そうに呟いた。

 

 口は何時ものように小さく弧を描いており、その言葉からは殺気すら感じられた。

 

「それは残念でしたね」

「なんや? つれんなぁ……」

 

 だけど、視線だけは違った。何時もの彼よりも僅かに鋭くなった目つきからは詳しくは分からないけど、殺気や後悔の他に何か別のものを感じられたのだ。だから僕は彼の言葉に一切動じずに淡々と返事をすることができた。

 

 何故そんなことが分かったのかと言えば、それは相手が市丸隊長だからだ。一時期は五番隊の隊士として彼の下で働いていたことがあるから分かったけど、市丸隊長はこんなにも露骨に殺気を放つことはしない。

 藍染隊長の殺害を長い間狙っているように、虎視眈々と獲物が来るのを待つ。それが市丸隊長のやり方だ。故に普段彼の視線から感じられるものは不気味さや寒気であって殺気ではない。

 

 つまり今、市丸隊長には言葉通りではない別の意図があると見ていいだろう。

 

 とはいえ、僕からできることはあまりない。そもそも何を言えばいいか分からないし、変に目をつけられても困るしね。

 

 そうこうしている内に牢に着いた。

 

「それじゃあ詳しい話は後で訊きますので。それと間違っても牢から出ようなんて思わないで下さいよ。まあ、強力な結界を張っているので一夜じゃどうやっても出れないと思いますが」

 

 申し訳程度の牢の鍵を掛けながら僕は言った。藍染隊長が助けに来ないとは限らないので牢の結界に加えて、外部からの干渉を妨害して僕に知らせる結界も張っておいた。念には念をだ。

 

 それだけ伝えて去ろうとした僕を市丸隊長は「せや」と言って呼び止めた。

 

「君、後悔するで。あの時ボクが殺されるのを止めたこと」

 

 恐らく、この言葉には市丸隊長なりのなんらかの意図が隠されているはずだ。

 少なくとも、今までの言葉にそのようなものは感じられなかった。尤も、市丸隊長の視線を感じた僕の勘が正しかった場合だけどね。

 

 だからこの返答には真剣にならないといけない。

 

 僕はじっくりと考えた後に口を開いた。

 

「しませんよ。僕、無駄に人を殺生することは嫌いなんで」

 

 結局、僕は正直に自分の考えを話すことにした。この人相手に何を隠しても見抜かれると感じたからだ。

 

「へぇ……」

「どうしたんですか?」

「いや、何も無いよ」

「はぁ……。そうですか」

 

 意味深に息を漏らした市丸隊長だけど、その真意を話すことはついぞなかった。

 

 最後にセキュリティに抜かりがないのを確認してから僕は日番谷隊長と話すためにもう一度十番隊隊舎へと向かった。

 

 そして、朽木さんの処刑日時が明日の正午と報じられるのはそれから程なくした頃だった。

 

 また、意外と言うべきか案の定と言うべきか、何にせよ完璧に対策されていたはずの牢から市丸隊長が姿を消したのもこの日のことだった。

 


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