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2013年 5月16日 深夜2330 横須賀鎮守府
本来軍事施設は昼夜を問わず、いつ発生するか分からない有事に備えて最低限の人数を残しつつも常に稼働している。
しかし今晩は些か様子が違っていた。
月は隠れ、夜が明けるまでまだかなりの時間があるにも関わらず夜勤とは思えない程の人員が闇夜の中を駆け廻っていた。
昼間と同等、いいや、いつも以上の熱意と決意が全体を支配し、皆日付が変わるのを待てない様子だった。
理由は
先日防衛省より太平洋側、日本近海にて発見された敵性艦隊軍の泊地と思われる海域へ向けて初の大規模反攻作戦の認可が下り、作戦決行日は5月17日の日付変更と同時に発令されると決定されたからであった。
このような軍事行動が永田町より承認されるなんて最近までは考えられないことがだったがそれも全ては数年前、突如現れた謎の敵勢力、深海棲艦の出現から始まった。
深海棲艦、未だにその行動目的及びどこからやって来るのかも分からない得体の知れない軍団だ。
発見当初は新種の海洋生物ではないかと騒がれたが、その期待は直ぐに消え失せた。
調査に向かった世界各国の調査船が全長50メートルほどの深海棲艦一匹相手に壊滅したからだ。
その報告は俄かには信じられない物であった。
なにせ破壊された調査船の中には200メートル級の船もあったのだ。
シロナガスクジラの2倍の全長を有するとはいえ、生物が人類の英知の結晶である艦船を破壊できるとは誰も信じることができなかったのは無理もないだろう。
曲右折あり、人類はつまらない国家間の摩擦と睨み合いにより初動が遅れ謎の生物は行方を暗まし、しばしの静寂が訪れた。
その次に発見された時は大変衝撃的な出来事を添えて世界中に向かって発信された。
真珠湾から日本へ向けて出港していた原子力空母とその護衛船団が全て撃沈されたという報告と共にである。
空母撃沈のニュースは同時にそれを撃沈せしめた敵の情報も大量に世界にもたらした。
例の50メートル級の黒いクジラ擬き、それが6匹、それがまるで艦列を取って組織的に攻撃してきたとのことだった。
そしてなにより、口から砲弾を、無誘導とはいえ魚雷のようなもの吐き出し艦艇を次々と攻撃してきたのだ。
そのとても生物とは思えぬ能力と戦闘力を有した生物の出現はあらゆる憶測を呼んだ。
これらがたった2年前の話である。
かくして、人類は人類以外の外敵を得たことにより史上初めてとなる国家間の垣根を超えて討伐艦隊が編成されることとなった。
だが、その準備の合間が仇となったか……はたまた最初から潜伏していたのかどうかは不明だが奴らはこちら以上の戦力を有していた。
クジラ擬きは深海棲艦駆逐艦イ級と呼称され、日に日に新種が報告され、その種類は多岐に亘った。
特に軽巡ホ級の出現は友軍に甚大な深手を負わせたのだ。
単純な火力の増加もあるが、なによりそのすがた、巨大な女性ぽく見える体と機械が混ざったような不気味な姿をしたのだ。
これが決定打となってしまった。
海抜40メートルもある人型の化け物が精強な船員たちの心を容易く粉砕し、僅かに均衡を保っていた戦力比はたちまちに崩れ去り討伐艦隊は敗走してしまったのだ。
人類はこの得体のしれない敵に海を奪われてしまったのだ。
だが神は人類を見捨てなかったようだ。
じわじわと公海からEEZ、接続水域から領海へと侵略してくる深海棲艦相手にせめてものの遅滞戦闘を余儀なくされた海上自衛隊の前に戦女神が出航したのである。
それから1年後……
「時間だ。 これより大規模反攻作戦を行う! 各艦娘たちは直ちに換装ドックに入りドック作業員は直ちに担当の持ち場につけ!」
此処の司令官だろうか……その割には若く凛々しい顔立ちの若者が白い士官服に身を包み号令をかけていた。
肩の階級章を見るにこれまたその若さとその地位には相応しくない、というより現代日本ではありえない中佐の階級章であった。
だが命令を受けた側には不服の色は観られず、むしろこれから始まる作戦にどこか色めきだっているようにも思えた。
『第2艦隊全行程完了。 続いて第1艦隊、換装ドックに入ります。 各艦、巨大化シーケンスを開始してください』
マイクを通して増幅された女性ドック作業員のアナウンスが司令室内に響き渡る。
司令官と思わしきその様子をモニターで眺めていたのだ巨大化のアナウンスが始まるとモニターを消し、窓から少し離れたところにある巨大な壁に覆われたドックに目を向けるのであった。
その巨大な壁の内側、それはまるで巨人用のウォーキングインクローゼットのようであった。
一方の壁際には煌びやかだがとても人間用とは思える大きさの女性物のセーラー服がつるされ、もう一方の方には鈍色と所々赤黒いラインの入った鉄と油の匂いをした妙ちくりんな機械が整然と並べられていた。
そんな奇妙な空間のど真ん中、壁に囲まれたそこは海に繋がっており1本の小さな浮き橋が浮いていた。
その橋の先端には、見た目は中学生程の少女が一糸も纏わぬ姿で佇んでいた。
奇妙に過ぎる光景……しかし次の瞬間、少女は突如光に包まれる。
光はやがて長方形のカードのような形状となり海面に浮くように水平になるとそのサイズを壁一杯までに広がった。
そしてゆっくりと、光となって消えた少女がその寸法を大きくさせながらゆっくりと海面から浮き上がり、最終的には40メートル前後の少女がその姿を現した。
『巨大化シーケンス完了。 艤装第一シーケンスを開始します』
再び女性アナウンサーの声により海に向かって右側の壁から巨人用のセーラー服がオートマチックで巨大化した少女に着せ始める。
1分後、再び女性アナウンサーの号令により艤装第二シーケンスの開始が発令されると今度は向かって左側の鉄と油の匂いが立ち込める機械が巨大化した少女に次々と装備されていった。
少女が巨大化し始めてから5分と少々、作業員による最終チェックが完了し出撃の準備がいま整った。
『第1ドック旗艦軽巡長良、第2ドック軽巡名取、第3ドック軽空母翔鳳、第4ドック駆逐艦敷波、第5ドック駆逐艦皐月、第6ドック駆逐艦吹雪、出撃準備完了』
「艦隊……抜描せよ!」
若い司令官による命令が下された。 少女たちは優雅に手狭となった囲いから海へと滑るように進んでいく。
旗艦である長良を先頭に見事な艦列を持って湾内出口の方へと舵を切った。
ふと全員が司令官室の方へと目を向ける。
そこには港の淵一杯に整列した隊員たちが静かに敬礼を捧げていた。
そして司令室にいた若い司令官も屋上の縁に密着するほど目一杯近づき静かに敬礼を捧げてながら見送っていた。
どうか無事に帰ってきますようにと祈りながら……
そんな気持ちが伝わったのか、上半身のみこちらに向け見事な敬礼を返しながら彼女たちは帆を進めていくのであった……
そう彼女たちこそが深海棲艦と互角以上に戦える存在、神が遣わした戦女神、先の大戦で英雄たちと共にこの大海原を駆け抜けた勇たち……、過去に存在した軍艦たちの魂と名を継ぐ少女たち……それが艦娘である。
いま、人類の存亡をかけた戦いが……始まろうとしている。