魔法? んなもんねーよ   作:社畜系ホタテ

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第八話

海鳴市の駅前商店街真ん中付近にある喫茶店。名を翠屋という。

 

ここは店長兼マスターの士郎さんとパテェシエ兼経理担当の桃子さんで経営していて、ケーキとシュークリーム、そして、自家焙煎珈琲が自慢の学校帰りの女の子や近所の奥様方に人気のお店である(なっちゃん談)。

 

今日も今日とて店内は賑わっている。流石は、たまになんかの雑誌に載ってるほどの、人気喫茶店である。

 

 

さあ、今俺はというと、その店内で戦慄していた。

 

「プリンが……プリンがないよぉ……」

「えぇっ!? クー君がガチ泣きしてる!? 」

 

訂正、号泣していた。

 

 

 

今日は祝日で学校はお休み。三時のおやつを食べようとなっちゃんに誘われて、俺は翠屋に来ていた。

 

前から行こう行こうと言っていたのだが、とあるゲームのトロフィーをコンプするために学校と修練以外は外に出なかったので、ここに来る機会が無かった。つまり、俺にとっては何気に翠屋デビューなのである。

 

だけど、言われるがままにホイホイついていった結果がこの仕打ちですよ。

 

プリンが……メニューにないのです……。

 

なんという死活問題。プリンがなければ俺の力は半減されるってとんでも設定を高町家のお人は知らないのだろうか。いや、されないけど。気分的に半減。

 

だけど、今なら、この悲しみで地球を滅ぼせるかもしれない。なるほど、ひょっとこさんが言っていた、地球を滅ぼす可能性っていうのは、どうやら俺のことだったのか。

 

いや、そんなことどうでもいいのです。

 

プリン……。プリン……。

 

「こ、これは重症なの」

「ちょっと待っててね」

 

嘆いていて数十分。俺の前に一つの容器が。

 

こ、これは……!?

 

「プ、プリンだぁー!」

「ごめんなさいね。あまりもので作ってみたのだけれど、どうかしら?」

「うまぁ……、プリンうまいよぉ……」

「こんな幸せそうにプリンを食べてる人、始めてみたよ」

「あらあら、よかったわ」

 

何を言われても、今の俺は馬耳東風。プリンを掬っては口へ、掬っては口へを繰り返す作業に忙しいのだ。それ以外のことには無関心なのである。

 

ママンが作ったプリンとは違うけど、これはこれで美味。こんな旨いもん食べてたら、先ほどの悲しみなんて一瞬で消え失せたわ。

 

「俺、地球がプリンで溢れていたら、戦争なんてなくなると思うんだ」

「地球を救った英雄、プリン太郎にはノーベル平和賞が送られるの 」

「彼の永遠の相棒であるカラメるんとのダブル受賞ですね、わかります」

 

日曜朝にヒーロー枠として放送されないかな? もしされたら毎週録画余裕なんですが。

 

「クー君、大変なの。プリン太郎の敵、ブラックコーヒーマスクが、世界を苦くするために攻めてきたみたい」

「大丈夫。彼はご都合主義でなんだかんだ改心してお砂糖二つのミルクコーヒーマスクになる予定だから。というわけで桃子さん、やっちゃってくんさい」

「はいはい。お砂糖二つとミルク入りのコーヒーね。なのはも同じでいい?」

「うん!」

 

子供にはブラックとか、まだ早すぎる。この前、ためしに飲んでみたけど数時間は苦味が消えなかった。早くもとの年齢にならんかねー。あと十数年か。先が長すぎるわ。

 

というか、なっちゃんってコーヒー飲めたっけ?

 

「大人のレディーである私に死角はないの」

「大人のレディーはブラックを好みます」

「それよりもクー君がこんなにプリン好きだったなんて知らなかったの」

 

逃げたな。……まぁ、いっか。

 

「俺はプリンのためなら世界を敵に回してもいい覚悟があります」

「あらあら、そんなに好きだったのなら家の新作メニューとしてプリンを入れようかしら。はい、お砂糖二つとミルク入りコーヒー二つ」

「桃子さん、あなたは神か」

 

今の桃子さんからはひょっとこさん以上の後光が射しているように見えた。

 

俺は、全てを平らげたプリンの容器を横にずらし、桃子さんからコーヒーを受け取る。

 

ふーふーと二、三回息を吹きかけ、コーヒーをずずーっと啜った。体の芯から温まるほど暖かく、今の時期に程好い温度のホットコーヒー。砂糖やミルクによって子供の舌にも優しい仕様になっております。

 

うん、丁度いい甘さで余は満足じゃ。

 

「こりゃ人気が出るわな。コーヒーとか詳しくないからようわからんけど」

「お父さんの入れたコーヒーとお母さんの作るスイーツはどれも絶品なの! 全てが翠屋自慢の一品なんだよ!」

 

なっちゃんは嬉しそうに俺にそう言った。どうやら、ご両親のお店が褒められて嬉しいご様子だ。そんななっちゃんを見て、桃子さんもニコニコと微笑んでいる。

 

高町家は家族円満の良いご家庭のようです。いいことである。

 

『桃子さんすいませーん。シュークリーム四つ、注文が入りました』

「あっ、はーい。なのは、空閃君。私は席を外すけど、ゆっくりしていってね」

「はーい」「はーい」

 

ほのぼのと返事。桃子さんを見送った俺となっちゃんはほぼ同時にコーヒーカップを掴んで、口へと運ぶ。

 

ずずーッ。

 

あー、コーヒーが美味いとです。

 




行きつけの喫茶店って言葉はなんか響きがいいですよね。

まぁ、当然の如くそんな場所、私にはありませんけど。

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