春。ポカポカと眠気を誘うこの陽気を感じていると、孟浩然の詩にある春眠暁を覚えずというフレーズはよく言ったものだと思う。
陽気のいい春はなんだかボーっとしてしまい気味なのでうっかりミスを起こしてしまうのに気をつけたほうがいいだろう。
「それにしても最近の小学校の入学式がここまで盛大だとは流石の俺も驚愕だな」
「……わたしはクー君が聖祥の入学式にいることに驚愕なの」
おや、うっかり。
なっちゃんの指摘でここは俺の通う学校ではないと気づいて早数分。式典の最中だったが、気の皆さんをフルに活用して、バックレを成功させた俺は入学式を見に来ていた士郎さんと桃子さんにどうしようかと相談。
どうやら海鳴第三小学校の入学式は午後からだとかで、なっちゃんの入学式が終わったら皆で行くそうな。
だから、関係ない俺をここまで連れてきたんですね。朝起きるのが辛かったとです。
ということで、それまで時間が空いてしまった俺はなっちゃんの入学式を見学することになった。
片手にビデオカメラを構えている士郎さんの隣に、丁度椅子が空いていたで、腰掛ける。
この前、じじ様とやっていた組み手並にやる気を出している士郎さんは、なっちゃんの勇姿をそのビデオにばっちりと収めるんだとか。やー、お父さんとは大変ですなー。
それにしても色とりどりだなと思う。何がって? 髪の色がだ。
金や銀、紫に赤とはこれまた異色である。いや、顔に似合った髪色してるんだけどさ。それに何だか美少女とか美少年とかが多い気がするのは俺だけなんだろうか。
あぁ、なるほど、さすが私立校。顔で生徒を選んでいるんですね、わかります。
ようやく、入学者への洗礼だと思えるほど長い長い校長先生のお話がやっとこさ終わったと思ったら、次はお偉いさんの話が永遠のように続く地獄。
これはあれだ、機関による精神攻撃を俺は受けているんだ。タイムリープマシンはどこだ?
隣をチラッと見ると、カメラ越しに「なのはカワイイぞなのは」と呟いている士郎さんと、その姿を見て「あらあらうふふ」と微笑んでいる桃子さんを見ているとさすが大人だと思える。
機関の精神攻撃をものともしない。前世を合わせても20代前半の俺には、こういう大人の余裕というものは、まだ身についてないようだ。
大人ってすごいね。
☆
「うぅ、腰が痛いの。あっ、クー君、そこにあるおかかのオニギリとって」
「おばあちゃん、昼食ならさっき食べたでしょ?」
ぺシッと頭を叩かれた。解せぬ。
時は昼時、俺達は士郎さんが運転する車の中で昼食をとっていた。向かうは海鳴第三学校。
なっちゃんは、長時間座りっぱなしの所為で腰に相当のダメージを与えられたらしく、さっきから腰をトントンと叩いている。
精神攻撃と同時に腰へと負担をかける身体攻撃とは、さすがは私立校。子供への洗礼が厳しすぎる件。
あっ、おかかとるんでそこにある水筒とって。
「はい、水筒。……あれ? そういえば、なんでクー君は平気なの?」
「ちょくちょく外へとエスケープしてた。つまり、俺は勝ち組」
「ず、ずるいよー!」
ずるくないとです。知らんおっさんの話なんて聞いてられるか。だから、ちゃんと聞いていなかった罰とか言って俺のツナマヨとらんでください。
水筒と交換? はいはい、どうぞ。
「それにしてもなのはのクラスは可愛い子や格好いい子が多かったわね」
「そうだな。その中でもなのはは一際可愛かったが」
「も、もうお父さん!」
「異世界小説もビックリのカラフルなクラスだった。なっちゃんもインパクトを残すために髪色と髪型を変えるべき」
「……ちなみに聞くけど、どういう感じ?」
「そりゃあやっぱりカミソリで」
バチンッと頭を叩かれた。
恭也さんの木刀を喰らったときと似たような衝撃だったので、俺のなっちゃん戦闘民族説はあながち間違いではなかったといいたい。
この幼女はあと二段階、変身を残している。確信。
「はっはっは、なのはと空閃君は仲がいいな」
「オレンジジュースの仲なんで」
「飲料会社的には敵同士なの」
「士郎さん、なっちゃんが冷たい」
「はっはっは、本当に仲がいい」
どこがですか。
「何年社会で揉まれてきたと思っているんだい? 表面上の言葉なんてすぐにわかるし、言葉の中にある副音声にも気づける。そして俺はお父さんだ。自分の愛娘の言葉にある温もりに気づかないわけがないだろ?」
なんというダンディズム。俺も将来はこういう大人になりたいものだ。
……うん? ちょっと待てよ。
「ってことは、なっちゃんの棘のある言い方はツンデレってやつなのか。ごめんな、なっちゃん。気づいてやれなくて」
「クー君。寝言は寝ていうから寝言であって、それ以外は妄言っていうの」
「士郎さん、なっちゃんが冷たい」
「はっはっは、大丈夫。暖かい暖かい」
本当ですかい。
次回以降のネタばれ:転生者多数。
なのはの一人称って私じゃなくてわたしなんですね。ちょっと修正します。