織田信奈の野望~乱世に舞い降りた黒の剣士~ 作:piroyuki
~清州城~広間
勝家「ここは打って出るしかありません!」
長秀「兵力差を考えましたら打って出るなど愚策です!20点!」
家臣団では迎撃案と籠城案の二つの意見が行きかっていた。しかし肝心の主君はその場にいない。誰もが何もできずにいるのだ。
今川軍は先鋒の松平軍を合わせて2万5千。それに対し織田軍は5千。勝敗は目に見えていたのである。
~信奈の部屋~
信奈「・・・・・・」
信奈はあれから気を失ったキリトを運び、部屋で寝かしつけていた。
時折うなされるキリトの汗を拭きとっていたが、そのうわ言で一人の名前を何度も聞いた。
「サチ」
名前から察するに、その人は女性。少なくともキリトの近しい人物に違いない。
信奈「サチって誰よ・・・」
今川の侵攻よりも信奈は「サチ」が気になっていた。さっさとキリトを起こして問い詰めたいが、それは思いとどまっていた。きっとサチの話をする以前にキリトが起きて最初にかける言葉が見つからないのだ。
犬千代「・・・・・姫様、ズルい」
キリトの匂いを察知した犬千代は、家臣のまとまらない会議を抜け出して信奈の部屋にやってきた。
信奈「ねぇ犬千代・・・サチって知ってる?」
キリトと毎日のように行動している犬千代ならばきっと「サチ」のことを聞いているに違いないとおもった。
犬千代「・・・たまにうなされてると寝言に出てくるひと」
信奈「そう・・・」
犬千代の話によると、その寝言をきいたねねが犬千代に聞きに来たことがあったという。きっと妹のねねには話しているかもしれない。信奈はキリトの宿舎に行こうとした。
犬千代「・・・姫様」
信奈「何よ?」
犬千代「・・・まずは今川」
信奈「わかってるわよ!」
信奈には考えがあった。迎撃でも籠城でも負けは確実。しかし状況によっては今川に勝てる。その可能性はものすごく低いが、勝てるとすれば奇襲以外にない。しかも、その奇襲をするには条件がある。夜なのか、強い雨の日なのか、相手に気付かれては奇襲にはならない。
信奈は五右衛門を斥候に出していた。そして天候を読んでいたのだ。
信奈「まだその時期じゃないの。ほら、いくわよ!」
犬千代「・・・いかない。キリトを代わりにみてる」
信奈「あっそ!ご自由に!!」
~キリトの家~
ねね「兄さまはいずこにござるか?」
信奈「城で寝てるわよ!それよりねね・・」
ねね「はい?」
信奈「ねねは「サチ」って人のこと知ってる?」
ねね「サチ殿・・・・知ってるでござる!」
信奈「ほんと!?誰なのよ!?」
ねね「寝言の人にござる・・・」
信奈「それは知ってるわよ!それで?ねねは聞いたの?」
ねね「・・・聞いたでござる」
信奈「!!それで!?」
ねね「・・・・・自分で直接聞くでござる。そのほうが、そのほうがいいでござる!」
信奈「そう・・・・そうよね!」
簡単に教えていいような内容ではない。ねねは知っていた。そのことが原因でキリトは最初、ねね達と出会ったときに毎日立ち去ろうとしていたことも、織田家への士官も自分達の元を離れようとしての行動だったことも、士官してお金が貯まったらすぐに出奔しようとしていたが、そうもいかなくなってしまったことも。
そして今、信奈がやらなければならないことも。
ねね「姫様!尾張を守ってくれますよね!?」
信奈「あたりまえよ!」
信奈は自信に満ちた表情で、ねねに笑顔で答えた。
~清州城~広間
長秀「姫様!」
信奈「あ~~もう今日は解散!みんな帰りなさい!そのかわり、いつでも出陣できるようにしておきなさい!」
信奈のその言葉に一同は騒然となった。「これで尾張もおしまいだ」「やはりうつけ姫ではだめだったんだ」などという声も聞こえていた。
そんな声にも耳を貸さず、信奈はそのまま部屋にもどっていってしまった。
~信奈の部屋~
信奈「犬千代、キリトはどう?」
犬千代「・・・まだ寝てる」
犬千代はキリトの横で大人しく座っていた。ただ、犬千代の頬に涙の跡があったのを信奈は気付いた。その涙の意味はなんとなくわかっていた。
信奈「・・・・・・」
犬千代「・・・・・・」
五右衛門「報告にござる・・・」
沈黙を破って五右衛門が帰ってきた。五右衛門の話によると、今川軍の先鋒松平軍は丸根、鷲津の両砦を陥落させ尚も進軍中、そして今川本陣は桶狭間にて休息中らしい。
桶狭間ならば奇襲には申し分ない。あとは天候次第だが、休息もいつ終わるかわからない。もう考えている暇はなかった。
人間二十年下天のうちをくらぶれば
夢まぼろしの如くなり
ひとたび生を享け滅せぬ者のあるべきか
覚悟を決めた信奈は、眠っているキリトに誓う。
信奈「生きて戻ってきたら、聞きたいことがいっぱいあるんだから!」
~熱田神宮~
信奈の突然の出陣に、付いてこられたのは200人程。後続を待つ信奈は、空の雲行きを見て確信した。「これは天気が崩れる」と。
信奈「あたしは神なんて信じない!アンタが乱したこの世の中を治めるのはあたしよ!いるんだったらちゃんと見てなさい!!」
その瞬間雷鳴が光った。
信奈「へぇ、神っているんだ。」
長秀「姫様!これは吉兆にございます!100点です!」
奇襲の舞台は整った。
信奈「全軍!桶狭間にいくわよ!!出陣!!!」
~桶狭間~今川本陣
義元「ほーっほっほっほ。優雅に宴を開いている間に戦に勝利する。これこそ貴族の戦ですわ!ほーっほっほっほ」
家来「姫様・・・雨が降ってまいりました!」
義元「うぅぅ・・・ワタクシの優雅なひとときを邪魔するなんて・・・」
義元は完全に油断していた。織田家との戦などすぐに終わってのんびりと京に上洛するつもりでいた。しかし・・・
「奇襲!!!織田軍の奇襲ーーー!!!」
義元「なんですってぇぇ!?誰か!誰かある!!」
兵たちは雨をしのぐために幕舎にはいっていたため、対応が遅れていた。
不意をつかれた今川本陣は一気に総崩れとなった。
信奈「義元・・・あんたもここまでよ!」
義元「ひぃぃぃ・・・おたすけを・・・おたすけをぉぉ!」
信奈「ねぇキリト・・・アンタならどうする?」
義元「・・・??」
信奈「ふふふ・・・殺しはしないわ。大人しく降伏なさい!」
義元「こ・・・降伏します!降伏してあげますぅぅ!!!」
こうして今川義元は織田に降伏。そして松平はその退却の折に岡崎城を制圧。松平は独立した。
~清州城~キリトの家
キリトはねねと縁側で佇んでいた。目が覚めて信奈の部屋にいたときは焦ったが、犬千代に説明を受けて納得し、信奈達の帰りを待つため帰宅した。
道三を救う為に何人もの人をこの手で殺してしまった。その後、信奈の腕の中で気を失った。
家に帰ったとき、道三が会いにきていた。道三は、キリトが戦場で初めて人を殺めたことを知り、キリトを気遣った。
キリトが人を殺めたのは初めてではない。SAOではきっと何人も知らずにころしていたのかもしれないし、「月夜の黒猫団」のメンバーはキリトが全員殺したようなものだった。
どれだけの理由があっても、どれだけの大義があっても、人を殺したことにかわりはない。きっとこのまま戦に関われば、もっと殺めていくことになるだろう。割り切って戦ったのに、それを受け入れられずにいた。
そんなことばかりが頭を埋めていた。
五右衛門が桶狭間の奇襲成功の旨を伝えにきた。
そんなときだった。
五右衛門「そして・・・・」
ピカアァァァァァァ
キリト「な・・・なんだ!?」
ねね「眩しいでござる!!」
キリトの家の庭の中央に突然光が現れた。
その光がおさまると、そこには一人の女の子が立っていた。
女の子「・・・・ふぅ・・・・」
キリト「え・・・・・お前・・・・・スグ!?」
スグ?「へっ?ここは・・・・・お・・・お兄ちゃん!?」
庭に現れたのは、昔見たよりも少し成長しているが、昔からかわらない黒髪でおかっぱ、しばらく見ないあいだに発育のよくなっている胸、中学のジャージを部屋着にしている女の子。その面影は変わらない。間違いなくキリトの妹「直葉」だった。