ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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始まりの仕掛け

 

 

 

 

 紅魔館、大図書館。これまでハルケギニアで、長らく顔を突き合わせていた連中が中央広場のテーブルを囲んでいた。パチュリー・ノーレッジ、霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイド、比那名居天子、永江衣玖、射命丸文、鈴仙・優曇華院・イナバ。さらに関わりのあったレミリア・スカーレット、フランドール・スカーレット、十六夜咲夜、紅美鈴もいる。

 彼女達の視線の先にはスクリーンが広げられており、テーブルの上の水晶玉から映像が映し出されていた。トリステイン魔法学院の光景が。

 

 魔理沙がひとしきり笑った後、茶菓子を摘まみながら話し出す。

 

「ルイズ、ひでぇな。馬糞使うとか」

「あれって、あなたの影響じゃないの?ロンディニウムで下水使ったヤツ。あれのせいでしょ」

「クソ繋がりってか?けど、あれ、タバサが考えたんだぜ。私じゃねぇ」

「あれ?そうだったかしら」

 

 アリスは間違ったにもかかわらず、涼しい顔で紅茶を口に含んだ。次に文が解説者のように語り出す。メモ帳を仕舞いながら。

 

「それにしても、私達の時の影響が意外に残ってましたね。ルイズさんは拳法使ってましたし、キュルケさんもルイズさんに好印象持ってたようですし」

「そうでしたね!特に私の拳法が!」

 

 美鈴は颯爽と文を指さし、いい事言ったという仕草。しかもかなり嬉しそう。

 確かに、先ほど見たルイズは、拳法家と言っても遜色ないもの。もちろん幻想郷の人妖と過ごしてきたときに、日々鍛錬は積んでいた。しかし、再スタートとなった今のハルケギニアでここまで影響が残るとは、誰にとっても予想外だった。

 天子が頬張ったクッキーを、一気に紅茶で流し込む。

 

「別にいいんじゃないの?ルイズ達といろいろあったのが、綺麗サッパリなくなるよりは」

「おや?意外にハルケギニアに思い入れがあったのですね。総領娘様は」

「ん~、悪くはなかったわ。いい時間潰しだったし」

「そうですか」

 

 衣玖の返事は、いつもと変わらぬそっけないもの。ただ、感慨深げな様子を覗かせる天子を見ていると、口元が自然と緩んでいた。そんな竜宮の使いの隣では、鈴仙が口元を少し歪める。

 

「でもこれじゃ、ヒラガ・サイトは立つ瀬ないんじゃないかしら?ルイズがあんなに強いんじゃ」

「いいじゃない。強いってのは、それだけで素晴らしいのよ」

 

 レミリアは満足げ。強者こそ真理と言わんばかりに。彼女の脇からは、空になったカップに咲夜が紅茶を注いでいた。隣のフランドールの方は、茶菓子のお代わりを要求。そんな同居人を他所に、パチュリーがつぶやく。

 

「遠からず、ヒラガ・サイトもガンダールヴの力を意識するようになるだろうし、つり合い、取れるんじゃないの?」

「それでも原作みたいに、ヒロインを守るナイト、って訳にいかないんじゃない?」

 

 玉兎の問に、意外な所から答が出てきた。この中で唯一の男性の声で。

 

「こういうのも嫌いじゃないぜ。なんか背中を預けられる同士って感じでさ」

「デルフリンガーは、それでいいんだ」

 

 鈴仙がその名で呼んだ大剣が、テーブルの端の椅子に置かれていた。平賀才人の相棒、インテリジェンスソードのデルフリンガーだ。本来、『ゼロの使い魔』の世界の中の住人である彼がこの場にいた。だがそれを一同の誰もが、気にしていない。むしろ当然という様子が窺える。

 そんな彼に魔理沙が疑問を一つ。

 

「お前さ。なんで人型取らねぇんだ?付喪神ならなれるだろ」

「ポリシーだ。ポリシー。俺は剣だからな」

 

 白黒に続くのは人形遣い。

 

「その割には、ふわふわ飛ぶのね」

「そうじゃねぇと、移動できねぇだろ。こっちじゃ。俺を運んでくれる健気なヤツは、一人もいねぇし」

 

 なんとも中途半端なポリシーにアリスは、呆れ気味に鼻で笑う。剣を自認している割には、妖怪の力である飛行能力は構わず使っているのだから。

 

 しばらくして場が落ちつきを見せると、パチュリーがカップをソーサーに置く。そしてデルフリンガーへと視線を向けた。普段通り眠そうに見えるが、その瞳にはいつもの淡泊さが消え失せていた。

 

「一つ聞きたい事があったのだけど」

「なんだよ?」

「なんであなたは、記憶を残すよう"彼"に頼んだの?」

「……」

 

 ここでパチュリーが言っている記憶とは、原作での6千年前の記憶ではない。付喪神として生まれてから、今までの記憶だ。すなわち、付喪神『ゼロの使い魔』や幻想郷の人妖達と過ごした日々だ。今のハルケギニアで生活している彼等は、完全とはいかなかったが、一様に以前の記憶を失くしている。新な"人生"を始めている。しかしデルフリンガーだけは違った。

 

 間を置くために、紅茶を飲みたい気分に襲われるインテリジェンスソード。しかし剣の姿では飲める訳もなく、一呼吸挟む。

 

「そうだな……。あんたらの言う楽屋。あっちに残ったもう一人の相棒の相手をしてやるためかな」

「平賀才人……『ゼロの使い魔』の?」

「ハルケギニア、あの世界を一人で管理してんだ。しかも今度は、物語は繰り返さねぇ。つまり、ルイズの嬢ちゃんとは二度と会えないんだ。話し相手が一人くらい居ないと、なんだ、寂しいだろ」

 

 デルフリンガーに脳裏に、あの日の光景が呼び起こされる。ルイズと共に、世界の裏側にいた平賀才人と話し合った光景が。

 

 

 

 あの日。幻想郷の人妖達が楽屋と呼んでいた、世界の裏側に入った日。一般住宅の一室に見えるその部屋。水槽がいくつもある中、パソコンの前に彼は座っていた。平賀才人が。付喪神『ゼロの使い魔』の核というべき存在が。ルイズはデルフリンガーと共に、彼と向かい合っていた。自分達のこれからのために。

 才人が答を求める。先ほどのルイズの言葉。"今の私達の人生を始める"という意味を。

 

「それで、どうすんだよ」

「まず、サイトには"神"になってもらうわ」

「それはデルフから前に聞いたけどさ。こう言っちゃなんだけど、今と違うのか?今でも、ハルケギニアにある程度干渉できるぜ」

「それは重要じゃないの。神になると身体がいくつも持てるのよ」

「いくつも?」

「"分霊"よ」

 

 日本の神々は、神霊を分離する事が可能だ。そうやって分社を持つことができる。これが一つの神が、複数同時に存在できる理由だ。実際、神奈子や諏訪子は、守矢神社の本社と博麗神社の分社に同時に存在できる。そしてこの『ゼロの使い魔』の世界は、幻想郷に存在し、幻想郷は日本にあった。

 

 才人は予想外の方法に感嘆を漏らす。しかし、すぐに渋い表情を浮かべた。

 

「気安く神になるなんて言うけど、どうやるんだよ。新興宗教でも開くのか?」

「一つ設定を加えて欲しいのよ」

「なんだよ?」

「実は平賀才人は、ブリミルの生まれ変わりだって」

「え?」

「すでに始祖ブリミルへの信仰はあるわ。この設定で、信仰はあなたにも集まる。信仰は神の証よ」

「分かるけど……、なんか抵抗あるな」

 

 ここでデルフリンガーが言葉を付け加える。

 

「ものは考えようだ。これはアリスの受け売りなんだがな。お前もブリミルもイレギュラーな存在だ。虚無の使い手や使い魔は何人もいるが、異世界から来たってのはお前だけ。その異世界への扉を開いたのはブリミルだ。関係あるってのは、それほど不自然ってもんじゃないだろ?それにブリミルは最終的には失敗して、将来に禍根を残した。来世で、自分の咎を償うってのはありそうじゃねぇか?」

「……」

 

 しばらく黙り込む才人。やがてうなずいた。選択肢は他にないのだから。

 

「分かったよ。それで神になって二つの体を持って、一体はハルケギニアへ、もう一体はここで世界を管理し続けるって訳か」

「まだよ。そのままだと、まさしく現人神としてサイトはハルケギニアに立つ事になるわ。でも私は、人としてのサイトと居たいの」

「……。確かにそうだ。そうだよな」

 

 噛みしめるように才人はつぶやく。ルイズは慎重に話を続けた。

 

「サイトを二人にするわ」

「分霊と違うのか?」

「違うわ。双子になるって言った方がいいかしら。なんか変に思うかもしれないけど」

「十分変だぜ。でも、できるんだな」

「私はそう聞いてる」

 

 ルイズは、パチュリーからの説明を一つ一つ思い出しながら語る。

 

「分霊して、二体になったあんたの内一人は、守矢神社で修行してもらうわ。世界を支えるには弱すぎるからって」

「あ~……。それは……あるかも……」

 

 妖怪達の妖気に当てられて、世界が操作不能になっていったのを思い出す。

 彼女の話は続いた。

 

「もう一人は、寺に入ってもらうわ。命蓮寺とかいうお寺だって」

「寺?なんで?」

 

 答はデルフリンガーから。

 

「そっちのヤツは、地蔵になってもらうんだわ」

「お地蔵さま!?なんで?てか、できんのか?」

「その辺りも、日本だからこそだそうだ。いろいろと神やら仏が混ざる国なんだと。七福神の大黒様も、密教の大黒天とオオクニヌシノミコトが混ざっちまったもんなんだそうだ 」

「そう……なのか……」

「んで、なんで地蔵になるかなんだが。地蔵はよく道祖神としても祀られてた。このせいか、人に化けて村人を助けるって逸話が多くてな。しかも奇跡めいたもんじゃなくって、臨時アルバイトみたいな事しかできねぇんだわ」

「それで人になるって訳か」

「正確には、人に限りなく近いものだけどな」

 

 これが以前、魔理沙が考えた策だった。ただ、アイデアレベルだったので、専門家に確認を取ったのだった。その専門家とは神と僧。行く先は守矢神社と命蓮寺だった。

 

 最後にルイズが告げる。

 

「そして守矢神社に行ったあんたは、そのまま神として世界を管理する事になるわ。命蓮寺に行ったあんたは人の姿の地蔵として、ハルケギニアに立つ事になる。その時点で、二人の繋がりは切れるの。つまりヒラガ・サイトの名を持つものが二人になる」

「双子になるってのは、そういう意味か……」

「ええ。ただ一つだけ考えてもらいたいものがあるのよ」

「なんだよ?」

「世界を管理する方は、もう二度と私達と会えないわ」

「お前と俺が、ハルケギニアで暮せるようになるんだからな。物語を中断して、また最初から繰り返す理由はない……か」

「うん。だから私は、この場所に戻って来る事はないわ。その……つまり、覚悟を決めてもらいたいの。二度と会えないって」

 

 戸惑ったまま、後頭部を軽く掻く才人。言われている意味は分かるが、実感が湧かない。

 

「そう言われてもなぁ。今の俺は一人だし」

「変な事聞いてるのは分かってるけど……。でも、知っててもらいたいのよ」

「分かったよ。俺はルイズと普通に暮らしたいし。その二人は、どっちも俺なんだから。俺が覚悟を持ったら、二人になったってそれは変わんないさ。って言っても、やっぱ変な感じだよなぁ」

 

 才人は笑いながら言う。それに釣られるように、ルイズも笑みを浮かべていた。しかし彼女には分かっていた。他愛のないかのような仕草を見せる才人が、もう覚悟を決めた事に。

 

 すると付喪神『ゼロの使い魔』は、スムーズに椅子を半回転させる。パソコンに向う。そしてキーボードとマウスに手を置いた。

 

「んじゃ、さっそく始めるか。妖怪達は外で待ってんだろ?」

「ええ、後はサイトが外に出るだけよ」

「分かった」

 

 そして彼は入力する。新たな設定を。この世界が、本当の意味で世界として始まるために、ルイズと共に生きるために。

 

 

 

 紅魔館の大図書館。剣の名を呼ぶ声が繰り返されていた。

 

「デルフリンガー、デルフリンガー」

「ん?」

「何、考え事?」

「ん……まあな。で、なんだ?」

 

 我に返ったインテリジェンスソードは、紫寝間着に聞き返す。魔女は相変わらずの、覇気のない表情だが、わずかに頬がゆるんでいた。

 

「彼は誰にも会えないって訳じゃないわよ」

「え?だって、楽屋から出る訳にいかないだろうが」

「出る必要なんてないわ。そのまま自分から、会いに行けばいいのよ」

「ちょっと待て。どうやるんだよ?」

「だって神なんだもの。分霊はいくつも持てるわ」

「あ」

 

 デルフリンガーは思い出す。持てる分霊は一つではないと。つまりハルケギニアを管理しながら、幻想郷を歩き回るのは可能だ。

 魔理沙が楽しげに口を開いた。

 

「実はな。もう守矢神社に、『ゼロの使い魔』の分社がもうあるんだわ」

「そうなのか……。けどいいのか?一応、ブリミル教の寺院って事になるんだろ?」

「あそこには最初から神が三柱もいるぜ。もう一柱くらい増えても構わないんだろ。早苗なんか後輩ができたって、喜んでたぜ」

「後輩かよ……。まさか、ハルケギニアに守矢神社の分社建てようってんじゃないだろうな」

「さあな。けど神奈子達なら、やりかねないぜ」

「冗談じゃねぇ。宗教戦争なんて勘弁してくれ」

 

 呆れた声を漏らすデルフリンガー。もっとも人妖達も、話半分にしか聞いていない。

 

 インテリジェンスソードは、ふと尋ねてくる。

 

「あんたらはこれからどうすんだ?」

「ん?せっかくダゴン呼び出す魔導書が揃ったから、召喚実験する予定よ」

 

 返事をしたのはアリス。もう意識の方は、次のものへ移っていた。あの『ゼロの使い魔』の件も、日々起こるちょっとした騒ぎだったかのように。

 

「ダゴンか……」

 

 懐かしい響きに、デルフリンガーは感慨深げに漏らす。全ての始まりは、悪魔ダゴンの召喚実験からだった。ただ彼が聞きたかったのは、それではない。

 

「そうじゃなくって、こっちに来るのかって話だ」

「行かないわ。時間ないし。精々、暇つぶしにハルケギニアを覗くくらいかしら」

「そっか」

「来てもらいたいの?」

「やめてくれ。今、来られちゃ面倒になる」

 

 デルフリンガーは即答。だが天子が、胸を張りながら不敵な視線を向けてきた。

 

「ま、気が向いたら行くから」

「今の話、聞いてなかったのかよ」

「そんなもん、私が気にすると思ってんの?」

 

 首があったら、項垂れるしかないインテリジェンスソード。少しは人の話に耳を貸すようになったと思っていた天人は、相変わらずだったと。

 するとパチュリーから、少しばかり楽しげな声色が漏れてくる。

 

「そうね。でもそうだとしても、かなり先になるとは思うわ」

「かなり先か……」

 

 デルフリンガーは一言漏らすだけ。かなり先なら、それも悪くはないという気持ちが言葉から漂ってくる。

 

 ほどなくして、インテリジェンスソードが宙へと浮き始めた。

 

「そんじゃ、そろそろ帰るわ。俺も連中と合流しないといけねぇし」

 

 剣は高く飛ぶと、本棚へと向かう。それを見送る一同。

 

「ルイズ達によろしくな」

「飛べないフリふりくらいは、しときなさいよ」

「……」

「たまには、取材させてもらいますから」

「あんたの相棒に、ガンダールヴでチクチクさせた借りがまだあるから、覚えとけって言っといて」

「総領娘様には、説法をサボった罰があるのでしばらくは安心できますよ」

「ルイズに恥をかかせないように、気合いを入れる事ね」

「んじゃね」

「ルイズ様達の事を、お願いします」

「鍛錬は続けてこそと、ルイズさんに伝えといてください」

「もし薬がいるんだったら、用意はしとくから」

 

 各々は勝手な事を言いながら、デルフリンガーを見送った。彼等の新たな生涯に、様々な意味で期待しながら。

 

 

 

 


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