ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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ラストスタート

 

 

 

 

 幻想郷の人妖達とデルフリンガーの目の前にあったのは、空間に開いた入り口。その先にあるのはフローリングの一室。この世界『ゼロの使い魔』の裏側だ。彼女達は今からそこへ向かおうとしていた。本当の意味で、ルイズ達がこの世界で生きるために。その大きな鍵となるのが、この世界の管理人とでも言うべき平賀才人。これから彼との交渉に向かおうという訳だ。ただこれには一つ条件があった。幻想郷の人妖達は、直接、平賀才人と会ってはならないと。

 

 パチュリーが使い魔へ、視線だけ向けてきた。

 

「こあ、ルイズ、連れてきて」

「え?ルイズさんをですか?」

「平賀才人と直に会えないんだもの。仲介人を立てないとね。まあ、元々、彼を説得してもらうつもりでもあったから、ちょっと役割が増えただけよ」

「はい」

 

 こあは彫像のように動かないルイズを抱える。

 

 全員が空間に開いた裂け目の前に集合。魔理沙が不敵な笑みを浮かべ出す。それはもう楽しげに。

 

「いよいよ、宝の部屋に突入だぜ」

「宝なんてある訳ないでしょ」

 

 脇からアリスの冷ややかなツッコミ。

 

「例えだ、例え。やっと見つけた入り口だぜ?ワクワクしねぇか?」

「一応、ルイズ達の将来がかかってんのよ」

「分かってるって」

 

 そう言いながらも、高揚感を抑えられない魔理沙。空間の裂け目へ先頭を切って進む。その後にアリスが続いた。それから他のメンバーが次々と入って行く。ダゴンとデルフリンガーも入り、最後は天子。同時に緋想の剣を、空間から抜く。その直後、裂け目は表の世界から消え去った。

 

 ジオラマのあるフローリングの部屋に入り、興味津々に周囲を見回す一同。そんな中、突然ダゴンが倒れた。鈴仙が咄嗟に手を差し伸べる。これも薬師の弟子の性ゆえか。

 

「ど、どうしたの!?」

「なんでもねぇよ」

 

 デルフリンガーの平然とした返事。

 

「こいつはただの操り人形、ハリボテだ。楽屋に入れば動かない。それだけさ」

「そうなんだ……」

 

 納得しながらも、収まりどころの悪そうな玉兎。分かってはいたが、無言ながらもついさっきまで普通に動いていた悪魔が、実は中身空っぽな存在と思い知らされて。

 だがそんなものは、すぐに吹き飛ばされた。

 

「始祖ブリミルが……。え……?あ!?ここ……!何で!?」

 

 マネキンのように動かなかったルイズが声を上げていた。悲痛な響きを伴って。

 

「デルフリンガー!またダメ……」

「落ち着いて。ルイズ」

「パ、パチュリー!?みんな!?ど、どうやってここに?」

「簡単に言えば、黒子を探してたらこの世界の全てを解明してしまったのよ。ここにどうやって入るのかもね。あなたの方も、全部思い出したようね」

「え……うん……」

 

 気まずそうにうなずくルイズ。パチュリーの方はルイズの様子を気にするそぶりも見せず、普段通り。あたかもここが、いつも雑談をしていた学院の寮かのように。

 

「さてと。前にも言ったけど、黒子の説得をお願いするわ」

「黒子って……その……」

「正体はもう分かってるわ。平賀才人でしょ?」

「うん……」

「そしてあなた達は、中断してしまったこの世界を、なんとか先に進めようとしている」

「うん……」

「私達はその方法を見つけてるのよ」

「え!?本当!」

 

 小さくなっていたルイズが、弾けるように顔を上げた。そこには驚きと共に、溢れてきた期待があった。

 七曜の魔女は、落ち着き払ったまま続ける。

 

「でもデルフリンガーの話だと、私達が直に会う訳にはいかないらしいのよ。だから仲介役が必要なの」

「……。分かったわ」

 

 ルイズは真っ直ぐパチュリーを見ると、強くうなずいた。ついに自分達が追い求めたものに手が届くのだ。断る理由などない。何よりもルイズは信じていた。目の前の友人たちを。幻想郷で、ハルケギニアで彼女達と過ごした日々。あれは確かに存在し、そしてルイズを確実に変えていた。

 意を決した顔付きで、ルイズはデルフリンガーを掴む。この世界を進めようと、今まで共に力を合わせた仲間を手にする。デルフリンガーは黙ったままだが、不思議と彼にも決意のようなものを感じられた。

 

 やがて部屋を出る一同。見えたものは、外の世界の一般住宅の廊下。いくつものドアが並んでいる。部屋数は多そうだ。廊下の両端はどちらも曲がり角になっており、先は分からない。

 天子が何の気なしに、隣部屋のドアを開けた。

 

「どうなってんの?」

「総領娘様!」

 

 衣玖の叱責が飛ぶが、意に介さず。『ゼロの使い魔』の世界の裏側というデリケートな空間にいるにもかかわらず、相変わらずマイペースの天人。

 開いた扉から覗き込む。横から魔理沙も首を突っ込んでいた。目に映ったのは、いくつもの水槽が置いてある部屋。

 

「なんだこりゃ?金魚屋か?」

 

 部屋に入った魔理沙が、真っ先に思いついたのはそれ。パチュリーも部屋に入り、分析するように視線を部屋中に流した。

 

「なるほどね」

「何がなるほどなんだよ」

「作者はアクアリストって聞いてたのよ」

「アクアリスト?」

「分かりやすくいうと、魚を飼うのが趣味」

「初めからそう言え」

「こういう水槽を、仕事場にたくさん置いてたそうよ」

 

 アリスもいくつもの水槽を眺めながら、納得げに言う。

 

「つまりここは、『ゼロの使い魔』が生まれた場所の再現って訳ね」

「中断したこの世界を進めようとしてる場所なんだから、ある意味相応しいかもね」

 

 思う所があるのか、感慨深げに部屋を眺める一同。

 

「ちょっと来て!」

 

 突然、鈴仙の呼ぶ声。招き寄せる仕草をしながら。釣られるように全員が彼女の側に寄る。すると何故鈴仙が騒いだがすぐわかった。見知った人物がいたのだ。眠りこけている男が。

 衣玖が記憶の底から名前を掘り起こす。

 

「確か……メンヌヴィルでしたっけ?」

「だな」

 

 うなずく魔理沙。アリスもすっかり忘れていた彼の顔を思い出していた。

 

「パッタリ姿を見なくなったと思ったら、こんな所にいたなんてね」

 

 意外そうに彼を見ていた人妖達の耳に、デルフリンガーの言葉が届く。

 

「こいつはコルベールとの闘いで、退場するハズだったからな。けど、トラブルが起こって外に出ちまった。こっちに戻って来たのはいいが、ハルケギニアにまた出す訳にもいかないって事で、ここに押し込められたって訳さ」

「出番終了だから、控室で待ってろって?」

「そんな所だ」

 

 この世界は付喪神。表舞台であるハルケギニアで死んでも、それは本当の死ではない。そのため退場した者は、ここ、世界の裏に戻された。人妖達が楽屋と呼んでいたその名の通り、控室的な意味があった。

 

 インテリジェンスソードのコメントをメモに取っていた文。何かを思いついたのか、記者然として尋ねてくる。

 

「デルフリンガーさん。メンヌヴィルさんには、私達は会っても構わないんですか?」

「もう散々会っちまったからな。今更だ」

「では、平賀才人さんに会ってはいけない理由はなんです?」

「何度か記憶の改変とかがあったろ?」

「はい」

「あれは相棒が、表の世界に直に手を加えてたんだ」

 

 明かされた真相自体は人妖達の予想通りだが、一つ気になるものがあった。アリスがそれを口にする。

 

「そうそう。いっつも起こってた地震。あれ何?」

「相棒はこの世界の支柱みたいなもんさ。柱が動きゃ、支えてる舞台も揺れる」

「なるほどね。いろいろ出来る割に、仕掛けた回数が少ないのそのせいなのね」

 

 記憶の改変など、不可解な現象が起こる度に発生していた地震。平賀才人自身が動いた証であると同時に、彼がおいそれと動けない事も意味していた。柱が常に動いていては、舞台上に何が起こるか分からない。やはり平賀才人は、この世界では神というより管理人に近い立場だった。

 

「あ!」

 

 不意に、声を上げる者が一人。天子だ。デルフリンガーを鋭く指さす。これから文句を百個並べてやろうかという態度で。

 

「ガンダールヴのルーン!チクチクさせてたヤツ!何あれ?地味にムカついたんだけど」

 

 天子のガンダールヴのルーンはだんだんと削れていき、最後は完全に消滅した。その間、たまに痛みを伴って削れる事があった。頑丈で知られる天子。打撃などの痛みはなんとも思わないが、この時のかさぶたが取れるような痛みは、あまり味わいたくないものだった。

 デルフリンガーが、申し訳なさそうに答える。

 

「あれな。相棒も、ああなるなんて思ってなかったんだよ。ルイズと契約した時、実はあんたにガンダールヴの力を与えようとしたんだ。虚無の担い手とガンダールヴが、世界を救うんだからな」

「ガンダールヴの力なんて、感じた事なかったけど」

「上手くいかなかったのさ。精々、ルーンを貼り付けるのが精いっぱい」

「当然ね。天人さまに干渉しようなんて、1000年早いわ」

 

 出るもののない胸を張って勝利宣言の天子。こんなものに勝ち誇っている彼女の背へ、衣玖から呆れ気味な視線が刺さる。ハルケギニアの経験で多少変わったと思っていたが、この辺りは相変わらずと思いながら。

 インテリジェンスソードの方は、気にせず進めた。

 

「なんとか貼り付けてたルーンだが、相棒が力を使う度に安定感を失って削れてった。特にガンダールヴに関わる力を使ったときには。本来、ガンダールヴは相棒だからな」

「ふ~ん……。それでか」

「そんな訳だ。相棒の代わりに、謝っとく。すまなかったな」

「え……。ま、まあいいけどねー。あの程度、なんともないし」

 

 いきなり謝罪を口にされ、虚を突かれたのか。狼狽え気味の天人。気にするなと言わんばかりに、天子は大げさに頑丈さをアピール。彼女の後ろでは、全く変わってない訳でもないかと衣玖が表情を緩めていた。

 

 場が落ち着くのを待ち、デルフリンガーは話を戻す。

 

「とまあ、相棒は表舞台にいろいろと手出してたのさ。ところが、どうにもならないもんがあった」

「記憶が残った人達ですね」

 

 文がペンを走らせながら一言。

 

「あれは、あんたらの妖気に当てられたせいだ。何度か会ってる内に、まるで結界に包まれたみたいになっちまった。おかげで、まるで手が出せなくなった」

 

 デルフリンガーは神妙な口ぶりで言う。ここで、納得いかないと前に出てくる魔理沙。

 

「おいおい。術かけた訳でもねぇのに、会っただけで妖気に当てられるなんてあるか?」

 

 幻想郷ではまず考えらえない現象だ。会っただけで、相手がどうかなるなどとは。妖精ですら、そんな事はない。すると脇からパチュリーの解説が入る。

 

「この世界には、人間や妖魔、精霊、動物や木々とかいろいろいるけど、その数は膨大よ。けど、元は生まれたばかりの一つの付喪神。だから、個々の気が小さすぎるのよ」

「へー、それでって訳か」

 

 腕を組みながら白黒は納得する。すると鈴仙が顎に指を添えつつ、一つ考えを口にした。

 

「もしかして平賀才人に会わせたくないのも、彼も同じように気に当てられるからって話?」

「ああ。そうならないかもしれねぇが、あいつはこの世界の柱だ。万が一にも、トラブルを起こす訳にはいかないのさ」

「だからなのね。私達を邪魔してたのって」

「それもあるが、他にも不都合があったんだ。あんた等が動けば動くほど、気に当てられる範囲が広がってく。しかもあんたら、かなり自由に動き回ってたから余計にな。あのままじゃ、ハルケギニア全体に影響が広がる可能性があった。そんな状態じゃぁ、結末にたどり着けるのかも怪しくなった。だから、なんとか話の筋を外さないようにしながら、あんた達をハルケギニアからおっぽり出そうと考えた」

 

 すぐパチュリーの脳裏に、思い当たるものが浮かぶ。

 

「転送陣壊したのは、それが理由?」

「ああ。あの時点で、かなり人数が減ってたからな。とりあえず増えるのを防いだ訳さ。最終的には、ジョゼフとの戦闘で全員追い出せた。まあ、ありゃぁ結果的にだけどさ」

「あなた、あの時、慌ててたものね」

「世界を壊さないように、いろいろ手打ってたんだ。けど、穴が空いちまった。そりゃ慌てるさ」

 

 デルフリンガーに肩があったら、竦めているかのような言いよう。

 

「なるほどね。その後、やけに話が早く進んでたのは、それでって訳」

「あんた達の影響が広がる前に、出来るだけ早く結末にたどり着きたかったんだよ」

「随分と雑なやり方だったけど」

 

 皮肉交じりに一言挟む七曜の魔女。インテリジェンスソードは渋そうに黙り込む。すると水槽を覗きこんでいた天子が、鼻で笑っていた。

 

「会っただけで気に当てられるかもとか、世界背負ってるくせに弱すぎでしょ」

「仕様がないでしょ!それでも、サイトは頑張ってきたのよ!」

 

 ルイズの叫びにも似た声が出てくる。本気で怒っている彼女を前に、天子は気まずそうに視線を逸らした。そんな天人の肩を、魔理沙が軽く叩く。

 

「天子、そう言うなって。逆に言やぁ、なおさら私等の手に乗った方がいいって話になるぜ」

「そうよね」

 

 アリスは小さくうなずいた。魔女達の言葉に、困惑気味に眉間を狭めるルイズ。デルフリンガーにも今一つ分からない。彼女達の真意が。

 やがてパチュリーがルイズの方を向いた。真っ直ぐに。いつもどこか冷めた様子の彼女。だが今は、珍しく瞳に力が籠っていた。

 

「さてと、だいたい事情は分かった所で本題に入るわ。ルイズ。あなたには平賀才人に、私達の提案を受け入れるように説得してもらうわ」

「分かったわ。それで提案って何?」

「それは……」

 

 七曜の魔女の長い話が始まった。

 

 

 

 

 

 扉が開いた。ルイズとデルフリンガーの目に映ったものは、他の部屋にもあったたくさんの水槽。だがこの部屋は一つだけ違うものがあった。パソコンだ。その前にある椅子にパーカーを着た黒髪の人物が座っていた。二人がよく知っている少年が。

 ルイズは息を飲むと、気持ちを引き締める。

 

「サイト」

 

 ずっとその名を口にしたかった。それほど彼女にとっては、掛け替えのない名だ。しかし、今、出たそれは、とても恋い焦がれた相手の名を呼んだ響きではなかった。そこには緊張感すら漂っていた。自分達、この世界の全てがこれで決まる。そんな覚悟が籠っていた。

 ルイズは大きく深呼吸すると、言葉を続けようとする。だがそれを遮るように、脇から軽い調子の声が挟まれた。

 

「相棒。あ~、なんだ。先に謝っとく。悪かったぜ」

 

 デルフリンガーだった。遊びの待ち合わせに5分ほど遅刻してきたかのような、気軽なもの。

 

「いや~。お前に、最後まで付き合うって言っておきながら、途中で降りちまった。だけどよ~、こっちにもいろいろあったんだぜ」

 

 思いっきり場違いなデルフリンガーの話しぶりに、覚悟が吹き飛んでしまうルイズ。何をしに来たのか、一瞬忘れてしまうほど。そんな彼女へ、インテリジェンスソードが小声で一言。

 

「何、固くなってんだよ。王様に謁見しに来たんじゃねぇぞ。相手はヒラガ・サイトだぜ」

「……。そうね、そうだったわ」

 

 背中を押されたのか、ルイズから固さが抜けていく。身を縛っていた緊張がほどけていく。才人といっしょにいた時。それがどんなものが思いだしたかのように。普段と変わらない、気が強いが、少し寂しがり屋のちびっこピンクブロンドがそこにいた。

 

「サイト。ちょっと、こっち向きなさいよ。話があるのよ」

 

 すると少年が座っている椅子が、ゆっくりと回り始めた。そして正面を向いた。二人と顔を合わる。何年も会っていなかったような高まりが、胸に湧き上がる。

 わずかな間、二人は見つめ合っていたが、才人が気まずそうに視線をずらし、頭を掻きだした。やがて意を決したのか、口を開こうとする。だがこっちが先だと言わんばかりに、ルイズが話し始めていた。腰に手を当て、いかにも怒っているという態度で。

 

「もう、こっちは散々引っ掻き回されたわ」

「えっと……ルイズ?」

「パチュリー達の話を素直に聞けば、こんな面倒な話にならなかったのに。あんたって、強情な時はホント強情よね。世界の管理人なんて立場になっても、そこん所は全然変わんないわ」

「ちょ、ちょっと待てよ。俺にだって事情があるんだよ」

 

 必至になって言い訳しようとする才人。それをルイズは懐かしげに眺めていた。他の女の子に言い寄られた時や、自ら危険に飛び込もうとする時、何度もルイズはこの顔を見た。

 フローリングの床、部屋の隅の置かれた空気洗浄機、いくつも並ぶ水槽、天井にある照明、そしてパソコン。どれもハルケギニアにはないものだが、ルイズには何故かここが、あの自分の寮の部屋にも思えていた。

 

 才人は手振り身振りで、いろいろと理由を並べていた。

 

「……。だから、妖怪達の妖気があそこまで強いなんて、思ってなかったんだよ。あそこまでフリーダムとも思わなかったしさ……。けど、他に方法も思い付かなかったしよ……」

「うん。そうね。その通りだわ」

「え?ルイズ?」

「サイトはがんばったわ。がんばった」

 

 平賀才人は、本来は頭より体が先に動いてしまうような性格だ。それが世界の管理などという厄介な立場になってしまったのだから。しかも、守るべき世界の大地を踏む事ができない。彼にしか分からない苦悩があった。それだけは、ルイズもデルフリンガーも分かち合えない。

 

 彼女の言葉を耳に収めた才人は、口を強く結び堪えるように俯いていく。強く組んだ手には爪の後が刻まれる。心なしか、その瞳は潤んでいるようにも見えた。

 この世界をたった一人で維持し続けていた、ある意味神とも言えるような彼。だが今ルイズ達の目に映る彼は、見た目相応な少年に思えた。

 

 才人はポツリポツリと話し始める。溜まっていたものが、隙間から零れていくように。

 

「気付いたら俺はここにいた。リーヴスラシルになって、これからどうなるのかって思ってたら、パソコンの前に座ってた」

「……」

「最初は、地球に戻れたのかと思ったよ。正直、ちょっとほっとした。けど、不意に思った。ルイズはどうしたのかなって。お前、突っ走る所があるから、俺たちを助けにサハラに向かってるかもって」

「それはこっちの台詞よ。あんただって、どんだけ先走ってたと思ってんのよ。アルビオンから撤退する時とか、タバサをガリアから助ける時とか」

「お前だって、フーケ捕まえる時とか、修道院行っちまった時とかあっただろ」

「……」

 

 ふたりしばらく黙り込んでいたが、同時に笑い声を上げていた。デルフリンガーはそんな二人を、穏やかな気持ちで眺める。

 

「似た者同士だな、お前ら」

 

 懐かしい温かさが三人を包んでいた。だがそれを断ち切るように、デルフリンガーからの落ち着き払った言葉が出てくる。

 

「けどよ。水を差すようで悪いが、そりゃぁ"今"の俺たちじゃないぜ」

「分かってるよ。今ならさ。小説の俺たちと、ここにいる俺たちは別ものだ。あの出来事の先に、今の俺たちがいる訳じゃない。ここにいる、いや、ここに生まれちまったのはまるで違う理由からだ」

「ああ」

「でも、記憶はあるんだよ。やっぱり。いろいろ大変だったけど、楽しかったって。ルイズとデルフ、シエスタやタバサ達やギーシュ達といっしょにいたのは」

「……」

「だから思った。生まれたばかりなら、また始めればいいって。付喪神の俺が人生って言うのは変だけど、人生をやり直せばいいって。話が途中で止まったなら、先に進めればいいだけだって」

 

 それから才人は黙り込む。ルイズは前に足を進めた。そして、うつむいたままの才人の頭を抱きかかえる。

 

「私もよ。私も、そう思った」

 

 彼女の言葉は力強かった。気持ちは才人といつも同じ。そう言いたいかのごとく。そして才人もルイズの背へ手を回す。時間が止まったかのように、二人は抱き合ったまま動かなかった。やがてルイズから離れた。才人の肩に手を置く。真っ直ぐ彼を見つめたまま。

 

「だからこれから始めましょ。"今"の私達の人生を」

「……そうだな。そうだ」

「みんなから聞いた話、全部話すわ。しっかり聞いてよ」

「ああ」

 

 才人はしっかりとうなずいた。それからルイズは話し始めた。この世界の構造について。彼がどうしてハルケギニアに出現できなかったのかを。やがて本題に入る。二人が共にハルケギニアで生きる方法を話しはじめた。才人は黙ったまま耳を傾けていた。

 心地いい水の音が流れる部屋で、語られる人妖達が考えた手段。それは、かなり手間のかかる方法な上、才人には一つの決断が必要だった。だが彼はそれを受け入れる。そして全てが始まった。

 

 

 

 

 

 長い時間が経ったような気がする。全く異質な世界で鍛錬に励んでいたような気がする。だが、それがどんなものか思い出せなかった。脳裏にあるのは、どれも朧でハッキリしない。だからそれを確認しようと、瞼を開いた。

 ヒラガ・サイトの目に青い空が映っていた。土の香りが鼻を突く。手には触れる草の感触。そして胸元に押し付けるような重みがあった。

 視線を下ろす。見えたのはピンクブロンドの少女だった。倒れているサイトに乗りかかっていた。いや、抱き付いていたと言った方が近い。彼は何故か、それが嬉しくて仕方がなかった。求めていたものをついに手に入れた。そんな気持ちが込み上げてきていた。そして自然と、手で彼女を包み込もうとしていた。

 よく通る音が響く。木霊がするほどに。

 

「え?」

 

 少年の頬に焼けるような痛みが走っていた。少女は立ち上がると、顔を真っ赤にして喚き始める。

 

「な、何抱き付いてんのよ!」

「??」

 

 頬を抑えながら、唖然とするサイト。言っている意味が分からない。

 

「何、言ってんだ!抱き付いてきたのはそっちだろうが!」

「私がそんな事するはずないでしょ!」

 

 ちびっ子ピンクブロンドは、まさしく頭に血を上らせていた。だがサイトも言いがかりを付けられて、黙っている訳にはいかない。さらに反論を並べようとした。だがここで、別の方向からの声が耳に入る。

 

「ルイズが平民、呼び出したぞ!」

「さすがゼロのルイズ」

 

 サイトは声の方へ顔を向ける。見慣れないものが目に映った。マントを羽織った少年少女達が、ずらりと並んでいる。自分達を囲むように。しかもどう見ても日本人ではない。そして次に見えたのは城らしき建物。すると、根本的な疑問が脳裏に浮かぶ。ここはどこだと。そして、どうしてこんな所にいるのかと。

 腕を組み、瞼を閉じ、頭の底を攫う。何か手がかりらしきものがあるような気がするのだが、どうしても出てこない。霧の壁に阻まれているようで届かない。

 

「!?」

 

 突然、妙な感覚に襲われた。気づくと目の前にさっきの少女の顔があった。それだけではない。唇に触れるものがあった。柔らかな感触が。それがキスだと気付くのは、一瞬後の事だった。慌てて後退りするサイト。

 

「な、何しやがる!」

「うるさいわね!私だって好きでやったんじゃないんだから!」

 

 もはや彼には何が何やら訳が分からない。いきなり抱き付いてきたり、引っぱたいたり、キスされたり。だが次の瞬間、そんな混乱は全て吹き飛んだ。強烈な痛みが左手を襲っていた。

 

「い、痛ってぇぇぇぇっ!!」

 

 左手を抑え、歯を食いしばり、なんとか耐えるサイト。しばらくして、痛みは消え失せた。ふと左手を見る。一体何が起こったのかと。すると奇妙なものが手の甲にあった。文字のようなものが。擦ったが消えない。入れ墨でも刻んだかのよう。

 

「なんだよこれ!?」

「ほう……。珍しいルーンだね」

「え?」

 

 顔を上げると、目の前にメガネの中年男性が腰を落としていた。左手の文字を凝視している。サイトは思わず睨みつけていた。全く説明がない上、好き勝手やられ、痛い目にあわされて入れ墨まで刻まれた。さすがに怒るなという方が無理だ。

 

「一体何なんだよ!お前ら何者だ!俺に何しやがった!」

「ああ、混乱するのも無理はない。まずは落ち着てくれ」

「落ち着けるかって!」

 

 中年男性はサイトを宥めるように話し出す。

 

「まずは自己紹介をしよう。私はジャン・コルベール。この学院で教師をしている」

「学院?教師?」

「それで君は?」

「ヒラガ・サイト。高校生だよ」

「コウコウセイ?」

 

 聞き慣れない響きに、コルベールは顎を抱え首を捻る。

 とりあえず、今の会話で多少は落ち着いてきたサイト。そんな彼の側に、さっきのちびっこピンクブロンドが近づいてきた。今頃気づいたが、よく見ると結構な美少女。ただ背が低く、中学一年生くらいにも思える。それともう一つ目に付くものがあった。彼女が手にしていた棒だ。全く飾り気がなく文字通りの棒。しかし彼女の背丈ほどの長さがある。さっと見ただけでも、かなり使いこまれているのが分かる。

 

 サイトが頭の中を整理している最中、彼女は小バカにするように話し始めた。

 

「ああもう、うるさい平民ね。ここはトリステイン魔法学院。そして、あんたは私の使い魔になったのよ」

「魔法学院?使い魔?何言ってんだ?」

「はぁ?トリステイン魔法学院を知らないの?いったいどこの田舎者よ」

「田舎者じゃねぇよ!」

 

 またも興奮し始めたサイトを、コルベールがなんとか宥める。詳しい事を後で話すといい。

 ともかく事を収めるまで時間がかかりそうなので、彼は周囲にいた生徒達を解散させた。その時、サイトは信じがたいものを目にする。生徒が全員空に飛んだのだ。唖然として身を固めたまま、震える手で指さしてしまう。

 

「と、と、飛んでる!?」

「メイジが飛ぶのは当たり前でしょ」

 

 またもちびっこピンクブロンドの、突っかかるような口ぶりの一言。一々癪に障る。サイトは少女を睨みつけた。少女の方も負けじと睨み返してくる。間に挟まれたコルベールは、ただただ苦笑い。

 

「ミス・ヴァリエール。貴族の淑女として、そう気色ばむのはあまり褒められたものではないよ」

「は、はぁ……」

 

 我に返ると、顔を赤くしてしおらしくなっていく少女。さらにコルベールは続けた。

 

「本来、使い魔の一切は主に任されるが、彼については私も関わってもいいかな?」

「え?どうしてです?」

「人間が使い魔として召喚された例などないからだよ。まあ、個人的にも人間の使い魔というのに興味があってね」

「はい……。ミスタ・コルベールがそう言われるなら、構いませんが」

 

 仕方がないという様子で、うなずくちびっこピンクブロンド。全員が落ち着きを取り戻した所で、校舎へ帰ろうとし始めた。すると少女が思い出したかのように声を上げる。

 

「あ。そう言えば名前、言ってなかったわ。私は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。主の名前くらいしっかり覚えときなさいよ」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……?」

「もう覚えたの?早いじゃない」

「ルイズ?ルイズ……、ルイズ……」

 

 サイトはその名を繰り返す。首を左右に傾げながら。何か引っかかるものが彼の胸の内にあった。一方、ルイズの方も、彼が自分の名を口にする度に、不可解な胸騒ぎに襲われていた。

 彼女は全てを誤魔化すように、鋭く指さす。

 

「な、なんなのよ!人の名前、繰り返さないで!」

「え?」

「使い魔の分際で失礼なヤツね!」

「俺に好き勝手した、お前が言うか!」

 

 またも興奮しだす二人。さすがに温厚なコルベールも、叱責を口にするしかない。ようやく落ち着くと、一同は校舎へ向う。三人共、さっきの生徒達とは違い歩いて。サイトはコルベール、ルイズの後ろに続いた。

 未だにまるで状況がつかめない。魔法だの使い魔だのとファンタジーらしきキーワードが出てはいるが、それから想像できるものはろくでもないものばかり。だが不思議な事に、サイトの気分はやけに晴れやかだった。本当にやっと始まった。説明し難い、そんな気持ちで満たされていた。

 

 

 

 

 




次かその次くらいが最終回になると思います。
サイトがハルケギニアに顕現する方法については、今回にするか後にするかかなり迷ったんですが、後にする事にしました。結構ややこしくゴチャゴチャした説明を入れるのは、流れが悪くなるかなと思ったもので。

新生サイトの話ですが、もう少しだけ続きます。

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