ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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最後の仕掛け

 

 

 

 ガリアでの戦争は、反ジョゼフ側の勝利で一応の終結を見る。その後、タバサ、すなわちシャルロット・エレーヌ・オルレアンが新王として即位。溢れんばかりの歓声を持って迎えられた。

 だが、称えられるタバサ自身の胸中は、見える光景とは違い複雑なものに満たされていた。王位は別に望んでいた訳ではない。そして、ジョゼフが何故自分達を貶めるような凶行に走ったのか知る事もできなかった。欲しくないものを得、欲しいものを得られなかった。しかしそれでも素直に喜べるものはある。たった一人の肉親を守れたのだから。彼女の母親を。

 

 一方、ヴィットーリオは各国へハルケギニアが置かれている危機について伝えた。すなわち地下に眠っている巨大風石についてだ。このままではハルケギニア全土が崩壊すると。かつての記憶のあるアンリエッタ達には、いまさらの話ではあったが、それでもあらためて危機を再認識したには違いない。

 

 それからタバサはガリアに残る。治世が変わったのだ。やらねばならない事が山のようにある。一方、ルイズ達は学院へ戻っていた。幻想郷の人妖達は言うと、タバサの戴冠式までは同行したが、その後少し遅れて学院へ向かう事になった。少々厄介な状況が発生したので。

 ところでアンリエッタ達だが、パチュリー達が裏切ったと思った彼女達を、人妖達は策略だなんだと適当な説明をして丸め込んでしまう。ともかくトリステイン王家からの信頼は一応回復できた。

 

 ようやく日常を取り戻したトリステイン魔法学院。ただ終戦から間もないという事もあって、しばらく授業は休講となる。何にしても生徒達にとっては、久しぶりの連休だ。そんな学院の廊下を目立つ集団が歩いていた。ピンクブロンドの少女が先頭に立って。もちろんルイズと人妖達だ。向かう先は馴染の部屋。彼女達に割り当てられた寮の部屋だ。進むルイズの足取りはどこか軽い。大げさに両手を広げ、弾んだ声で言う。

 

「すごい爆発だったけど、学院、なんともなかったのよ。あんた達何かした?」

「結界張ってたから、その影響かもね」

 

 パチュリーは世間話かのように答えた。ルイズは腕を組んで唸る。

 

「へー、やっぱ凄いのね。パチュリーって。『火石』の爆発よ?あれ防いじゃうなんて」

「……」

 

 とりたてて自慢する訳でもなく当然とでも言いたげに、悠然としている紫魔女。

 だが真相は違う。一度学院は消え失せた。しかしその直後、平賀才人が原作に近づけるためにハルケギニア全てを大改編。その時に、学院も再構築したのだ。唯一以前と同じと言えるのは、これから向かう先。結界で守られていた幻想郷の人妖達の部屋だけだ。そこだけは、火石の爆発でも消えなかった。

 

 一行は目的地へとたどり着く。ドアを颯爽と開け、先に入るルイズ。

 

「どう?前と全然変わってないでしょ」

「ふ~ん……。そうみたいね」

 

 アリスが部屋中をなぞる様に眺める。調度品などはもちろん、アジトへの転送陣もそのままだ。全員が部屋へと入ると、各々はいつも変わらぬ様子でくつろぎだした。そしてパチュリーがルイズへ声をかける。

 

「ルイズ。いろいろ話したい事はあるでしょうけど、とりあえず後にしましょ。こっちも一旦落ち着きたいし」

「それもそうね。うん。分かったわ」

 

 ルイズは踵を返すと、出口へと向かった。だがノブに手をかけようとして、足を止めた。そして振り返る。気恥ずかしそうに。

 

「えっと……。その……お帰り」

「……。ええ、ただいま」

「んじゃ、後でね」

 

 ピンクブロンドの少女は一層頬を緩めると、落ち着きなくドアを閉め自分の部屋へと向かった。

 ただ彼女を見送ったパチュリーの方は、少々複雑な心持ち。ルイズからすれば、二ヶ月近く経った久しぶりの顔合わせだ。嬉しさが込み上げてくるのも分からなくもない。しかしパチュリー達にとっては、1日と少々しか経過していなかった。久しぶりとは言い難い。

 一つ息を挟むと、今度は人妖達へ向き直る七曜の魔女。

 

「とりあえず、アジトに行きましょうか」

「だな」

 

 魔理沙が答えた。その直後、彼女達はその場からすぐに消え去る。この部屋の転送陣を使わずに。『ゼロの使い魔』自体を魔法陣で囲んでいる今。ハルケギニア内はもちろんサハラへでさえも、自在な移動が可能となっていた。

 

 

 

 

 

 一同がアジトに到着すると、まずはリビングへ直行。部屋へ入ると、さっそく魔理沙が片手を軽く上げ、部屋の主に声をかけた。

 

「よっ!留守番ご苦労さまだぜ」

「別に苦労などしていない」

「挨拶だ。挨拶」

 

 魔理沙へ言葉を返したのは、リビングの祠にある水瓶。すなわちラグドリアン湖の水の精霊、通称ラグド。

 ここは幻想郷組がハルケギニアで、ずっと使っていた廃村のアジト。結界を張っていたのもあって、こちらもなんの変わりもない。

 

 全員がリビングに揃うと、さっそくアリスが紅茶を入れ始めた。こあと人形達がカップを配っていく。置かれたカップにさっそく手を付ける魔理沙。だが気になる事が過ったのか、カップを戻す。紫魔女へ早速質問。

 

「そういやぁ、パチュリー。お前、ルイズに手伝ってもらうって言ってたよな。あれって、どういう意味だ?」

 

 紫魔女は紅茶を一口だけ味わった後、溜息を一つ挟んでから答えた。

 

「あなたが余計なこと言ったせいで、デルフリンガーの信用、完全になくしたからよ」

「なんか言ったか?」

「平賀才人を神様にするって言ったでしょ」

「おいおい、何も間違ってねぇだろうが」

「その後。万能の存在にするとかも言ったでしょ」

「そりゃ、アイツの方だ。私は悪くないって言っただけだぜ」

「それがダメなのよ」

「何がだよ?」

 

 少々不機嫌そうに、眉を歪める魔理沙。今一つ分かっていない。そんな彼女にアリスは呆れ気味。

 

「あのね魔理沙。『ゼロの使い魔』は冒険譚でもあるのよ。主人公が万能じゃ冒険譚にならないでしょ?」

「そっかぁ?」

「そうなの。それにコンプレックス持ちのルイズが、自分の使い魔が万能じゃ余計にこじらせちゃうわ」

「それは……ありそうだな」

 

 ようやく理解する白黒。バツが悪そうに黙り込む。ここでパチュリーがようやく彼女の質問の答を披露。ルイズを巻き込んだ目的を。

 

「今のままじゃ仮に平賀才人と会えても門前払い受けそうなのよ。だから、ルイズに仲介してもらおうって考えてるの。さすがに彼女の話なら聞くでしょ?」

「え?じゃぁ、ルイズに全部話すの?」

 

 鈴仙が驚いて身を乗り出していた。だがパチュリーの方は、大騒ぎする程のものでもないというふう。

 

「必要な部分だけよ。それに全部話しても、受け入れられるか怪しいもの。混乱させるだけだと思うわ」

「そうよねぇ。実はあなたは小説の登場人物だったのよ!とか言われても、ピンとこないだろうし」

 

 小さくうなずく玉兎。

 棚に身を預けていた衣玖がカップを口元から離すと、話に入ってきた。

 

「ルイズさんと話した後はどうします?とりあえず幻想郷に戻りますか?」

 

 パチュリーは首を振る。

 

「いえ、ここに残るわ。また『ゼロの使い魔』の話を進められたら、こっちの手は狭まる一方よ。それにハルケギニアの方が取れる時間は多いし」

「ですが、平賀才人の手の内ですよ」

「結界があるから大丈夫。私達の結界に手を出せないのは証明済みだもの。それでも心配なら、結界をもっと強化すればいいわ」

 

 確かに前回、幻想郷でわずか一日と少し過ごしただけで、ハルケギニアでは二ヶ月近くの時間が経っていた。外に出るのは得策とは言えないだろう。

 皆の話をメモに取っている文。話が一旦途切れたので紅茶を一口飲む。するとラグドへ近づいていった。

 

「そうそう、ラグドさん。私達がいない間、何か変わった事はありませんでしたか?」

「特にない。ただ、あのエルフは出て行ったぞ」

「エルフ……。えっと、ビダーシャルさんでしたっけ」

 

 文は宙を仰ぎながら記憶を探り、その名を引っ張り出す。ビダーシャルには一度しか会ってないので、すっかり忘れていた。

 ジョゼフによって捕らわれていたビダーシャルは、パチュリー達に助けられここで匿われていた。もっともそれは、行きがかり上そうなったのであって、彼女達の思惑とは違っていたのだが。

 メモに鉛筆を走らせる烏天狗は納得顔。

 

「仕方ないと言えば、仕方ありませんね。二ヶ月近く、姿は見せない音沙汰はないじゃ」

「ですが、どこへ行ったのでしょう?」

 

 衣玖の何気ない問いかけ。その答えもラグドから。

 

「サハラへ帰ると伝言を残していった」

「なるほど。ハルケギニアにもう寄る辺がないとなると、それしかありませんか」

 

 鈴仙がクッキーを手にしつつ、ポツリと言う。

 

「それって、原作通りよね」

「確かにですね」

 

 うなずく文。多少中身は違うが、ビダーシャルがガリア戦後にサハラへ向かうのは原作の筋書だ。すると玉兎は何かに気付いたのか、頬に指を添え、首を傾げていた。

 

「けど、これからメインの筋書、どうするつもりなのかな?」

「どうって、なんだよ?」

 

 力を抜いてソファーに沈み込んでいる魔理沙が、鈴仙へ視線だけ向ける。

 

「この後って、平賀才人は領地を貰ってルイズと同居始めるんでしょ?それからタバサの双子の妹ジョゼットが登場して、元素の兄弟と戦うって」

「だな」

「だけどルイズが平賀才人と同居するって決めたのは、要は恋人と暮らしたいからでしょ?」

「けど今の使い魔は、天子とダゴンだ。恋人なんてもんじゃないぜ」

「そうなのよねぇ。このままじゃ、話が先に進まないんじゃない?」

「だよなぁ。ん?待てよ。それって、もしかして邪魔して時間稼ぎする必要ない事か?話が進まないんだし」

 

 話が進まないのなら、『ゼロの使い魔』への対策をじっくりと考えられる。しかしパチュリーの呆れた声が入って来た。

 

「そんな訳ないでしょ。平賀才人は絶対止まらないわ」

「けど、どうやるんだよ。ダゴンがルイズに惚れるとか、無茶な展開でもするのか?」

「それを私達が考えても意味ないわ。少々いびつでも話を強引に進めるでしょうね。それにあの舞台監督の手が多いのは、経験済みでしょ?」

「そりゃそうか。ってなると、やっぱ邪魔するしかないか」

「ええ」

 

 淡々としたパチュリーの一言。だがここでアリスが口を挟む。こちらは何故か神妙な面持ち。

 

「本当に、平賀才人は止まらないのかしら?」

「分かり切ってるでしょ」

 

 断言する紫魔女。しかしアリスの表情は冴えない。彼女には以前から、腑に落ちないものがあった。自分達が考えている平賀才人の狙いに、違和感を抱いていた。カップをソーサーに置くと、話を始める人形遣い。

 

「ほら、私って人形劇やってるじゃないの。それで話作ってる立場として考えたんだけど、彼が止まる可能性もあるかもって思ったのよ」

「何故?」

「人形劇にするのは、作った話全部って訳じゃないわ。ボツになったものも結構あるのよ。思ったほどの話にならなかったり、一から作り直した方が早いって思ったのはね」

「つまり、あなたはこう言いたいの?平賀才人が最後まで行っても無駄って判断したら、終わる前に話をやめるかもって」

「有り得ると思うわ。だから、話の邪魔も控えた方がいいと思うのよ。作り手側としては、話作り邪魔されるのって一番イラつくもの。何かの拍子で、進めるの諦めるかもしれないわ」

「…………」

 

 全ては分かり切っていたつもりの紫魔女が、揺らぎ始める。アリスは話を続けた。

 

「もう一つ気になってるのがあるんだけど。全く原作通りに進んだら意味ないんじゃないかしら。じゃないと私達をハルケギニアに呼び込んだ意味がないわ」

「今まで、十分原作とかけ離れてたわよ」

「ええ。けど肝心なのはこれからでしょ?21巻へ繋がる展開。だけど今の所、原作通り」

「平賀才人がそうしたんだから当然でしょ」

「それって結果論だと思うのよ。話が大きくズレないように、肝心な所だけ抑えておくつもりじゃないのかしら。章の始まりと終わりとだけとか。だけど、間は自由にさせる」

「自由させて何が目的?」

「平賀才人が舞台上に出られる鍵を見つける事。しかも私達が直接関わらない形でね。そもそも、私達は登場しないんだから」

「…………」

 

 人形遣いの言葉に、七曜の魔女は返さない。腕を組むと彼女の考えを租借する。やがて大きく一呼吸。

 

「何にしても、私達が想定してるよりタイムリミットは近くなるかもって訳ね」

「ええ。そう考えた方がいいと思う」

 

 アリスは真剣な眼差しを向けていた。

 話が最後まで至らずに終わる。しかもただの終わりではない。この世界の終末と同義でもあった。話をやめた瞬間に平賀才人が絶望に満たされ、陰の気を纏い、異変となる可能性があったからだ。

 

 半ばヤケ気味に声を上げるのは魔理沙。お手上げのポーズで。

 

「なんだよそりゃぁ。邪魔はできねぇ、平賀才人に気回さねぇといけないとか。向こうの手は多いってのに、こっちは手がほとんどだせねぇって」

「ルイズと何話すか、しっかり考えておいた方がいいわね」

 

 パチュリーは厳しい顔付でスッと立つ。そして空のカップをこあへ渡した。それを合図に、一同は一斉に席を立ちリビングを出る。各々の行先へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 夜の帳もすっかり降り、空には双月が浮かんでいる。廃村の寺院の屋根の上に天人がいた。彼女が胡坐をかいて座り込んでいるのは観測台。とは言っても簡素なバルコニーのようなものだが。ここは以前こあが、天文観測に使っていた場所だ。

 天子は力を抜いて、どこを見るともなしに空を眺めていた。そんな彼女に、近づく影が一つ。天空の妖怪、永江衣玖だ。

 

「総領娘様は部屋へは戻られないのですか?」

「月って、なんで四つも用意したのかな?しかも印刷基本色。別の色にしとけば、バレなかったかもしれないのにねー」

 

 衣玖の質問にはまるで答えず、双月を指さす。いたってマイペースの天子。だがいつもの事なのか、竜宮の使いは気にしない。同じく空へ視線を流す。

 

「なんでもあの光を投影する事で、この世界を作り上げているのではないかと言ってましたよ。魔女達は」

「何それ?」

「魔女の話によると、原色を投影する事で映像を作り出すプロジェクターなるものが外の世界にはあるそうです。それと似たようなものなのではないかと」

「ふ~ん……。あれって灯りみたいなものなんだ。基本色なのもそのせいか」

「パチュリー・ノーレッジが言ってましたが、まさしく四つの太陽という訳ですね」

 

 衣玖はようかくこの世界を理解したというふうに、双月を見つめる。この世界は三原色もとい、四原色で色づいているのだと。

 天子は月の話はもう飽きたのか、視線を落としていた。その先にあるのは広がる森。

 

「ここって小説の中だってのに、よく出来てるわよね」

「正確には、小説を元にした世界と言った方が正しいでしょう。足らない部分は、平賀才人が自分で学んで補ったんでしょうね。図書館にはいくらでも本がありますから」

 

 平賀才人がこの世界を構築するために、どれだけの情報を集めたのか。しかも、大図書館に住んでいるパチュリーや小悪魔達の目を盗んで。その想いがどれほどのものだったのか。理解できる者はいないかもしれない。少なくとも天子には、あまり関心なさそうだ。むしろ、気になっているもの、というか引っかかっているものがあった。

 

「よく出来た世界だけど、ちょっとおかしな事なかった?タバサの戴冠式の時」

「総領娘様も気づきました?」

「『緋想の剣』が変な気、感じてね。なんて言うのかなぁ……。味噌汁に砂糖が入ってきたみたいな、ズレてるっていうか的外れみたいなの」

「私もです。場違いな空気が入り込んだ感じがしました。それも、いつも平賀才人が起こしていた地震の類とは違うものでした。もっとも一瞬でしたけど」

「やっぱあったんだ」

 

 小さくうなずく天子。突然、颯爽と観測台から飛び降りた。地面に着地するとアジトへと向かう。何かを思いついたらしい。思い立ったが吉日の天人に、相変わらずだと思いながら、衣玖の方も後を追った。のんびりとだが。

 

 いきなりパチュリーの部屋のドアが、大きな音を立てて開く。ノックもなしに。露骨に不快そうな顔を入り口へ向ける紫寝間着。目に映ったのは、わがまま天人。

 

「ドア壊す気?ノックくらいしたらどうなのよ」

「話があるの」

 

 相変わらず、自分優先のカラフルエプロン。パチュリーは不満で一杯だったが、珍しく天子の方から話を持ってきたのだ。何かあるという直感が走る。一旦気持ちを落ち着かせると、仕方なさそうに天子を部屋へ迎えた。表情は憮然としたままだったが。

 天子は部屋に入ると、その辺りにある適当な椅子に座る。さらに後から来た衣玖も、部屋へと入れてもらう。二人と対面する七曜の魔女。それから天人と竜宮の使いは話し始めた。タバサの戴冠式の後の違和感について。パチュリーは冷静に話を耳に収める。戴冠式での出来事は彼女自身も違和感を持ってはいた。しかし彼女達とは違い、さほど重要視はしていなかった。

 

「妙に感じるのも無理ないわ。式典終わったら全員消えちゃって、いつのまにか皆学院にいたんだから」

 

 実はタバサの戴冠式終了後、幻想郷なら異変と呼ばれて当然の現象が起こっていた。その場にいる全員が消え失せたのだ。全ての軍人、王族、宗教関係者。もちろんルイズ達も。人妖達を除いて。すぐさま『緋想の剣』でルイズ達を捜索。そして反応があった場所は、なんとトリステイン魔法学院だった。一瞬で、あれほどの大人数が移動したのだ。

 だがこんな怪現象も理由は単純なもの。パチュリーは他愛もない事のように言う。

 

「だって15巻はタバサの即位で終わり。16巻はオスマンの魔法学院での演説から始まるんだもの」

 

 つまりは各巻が直結したかのような流れになってしまっていた。もはや『ゼロの使い魔』の外の存在である、幻想郷の人妖達には、その間の部分が抜け落ちてしまったという訳だ。

 しかし天子は引き下がらない。

 

「それじゃなくって、異物感っていうか変なもん入り込んだみたいなヤツがあったんだけど」

「入り込んだ?それってあなたが感じたの?」

「『緋想の剣』がね」

「衣玖も?」

「はい」

「……」

 

 顎を抱え考え込む紫魔女。天子の直感なら世迷言と片付けてもいいが、『緋想の剣』となると話は別だ。さらに衣玖までもが感じたという。だがパチュリーには、彼女達のように言い切れるほどのものを感じていない。15巻から16巻への変化に気を取られ、何かを見落としていたのだろうか。七曜の魔女の脳裏に様々なものが巡っていく。タバサの戴冠式……、突然消えた人間達……、平賀才人の思惑……、そして『ゼロの使い魔』……。

 突然、魔女の目が大きく見開いた。

 

「あ!」

「ん?何か分かった?」

 

 天子の質問に、今度はパチュリーが答えない。机へ向かうと資料をひっくり返し始めた。それから天子はしつこく聞いてきたが、魔女の耳には一切入らず。しかたなく、こあが対応。

 

「あの~、今はちょっと帰ってもらえないでしょうか?こうなっちゃうとパチュリー様、自分の世界から戻ってこないんで」

「……。ま、いいか。後で教えてもらうからねー」

 

 天人は無視された割にはあまり気にしてない様子。いずれ答が分かるからか、それとも彼女にとってはそう重要なものでもないからか。やがて天子は、衣玖と共に部屋を出て行った。

 二人を見送った後、こあは熱心に資料を覗き込んでいるパチュリーを見て、息を飲む。何度も見た何か決定的なものを思いついた時の姿だ。全てを解決する術が、見つかるのではないかという予感があった。何冊もの本がひっくり返された後、やがてそれは見つかる。この時、パチュリーは珍しく不敵な笑みを浮かべていた。魔理沙とアリスが彼女の部屋に呼ばれたのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 

 

 

 

 ルイズは珍しい相手と学院の廊下を歩いていた。大きなリュックを背負った少女と。

 

「こあが学院来るって、あんまりないわよね」

「羽があるんで仕方ないですよ」

「レミリアみたいに堂々としてれば?」

 

 以前、レミリアが学院に訪れた時、彼女は羽を隠さず平然と歩き回っていた。飾りだと称して。ただ言われたこあの方は苦笑い。

 

「いやぁ……さすがにお嬢様ほど、無神経になれないんで」

 

 何気に当主に向かって毒舌を混ぜるこあ。しかしルイズの方も、口元を緩めている。

 

「それもそうね。彼女のマネできそうなのは天子くらいだわ」

 

 考えてみれば、よく自分はあんな傍若無人な天人を使い魔にしたもんだとしみじみ思う。使い魔としてのありようを悉く破っていたのだから。ただそれでも、頼りになったのも間違いない。天子とのなんとも奇妙な関係に、ふと笑いが零れる。

 

 二人が雑談を交えながら廊下を進んでいくと、いつもの部屋へとたどり着いた。幻想郷の人妖達の部屋に。ただ部屋の中には誰もいなかった。本当に向かう先は、彼女達のアジトだ。転送陣の上に二人は乗ると、一瞬で姿を消した。

 

 見慣れたアジトの廊下を進むと、案内されたのはパチュリーの部屋。いつもはリビングへ向かう事が多いのだが、今回は特別な用なのだろうか。部屋へと入ると、待っていたのはパチュリー、魔理沙、アリスの三魔女。他のメンツはいない。七曜の魔女がルイズを迎える。

 

「適当に座って」

「うん」

 

 部屋の中央にある円卓の椅子の一つに座るルイズ。魔女達もその円卓に囲む。ルイズにとってこの三人と話すのはもはや馴染の光景なのだが、今回は何故か違和感がある。彼女達から、らしくない張り詰めた空気を感じて。もちろん、これまでだって戦争に関わる時など真剣味のある話し合いはあった。だが今の三人は、そのどれとも違う印象があった。

 パチュリーが重々しく口を開く。

 

「さてと、今日呼んだのは大事な話があるからよ」

「うん。それで何?」

「クロコの話をしたいの」

 

 単刀直入に本題に入る七曜の魔女。ルイズは息を飲む。彼女自身にとっても、ずっと気にはなっていたものだ。その力の大きさと、あまりの得たいの知れなさに。

 

「もしかして……正体が分かったの?」

「ええ」

 

 抑揚なく返すパチュリー。

 

「なんだったの?」

「結論から言うと、神に近いものだったわ。しかも虚無と関わりのある存在」

「それって……!やっぱり……始祖ブリミル?」

「そこまでの断定はできなかったわ。そもそも何をもってブリミルと断定するのか、私達には分からないもの」

「そっか……。それもそうね」

 

 ブリミルはその名と逸話だけが伝わっている。そもそもどんな存在かも分からない。ハルケギニアの人間にすら分からないのだ。異世界の人外に分かる訳もない。

 だがそれでも神が存在するという話は、ルイズにとっては驚かざるを得ないものだ。もちろんブリミル教徒として、日々祈りは捧げている。ただ神という存在をハッキリ認識していた訳ではなかった。

 魔女の話は続く。

 

「とりあえず、今までと同じように黒子って呼んでおくわ」

「うん」

「で、その黒子だけど、この世界を良くしようとしてるのよ」

「やっぱり神様なんだ……」

「ただね。それが問題なのよ」

「なんで?世界が良くなるのはいい事じゃないの」

「その神様、バカなの」

「は?」

 

 神という存在が確認できた事に、驚きを抱かずにいられなかったルイズは一変、唖然として思考停止した。神と言えば万能の代名詞。それがバカとはどういう事か。

 するとアリスが皮肉気味に一言。

 

「そのバカに散々してやられたの誰かしら?」

 

 人形遣いへ目線だけ送ると、面白くなさそうに口を閉ざす紫寝間着。だが彼女の言う通り、悉く策を破られているのは事実。

 今度アリスはルイズへと向く。

 

「バカっていうか、その神様、ちょっと余裕がないの」

「なんで?」

「今まで世界を良くしようといろいろ努力してたんだけど、どれも失敗。それでもう今度は失敗できないって、焦ってんのよ」

「え……。神様なのに失敗するの?」

「そりゃそうよ。守矢神社の二柱なんて、結構失敗してるわ」

 

 守矢神社の二柱、神奈子と諏訪子の失敗は、他人に迷惑をかける企みなので失敗してくれた方がありがたいのだが。ただあの二柱は、ルイズにとっては異世界の神。ハルケギニアのものではない。神のイメージが崩れていくピンクブロンドの子。

 気付くと、魔理沙がルイズを指さしていた。

 

「で、ここから話はお前に繋がるんだぜ」

「何がどうなったら繋がるのよ。全然、話が見えないんだけど」

「そりゃぁ、お前が虚無の担い手だからだぜ」

「え?それはそうだけど……。あ……!」

 

 突然、一つの台詞がルイズの脳裏を過った。デルフリンガーの「全部お前のため」という言葉。クロコと関わりのあるインテリジェンスソードは。その彼が何故、あんな事を言い出したのか。今まで深く考えていなかったが、奇妙な話だ。世界を一変させるほどの力の持ち主が、どうして自分に拘るのか。

 視線をテーブルに落としルイズは考える。ほどなくして顔を上げた。そこにあったのは張り詰めたような表情。

 

「もしかして……その……私って、クロコと特別な関わりある?」

「…………」

 

 三魔女はすぐには答えない。やがてパチュリーが探るように口を開く。

 

「何故、そう思ったのかしら?」

「だって、デルフリンガーが私のためって言ってたわ。これって変でしょ?アルビオンのモード朝なくしちゃったり、トリステインとガリアの戦争なくしちゃったりするような神様が、私のためって……」

 

 考えれば考えるほどおかしな話ではある。だがルイズの答に七曜の魔女は、相変わらずのポーカーフェイス。一息漏らすと、他愛のない事かのように話し出した。

 

「…………。そうね。ある意味、あなたのためって言ったのは間違ってないわ。でも、あなたのためだけじゃないのよ。正確には虚無の担い手全員と言うべきかしら」

「どういう事?」

「今、風石によるハルケギニア崩壊が起ころうとしてるわ。それを防ぐ手立ての一つとして、虚無の担い手を犠牲とする魔法があるの」

「そんなものがあるの!?」

「ええ。そしてもう一つが聖戦って訳」

「……!」

 

 言葉のないルイズ。まさか虚無を担う事が、そこまで重大な意味を持っていたとは。パチュリーは話を続ける。

 

「ただね。黒子のやろうとしてる事は、実は逆効果なのよ」

「逆効果?」

「ええ。むしろハルケギニア、いえ、この全世界に破滅に繋がるの」

「どういう意味よ」

「最悪、何もかも消え失せるわ。ハルケギニアもサハラもロバ・アル・カリイエも関係なし。大地も海も空も何も残らない。巨大風石とか、聖戦どころじゃないのよ」

「な!なんでそんなバカな話になるのよ!っていうか神様なのに気づかないの!?」

「アリスが言ってたでしょ。焦ってて、まともに前が見えてないのよ」

「……!」

「そこで、私達は忠告兼、解決案の提案をしようとしてるの。その仲介をあなたに頼みたい訳」

「……」

 

 いきなり出てきた世界の危機。真の意味での世界の消滅だ。こんな話は本や演劇でも見た事がない。そんなものが現実になるかもしれないとは。ルイズの頭の中に上手く入りきらない。どう反応すればいいのか困る。

 

 しかし突然、ルイズは妙な引っかかりを覚えた。突拍子もない話に圧倒されていたが、よく考えてみると変だ。クロコのハルケギニア危機回避の一つが聖戦と言っていたが、世界の大改変の前と後で内容が違っていた。それに、虚無の担い手が平等に大切だとするならば、何故ジョゼフは死ぬような結果になったのだろうか。ティファニアも故郷を失っている。それに何故、デルフリンガーはあの時「お前のため」ではなく「お前達のため」と言わなかったのだろうか。

 気になった点を並べてみると、三魔女からは一応もっともらしい理由が出てきた。しかし、ルイズにとっては今一つスッキリしない。

 もしかしたら、この三人は何か隠しているのかもしれない。しかし彼女は、この異界の友人たちをよく知っていた。長く付き合って分かっている。いろいろと迷惑かけられたり裏でコソコソやらかしたり、一方でたくさん助けられたりもした。本当は根の悪くない連中だ。真相は今話しているものと違うのかもしれないが、それでも自分達の事を考えてくれているのは間違いないだろう。ルイズは彼女達のいう事を、全て受け入れると決めた。

 

「分かったわ。とにかくクロコとの仲介をすればいいのね」

「お願い」

 

 パチュリーは相変わらず淡々とした様子だが、どこか安心した雰囲気を感じるルイズ。

 

「具体的に、私は何をすればいいの?」

「段取りはこっちで整えるわ。その時になったら、私達に同行してくれればいいの」

「うん。分かったわ」

 

 ルイズのサッパリとした返事。ここで話はアリスへとバトンタッチ。

 

「ルイズ。それともう一つ頼みがあるの。というか今は、こっちの方が大事よ」

「何?」

「もうすぐエルフが仕掛けてくるわ」

「え!?あ……!聖戦やるから?」

「ええ。あれだけ大っぴらに宣言したんだもん。エルフに伝わらないハズないわ」

「それもそうね。でもやっぱり戦争になるんだ……。いろいろと覚悟を決めないといけないって訳ね」

 

 世界の消滅という最悪の危機を頭の隅においといて、当面の危機に意識を移すルイズ。人形遣いは真剣そうな面持ちで言う。

 

「エルフの狙いはたぶん虚無と使い魔よ。彼等にとっては全員が揃うのが最悪だし、できればその前に手を打っておきたいでしょうから」

「でもガリアの虚無はもういなくなっちゃったわよ。聖戦自体、もうできないんじゃない?」

「虚無はいなくなっても、次の虚無が現れるそうよ。どうも虚無は、環境が揃うと発現するらしいわ。今の環境はその条件が揃ってるの。だから教皇は本気になってるのよ」

「そうなんだ……。だけど、そうなると確かにエルフは動くでしょうね」

「ええ。まだ全員揃ってないもんね。で、今一番狙われそうなのがティファニア、って私達は考えてるの」

 

 ヴィットーリオはロマリアの中枢におり、警備も万全だ。ガリアの虚無は、出現すらしていない。ルイズは虚無の魔法を使い慣れているし、使い魔もいる。ティファニアだけが、戦いに使える魔法もなく使い魔もいない。

 人形遣いは念を押すように言う。

 

「だからあなたはティファニアを守ってあげて。絶対に離れないでよ」

「うん」

 

 強くうなずくルイズ。その時ふと思いついた。

 

「あ、そうだ!リリカルステッキ!あれ壊されちゃったのよ。また作ってもらえない?そうすれば、ティファニア守りやすくなるし」

「悪りぃ。忙しくって作ってる暇なかったんだわ。こっちには材料もねぇし」

 

 魔理沙が申し訳なさそうに手を合わせていた。諦めるしかないルイズ。だが強力な助っ人を思い出す。

 

「そうそう、天子は?」

「幻想郷に帰っちまったぞ」

「なんでよ!使い魔でしょうが!肝心な時にあの子は!」

「まだいるだろうが」

「ダゴンとデルフリンガー?」

「ああ」

「でも、たくさんいた方がいいでしょ?それになんだかんだで天子って、頼りになるのよね」

 

 当人の前では絶対口にしない事をいうルイズ。実際、あの天人の力には何度も助けられた。

 確かにダゴンは生き物相手には強力な上、空も飛べ剣の腕もさすがガンダールヴと言えるものだ。だがそれでも総合力という意味では、天子には及ばない。弾幕を使いこなし頑丈で腕力もあり大地と天候すらも操れる。少々性格に難があるが、付き合いも長い分、なんとかなるだろうとも思っている。

 

 だが魔理沙は肩をすくめて返すだけ。

 

「そんなこと言ってなぁ。いないんだからどう仕様もないぜ」

「う~ん……。仕方ないか。あの二人に頑張ってもらうしかないわね」

 

 何気に、食の悪魔とインテリジェンスソードも頼りにしているルイズだった。

 一旦話が落ち着いた所で、せっかっくだからとルイズは別の話題を口にし始めた。

 

「そうそう。私、領地もらっちゃったのよ」

「領地?お前が?」

 

 魔理沙が意外そうな顔を浮かべる。

 

「オルニエールって所。本当は将来の話なんだけど。今は王家預りになってて、時期が来たら私に下げ渡されるそうよ」

「なんで、領地もらえたんだよ」

「ガリアとの戦争とか、今までの褒美としてだって、姫様が気を使ってくださったのよ。それとあなた達にもって意味もあるわ」

「私ら?」

「うん。これまで助けてもらったからだって。だけどあなた達って、表向きはロバ・アル・カリイエの客人でしょ?領地を上げる訳にはいかないから、建前では私への話だけど、実際には私とあなた達を含めてのご褒美って所かしら」

「つまりなんだ。その領地で、工房作ったりしてかまわねぇって話か」

「そうね。ただ元々、放棄されてた場所なの。元当主の屋敷も見たけど酷いもんよ。今、いろいろと手をかけてる最中。使えるのは夏休みくらいからかしら」

 

 話を聞いていた三人は、使える土地が増えるならありがたいと雑談のように受け答えする。だが頭の中では全く別のものが巡っていた。

 オルニエールは原作で平賀才人に下げ渡される土地。どんな展開になるかと考えていたが、こう来たかと。少々強引だが、原作の流れは変わっていないようだ。

 さらに、コルベールの作り上げた特殊艦オストラント号の母港が、オルニエール内に作られると言う。その意味でも、オルニエールの館は、重要な意味を持つ事になるそうだ。

 オストラント号。本来はゼロ戦の技術を元に、コルベールがツェルプストー家協力の元、対ガリア戦で活躍する半機械艦だ。だがそれは原作の話。

 だがこちらで切っ掛けとなったのは魔理沙だった。アリスが持ち帰った、にとりから借りた航空機の資料。それを白黒が見せてしまったのだ。コルベールに。それは実物と同等なほど重要な資料であった。さらにキュルケが、彼の気を引くために実家に話を通してしまう。ツェルプストー家も新技術に興味があったのか、資金援助をしたという訳だ。

 

 粛々と話は進んでいるようだ。やはり平賀才人は止まらない。三魔女はそれを噛みしめる。

 

 それから多少の雑談の後、話は終わる。ルイズは席を立った。

 

「そろそろ帰るわ」

「ええ。念を押すようだけど、ティファニアの事頼んだわよ」

「うん。任せて」

 

 胸を張るルイズ。そしてこあがルイズを送っていく。残った三魔女。ルイズの出て行ったドアを見ながら、アリスがポツリと言う。

 

「やっぱり筋書通りに進むのね」

「無理やりだけどな」

「どっちにしても、想定の内ではあるわ」

 

 ここで突然リビングのドアが開いた。そこに立っていたのは非想非非想天の娘、比那名居天子。

 

「ただいま~」

「お、どうだった?」

「フフン」

 

 何も言わず胸を張るだけ。だが自信ありありの態度がそこにあった。

 天子はルイズに言ったように、確かに幻想郷に帰っていた。しかしそれはわずかな間だけ。ある事を確かめにいったのだった。そしてこれからはこの天人は、ルイズと行動を共にする事はもうない。これも策の一環。

 アリスは一連の策を、確かめるように脳裏に並べた。

 

「これで残るはティファニアだけね」

「そっちは明日にでもやるぜ。後は、こっちの仕掛けに平賀才人が引っかかるかだな」

「平賀才人というよりは、ルイズ達だわ。彼女達が、読み通りに動くかどうかでしょ」

 

 二人の会話を聞いていたパチュリーが、口元を緩めていた。

 

「ルイズの根性と、彼女達の友情を信じましょ」

 

 七曜の魔女と同じく、白黒と人形遣いも笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 




今頃オストラント号登場…。書くのすっかり忘れてたもんで。

一部編集しました。大筋は変わってませんけど。

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