ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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リミット

 

 

 

 

 

 大聖堂の地下。場違いの工芸品と呼ばれる品々が所狭ましと並んでいるこの場所で、人妖達とインテリジェンスソードが対峙していた。デルフリンガーの前にいるのは、パチュリー、魔理沙、アリス、天子、衣玖、文、鈴仙、こあ。長くハルケギニアにいた連中だ。

 かつては同じ屋根の下、いや床の下で暮らした者同士ではあるが、今は敵同士かのよう。デルフリンガーは警戒しつつ、探るように話かけてくる。

 

「どうやってこっちに来たんだ?」

「あら?知らないのかしら?」

 

 パチュリーは意外そう。隣のアリスが一つ理解したという具合に小さくうなずくと、目線だけを向けた。

 

「どうもあなた、外の様子が見えないみたいね。外が直に見れるのは、やっぱり平賀才人だけ?」

「…………。何やらかしたんだよ」

 

 デルフリンガーの声に、動揺が混ざり込む。サイトから、妖怪達を中に入れないために防御を固めたと聞いていた。外の黒球形態はそれだ。しかし、それがこうもあっさりと入られている。

 魔理沙が不敵な笑みで答を披露。

 

「幻想郷にはトラブルバスターの巫女がいてな。そいつが結界でがんじがらめにしちまった。外じゃ、何にもできないぜ」

「…………」

 

 実はパチュリー達がハルケギニアへ行こうした時、『ゼロの使い魔』の抵抗を受ける。黒球から戦車を繰り出したりしてきたのだ。しかしこれを、楽園の巫女はいとも簡単に撃退。さらに彼女は結界で、『ゼロの使い魔』をぐるぐる巻きにしてしまう。生まれてそう経ってない付喪神。しかもハルケギニアの管理をしつつ、霊夢の相手までするのは無理があった。

 

 今度は自分達の番とばかりに、七曜の魔女は質問を開始。

 

「さてと。答合わせと行きましょうか」

「答合わせ?」

「ええ。私の読みが正しいかどうかをね」

「……」

 

 それからパチュリーは自説を並べた。『ゼロの使い魔』の真相と平賀才人の思惑について。デルフリンガーは何一つ答えなかったが、『緋想の剣』を持った天子がいるのだ。黙った所で意味はない。そして結果はほぼ正解。パチュリーの読みは、概ね当たっていた。もしデルフリンガーが人の姿をしていたら、悔しげに拳を強く握りしめ顔を顰めていただろう。

 

 状況が把握できた所で、パチュリーは一呼吸。本題に入る。

 

「じゃあ、この前の返事を貰いましょうか」

「返事?なんのだよ?」

「平賀才人に会わせてって話よ」

「外の様子見て、察しがつかねぇのか?」

「つまり会う気はないって?」

「まあな」

「何故?」

「……」

 

 相手はまともに答えないが、七曜の魔女は揺るがない。対するインテリジェンスソードもそれは同じ。彼の方もすでに腹は括っていた。

 やがてデルフリンガーから溜息一つ。剣ではあるが。そして開き直ったような口ぶりで言う。

 

「つまりなんだ、もういろいろとバレちまってる訳だ」

「そうよ。で?」

「なら、何やってもかまわないな」

 

 デルフリンガーはパチュリーを無視。不穏な気配を纏いだす。緊張を走らせる人妖達。

 突然の地震が発生。同時に、ダゴンの足元に穴があいた。真っ暗で何も見えない穴が。

 その穴にスッポリと落ちていく悪魔の模造品とインテリジェンスソード。次の瞬間には穴は閉じ、元の床となる。一瞬で、ダゴンとデルフリンガーは消え去ってしまった。

 呆気に取られる人妖達。穴のあった場所へ、魔理沙が真っ先に駆け寄る。膝をついて床に触れた。慎重に探っていくが、穴があったのが嘘のようにわずかな痕跡もない。

 

「なんだ?転送魔法か?」

「たぶん違うわ」

 

 アリスが肩越しに覗きこんでいた。

 

「舞台の迫みたいなもんじゃないかしら。ここって、平賀才人が管理してる世界なんだし」

「そっか。舞台装置、使い放題って訳だ。デルフリンガーだけが舞台監督と繋がってんだもんな」

「でも、これであの剣が神出鬼没なのも分かったわね。居場所が分からなかったのも」

「楽屋に隠れてんじゃ、分かる訳ないぜ」

 

 腕を組んで、厄介そうに立ち上がる白黒。簡単に事は進まなそうだと、一様に渋い表情が並ぶ。だがここで、あっけらかんとした態度の者が一人。非想非非想天の娘、比那名居天子だ。

 

「向こうがあんな態度なら、やるしかないねー。押しかけちゃお」

 

 訝しげに彼女を見る人妖達。誰もカラフルエプロンの言う意味が分からない。衣玖が代表して尋ねた。

 

「総領娘様。押しかけると言いますが、どうやるんですか?」

「地面に穴空けちゃえばいいのよ」

「何故それで、平賀才人と会えるんです?」

「ほら、前に風石の下、調べた事があったじゃないの。あの時、地面の底の底って空っぽっだったでしょ?そこに行けばいいのよ」

 

 今の世界改変が起こる前。ロマリアが各国首脳を集めた会議で、ハルケギニアの地下に巨大風石があると伝えた。それを確認しようと、天子が『緋想の剣』で地下を調べたのだ。確かに巨大風石はあった。だが彼女はさらにその地下を調べた。結果は驚くべきもので、何もないというものだった。当時は大きな謎だったが、今なら理由は想像がつく。

 何もないという地下空間とは、設定がない世界。つまりは設定の外。平賀才人が、世界を管理している現場という訳だ。

 

 文が相槌を一つ。

 

「なるほど。舞台に穴開けて、舞台下、つまり奈落から楽屋に行こうって訳ですね」

「そうそう」

 

 天子、自慢そうに大きくうなずく。他の連中が思いもよらなかった、いいアイデアを出した。さすが自分と言いたげに。だが痛快な気分を、無粋な一言が粉砕。

 

「却下よ」

 

 紫寝間着のダメ出し。途端に不機嫌になるカラフルエプロン。

 

「何で!?」

「物語をハッピーエンドにするために、私達はここに来てるのよ。なのに当の舞台を壊したら本末転倒でしょ?」

「別に地面全部引っ剥がすんじゃないわよ。小さい穴空けるだけだから」

「小さいとか大きいとかじゃないの。むりやり穴を空ける事自体がマズイのよ。この世界を歪めかねないわ」

「歪むって決まった訳じゃないでしょ!」

 

 わがまま天人、食い下がる。自慢のアイデアが潰されたのが、気に食わなかったのか。対するパチュリーも頑として許可しない。

 以前彼女は、この舞台に穴が空いたのを一度見た事があった。トリステイン魔法学院をジョゼフ達が襲った時に。学院を包み込むほどの穴ではあったが、ハルケギニア全体からすれば小さなものだ。しかしそれでもあの飄々としたインテリジェンスソードが、珍しく動揺していた。彼等にとって舞台の上と楽屋が繋がる事は、大きな問題なのだろう。それがなんなのか分からない以上、天子の案を許可する訳にはかなかった。

 

 結局最後は、衣玖の電撃が天子を静かにして収まる。ただ他に手立てが出ていないのも、また事実。アリスがため息混じりに腕をかかえる。

 

「強行突破がアウトだっていうなら、やっぱデルフリンガーに話付けてもらわないといけないわ。けど、彼ってあんな調子よ。どうすんの?」

「だいたいなんで、平賀才人って私達と会いたがらないのかしら?」

 

 鈴仙が頬に指を添え、首を傾げていた。耳も釣られるように傾く。それにアリスは、分かる訳もないと肩をすくめるだけ。ふと魔理沙が、仕方なさげに口を開いた。

 

「やっぱ、ルイズ張るか?話の都合上、デルフリンガーはルイズの側にいないといけないぜ。で、出てきたところをふん捕まえて、無理やり話聞くってのはどうだ?」

 

 『ゼロの使い魔』の裏事情を知っているのは、唯一デルフリンガーのみ。やはりあの剣に頼るしかないのか。だがこの魔理沙のアイデアも、またパチュリーが却下。

 

「ダメよ。決めたでしょ。ルイズは巻き込まないって」

 

 紫魔女の回答に、黙り込んでしまう白黒。不満そうだが、あっさり引き下がる。

 この話は、来る前に決めた事だった。自分達は、いわば世界の裏側に仕込みをしようとしているのだ。だからルイズ達を関わらせたくないと。彼女達は、世界の表側で生きるのが本来の在り様なのだから。

 

 それからいくつか案が出たが、これというものはない。閉塞感漂う地下室。すでに立ち直っていた天子が、投げやりに言い放つ。

 

「あれもダメ、これもダメじゃどうすんの?」

「次善の策」

 

 天子、パチュリーの方針に不満そうに口をへの字。自分の出した決定打の代案が、次善の策なのが納得いかないのか。魔理沙とアリスも、素直にうなずけない様子。しかしそれでも今はやむを得ない。白黒は箒を肩で担ぐと、腹を決めた。

 

「しゃーねぇか」

「そうね。じゃ、さっそく」

 

 アリスも同じく気持ちを切り替える。そしてすぐさま作業に取り掛かった。タイガー戦車へ近づく人形遣い。人形達が一斉に戦車を囲む。人形達が手のひらを向けると、戦車が淡い光を放ちだした。ただそれはわずかな間だけ。しばらくして元に戻る。取り立てて戦車に変わった様子はない。しかしこれが何を意味するか、魔女達には分かっていた。

 

 ここでの仕掛けはこれで終わり。落ち着いた所で、白黒が紫寝間着へ話しかける。だが、その表情は珍しく真剣味を帯びていた。

 

「パチュリー。次善の策はいいけどな、何か決め手を考えねぇと。リミットまで余裕があるって訳じゃないぜ」

「分かってるわ。最悪、『ゼロの使い魔』の世界を丸ごと滅するなんてのも有り得るものね」

 

 パチュリーもいつになく厳しい口ぶり。同じく他のメンツも、表情を固くする。

 

 実はこの世界の行く末に、あまりよくない結末が予想されていた。それは最終的に『ゼロの使い魔』が、本物の異変と化す事。

 平賀才人は、21巻より先に進めば未来が開けると思っている。しかし、そんな事はありえないと幻想郷の人妖達は知っていた。彼の秘策は必ず失敗すると。問題は失敗が明らかになった後だ。絶望の果てに『ゼロの使い魔』が陰の気を纏い、異変となる可能性が考えられていた。そうなった場合、ハルケギニアがどうなるか想像もつかない。

 さらに別の問題もあった。霊夢が動きだすかもしれないのだ。今、彼女は異変解決の名目で大図書館にいる。異変解決が仕事の巫女が、異変を前にして黙っているだろうか。そして彼女は、やると決めたら必ずやり遂げてしまうというのを皆が知っていた。

 

 

 

 

 

 ヴェルサルテイル宮殿、王の謁見の間では、ガリア両用艦隊司令クラヴィルが額に冷や汗を溜めていた。氷が解けだすかのように。

 

「なんだ、その子供のような戯言は。両用艦隊の司令ともあろう者が、ここまで無能だとは思わなかったぞ」

「……」

 

 ガリア王ジョゼフの侮辱に、ただ耐えるだけのクラヴィル。一方で脳裏は混乱で溢れかえっている。何がなんだか訳が分からない。

 

 クラヴィルは、反乱軍の肩書きでロマリアに攻め込めと命令を受けた。奇妙な命令ではあるが、王命は王命。仕方なしに了解する。だがロマリア国境に迫った辺りで、ジョゼフから呼び出しを受ける。急遽、王都リュティスへ向かうクラヴィル。そして謁見した王から出てきた質問は、何故勝手にロマリアへ向かったかであった。もちろん彼は命に従っただけと言ったが、ジョゼフの方はそんな命令は出していないという。当惑するしかない艦隊司令。もしかして、何かの謀略に引っかかったのではないかと思うほど。

 

 ジョゼフの厳しい態度は変わらない。ついには反乱の咎で、逮捕、処刑されるかもしれない。クラヴィルの脳裏にそんな悪夢が過る。するとその時、王の間に伝令が訪れた。入室を許すガリア王。その伝令は、宗教庁からの返事を携えていた。

 魔法学院襲撃後、ヴェルサルテイル宮殿に帰還してから入る腑に落ちない報告の数々。今一つ状況が把握できないジョゼフは、できる限り情報を集める事とした。宗教庁に問い合わせたのも、その一環だ。

 

 縮こまっているクラヴィルの横で、伝令は厳かに膝を落とす。

 

「陛下。宗教庁よりの返答、貰い受けました」

「なんと言っていた」

「その……"虚無同盟"など知らぬと……」

「何!?どういうつもりだ。ヴィットーリオめ……」

 

 青い髭を苛立たしそうにいじるガリア王。さらに伝令は言葉を続ける。

 

「陛下。今回の件とは別に、宗教庁より伝言を授かっております」

「申せ」

「近々、聖エイジス32世聖下の即位三周年記念が開かれるとのことです」

「それがどうした」

「式典はアクイレイアで行われ、陛下もご招待したいとの事でした。その……全軍がすでに揃っており警備は万全。是非、安心して出席していただきたいと申しておりまして……」

「何ぃ?」

 

 ガリア王の視線に鋭さが増す。

 アクイレイアはガリアとロマリアの国境の町。そこで式典を開くと言う。本来ならば宗教庁のおひざ元、ロマリア市で行うのが自然だ。だいたい場所もおかしいが、いくら教皇の警備とはいえ、全軍揃えるというのもおかしい。しかもその中でガリア王迎えるという。あたかも喧嘩を売っているようにも聞こえる内容。

 

 ジョゼフがゆっくりと玉座から立ち上がった。いつもの気持ちが抜けているような様子とどこか違う。何か決意のようなものがそこにあった。

 

「クラヴィル」

「は、はい」

「お前の受けた命令とやらの通りにしろ」

「え?よろしいのですか?」

「構わん。それと追加の命令だ」

「ハッ!」

 

 罪を問われずに済んだと分かり、艦隊司令の態度は一変。威勢のいい返事が出る。しかし、晴れ上がった気持ちを引きずり落とす王命が下された。

 

「ヴィットーリオを捕らえ、余の下に連れて来い」

「せ、聖下を!?」

「そうだ」

「し、しかし……」

「艦隊に戻れ」

「は、はぁ……」

 

 クラヴィルは来たとき以上に冷や汗を浮かべ、玉座の間を下がっていく。そんな彼など全く頓着せず、側に仕えているシェフィールドへ視線を向けるジョゼフ。

 

「ミューズ。聞いた通りだ。お前が先陣だ。クラヴィルの露払いをしてやれ。『ヨルムンガント』を出せ。好きに使え」

「御意」

 

 シェフィールドはすぐに下がると、準備のために自室へ向かった。

 

 

 

 

 

 大聖堂の地下、場違いの工芸品が並んでいた地下倉庫。ここで、困惑としか言えない声がいくつも上がっていた。騒ぎ声が地下室に響き渡る。

 

「ダメです!全く動きません!」

「そんなバカな……。でもそれじゃ、どうやってこれ、ここに持ってきたんだい?」

「もちろん動かして……、というかできたハズです!できたはずなのですが……」

 

 ジュリオと数十人ものメイジが騒然としていた。ある物を前にして。そのある物とはタイガー戦車。彼等はこの戦車を、聖エイジス32世の即位三周年記念の場であるアクイレイアに運ぼうとした。対ガリアへの決め手として。

 だが地下から地上へ出す所、つまり最初でつまずいた。何故か全く動かないのだ。もちろん相当の重量のあるものだ。簡単に動くハズがないのは確か。しかし、これは聖地付近から持って来たのだから、全く動かせないという訳でもない。

 ところがビクともしなかった。まるでこの空間に、嵌め込まれているかのように。

 

 

 

 ロマリア北部。ガリア国境近くに虎街道と呼ばれる道があった。渓谷にあるこの街道は、ガリアにすれば攻めづらく、ロマリアにすれば守りやすい。そのロマリア側出口に、ティボーリ混成連隊が布陣していた。

 もうまもなく、式典がアクイレイアで開催される。その警固のために布陣していたのだ。だがその警戒すべき相手とはガリア。なんとガリアがロマリアに攻め込んでくると可能性があると言う。連隊の誰もが、半信半疑だった。

 

 半ば軍事教練気分だった連隊長の前に、一人の兵が駆け寄って来る。先行していた偵察隊の一人だ。

 

「連隊長!」

「なんだ?」

「りょ、両用艦隊です!両用艦隊が現れました!」

「何!?」

 

 まさかという言葉が連隊長の脳裏に湧き上がる。すぐさま望遠鏡を手にし、遠見の魔法も併用してはるか先を探った。目に映ったのは、まさしく大艦隊。さらに何やら巨大ゴーレムらしきものをぶら下げている。しかも、それを投下したのが見えた。

 連隊長は一瞬呆気に取られたが、すぐに我に返る。すると口を強く結び、眉間に皺を寄せ黙り込んだ。思案を巡らす。両用艦隊が相手では、厳しい戦いが予想される。しかしこの連隊には強力な部隊がいた。大砲を積んだ巨大亀を擁する砲亀兵だ。いわば動く砲台である。さらに上空にはロマリア艦隊も展開している。いかな両用艦隊でも十分対応できるだろう。

 意を決すると、連隊長は顔を上げた。

 

「進軍せよ。両用艦隊を迎え撃つ」

「ハッ!」

 

 副官から威勢のいい返事が出る。ティボーリ混成連隊は連隊長の号令一下、虎街道に向かって前進を始めた。

 

 そしていよいよ虎街道に入ろうとした時、ふと視界に何かが入った。上の方に。

 

「なんだ?」

 

 見上げる兵達。空から何かが落ちてきていた。岩が。それもかなり大きい。

 

「なっ!?」

 

 誰もが口を開いたまま、石像のように硬直。突然の異様な事態に。

 

 視線の先にある岩は、すさまじい勢いで落ちてきていた。近づけば近づく程その大きさが分かって来る。かなり大きい。いや、大きいなんてものではない。まさしく巨大隕石。このまま地表に落ちれば、大爆発は必至。この周辺、数リーグは何も残るまい。被害は数十リーグにも及ぶだろう。少なくとも、この連隊は一人として残るまい。

 

 ところが突然急減速しだす巨大隕石。速度を徐々に落としていく。やがて地上に着地。静かに、穏やかに、何事もなく。

 

「……」

 

 完全に思考停止の連隊の兵達。夢かと思えるほど、目の前の光景は常軌を逸していた。何かの芸かのように、唖然とした顔がずらりと並ぶ。

 

 彼等の目に映るそれは、奇妙姿をしていた。巨大さは小山と言ってもいいほど。しかし山はひっくり返ったような形をしており、上の方が太い。しかもそこには、巨大な縄が巻きつけられていた。その縄には、これまた巨大な紙がぶら下がっていた。

 

「な……なんなのだ……?これは……?」

 

 連隊長が絞り出すように言葉を口にする。しかし、この問に答えられる者はどこにもいない。何か新手の攻撃なのか。そもそも攻撃なのか、それとも自然現象なのか。

 ただ、誰もが分かった事が二つある。一つは、この巨石によって虎街道の入り口は塞がれ、先に進めなくなった事。もう一つは、逆にガリアの巨大ゴーレムもこちらに向かってこられなくなった事。つまり、ガリアとの戦闘が不可能になったのだ。

 

 

 

 

 

 アクイレイア郊外。空き家に怪しげな人影多数あった。幻想郷の人妖達だ。その空き家の扉が開くと、二つの人影が入って来た。

 

「用事、済んだわよ」

 

 天人と竜宮の使い。魔理沙が、椅子にもたれ掛かりながら顔を扉の方へ向ける。

 

「んで?」

「問題ありません」

 

 衣玖のあっさりした返事。天子の方は、今一つ煮え切れない様子。皿に乗った菓子を奪い取るように一つ手に取り、食いちぎる天人。そんな彼女を横目で見ながら、衣玖はわずかに頬を緩めていた。見るからに不機嫌そうな天子だが、なんだかんだで素直に役目をこなしている。彼女なりに、ルイズ達を気にかけてはいるのだろうと。

 

 落ち着いた所で、アリスが話を始めた。

 

「これで時間は作れたわね」

 

 これがパチュリーの言っていた次善の策。つまりはストーリーの進行を止めてしまえば、21巻までたどり着かないという訳だ。今回打った手は、戦いの舞台である虎街道への侵入の阻止と、決め手となるタイガー戦車を使えなくする事。前者は街道入り口を天子の要石で塞いでしまう。後者はアリスの結界で戦車を空間に固定して動かせなくする。これで、ガリア戦初戦の見せ場、タイガー戦車vsヨルムンガンド戦は始められなくなった。

 

 魔理沙が椅子を抱え込むように座り直す。作戦が上手くいった割には、冴えない様子。

 

「ここまではいいが、これからどうすんだよ」

「一度、図書館に戻るわ」

 

 パチュリーが、手元にある本をパタンと閉じる。魔理沙、不思議そうに同じ言葉を繰り返す。

 

「図書館に戻る?」

「もう一度、外からアプローチしてみるのよ」

 

 ハルケギニアに来る前。彼女達が最初に考えたのは、平賀才人に外から会おうというものだった。黒球状態の『ゼロの使い魔』に直に話かけようとしたのだ。しかし先に向こうから手を出されてしまい、霊夢が結界で包み込んでしまう。これでは直に話すのは無理。だから中に入ってみたのだが、こちらでも平賀才人との接触に失敗してしまった訳だ。

 

「一旦は諦めたけど、やっぱり外から平賀才人のいる楽屋に行ければ、一番この世界に影響が出ないわ」

「……だな。やってみるか」

 

 うなずく魔理沙。すかさず立ち上がる。次にパチュリーは文の方を向いた。

 

「ちょっと頼みがあるんだけど」

「何?」

「文達には残ってもらいたいのよ」

「ふむ……。全部終わった後、今回の件の記事作りに協力してくれるなら」

「構わないわ」

「ありがとうございます。いいですよ。残りましょう。ですがまた何故?」

「念のためよ。一応手は打ったけど、こっちで何が起こるか分からないもの」

「ほう、見張り役ですか。分かりました」

 

 部屋の中央ではすでに、アリスが転送陣を描き始めている。その後、パチュリー、魔理沙、アリス、こあの四人は外の世界、大図書館へと飛んで行った。

 

 図書館に戻ると、クッキー片手に本を読んでいる霊夢が目に入る。魔理沙が手を振りながら声をかける。

 

「よぉ。どんな具合だ?」

「暇よ。美味しいものが、ただで飲み食いできるのはいいけどね」

「お前じゃねぇよ。『ゼロの使い魔』の方だぜ」

「見ての通り」

 

 霊夢は『ゼロの使い魔』を顎で指す。魔理沙の目に映る黒球は、相変わらず身動き一つできない様子。状況は可もなく不可もなく。

 ともかくゆっくりしている余裕はない。さっそく動き出す魔女達。それから調査を開始。二時ほどの時間が経つ。いくつかのアイデアが失敗し頭を悩ませている所に、意外な声が飛び込んできた。

 

「大変!大変!」

 

 一斉に振り向く三魔女とこあ。声の主は鈴仙だった。見るからに慌てている。すぐ側まで駆け寄って来た鈴仙に、パチュリーが尋ねる。悪い予感が走り始めていた。

 

「ハルケギニアで何かあった?」

「始まっちゃった!」

「何が?」

「戦争よ!」

「……」

 

 黙り込むパチュリー。次に魔理沙が戸惑い気味き迫って来た。

 

「どういう事だよ!?」

「文から聞いたんだけど、なんとか連隊が全滅しちゃったんだって!」

「ちょっと待てよ。虎街道には入れないはずだぜ。まさかヨルムンガンドが要石越えてきたのか?」

「それが全滅したのは虎街道の中って話よ」

「はぁ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる白黒。さらに玉兎の話は続く。

 

「それと戦車。戦車も戦争に行ったって」

「な!?どうやって?結界張ったはずよ!?」

 

 今度はアリスが慌てだしていた。

 

 ありえない話の内容。想定外の事態。天子の要石は、砕くのはおろか削る事すらできない。当然動かすなんて不可能。また虎街道へ入る脇道がない以上、ティボーリ混成連隊が街道に入れるはずもない。さらにタイガー戦車。あの戦車は、結界で空間に固定されていた。例え床を削り取っても宙に浮くだけ。どちらもハルケギニアの住人には、対応不可能な代物だ。にも拘らず、どちらも全く効果がなかったかのような状況となっている。

 

 三魔女の表情に厳しさが増す。パチュリーはしばらく考え混んでいたが、意を決したように立ち上がった。

 

「ハルケギニアに行くわ。実際見てみないと、何も分からないし」

 

 他の二人も強くうなずく。すぐに動き出す三人とこあ。鈴仙も慌てて後を追っかけた。霊夢の方は、そんな彼女達を文字通り他人事のように見送るだけだったが。

 

 異常事態に、頭をフル回転させる人妖達。一体何があったのか。ともかく、話が進んでしまったのは確かだ。そしてそれは、リミットが近づいてしまったという意味でもある。『ゼロの使い魔』の世界が、破綻に一歩近づいたと。

 

 

 

 


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