ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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決意

 

 

 

 

 

「「「ええっ!?」」」

 

 ここは吸血鬼姉妹、アミアス、ダルシニの自宅。ここのリビングに、驚きの声がハモっていた。タバサの結婚話を聞いた、ルイズとキュルケ、さらにここに住んでいるタバサの母親、オルレアン公夫人の声が。三人が驚くのも無理はない。これはただの結婚話ではない。ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世に嫁ぐという話なのだから。

 ちなみにここで話しているのは、学院には、シェフィールドがいるため。いくら幻想郷の人妖達がいるとは言っても、どこで聞き耳立てられるか分からない。それに、オルレアン公夫人にも聞いてもらわないといけない話でもあったからだ。

 

 キュルケが溜息混じりに、ぼやく。

 

「あなたの事、今度から"陛下"って呼ばないといけないのね……。ルイズ。友達を"陛下"って呼ばないといけなくなるって、どんな気持ち?」

「なんの話よ?」

「だって、あなたアンリエッタ女王と幼馴染でしょ?」

「幼馴染だけど、姫様は最初から姫様だもん。友達が突然、女王になったって訳じゃないわ」

「そっか……そうよね……。なんていうか妙な気分だわ……。親友を陛下って呼ぶって」

 

 やけに落ち込んでいるキュルケ。無理もない。タバサがゲルマニア帝国皇后になるとは、キュルケの主君になるのと同義。もう対等の立場ではなくなる。

 彼女は気を揉んでいる様子で、親友の方を向いた。

 

「それにタバサ。言っとくけど、ウチの皇帝って結婚はしてないけど、愛人が一杯いるのよ。その辺、分かってる?考え直すのも……」

「まだ決めた訳じゃない」

 

 タバサの淡々とした言葉が返って来た。キュルケは意表をつかれたような顔。ふと思い返す。話は決まった訳ではなかったと。ここでオルレアン公夫人が口を開いた。重々しく。

 

「シャルロット。このお話、あまりに条件が良すぎます。わたくしには、何かがあるように思えて仕方ありません」

「はい。母さま」

 

 タバサが素直にうなずく。夫人の言う通り。この話が額面通りだとしても、ガリア内で大きな変化があったのは間違いない。せめて、それだけは知っておきたかった。ガリア王家に非道な扱いを受けた母娘。王家を全く信用していない。今回の話が好条件だからと言って、すぐさま飛びつく二人ではなかった。

 夫人は俯きつつ、つぶやく。

 

「ガリア王の真意が、分かればいいのですが……」

 

 彼女と同じことを誰もが考えていたが、具体的にどうするかが分からない。すると重い空気をぶち壊すような、抜けたような声が出る。ルイズだった。

 

「あ」

「何よ。まぬけな声だして」

 

 キュルケの少し不満そうな顔。真剣な話をしている時に、このちびっ子はという具合に。だが彼女の目に映ったのは、やけに嬉しそうなちびっこピンクブロンド。

 

「簡単よ!」

「簡単って……ガリア王の考え探るのが?」

「そうよ!」

「どうやるのよ?」

「だって、学院にはシェフィールドがいるじゃないの!こっちには天子がいるわ。天子の前じゃ、嘘つけないもの。あいつの考え知るなんて、あっさりできるわ!」

「そっか……それもそうね!そうだわ!さっそく、やっちゃいましょ!」

 

 天子は緋想の剣により、嘘が見破れる。今まで何度もやっており、ルイズはそれを側で見ていた。覚悟を決め隠そうとする相手に、真実を吐かせる。普通なら至難な業が、ルイズにとっては造作もなかった。

 ただそこに、タバサが一つ言葉を差し込む。

 

「ルイズ。その考えには賛成。だけど、一つ頼みがある」

「ん?何?」

「ガリア王家では、私は妖怪を知らないという事になってる。だからこれは、悟られないようにしたい。もしかしたら、後で使えるかもしれないから」

「うん。分かったわ。そうね。何しに来たか聞くって恰好でいきましょ。なんとか自然に、タバサの婚約話の理由聞いてみるわ」

 

 自然に聞くというルイズの言葉に、小バカにしながらキュルケが茶々を入れる。できるのかと。その後、いつものじゃれ合いが少々。ただ三人には、安心した様子がうかがえた。しかしそんな彼女達を前に、一人取り残されたオルレアン公夫人。呆気に取られるだけ。

 

「えっと……どういう事なのです?」

「母さま。安心して。すぐに王家の考えを調べてくるから」

「え……ええ……」

 

 あまりに自信一杯のタバサの態度に、訳も分からないままうなずく夫人。それから三人は、転送陣を使って寮へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 夕食も終わり、そろそろ就寝時間に差し掛かろうかという頃。歩き回っている人物がいた。シェフィールドだ。だが用が終わったのか、自分の部屋へ足を進めている。すると扉の前に人影を見つけた。相手も気づいたのか、顔を向けてくる。ルイズと天子、それと衣玖だった。ルイズは、悠然と尋ねた。

 

「今まで、何してたの?」

「……。客人に対して、挨拶もなしにいきなり質問?ヴァリエール家は、どういう教育してるのかしら?」

「はぁ!?私を罠にハメようとしたヤツに、礼儀なんていらないわよ!」

 

 ルイズは指さして怒声。しかし、シェフィールドは動じない。

 

「それで、何か用?」

「あんたが、何しにここに来たか聞きにきたの。一応言っとくけど、抵抗も嘘も無駄だから」

 

 虚無の担い手は天人と妖怪を背後に、余裕の表情。お前は籠の鳥だと言わんばかりに。だがやはりシェフィールドの態度は変わらない。

 

「……。話があるなら聞くわ。ここでは何だし、部屋に入りましょ」

「え?あ……うん……」

 

 あまりの平然としたリアクションに、拍子抜けのルイズ。シェフィールドに言われるまま、彼女の部屋へと入る。しかもシェフィールドは、紅茶まで出してくれた。ルイズは警戒しつつも、案内されるまま小さなテーブルを挟み座る。少々当惑気味の虚無の担い手。ミョズニトニルンは構わず話しかけた。

 

「聞きたい事って?」

「え……ええ……。えっと……まず何しに来たの?」

「シャルロット様……、ここではタバサって名乗っておられるようだけど、あの方に縁談を持ってきたのよ」

「それは聞いたわ。ゲルマニアと同盟結びたいって話もね。だけどそのまま素直に、信じる訳ないでしょ」

「信用ないわねぇ」

「当り前よ!」

「フッ……」

「全部話してもらうわ。もう一度言うけど、嘘ついても無駄よ」

 

 凄みを見せるルイズ。もっともシェフィールドからすれば、小娘が粋がっているようにしか見えないが。しかし、彼女の傍らにいる二人の人外は別だ。しかもガンダールヴは、天使なんてしろもの。抗う術すら想像がつかない。だが、この埒の外の存在に対し、彼女は対策を練っていた。

 シェフィールドはあっさりと口を割る。

 

「ジョゼフ陛下は、聖戦に参加する事を決めたの」

「ええっ!?」

「ロマリアに提案されたのよ。これだけ虚無の担い手がいるんだから、宗教庁が動くのも当然と言えば当然。で、その話に乗ったという訳。いずれあなたの所にも、話が行くでしょうね。そこで陛下は、ハルケギニアが一丸となるために一役買ったのよ。ゲルマニアに担い手はいないけど、ハルケギニアの有力な国だしね」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!アルビオンを散々引っ掻き回したガリア王が、ハルケギニアを一つにまとめたくなった?何よそれ!」

 

 さすがに信じがたかった。ガリア王はアルビオンで偽者の虚無を担ぎ出し、アルビオンを戦争の坩堝に落としただけではなく、ハルケギニア全土を戦乱に巻き込もうとしていたのだから。それが全くの逆な行動を取るとは。理由がまるで想像がつかない。

 ルイズはシェフィールドを、睨みつけつつ問う。

 

「まさか、ガリア王が突然、始祖ブリミルの信仰に目覚めたとか言うんじゃないでしょうね?」

「いいえ違うわ。用があるのは聖地。もちろん聖地奪還なんて、聖戦のお題目には興味をお持ちではない」

「それじゃぁ、何が目的よ?」

「聖地には扉があるの」

「扉?」

「そう。そしてその扉は、死後の世界と繋がっているの」

「え?」

「陛下はその死後の世界を、訪れたいとお考えなの」

「はぁぁ!?」

 

 身を乗り出して、素っ頓狂な声を上げるちびっ子ピンクブロンド。ガリア王の考えは、彼女の思考の斜め上。思わず天子に確認を取るが、シェフィールドに嘘はないとの答え。ルイズは茫然と席に戻る。

 ジョゼフの頭の中は、どうかしていると思うしかない。無能王と呼ばれるジョゼフ。無能王というより狂人王と呼んだ方がいいのでは、とすら考えてしまう。

 

 この後、ジョゼフの真意について聞いたが、これは前回と同じくシェフィールドすらも知らなかった。さらにタバサに対しての今後の扱いも聞く。しかし、それも彼女から聞いたそのまま。彼女の口から出てくるものには、裏黒いものが一つもない。一方、それ以上の事は知らなかった。結局ルイズには、大した情報が手に入らなかった。

 実はこれこそ、ガリア王の使い魔が考えた手。人外達の本拠地へ訪れるための。ゲンソウキョウのヨーカイ相手に、隠し事ができないのは経験済みだ。だから口を割ってもいいように、必要最低限の情報だけを頭に収め来たのだった。

 

 一通りを聞き終えると、ルイズはこの部屋を去る。悶々としたなんとも収まりの悪い表情で。シェフィールドはその背を、鼻で笑いつつ見送った。

 

 

 

 

 

 

 翌朝。アミアス達の住まい。ルイズは得た情報を、全てタバサ母娘に話していた。

 

「……って、あの女は言ってたわ」

「…………」

 

 母娘は言葉がない。横で聞いていたキュルケが、呆れた声を出す。

 

「頭おかしいとしか思えないわ。今までの陰謀も、実は考え無しだったんじゃないの?」

「そうよねぇ。無能王とか呼ばれてるけど、ホントは頭いいとか思ってたのに。やっぱ大馬鹿なのかしら」

 

 ピンクブロンドも赤毛の言い分に賛成。しかし、オルレアン公夫人だけは、二人とは正反対の重い表情を浮かべていた。

 

「その……考えづらいのだけど……。もしかしてガリア王は、後悔してるのかもしれません」

「後悔?」

 

 母親にタバサが聞き返す。夫人はゆっくりと娘の方を向いた。

 

「あなたの父さま、オルレアン公を手にかけた事を。だから死後の世界に行って謝りたいのではないかと……。私たちの扱いが大きく変わったのも、償いがしたいからではと……。何が切っ掛けでそうなったのかは、分かりませんけど」

「…………」

 

 タバサは黙ったまま、唇を強く結ぶ。表情が固くなる。

 何が謝りたいだ。今さらだ。自分たち家族を、ここまで滅茶苦茶にしておいて、償いもないものだ。雪風の二つ名を持つ少女に、沸々とした怒りのような感情が湧いて来ていた。

 だが、いくつもの死地を潜り抜けたタバサ。熱くなっても、冷静さは失わない。同時に頭が回り始める。夫人の考えは、一応、辻褄が合う。今までのジョゼフの態度からすると、かなり違和感を覚えるが。いや、だからこそなのかもしれない。ここまでの変化をもたらすものなのだ。尋常な理由のハズがない。さらに実際問題として、ゲルマニアの皇后となれば、ガリア王家の手の内から抜け出す事ができる。母娘揃った穏やかな日々が、取り戻せるかもしれない。

 ジョゼフに対する感情的なものは確かにある。しかし、それだけを理由に拒否するには、手に入らないものが多すぎた。

 

 するとキュルケがふと口を開く。

 

「タバサ。あたしはあなたの考えを尊重するわ。この話、受けるにしても受けないにしてもね。受けないなら、あなた達母娘をあたしが匿う。逆にゲルマニア帝国皇后になったら、第一の忠臣となって、あなたを守ってあげるわ」

「キュルケ……」

 

 タバサは、思わず無防備な表情を晒す。心の奥底を、浮き上がらせたようなものを。それは、純粋な温かみを湛えていた。この小さな少女は、言葉を一つ漏らす。

 

「ありがとう……」

「あたしの心は広いもの。あなたを入れる余裕は、いくらでもあるわよ」

 

 朗らか笑みを浮かべるキュルケ。タバサも、頬を緩める。雪風の二つ名とは縁遠いほどの、穏やかな表情で。

 

 すると急にルイズの方へ向くキュルケ。

 

「そうそう。ルイズが入る分もあるわ」

「な、何言い出すのよ。あんたは……」

 

 文句を言いながらも、顔を赤らめるルイズ。まんざら悪い気分ではないらしい。しかしキュルケ、一言追加。

 

「裏山の雑木林みたいなのがね」

「あ……あんたってヤツは!」

 

 それからよく見る二人のじゃれ合いが始まった。それを楽しげに見ているタバサ。しかし、やがて身を引締める。ルイズとキュルケは察したのか、騒ぐのをやめ、顔つきを固くする。そしてシャルロット・エレーヌ・オルレアンは意を表した。決意を。

 

「私。この話、受ける」

「「「…………」」」

 

 一同は、タバサの言葉を、噛みしめるように耳に収めた。そして強くうなずく。この時、誰もが感じていた。しっかりとした繋がりを。これにより何が起こるか分からないが、何があっても共に立ち向かう。口にした訳ではないが、ルイズ、キュルケ、タバサの三人は、同じ思いを抱いていた。

 

 同日の午後。タバサはシェフィールドに答えを伝える。ミョズニトニルンはこれに、最大限の礼節を持って応えた。そして同じ日、シェフィールドはトリステイン魔法学院を後にする。

 

 

 

 

 

 ガリア王都、リュティス。その郊外にガリアの中枢、ヴェルサルテイル宮殿があった。その一室で、ガリア王ジョゼフは、忠実な僕から報告を受けている。機嫌よく。

 

「そうか、そうか。シャルロットは受け入れたか」

「はい」

「重畳、重畳」

「好条件に、受け入れざるを得なかったのでしょう。しかし、よろしいので?オルレアン家は、完全に陛下の手を離れますが」

「シャイターンの門さえ手に入れば、どうでもよい」

「はい」

 

 主の言葉に、静かにうなずく使い魔。思った通りという態度で。

 だいたいジョゼフは、今のオルレアン家に関心があるように見えなかった。オルレアン公夫人を狂わせ、タバサを、娘、イザベラに預けて以来、あの家は彼にとって、どうでもいい存在となったのだろう。それは、ラグドリアンのオルレアン邸宅に、見張りを置いてない点からも窺えた。

 

 ジョゼフは、顎に蓄えた髭に手を伸ばす。さっきまでの機嫌のよさは消えていた。目元がやや厳しい。

 

「次は、ビダーシャルだな」

「はい」

 

 シェフィールドの顔つきも、引き締まったもの。

 ビダーシャル。ガリア王と盟約を結んだエルフ。ガリア国内でも、ほんの一部の人間しか知らない存在だ。だがこの盟約の大前提は、ジョゼフがハルケギニアに混乱をもたらすというもの。エルフにとっては、人間たちがいつまでも一つにまとまらないのが、もっとも望む状況なのだから。しかし、ジョゼフは今からはその逆をやろうとしている。当然、ビダーシャルがネックとなるのは避けられない。

 

「ヤツは今、何をしてる?」

「『ヨルムンガント』の開発はすでに終えています。現在は、火石の製造中です」

「どこまで作れた?」

「陛下がお望みの大きいものは、わずか数個。さすがに容易にはいかないようです。ですが、実験用に作った中小のものは、それなりの数があります」

「そうか……」

 

 椅子にもたれかかると、腕を組むガリア王。青い髭をいじりながら思案に暮れる。そしてポツリとつぶやく。

 

「できれば今後も、ヤツの手を借りたいが……。うなずく訳がないな。ミューズ、何か手はないか?」

「はい……」

 

 シェフィールドは考えを巡らす。最強の妖魔、エルフ。しかも、ビダーシャルはエルフの中で、高い地位にあった人物。腕の方も並ではないだろう。そんな存在を、意のままに操るなど可能なのか。その時、ふと閃いたものがあった。

 

「陛下。やってみなければ分かりませんが、方法がない訳でもありません。しかし、その前に問題があります」

「なんだ?」

「いかにビダーシャル卿を、捕らえるかです」

「ふむ……。確かに、このままという訳にはいかん。余が聖戦に加担するのが知れるのも、時間の問題だろうしな」

「陛下の虚無の御力ならば、可能ではありませんか?」

「殺すのだったらな。だが、捕らえるとなると厄介だ。エルフは話せれば、魔法が使える。かと言って、その後を考えれば喉を潰す訳にもいかん」

 

 ジョゼフの虚無の力は"加速"。文字通り、目にも止まらない速さで動ける。さらにジョゼフは『エクスプロージョン』も使えた。エルフ相手でも戦える。殺すならば、これらの力にナイフ一本あれば事足りた。しかし、捕らえるとなると話は違った。なんと言ってもエルフは口さえあれば、先住魔法が使えるのだから。例え身動きできなくしても、十分ではない。

 その時、ふとシェフィールドの脳裏に、不快な記憶が蘇る。主の言った、話せればという言葉が、呼び水となったかのように。すると不快な記憶は、秘策へと変わっていた。

 

「陛下。その両方を叶える手段があります。喉を潰さずに、エルフを捕らえる手が」

「ほう……。さすがはミューズだ」

 

 ガリア王は楽しげに、青い髭をいじりだしていた。

 

 

 

 

 

「一体、どういう訳なのだ?」

 

 ビダーシャルは目の前に広がる光景に、眉をひそめる。ここは宮殿の端、彼の拠点である礼拝堂に近い空部屋。しかし、煌びやかにしつらえられていた。そして飾られたテーブルの上には、豪華な食事が並んでいる。そしてジョゼフとシェフィールドが、同じく着飾って立っていた。

 エルフは盟約を結んだシャイターン、虚無の担い手に疑問の目を向ける。当のジョゼフの方は手を広げ、大歓迎という仕草。

 

「『ヨルムンガント』が完成したそうではないか。その祝いと、これまでにお前の貢献に感謝を示したくなったのだ」

「感謝だと?」

 

 ビダーシャルの違和感は増すばかり。目の前の男が、感謝など言うのを初めて聞いた。それは彼に対してだけでなく、誰に対しても口にしなかった言葉だ。だがジョゼフは、彼の態度に構わず話し続ける。

 

「ま、我ら三人だけの、寂しい宴ではあるが、存分に舌を楽しませてくれ」

「…………」

 

 どこか腑に落ちないまま席に着くエルフ。並んでいる、食器にグラス、フォークにナイフ。ハルケギニアに来て大分経つ彼からすれば、見慣れたものばかり。しかし一つだけ、奇妙なものに気付いた。食器の一番端に、一振りのナイフが置かれていたのだ。よく見ると、ジョゼフとシェフィールドの席にも置かれていた。

 ビダーシャルは、ナイフを一瞥すると尋ねる。

 

「このナイフはなんのためにある?」

「ん?ああ、それか。実はガリアの田舎料理を、振る舞おうと思ったのだ。その料理は、自分で切り分けるのが醍醐味でな。まあ、お前からすれば蛮族らしい料理と思うかもしれんが、時にマナーを忘れ粗暴に食を楽しむのも悪くないぞ」

「…………」

 

 慎重さが伺えるビダーシャルの態度は変わらない。だが気にせず、ジョゼフは自らワインを振る舞った。

 

「まずは、祝杯といこう」

 

 グラスを手に持つ、虚無の担い手と、彼の使い魔。だがビダーシャルは手にしなかった。その手はグラスではなく、ナイフの方へと向かう。そしてわずかにつぶやいた。急に厳しい顔つきとなるエルフ。ナイフ周辺の精霊から、異様な気配を感じとっていたのだった。

 

「なんだ!?このナイフは!」

「ん?どうかしたか?」

「とぼけるな!ただのナイフではないな?」

「ふぅ……」

 

 ジョゼフはグラスを置くと、大きくため息をつく。そして急に拍手しだした。愉快そうに。

 

「さすがはネフテスのビダーシャル。少々、甘く見過ぎていたわ」

「貴様……」

「まあ、そういきり立つな。まずは謝っておこう」

「!?」

 

 さらに違和感を深めるエルフ。目の前の尊大な王が、今度は謝ると言い出した。またもらしくない言葉。だが今、気にするべきはこれではない。この妙なナイフが、何故、ビダーシャルの席に置かれていたかだ。

 ジョゼフはワインを一口飲んだ後、テーブルの上で手を組む。そして世間話でもするかのように、話を切り出した。

 

「実はな、余は聖戦に組することにした。盟を破ったのは、悪いと思っている」

「な!?どういう事だ……?」

「聖地奪還など興味はないが、シャイターンの門を使いたくてな。そうだ。余に門が使えるよう計らうのなら、聖戦の話、白紙に戻してもいいぞ」

「ふざけるな!」

 

 冷静なビダーシャルにしては珍しく、声を荒げていた。しかし、ジョゼフの振る舞いは変わらない。

 

「では、こうしよう。サハラ攻略に手を貸してくれれば、お前をエルフの王にしてやろう」

「貴様というヤツは……!」

 

 常に落ち着いていたエルフが、激情を放っていた。そもそも彼がハルケギニアに来たのは、聖地にあるシャイターンの門に、虚無の担い手を近づかせないためだ。条件に関わらず、ジョゼフの要求を呑むはずがない。

 ビダーシャルは、すぐさま椅子から立ち上がる。

 

「全てはここまでだな。私はサハラへ帰る」

「それは困る。今の話、エルフ共に知られる訳にはいかん」

 

 ジョゼフは軽く指をならした。同時に、シェフィールドが立った。さらに入り口から兵達が、飛び込んできた。しかし全く動揺を見せないビダーシャル。

 王は命じた。

 

「捕らえよ」

 

 一斉に飛びかかる兵達。しかし、全員、跳ね返される。金髪の妖魔はすでに、『カウンター』の魔法を発動させていた。鉄壁の防御を固めたビダーシャルは、冷静に対応しつつも険しい表情のまま。だがジョゼフとシェフィールドも、当然の結果と揺るぎもしない。長らく結んでいた双方。エルフの手の内など、分かっている。

 ビダーシャルは踵を返す。

 

「では、帰らせてもらう」

「それは困ると言った」

 

 ジョゼフは言葉と同時に杖を振るった。

 軽い爆発が起こる。虚無の魔法『エクスプロージョン』。『カウンター』の障壁が霧散した。虚無の魔法は、エルフが使う先住魔法、彼らの言う精霊魔法の天敵。この程度の魔法でも、効果は十分にあった。

 だがビダーシャルの対応も素早い、ただちに次の魔法を唱えようとする。

 

「ん?」

 

 その時、驚きが彼を包んだ。ジョゼフの姿が消えていたのだ。同時に、口の中に何かが入っているのに気付く。

 

「遅い、遅い」

 

 脇から馴染んだシャイターンの声が届いた。彼の視界の右隅に、青い髪の偉丈夫が入る。ジョゼフの虚無、本来の力、"加速"。それが今、発露した。彼以外には、テレポーテーションしかたのように見えただろう。この狭い部屋だ。ジョゼフの前では、一言、漏らす隙すらない。

 しかし何故か王は攻撃するでもなく、エルフの口に手を入れただけ。ただし指先には、小さな黒い玉が挟まれていた。それがエルフの喉の奥へ落とされる。思わず飲み込んでしまうビダーシャル。

 次の瞬間……。足の力が突然抜けた。床へと這いつくばる。

 

(!?)

 

 ビダーシャルには、まるで状況が理解できない。そして、強大な魔法を唱える口は、訳の分からない事を喚き始めていた。

 

「まことに!まことに!申し訳ありません!」

 

 益々混乱に陥る最強の妖魔。

 

「皆さまに、逆らうなど持っての他!礼節を全くわきまえぬ態度、謝罪しても謝罪しきれません!」

 

 考えてもいない言葉が、次々と口から出てくる。勝手に。さらにその身も自由を奪われていた。両手を床につけ、足を折り、腰を曲げ、顔は下ばかり向いている。異世界で言う土下座の姿勢。

 

(な!?なんだのだこれは!?一体何がおきている!?体がまるで言う事をきかん!)

 

 言葉は頭を巡るだけで、声にならない。すると、脇からジョゼフの大笑いが聞こえた。

 

「ハッハッハッハッ!これは傑作だ!お前の、こんな姿が拝めようとは!」

 

 罵りが長い耳に届く。屈辱が胸に湧き上がる。人間達を、蛮人と見下していただけに、余計に今の有様は我慢がならない。だがビダーシャルは、言い返すどころか、指一本すら動かせなかった。

 

(何をした!?一体何をされた!?)

 

 言葉は、頭の中に響くだけ。口からは、一言も出て行かない。

 ジョゼフはしゃがみ込むと、ビダーシャルの顔を覗き込む。余裕を持って語り掛けた。

 

「種明かしをしてやろう。お前がこんな目にあっているのは、さっき貴様に飲ませた薬のせいだ」

 

(!?)

 

 ほんの少し前の出来事が脳裏に蘇る。ジョゼフが口に手を入れた時、確かに何かを飲み込んだ。だがエルフである自分に、人間たちの薬が効くとは信じがたい。虚無の担い手は話を続けた。

 

「もちろん、ただの薬ではない。あのゲンソウキョウのものだ。しかもそれを作ったのは、天界のさらに上に存在する連中だそうだ。神や天使のいるという天界の上にある存在とは、想像もつかんが。ともかく、我々の世界の者が、どうにかできるものではないようだ。例えそれがエルフでもな」

 

 ジョゼフの言う天界の上にある存在。つまり宇宙人。この薬を作ったのは、月の英知、八意永琳だった。シェフィールドが幻想郷に行った時、彼女から渡された薬の一つだ。永琳は緊急用などと言っていたが、実は土下座して謝り続けるという底意地の悪い薬。シェフィールドはこれを風見幽香の前で使ってしまい、酷い目にあった。

 

 単に辱しめを与えるだけの薬。しかしそれも使い方も次第だ。その結果が目の前の光景だった。シェフィールド自身、これほど有用とは思ってもみなかったが。この薬を飲んでしまうと、土下座しかできず、謝罪しか言えない。つまり口も体も完全に、当人の思い通りにならなくなる。エルフを捕らえるには最適だ。

 

 ガリア王は兵たちに命ずる。

 

「こいつを捕縛せよ。それから轡を忘れるな」

「はっ!」

 

 謝罪し続けるビダーシャルを、身動きできなくする兵士たち。さらに口には特製の轡を取り付けた。これは飲み食いこそできるが、魔法を唱えられなくするもの。最強の妖魔は、全く抵抗できずに捕らえられる。そして特別牢へと、連れていかれた。

 

 残ったジョゼフとシェフィールド。ガリア王はビダーシャルの席へと近づく。そして先ほどのナイフへ視線を落とした。

 

「地下水。上手くいかなかったようだな」

「申し訳ありません。やはりエルフは、一筋縄ではいかないようです」

 

 ナイフが言葉を返していた。だが二人は、わずかの驚きも抱かない。

 このナイフ、実はインテリジェンスナイフ。"地下水"と呼ばれており、通常はジョゼフの娘、イザベラの配下として活動している。

 地下水は特殊な能力を持っていた。持った相手を操るというものだ。つまりこのナイフでビダーシャルを操る。これこそシェフィールドが考えた、ビダーシャルを聖戦に協力させる方法だった。この晩餐も、ビダーシャルが自然と地下水を掴んでしまうように仕組んだ策。失敗したが。

 だがそれが成功しても問題はあった。人間相手ならともかく、エルフに地下水の能力が通用するかどうか。そして今、答えが出た訳だ。簡単ではないと。

 

 ジョゼフは髭をいじりながら唸る。

 

「さて……どうしたものか。始末するしかないのか……」

「一つ考えがあります。いかなる者も抗うのが困難な方法が」

 

 地下水の提案に、王は表情を緩めた。

 

「申せ」

「極限まで弱らせればよいのです。そうすれば、心を乗っとるのも造作もないでしょう」

「なるほどな」

 

 ジョゼフの頬が吊り上がる。楽し気に。すぐにシェフィールドの方を向く。

 

「ミューズ。ビダーシャルに食事を与えるな。水のみだ。ただし、死なすなよ」

「御意」

 

 ミョズニトニルンは厳かに礼をすると、ただちに部屋を出て行った。残ったジョゼフは、一人席に戻ると、ワインをグラスに注いだ。一気に飲み干した口元に、喜びが浮かびだす。そこにはかつてとは違い、どこか冷めたものが窺えない。もはや無軌道で気分任せの王ではなかった。狙いを定め真っ直ぐに進んでいる。腹を決めたハルケギニア最強の国の主がここにいた。

 

 

 

 


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