ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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舞踏会の朝

 

 

 

 

 

 アルビオンとガリアの交渉はついに最終日となった。にもかかわらず、合意できたものは何もない。ガリア側は、今回は見送ろうという気配が漂う。対するアルビオン外交団には、重い表情が並んでいた。アルビオンを支援しているジュリオも、少々気を揉んでいる様子。外交団代表のワルドだけが、平然としていた。

 今日も開始直後こそ、活発な論議が交わされたが、すぐに行き詰まった。ほどなくして、ジョゼフが大げさな身振りで話し出す。始まって間もない会談を、もう止めだ言わんばかりに。

 

「いや、交渉というのは難しいもんだな。だが、ここまで話が合わないのでは、仕方あるまい。今回は、ここまででいいだろう。何、次にやればよい。いつでも来てくれ。余は君らを歓迎するぞ」

「はぁ……」

 

 アルビオンの外交官は、返事を絞り出すのが精いっぱいだった。このガリア王自身が、会談を引っ掻き回し、まともに進まなかったというのにこの態度。もはや彼らには溜息すら出ない。だがそんな中でも、ワルドは明るく言葉を返す。

 

「陛下のお心づかい、痛み入ります。次の機会では、よりお互いを理解しているでしょう」

「うむ。余も同じに思う」

「最後に、今回の会談に応じて頂いた事に、謝意を示したいと思います」

「構わん、構わん。気にするな」

 

 ガリア王はさっさと終わりにしたいのか、ぞんざいな対応。しかし、髭の外相は嫌なそうな素振りも見せず、贈呈品を献上した。それは手やさしく包み込まれ、ジョゼフの前に差し出される。

 テーブルの上に置かれたのは、二つの指輪だった。大きさの違う、しかも小さな方は壊れていた。ワルドが庭園で見つけた指輪だった。

 

 はじめ、ジョゼフは脇見でもするかのように視線を送るだけ。だが次第に表情が、固くなっていく。常に緩んでいた口元が、引き締まる。今までの会談で全く見せなかった、真剣な眼差しがそこにあった。

 ワルドは思わせぶりに口を開く。

 

「懐かしき思い出の品が、陛下のお心に安らぎを生むと思い、この品を献上いたします」

「…………。貴様……これをどこで手に入れた?」

「ヴェルサルテイル宮殿の庭園にて。散策中に拾いました。二つはこの状態で、絡まって落ちておりました」

「何?」

 

 ジョゼフは二つの指輪を手に取ると、まじまじと見る。少年用の指輪にはガリア王家の紋章、大人用の指輪にはオルレアン家の紋章。どちらも見覚えがある。小さい方は、少年の頃、弟シャルルに贈ったものだ。だがそれは、壊されていた。一方、オルレアン公の紋章のある指輪。ジョゼフが王位継承後、父王から弟シャルルに贈られたもの。こちらは原型のまま。これが一緒に捨てられていた。それが意味するものは何か。諸国より無能王と呼ばれるジョゼフ。だが実は、知能の高い人物だ。いくつもの考えが、彼の頭を過る。その中に、信じがたいものがあった。

 

 その時、タイミングを合わせたかのようにワルドが、おもむろに話し出す。

 

「陛下。この指輪の意味を、私なり考えてみました」

「……申せ」

「はい。陛下の弟君、すなわちオルレアン公は、王位への野心を持っていたのではないでしょうか?しかし王位継承が陛下と決まり、お怒りのあまり指輪を捨ててしまわれたのではないかと」

「何をバカな。シャルルは、お人好しを絵に描いたようなヤツだぞ」

「はい。私もそのように伺っております。ですがそれでは、この指輪の在り様が説明できないのです」

「そんな訳があるか。ありえん!あるハズがない!」

 

 ジョゼフが声を荒げていた。その様子に、アルビオンの外交官達やジュリオはもちろん、ガリア側の外交官達も、いや部屋にいる衛兵すらも驚きを露わにしている。

 このガリアの無能王は、笑おうが怒ろうがどこか演技じみた所があった。本心はそこにはない。誰もが感じていた事だ。しかし、今の声は違う。心の底から出てきたように聞こえた。感情を露わにしているガリア王など、衛兵はもちろん、重臣たちも、シェフィールドですら見た記憶がない。だがガリア王は、それを臣下に初めて見せていた。この二つの指輪を前にして。

 

 すると、ワルドから含みのある声色が届く。

 

「ならば確認してはどうでしょうか?」

「ハッ!確認だと?どのようにするというのだ?シャルルはもうおらんのだぞ」

 

 ジョゼフの吐き捨てるような台詞。だがそこには、戸惑いが混ざり込んでいる。今のジョゼフには、そんなバカなという言葉が、未だに脳裏を巡っていた。

 日ごろとまるで違うジョゼフを目にし、ワルドは確信を得る。顔つきが不敵なものへと変わっていった。

 

「仮に……確かめる手段があるとすれば、どうされます?」

「何ぃ!?」

 

 彼の話に吸い寄せられるかのように、前のめりになるジョゼフ。見知らぬ王の態度に、周りの者たちは茫然とし身を固めるしかない。ジュリオすらも息を飲むだけ。しかし、ワルドだけは変わらない。

 

「御人払いを、していただけないでしょうか?」

「…………」

 

 ジョゼフはしばらく黙り込んだ後、重臣達に顔を向け顎で指図した。すると重臣達や衛兵達は、直ちに部屋の外へと出て行った。アルビオンの外交官達も、ワルドの指示で出て行く。部屋にはジョゼフ、ワルド、ジュリオの三人だけが残った。

 ワルドは一つ息を吐くと、話を始めた。

 

「聖地……未だエルフによって奪われたままの聖地には、扉がございます」

「……。扉……か」

「その扉は異界と繋がっており、そこでは死者と会う事ができるのです」

「…………。異界で……死者にな。つまり扉の先に行けば、死んだシャルルに会えるというのか?」

「はい」

「……」

 

 ガリア王は髭の侯爵を、抜くような眼差しで見つめる。心の底を、探るように。視線の先にあるワルドの目には、一切の揺らぎがなかった。全くの戸惑いが感じられない。

 

「ふぅ……」

 

 ジョゼフは大きくため息をつくと、立ち上がった。

 

「ここで待っておれ」

「はい」

 

 小さくうなずくワルド。ガリア王は、早足で部屋を出て行った。ワルドの脳裏に、確信が現れる。策は成就したと。

 

 ジョゼフは私室で待っていた。忠実な僕が現れるのを。彼女は、そう間を置かず姿を見せる。彼の使い魔、ミョズニトニルンのシェフィールド。

 

「陛下、お呼びだそうで」

「ミューズ。お前にいくつか確認したいものがある」

「はい」

 

 ミューズと呼ばれたシェフィールドは、主の前にかしずいた。僕としての、変わらぬ仕草。だが彼女は、ジョゼフのいつもと違う雰囲気を感じとっていた。使い魔だからこそか、彼女のジョゼフへの想い故か。

 そしてジョゼフから、あまり聞き覚えのない響きが届く。真剣味を帯びた響きが。

 

「お前が行った異界……『ゲンソウキョウ』だったか。確か、死者の世界にも行き来できるそうだな。まことか?」

「そのように聞きました。以前はできなかったのですが、ある異変以来、行き来できるようになったと。ヨーカイ共は、死者の世界を『メイカイ』と呼んでいました」

「ふむ……。では余をゲンソウキョウへ連れて行け」

「陛下を!?」

 

 驚きと共に、顔を上げるシェフィールド。耳を一瞬疑うほど、信じがたい命令。

 確かに、気まぐれな命令が多いのはいつもの事。ただそれらは常に、半ば遊びのように告げられていた。むしろ、真剣味を持って発せられた命令など、覚えがない。しかし、今、こうしている彼には、その遊び半分の気配がまるで感じられない。つまり本気で『ゲンソウキョウ』へ行きたがっている。使い魔のシェフィールドでも、主の真意を理解しかねた。しかし今の彼女は、ただただ問に答えるだけ。

 

「確かに、ゲンソウキョウへ行きましたが、どのようにして行けたのかは分かりません。私では、陛下のお望みを叶えるのは不可能かと……」

「ならば、ヨーカイ共に頼め。かの者達は、ハルケギニアとゲンソウキョウを、行き来しておるのだろ?」

「ですが……。私共は、トリステインの虚無の件で、ヨーカイ共と敵対いたしました。こちらの頼みを受けるとは、思えません」

「力づくでもか」

「ビダーシャル卿ですら、苦戦する者共です。力だけでは、なんともし難いと思われます。それに……」

 

 シェフィールドは言いよどむ。彼女は思い出していた。ルイズをハメようとして返り討ちに会い、逆にヨーカイ達に捕まった時の事を。その時の尋問を。

 ジョゼフは言葉を止めた彼女を急かす。

 

「なんだ。気掛かりがあるなら申せ」

「はい。仮にこちらの頼みを受け入れたとしても、難しいかと」

「どういう意味だ?」

「任の実行中に、ヨーカイ共と相まみえる機会が何度かありました。その際に言葉を交わしました。かの者共は、こう申しておりました……」

 

 シェフィールドはそれから、ヨーカイ達から聞いた内容を口にする。ルイズやシェフィールドが、どうやってゲンソウキョウに行けたか、彼女達自身が分からず調査中であると。ハルケギニアの物品、始祖の秘宝をゲンソウキョウへ持っていこうとしたが、何故か持っていけなかったなど。

 

 一通り説明を受けたガリア王は、大きなため息をつく。

 

「つまりこういう話か?ハルケギニアの者が、ゲンソウキョウへ行けるのは確かだが、その方法はヨーカイ共ですら分かっておらんと」

「はい」

「それではヨーカイ共に頼んでも、意味はないか」

「……」

「……やむを得ん。『シャイターンの門』を使うしかないようだな」

 

 ワルドの言う聖地の扉を、ジョゼフは『シャイターンの門』と受け取った。聖地に何があるかは、専門家と称する連中も分かっていない。しかしジョゼフは、エルフのビダーシャルから何があるか聞いている。さらに異世界と死者の世界。これらはシェフィールドからだ。『ゲンソウキョウ』と『メイカイ』という世界があると。

 この他の者が知りようのない二つの情報を、外部の者から聞かされた。これがワルドの言葉に、真実味を持たせていた。

 黙り込み思案を巡らせるジョゼフ。やがてガリア王は、颯爽と席を立つ。全てを決意した顔つきで。

 

 長らく会議室で待たされているワルドとジュリオ。月目の少年が不安そうにぼやく。

 

「疑われてるんじゃないの?」

「死者に会えるって話がか?」

「突拍子なさすぎでしょ。聖地の扉の向こうに、死者の世界があるとか」

 

 ジュリオは呆れ気味。しかし、ワルドは確信に満ちた表情を崩さない。

 この策はヴィットーリオが、切っ掛けだった。彼は虚無の魔法により、物体に宿った思念を読み取ることができる。ワルドが見つけた指輪から見えたのは、ジョゼフとシャルルの意外な本心だった。その話を元にワルドが策を練ったのだ。もっとも、その策が死者の世界に行くなどというのも、どうかしているとジュリオは思ったが。

 

「まさかこのネタで、本当に勝負するとは思わなかったよ」

「ガリア王が指輪を見た時に、表情が一変したからな。これで行けると思ったのさ」

「つくづくバクチ打ちだねぇ」

「おかげで、一時は無一文になったがね。もっともそれがあればこそ、始祖のご加護と、聖下のご助力を受けられる身となれたんだが」

 

 ジュリオの前に、何度も見た、ワルドの嬉しげな表情がそこにあった。

 しばらくしてジョゼフが戻ってくる。やはり、いつものふざけた態度が見られない。椅子に座ると早速口を開いた。

 

「よかろう。聖戦に手を貸そう」

「陛下!?しかし何故聖戦と……」

 

 ワルドが驚きを浮かべる。ジョゼフは苛立ちまぎれに返した。

 

「ロマリアの神官がお前の傍につき、お前が聖地の話を持ち出すのだ。他に何がある」

「ご慧眼、感服いたします」

「世辞はよい。で、どのような手筈になっておる?」

「はい。まずはハルケギニアの主要五ヶ国で同盟を結びます。名目はハルケギニアの和平のため。聖戦を持ち出しては、戦争からの復興途上の、我が国やトリステインは参加しずらいでしょうから」

「和平のためか。それならば、盟も結びやすいな。しかもゲルマニア以外は、決まったようなものだ」

「はい。残るゲルマニアですが、それについても策は練ってあります」

「…………。いや、ゲルマニアは余に任せよ。いい手がある」

「しかし……」

「安心しろ。聖戦に力を貸すというのは本気だ。すぐさまあの粗野な連中を、盟に引き入れてみせよう」

 

 自信に溢れているガリア王。そこには、今までと違う何かがあった。意志とも呼べるものが。だからこそ、ワルドは彼を信頼する事にした。今まで散々、ハルケギニアを混乱させていたこの無能王を。

 一方のジョゼフ、ワルドにいいように乗せられたのが少しばかり癪だったのか、皮肉を一つ。

 

「そう言えば、お前の所の新女王。ティファニア・モードとか言ったか。王座に座る前は、平民同然の暮らしをしていたとか」

「テューダー王家から身を隠さねばならなかったのですから、致し方ありません」

「だが、右も左も分からん小娘を、いきなり戦地に向かわせる訳だ。大した忠臣だな」

「全ては、聖戦成就のためです」

「フン……」

 

 ワルドの目に宿るあまりに揺らぎのない光に、ジョゼフは益々不快になっていた。

 

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院。ルイズは鏡の前に立っていた。

 

「うん。やっぱりかわいいじゃないの」

 

 鏡に映る自分の顔を見て、何度もうなずく。自分で思うのもなんだが、結構美人だと。

 

 キュルケに恋の話をされ、急に意識しはじめたルイズ。だがやはり、好きな男なんて思いつかない。一方で、逆に何故、告白しようという男が来ないのかなんて考え始めていた。そこで鏡を前に、原因を探している訳だ。

 

 顔はかわいい。肌もシミ一つなくきめ細かい。背は低いが、女性は背が高い方が嫌われるからむしろ美点。他にも、家格は高い、座学も優秀、魔法だって一応は使える。もう、かつてのゼロではない。にもかかわらず、隣に男はいなかった。そばかすモンモランシーですら彼氏がいるのに、なんて考えすら頭を過る。こうなると、モテない理由は一つしか思いつかなかった。

 

「やっぱり、ここになるのね……」

 

 呟きながら視線を下す。寂しすぎる胸元へ。

 何かの呪いか、どういう訳か、ヴァリエール家の女性の胸はみんな残念。カリーヌ、エレオノール、そしてルイズと。カトレアが例外過ぎるのだ。三人分を吸い取ったのかというくらい。

 

「でも!私はちい姉さまの妹なのよ!絶対素質はあるハズだわ!だいたい、まだ大人になり切ってない!」

 

 拳を握り、自分に言い聞かせるぺったんこ少女。まだまだ未来はあると。

 

 気勢を上げていたルイズだが、急に項垂れる。一つの事実が頭を過って。希望の未来が来るとしても、いつかは分からない。しかし学院生活の終りは、いつか分かっている。待ち続ける訳にはいかないのだ。何よりも目前に迫る『フリッグの舞踏会』には、まず間に合わない。

 

 そんな落ち込んでいたルイズの口端が、急に吊り上がる。

 

「けど……、私には秘密兵器がある!」

 

 ルイズは机に大股で近づき、鍵のかかった引き出しを開けた。そして小瓶を取り出す。黒い玉がいくつも入った小瓶を。これこそ彼女の秘策。実はこれ、鈴仙からもらった万能薬。この薬の効果の一つに、姿を変えるというものがある。つまり、これで胸元を増量しようというのだった。

 

「ふっふっふ……」

 

 小瓶を眺め、悪漢のごとくな笑いを零すルイズ。自分の部屋で、やけにテンションを上げたり下げたり。もし他人に見られていたら、頭がどうかしたと思われていただろう。

 ところで、性格のキツさや、すぐ手を上げるなどの内面の欠点については、思考の外だったりする。

 

 ともかく打つ手は決まった。ただこの手には、いくつか問題点がある。それを解決するため、ある人物の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 幻想郷組のアジトに来たルイズ。彼女が向かおうとしているのは、鈴仙の所。万能薬の問題点は、持続時間がそれほど長くないという点。もって半時、つまり一時間。これについて薬師の弟子に、相談しに来たのだった。

 

 廊下に出たルイズ。目に止まるものがある。ある部屋の前に、箱が置かれていた。開いている扉を覗き込むと、文が何やら手持ちのものを整理している。

 

「何やってんの?」

「おや、ルイズさん。帰宅準備ですよ」

「帰宅?また新聞出しに戻るの?」

「いえいえ、そういう意味ではありません。ここでの生活を、終わりにするという意味です」

「え!?」

 

 思わず部屋の中に入るルイズ。

 

「文、幻想郷に帰っちゃうの!?」

「はい。だいたいの取材が終わったので。それに、いくら珍しい異世界と言っても、同じ特集ばかりしてては読者も飽きてしまいますし。『フリッグの舞踏会』を区切りに、一旦、終了しようと思った次第です」

「そうなんだ……。鈴仙も帰るって言ってるし、少し寂しくなるわね」

 

 しみじみとつぶやくルイズ。文は、魔理沙、天子と並んでよく学院で騒動を起こした一人だった。ルイズはよく彼女の後始末をよくやらされたが、今となってはそれも悪くない思い出だ。さらにアルビオン絡みの件などでは、何度も手伝ってもらっている。そんな彼女がいなくなるのは、それはそれで残念だった。

 文は手を止めると、顔を向けてくる。

 

「まあ、別に今生の分かれって訳ではありませんし。ネタに困ればまた来ますよ。その時はよろしくお願いしますね」

「うん。構わないわ。文には、なんだかんだでいろいろ助けてもらったしね」

「こちらこそ、いいネタを結構いただきました」

 

 再び荷物の方へ向き直ると、整理を始める文。ルイズはその背に、これまでの慌ただしい日々を思い起こす。同時に懐かしさも。その時ふと、頭に一つアイデアが浮かぶ。

 

「そうだ!今度の舞踏会、みんなで参加しない?」

 

 振り向いた文には、今一つ意味が掴めていなかった。

 

「えっと……、私は取材するんで、現場には行きますが」

「そういう意味じゃないわよ。着飾ってダンスするの!取材は同時でもいいでしょ?」

「いや、そうは言われましても……。こっちの踊りなんてできませんよ。だいたい衣装がないですし」

「ドレスだったら私が揃えるわ」

「かなりの出費になりますよ」

「大丈夫よ。お金なら結構持ってるから」

 

 胸を張る虚無の担い手。任せろと言わんばかりに。

 実はルイズ、これまでの国への貢献を、報酬という形で受け取っていた。アンリエッタからの個人的な報奨、という形で。ルイズの成果は、ほとんどが極秘にされている。このため、爵位や勲章、表彰状などの表立った報奨を与えられなかった。だがさすがに無償なのは悪いので、せめてもの報いという訳だ。さらにルイズ自身が無駄遣いしていないので、報奨金はほとんど残っていた。

 

 やがて他の幻想郷メンバーにもこの話を伝える。最初、面倒くさがる連中が多かったが、滅多にない機会という訳で、最後は全員が参加を決めた。

 さっそくドレス作りに向かう一同。この人数なので、ヴァリエール家の御用商人に頼む事となる。ちなみに今いないアリスのドレスだが、魔理沙が勝手に彼女の衣服や下着を引っ張りだし、これでなんとか採寸してもらう事となった。

 

 

 

 

 

「う~ん……。やっぱ付け焼刃じゃあ無理だわ。後は、男の甲斐性に期待するしかないわね」

 

 キュルケが肩を落とし、ぼやいていた。そこに魔理沙がうんざりした顔。

 

「こんなもん出来る訳ねぇだろ。手と足がつっちまうぜ」

「だよねぇ」

 

 鈴仙も兎耳を余垂らしながら、疲れ気味に同意。

 

 空いた教室に、キュルケ達と幻想郷組が集まっていた。何をしていたかというと、ダンスの練習。フリッグの舞踏会に出るのだから、一応基礎くらいは覚えておいた方がいいだろうと集まったのだが。結果は時間の無駄だった。

 精々盆踊りくらいの経験しかない幻想郷メンバー。異世界の社交ダンスなど、できる訳がない。特に魔理沙、天子、衣玖、鈴仙、文は全く話にならない。天子などは、端からやる気なしで、練習どころではなかった。

 付き添っているルイズも、あきらめ顔。すると当然とばかりな声が入って来る。

 

「基本を身に付けるだけでも、それなり時間がかかるもの。仕様がないわ」

 

 パチュリーだった。この運動嫌いが、渋々この練習に参加している。しかも他のメンツより、ずっとまともに踊れていた。ルイズは意外そうな顔を向ける。

 

「パチュリーが、踊れるなんて思わなかったわ。ダンスやってたの?」

「昔ね」

「昔?」

 

 ルイズの問へ、主の代わりにこあが答えた。

 

「パチュリー様は、元々ヨーロッパにいたんですよ。その頃、身に着けたそうですよ。100年くらい前……だったとか、なんとか」

「100年……」

 

 苦笑いのルイズ。時間感覚の違いを思い知らされて。すると半ば叫び気味の声が上がる。ティファニアだった。

 

「ひゃ、100年!パチュリーさんって、100歳超えてるの!?」

 

 慌てるちびっこピンクブロンド。

 

「じょ、冗談に決まってるでしょ。だ、だって100歳に見える?」

「見えないけど……。冗談なんだ。そうだよね。びっくりしちゃった」

 

 ルイズの露骨なごまかしを、素直に信じるティファニア。

 一度、彼女達をティファニアに紹介はしたが、異世界の人外という点は伏せたままだった。ちなみに人外と一番バレそうなこあは、リュックを背負って羽を隠している。ティファニアは何故、リュックを背負っているのか尋ねたが、これまた適当な言い訳を信じていた。

 ところで、ここに彼女がいるのは、ルイズが誘ったから。彼女自身もダンスの経験がまるでなかったので、いい機会という訳だ。

 

 パチュリーは、体をほぐしながらつぶやく。

 

「私にとって意外なのは、ここにタバサがいる事ね。ダンスなんてやりそうにないし、結構、頑固だから来ないと思ってたわ」

「頑固とか。お前、人のこと言えねぇぜ」

 

 魔理沙が茶化す。

 

「けど、なんでだ?」

 

 白黒魔法使いに尋ねられたタバサは、頬を赤らめるだけ。代わりにキュルケが、彼女に抱き着きながら答えた。嬉しそうに。

 

「母さまが見に来るのよね~」

「……」

 

 ますます赤くなるタバサ。しかし、衣玖が少々顔を曇らせる。

 

「よろしいんですか?行方不明のはずのタバサさんのお母上が来たら、いろいろとマズイのでは?」

「そこは抜かりないわよ」

 

 ルイズが自慢げに答える。

 

「万能薬使って、化けてもらうの」

「なるほど、宇宙人の薬ですか」

「うん。まあ、そんな長くは化けていられないけどね」

 

 オルレアン公夫人は、もう正気を取り戻している。そして、タバサも最終学年。せっかくだから、晴れの舞台を見てもらったらどうだとキュルケが提案したのだった。もっとも、タバサをダンスに誘う男子が現れるかという難関があるが。

 

 とりあえず全ては順調。一同は、舞踏会に備えるだけである。

 

 

 

 

 

 フリッグの舞踏会、当日の朝。いつもなら今日は平日だが、休みとなっている。さらに舞踏会は夜に開催される。しかし、日中にもイベントがあった。戦勝祝いだ。昼頃に、セレモニーが開かれる予定になっている。

 

 朝の支度が終わると、ルイズは鋭い視線を机へ向けた。

 

「さてと……」

 

 引き出しから、万能薬を取り出す。

 本番に備えた、策の確認開始。特に最大の秘策である、万能薬については念入りに。鈴仙の話だと、持続時間を延ばすのは不可能だとか。だったら効果が切れるタイミングで、薬を使うしかない。ただ貴重な薬だ。できれば多くは使いたくもない。舞踏会に参加するのは、万能薬二個分、せいぜい一時程度と決める。

 さらに増量する胸のボリュームだが、モンモランシーを想定。ルイズの理想像はカトレアだが、いきなり特盛では、絶対に偽物と疑われる。そんな訳で、希望があると思わせる程度に決定。さらに、その希望を強調するように、今回のドレスは胸元が開いたものにした。

 全ての策に抜かりはない。

 

「後は、この薬を隠すだけ」

 

 ルイズは勝利の確信を抱くと。一つ薬を取り出し小さな紙に包んだ。そいて、ドレスに作った隠しポケットに入れた。

 その時、ノックの音が耳に入る。

 

「誰?」

 

 ドアへ向かって尋ねる。すると想像もしなかった、声が返って来た。

 

「私ですよルイズ」

「か、母さま!?」

 

 ルイズは慌てて声の方へ駆け寄り、すぐさま開けた。ドアの先にいたのは久しぶりのマスクウーマン、ミス・マンティコア。つまりカリーヌ。

 疑問と驚き一杯で、見上げるルイズ。

 

「え!?どうして、ここにいらしてるんです!?」

「戦勝祝いに参加するためです。一応は、軍事教官でしたからね」

「でも、手紙では来ないって……」

「ええ。始めはそう考えていたのだけど、ミス・鈴仙が送ると言ってくれたのよ。だから、参加する事にしました。それにしても便利ね。転送陣って。数日かかる距離を、一瞬だもの」

 

 ルイズは小さくうなずく。笑みを作って。その裏には不安が渦巻いていた。急に一つの懸念が、浮かびあがって来たので。

 

「そうですか……。えっと……その……一つお聞きしたいんですが……、舞踏会もお出になるんです?」

「いいえ。戦勝会が終わったら、トリスタニアへ行くわ。用もありますし、エレオノールの顔も見ておこうと思ってますから」

「そうなんですか!エレオノール姉さまも、喜ぶと思いますよ!」

 

 嬉しそうなルイズ。カリーヌが最後までいないと知って。

 舞踏会で増量した胸を見られたら、イカサマを見破られる可能性大。その理由が男の目を気にしてなどと知られたら、何をされるか分からない。しかも貴重な薬を使ってまでの策が、すべて台無しだ。カリーヌには是非とも、学院を離れてもらいたかった。

 

 末娘の大げさな態度に、何かを感じた母だが、今回は無視する。

 

「…………ま、いいわ。ルイズ。学院長室まで付き添いなさい」

「はい!」

 

 露骨に喜んで、カリーヌの忠臣のようについていくルイズ。危機が去ったと、上機嫌。だがこの突発的なイベントのため、とてもとても重要な作業を忘れていたのだった。

 

 

 

 

 

 フリッグの舞踏会兼、戦勝祝いの今日。浮足立った生徒達とは、対照的な人々がいた。この祭典を運営する側の者達だ。運営管理をする教師たちや、現場で働く使用人たち。二つの祭典が重なり、猫の手も借りたい忙しさ。しかも使用人達の日常業務はいつも通りなので、忙しさ三倍増し。そんな使用人たちの中に、一人の少女がいた。シエスタだ。彼女も心中は焦り気味。生徒達の寮の掃除を手早く終え、次の仕事にとりかかろうとしていた。すると同僚が、彼女に慌てた声をかけてくる。

 

「シエスタ!ここにいた!」

「え?何?」

「胡椒どこにやったの?」

「胡椒?」

「ほら、余った分、ビンに入れたでしょ?あなたが片したんじゃなかったっけ?」

「……あ!」

「どこ?」

「えっと……。あ、後で持っていくから」

「急いでよ。今日のマルトーさん、ちょっとイライラしてるから」

「う、うん」

 

 青い顔でうなずくシエスタ。何故なら、その胡椒をどこにやったか記憶がなかったから。だが今日のマルトーは、殺気立っていると言ってもいい程。失くしたなどと言ったら、どれほど怒られるか。シエスタは慌てて探しに行く。まずは、さっき掃除した生徒達の寮へ。

 

 いくつかの部屋を巡り、ルイズの部屋にたどり着く。

 

「でも……生徒さんの部屋に置くかな……。もしかして落としたのかも……」

 

 ブツブツと零しながら、辺りを探す。すると見覚えのある小瓶が目に入った。正確には、見覚えのある小瓶とよく似たものが。ルイズの机の上に。

 

「これ……だったっけ?」

 

 小瓶には黒い粒がいくつも入っていた。一見、すり潰す前の胡椒にも見える。だが考えている暇はなかった。探し始めて結構時間が経っている。他の作業も詰まっている。さらにこれ以上マルトーを待たせる訳にもいかない。シエスタは強くうなずく。

 

「うん!たぶんこれね」

 

 小瓶を手に取ると、彼女は急いで厨房へ向って行った。ルイズが突発イベントのせいで、片すのを忘れた小瓶を持って。

 

 

 

 


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