いよいよ勝負。ルイズは魔女三人を従え、というか付き添ってもらって氷精に勝負を挑んだ。まずは、勝利のための下ごしらえ。目の前の妖精を口車に乗せないといけない。
「さあ!払ってもらうわよ」
「何、あんた。変な恰好」
ピンクの魔法少女がいきなり笑われた。幻想郷の連中と大差ないと思っていた。思い込もうとしていたのに。
チルノの一言に振り切るように、ルイズは大声を上げた。
「う、うるさいわね!とにかくヤツメウナギ代、払いなさいよ!」
「ヤツメウナギ?」
チルノは首を捻る。ヤツメウナギとはなんの事か。その訳の分からない言葉と払うというのがつながらない。
すると、隣にいた大妖精こと大ちゃんが、その訳に気づく。
「チルノちゃん。あの人のこの前の屋台の人だよ」
「屋台の人って?」
「ほら、サニー達と会ったときにウナギ食べたでしょ」
「あ。ルーミアと食べた時の」
「そうそう」
「うん。あれはおいしかった」
そしてルイズの方を向いた。
「何?あたしにまたくれるの?いいよ。もらっても」
「誰もあげてないわよ!売ったのよ!だからお金払いなさい!」
「買うなんて言ってない!」
以前と同じ程度の低い押し問答。話がまるで進まない。
そこで秘策の登場。ルイズは悠然とかまえる。
「だったらいいわ。この前の続きをしてあげる。そして私が勝ったら、言う事聞いてもらうからね。負けたら、支払いの話もなしでいいわ」
「この前?」
「初めて会った時よ」
「またウナギの話?買ってないって何度言えばわかるの?バカ?」
「あ、あんたね~!」
バカにバカって言われた。ルイズは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「あんたの左手吹き飛ばした時よ!」
「左手……左手……。あ!あ~!」
「思い出した?」
「あれ、お前か!よくもやったなヒキョー者!」
「なんですって!あ……いえ、だからあの勝負の続きをするのよ」
「いいよ!」
チルノはさっそく飛び上がる。それについていくようにルイズも飛んだ。
「あの時の続きだから、私が自機、あんたがボスの1枚っきり。そして『アイシクルフォール』での勝負よ」
「『アイシクルフォール』1枚だけ?」
「そうよ。あんた自身がそう言ったんだから」
「そうだっけ……?う~ん……。よし、分かった!」
「それから……」
「氷符『アイシクルフォール』!」
「ちょ、ちょっとまだ続きが……」
長々とした説明に堪えられるチルノではなかったりする。ルイズを見守っている三人の魔女も、あちゃーという顔をしている。
そしてチルノの回りに氷の弾幕が広がる。初めて会った時に見たあの魔法だ。その中に一風変わったものがあった。当初の作戦にはなかったもの。黄色い弾幕。アイシクルフォールはEasyではなくNormalだった。
ルイズの顔が青くなっていく。助言を聞こうにも、そんな余裕はない。今、正に弾は迫っている。いや、勝負はもう始まってしまっていた。
目の前に広がる青と黄色。それが群れとなって迫ってくる。
ルイズはギュッとピンクの杖、マギカスティックを握ると、覚悟を決めた。
「や、やってやろうじゃないの!あ、あ、当たるもんですか!」
幾何学的に迫り来る弾幕を、拙いながらもなんとかよけていく。体を捻ってかわしていく。美鈴に付き合って教えてもらった体術が、こんな所で役に立っていた。しかし外から見ている方からしたらハラハラもの。何度もかする、グレイズしている状態。しかもそれがワザとじゃなくって、たまたまというレベル。
「ちょ、ちょっと大丈夫なの?」
思わずアリスがこぼす。だが魔理沙は不敵な笑顔を浮かべている。
「信じるしかねぇだろ」
「ルイズを?」
「それとキッチリ特訓してやった、私らをだ」
自信一杯というふうに答える。どこか自分自身に言い聞かせているようでもあったが。アリスはそんな魔理沙を見て、わずかに笑みを浮かべた。するとパチュリーが一言添える。
「そうね。それと彼女、思ったより肝が据わってるようだわ。やるべき事が絞れたらあっさり腹をくくれるのかも。これも一つの才能かしら」
言われて見ると、危なっかしい飛び方だが、動揺しまくっているというほどでもなかった。さらになんとかチルノへと弾を撃ってダメージを与えている。しかし、パチュリーはそれを冷静に見ている。
「連射速度が足らないわね」
「ここままじゃ、時間一杯粘るしかないわ」
アリスの言葉通りだった。ルイズが普通の連射速度なら、チルノをなんとか撃退できたかもしれない。しかしあまりに連射速度が遅すぎる。まるまる時間を使っても、チルノを撃退するのは無理だろう。
それは彼女自身が分かっていた。だからと言って、全部かわしきれるとも言いがたかった。実際グレイズの回数が飛躍的に増えている。美鈴から体術の練習を受けていなかったら、もう落ちていた。
頭をフル回転させながら突破口を探る。魔理沙、いやパチュリー並に動ければ問題ない。この弾幕は魔女三人に比べれば、ずっと大した事ないからだ。避ける経路すら思い浮かぶ。しかし、体がその通り動かない。まるで枷でも嵌められているようだ。
ならばどう勝つ?
ルイズの脳裏に、ふとイメージが浮く。爆発のイメージ。いつもやっている失敗魔法。やる度に気分を暗くさせられた。でも、最も馴染んだ魔法。そして同時にこうも思った。これしかないと。
ルイズは目の前の黄色の弾幕をなんとか避けると、急上昇。そしてチルノのほぼ真上に静止。真下を見ると、相変わらず、青と黄色の弾幕が向かってきていた。冷や汗を体中に流しながら、その時を探る。
アリス達はルイズの動きの意味が分からない。弾幕の薄いところに動いたようにも思えない。しかも行った先で、わずかに動きながら弾を回避している。しかしこのまま避け続けられるとはとても思えない。アリスは思わず声をかける。
「何やってんの!?ルイズ!動きなさい!」
魔理沙はその横で、強気に構えながらも、箒を強く握り閉める。パチュリーすら、その眉間がわずかにゆがむ。
するとその瞬間、ルイズは服を、マギカスーツを脱ぎだした。
「「「えっ!?」」」
三人の魔女は揃って声を上げる。
何のマネだかさっぱり分からない。いやそれどころではない。何故なら、魔力源を失ったルイズは落下しはじめたからだ。慌てて、彼女の真下へ三人は飛んでいった。
しかし当のルイズはこの時を待っていた。この幾何学的な弾幕の、繰り返される計算の刹那、そのぽっかり開いた隙間を。
ルイズは真っ直ぐに落下。開いた隙間を、弾幕のトンネルを抜けていく。そのわずかな時間、杖を愛用のものへと持ち替えた。そして、唱える。その詠唱を。
完了した時、目の前にチルノがいた。
杖は振るわれた。同時に閃光。チルノとルイズが接触したと思われる瞬間に、強烈な爆発が起こる。
光は一瞬で消える。すると、はじけるようにチルノが落ちていくのが見えた。
一方、ルイズはすぐには落ちてこなかった。いや、ゆっくりと落ちて、降りてきていた。マギカスーツを抱きしめながら。
服は脱いだが捨てた訳ではなかった。マギカスーツを脱いだのは、ハルケギニアの魔法を使うためだった。そして魔法を撃った後、抱え込んでなんとか飛ぼうとした。ただ着てないので飛ぶと言うよりは、落下の速度を抑えたくらいだが。それでも十分。ルイズは、レビテーションでもかかっているように降りていく。そして三人の魔女が待つ地上へ着いた。
さっそく魔理沙が、走って来た。そしてルイズの肩を軽くたたく。
「やったじゃねぇか」
「え?」
「勝ったんだよ」
「え?そう?」
ルイズにはどこか現実感がない。
後から、パチュリーとアリスも寄ってくる。
「まさかあんなふうに勝つなんて思わなかったわ」
「服脱いだ時はちょっと驚いちゃったわよ。落ちてくんだもん」
「あれは……あ、服!」
ルイズは慌てて、握っていたマギカスーツを着る。なんと言っても下着姿だったから。
少し落ち着いてきたのか、硬かったルイズの表情が緩くなる。ふとチルノの方を見ると、怪我はないようでのびているだけのようだ。うまく爆発場所をコントロールできたらしい。もっとも妖精が怪我をしたって、すぐに治ってしまうのだが。
そしてだんだんと浮かんでくる。勝利の感覚が。
「そう……。勝ったのね……」
「おいおい、どうしたんだよ」
「なんていうか……。実感がなくて」
勝つ。
それを味わった経験が今までのルイズにはなかった。確かに座学は優秀だったが、魔法が使えないという時点で、勝負の内に入らないという見られ方をしていた。家でも、優秀なメイジだった両親や姉達にも負い目ばかりだった。そしてこのチビでペタンコなスタイル。これもまたコンプレックスになっても、優越感につながる事はなかった。当然、魔法そのものに至っては言うまでもない。
だが勝った。今日初めて。
なんだか自然と目元が緩んできていた。
「泣くほど嬉しいのかよ。ははは」
「まあ、チルノがNormalで勝負した時点で、ほとんど勝ち目ないと思ってたものね」
「でも最後のは見事な機転だったと思うわよ」
三人の魔女は、涙を拭いながら笑うルイズを称えている。ルイズは、それにもじもじしながらも嬉しそうな笑顔を浮かべている。そんな彼女に、パチュリーは柔らかい笑みを向けた。
「弾幕ごっこ初戦にして初勝利ね。とりあえずは、おめでとう」
「へへへ」
笑いあう四人。
だが、その輪に割って入る不満そうな声がある。大妖精こと大ちゃんだった。
「最後のは何ですか!?」
「?」
ルイズには何を言っているのか意味が分からない。しかし魔理沙達には分かっていた。
「ルイズのスペルカードだぜ」
「でも、宣言してなかった気がします」
「う……」
魔理沙は言葉に詰まる。
実は、スペルカードルールでは、スペルカードを使う前に宣言しないといけない。
だが、そこでアリスの助け舟。
「私は見たわよ。あなた、チルノの事気にし過ぎて、気づかなかったんじゃないの?」
「で、でも……。じゃ、じゃあスペルカードを見せてください」
「…………」
スペルカードは術式を象徴する図柄の入ったカードを見せることで宣言となる。つまりスペルカードを使ったというなら、そのカードがあるはずなのだ。しかし、そんなものはない。昨日の時点ではルイズはスペルカードを組めるほどではなかったので、用意していなかった。
アリスは妖精のくせに知恵を働かせると、少しばかり憮然。この大ちゃんは妖精の中では、頭がいい方。しかもチルノとはとても仲がいい。何か不正っぽい勝ち方で、親友を負けさせる訳にはいかないと、魔法使い四人相手に踏ん張っていた。
その時、後ろから声がする。気が付いたチルノだった。
「やられちゃった。Easyだったけど、さいきょーのあたしに勝つなんて大したもんね」
そう言って右手を差し出す。
Easyじゃないだろうと、魔法使い達はツッコミを入れたかったがここは流す。大ちゃんも本人が納得しているようなので、黙ってしまった。
そしてルイズはチルノの右手を握り返す。ニコっと笑うチルノ。負けた割にはどこか満足げ。
「よし!あんたは今からあたしのライバルだ」
「え!?あっそう……」
「あたしはチルノ。あんたは?」
「ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
「ルイズ・フランリエールか」
「そうじゃなくって……。ルイズでいいわ」
「ルイズか。うん。今度はNormalで勝負してあげる。それまで訓練、訓練だぞ」
「えっと……その時はよろしく頼むわ」
「うん!じゃあまた勝負しよう」
チルノはそう言って背を向け、飛ぼうとする。それを茫然と見送るルイズ。だが、大事なことを思い出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさいってば!」
「何?今からまた勝負?」
「そうじゃないわよ!勝ったら私の言う事一つ聞くはずでしょ」
「そうだっけ?まあいいや。ライバル記念。うん。なんでもやるよ」
ほっと胸をなでおろすルイズ。そして改めて要求を口にする。
「氷を作ってほしいのよ」
「そんなのでいいの?いいよ別に」
「でもたくさんよ」
「たくさんか。う~ん……。よし、いいよ。どこに作る?」
「今じゃなくってまた後で来るから、その時頼むわね」
「うん。わかった。ライバルとの約束だから、守るよ」
ルイズはそれを聞くと、もう一度チルノの手を強く握り締める。望みが繋がったと言わんばかりに。一方、魔女三人は少しばかり不安そう。なんと言っても妖精との約束なのだから、忘れてしまうかもしれない。これは急がないといけないと胸に刻む。
やがてルイズ達とチルノ達は別れていった。
それからのルイズ達の動きは早かった。というかパチュリー達があまりにせかすので、急がざるを得なかった。
いたずら三妖精、もとい光の三妖精を見つけ出すと、魔理沙達がとっちめる。さすがにチルノとは勝手が違い、姑息な手も使う連中なので、今のルイズには荷が重いと考えたからだ。そして気温が低めで、誰もいない洞窟を探させる。この三妖精、あちこちでいたずらしまくっている上、妖精にしては頭のいい方、さらにスターサファイアの気配を知る能力が、条件通りの洞窟を探すのには結構使えた。思ったよりあっさり洞窟は見つかる。
そしてチルノを連れてきて、洞窟を氷で埋めた。出口には結界を張り、冷気を閉じ込める。
やがて債権者を洞窟の前に連れて来た。ミスティアは広がる氷に目を剥いていて、固まっている。ルイズは自慢げに言った。
「どう。これだけあれば十分でしょ」
「へー……。これ全部?」
「そうよ。これ全部」
息を飲むミスティア。長らく商売をやって来た彼女には、これがどれだけの価値があるのか分かっていた。少し驚いて、ルイズの方を向く。
「これだけあれば借金チャラどころか、お釣りが来るわよ。いいの?」
「いいのよ。迷惑かけたのは私だしね」
「ふ~ん……。だったら、今までの屋台の稼ぎ。あなたにあげるわ」
「えっ!?なんで?」
「こっちは借金返してもらえればいいしね。それにあんた、よくがんばってたから」
ミスティアは満足げにそう言う。ルイズにはその言葉の響きは、不思議と心地良かった。
そして洞窟からの帰りにミスティアの店に寄る。ルイズは彼女からお金を受け取った。その稼ぎは決して多くはなかったが、それでも自分のがんばりで身のあるものを手に入れるという感覚には、今までにない高揚感があった。
やがてルイズは紅魔館へと帰っていく。とりあえず屋台の仕事は終わりとなった。借金がなくなったのもあるが、ミスティアの店が軌道に乗り始め、ルイズに回すほどのヤツメウナギの余裕がなくなってきたのもある。幻想郷に留まるつもりなら、雇ってもいいという話もあったが、さすがにそのつもりはないので断った。
「パチュリー!」
「あら、お帰りなさい。うまくいった?」
「うん。それとお給金貰ったわ」
「あら、なんで?」
「氷だけで十分だから、屋台の分はあげるって」
「へー。良かったじゃない」
パチュリーはティーカップに手を添えながら答える。
ルイズは嬉しそうに、いつものように図書館中央のテーブルへ向う。なんだかんだで、ここに来るのは紅魔館に住むようになってからの習慣になっていた。
ふと辺りを見回す。メンツが少々足りない。
「あれ?みんなは?」
「魔理沙とアリスは帰ったわよ。とりあえず一段落ついたしね」
「そっか。ここに住んでた訳じゃないもんね」
召喚されて以来、二人ともずっと紅魔館にいたので、三人揃っているのは当たり前になっていた。その顔ぶれがないのは少し寂しい。もっとも、二度と会えない訳ではないのだしと、ルイズは気持ちを入れ替える。
パチュリーは紅茶を飲み干すと、ルイズの方を向いた。
「さて、本腰入れてあなたが帰る方法を探りましょうか」
「今まで何やってたのよ。なんとなく、そっちの方はあまり手付けてないんじゃないかと思ってたけど」
「やってたわよ。ただ壁にぶつかってちょっと苦戦中なのよ」
「壁って?」
「あなたがどこから来たか、分からないの」
ルイズは怪訝な顔をする。そんな事は分り切っているはず。だがパチュリーは彼女が何を考えているかすぐに察する。
「ハルケギニアとかトリステインという意味じゃないの、どこの異世界かが分からないの。そうね、例えて言うなら、宛先の名前は分かってるんだけど、住所が分からないと言った所かしら」
「そんなのが必要なの?私たちがサモン・サーヴァントする時はそんなのいらなかったわよ」
「それは、そういう機能をすでに組み込んでるから」
パチュリーは手元にある、ノートを取り出すとページを広げてルイズに見せた。トリステインでは見ないような、図形がいくつも書いてある。それを指さしながら説明する。
「サモン・サーヴァントだけど、実はとんでもない魔法よ。私たちの召喚魔法は言わば、対象も居場所も分かっていて、送ってもらうというものなの。でもサモン・サーヴァントは条件にある対象を検索し、それを送るというものなの。しかも検索範囲は異世界まで及ぶ。よくこんなもの組んだものと思うわ」
ルイズは、自分達が平然と使っている魔法が、そんなにすごいものだとは思ってなかった。紅魔館の設備や弾幕ごっこで使われる多彩な魔法など、何かと幻想郷の方が進んでいるイメージがあったが、自分たちの魔法も彼女たちからすると常軌を逸した魔法らしい。ルイズはふと思い出す。最初、失敗魔法にみんな感心していたが、あれも失敗爆発魔法が再現できないって理由だった。立場が変われば、見方も違うのかなんて事を考える。
魔女の話は続く。
「それで、なんとかサモン・サーヴァントの機能をコピーできないかっていうのが、今の方針と言った所かしら」
「え?何か召喚するの?」
「そうよ。ハルケギニアからね。ねずみでも虫でもなんでもいいわ」
「でも、向うから召喚してどうするの?こっちから送るんじゃないの?」
「召喚に成功すれば、ハルケギニアがどこにあるか分かるからよ。そうすれば、後はなんとでもなると思うわ」
「ふ~ん……」
方針は決まっているようだけど、技術的に難しいらしい。まだまだ帰るのは先になりそうだ、なんて事をルイズは思う。ただ最初の頃のような、急いで帰らないと、という気持ちはだいぶ収まっていた。
「ただ、そう遠い未来って訳じゃないと思うわ。まあ、いざとなったら手もあるし。もう少し、こっちの生活を満喫してなさい」
「うん」
そうルイズは答えると、図書館を後にした。
食事も終わり、ルイズは自分の部屋に戻っていた。
屋台の仕事が終わったせいで、久しぶりに部屋でくつろぐ時間が取れた。今は幻想郷の事を勉強しようと、図書館からいくつか本を借りてきている。実は最初、言葉は通じても文字は読めないかと思っていた。しかし屋台仕事の時に、普通に読めていた。その後聞いたが、最初の召喚魔法の時に、言語が分かるようになる魔法も組み込まれていたそうだ。召喚した相手とコミュニケーションをとれないようでは困るからと。
サモン・サーヴァントやコントラクト・サーヴァントにはそんな余計な手間は必要ない。言葉を交わせない使い魔でも、召喚後コミュニケーションは普通にできているし。もっとも実はコミュニケーションの魔法が、組み込まれているかもしれないが。それにしても、そう考えると、ハルケギニアの魔法もなかなかすごいものなのかもと思ってしまった。
馴染んだベッドに寝転がる。窓を見る。
「月が一個か……」
でも、もう見慣れた光景。
召喚されてから結構時間が経ってしまった。何かと忙しかったが、今までにない充実した日々を送っているような気がする。しかし、それもそう長くはなさそうだ。
確かにパチュリーの研究は難関に当たっているが、あの優秀な魔法使いならなんとかするだろう。そして最終手段に、八雲紫とかいうすごい妖怪の力を借りるという方法もある。それに名残惜しいが、いつまでもこっちにいる訳にもいかない。ルイズにとって世界とは、やっぱりハルケギニアの方だった。
ふと思いを泳がす。
向うではどうなっているかと。たぶん自分が突然いなくなった事で、家族は大慌てだろう。特にカトレアは心底心配している。そして幼馴染でもあるアンリエッタ王女も、悲しんでいるに違いない。キュルケはどうしているだろう。文句を言う相手がなくなって張り合いがなくなったか、それとも気にしてないか。正直何を考えているのか想像がつかない。
でも、戻ったら戻ったで大変だ。何より説明に困る。でもみんなを安心させられるのだから。そんなものは小さな事。そして幻想郷の事を思い出しながら、いつもの日常が……。
「あ」
思わず声が漏れる。ガバっとベッドから起きる。
「マ、マズイわ。このまま帰ったら、留年確定だわ!」
何故かというと……使い魔がいないから。
ここに来る切っ掛け、サモン・サーヴァント自体は全然成功していない。幻想郷に来ても。召喚されて一ヶ月ほどが経っていた。戻ったとして、いまさら召喚の儀式をやらしてくれと言っても、たぶん無理だろう。そもそも成功するとは限らない。
「な、なんとか使い魔を、こっちで見繕わないと……!」
ハルケギニアに帰るまでのそれほど長くない時間、穏やかな日々が送れると考えていたルイズだったが、むしろ残された時間はわずか、なんて思いが浮かんできていた。