ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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神隠し(裏)

 

 

 

 

 

 それは神隠し騒動が起こる一週間前の事。魔理沙達がガリア行を決めた翌日。

 昼食を終えた学生が二人。広場のベンチに座っていた。タバサとキュルケだった。空はよく晴れ渡っていたが、二人の表情は重い。特にタバサが。キュルケはいつもと様子の違う親友に、顔を曇らせる。

 

「話って何?」

「……母さまの事」

「ルイズから聞いたわ。ヴァリエール家で預かってもらうの、ルイズの母さまに断られたんだって?」

「うん。だから、キュルケに頼みたい。ヴァリエール家からも近いから。図々しい頼みだというのは、分かってる」

「う~ん……。任せて!って言いたいんだけど……。ほら、あたしって親とうまく行ってないでしょ?」

「知ってる」

「だから、こっちの言う事聞いてくれるか、分からないのよね」

 

 キュルケは両親の進めた見合い話から逃げるために、トリステイン魔法学院に入学したのだ。親に頼みごとをするのは、今の彼女には少々厳しい。しかし、キュルケはスクッと立ち上がると、タバサに大きな笑みを見せる。

 

「ま、でも。珍しくあなたが頼ってきたんだもの。動かない訳にはいかないわね。やるだけの事はやってみるわ」

「キュルケ……。ありがとう……」

 

 小さな体を余計に小さくし、打ち震えるようにキュルケを見上げるタバサ。その瞳はどこか潤んでいた。

 するとそこに声がかかる。振り返る二人。見えたのは異界の魔女、紫寝間着、パチュリー。

 

「タバサ。ここに居たのね。探したわ」

「……?」

「聞きたい事があるのよ」

「何?」

「ガリアの王宮、ヴェルサルテイル宮殿の構造と警備の状況を教えて欲しいの」

 

 不穏な事を言い出す紫魔女。思わずキュルケが、ずいっと一歩前へ。

 

「ちょっと、何するつもりよ?」

「『始祖のオルゴール』を探しに行くの」

「え?ガリアにあるの?」

「分からないわ。ただ見当つけた場所を、漁ってみるだけよ」

「そんな目的で、ヴェルサルテイル宮殿に入り込むなんて……。怪我しても知らないわよ」

「そうならならないように、気を付けるわ」

「だといいけど」

 

 ガリアの中枢に行くというのに、市場へ掘り出しものを探しに行くかのように言うパチュリー。幻想郷組の大胆さにはキュルケも慣れてはいるが、さすがに呆れ気味。

 当の魔女の方は、キュルケの視線に構わずタバサの答えを待つ。

 

「それで、お願いできる?」

「ルイズから聞いてる。あなた達には、母さまを治してもらう借りがある。分かった。教える。でも、全て知ってる訳じゃない」

「ええ、できる限りでいいわ。悪いわね。それじゃぁ、後で」

 

 パチュリーはそう言って背を向けた。しかし足を止めると、振り返る。

 

「そうそう、キュルケ。あなたにも用があるんだけど。授業終わってからでいいから、私たちの部屋に来てくれない?」

「あたしに用?」

「ええ。それじゃぁ」

 

 再び足を進める魔女。そのまま、校舎の中へと消えて行った。怪訝な顔の二人を残して。

 

 

 

 

 

 空が緋色に染まった頃。ルイズが疲れた顔で、幻想郷組の部屋に入ってきた。やっと終わったという雰囲気がにじみ出ている。

 

 実は今日、ルイズは王宮へ行っていた。理由はアルビオン出兵の時の脱走についてである。先日ルイズは、アルビオン王国モード朝とトリステイン、ゲルマニア連合軍の間で休戦協定が結ばれたのを確認後、自ら王宮へ出頭。その時、処罰は後日決めるとなる。この処罰を決める日が、今日だったのだ。

 

 女王も含めた査問会が開かれる。ルイズはチラシの件を、幻想郷組の事を話さず説明。証拠も用意。この辺りはパチュリー達と事前の準備をしていた。アンリエッタは『アンドバリの指輪』について知っていたので、彼女の言い分を受け入れる。ただ指輪の件を知らない、正確には覚えていない他の者は違う。特にウィンプフェン将軍達は、ルイズの勝手な行動で作戦を台無しにされたと批難轟轟。しかし一兵も失する事なく、神聖アルビオン帝国を倒したのも事実。それは手柄とも言えた。また多くの貴族が、学生身分の子供を戦争に出していたので、親としてルイズを擁護する者もいた。おかげで、ルイズへの罰はアンリエッタへ一任。結果、学院での一ヶ月の謹慎処分となる。重要任務を担っておきながら独断の脱走、さらに作戦を破綻させた行為の罰としては、かなり軽いものだった。

 

 部屋の奥へと進むルイズ。

 

「疲れた……。ちょっとぉ聞いてよ……って、あれ?誰もいない」

 

 見渡す先には人影がない。だがルイズには、どこにいるか見当がついていた。部屋の一番奥へ向う。そこには、奇妙な図形を描いた絨毯が敷いてあった。実はこれ、幻想郷組のアジトと繋がっている転送陣。一見するとただの絨毯にしか見えない。このため、部屋の掃除を任されているシエスタは、今でもこれが転送陣だと気づいていなかった。

 

 ルイズは絨毯の上に立ち、杖から光弾を発射。転送陣に当てる。これが転送陣の発動キー。ピンクブロンドのちびっ子は、瞬時に姿を消す。

 

 幻想郷組アジトの転送部屋から出て、リビングへ向かった。するとそこで、人妖達が何やらワイワイやっている。その真ん中にいるのは、何故かキュルケ。

 

「あらルイズ。帰って来れたのね。そのまま牢獄かと思ったわ」

「そんな訳ないでしょ!……って何やってんの?」

 

 ルイズ、眉をひそめ人妖達の有様を凝視。キュルケを中心に、何やら作業をやっている。パチュリーと魔理沙は、図面らしきものとにらめっこしながら、話し合っている。こあはその手伝い。アリスはメジャーを持って、何故かキュルケの採寸をしていた。そしてテーブルの上には、化粧道具が並んでいる。

 眉間にしわを寄せつつ、傍まで近づいた。

 

「ちょっと、何が始まるのよ?」

「服を新調してもらうの」

 

 キュルケが楽しそうに答える。聞いたルイズの方は、首をかしげるだけ。

 

「だから、なんでアリスがあんたの服作るのよ?」

 

 すると今度はアリスが返答。

 

「八雲紫の衣装よ」

「は?」

 

 断片的で繋がりのない答えばかりで、余計に混乱するだけ。少しヒステリー気味に喚くルイズ。

 

「だから、どういう意味よ!教えてくれてもいいじゃないの」

「タバサの母さま助けるの」

 

 茶化していたキュルケが、わずかに締まった顔つきを見せる。すると思い出したように、ルイズは息を飲んだ。ほどなくしてパチュリーが作業を止めた。ルイズの方へ顔を向ける。

 

「前に、タバサの母親を神隠しにするって言ったでしょ?」

「うん」

「それをやるのよ」

「どうやって?」

「八雲紫に誘拐してもらうの」

「八雲紫って……。あ!幻想郷の管理者だっけ?そんな人が手伝ってくれるの!?」

 

 驚きに身を躍らせるルイズ。八雲紫本人に会った事のないルイズにとっては、紫はある意味、幻想郷の王のようなイメージだった。その王自ら手を貸してくれるとは。少し興奮するものがある。しかしパチュリー、あっさりルイズの気持ちを粉砕。

 

「手伝ってくれないわよ」

「え?何よそれ?もう、訳分かんない!」

「つまりね……」

 

 それからパチュリーは、神隠しの策について話す。

 

 まず八雲紫を用意。当然、本人ではない偽物。そしてまずシェフィールドに対し、八雲紫が神隠しをすると宣言。シェフィールドは紫と直に会っているので、騙すのに成功すれば、本当に神隠しを信じ込むはず。さらに神隠しの事実を補強するため、証人を用意。証人はタバサの執事、ペルスラン。彼に誘拐現場を見てもらうのだ。紫が誘拐している場面そのものを。この二つの出来事は同時に起こす。シェフィールドが何かの偶然で、オルレアン邸に来たら失敗する可能性もあるので。

 

 このため八雲紫を二人用意する必要がある。前者には鈴仙が向かう。幻術を使いこなす彼女。寸分たがわない八雲紫を出現させる事が可能だ。演技を完璧にすれば、まずバレない。一方、後者。幻は使えないので、変装で用意する事となった。最初は衣玖に頼んだ。背格好がメンツの中では一番近いので。しかし断られる。演技なんてできる気がしない上に、あんな胡乱な人物になるのは嫌だと。そこで次に白羽の矢が立ったのが、キュルケ。理由は背格好と、すでに本人に会っているから。さらに演技も、男たらしの達人なら無難に熟すだろうと。彼女の方も、二つ返事で依頼を了解した。

 ところで、パチュリーと魔理沙が見ていた図面はヴェルサルテイル宮殿。タバサからの警備状況を聞き、どう忍び込むか考えていたのだ。魔理沙のもう一つの本業、泥棒の勘の出番である。

 

 一通りの話をうなずきながら、聞き入るルイズ。

 

「なるほどね。つまりキュルケがヤクモユカリ役をやるって訳ね」

「そ」

 

 パチュリーは一言返すと、再び図面に顔を戻す。そんな彼女たちを呑気に眺めているルイズ。そんな彼女に、キュルケが話しかけてきた。

 

「何、他人事みたいに言ってんのよ。ルイズにも手伝ってもらうわよ」

「私が?何するのよ」

「ヤクモユカリの能力、再現するの手伝うのよ。恰好似せただけじゃ、騙せないでしょ?」

「キュルケ、できないの?」

「できるわけないわよ。あんな真似。あなたヤクモユカリに会った事ないから、分からないだろうけど、妖怪の中で一番訳が分からなかったわ」

 

 キュルケは直に紫の能力を見ている。見てはいたが、理解はできなかった。後から魔理沙達の説明を受けたが、それでも今一つ分かっていない。正直、虚無に匹敵、あるいはそれ以上かもとすら思っていた。一方のルイズ。紫の話は少々伝え聞いただけなので、キュルケ以上に分かる訳がなかった。

 今度は採寸していたアリスが、独り言のように言う。

 

「紫の能力を真似できるなんて、幻想郷にもたぶんいないわよ」

「じゃあどうするのよ?誰にもできないじゃないの」

「そう見えるように、演出するだけよ。種も仕掛けもありありで」

「見えるようにね。ふ~ん……、なんだか演劇みたい」

「そうね。そんな訳だから、人手がいるのよ」

 

 寸法をメモしながら答えるアリス。すると、キュルケがどこか楽しげに一言。

 

「で、その主役が、あたしと言う訳」

「主役ねぇ……。分かった。手伝う。それでいつやる予定なの?」

「遅くても今週中よ」

「え!?」

 

 キュルケの答えに、急に顔色を変えるルイズ。

 

「ちょ、ちょっとそんなに急ぐの?来月とかじゃダメ?」

「何言ってんのよ。あなたの姉さまと一緒に治療するから、急ぐんじゃないの。何?遅くなってもいいの?」

「良くわないわよ。良くわないけど、私は一月間、学院から出れないの!」

「なんでよ」

 

 微熱の質問に、少々むくれ気味に答える元脱走兵もとい虚無の担い手。

 

「脱走の処罰よ。一ヶ月、学院で謹慎だって」

「ずいぶん軽いのね。将軍連中は、かなり怒ってんじゃないの?」

「子供が無事でよかったって言ってくれた人もいたのよ。姫さまも助けてくれたし。そんな訳だから、学院を出る訳にはいかないわ。軍規違反して受けた罰をさらに違反したら、本当にただじゃ済まないし、姫さまにも顔向けできないわ」

 

 ルイズは申し訳なさそうに言う。そこに魔理沙のにやついた口元から、不敵な声が届いた。

 

「つまり、バレなきゃいいって話だな」

「言うと思った。ダメよ」

「いいじゃねぇか。お前は親に無断で借金の保証人にもなったし、無断欠勤もした。天子に逃げられて授業出なかった事もあったな。それに村一つボロボロにしたり、軍から脱走もした。もう一つくらい手汚したって、大して変わらないぜ」

「ほとんどアンタ達が原因じゃないの!何、言ってんのよ!」

「ルイズ。ものは考えようだぜ。やるものが何だって、行く所まで行けば違う世界がみれるぜ。きっと」

「違う世界が、牢獄だったらどうすんのよ!」

 

 両拳を握りしめ、強く反論。しかし魔理沙には通じず。すると今度は、キュルケの不満そうな声が耳に入る。

 

「あなたの立場も分かるけど、タバサだってずっと悩んできたのよ。友達ならここは体の張りどころでしょ?あたしだってあなたピンチになったら、手かしてもいいわ」

「え?友達?」

「そうよ。それが友達ってもんでしょ」

「友達……」

 

 急に気が抜けたように、呆気にとられるルイズ。その言葉を繰り返す。まるで初めて聞いたかのように、噛みしめるように。

 

 友達。アンリエッタから何度も聞いた言葉。だがアンリエッタは、親が引き合わせたものだ。ある意味、必然とも言えるものだった。だがキュルケ達は違う。大人数が集まる学院で、自然と関わっていき、自然にいっしょにいる。こんな形での友人関係は、ルイズにとって初めての経験だった。彼女は町娘とは違う。大貴族の令嬢が、近所の同い年と友達になるという具合にはいかない。学院に来てからも、バカにされるまいと意地を張りすぎていたのもあった。だからこそ、キュルケの友達という言葉に、浮かびあがる暖かいものを感じずにはいられなかった。そしてもう一度、その言葉を脳裏に噛みしめる。

 

 ルイズはじっとキュルケを見ていた。突然、晴れやかな表情で、胸を張って宣言。

 

「そ、そうね。と、友達なら当然ね。うん。体、張ってやろうじゃないの!」

「うん。それでこそ友達ってもん……」

 

 急に言葉を途切るキュルケ。我に返ったかのように顔色を変える。何故か顔を赤らめて。

 

「あ、あたしはあなたの事、ちょっと面白いなぁ、くらいしか思ってないけどね!」

「何よ、それ!」

「別に!」

 

 そこにアリスが笑みを浮かべながら一言。

 

「ふふ……。ルイズ。便利な言葉を一つ教えてあげるわ。そういうのツンデレって言うらしいわよ」

「つんでれ?」

「あなた達みたいなの」

「「は?」」

 

 ルイズとキュルケはハモりながら、アリスへ露骨な不満そうな顔を向ける。彼女の言いように、どこか小馬鹿にしたような空気があったので。小馬鹿というか、からかったのは間違いないだろうが。

 そこに、パチュリーのうんざりした声が入ってくる。

 

「どうでもいいけど、じゃれるの、そこまでにしてくれない?」

「「じゃれてなんて無いわよ!」」

 

 再びハモるレディッシュヘアとピンクブロンド。だがそんな二人に、一同は肩をすくめていた。

 

 それから一旦落ち着くと、アリスはルイズへ質問を一つ。

 

「そうそう。ルイズ。あなた、化粧品どれくらい持ってる?」

「化粧品?一応貴族の嗜み程度には持ってるわ」

「肌用のは?」

「肌用?おしろいとか?」

「やっぱり、おしろいしかないのね……」

「足らないもんでもあるの?」

 

 不思議そうな顔つきのルイズに、アリスはキュルケの手を取って指さす。褐色の肌を。

 

「ちょっとネックがあってね」

「手がどうかした?」

「彼女の肌の色。紫は色白なの。それで、どうやって変装させるかで困ってるのよ」

 

 近世ヨーロッパ以前の文明度のハルケギニア。それほど化粧品は発達していなかった。もっとも、幻想郷でもそう変わらないが。次に魔理沙が言葉を添える。

 

「それだけじゃないぜ。紫は髪が金髪でさ。それも、なんとかしないとならねぇ。かつら使おうと思ってんだが、キュルケの髪ボリュームありすぎだろ?かつらの中に、納まりそうになくってなぁ」

 

 そしてキュルケ。

 

「"フェイス・チェンジ"の魔法を使うって話も出たけど、あれってスクウェアスペルでしょ?あたしにはちょっと無理なのよね」

「そっか……」

 

 ルイズは腕を組んで考え込む。すると突然、脳裏にひらめきが飛び込んできた。パンと手を叩く。

 

「いい手があるわ!そっくりになれるし、衣装も化粧品もいらないわ!」

「何よ。その都合のいいの」

「その通り、都合がいいの!万能なのよ!ちょっと待ってて」

 

 楽しそうに告げるルイズ。すぐさま翻ると、転送陣の部屋へ向かった。しばらくして、戻ってくるルイズ。よほどの自信があるのか、相変わらずの笑み。ルイズは一同が囲むテーブルの上に、小瓶を置く。小さな黒い玉が入ったガラスの瓶を。秘密兵器の登場とばかりに。

 

「これが、解決策よ!」

 

 仁王立ちで、高らかに告げるルイズ。一同は小瓶を凝視。すると魔理沙が舐めるように小瓶に見入る。見覚えのある小瓶を。

 

「おい、これって永琳のか?」

「そ。万能薬」

「なるほどな」

 

 魔理沙は、鈴仙からルイズへこれが手渡されるのを見ていた。さらに永琳から直接効用も聞いている。効用は様々なものがあるが、その中に変身するというものがあるのだ。持続時間が限られるものの、一時的に利用するなら効果は絶大。これで当面のネックはあっという間に解決。

 

 大きな問題がクリアしたので、作戦の詳細が決められた。

 まずヴェルサルテイル宮殿の下調べに、数日かける。決行当日は、三班に分かれる。シェフィールドへ向かうのは、パチュリー、魔理沙、鈴仙、こあ。それに文。文はいてもいなくてもよかったのだが、話を聞きつけた彼女が、せっかくのガリア王宮侵入もとい訪問という事で、付いて行くと言い出した。

 タバサの執事、ペルスランの方には、ルイズ、キュルケ、アリス、天子。キュルケ以外は、八雲紫の隙間能力の演出担当。ぶっちゃけ舞台裏の大道具係。

 そして留守番組。ルイズは謹慎している事になっているので、もしもの事態を考えてである。留守番組は衣玖とモンモランシー。モンモランシーは『精霊の涙』の時の借りをまだ返していないので、無理やり巻き込まれた。もっとも本人としては、タバサの母親の件というのもあって、そう嫌々ではなかったのだが。衣玖は、幻想郷関連に通じるものが、一人は残った方がいいだろうという事で。

 ちなみにルイズは、幻想郷組のアジトから出発。さすがに謹慎の最中、直に学院から出る訳にはいかないので。作戦決行は下調べが終わり次第。時刻は深夜と決まった。

 

 

 

 

 

 深夜のラグドリアン湖畔。オルレアン邸敷地内。木々の陰に隠れる、不審者数名があった。その不審者の集団から、小人のような人影が屋敷へと向かった。いくかの部屋の窓に取り付き、覗き込む。

 ピンクブロンドのちびっ子が、金髪人形遣いに小声で尋ねた。

 

「どう?」

「ん~……。こう暗いと、見にくいわ」

「やっぱりタバサに、来てもらった方がよかったのかしら」

「彼女に話さない、って決めたじゃないの」

「そりゃぁ、そうだけど」

 

 今回の策は、タバサには教えていない。彼女の母がいなくなった後、その出来事がタバサに知らされるのは確実。だがタバサが事情を知っていた場合、騙せる演技ができると誰も考えられなかった。そこからバレる訳にもいかないので、全てが終わるまで策は伏せられる事に。当人にとっては、少々酷な策ではあるが。

 ちなみにタバサが来ていればという話は、彼女の使い魔、シルフィードを当てにしたもの。シルフィードは夜目が利くのだ。

 

 アリスは人形たちで、なんとか部屋の様子を伺う。

 

「…………。一応、全員寝てるみたいね。あ~、暗視スコープ一つくらい、こっちに回してもらうんだったわ」

「暗視スコープって……、ゴツゴツした目隠しみたいなの?」

「そうよ。夜目が利くの、こっちにいないんだもん。鈴仙とこあもいるのに、暗視スコープも魔理沙達が全部持って行っちゃったし」

 

 いつも夜の作戦では大活躍だった暗視スコープ。ルイズ達が何かを仕掛ける時は大抵夜間だった上に、系統魔法には夜目を利かす魔法がない。それだけにありがたかった。しかし今回は、ガリア王宮への侵入という難易度高い場所へのミッションという事で、すべてヴェルサルテイル宮殿班が持って行ってしまった。ここには、その代わりとなる手段がない。もっとも、オルレアン邸は使用人もわずか、ガリア王家からの見張りもいないので、そう警戒する必要がなかったのだが。

 

「でも、なんとかなったんでしょ?さ、舞台を始めましょ!」

 

 アリスとルイズを前に、颯爽と一回転する女性。金髪、色白の身を、白亜と紫紺の衣装に身を纏った女性が月夜に舞う。

 それを目を半開きにしたまま、呆れて見上げるルイズ。視線の先の女性はもちろんキュルケ。の化けた八雲紫。万能薬で変身したのだ。まさしく紫に瓜二つ。声までそっくり。キュルケ自身、自分の容姿に自信はあったが、紫も中々なもの。さらにキュルケをも上回る妖艶さがあった。それを彼女は楽しんでいる。しかも今回はその自分のために、周りの連中がいろいろと動いてくれるのだ。なんとも言えない高揚感。

 やけにテンションの高いキュルケに、ルイズが不満そうに一言。

 

「あんた、何しに来てるか分かってる?」

「もちろん。タバサの母さまを助けによ」

「そうは見えないんだけど」

「これから完璧に演技しないといけないのよ。気持ちを高ぶらせないでどうするのよ」

 

 いかにもな理由を口にするキュルケ。ルイズは黙り込むしかない。そこに面倒くさそうな声が届く。

 

「どうでもいいけどさー、さっさと終わらせて帰ろ」

 

 ルイズの使い魔、天子。ここに居る理由は、使い魔だからだけではなく、一応役目を担っているから。ただ本人は、明らかにやる気なさそう。使い魔なのに。

 しかしルイズは、珍しく天子の言い分にうなずく。

 

「それもそうね。もたもたして、シェフィールドが来ちゃったらシャレにならないもんね」

 

 彼女の言葉を合図に、全員が動き出した。先頭はアリス。人形たちで気配を探りながら進む。まず最初に向かうのは、タバサの母親の寝室。窓に鍵がかかっていたが、キュルケのアンロックであっさり開く。母親の様子を窺う紫、もといキュルケ。小声でつぶやく。

 

「寝てるわね。あれ貸して」

「うん」

 

 ルイズは肩から下げたカバンから小瓶を取り出した。これは睡眠薬。モンモランシーから貰ったもの。騒ぎで起きられては全てが台無しになるので、深い眠りについてもらおうという訳だ。布に湿らせ母親の口元につける。彼女の呼吸が深くなる。うまく行ったようだ。

 次にルイズは、アリスの方へ振り向く。

 

「次、いいわ」

「ええ。さてと……」

 

 アリスは寝室の天井に布を広げ貼り付ける。これは転送陣。学院寮の幻想郷組の部屋で使われているのと同じもの。紫のスキマによる転送を演出するためのものだ。転送先はリビング。そちらもアリスが仕込む。転送陣の扱いは、魔法使いでなくては分からないので。

 

 準備が終わり、全員、寝室の前に集合。配置につく。アリスの人形達は、転送陣をいつでも動かせるように寝室とリビングの天井へ。ルイズ、アリスは天子と共に、寝室のすぐ外、窓の下で身を隠す。そして主役のキュルケが寝室へ入り、窓の傍に立つ。足元にはタバサの母親が寝かされていた。

 キュルケが小声で、外へと話しかける。

 

「さてと、舞台開幕と行きましょうか。あたしの演技、見てなさいよ。完璧に演じてみせるから!」

 

 やけにノッているキュルケに、ルイズは一言いいたげ。ともかく作戦開始である。

 まずルイズが杖を空へと向ける。

 小さな爆発が起こった。しかし屋敷の誰も気づかない。さらにもう一度。今度は気づいた。ペルスランの寝室で、うごめく影がある。アリスが告げる。

 

「彼、起きたわ」

 

 やがてペルスランは、アリスの人形が起こした物音に気付き、タバサの母親の寝室に入って来た。キュルケとペルスランのやり取りが、外に漏れてくる。

 

「な、何者ですか!?」

「さっき言ったでしょ?ヤクモユカリよ」

 

 焦りを露わにしているペルスランに対し、悠然と言葉を返す紫、もといキュルケ。彼女は完全になりきっていた。八雲紫に。というか浸っていた。そして最初の技を披露。扇子をさっと振る。

 これが合図。アリスが指をわずかに動かす。

 

「上海、やって」

 

 寝室の天井に張り付いている人形、上海が転送陣を発動。ペルスランは一瞬で、リビングに移動する。しばらくして、寝室に戻ってきた。何が起こったかまるで理解できてないペルスラン。狼狽えた態度を見せる。

 今の出し物は、紫のスキマによる瞬間移動の演出。仕掛けその1は成功である。

 

「分かったでしょ。無駄な抵抗は、おやめなさい」

 

 悦にいっている紫キュルケの声が、ルイズの耳に届く。本当に楽しそうだ。ルイズ、少々羨ましげ。そこに天子の文句が耳に入る。

 

「あんなもんの恰好して、何、嬉しそうなんだか」

 

 ルイズは小声で答えた。

 

「分かんなくもないわよ」

「スキマの恰好して、楽しい訳ないでしょ」

「なんでよ。こう言っちゃぁなんだけど……。美人だし……スタイルいいし……」

「何言ってんの。ルイズのスタイルも中々なもんじゃん」

「そ、そう?」

「だって、私にそっくりだし。天人様に似てるんだから、いいに決まってるじゃないの」

 

 とか言って、胸を張る天人。穏やかな平原のような胸を。ルイズ、褒められてもあまり嬉しくない。

 その時、アリスの声が飛び込んで来た。一応小声だが、急かすような響きが。

 

「天子、弾幕!」

「え!?もう?」

「急いで!」

 

 天子、慌てて要石を出す。キュルケの少し前に。すぐさま光弾発射。

 だが……。

 

「うっ!」

「だ、大丈夫!?怪我してない!?」

 

 部屋から届いたのは、ペルスランの悶絶と、キュルケの慌てた声。

 

 この出し物、紫の弾幕を演出するためのもの。窓の傍、キュルケの近くに潜んでいる天子が、小さめの要石をキュルケの前に出現させる。そこから弾幕発射。いかにもキュルケ、つまり八雲紫が発射したかのように見せる出し物だ。ただし脅しのためで、本来は当てる予定はなかった。

 

 アリスが頭をかかえ、ため息つきながらつぶやく。

 

「何、直撃させてんのよ」

「え?当たった?」

 

 天子、あっけらかんと返事。凡ミスしたくせに。ルイズが天子を、叱り飛ばす。もちろん小声で。

 

「何やってんのよ!怪我したらどうすんのよ!」

「ごっこ用の弾幕だから、怪我しないわよ。私だって、弾幕山ほど当てられたことあるけど、無傷だったし」

「あんた、基準にしてどうすんの!だいたい脅すだけで、当てるハズじゃなかったでしょ!」

「弘法にも筆の誤りってヤツ?天人様にもたまには、ミスするってねー」

「あんたは~……!」

 

 相も変らぬ使い魔。まるで悪びれない。ブレない天人。ルイズの苛立ちが、腹の底から湧き上がろうとしていた。その時、またアリスの慌てた声。

 

「ルイズ!窓、窓!」

「え?窓?」

 

 首を窓へ向けると、キュルケの後ろの窓が開いていた。

 これ、次の仕掛けの合図。最後の出し物。スキマのそのものの演出である。ルイズが『イリュージョン』で、スキマを出現させる手筈になっていた。

 

 ルイズは慌てて杖を握りしめ、詠唱開始。キュルケの後ろに、多くの目が浮かぶスキマのようなものが現れる。

 

「それでは、御機嫌よう」

 

 寝室から、キュルケの最後の挨拶が聞こえる。同時に彼女の姿は、タバサの母親と共に消え去った。あらかじめキュルケの立っている場所にも、転送陣を用意していたのだ。

 残されたペルスランの、動揺した声が寝室から漏れてくる。

 

「お、お嬢様に……、お嬢様に急ぎお知らせせねば!」

 

 やがて寝室のドアを強く閉じる音が響く。そして寝室から気配が消え去った。アリスの口から気疲れ吐息が出てくる。

 

「はぁ……、なんとかなったわね。さてと、後片付けしましょ」

 

 寝室とリビングに分かれ、仕掛けた転送陣を全て回収。一同は待ち合わせの場所へと集合する。

 そこでは、未だ紫の姿をしたキュルケが待っていた。少々怒り気味に。

 

「ちょっとぉ、何やってんのよ!後半、段取り違ってたじゃないの。冷や汗かいたわ」

「天子がね……」

 

 ルイズは疲れたように、隣にいる使い魔を指さした。それを見てキュルケも脱力。いつもの事かという具体に。だがアリスだけは違う反応。

 

「ルイズも、この子に返事しなければよかったのよ」

「う……」

 

 思い返せばその通り。天子は、文句をこぼしていただけだったのだから。しかしアリスは、それを大して気にしたふうでもなく、片付けを終える。

 

「ま、いいじゃないの。結局、無事終わったんだから。終わり良ければなんとやらよ」

「……そうだけど」

 

 キュルケも仕方なしにうなずく。

 

「じゃぁ、話はこれでお終い。長居は無用だわ。さっさと帰りましょ」

 

 アリスの掛け声を、合図に一同は帰路へと着こうとした。

 その時、小さな悲鳴が上がった。

 

「いっ!?」

 

 全員が、一斉に声の主の方へ振り向く。天子だった。左手を振りながら、痛みを取ろうとしているように見える。キュルケが不思議そうな顔。

 

「何?ひねった?」

「そうじゃないけど……なんだろ?」

「天使でも筋肉痛になるのね」

「なる訳ないでしょ」

 

 そうは言ったものの、痛みがあったのも確か。天子には原因が思いつかない。今度はアリスが聞いてくる。顔つきを妙に固くして。

 

「いったいどうしたのよ?」

「左手が急にチクってね。今は、なんともないけど」

 

 天子はそう答えながら、左手を眺める。怪訝な表情で。するとルイズが楽しそうな笑顔を浮かべ、意気揚々と口を開いた。

 

「罰が当たったのよ。きっとそうに違いないわ」

「はぁ?」

「主を困らせてばかりだから、始祖ブリミルがあんたにお仕置きなされたんだわ」

「私は、ブリミル教徒じゃないないんだけどねー」

「でも、虚無の担い手の使い魔でしょ。ルーンから、小言が聞こえたんじゃないの?」

「んな訳ないでしょ。まあブリミルの仕業だったら、ぶっ飛ばしに行くけど」

 

 平然と罰当たりな事を言う、虚無の使い魔。相変わらずの様子に、別段なんともないと安心するやら、呆れるやらのキュルケとルイズ。

 そんな仕事終わりの緩んだ空気が包む中、アリスも彼女達と同じく天子を見つめていた。しかし彼女達と違い、何かを見極めるかのような厳しいものを浮かべている。その視線の先にあるのは、天人の左手。ガンダールヴが刻まれている手の甲。確かに目に入るルーンには、なんの変化もない。だが実際には、ガンダールヴは消失しかかっている。今は、マジックアイテムでガンダールヴを投影し、ごまかしているだけだ。こうして見えているルーンはまがい物。本物のガンダールヴは、今どうなっているのか。そして何故、今、天子に痛みが走ったのか。彼女の脳裏に過るものがある。天子がデルフリンガーを初めて持った時と、似ていると。

 

 

 

 

 

 オルレアン邸に八雲紫が現れる少し前。寝静まったヴェルサルテイル宮殿内の庭に、姿を忍ばせる影があった。パチュリー達である。

 下調べをしていたとはいえ、ガリアの中枢。侵入するのに少々手間がかかった。鈴仙の幻術、こあのチャーム、パチュリーと魔理沙の魔法を駆使しなんとか成功。文だけは取材に専念していたが。そして今いる場所は、シェフィールドの執務室の外。暗視スコープをつけた魔理沙が、部屋の窓を覗き込む。

 

「まだ、何かやってるぜ」

「それにしても、シェフィールドってよく働くわね」

 

 文も同じく、暗視スコープで部屋を見ていた。彼女の言葉通り、他の部屋の明りは消えたのに彼女の部屋だけまだ灯っていた。

 魔理沙はふと思い出す。

 

「そういやぁ、ロンディニウムでもあいつの部屋、遅くまで明りついてたな」

「案外、根はまじめな人なのかもしれませんね」

 

 ガリアの間者の意外な一面に、感心するこあ。そんな三人の感想をパチュリーが、バッサリ。

 

「彼女がどんな性格だろうと、こっちには関係ないわ」

「そりゃそうだ。逆に利用するだけだな」

 

 続く魔理沙のひどい回答。その様子を見ていた鈴仙は、シェフィールドが少々不憫に思えてきた。散々、彼女の企みを潰しておいてなんなのだが。

 しばらくしてパチュリーが垣根から、わずかに顔を出す。

 

「そろそろ頃合いかしら。こあ、状況は?」

「問題ないです。何もいません」

 

 こあも垣根から顔をだし、周囲を観察。彼女には、辺りが昼間のように見えていた。さすがは悪魔。夜目が効く。他のメンツも周囲を確認。まさしく草木も眠るという状態だ。すると全員が鈴仙の方向く。

 

「では、行ってきます!」

 

 玉兎、全員の期待に応える様に、気合を入れてうなずいた。

 すぐさまシェフィールドの部屋へ、低空で接近。窓のすぐ傍まで近づく。ターゲットの方は仕事に集中しているのか、気づく様子が全くなし。鈴仙は窓を軽くたたいた。さすがに気づくシェフィールド。思わず振り向く。そして鈴仙の目を見てしまった。真っ赤に輝く双眸を。その後、彼女は見た。八雲紫を。何もいない空間に。シェフィールドと鈴仙による小芝居の開幕である。

 

 それからほどほどの時間が経った頃、芝居は終幕。虚無の使い魔は、苛立ったように部屋から出て行った。部屋に残った鈴仙に、まるで気づかずに。少々、不手際があったが、結果は想定通り。鈴仙は魔理沙達の元へ戻る。

 

「はぁ……。緊張したぁ……」

 

 汗をぬぐい、ため息をつくようにこぼす鈴仙。それを迎える魔理沙。

 

「お疲れ」

「そうそう。シェフィールド"さん"って言ったら、怪しまれたんだけど、なんか知ってる?」

「いや。けど、紫の事だからな。カッコ付けて"ミス・シェフィールド"とか呼んでたのかもしれないぜ」

「それでか……」

 

 納得が行ったとばかりに、肩から抜く月兎。次に紫魔女が、淡々と尋ねてくる。

 

「で?上手くいった?」

「うん。たぶん騙せたわ。本気で怒ってたし」

「上々ね」

 

 魔女は、心持口元を緩めた。

 

「さて、残りの作業も、さっさと片付けましょ」

「だな。あまり長居する場所じゃないしな」

 

 魔理沙達は、さっそく移動を開始。ある意味、彼女たちの本当の目的、『始祖のオルゴール』の在り処に向かって。

 

 そこはジョゼフの私室の一つだった。本来ならもっと警備が厳しくてもいいハズなのだが、思ったほど厳重ではなかった。ジョゼフは無能王と呼ばれる人物。実は自分の所有物に、そう拘りがないのかもしれない。何にしてもパチュリー達にとっては、好都合である。

 

 私室の扉が見える所まで来た。パチュリーが合図する。

 

「鈴仙、お願い」

 

 玉兎はうなずくと、衛兵達の元へと向かった。

 

「ん?何者だ!?」

 

 衛兵たちが、槍を構える。しかし、すぐに収めた。

 

「こ、これは失礼いたしました。陛下!」

 

 衛兵が恐縮して身を縮める。彼らの目の前にいるのは、紛う方なしガリア王ジョゼフであった。彼は軽く手を挙げる。

 

「構わぬ」

「しかし、このような時分に、何用でございましょうか?」

「扉を開けよ」

「は?」

「いいから、扉を開けよ」

「は、はい」

 

 命ぜられるまま、扉を開ける衛兵達。大きく開いた扉に、ジョゼフは満足気。そしてまた命令を告げた。

 

「お前たちは下がれ」

「え……?はい、分かりました」

 

 衛兵達は、すぐにこの場を去る。全く違和感を抱いていないように。そしてこの場には人影が一切なくなった。異界の連中を除けば。そう、ここにいるジョゼフは本物ではない。異界の玉兎、鈴仙の幻術だった。

 

 悠々と私室に入る魔理沙達。

 

「ちょろかったな」

「ガリア王は変人だって話は、本当のようね。こんな時間におかしな命令出して、誰も疑わないなんて」

 

 パチュリーが部屋を見渡しながら、つぶやく。部屋にはやけに大きな、模型がおかれていた。陸地に海、森や町を細かく作り上げている。そして兵の人形があちこちに置かれていた。

 

「ほう、模型作りが趣味なんでしょうか?」

 

 カメラを構えようとする文。するとパチュリーが少し強い声を上げる。

 

「ダメよ。文。フラッシュ使うと、バレちゃうでしょ」

「カーテン閉まってるから、大丈夫でしょ」

「全部、終わってからになさい」

 

 文は渋々うなずく。するとその時、こあが先を指さしていた。

 

「あれじゃないですかね?『始祖のオルゴール』」

 

 全員が彼女の示す方角を注視。確かに見覚えのある箱が、玉座の隣の台に置かれていた近づく一同。魔理沙が箱を手にとり、ふたを開けてみる。

 

「間違いないぜ。『始祖のオルゴール』だ」

「やっぱり、ハルケギニアにあったわね。問題は、何故ここにあるのか」

「だな。経緯、聞いてみるか。シェフィールド辺りにとか」

「そうね」

 

 哀れシェフィールド、今度は自分が狙われる立場に。当人には知る由もないが。

 ともかくオルゴールは預かりものだ。持って帰らないといけない。側にいた鈴仙も、自分がなくしてしまったと責任を感じていたので、ずいぶんと胸をなでおろしていた。

 

 その後、文が取材を終え、部屋を出ようとした一同。扉へ足を進める。すると何故か扉の方が、勝手に開いた。その先に、金髪を伸ばした長身の男が立っていた。

 

「精霊がやけに騒がしいと思ったが……。まさか、賊が忍び込んでいるとはな」

「…………」

「手にしているものを戻せ。それは私が約定を交わした者の所有物。それに、他の者に渡っては、我らにとっても都合が悪い」

「あなた誰?」

「私は、ネフテスのビダーシャル」

 

 そう名乗る男の金髪の隙間から、やけに長い耳が突き出ていた。

 

 

 

 


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