ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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炎蛇と白炎

 

 

 

 

「で、あいつらは結局何なんだ?」

「…………」

 

 キュルケは、盲目の傭兵を睨み付ける。前で身動きない状態で。今の彼女は手足を縛られ、森の木に結び付けられていた。そんな彼女を、メンヌヴィルの使い魔、サラマンダーが見張っていた。離れた茂みの中で。

 彼が使い魔を手に入れて、一つ前より良くなった点がある。それは見えるようになった事だ。正確には使い魔の視覚に同調し、物を見ることができるようになった。かつては細かな作業を部下にやらせていたが、今はそうはいかない。その意味では、ありがたかった。こうして人質の手足を縛る事ができたのも、そのおかげだ。

 

 白炎は干し肉をかじりながら、つぶやく。

 

「言いたくねぇ……か?それとも、知らねぇのか……」

「…………。言っても信じないって選択肢はないの?」

「ハッ。思ったより元気じゃねぇか。そんな口叩くとはよ」

 

 メンヌヴィルは笑いながら、干し肉を噛み切った。

 

「言ってみろよ。その信じられねぇって話をよ」

「…………。あなたを手玉に取った者達は、異世界から来た人外よ。人間でも妖魔でも精霊でもないわ」

「……」

 

 白炎の干し肉をすり潰していた口が止まる。キュルケは、でたらめにしか聞こえない答えに機嫌を悪くするメンヌヴィルを想像した。しかし、何故か彼はあっけらかんとした顔つきで、わずかに口元を緩めていた。

 

「なるほどな」

「何よ。信じるって言うの?」

「メイジも、妖魔も、精霊もなんかシックリこねぇと思ってたんだよ。それ以外ってのもあるのかってよ」

「……」

「フッ……。しばらく暇なんだ。全部話してみろよ」

「……。おとぎ話のようにしか聞こえないわよ」

「構わないぜ。……いや、後にしろ」

 

 顔つきが急に変わる。いつもの傭兵へと。そしてスッと立ち上がった。

 

「来たようだ。思ったより早いな」

「先生が?」

「お前はここでおとなしくしてろ。余計な真似すりゃぁ殺す」

「どっちにしても、殺すつもりなんじゃないの。けじめ、付けるんでしょ?」

「ハッ。楽しいヤツだな。お前」

 

 それだけ言い残すと、キュルケに猿ぐつわをしてメンヌヴィルは森から出ていった。

 

 コルベールとギーシュはほぼ最速で夜の街道を進んでいた。だがその時、人影が街道に出て来るのが見える。思わず手綱を引き、馬を停止させる二人。月明かりに映し出された姿は、盲目の男。そう、メンヌヴィルだ。二人に緊張感が湧き上がる。コルベールは探るように口を開いた。

 

「メンヌヴィル君……」

「マジで隊長だぜ。教師とはな。似合わねぇ」

 

 両手を広げ、大げさにコルベールを迎えるメンヌヴィル。

 この二人の会話を聞いて、ギーシュは驚きを抱く。コルベールが、この指名手配犯に"隊長"と呼ばれた事に。隊長。すなわち軍人だった事を意味する。二人に、何か関係があるのではと思っていたが、軍関係とは予想外だった。かつて、同じ部隊にでもいたのだろうか。

 

 コルベールは表情を変えず、言葉を続ける。

 

「生徒はどこだね?」

「まずは、馬から降りろ。そっちの小僧もだ」

「…………」

 

 二人は渋々馬を下りる。

 その時、馬の頭がいきなり燃え出した。うめき声も上げる間もなく、倒れる二頭の馬。

 コルベールとギーシュは、足を奪われた。一瞬の出来事に、唖然としているギーシュ。あらためてこの傭兵の凄まじさを噛みしめる。

 しかしコルベールは至って冷静。もう一度言葉を繰り返す。

 

「生徒は無事なのか?」

「ああ、傷一つついてねぇ」

「なんのつもりだね?」

「アンタとサシで勝負がしてぇ」

「何だと?」

 

 予想外の答えに、呆気に取られる教師。てっきり、人質を盾に捕まっている仲間の解放を要求してくるかと思っていたが。

 

「手配中だというのに、ワザワザそのために来たというのかね?あれだけの警備の兵が、いるというのに」

「いや。そんなつもりはなかったぜ。もしかしたら、逃げ出した手下かアルビオンの連中に会えるかもと思ってな。ちょっと寄ってみた。そうしたら、アンタを見つけたって訳だ」

「私と勝負してどうしようというのだ。あの時の意趣返しか?」

「意趣返し?そんなハズないだろ。アンタはおれの憧れだったんだぜ。俺の成長を見てもらいてぇんだよ」

「な、何?」

 

 この盲目のメイジが何を言っているのか、まるで理解できない。コルベールに困惑の表情が浮かぶ。

 

 彼とメンヌヴィルの間には、他人に言えない因縁がある。二人はかつて同じ部隊にいた。軍人として。その時の出来事は、コルベールにとって拭いがたい汚点であり、今でも心に留めている罪だった。その任務の最中、彼はメンヌヴィルと戦ったのだ。結果はコルベールの勝利。メンヌヴィルは再起不能かという大けがを負った。彼が盲目となったのも、その戦いの時だ。

 だが言わば仇であるコルベールに対し、メンヌヴィルは憧れていただの、成長を見てくれなどという。彼は、メンヌヴィルの真意を測り兼ねた。

 しかし一つ確かなものがある。この目の前の傭兵を倒さねば、キュルケを救えないという事だ。コルベールは覚悟を決める。教師となってから、封印し続けた感情を呼び起こす。戦士としての感情を。

 

「…………。いずれにしても、君を倒さねばならないようだ」

「へっ、そういうこった」

「分かった。いいだろう。君の望む通り勝負してやろう」

「そうこなくっちゃな」

 

 メンヌヴィルの口元が大きく緩む。するとギーシュの方を向いた。

 

「おい!小僧。お前は帰っていいぞ。ただし余計な真似はするなよ」

「な、何だとぉ!?」

 

 思わず反論しようとするギーシュ。しかし止める手が伸びて来る。コルベールから。

 

「ミス・ツェルプストーは私がなんとかする。君は戻りなさい。危険な目に遭う必要はない」

「し、しかし……」

「彼女は人質となっている、という事を忘れてはならないよ」

「は、はい……」

 

 渋々うなずくギーシュ。言われるまま彼は、来た道を走って戻り始めた。

 

 だがギーシュ。帰るつもりなどさらさらない。実は逆。もう余計な事をやっていた。なんだかんだで、友人とも言えるキュルケが捕まっているのだ。黙っている訳にはいかない。しかもコルベールは、ラ・ロシェール戦での出兵拒否をして以来、生徒達から臆病者の烙印を押されている。そんな彼に、キュルケを任せられないと考えていた。そこで学院に戻ってから、タバサに声をかけていた。もしルイズが戻っていれば、彼女と幻想郷メンバーの力も借りたかったが、今はいないのでしようがない。親友の危機にタバサはすかさずシルフィードと共に行動開始。一方のギーシュも、使い魔のヴェルダンデを森の中に先行させていた。

 

 帰るふりをしていたギーシュ、二人が見えなくなると森へと入っていく。しばらく進んだ後、ヴェルダンデと合流。そこにはタバサもいた。ギーシュは小声で話す。

 

「あいつミスタ・コルベールと決闘したいんだとさ。どういうつもりなのか分んないけど」

「決闘……?とにかく、予定通りに」

「その前にさ。彼女、誰?」

 

 ギーシュが視線を向けたのはタバサの側にいた女性。髪こそ長いが、青い髪のタバサによく似た人物で、二人は姉妹と言われても納得してしまうほど似た顔つきだった。タバサは、気にすることはないとでもいうふうに答える。

 

「味方」

「味方って……?」

 

 見定めるようにその女性を見るギーシュ。すると慌てて、彼女は口を開いた。

 

「わ、私、イルククゥ、お姉さまの妹なのね」

「妹?」

 

 ますます眉をひそめるギーシュ。姉というならまだ分かるが、妹というには背が高すぎる。だいたい妹というと、ガリアからやって来たとなるのだが。いつの間に来たのだろうか。どうにも腑に落ちない。しかし、タバサの毅然とした声。

 

「味方」

「あ、ああ……まあ、君がそう言うなら……」

「時間がない。急ぐ」

「そ、そうだね。ミスタ・コルベールがどれだけ持つか分からないし」

 

 三人は行動を開始した。

 

 ところでイルククゥと名乗る女性。実は、シルフィードが化けたもの。先住の魔法が使える彼女。人の姿に化けるなど造作もない。ドラゴンの姿ではメンヌヴィルに気づかれると考え、タバサがこの姿になるよう命令したのだった。もっとも彼女自身は、この姿があまり好きではないようだが。

 

 ともかく、メンバーは揃った。まずはギーシュ。キュルケを探すように、ヴェルダンデに命令。モグラであるヴェルダンデは鼻がいい。匂いで探ろうというのだ。この夜の森の中では打ってつけの能力。キュルケは常に香水をつけているのでなおさらだ。

 森の中を進む二人。時々、木々の隙間から赤い光が漏れてくる。コルベールとメンヌヴィルが、炎の魔法を撃ちあっているようだ。たまに爆音が聞こえるほど激しいもの。しかし、コルベールが一方的に押されているという様子もない。これはギーシュにとっては驚きだったが、同時に有難かった。時間が稼げる上に、メンヌヴィルを釘付けにしておけるのだから。

 

 しばらくして、キュルケの場所に見当がついたのか、ヴェルダンデがわずかに唸る。

 

「隠し場所が分かったみたいだよ」

「……。イルククゥ」

 

 タバサは、彼女の妹と称する女性に声をかけた。彼女はうなずくと、キュルケがいると思われる方角へ目を向ける。風韻竜であるシルフィードは夜目が利く。そして見つけた。木に結び付けられ、猿ぐつわを嵌められている彼女を。タバサはギーシュに向かって、無言でうなずいた。

 すると彼は、杖を手にし詠唱開始。30サント程度の小さなワルキューレが現れた。ギーシュはこれにナイフとキュルケの杖を手渡す。やがて、ワルキューレは茂みの中を、キュルケに向かって進みだした。これはメンヌヴィルの聴覚対策のため。盲目である彼は、耳がいいと聞いている。人間が二人も人質に近づいては、気付かれるかもしれない。そこで小さなワルキューレに任せることにした。気付かれても小動物と思われると考えて。

 

 タバサとギーシュが、キュルケ救出に向かっている最中、コルベールとメンヌヴィルの戦いは一進一退の状況を続けていた。白炎はまさしく満天の笑みを浮かべ、高揚した声を上げている。狂っているかのように。

 

「スゲェー。スゲェーよ!隊長!教師なんぞやって腕が落ちてると思ってたんだが、昔と変わんねぇじゃねぇか!」

「…………」

「けど、俺もスゲェな。腕が落ちてねぇアンタと五分で戦えてる」

「そうかね」

「まだまだ、本気じゃねぇってか?そりゃ楽しみだ。実はな、俺も本気じゃねぇ」

 

 メンヌヴィルの吊り上った口は、さらに角度を増していく。

 さらに錯綜する炎と炎。ただこの攻防において、二人の胸の内は対照的だった。まさしく燃え上っているメンヌヴィルに対し、冷ややかなコルベール。

 

 やがて戦いの場は、開けた場所に移っていた。するとコルベールが杖を下ろす。敵意が霞んでいくのを感じたメンヌヴィル。顔をわずかにしかめる。

 

「どういうつもりだよ。隊長。負けたとか言い出すんじゃないだろうな?」

「いや、逆だよ。どうか降参してほしい」

「ハッ!そうかい、そりゃぁいい!」

「降参してくれるのかね。私はできれば人を傷つけたくない。手配されてる君であってもだ。だからこそ、教師になったのだよ」

「ほう……。だから、降参してくれってか」

「そうだ」

「ハハッ!する訳ねぇだろ!」

 

 大笑いしながら白炎は言葉を投げ返した。しかしそれは嘲笑の笑いではなく、むしろ歓喜。体中の興奮を吐き出すかのよう。やがて盲目の傭兵は笑いを静めると、不適に尋ねる。

 

「アンタ、今から必殺技使おうってんだろ?」

「…………」

「いいねぇ、必殺技!実はな、俺にも必殺技があるんだよ。やろうじゃねぇか、必殺技対決をよぉ!」

 

 まさしく狂喜。高揚感に酔っているメンヌヴィル。そんな彼を、コルベールはどこか悲しそうに見ていた。だが、すぐに元の顔つきに戻る。そして呼吸を一つ漏らした。そして杖を真上にかざす。同時に、メンヌヴィルも杖を前へと向ける。お互いの詠唱が始まる。

 

 しかし、まさしく彼が待ち望んでいた時だというのに、急にその表情が曇った。杖があらぬ方向を向きだしていた。そしてぼやく。つまらなそうに。

 

「チッ。余計な真似すんなって言ったろうが」

 

 森の方へ向いた白炎の杖。瞬時にコルベールは、その意味を察する。帰したはずのギーシュが、キュルケを助けに向かったのだと。そして見つかったのだと。

 ギーシュ達は気づかなかったのだ。キュルケの近くにメンヌヴィルの使い魔、サラマンダーが潜んでいた事に。そして、その火とかげに見つかった。キュルケを助けている所を。

 

 コルベールすぐさま魔法を発動。

 轟音と共に、空に火球が現れる。大地を赤く照らし出す。

 『爆炎』。錬金により空気を可燃性ガスに変え、辺り一面を火の海にし、酸素を奪い去る魔法。一気に酸欠状態に陥れ、一面に死をもたらすまさしく必殺の魔法。

 しかし、死んだ者はいなかった。もちろんメンヌヴィルも。

 『爆炎』は、可燃性ガスを十分作り出してこそ効果がある。だが慌てて発動させたため、量が不十分だったのだ。結局、目くらまし程度の効果しかなかった。

 

 メンヌヴィルは一瞬、怯んだがすぐさま態勢を整える。しかし敵意が向かった先は、コルベールではない。キュルケがいると思われる方角だった。

 白炎の杖から炎が放たれる。だが、コルベールがそれを迎撃。同じく炎で撃ち落とす。

 すぐさま、キュルケとメンヌヴィルの間に入るコルベール。その表情はもはや教師。ついさっきまでの戦士の顔つきは、なくなっていた。それを面白くなさそうに見る白炎。杖からまた火の塊が飛び出す。再び迎え撃つコルベール。

 

「うわっ!?」

 

 だが悲鳴を上げたのは、コルベールだけだった。背後から彼を炎が襲っていたのだ。メンヌヴィルの使い魔、サラマンダーからの炎。コルベールは背中に大やけどを負い、思わず倒れこむ。顔には苦悶が浮かんでいた。歯を食いしばり何とか、耐えている教師がいた。

 だが、そのわずかな間にメンヌヴィルは、コルベールの杖を燃やす。これで彼の勝ち目はなくなった。ゆっくりと近づく白炎。

 

「勝負はお預けだ。アンタの怪我が治ったら、またやろうぜ」

「くっ……」

「けどな、あの小僧共はゆるさねぇ。楽しみを台無しにしやがって」

「ま、待ちたまえ!わ、私の命と引き換えに、彼らを許してくないか!」

「アンタの命なんて、どうでもいいんだよ。俺は勝負したかっただけだからな」

「で、では再戦の約束をする!必ずだ!一対一で!」

「……」

 

 盲目のメイジは足を止めた。コルベールの近くで。

 その時、叫びが二人に届く。

 

「ミスタ・コルベールから離れなさい!」

 

 森から出てきた、キュルケだった。杖を真っ直ぐメンヌヴィルに向けていた。憤怒を体中に湛え。赤い髪はまさしく燃えているかのよう。

 タバサとギーシュも少し離れた場所から出てくる。それに続く6体のワルキューレ。二人もまた、怒りに身を包んでいた。さらに空にはシルフィードが舞っている。

 

 だが学生とは言え、三人のメイジに囲まれているにも関わらず、メンヌヴィルは平然としたもの。そしてポツリとつぶやく。

 

「隊長。アンタの必殺技は見せてもらった。さすが隊長らしい魔法だ。なかなか面白かったぜ」

「……」

「けどな。俺の方は見せてねぇ。そりゃぁフェアじゃねぇよな。これじゃ次やる時、つまらなくなっちまう。だからな。今見せてやるよ。俺の必殺技ってのをよ」

 

 凶暴な笑いが白炎に張り付いていた。三人のメイジと使い魔達を相手になおこの顔ができる。コルベールは直観した。このままでは、生徒達は全員死ぬと。彼は残った力を振り絞り、飛びつく。大やけどをしているその身で、この残虐なメイジに。

 

「みんな!逃げるんだ!逃げたまえ!彼は私が抑えている!」

「「ミスタ・コルベール!」」

 

 キュルケとギーシュは思わず叫ぶ。しかも逃げるどころか、ますます闘志を強くしていた。なんとか彼を救い出そうとしていた。

 彼らは分かったのだ。さっきまでのコルベールの戦いを見て。臆病者と罵った教師が、実は凄腕のメイジであると。勇気と仁徳を兼ね備えている素晴らしい人物であると。そう、彼らは償いたかった。今まで、彼を侮蔑した気持ちを。そして何よりも助けたかった。

 キュルケ達は、さらに一歩前へと進む。しかしコルベールは願うように、声を上げた。

 

「いいから逃げなさい!」

「で、でも……!」

 

 キュルケは苦しそうに言葉を返す。コルベールの気持ちは分かる。だからと言って見捨てる事などできる訳もない。

 身動きできないキュルケ達。そんな彼女達を他所に、メンヌヴィルはまとわりつくコルベールを放りなげた。そして、彼に語りかける。

 

「隊長。見てな。これが俺の必殺技だ」

 

 白炎の杖が前を向いた。詠唱はわずかな間。すると、キュルケとタバサ達の側に竜巻が立ち上がる。風の魔法『ストーム』。だがそれはタバサが作る同じものに比べ、細い並程度のもの。

 だが次の瞬間、竜巻が一気に炎を纏った。炎の作り出した上昇気流で、膨れ上がる竜巻。同時に辺りの木々を燃やし、さらに上昇気流を増す。みるみる内に、世界樹かといような太さに膨れ上がる。まさしく火炎旋風。これがメンヌヴィル最大の魔法だった。

 

 ギーシュ達は突如現れた、炎の柱に呆気に取られる。

 

「な!なんだ!?これは?」

 

 だが、タバサだけは冷静さを失っていない。竦んでいるギーシュを引っ張った。

 

「逃げて!」

「え!?」

「早く!」

「あ、ああ!」

 

 慌てて、反対側へ駈け出すギーシュ。そしてもう一つ、声をかけた。

 

「シルフィード!キュルケを!」

「きゅい!」

 

 空を舞っていたシルフィードは、急降下。竜巻の反対側へ向かう。一方のタバサは、全力で逆回転の『ストーム』を唱えた。竜巻を霧散しようというのだ。しかし魔法による炎と、燃える木々の炎が生み出した上昇気流は、彼女の魔法を歯牙にもかけない。霧散したのはタバサの『ストーム』の方。

 

 タバサに竜巻が迫る。その時、後ろから引っ張られた。ワルキューレ達がタバサを掴み、ギーシュの方へ向かって放り投げる。上手くキャッチする色男。タバサを抱えて走り出した。

 

「君こそ、逃げるんだよ!」

「キュルケ!」

「え?」

 

 ギーシュが振り向いた先、竜巻の向こう。そこに、宙に浮いているキュルケの姿が陽炎に揺らいで見えた。

 竜巻は、辺りのものを強力な吸引力で吸い上げる。これだけ巨大な竜巻だ。その吸引力は半端ではない。キュルケは逃げ遅れたのだ。

 

「キュルケ!」

 

 タバサはギーシュの腕の中で、泣きそうな叫びを上げていた。親友の名を呼んでいた。

 

 その時だった。体を何かが突き上げた。足元、真下から。強烈な何かが。

 

 一旦浮いた体は重力に引かれ、また大地に落ちる。しかし、そこにはなかった。あるはずの大地が。彼女は、彼は、いや、ここにいる全員が落ちて行った。得体のしれぬ闇の中に。

 そして夜の街道の外れに、燃える竜巻と使い魔達だけが残された。

 

 

 

 

 

 巨大な竹林の中。木漏れ日に照らされた、侘び寂びに溢れた日本家屋がある。永遠亭。幻想郷で最高の治療が受けられる場所であり、月人の住処。その月人、八意永琳はいつものように、診察室で治療内容をまとめていた。そこに、この所見ていなかったうさぎ耳が入ってくる。鈴仙・優曇華院・イナバである。

 

「師匠。ただ今帰りました」

「あら、うどんげ。お帰りなさい」

 

 いつもと変わらぬ表情で弟子を迎える師匠。一方の弟子、鈴仙の方は、何やら疲れ切った顔をしていた。

 

「師匠、言われた作業。全部こなしました」

「ご苦労様」

「これが言われていた、ハルケギニアの宝です」

 

 そう言って、小荷物程度の箱を差し出す。『始祖のオルゴール』と『風のルビー』を入れた箱を。しかしすぐには手渡さず、厳しい顔を師匠に向ける鈴仙。

 

「一つ、言っておきますが、これは大変貴重なものです!傷一つ付けずに返すと約束しました。何をされるつもりか分かりませんが、本当に、本当に、本当~に!慎重に扱ってくださいよ!」

 

 いつになく、鈴仙の強い口調。真っ赤な目は、鋭さを感じるほど真剣な眼差し。黙って持ってきてしまった事に、かなり後ろめたさを感じているのだ。しかし、当の永琳は涼しい顔。

 

「もちろん、分かってるわ。信用して」

「…………」

 

 どこか信用できない。玉兎は訝しげに師匠を見つめる。だがこれもいつもの事。ため息交じり手渡す。そして残りの物品も取り出した。カトレアとタバサの母から採血した検体だ。

 

「こちらが患者さんの血液です」

「ん?多くない?」

「あの……も、申し訳ありません!実は患者さんが増えてしまいまして。その方も重い症状だったので、治療を引き受けてしまったんですが……」

 

 今度は申し訳なさそうに、頭を下げる鈴仙。だが、それにも永琳は相変わらず。

 

「そう。で、状態は?」

「はい、こちらに」

 

 二人の症状を記した、書類を取り出す。手にした永琳は、流すように、しかし一言一句漏らさず読んでいく。

 

「症状がまるで違うわね。しかも一人は、原因不明と……」

「そうなんです。その……厄介なお願いですが治療の方、引き受けてくれるでしょうか?」

「いいわよ」

「本当ですか!」

「ええ。対象は多い方がいいし」

「対象?」

「助かる人は多い方がいいでしょ?」

「…………」

 

 永琳の対象という言葉が、鈴仙には不穏な響きにしか聞こえない。

 ともかく無二の薬師は、検体と書類をそれぞれ仕舞いこんだ。そして残った物。ハルケギニアの宝の入った箱を手にする。鈴仙は、それを不安そうに眺めていた。

 

「繰り返すようですけど、本当に慎重に扱ってくださいよ」

「分かってるって」

 

 弟子の忠告も半分に、月の英知はゆっくりと箱を開ける。その表情は相も変わらず、淡々としているように見える。だが、実は密かに期待していたのだ。なんと言っても異界の物品なのだから。胸の内には、久しぶりの高揚感があった。

 宝の箱は、ゆっくりと開かれた。しかし……永琳、呆気。

 

「何も入ってないわよ」

「え!?」

 

 思わず鈴仙は、箱を覗きこんだ。赤い双眸が、まん丸く見開いている。

 

「な、ない!えっ!?なんで!」

「どういう事?」

「いえ、その……!い、入れたんです!本当です!」

「でも、見ての通りよ」

 

 永琳の言う通り、箱の中はまさしく空っぽ。二つの秘宝はどちらもない。そんなハズはないと慌てふためく鈴仙。必死になって記憶を探っていく。何か手がかりがないかと。すると一つが引っかかった。パンと手を叩く玉兎。

 

「あ!」

「何?」

 

 椅子に身を預けている師匠に、弟子は必至に語りかけた。身振り手振りで。

 

「実は、転送陣でこちらに戻ってくるときに、地震が起こったんです!」

「地震?」

「はい!あれは、魔女達がしかけたトラップです!それで取り返されちゃったんです!」

「ふ~ん……。そう」

「きっと、そうです!ええ!だと……思います。たぶん……」

 

 か細くなっていく、鈴仙の声。ヘタレてる耳が、余計にしぼむ。こんな事を言ってはいるが、単なる思い付きにすぎないのだから。しかし、彼女には他に心当たりが何もなかった。

 淡々と言い訳を聞いていた永琳。顎に手を添えわずかにうつむく。その英知を収めた頭脳で、何かを導きだそうとしていた。やがて、何事もなかったように顔を上げる。

 

「ないものは、しようがないわね」

「すいません……」

「別にいいわ。異世界だもの。想定外の事も起こるでしょう」

「あの……。代わりに、何か持ってこないといけないんでしょうか?」

「いいわ。この件は一旦保留よ。とりあえず、その二人の治療の方に専念しましょう。だからあなたには、ハルケギニアにもう一度行ってもらうわ」

「治療も私がするんですか?」

「私は行けないもの。あなたにやってもらうしかないわ。安心して、そう厄介な処置にはならないと思うから」

「そうですか。分かりました」

「じゃあ、ご苦労様。しばらくは休んでていいわよ」

「あ、はい。それじゃ、失礼します」

 

 一つ礼をすると鈴仙は、診察室から出て行った。それからほん少し後、永琳の耳に彼女の悲鳴が届く。どうしようと同じセリフを何度も繰り返す。おそらく、ルイズ達へ言い訳しないといけない事に気づいたのだろう。いくら師匠の命令とは言え、盗みだしたのは事実なのだから。しかも治療のため、ルイズ達と顔をもう一度合わせるのは必定。鈴仙、相変わらずの苦労人であった。

 

 頭を悩ましている彼女を余所に、永琳の好奇心はハルケギニアのもう一つの物品に向かっていた。検体の血液に。薬師は顕微鏡を取り出すと、シャーレに一滴、カトレアの血を垂らす。準備が終わると、顕微鏡を覗き込んだ。これもまた彼女が、楽しみにしていたもの。薬師というよりは研究者として、異世界人への興味があったのだ。

 しばらく顕微鏡をのぞいていた彼女だが、ゆっくり目を離す。その表情はわずかに曇っていた。

 

「これは、どういう事かしら……」

 

 月の英知は、そのまま黙り込んだ。

 

 

 

 




 長くなってしまったんで、とりあえずここまで。本当は区切りのいい所まで上げたかったのですが。

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