ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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家族

 

 

 

 

 異界の住人を受け入れたヴァリエール家。翌日、一家は少々気疲れ気味な朝を迎えていた。もちろん前日の晩餐でのヨーカイの件もあるが、さらに続きがあったからだ。

 

 幻想郷の話が終わった後もイベントは盛りだくさん。ルイズの婚約者ワルドの裏切りの報告や、吸血鬼姉妹ダルシニとアミアスとの関わりの告白と、騒ぎは続いたのだった。

 前者についてルイズはショックを受けていたものの、それほど大きくはなかった。婚約者だがワルドとはここ十年まともに会っていない。憧れの人物だったとは言え、どこか物語の人物のような茫漠としたイメージしかなかったせいだろう。もし最近会っていれば、違った印象を持ったかもしれない。だが、会う機会があったアンリエッタの学院訪問時には、ルイズは幻想郷に飛ばされ会えず仕舞い。ルイズが戻って来ても、その時点でワルドはすでにアルビオンにおり、やはり会えなかった。この偶然は結果論だが、彼女にとって悪くはなかった。

 後者については、エレオノールの方がショックを受けていた。無理もない。相手は、異界のヨーカイどころか正真正銘の妖魔だ。しかもよりによって吸血鬼。それと敬愛する両親が長年懇意にあったというのだから。動揺して喚きたてる彼女を落ち着かせるのに、かなり手間がかかった。もっとも幻想郷メンバーは、それを面白がっていたのだが。

 カトレアの方はというと、どちらも意外に冷静に捉えていた。元々籠りがちでもあり世情に疎いためかもしれない。そしてずっと城にいた彼女。まれに両親が深夜に離れに向かう所を見かけていたので、ダルシニ達の事は薄々感づいていたのもあった。

 

 朝食も終わり一段落ついた頃、カトレアのベッドの横に二人の姿があった。ルイズと鈴仙である。カトレアが不安を湛え尋ねてくる。

 

「本当なの?」

「安心して、ちい姉さま。でしょ?鈴仙」

 

 ルイズは胸を張って答えた。

 彼女達がやってきたのは他でもない、カトレアの治療のため。生まれつき体の弱い彼女を、ルイズは治せると言う。しかし、当のカトレアは半ば信じられずにいた。今までも何人もの医者が見たが、全員がお手上げだったのだから。だが、わずかな期待もあった。なんと言っても異界の者。ハルケギニアの医者では無理な事でも、可能かもしれないと。

 

 ルイズに問われたうさぎ耳の宇宙妖怪は、強くうなずく。

 

「はい。ウチの師匠に治せない病気なんてありませんから」

 

 こうは言ったが、鈴仙にとって気にかかる点がなくはない。昨日、レミリアが言った幻想郷とハルケギニアの人間は違うらしいという話。もっとも、妖怪の病気でさえ治す永琳。幻想郷の人間とは違ったとしても、なんとかしてしまうだろうとも考えていた。

 

 ともかく作業に入る鈴仙。ケースから注射器を取り出した。カトレアが透明の筒をしげしげと見つめる。

 

「昨日、吸血鬼……、いえ、あなた方が血を取るために使ったものと同じですか?」

「はい。注射器です」

「血を取るんです?」

「血からは、いろんな事が分かるんですよ」

「そちらでは、そういう診察をするんですか?」

「他にもいろいろありますよ。これは基本的な方法の一つです」

「そうなのですか」

 

 感心しながらうなずくカトレア。少し興味が湧いて来たのか、彼女は物珍しそうに鈴仙の作業を見守る。採血はあっさりと終わった。検体に固定化をかけて収納。師匠からの言付けの一つを完了する。ルイズの表情が自然と緩んでいた。長年気にしていた姉の体がようやく治るのだ。無理もない。

 

 作業が済み、やがてカトレアの部屋を出ようとする鈴仙。ドアの側まで来ると、ふと振り向いた。

 

「え、えっと……ルイズ?」

「ん?何?」

「ちょっと、話があるんだけど……」

「……分かったわ」

 

 ルイズは、姉について何か問題があるのかと、少しばかり不安を抱えつつ部屋を出る。廊下に出た二人。鈴仙は申し訳ないような顔つきだった。息を飲むルイズ。

 

「話って何?ちい姉さまの事なら、正直に話して。隠す事ないわ」

「いえ、カトレアさんの事じゃなくって。実は、『始祖のオルゴール』についてなんだけど……」

「え?」

 

 予想外のキーワードが出てきて、呆気に取られるルイズ。『始祖のオルゴール』については、カトレアはもちろん、鈴仙にも関わりない物品。そんなものの名前が出て来る理由が分からない。戸惑っているルイズを他所に、辺りを気にしながら鈴仙は言葉を続ける。

 

「今、『始祖のオルゴール』って魔理沙が預かってるんだよね?」

「ええ。『風のルビー』とセットで。虚無関連を研究するから、しばらく貸してくれって。本当はすぐに王宮に持っていきたかったんだけど、パチュリーも見たいって言うから許可したけど」

「もしも、もしもの話よ。魔理沙とパチュリーが幻想郷に持って行って、じっくり調べたいって言ったらどうする?」

「ダメに決まってるでしょ!いつ戻って来るか分からないもの。だいたい始祖の秘宝は、世界の秘宝って言っても過言じゃないわ。すぐにでも返してもらいたいのに、幻想郷に持ってくなんて論外よ!」

「で、ですよね~」

 

 歪んだ作り笑いの上、丁寧語で返す鈴仙。どうにも不自然。ルイズ、首を傾げる。

 

「でも、なんであなたがオルゴールの事、気にしてんの?」

「あ、いえ、その……、魔理沙がそんな事言ってたような……いないような……」

「ホント!?全く、あいつは……。ちょっと釘指しておくわ」

「いえ、その!勘違いかも……しれな……」

 

 鈴仙の言葉は届かず。ルイズはずんずんと廊下を進んで行った。おそらく魔理沙の元へと。残ったうさぎ耳は引きつった表情。頬が痙攣おこしている。

 

「しまった……。余計な事、言っちゃった……」

 

 鈍い後悔と共に肩を落とす。

 実は、彼女にはまだ仕事が残っていた。頭の痛くなる仕事が。師匠、八意永琳からの命令、ハルケギニアの宝を入手せよという難題が。そのターゲットが『始祖のオルゴール』という訳だ。どう持って行くか頭を悩ましていたのだが、今の会話で選択肢がなくなった。ルイズが魔理沙を問い詰めても、覚えがないと言い返すだろう。すると逆に、鈴仙が怪しまれるのは確実。何故、『始祖のオルゴール』を話題に出したのかと。もはや後戻りはできない。

 

「こ、こうなったら、やるしかないよね」

 

 決意に口を堅く結ぶ。もっとも泥棒の決意だが。

 やがて、鈴仙はすでに見えなくなったルイズに、手を合わせ深々と詫びを入れた。そして二、三の下準備の後、ヴァリエール家の居城を去る。今は誰もいない幻想郷組のアジトに向かって。

 

 

 

 

 

 日が傾きはじめた頃、ルイズは両親に呼び出される。そして数年来の場所にいた。カリーヌのマンティコアの背中に。母に連れられ、この背に乗ったのはいつ以来か。さらにこうして風竜に乗る父を見たのもいつ以来か。

 だが親子三人、水入らずで遠出、という雰囲気ではなかった。おかしな緊迫感が漂っている。ルイズの体中に走る嫌な予感。冷や汗がじわっと背中に浮いていた。

 

 目的地にほどなくして着く。そこは、ルイズにとって見覚えのある場所。当然である。ここは昨夜、レミリア達とシェフィールド、カリーヌ達が戦った村なのだから。

 公爵が下を見下ろしてポツリ。

 

「これはまた……。随分と派手にやったものだな」

 

 風竜の上から、呆れた声が漏れて来る。その表情は憂いを通り越して、笑うしかないというふう。無理もない。村は散々な有様だったのだから。

 レミリアvsシェフィールド戦での魔法の流れ弾。さらにカリーヌ戦での魔法とパチュリー、アリス達の弾幕。最後のルイズ達の包囲攻撃、特に天子の地震。ここはただの農村だ。民家はそう強い作りはしていない。こんな災難をいくつも受けては、無事で済むはずがなかった。中には被害の大きな家もある。

 ルイズは村を見渡しながら青い顔。益々被害を実感。やはりレミリア達から目を離すべきではなかったと、後悔が頭をぐるぐる回る。

 

 やがて一行は地上に降りる。

 村ではすでに復旧作業が始まっていた。村人はもちろん、公爵も兵をいくらか出しその手伝いをさせている。その中から一人、村長らしき人物が近づいてきた。やがて公爵夫妻と、挨拶がてらの会話をいくつか交わす。その後、夫婦はルイズを連れて、村の外、畑に向かった。そこも戦いの現場であった。

 あちこちえぐられた地面。錬金で作られた土壁。無数の小さな穴。そして大穴。公爵は辺りを見回しながら、眉間に皺を寄せる。

 

「かなり激しい戦いだったのか?」

「というよりは異様と言うべきでしょうか。いろんな戦いを経験しましたが、あのようなものは初めてですわ」

 

 カリーヌは、足を進めながら答える。公爵もそうかと一言返すだけ。昨日の晩餐で、素性を明かした異界のヨーカイ達。力のほんの一端しか見ていないが、その纏う気配だけでも尋常ではない事が感じ取られた。それが発揮されたのだ。この戦いの場では、想像し難い出来事があったのだろう。それだけは彼にも理解できた。

 

 やがて三人は畑の端、森の近くにたどり着いた。大穴の側。ルイズの『エクスプロージョン』の痕だ。それを覗き込む三人。公爵が呆れとも感心とも取れる声をこぼす。

 

「これも彼女達の仕業か……。一体、どんな魔法だったのだ?」

「いえ、これはあの方々ではありません。ルイズの爆発で空いたのです」

「ルイズが?」

 

 思わず愛娘の方を振り向く父親。驚きを匂わせる表情で。それにルイズは小さくうなずく。公爵は聞きづらそうに尋ねた。

 

「これはその……。魔法を失敗したのかな?」

「えっと……」

 

 なんとも答えづらい。ルイズの爆発と言えば、ヴァリエール家では魔法の失敗と同義。公爵の問いかけが、こうなるのも当然だ。だがルイズは、言葉を濁しながら小さくなるだけ。

 すると今度は、カリーヌがルイズの方を向いた。その表情はどこか張りつめている。怒る時とはまた違う緊張感をルイズは感じた。

 カリーヌはゆっくりと話を始める。

 

「ルイズ。確か手紙では、ようやく魔法に目覚めたとあったわね。火の系統だとか。さらに学院長からの手紙では、その腕前はまだまだ、ドットの初歩の初歩だと。ですがそれでは、とてもこのような爆発は起こせません」

「そ、それは……その……」

「それとも実は、まだ魔法に目覚めておらず、相変わらず魔法は爆発ばかりなのかしら?」

「あ、あの……」

「それに今手にしている長い杖。前のものはどうしたの?」

「えっと……」

 

 相変わらず、歯切れの悪いルイズ。

 虚無の件は、アンリエッタから伏せるように言われている。だが、この母を前にして、うまくごまかす方法が思いつかない。今はかつてのように、母に怒られた時と同じ姿。幼い頃のそれ。猫に部屋の隅に追いつめられたネズミのよう。

 だがその時、ふと奇妙な心持ちに包まれる。どこかで味わった感覚が湧き上がる。デジャブとでも言おうか。心に刻まれたものを呼び起こす。脳裏に記憶が蘇る。それは異界、幻想郷での出来事だった。そう、自分はハルケギニアの妖魔とは比較にならない連中と、遣り合っていたのだと。はるかに及ばない力で強大な連中と。今の胸の内にあるものは、あれに似ている。そんな感覚に襲われていた。そして思い出した。あの時どうしたのか。彼女は思い出した。

 ルイズ、開き直る。あの時と同じく。

 

「申し訳ありません!火の系統に目覚めたというのは嘘です!でも理由を言う訳には参りません!」

「父さまや、この母にもですか」

「はい!」

 

 毅然と返す。その態度に両親は少しばかり驚きを覚えていた。カリーヌに責められた時は、いつも萎縮してばかりだったルイズが、こうして真っ直ぐ正面を向いて言い返してくる。しかもその言葉には揺らぎがない。

 カリーヌは表情を変えずに尋ねる。

 

「あの方々達との約束?」

「違います」

「では誰ですか?」

「口にはできません」

「そうですか」

 

 静かに目を閉じるカリーヌ。今の会話で、それを隠すよう頼んだのが誰なのか察しがついた。同時に以前なら、娘はもう少し違う答え方をしていただろうとも思っていた。

 すると、カリーヌのさっきまであった少し張りつめた面持ちが緩む。

 

「ルイズ。あなたはエレオノールがどこに勤めているか知ってる?」

「え?それはもちろん。アカデミーですが……」

「そうね。あ、いえ、やめましょう。ミス・スカーレットに回りくどい言い方がハルケギニアのマナーか、なんて言われていたものね」

「?」

 

 カリーヌは自嘲するような笑みを漏らす。話題が突然変わったり表情を緩めたりと、母親の変わり様に戸惑うルイズ。やがてカリーヌは娘に向き直った。

 

「ルイズ。あなたが目覚めた系統。それは火の系統ではなく、虚無ですね?」

「え?ええ!?そ、それはその……!」

「どうして分かったか教えましょう。大した理由ではないのよ。つまりエレオノールがアカデミーの研究員という事。ガンダールヴのルーンを見て、あの子が気づかないと思ってたの?」

「……!」

 

 ルイズの目が大きく見開かれる。

 実は昨日の晩餐。幻想郷メンバーの紹介の途中で、天子がルイズの使い魔である事も明かした。もちろん証拠となるルーンを見せて。その時、エレオノールが怪訝な顔をしていたのだった。だがその後のワルドの件や、ダルシニ達の件があったせいですっかり忘れていた。

 アカデミーは魔法の研究機関。しかも儀礼的なものに重きが置かれている。始祖ブリミルに関する魔法、虚無については、まさしくし重要テーマの一つだった。エレオノール自身は虚無の専門家という訳ではないが、アカデミー研究員の一般常識としてある程度の事は知っていた。晩餐の時に引っ掛かりを感じた彼女が、自宅に置いてあった資料で調べたのだ。その後、ルーンの正体を両親に伝えたのである。

 

 カリーヌは表情を戻すと、また問いかけて来る。

 

「それにラ・ロシェール戦後の伝令で、あなたは陛下のお側に控えていただけと言ってましたが、実は戦闘に参加しましたね」

「その……はい……」

「それは、陛下の命ですか?」

「いえ、自分から言い出しました。あの時は、それしか勝つ方法はないと考えたからです」

「虚無とは言え、戦った事もないのにも関わらず?」

「そうです。でも、あの時は……みんなもいたので……」

「幻想郷の方々?」

「はい」

「フッ……。やはりそうなのね」

 

 しみじみとうなずくカリーヌ。公爵も納得顔。

 カリーヌへ勲章授与の噂が耳に入った時、公爵夫妻は真相を予想したが、その読み通りだったという訳だ。

 次に尋ねて来たのは父親の方。

 

「ルイズ。一つ聞きたい」

「はい」

「虚無というのは、いろんな意味で大きな力だ。今度それをどう使う?」

「…………。正直、今の私には何かハッキリした目標がある訳ではありません。ただ大切なものを守るためには使います」

「…………」

 

 まじまじと愛娘の顔を見つめる公爵。だがしばらくして、急に表情が崩れた。

 

「フッ。ははは」

「な、何が可笑しいのですか!?」

「いや、すまない。まさか、こんなふうに素直に言うとは思わなかったんでな。もう少しこう、忠義とか貴族の矜持とか堅苦しい言葉が出て来るのかと思ったんだが」

「……」

 

 半ば拗ねたようにルイズは黙り込む。ただ言われてみれば、父親の言う事も当たり前だ。むしろ何故、その言葉が口を突いて出てこなかったのかが不思議だった。以前なら、当たり前に浮かんだ貴族という言葉も、頭の中になかった。だが理由はすぐに思いつく。今日までの異質な経験が自分を変えたのだと。だが今の心持ちは、ルイズにとっては悪くない。

 

 公爵はルイズに近づくと、両肩に手を乗せる。こういう時はいつもあたまを撫でていたのだが、今はそうではなかった。公爵は真っ直ぐに愛娘の方を見る。

 

「ルイズ。お前の考えは悪くはない。悪くはないがそれだけを理由にするには、虚無の力は大きすぎる。やがては確固たる信念を持ってもらいたい。そのために様々な経験をし、学ぶがいい」

「はい」

「もっとも、すでにいろんな所に足を延ばしているらしいな。そのせいで、成績が下がっているのはいただけないが」

「あ、あの……その……、それは……」

 

 言い訳できず、小さくなるルイズ。あながち公爵の指摘は、的外れでもないので。幻想郷の悪友がろくでもない事に巻き込んでくるのは事実だし、それが成績に影響しているのも事実だった。例えば、トリスタニアに遊びに出歩いている機会が増えてしまっているとか。

 

 やがて話も一旦落ち着く。公爵は腕を組み、感服したかのように首を揺らしていた。

 

「それにしても、ルイズがそんな事を言いだすようになるとはな。いったい幻想郷とやらで何があったのだ?今度、話してもらえないか?」

「はい。喜んで!」

 

 大きな笑顔がルイズにあった。この村に来た時はてっきり怒られるのかと思ったが、あったものは予想とは違うもの。むしろ今は気持ちがいい。そして両親にかわいい末娘としてではなく、一人の人間として何かを受け入れられた、そんな気がしていた。

 

 やがて三人は村の方へ顔を向ける。息を一つ吐き、気持ちを切り替える三人。するとカリーヌが口を開いた。

 

「さてと、もう一つの最後の件もさっさと済ましましょう」

「まだ、何かあるのですか?」

 

 明るい声で返すルイズ。カリーヌは変わらぬ表情で一言。

 

「罰ですよ」

「えっ?」

 

 ルイズ、顔が止まる。想定外の言葉に。カリーヌは、ルイズが唖然としているのを無視。

 

「言ったではないですか。あなたがお客様から目を離したから、あのような事が起こったのではと。あの時あなたが居れば、私達も杖を振るわずに済んだでしょうに」

「その……」

「それに成績についても、見過ごす訳にはいきません」

「あの……、は、はい……」

 

 さっきまでの晴れやかな心持ちはどこへやら。すっかり気分は奈落の底。カリーヌは厳しい視線を向ける。

 

「ルイズ。あなたは、この村の復旧を手伝いなさい。少なくともまともに住めるようになるまでは、ここを離れる事は許しません」

「えっ、え~!!か、母さま、ちょっと待ってください!学院に出した休暇願は、そこまで長く取ってません!」

「では、延長すると学院に手紙を書きなさい」

「え!?で、でも……。じ、実は、出席日数がちょっと危ないので……」

 

 慌てふためきながらの言い訳。痙攣でもしたかのように、両手が怪しい動きをしている。

 だがルイズが必死になるのも無理ない。前回の休暇、アンドバリの指輪奪還の時も、一日無断欠席しているのだ。しかもオスマンから、今回の休みには嫌味を言われている。にも拘わらず延長するなんて事をしたらどうなるか。少なくとも生活態度にマイナスポイントが付くのは間違いない。さらに成績も多少落ちている。出席日数が今以上悪化すると、下手をすれば落第。

 しかし両親は意に介さず。

 

「ならばできる限り急ぐしかないわね。ただし、手を抜いてはなりませんよ」

「そ、そんなぁ……」

「工夫をなさい」

「…………」

 

 足元がふらつくルイズ。頭の中はどうする?というキーワードが何度も繰り返される。しかしいい知恵は一つも浮かばない。一方、公爵夫妻は何食わぬ態度で、来た道を戻り始めた。

 

「さてと、帰るとしましょうか」

「そうだな。ルイズ。今度は私の風竜に乗せてやろう」

「…………」

 

 ルイズの耳には、父親の声が届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 夕食も終わり、各々自由に時間を過ごしていた。パチュリー、魔理沙、アリス、そしてこあの四人は城内にあるちょっとした小部屋でくつろいでいる。ヴァリエール家のメイドが用意した紅茶を味わいつつ。

 アリスがカップを置くと、ポツリとつぶやいた。

 

「鈴仙、ホント帰っちゃったみたいよ。何も言わずに帰る事ないでしょうにね」

「一応、書置きはあったけど」

 

 パチュリーは本から目を離さず答える。

 昼食に鈴仙を呼んだ所、姿が見えなかった。そこで彼女の部屋に訪れると書置きが一枚。治療の都合で、一旦廃村のアジトに戻らないといけないと書かれていた。全員一応それを受け入れたのだが、誰もが違和感を拭えずにいる。

 そこに魔理沙の不満そうな声。

 

「けど、なんで私等が『始祖のオルゴール』を幻想郷に持って行くなんて言ったんだ?」

「そんな話、した事ないのにね」

 

 同意する紫魔女。そこにアリスが疑問を一つ。

 

「なんか彼女らしくないわよね」

「そうね」

 

 鈴仙はルイズに対し、魔理沙やパチュリーのありもしない話を吹き込んだ。だが彼女はどちらかと言うと、常識人で素直な性格と誰もが思っている。永遠亭の妖怪うさぎならともかく。どこか不自然な鈴仙の行動に、様々な考えを巡らせる。

 だが、それを断ち切るように突然扉が開いた。

 

「あ、ここにいたんだ」

 

 ドアの向こうにいたのはルイズ。一斉にピンクブロンドへ視線が集まる。いつもより少しばかり暗い顔。魔理沙がまず声をかけた。

 

「ん?なんか用か?」

「…………」

 

 だがルイズはまごついたように、口を開かず。すごすごと部屋へ入って来る。普段と違う彼女の様子に、魔女達は怪訝な表情。

 

「どうしたんだよ。かーちゃんに怒鳴られたのか?」

「いや、まあ、その……近いと言えば近いんだけど……」

「らしくないな。ハッキリ言えよ」

 

 白黒魔法使いの言葉に、ルイズ、腹を括った。一つ深く息を吸う。

 いきなり勢いよく手を組む。組むというよりは、一拍、手を打ったという方が近いが。そして、祈るような瞳を向けた。

 

「お願い!頼みがあるの!」

「なんだよ。あらたまって」

「実は……」

 

 そこからルイズの話が始まった。レミリア達との戦いがあった村を復興する、という役目、というか罰を受けたと。とてもルイズ一人では無理なので、手を貸してほしいという話だった。

 これがルイズの絞った知恵。一人では無理である以上助けを呼ぶしかない。そしてここには異界の友人達がいる。ただ気にかかっていたのは、彼女達が打算的だという点。しかし取引材料もないルイズは、正面から素直に頼む事にした。彼女達を信じてみた。

 

 しばらく考え込む一同。そして最初に紫魔女が口を開く。

 

「ま、いいわ。事の切っ掛けは私達だし。それにこの城にずっといるのも暇だしね。で、こあは当然として、魔理沙とアリスは?」

「私は別にいいわよ」

「構わないが、手伝うったって、私は何もできねぇぜ。建築は素人だしな」

「何かあるでしょ。人手は多いに越したことはないわ」

 

 ルイズの予想に反して、意外にあっさり話はまとまる。単に暇つぶしなのか、何か得を見つけたのか、それとも……。とにかく今のルイズの胸の奥には、湧き上がるものあった。思わず声を上げていた。

 

「みんな、ありがとう!」

 

 その言葉に、わずかに笑みを浮かべる魔女達。さらにパチュリーが言葉を続ける。

 

「レミィ達はどうするの?」

「やめとくわ。素直に言う事聞いてくれればいいんだけど、レミリアの事だもの。場を仕切ろうとしそうじゃない?混乱するだけな気がするわ」

「かもしれないわね。それにあの子達が参加したら、ルイズ寝る暇ないし」

「え?」

「だってレミィ達は夜行性よ。彼女達、監督しとかないといけないでしょ?昼は昼で、人間達が作業するんでしょうし」

「確かに……。体が持たないわ……」

 

 ルイズ、レミリア達には城で大人しくしてもらおうと決める。その時、魔理沙が何かを思いついたという具合に指を弾いた。

 

「そうだ。文、巻き込もうぜ」

「文?なんでよ。逆に邪魔になるでしょ」

「ああ見えても、建築の腕があるんだよ。元上司は、建築の専門家だったしな」

 

 烏天狗は、個人の差はあるが建築技術を持っている。ちなみに元上司とは鬼。鬼の建築技能は多くの伝承が残るほど、卓越したものだった。

 だがこれを聞いて、腕を組んで黙り込むルイズ。あの厄介な新聞記者に、手伝いをさせるなど可能なのか。弾幕ごっこで決めるという手段もあるが、正直ルイズは勝てる自信がない。側で何度も文の動きを見ていたので。

 

 その時、ふと閃いた。ルイズ、頬を吊り上げる。

 

「いい手があるわ」

「ん?なんだよ」

「任せておいて」

 

 並ぶ魔女たちの不思議そうな顔を置いて、すぐにルイズは文の元へ直行。さっそく依頼する。

 

「は?なんで私が?」

 

 文の予想通りの解答。快諾という具合になる訳もない。ルイズ、すかさず閃きを披露。

 

「あなた、あのダルシニとかいう吸血鬼達とインタビューの約束したでしょ」

「はい」

「でもあの二人は、父さまと母さまの預かりって事になってるわ。まず二人に話を通すのが筋じゃないかしら。手伝いを引き受けてくれたら、私が繋ぎをしてもいいわよ」

「ほぉ……」

 

 薄ら笑いを浮かべている烏天狗。何やら余裕のある顔つき。

 おかしい。読みそこなったのかと。ルイズの脳裏に不安が湧き上がってくる。すると文は、勝ち誇るように話し出した。

 

「実はですね。もうインタビューは済ましてしまったんですよ」

「え!?」

「ですので、ルイズさんの条件は使えませんね」

「そんな……」

 

 ルイズ、力が抜ける。もはや打つ手なしか。しかし、文の顔つきはどこか清々しい。

 

「話は最初に戻りますが、何故私なんです?」

「だって……建築が得意って聞いたから……」

「そういう話ですか。いいですよ。手貸して」

「ええっ!?」

 

 思わず身を乗り出してしまうほどの驚き。条件なしで、この烏天狗が依頼を聞くとは。だがすぐにルイズの表情が曇る。

 

「もしかして……何かやらかした?」

「酷いですね。そこまでケチ臭いと思われてるとは」

「だって、いつもならただで頼み聞きそうにないし」

「基本的にはそうです。でもルイズさんの頼みですしね。それに、あなたに付き合って方々を取材できたのも確かなので、それを返してるとでも思ってください」

「文……。ありがとう!」

 

 ルイズは嬉々として、思わず彼女の手を強く握った。対する文も、実質ただ働きの割には、そう悪い気分ではなかった。

 その後、天子と衣玖の了解も取り付ける。天子の方は半ば命令だったが。廊下を胸をなでおろしながら自室に戻るルイズ。これで万全、と思われた。だが、目の前にトラブルが出現。吸血鬼姉妹とメイドが。

 

「ルイズ!」

「レ、レミリア……」

 

 思わず、引きつった顔で後ずさり気味のルイズ。

 

「な、何かしら?」

「この私に黙って、面白そうな事しようとしてるじゃないの」

「な、何のことかしら?」

「村、作るんでしょ?」

「え……」

 

 幻想郷の他のメンツには、漏らさぬよう言っておいたのに何故かバレていた。微妙に内容はズレていたが。ともかく丸く収まりそうだったのに、新たな問題はなんとしても避けたい。そんなルイズの心中を他所に、お嬢様はまるで遊びに行くかのように言う。

 

「私もやるわ」

「やるって、土仕事よ?あなたのような貴族がやる作業じゃないわ」

「あなたも貴族でしょ」

「う……」

 

 返す言葉のないルイズ。なんとか興味を逸らしたいが、いいアイディアが思いつかない。するとレミリアの視線がわずかに曇る。

 

「もしかして、私を仲間はずれにしたいのかしら?」

「そ、そんな訳ないじゃなの。そ、そうね。いっしょにやってくれるならありがたいわ」

「うん。なら決まりね」

 

 吸血鬼のお嬢様は、楽しそうに口元を緩める。

 一方、そんなレミリアの手を笑顔で握るルイズ。脳裏に浮かぶは、数日間徹夜確定の未来像。胸の内で、がんばれ私と叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 公爵が寝室で本を手に、寝るまでの時間を潰している。すると静かに扉が開いた。入ってきたのは愛妻、カリーヌ。

 

「どうやらルイズは、うまくやったようですよ」

「ほう。結局どうしたのだ?」

「幻想郷の方々に助力を願ったと。全員から了解を取り付けたそうです」

「上々な結果だな」

「ええ」

 

 カリーヌは笑顔でうなずいた。

 実は彼女が、村復興までルイズに残れなどという無茶な罰を与えたのも、これを試すためだった。ルイズは虚無の魔法を使えはするが、さすがに一人では大したことはできない。学院へ一日でも早く帰るには、助けを頼むしかないと。そしてその相手は、異界の住人だけだと。カリーヌですら手に余る連中。その彼女達をルイズが御せるのかどうか。さらにかつてとはだいぶ変わったルイズ。彼女の振る舞いを見るのも目的だった。ちなみにレミリアに、村復興の事を話したのはカリーヌ。

 公爵は本を閉じると、ベッドに入ってくるカリーヌへ話しかけた。

 

「ルイズと彼女達の繋がりは、思ったより強いようだな」

「そのようですわね。敵にすれば非常に厄介ですが、味方ならばあの方々ほど心強いものはありません」

「いざ、ルイズが戦に参加する事になっても、多少は安心できるか」

「はい」

 

 公爵夫妻は、穏やかな笑みでうなずく。だがカリーヌはわずかに声を締める。

 

「ですがそうは言っても、ルイズ自身は将兵としての教育を受けた訳ではありません」

「確かにな」

「そこは、しっかりやっておかなければならないと考えてます」

「言う事は分かる。しかし、どうやるか……」

「しばらく城を空けてもよろしいですか?」

「まさか……お前……」

「はい」

 

 公爵の愛妻に、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 後の話になるが、トリステイン魔法学院に臨時の女性軍事教官が赴任する。マンティコアの刺繍をあしらった覆面をしているという謎の教官。アルビオンとの戦を切っ掛けとして始まった軍事教練は、彼女のために様変わり。その指導姿勢は、生徒達を震え上がらせたという。

 

 

 

 




次はシェフィールドの異世界大冒険になります。

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