ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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英雄vs妖怪

 

 

 

 

 森の奥から、人影が近づいてきた。二人の少女が。黒い髪に、人間離れした真っ白な肌。ダルシニとアミアスだ。甲冑を着込んだ女性、カリーヌの側まで寄ると報告する。

 

「奥様、準備終わりました」

「お疲れ様。では、向かいましょう」

 

 カリーヌは部下達へと命じた。十数人の甲冑を着込んだメイジ達が、足を進みだす。

 ダルシニとアミアスは、陣を張る場所の"場"と契約していたのだ。もちろんカリーヌの作戦の一環として。部隊はダルシニ達の後に続き、現場へ到着する。

 場所は、村落から畑を挟んで100メイルほど離れた森の中。下草は少なく地上では動きやすいが、木々自体は多い。

 全員が所定の場所まで来ると、今度は副隊長からの報告。

 

「支隊の準備が、完了したとの事です」

「分りました。別命あるまで、そのまま待機」

「ハッ」

 

 カリーヌは部隊を二つに分けた。彼女が率いる本隊と、別働隊の支隊。支隊は、彼女達が乗って来たドラゴンの元へ戻っている。竜騎士として運用するためだ。

 現場で各人を配置につけるカリーヌ。その中にはダルシニ、アミアスも含まれていた。

 

「あなた達は、指示通り後方に下がりなさい」

「はい」

 

 後方と言っても、この場から離れる訳ではない。布陣の中で、最後尾という意味だ。かつての"烈風カリン"の頃、彼女達の役割はもっぱら先住魔法による後方支援だった。なつかしい役割の再現という訳だ。もっとも、部下たちに二人の正体は知らせてないので、魔法を使う所を見せる訳にもいかないというのもあるのだが。

 

 さらに、空から影が一つ近づいて来た。梟が一羽。木々を縫うように抜け、カリーヌの肩に止まる。彼女の使い魔、トゥルーカス。長年の相棒に、労をねぎらう。

 

「ご苦労さま」

「これも務めで、ございます」

 

 梟は答えた。言葉で。そう。トゥルーカスは話せる梟なのだ。知能も、普通の梟の比ではない。しかしそれに驚く者は、ここにはいなかった。彼らにとっては、もう見慣れたもの。ヴァリエール家でのいつもの光景。そんな事より今は、この梟が掴んできた情報の方が注目すべきものだ。

 トゥルーカスは、妖魔の様子を偵察しに行っていた。さらに使い魔と主は、感覚を同調できる。つまり、カリーヌ自身が見てきたようなもの。彼女は、部隊に説明する。全ての妖魔、囚われたメイジ達が、村長の家に集まっていると。すると副隊長が一言。

 

「まずは、出てもらわねば始まりませんな」

「ええ。では、その顔を拝むとするかしら」

 

 一斉にうなずく部下たち。一気に緊張感と士気が上がっていく。全員が杖と兼用の剣の柄を、強く握る。やがて、カリーヌはスッと立ち上がると、森の外に出た。それに四人の部下が続く。

 

「『エア・ハンマー』用意!目標は村長宅の二階!」

 

 力強い命令が飛ばされた。いよいよ戦闘開始。

 風系統のメイジが、森の端へ出ると詠唱。フッと杖を振る。

 風を切る音と共に、空気の魁が飛んでいった。

 

 板が割れる音と共に、100メイルほど先の家の二階に風穴が開く。何やら一階が、騒がしくなっているのが見える。カリーヌは、予想される妖魔の動きに頭を巡らせていた。

 

 一方の幻想郷メンバー。シェフィールドがいなくなってしまったため、ガリアの情報が分からず仕舞い。メンヌヴィル達にあらためて聞いたが、ただの雇われ兵の彼らが知る訳もなかった。シェフィールドの部下も、それは大して変わらない。

 それで、用の済んだ彼らの後始末を、どうするか話し合っていたら、上の階で物が壊れるような大きな音がした。

 一同、上を向いている。アリスがまず口を開いた。

 

「何かしら?地震のせい?」

 

 さっきの地震で何かがバランスを崩し、今頃倒れたのではとか考えている。隣の魔理沙が、箒を肩に乗せながら、歩き出した。

 

「見てみるか」

 

 その時だった。外から声が届いた。宣戦の布告が。

 

「吸血鬼共!よく聞け!」

 

 足を止める魔理沙。いや、ここにいる全員が動きを止めた。外の方へ顔を向ける。

 

「貴様ら不埒な者々を、成敗してくる!」

 

 とりあえず宣言を耳に収めるパチュリー達。相も変らぬ眠そうな目を凝らして、窓の向こうを見ている。

 

「女の声ね。暗くてよく見えないわ。こあ、どんな連中?」

「え~っと……。鎧着てますね。捕まえたメイジとは、全然違います。なんか正規軍って感じですよ」

「村の住民が、領主の助けを呼んだのかしら?数は?」

「見えてるのは5人。真ん中に女性が立ってます。一番派手な鎧ですね。この人が隊長かな?後、森の中に何人か。でも30人はいなさそうです。20人くらい?」

「そう」

 

 パチュリーは本を抱え込んで、そっけない返事。正規の軍隊が向かってきたという割には。まあ、彼女自身、ただただ迷惑だと思っていただけなので。アリスも似たような事を考えていた。

 

「無視して、ルイズの所にいかない?この連中の事は、置手紙でもして残して置けばいいでしょ。正規兵なら、なんとかしてくれるわよ」

「そうね。もうこれ以上の面倒はごめんだわ」

 

 二人の魔女の言い分に、咲夜も賛成。大きく二回頷く。

 だが、やっぱりお嬢様は逆だったりする。

 

「どうも、私を指名してるようね」

「レミィ……。もういいでしょ。散々戦ったじゃないの。我慢なさい」

「だって、こいつら歯ごたえないんだもん」

 

 そう言って、親指でメンヌヴィル達を指さす。確かにさっきの戦いは、彼女の言う通りではあった。一方的過ぎた。さらに一言添える。

 

「それに気分転換よ」

「…………」

 

 パチュリーには何を意味しているか分かっていた。フランドールの爆発騒ぎが、胸に引っ掛かっていたのだろう。昔を思い出して。フランドールの何でも破壊する能力というものは、いろんな意味で二人に影を落としていたのだから。

 吸血鬼の親友の魔女は、結局折れる。肩から力を抜くと、一言だけ告げた。

 

「手早く済ましてよ」

「つまらなかったらね」

 

 レミリアは、わずかに鼻で笑うと、窓から外に飛び出していった。

 

 カリーヌは窓から、蝙蝠羽の妖魔が出て来るのを確認する。しかも一人だけ。

 

「どうやら、上手く行ったようね」

 

 兜の中で、緊張感を伴った笑みを浮かべていた。

 第一段階の予定は、吸血鬼が一人で向ってくる事。二人の吸血鬼が同時にやってこられると、対応が難しくなる。だが二人には、性格の違いがあった。気位が高いと言われた方が、反応すると賭けたのだ。しかも相手を"妖魔共"と呼ばずに、あえて"吸血鬼共"と呼んだ。これも他の連中が出て来るのを、避ける狙いがあった。さらに、連中の集団としての一体感のなさ。好きかってにバラバラに動くと、想定していた。

 とりあえず現状は、カリーヌの読み通りだ。

 

「一旦、森の中へ下がるぞ」

「ハッ」

 

 彼女は部下と共に、森の中へと入っていく。吸血鬼を迎える布陣を済ました狩場の中へ。

 

 レミリアは森の中へと入っていく相手を見て、ポツリとつぶやく。

 

「向かってくると思ったら、逃げ出すなんて。とんだ腰抜け……なんてハズないわよね。何か罠があるって事かしら。フフ……、さっきの連中よりは、楽しめそうだわ」

 

 少し気分転換。そんな程度の気持ちで、向かっていた彼女だが。今の様子を見て、闘争心が沸々と浮き上がるのを感じていた。森の方へ、真っ直ぐ飛んでいく。そして目前で止まった。宙に浮いたまま、高らかに宣言。

 

「いろいろ策を練ってるようだけど、私に通じるかしら?ま、戦いは望む所よ。せいぜい頑張りなさい」

 

 双眸を赤く染め、口元を大きく釣り上げた。その身にまとった気配は、もはや吸血鬼ではない。悪魔のそれだった。

 

 宙に浮いている妖魔を目にし、息を飲むカリーヌの部下たち。

 この妖魔については、ダルシニ、アミアスから話は聞いていた。だが、あまりにハルケギニアのものと違い過ぎて実感がなかったのだ。しかし今なら分かる。二人が言っていた事は、大げさでもなんでもなく、ありのままなのだと。こんな相手に勝てるのか?脳裏に、そんな考えが過る。思わず、隊長の方へ目が向いた。

 視線の先のかつてのマンティコア隊隊長、カリーヌ。彼女に臆するところは、微塵も感じなかった。むしろ彼女自身も、闘争心が湧き立つのを抑えられないかのようだった。まさしく、彼の日の英雄であった。部下達の心から、憂いの影が消えていた。

 

 火蓋が切られる。

 

 レミリア、森へと突っ込む!一斉に対応するカリーヌ達!さすが手練れのメイジ達、詠唱が速い。様々な魔法が、一斉にレミリアに向かう。

 しかし全て当たらず。

 

「工夫が足りないわよ!闇雲に撃ってるだけじゃ、かすりもしないわ」

 

 あざ笑うように、飛び回り、魔法をかわしていくレミリア。

 一見、森の中では、飛ぶのをかなり制限されそうなのだが、彼女にとってこの程度どうという事もなかった。いや、多くの幻想郷の住人も同じだろう。何しろ、無数の動く弾幕を避けるのが、彼女達の戦いの基本なのだから。止まっている木々を避けるなど、造作もない。

 

 対するカリーヌ達。想定通りの状況とは言え、実際にこうしてみると、目の前の妖魔が規格外である事を思い知るしかなかった。確かにダルシニ、アミアスの言う通り、これは吸血鬼なんてものではない。

 さらにこの妖魔の機動力を抑え込むために、森を戦場に選んだのだが、それを意に介さずとでもいうような動き。さすがに、ここまでとは思わなかった。

 早くも最初の策。森に誘い込み動きを封じるという策が破られる……。

 だが、そうではなかった。

 レミリア、突然減速。何かにぶつかった。

 避け損なったのでも、流れ弾の魔法に偶然あたったのでもない。目の前に突如、枝が伸びてきたのだ。先住の魔法の担い手、ダルシニの手によるものだ。先住の魔法は大地や木々、自然のものを利用する事ができる。系統魔法には、できない芸当だ。

 

 顔に直撃し、鼻っ柱を抑えるレミリア。同時に動きが鈍る。

 そこに叩き付けるような衝撃。『エア・ハンマー』だ。風系統の部下が、放ち妖魔を地面へ突き落す。

 大地を拒絶するように、自由に飛び回っていた存在が、地に叩き付けられる。

 

「やってくれたわね!」

 

 吸血鬼は激高して、起き上がった。再び天へ舞おうとする。

 しかし、飛べない。

 足元が、何かに掴まれていたのだ。見ると、地面から生えた手の形をした土が、ガッチリ彼女の両脚を掴んでいる。

 

「チッ!」

 

 土の塊ごときに、動きを制せられるとは。思わず舌打ち。レミリアは力任せに、蹴り飛ばそうとする。

 だが、カリーヌ達の方が素早かった。

 

「錬金!」

「ハッ!」

 

 土の手が、あっという間に鋼へと変わっていく。蹴り飛ばそうした足が止まる。しかしそれでも、この赤い悪魔を抑え込むのは不十分だった。幻想郷の吸血鬼の剛力は、尋常ではない。

 

「鉄の戒めで、この私がどうにかなると思ったのかしら?人間共!」

 

 口元を釣り上げ、牙を露わにする。闘争の気がさらに増す。暴の気配すらするものが。

 

 だが、カリーヌにとって、その悪態こそがチャンスだった。二三言話すだけの、わずかな間が。詠唱するには十分な間が。

 自らの剣を振るカリーヌ。"烈風カリン"。その頃から衰えを見せぬ技が、冴える。

 かすかな、風を切る音。『エア・カッター』の音。真空の刃が放たれた。

 

 時間が止まったかのような瞬間が訪れる。地面に軽い音がした。何かが落ちた音が。

 ここにいる誰もが、その落ちたものに目を向ける。そこにあったのは……。

 首。

 首が落ちていた。あの吸血鬼の首が。

 

「おおーーっ!」

 

 部下達の歓喜の声が上がる。異形とも思える力を見せた妖魔を、十数人のメイジが束になっても倒さなかった妖魔を、こうもあっさり倒してしまうとは。

 思わず副隊長は口にする。噂だけで、世間には秘められていた名を。

 

「さすがです!さすがは"烈風カリン"!」

「「烈風カリン!」」

 

 部下達もそれに続く。喜び溢れた表情で、自らの隊長を称える。しかし、カリーヌは手の平を向けると、それを制止した。

 

「まだ戦いは終わっていません。一人、倒しただけなのよ。しかも、この妖魔と同等の力を持っていると思われるのが、まだいる。気を引き締めなさい」

「ハッ!少々、気持ちを緩めすぎました。申し訳ありません」

 

 すぐに静まる部下たち。一瞬の高揚から目が覚めたように、戦いの顔となる。それに満足気なカリーヌ。

 

「分かったならよい。では全員、配置に……」

 

 その時、耳に轟く爆音。カリーヌは思わず、言葉を止めた。

 音の発信源へ、全員が一斉に顔を向ける。煙に包まれたその場所。そこは、妖魔の胴体のあった場所。あるのは、足を鉄の腕で掴まれ首を落とされた哀れな人外の残骸。のはずだった。

 煙の中から、人影が見えてきた。首を落とされたその体。確かに皆が思っていた通り。しかし、命を失ったハズのそれは、何故か揺るがず立っている。それだけではない。妖魔を捕まえていた、鉄の腕が吹き飛んでいたのだ。

 

 カリーヌ達の脳裏に、不気味な問いが浮かぶ。本当にこの吸血鬼を倒せたのかと。だが、その考えの答えは、すぐに明らかになる。

 首のない体が動きだした。ゆっくりと。腰をかがめ手を伸ばし、落ちた首を拾い上げる。そして帽子をかぶるかのように、元の場所へと収めた。

 

 カリーヌ達は、身動き一つ取れない。視線を鷲掴みにされる。今起こった信じがたい光景が、脳裏に焼き付く。だが、頭の方はそれを受け入れられない。こんな事は、あり得ないと。

 

 やがて吸血鬼は何事もなかったように、首を軽く回す。そして振り向いた。真っ赤な双眸を向けた。カリーヌ達の方へ。

 

「首を落とされたのは、何十年ぶりかしら。いえ、何百年?それにしても見事な魔法ね。綺麗に切断されたわ。おかげで、簡単にくっついちゃったけど」

 

 軽く舌を出す吸血鬼。子供のような仕草。

 だが、対する彼らには、とても子供には見えなかった。あえて言うなら、悪魔。そうとしか、形容のしようがなかった。

 

 ところで、レミリアがこうして何事もなかったように元に戻っているのは、これも吸血鬼の能力である。再生能力。しかも彼女は抜きんでていた。首を飛ばされたくらいでは、死にはしない。また、鉄の腕を吹き飛ばしたのは、足から弾幕を発射したから。さすがに、いつものごっこ用の弾幕ではないが。

 

 カリーヌ達へ一歩、一歩近づいていく悪魔。笑みを湛える口からは、牙が漏れ見えている。瞳は血で染まったかのように赤い。それが全員を捉えて離さない。敵を前にして、身動き取れない敏腕のメイジ達。魔法を操る腕が、まるで上がらなかった。

 しかし……。

 

「第二陣形!配置に着け!」

 

 硬直を振り払うような怒声。カリーヌの声が、彼らの目を覚ます。我に返ると、一斉に動き出した。そして思い出す。自分達は、英雄と共に戦っているのだという事を。消えかえた闘志が、また蘇っていた。

 だが、その英雄もさすがに胸がざわめくのを抑えられない。

 

「貴様……。一体……なんなのだ?」

「吸血鬼よ。もっとも、ただのじゃないわ。彼のヴラド・ツェペシュが末裔。と言っても、分からないでしょうけど」

「ヴラド・ツェペシュ……?悪魔か何かか?しかし……首を落とされても死なぬとは……」

「あら?吸血鬼は不死の代名詞よ。この程度で死ぬ訳ないでしょ?でも久しぶりに、いい敵に出会えたわ。魔法の腕もいいけど、配下も見事に立て直したものね。さすがだわ」

「褒めてもらって、喜ぶべきなのかしら」

「胸を張っていいわよ。そうそう、私はレミリア・スカーレット。あなた、名前は?」

「吸血鬼に家名があるとは、意外ね。だが名乗られた以上、答えるべきでしょう。これが決闘ならば。しかし、これは闘争。名乗るような、場ではない」

「ならば、力づくで聞くしかないわね」

「できるならば」

 

 お互いの不敵な笑みが交わる。

 まず先に、カリーヌが動き出した。サッと左手を上げる。するとレミリアの上から、覆いかぶさるように木の枝が伸びてきた。葉っぱで包み込もうとする。

 しかし、あっさり避ける吸血鬼。次に彼女を襲ったのは、『ウインド』の魔法。しかし森の中では風が拡散し、思うような威力が出ない。その代わり落ち葉を巻き上げ、視界を塞ぐ。

 レミリアは木々の葉や、舞う落ち葉に包まれ、楽しそうにつぶやいた。

 

「まだ、何か考えてるようね。あなた達」

 

 自分を絡め取ろうとする、木の枝を軽くかわしながら、カリーヌ達を眺める。

 

「でもね、頭を潰してしまえば同じことよ!」

 

 フラフラと漂うように飛んでいた吸血鬼が、急に直進。真っ直ぐ、カリーヌの方へ向かった。

 

「隊長!」

 

 部下達の掛け声と共に、カリーヌの前に。数体のゴーレムが立ちはだかる。

 だが、

 レミリア、急停止。

 

「なんてね」

 

 舌を軽く出す。

 予想外の動きに、戸惑うカリーヌの部下たち。そんな彼らを、あざ笑う様に技を繰り出す。

 

「運命『ミゼラブルフェイト』!」

 

 レミリアの周囲に多数の鎖が現れた。その先端には巨大な楔。鎖は大蛇のごとく森の木々を縫うように、地面を這うように進み、左右からカリーヌへ迫る。

 しかしカリーヌ。長年の経験か、体に染みついた動きか、巨大な鎖のうねりを見事にかわす。体を捻り、二本の鎖の狭間を抜けていく。

 だが、それでレミリアの攻撃は終わった訳ではなかった。いや、それはただの布石にすぎなかった。

 突如、カリーヌの背後の地面が湧き上がる。土を撒き散らし出てきたのは、もう一本の鎖。地面を潜らせていたのだ。それが、まだ背を向けているカリーヌを襲う。

 

「チェックメイトね」

 

 レミリアは勝利を口にした。

 ところが、彼女が想像したものと違う光景が目に入った。なんとカリーヌは背を向けたまま、三本目の鎖をかわしたのだ。さすがのレミリアも括目するしかない。

 だが、すぐに口元が緩む。手を叩いて喜んでいた。

 

「すごい!すごい!素晴らしいわ!背中に眼でもあるのかしら?けど、ここまでね」

 

 今度こそ、確信を持って言っていた。何故なら、さすがのカリーヌも、三本目を見事にかわすという訳にはいかなかったからだ。バランスを崩し、倒れ込んでいる。そんなわずかな隙。それを見逃す、お嬢様ではなかった。

 

 レミリアは、カリーヌに向かって突進。

 目の前には、さっきのゴーレム達。だが土人形が、彼女の障害になる訳もない。振り回してくるゴーレムの腕ごと、人形を土塊に戻す。粉砕していく。その先にはもはやカリーヌのみ。まだ立ち上がってない女騎士だけ。

 

 対するカリーヌ。体を起こしつつも、杖と兼用の剣を向けようとする。しかし間に合いそうにない。レミリアの動きが一手速かった。

 瞬きするほどの間ののち、二人が交錯。そして……。

 何も起こらなかった。

 そう、何も。

 

 レミリアは狙いをはずれ、カリーヌの上を通り過ぎたのだ。やがて地面に落ちて二回ほど跳ねると、木にぶつかって止まる。それからピクリとも動かなくなった。

 倒れている吸血鬼を見ながら、ようやく立ち上がるカリーヌ。大きく息をつく。だが、その顔に驚きはない。こんな状況になったというのに。むしろあったのは安堵。うまく行ったという安心感。

 だが、緩んだ気持ちもほんのわずかな間。カリーヌはすぐに緊張を取り戻す。

 

「次に備えよ」

「ハッ!」

 

 部下達も、この光景は想定通りなのか態度に揺らぎがない。やがて、頭に叩き込んである予定通りに動きだした。

 

 対する幻想郷メンバーの方は、まさしく驚きの表情そのもの。夜目の利くこあが、声を震わせていう。

 

「お、お嬢様が……。なんか……やられちゃいましたよ」

「え!?嘘?レミィが?そんな、バカな」

「でも、本当です」

「信じられない……」

 

 いつも淡々としているパチュリーすら、驚きを隠せない。それは魔理沙やアリスも同じ。吸血鬼の力を良く知る彼女達。相手の人数が20人ほどとは言っても、レミリアなら、一人で十分どころかお釣りが出ると考えていたのだ。

 さらにもう一人、驚きを、いや動揺している女性がいた。レミリアの従者、十六夜咲夜だ。落ち着きをなくして、こあに詰め寄る。

 

「お嬢様は!?お嬢様はご無事なの!?」

「え、えっと……ちょっとまってください。あっ!」

「何!?」

「騎士が二人、お嬢様に剣を向けてます」

「……!」

 

 咲夜の動揺の顔が、憤怒に変わる。

 

「ふざけた真似を……!」

 

 次の瞬間。咲夜が消えた。彼女が時を止めた。

 

 人も獣も、草木の揺らぎも、空気も止まった中、ただ一人動く者。十六夜咲夜が真っ直ぐに、主の元へと急ぐ。村の畑を抜け、森へとたどり着く。目に入る敵兵たち。蝋人形のように動かない。だが、そんなものは彼女の頭の隅からすぐに消える。彼女の心を捉える者。それは愛しい主、レミリアだけ。

 

 完全に静止した森の中、レミリアを探す。すると土の塊山が目に入った。その先には地面をえぐったような跡。視線をそのまま流すと、見慣れた服装の小さな姿、蝙蝠の羽。見つけた。目指すものが。

 

「お嬢様!」

 

 思わず咲夜は、声を上げていた。すぐに駆け寄る。レミリアの側には二人の騎士が、彼女に向かって剣を向けていたが、そんなものはまるで視界に入らない。あるのは、倒れている主の姿だけ。

 従者は主の側によると、端々に眼を流す。ざっと見たところ、大した怪我もないようだった。

 

「ご無事でよかった」

 

 思わず、主を抱き寄せた。

 だが。

 ふと頭がぼやけて来る。朦朧としだす。そしてそのまま、咲夜の意識が途切れた。

 やがて時が動き出す。

 

 その直後、思わず声を上げたのは、カリーヌの部下たち。驚愕したまま、わずかに後ずさる。無理もない。突如、目の前にメイドが現れたのだから。しかも、接近に全く気付かなかった。だいたいどころから来たのか。

 

「い、いつの間に?どうやって?」

 

 茫然とつぶやくとメイドを凝視。彼女は、吸血鬼に被さるように倒れていた。よく見ると、ただの人間のようだ。だがそれがどうやって、これだけの兵の目を奪い、こんな所にやってこられたのか。

 部下達が唸っていると、彼らの背後から声が届いた。

 

「おそらく、瞬間移動するメイドでしょう」

 

 カリーヌだった。突如現れたメイドに、視線を送りながらも、その顔に驚きはない。

 

「主の窮地を知って、助けに来たのでしょうね」

「では……。これも隊長の策通りという事ですか」

「ここまでは、と言っておきましょうか」

 

 彼女の口元が少しばかり緩む。

 

 そう彼女の策通り。この二人を落としたのは、『スリープ・クラウド』。レミリアが破壊したゴーレム達。あの中にスリープ・クラウドの雲を潜ませていたのだ。カリーヌがレミリアとの会話を引き延ばしている最中に、部下たちが作り上げた。そしてカリーヌの前、あえて壊される場所に配置した。レミリアは邪魔なゴーレム達を壊したつもりだったが、それは何重もの雲に突っ込む事を意味していた。おかげで、魔法にかかってしまった訳だ。

 さらに倒れたレミリアの周りに、薄いが広範囲の『スリープ・クラウド』をかけた。部下が剣を向けていたのはレミリアを刺すためではなく、魔法をかけていたのだ。忠義者と聞いた咲夜が、真っ先に主を助けに来ると読んで。そしてその読み通りだった。時間を止めても、『スリープ・クラウド』は消えない。彼女はそれがあるとは気づかず、いや目に入らず突っ込んだ。そして意識を失った訳だ。

 ちなみに、カリーヌがレミリアの『ミゼラブルフェイト』をかわしたのも、実は理由がある。使い魔であるトゥルーカスが、離れて見ていたのだ。当然その感覚は、カリーヌにも流れてくる。彼女は自分とトゥルーカスの二重の視点から、状況を把握していた。レミリアは彼女の裏を突いたつもりだったが、カリーヌは全ての鎖がいつ放たれ、どう動いていたか分かっていた。当然、地面を潜っていた事も、背後から出たことも。

 

 カリーヌは首を反対側へ向ける。森と畑の境目に。すっかり指揮官の顔に戻り、もう次の手の事を考えていた。部下たちに声をかける。

 

「準備はどうなっている!」

「すでに完了しております!」

「よろしい」

 

 気持ちを引き締めると、残っている妖魔達との対峙に集中した。

 

 一方、村の方では、さらに唖然とした顔が並んでいる。レミリアだけではなく、咲夜までからめ取られてしまうとは。

 すると、すぐに村長の家から出る姿が一人。フランドールだ。さっきの爆発騒ぎの事もあり、ちょっと引け目があった。それを返上するいいチャンスとばかりに、気負っている。

 

「二人とも、全くもう。私が行って来るよ!」

「ちょっとフラン!待ちなさい!」

 

 しかしパチュリーの声を届かず、吸血鬼の妹は森へ向かってすっ飛んで行った。

 彼女は、森の間際でしばらく動きを見せていたが、またもやレミリアのように失速。地面へと落ちた。そして同じくピクリとも動かなくなる。もちろん、またも『スリープ・クラウド』の策に引っ掛かった。

 

 さすがの七曜の魔女も言葉がない。

 

「…………これは一体?」

「結界……かしら?」

 

 アリスも言葉に緊張感を纏いながら口にする。だが首を振るパチュリー。

 

「系統魔法に、結界に当たる魔法はないわ」

「系統魔法とは、限らないようだぜ」

 

 魔理沙が、暗視スコープを外しながら答えた。

 

「木の枝が伸びたり縮んだりしてた。先住魔法の使い手もいるようだ」

「じゃあ、妖魔がいるって事?妖魔と手を組んでる正規軍なんてありえないでしょ」

「けど、先住魔法があるのは確かだぜ」

「だとしても、一体どんな魔法で…………」

 

 顎を抱えて考え込むパチュリー。アリスが何の気なしに尋ねる。

 

「で、どうするの?」

「言うまでもないでしょ。助けるわ。手を貸して」

「はぁ、益々厄介になってきたわ」

 

 文句は言いながらも、アリスと魔理沙は村長の家を出た。もちろんパチュリーとこあも。だが、すぐには動かず、森の方へ視線を送っているだけ。

 

 その森で陣を張ったままのカリーヌ達。倒れた飾りのついた妖魔を、他の二人と同じ場所へ移す。その三人を眺めるカリーヌ。静かな寝息を立てている。その寝顔は、愛おしくなるほど穏やかなもの。

 すると、側にダルシニとアミアスが寄って来た。二人も妖魔達を覗き込む。

 

「こうしてみると、ただの女の子ですね」

「そうね。ただ、妖魔は見た目と年齢が必ずしも一致しないわ。それに、常軌を逸した力を持っているのも事実」

「でも、それをやっつけちゃうんですから」

「連中の弱点を、突いたまでですよ。確かに一人々は、大きな力を持ってるわ。しかし、それを驕りすぎている。さらに、他者との連携というのもあまり考えていない。あなた達の情報のおかげね」

「それでも、すごいですよ。さすが奥様です」

 

 少しばかり小躍りしながら、アミアスが喜んでいる。ダルシニも、笑みを浮かべ、何度もうずきながら感心していた。

 それは三人の話を小耳に挟んでいた部下たちも同じ。妖魔退治の専門家がまるで歯が立たなかった妖魔を、二人共こうして無力化している。さらに瞬間移動するメイドも。それだけではない、こちらの損害はゼロなのだ。さすがは英雄、さすがは"烈風カリン"と、思わざるを得ない。

 

 ダルシニが妖魔達を見ながら、ふと尋ねる。

 

「それで、この子達どうするんです?」

「このまま眠らせておきます。だいたい、首を落としても死なないのよ。退治する方法が、思いつかないわ。下手な事をして、目を覚まされてはその方が厄介よ」

「それもそうですね。うん、うん。」

 

 かわいらしく二回ほど、うなずくダルシニ。その仕草に、カリーヌは少しばかり昔を思い出していた。

 

 そんな落ち着いた空気の中、部下からの報告が飛び込んでくる。

 

「隊長!メイジと思わしき連中が、家から出てきました!」

 

 カリーヌは、鋭い視線を村の方へ向けた。ダルシニとアミアスも配置に戻る。すぐさま戦闘態勢。三人の呼吸が見事に合うのは、かつてのよう。

 副長と共に、森の端まで進むカリーヌ。トゥルーカスを肩に乗せ、村の方を見つめる。梟の目は、こういう時はありがたい。月明かりでも、十分辺りが見えるのだ。

 村長の家の前に、確かに人影が四つある。しかし動く気配はなかった。仲間がすでに三人、取られたというのに。

 

「慎重なようね。こちらの様子が掴めてないらしい」

「というと?」

「おそらく、連中は仲間がどうして、倒されたか分からないのよ。だから無暗に手を出してこない。逆に言えば、今までの連中程、短絡的ではないという事」

「だとすると、誘いに乗せる手は使えませんな」

「ええ。さらにこちらは、相手の情報をまるで掴んでいない。ガーゴイル使いがいるという事以外はね」

 

 ここからはアドリブで対応するしかない。果たしてどこまでできるか。カリーヌの戦士として、指揮官としての経験と勘、その両方が試される時が来ようとしていた。

 

 

 

 

 

 幻想郷の霧の湖。そのほとりにある真っ赤な屋敷。紅魔館。誰もが知っている吸血鬼の館である。宵の口の月が照らす赤い壁面が、余計にそれを感じさせる。

 ただ実は、今は様子が違っていた。いつもの門番はおらず、平然と出入りする泥棒もいない。そもそも、当の吸血鬼がいなかった。で、代わりに当主の席に座っているのは……。本職門番、現当主代行の紅美鈴。

 

 当主であるレミリアも、怖いメイド長、咲夜もいないのをいい事に、主の御座にふんぞり返っている。

 

「悪くないなぁ。こういうの」

 

 肘掛に身を寄せながら、当主気分をご満悦である。

 そんな彼女の気分をぶち壊す音。いきなりドアが乱暴に開かれた。入って来たのは氷の妖精、チルノ。嬉しそうに駆け寄って来る。

 

「美鈴!美鈴!」

「チルノ門番隊長。呼び方に気を付けなさい。私は当主代行。次から間違えないように」

 

 美鈴、余裕をもって忠告する。当主代行として、威厳を纏っているつもりで。

 ちなみに門番隊長とはなんの事かというと、空席になった門番をチルノに任せたのだ。というか、遊びに来たチルノに門番の話をしたら、喜んで引き受けたのでそのままにしておいただけ。隊長という響きが気に入ったらしい。一応、他の隊員もいる。まあ今は、門番がいてもいなくても同じなので、別に問題ないのだが。

 

 チルノ姿勢を正して敬礼。

 

「あ、うん!代行!チルノ門番隊長、泥棒を捕まえました!」

「そう。泥棒を……。泥棒?」

 

 顔をしかめる。怪訝な表情。さっきまでの、代行の威厳はどこへやら。いつもの美鈴に戻っていた。

 白黒魔法使い以外に、誰が好き好んで吸血鬼の屋敷に泥棒に入るのか。確かに、今レミリア達はいない。しかし、それを知っているのはごく一部。そして魔理沙も今はいない。

 美鈴は首を捻りながら、チルノに聞いてみる。

 

「泥棒って誰?」

「知らないヤツ。花壇に勝手に入ってたよ」

「う~ん……。とにかく、連れてきて」

「うん」

 

 そう答えると、チルノは部屋を出て行った。ほどなくして戻って来る。入って来たのは三人。まずチルノ。そして同じ妖精で、親友の大妖精こと大ちゃん。最後に続いたのは蛍の妖怪、リグル・ナイトバグ。リグルは虫の妖怪らしく、ショートカットの頭から触覚が覗いていた。

 このリグルとチルノ、大ちゃん、そして夜雀のミスティアは遊び仲間。ただミスティアは、店が忙しいので、この所遊んでいないのだが。チルノが門番ごっこもとい、門番隊長を任せられたので、二人を誘ったのだ。そんな訳で、今三人は紅魔館に出入り自由である。

 

 ともかく、三人は捕まえた泥棒を引き連れてきた……のではなく、何か抱えて部屋に入って来た。デカい氷を。

 

 中に一人の女性が、氷漬けになっていた。

 

「うわぁぁーーーっ!」

 

 思わず声を上げる美鈴。目剥いて。氷の側まで瞬時に移動。すかさず崩拳。

 一点を中心に、木端微塵に弾ける氷。同時に女性は床へと落ちる。

 美鈴、チルノにさっそく文句。

 

「死んだらどうすんの!」

「何が?」

「この人!氷漬けにしたら、死ぬでしょ!」

「死なないよ。カエル氷漬けにしても、溶かしたら生きてるし」

「カエルと一緒にするんじゃないの!」

「何、怒ってるんだよ!泥棒見つけたら捕まえろって、美鈴が言ったんじゃないか!」

「そ、それはそうだけど、やり方ってものが……」

 

 そこまで言いかけて、美鈴言葉を止める。チルノに臨機応変なんて事を、期待する方が無理だったと。妖精は基本的にバカなのだ。特にチルノは。

 

「ごめん。私が悪かったわ。うん。チルノはよくやった」

「フフン。私は真面目だからね」

「そ、そうねぇ……。はぁ……」

 

 肩から力が抜ける、当主代行。

 なんてやり取りをやっている横で、リグルが女性を覗き込んでいた。

 

「どうでもいいけどさ。この人、死にそうなんじゃないの?っていうか、死んでるんじゃないのかな。息してないし」

「ええーーっ!」

 

 美鈴は慌てて、女性に脈を診る。気を測る。だんだんと青ざめる彼女。

 

「リグル!人工呼吸!私は、心臓マッサージするから!」

「何それ?」

「あー!もう!」

 

 結局、美鈴が人工呼吸、心臓マッサージをするハメに。

 するとしばらくして、女性はいきを吹き返した。心臓も動き出す。"気"を察する事のできる、美鈴ならではか。額を拭う彼女。

 

「はぁ……。まずは一安心」

 

 それから美鈴は、空いている客間を用意。女性を寝かせた。その時も、使えない妖精メイドが凡ミスしたり。代わりに大ちゃんが、大活躍したりとかあったのだが、それはともかく一段落はついた。

 

 女性の寝ている客間に、美鈴たちは集まっている。息を吹き返したと言っても、予断できるような状態ではない。リグルがベッドの女性を覗きこみながら、美鈴に尋ねる。

 

「なんで、泥棒助けたの?」

「迷い込んだけかもしれないでしょ?」

「でも外来人っぽいよ。死んでも構わないでしょ。この人、人間みたいだし。みんなに、おすそ分けしちゃえば良かったのに」

 

 指先を女性につけ、その指を咥えてみるリグル。味見でもしているような仕草。

 この蛍の妖怪が言っているおすそ分けとは、この女性をバラして、妖怪みんなでご馳走になろうという意味である。さすが、幻想郷の妖怪らしい発想だった。

 だが美鈴、それを渋る。彼女自身も妖怪。人命第一、という訳ではないのだが。

 

「でも助けちゃったし」

 

 腕を組みながら、そんな事を言っていた。清々しい顔で。

 同じく女性を覗きこんでいる大ちゃん。ただ彼女はリグルと違い、不安そうに覗きこんでいた。

 

「だけど……このままじゃ、危ないんじゃないです?」

 

 確かに彼女の言う通り、顔色はよくない。息も荒い。大ちゃんは美鈴の方を向くと、一つ提案。

 

「永遠亭に連れて行った方が、いいんじゃないですか?」

 

 永遠亭。

 幻想郷にある屋敷の一つ。宇宙人の住処とも言われているが、それよりも病院として知られている。なんと言っても治せない病気はない、と言われる薬師がいるのだから。

 すると美鈴がパンと手を叩いた。パッと明るい表情で。

 

「それよ!大ちゃん!その手があった」

「は?」

 

 しかし美鈴、彼女の唖然とした返事に答えず、すぐに部屋を出る。そして廊下をダッシュ。地下へと直行。図書館へ突入すると、パチュリーの実験室へ突撃。到着すると、目の前の扉を思いっきり開けた。

 

「永琳さん!八意大先生!」

 

 入った、真っ白い部屋でそう叫んでいた。するとそれに応える長い銀髪の女性が一人。部屋の中心で、スッと立ち上がると美鈴の方を向いた。彼女に呼ばれたその人。八意永琳である。

 

「何か用?」

 

 作業の手を止め、美鈴の方を向く。

 八意永琳。あらゆる病気を治す薬師とは彼女の事。大抵は永遠亭にいるのだが、今日に限って紅魔館にいる。何故ここにいたかというと、別に問診に来た訳ではない。例のハルケギニアの件についてである。転送陣について、調べていたのだ。

 美鈴は、すぐさま永琳の傍まで寄った。慌てた顔つきで。

 

「急患です!」

「急患?永遠亭から知らせでも来たの?」

「違います!ここにです!」

「誰よそれ。司書の悪魔?まさか、妖精メイドじゃないでしょうね」

「人間です!」

「咲夜、いないじゃないの」

 

 紅魔館の人間と言ったら、咲夜しかいない。だが当の彼女は、レミリアに同行して、今はハルケギニア。もっともだからこそ、永琳がこうして気軽に紅魔館に入りこめているのだが。ともかく、その咲夜がいないのだ。病気の人間がいるはずない。そう永琳が思うのも無理はない。

 もどかしい美鈴。すると永琳の手を引っ張り、出口へ向かおうとする。

 

「えっと……とにかく来てください!」

「はいはい。分かったわよ。とにかく落ち着きなさいって」

 

 薬師はしようがないと言ったふうに荷物を纏めると、美鈴について行った。

 

 二人がついた先。外来人と思わしき人間が寝ている客間。チルノ、大ちゃん、リグルも、そこにいたまま。だが永琳は三人を気にせず、ベッドで寝ている人物を注視。

 

「見かけない顔ね」

「どうも外来人らしいんです」

「ふ~ん。どこで見つけたの?」

「ウチの花壇です」

 

 チルノがそれに合わせるように、大きくうなずいた。自分の成果と言わんばかりに。

 永琳は、女性に近づくと、脈を計る。

 

「……。あまりよくはないわね」

「そうですか……」

「できるだけの事はするけど、手持ちがあまりないのよ。問診のつもりは、なかったからね。だから、いろいろ手借りるわよ」

「はい。分かりました」

 

 美鈴は大きくうなずく。真剣な眼差しで。

 

 それから、パチュリーの実験道具やレミリアの食事道具(主に吸血のための)やらを代行権限で勝手に借りて、応急の医療機器を作ったりと、バタバタと慌ただしい事になった。さらに大ちゃんやリグルも手伝うハメに。一応、チルノも手伝った。氷を作っただけなのだが。

 

 一通り終わり、手を洗う永琳。女性には手持ちの栄養剤やら何やら、体力を回復させる薬を強制給餌した。点滴薬もないので、やむを得ずだが。

 

「とりあえず、こんなものかしら。今から帰って、道具と薬一式持ってくるわ。一応、様子はしっかり見とくようにね」

「はい。いろいろ手間かけさせちゃって、すいません」

 

 美鈴は頭を下げる。申し訳なさそうに。助けた相手は、ただの人間で、知り合いですらない。しかし、それが美鈴という妖怪なのだろう。

 そして永琳が道具を鞄に仕舞い、部屋を出ようと下とき、彼女の後ろから声がかかった。大ちゃんだった。

 

「ねえ、あの人、目覚ましましたよ」

「え?」

 

 一斉に女性の方を向く一同。確かに目を開けて、こちら方を見ていた。しかも顔色がかなりマシになっていた。

 美鈴がさっそく、声を上げる。

 

「さすが八意大先生!すごいですね、もう元気になっちゃいましたよ!」

「ホント。最初は息してなかったのに」

 

 リグルも少しばかり感心している。大ちゃんも、ちょっと喜んでいた。

 だが一方の永琳は、目を細めている。その瞳には、違和感でも覚えたような疑念があった。だがそれもすぐに消える。やがてベッドの側まで寄ると、声をかけた。

 

「はじめまして。私は八意永琳。まあ、医者よ」

「…………」

「言葉通じてる?」

「その……。こ、ここはどこでしょうか?」

「後で説明するわ。まずあなたの状態だけど、実は死にかけてたの。というか死んでたのよ。なんとか蘇生したけどね」

「し、し、死んだ!?それじゃぁ、やっぱりここは、あの世なんですか!?」

「少し落ち着いて。まずは体を診ないと」

 

 女性は、とりあえず静かになる。ともかく任せることにした。このままでは状況がまるで分からないので。

 しばらく脈を取った永琳。だがその間、何故か曇った表情を浮かべるばかり。不安になる女性。

 

「あ、あの……。何か問題でも……」

「ん?いえ。大分よくなったわ。でもまだ、病み上がりだから、しばらくは安静にしておくことね。後でまた診に来るわ。とりあえずは、安心していいわよ」

「は、はぁ。ありがとうございます……」

 

 女性はためらいながら礼をした。

 しばらくして、チルノ、大ちゃん、リグルは、外に出て行った。美鈴から門番に戻るよう言われたのもあるが、永琳達の様子から、長い話が始まりそうだったので逃げ出したのだ。残った美鈴と永琳は、ベッドの側に椅子を寄せると腰かける。まず永琳が口を開いた。

 

「まずは自己紹介といきましょうか。私の事は聞いた通り。で、隣にいるのがあなたの恩人」

 

 月人は、順番を隣の中華娘に振る。

 

「いえ、永琳さんがいなかったら、どうなった事か……。えっと、私は、ここ、"紅魔館"の門番を務めさせていただいています。紅美鈴と申します。当家の主は現在、ご旅行中でして、今は当主代行を務めています」

「はじめまして。シェフィールドです。この度は、助けていただき、本当にありがとうございます」

「いえいえ。当家で亡くなられても、後味が悪いといいますか……なんというか……」

 

 人懐っこい笑顔を浮かべる美鈴。だが永琳はそれをぶった切る。

 

「東洋人には見えないけど、どこの出身?」

「東洋人?」

 

 シェフィールドは聞きなれない言葉に、少し引っ掛かった。だがそれよりも、素性を明らかにするかどうかという方へ頭が回る。名前はつい名乗ってしまったが、得体の知れない連中にどこまで話していいものか。やがて用心をする事を決める。様々な陰謀を張り巡らせていた、彼女らしい決断だった。詮索されにくい経歴を口にする。

 

「出身はゲルマニアです。そこで商家のメイドをしていました」

「ゲルマニア?」

「はい」

「それ国の名前?」

「え?そうですが……」

 

 訝しげな顔になるシェフィールド。眉をひそめる。ゲルマニアを知らないとは、どういう事か。ここが人里離れた山奥だとしても、あり得ない。どうもさっきから、何か違和感を感じる。

 一方の永琳。何故ゲルマニアの名を知らないかというと、天狗のゴシップ新聞なぞ目にしてないから。月の英知には、雑音でしかないので。

 だがここには、彼女の言う事をよく知っている人物がいた。紅美鈴である。彼女はパンと手を叩くと、身を乗り出す。

 

「え!?もしかしてハルケギニアの方なんですか?」

「そう……ですが……」

「へー。これは奇遇です。ハルケギニア人が、二人もこの紅魔館にやってくるなんて!」

 

 嬉しそうな美鈴を他所に、なおさら意味が分からないシェフィールド。

 ハルケギニアじゃなかったら、なんだというのか。もしかしてここはロバ・アル・カリイエやサハラなのだろうか。いや、部屋の感じからロバ・アル・カリイエはまずない。ならばサハラか。しかし目の前の二人は、サハラの住人、エルフにはとても見えなかった。

 するとその時、ふと思い出した。意識が戻った後、まず目に入ったのは花壇の花。だがもう一つ大事なものがあった。その瞬間、目が大きく見開いた。それを思い出して。ハルケギニアではあり得ない光景を。一個だけの月を。

 彼女は、恐る々思いついたものを口にした。

 

「あの……一つ伺いたいのですが……。ここはなんという土地でしょうか?」

「あー、まあ、そうなりますねー。どう説明したものやら」

 

 天を仰ぎながら頭を掻く美鈴。シェフィールドの嫌な予感は益々強くなる。門番は身を正すと、シェフィールドに向き直った。

 

「えっとですね。まずは、落ち着いて聞いてくださいよ。ここはあなたの知っている世界とは違います」

「どういう意味でしょうか?」

「異世界です。ハルケギニアとは地面も空も海も繋がってません」

「えっ!?な、なんですか!それは!?」

「まあ、驚くのも分ります。でもそうなんです。文字通り異世界なんです。ちなみ、ここは幻想郷と呼ばれています」

「げ、幻想郷……!?」

 

 思わず言われたままを口にするシェフィールド。唖然としたままで。

 それにしても思考の外の外。あの世でなかったのは幸いだが、異世界だとは。

 

 美鈴はそれから話を続けた。幻想郷についての説明を。その話を聞きながら、シェフィールドは信じがたい思いに、何度も駆られる。驚きの声を幾度上げた事か。

 つまり彼女の認識からすれば、ここは妖魔が支配する世界という訳だ。人間もいるが、細々と生活していると。ハルケギニアとは真逆である。しかも自分は、その妖魔の屋敷に厄介になっているという事だった。

 ただ一方で、こうも思った。妖魔とは言っても、そう下等な存在ではないと。自分のいる部屋の様子、調度品の数々、貴族の屋敷と言っても申し分ない。さらにこの目の前にいる二人。とても野蛮そうには見えない。これも、彼女がエルフという最強の妖魔と接触して来たからだろうか。妖魔と言っても、一括りにできるものではないと、シェフィールドは知っていた。ついでに、ここでは妖魔とは呼ばず、妖怪という事も知った。

 

 長い話の最後。美鈴はここの屋敷について話す。

 

「あらためて言いますが、ここは紅魔館という屋敷です。主は吸血鬼で、他に妖精のメイドや、悪魔の司書がいます」

「きゅ、吸血鬼に悪魔……」

 

 なんて所に来てしまったのだと、背筋が寒くなるのを抑えられない彼女。こめかみの筋肉が微妙に震えている。顔面神経痛になりそう。美鈴の人懐っこい笑顔が、せめてもの救いである。

 

「でも、安心してください。みんないい人ですよ」

「そ、そうですか……」

「一番怖いのは、人間のメイド長ですけどねー」

 

 当主代行は、笑ってそんな事を言っていた。

 妖魔もとい妖怪を恐れさせるとは、どんな人間なのか。何にしても、とんでもない屋敷である事は確かだ。

 するとまた永琳が話をぶった切る。

 

「話は変わるけど。あなた、どうやって幻想郷に来たの?」

「え?」

「その様子だと、来ようと思ってきた訳じゃなさそうね。でも、知らずにここにいたって訳でもないでしょ?」

「それは……そうですが……」

 

 シェフィールドはわずかに俯くと、考え込む。なんと説明すればいいものか。結局、ありのままを言った。ごまかしようもないので。得体の知れない妖魔の技で、気づいたらこちらに来ていたと。永琳は詳しい内容を求めたが、どうにも要領を得ない説明で、腕を組んで唸るだけ。

 実は、ルイズが幻想郷に来たのが召喚によるものではないらしいという事が分かって、この点は神奈子達の話題の一つになっていたのだ。永琳は、いい手がかりが見つかったと思っていたのだが。

 

 話が一旦途切れると、シェフィールドは一番の希望を口にする。異世界の住人にしては、意外にハルケギニアに通じているのもあって。

 

「ところで、私はハルケギニアに戻れるんでしょうか?」

「はい。戻れますよ。この屋敷の地下に、ハルケギニアに行ける魔法陣がありますから」

 

 美鈴、あっさり答える。シェフィールドの表情が、初めて綻んだ。こんなに簡単に希望が叶うとは。本音を言えば、こんな訳の分からない世界からはすぐにでも去りたいのだ。

 

「では、さっそくお願いできないでしょうか?……その、家族も心配してるでしょうし。主の迷惑にもなりますので」

 

 不幸な事故に巻き込まれた、ゲルマニアの単なる平民メイドといった風に、切実そうに話す。しかし、当主代行はごまかすような苦笑い。

 

「えっとですね。申し訳ないんですけど、今この館に使い方知ってる者がいなくて。分かってる方は、ハルケギニアに旅行中なんですよ」

「え!?」

「ですから、レミリアお嬢様達が……。ああ、レミリアお嬢様というのは、当家の主なんですが。そのレミリアお嬢様達が、お戻りになれたら帰れると思います」

「それは、いつになるんでしょうか?」

「う~ん……。気まぐれな方ですからねぇ。でも、長く屋敷を空けて置くとも思えませんので、そう先ではないと思いますよ」

「そうですか」

 

 シェフィールドは少しばかり気落ちしながらも、胸をなでおろす。この奇妙な体験も、すぐに終わりそうだと。それに魔法陣とやらがマジックアイテムなら、ミョズニトニルンの力を使い自らここを帰る事も可能だ。

 そんな彼女の様子を他所に、美鈴は当主の名前が出たのでついでに、紅魔館の話をし始めた。

 

「そうそう。この屋敷についてですが。紅魔館といいます」

「はぁ……」

 

 シェフィールド。さっきとは違い。興味なさそう。帰れる事が確約されたのだ。長居するつもりのない場所の話をされても、面白くない。それでも、当主代行の話は続く。

 

「さきほど、言いましたが、主はレミリア・スカーレット様と申します」

「はい」

「主の妹様にフランドール・スカーレット様がおります」

「はぁ……」

「さらに同居人にパチュリー・ノーレッジ様。後、雑務全般を統括するメイド長の、十六夜咲夜さんがいます」

「……」

「主だった屋敷の人たちはこんな所でしょうか。他にはメイドの妖精や、司書の悪魔……ん?」

「…………」

 

 何故かシェフィールドの顔色が悪くなっていた。なんか真っ青である。美鈴は覗き込むように、彼女を見る。不安そうに。

 

「あの……。ご気分、悪いんでしょうか?」

「え、ええ……ちょっと」

「すいません。病み上がりだというのに、長々と話をしてしまって」

「いえ。その……一つ、伺いたいのですが……」

「はい?」

「先ほど言われた方々に、愛称とかはあるのでしょうか?」

 

 妙な事を聞いてくると、首を傾げる美鈴。

 

「ありますよ。レミリアお嬢様はレミィ、妹様はフラン、パチュリー様はパチェ、咲夜さんは特にありません。ただこれも、ご友人や家族の間だけですよ。もちろん私達は口にしません」

「そ、そうですよね。従者がそんな事、口できるはずもありませんよね。はは……」

 

 無理に笑顔を作って、答えるシェフィールド。でも青い顔は相変わらず。

 

 そう、彼女は悟ってしまったのだ。ここの屋敷が誰のものか。ハルケギニアで妖魔達に捕まって訊問されていた時、連中はお互いを愛称で呼んでいた。耳に残っているその響き、"レミィ"、"フラン"、"パチェ"、"咲夜"。まさしく、ここの住人ではないか。強大で異質な妖魔とは思っていたが、まさか異世界の妖魔、もとい妖怪だったとは。しかもシェフィールドは、その彼女達と敵対していたのだ。

 今度見つかったら何されるか分からない。しかもここは見知らぬ土地で、あの連中の本拠地。当然、自分には味方はおらず、手元には自慢のマジックアイテムもない。今度こそ死ぬ。いや、死ぬで済むのだろうか?むしろ、いたぶられながら生かされる可能性すらある。命があって助かったと思ったら、また地獄だったである。

 

 暗い表情を浮かべ、沈み込んでいるシェフィールド。だがそれを、口元を緩め意味ありげに見ている薬師がいたなど、彼女は気付きもしなかった。

 

 

 

 




 また長くなってしまいました。本当は、魔理沙達vsカリーヌ一団の決着近くまで出すつもりだったのですが、さすがに長すぎるので。

 描写わずかに修正。

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