ルイズの視線の先に、憤怒の巫女が立っていた。
首を傾げているのはルイズだけ。他のメンツ、守矢神社の三柱や魔理沙達はなんとも神妙な顔。というかマズイという顔。
ルイズは隣にいたパチュリーに聞いてみる。
「誰?」
「博麗霊夢。幻想郷の管理人の一人よ」
「えっ!?」
幻想郷の管理人。
前に聞いた。八雲紫というすごい妖怪で、自分をすぐにハルケギニアに戻せるほどの力があると。この目の前にいる紅白な巫女も管理人とすると、同じくらいすごい力を持っているのだろうか。そんな考えが浮かぶ。でもなんで怒っているのかが分からない。とっても嫌な予感が走る。
そんなルイズの横で、アリスが訝しげな表情を浮かべていた。
「ちょっと魔理沙。霊夢とは話がついてたんじゃなかったの?」
「いや、そのハズなんだが……」
博麗霊夢は幻想郷の管理人であると同時に、異変の解決屋でもあった。だからこの魔法少女の異変も、話が伝われば霊夢が出張ってくる可能性は当然あった。だがそれでは、目論見が台無しになりかねない。そこで、事前に魔理沙が話を通す。元々ものぐさな霊夢は、二つ返事でそれを受け入れた。ハズだった。だが、何故かここにいる。怖い顔して。
そんなメンバーに近づいて来る姿。霊夢の側からゆっくりと近づいてくる人影。天子だった。
「へへ、やられちゃった」
少しばかりダメージを受けた姿でそんな事を言う。
やられちゃった?
ルイズの頭の中で、天子の言葉が反芻される。なんでそんな言葉が出てくるのかと。思わず天子に詰め寄った。
「ど、どういう事よ!?なんでやられたなんて話になってんのよ!」
「久しぶりだったから、ラストスペルの絞込みが甘かったみたいでねー」
「そんな事聞いてんじゃないわよ!」
へらへらしている天子に激高するも、相変わらず通じず。するとそんな天子の背後から、声が聞こえてくる。地を這うような声が。霊夢の声が。
「ふ~ん……。拾った挙句に届けてやったっていうのに、こんな風に恩を仇で返されるとは思ってなかったわよ。外来人」
「え?」
「あんたが、ラスボスなんだってね。覚悟しなさい」
「えー!?」
ルイズには、一体なんの事だかサッパリ分からない。分かっているのは露骨な敵意を向けてくる紅白が、怒っているという事だけ。
そこに魔理沙が入ってくる。
「よ、よう。霊夢。その……今回のは異変っていうか、異変じゃないっていうか……。つまり……お前が出てくるような話じゃないんだよ」
しかし霊夢は彼女の言葉が聞こえてないのか、全く無視。一方的に口を開く。
「魔理沙。あの時、言ったわよね。あんた達に任せていいのねって。この外来人」
「言ったけど……。いや、ちょっと待てよ。何怒ってんだよ」
「こいつよ!」
と言って祓串で指した。天子を。ビシッと。
ああ、なんかやったらしい、このトラブルメーカーは。と全員がそんな顔して天子を見る。一方の天子はちょっと失敗した程度の顔つきで、少しばかり神妙にしていた。あまり自覚してないようだが。
魔理沙は嫌そうな顔で尋ねる。
「天子……。お前、何やったんだよ」
「えっとね。ルイズががんばってたから、同じ魔法少女として少しは手伝わないと、って思ったのよ」
「それで?」
「せっかくだから、前の詫び込で、博麗神社に行ったの」
「で?」
「そうしたら、いつの間にか弾幕ごっこをやってたわ」
「途中を省くな!」
文句を言う魔理沙。この天人に聞いてもしょうがないとばかりに、霊夢に振る。不機嫌そうに彼女は答えた。
「こいつが何をトチ狂ったか、石灯篭をたくさん持ってきたのよ。それを境内に置くって言い出してね」
「はぁ?訳分んねぇ……」
「でしょ!?ただでさえそう広くないのに。しかもこの天人の持ってくるものよ。何仕込まれてるか分かったもんじゃないわ!」
「そうかもしれねぇけど、なら断ればいいだけだろ」
「断ったわよ。そうしたら、こいつ、参道にずらっと石灯篭並べやがったわ。しかも横一列に!」
なんか天子らしいと、魔理沙は呆れてしまった。
それを聞いた天子はすかさず言い返す。
「境内が寂しいと思ったから、せっかくあげようと思ったのに。人の好意を無碍にするからよ。天罰よ」
「はぁ!?天罰ぅ?」
「天人の与える罰だから天罰よ」
「あんたね……。まだまだ痛い目に遭いたいらしいわね」
霊夢は天子に怒気の籠った視線を送る。一方の天子も、それを受けても揺らぎもしない。
だがそこに、ルイズの声が挟まれる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!それならあんた達だけの話でしょ!なんで私が巻き込まれるのよ」
その声を聞き、不機嫌そうな霊夢がルイズの方を向いた。そして面倒くさそうに答える。
「あんたがこの話持ち出したんでしょ」
「私は天子にそんな事頼んでないわよ!」
「そうじゃなくって、魔法少女ごっこの話よ。天子もそれに絡んでたから、それで私ん所に石灯篭持って来ようなんて考えたんでしょ。しかも、自分で異変とか言って、烏天狗共に新聞書かせてるし。アホじゃないの?」
「はぁ!?」
思いっきり不満を込めた疑問形。
確かに少々まぬけな異変ではあるが、これもルイズのトラブルを解決しようと、みんなでいろいろと知恵を出した結果だった。それに、あまり大騒ぎにならないように気も使っていた。なのにアホ呼ばわりされるのは我慢ならない。
「アホって……何も知らないくせに、勝手な事言ってんじゃないわよ!」
力の限りの荒い言葉をぶつける。肩を怒らせて。続けていろんな罵詈雑言を並べていく。
だが、当の霊夢はだんだんと怒気が収まり、冷めてきていた。急に涼しげな顔になって来ていた。そんな彼女にルイズ以外の面々はなおさらマズイと感じ始める。ルイズだけは相変わらず、いろいろ喚いていたが。
「ま、いいわ。とにかく異変って話なんだし。ここは私がケリは付けないと……ね!」
最後の一言と共に鋭い視線が飛んでくる。ルイズに向かって。その視線だけで、ルイズの喚きはピタッと止まってしまった。代わりに出てきたのは冷や汗。額に背筋に手のひらに。ルイズは直観的に悟ってしまった。目の前にいる相手はとんでもない。やっぱり幻想郷の管理人と言われるだけの事はあると。
すると霊夢はギュンという具合に真上に飛ぶ。そして空中で制止すると、声をかけてくる。
「上がってきなさいよ。それとも地上でやる?」
ルイズは彼女を見上げるが、足が動かない。体が小刻みに震えている。霊夢のなんと言えぬ威圧感。まるで自分の母と対峙した時のような、押しつぶされる感覚を全身に受けていた。
その時、後ろから声がかかった。
「落ち着きなさいルイズ」
パチュリーだった。
「力の差がいくらあっても、別に死ぬ訳じゃないわ。むしろそのためのスペルカードルールなんだから」
言われてルイズは、ハッと気づく。
幻想郷でのトラブル解決方法は、弾幕”ごっこ”。あくまでルールに則ったものだ。ハルケギニアでの貴族同士の決闘より安全だ。何も萎縮する必要はない。敵わぬにしても、力の限りぶつかればいいだけの事だった。
「そうね……そうだったわ。ありがとうパチュリー」
友人に礼を返すと、ルイズは自らを奮い立たせる。
するとまた声がかかった。今度は、注連縄を背負った神様から。八坂神奈子からだった。
「異世界人」
「あ、はい」
「お前が、霊夢といい勝負をしたら、一つ望みを叶えてやろう」
「本当ですか!」
「ああ、神が口にしたんだ。たがわないさ」
「あ、でも……私……改宗はしませんけど……」
「はは。異教徒一人の面倒みるくらいの度量は持ってるつもりだよ」
「わかりました。全力を尽くします!」
「ああ」
ルイズは神奈子に、頭を下げると。霊夢の方を向いた。震えは全くない。そして飛び上がった。
そんな彼女を見上げる神奈子に、早苗が話しかける。
「なんであんな話をしたんです?」
「面白いじゃないの。あの子」
「異世界人ですからね」
「そういう意味じゃなくって。弱さを克服した訳じゃないけど、それに向かう気持ちの強さがある。ああいうのは見てて気持ちがいい」
「う~ん、確かにそんな所あるかもしれませんね。知り合ってそれほど経ってませんけど」
その話を漏れ聞いていた三人の魔法使いは、確かにそうだと、小さくうなずいていた。
空中で対峙するルイズと霊夢。澄んだ空に緊張感が溢れていた。
「あんたがラスボスでいいのよね」
「そうよ。この魔法少女異変が起こる切っ掛けは私だもの」
「なら、分かりやすい。あんたをとっちめて、事を収めるわ」
「そう簡単にはいかなわよ!」
ルイズは霊夢に向かって、強い言葉で啖呵を切る。
だが、この勝負。実はルイズはかなり不利だった。単純な技量の問題もあるが、ラスボスにしてあまりに少ない、スペルカードがたった2枚だけなのだ。普通は10枚以上を持っているのだが、こっちの魔法を使い始めてそれほど経ってないルイズでは、2枚作り上げるのが精いっぱいだった。
さらにルイズがボス側というのも問題だった。ボス側に回ってしまうと、スペルカードルールではやる事があまりない。ボスはむしろ対決前の、どんなスペルカードを組むかという点の方が重要だったりする。チルノと戦った時のように、臨機応変で対応するという訳にはいかない。
だが、たった2枚のカードとは言え、それだけに集中して練り上げたつもりだ。もちろんパチュリーや魔理沙、アリス達。さらに他の紅魔館のメンバーからもいろいろアドバイスをもらったのもある。ルイズ自身、それなりいいものに仕上がったと思っている。後は披露するだけ。
ルイズはカードを高く上げ、勇ましく宣言。
「爆符『エクスプロージョン』!」
スペルカードの1枚目は爆発をイメージしたもの。失敗魔法と同義語のこの現象だが、彼女にとっては魔法として一番馴染みがあったからだ。
宣言と共に、ルイズの回りに巨大な光弾が四つ現れる。四つの光弾はルイズを中心にゆっくりと渦状に進み、霊夢の方へ近づいていく。そして戦闘エリアの端に近づくと爆発し、辺りに弾幕をばらまく。さらにルイズから通常弾幕が四方八方にばらまかれる。爆符『エクスプロージョン』は、巨大光弾で相手の避ける空間を制限し、前方からの通常弾幕、後方からは巨大光弾の爆発弾幕で挟み込むというスペルカードなのだ。
ルイズの周辺はまさに弾幕だらけ。今回の勝負はLunatic。最高レベルの勝負。チルノ戦とは比較にならないほどの弾幕が宙を舞っていた。ルイズは気合を入れながら、弾幕を繰り出す。幻想郷の管理人か何かは知らないが、これだけの弾幕を避けられるものなら避けてみろ、という具合に。
守矢神社の上空は巨大な光弾と通常弾幕に覆われていた。それを楽しそうに見上げている姿が一つ。洩矢諏訪子。子供のように見えるが、変わった市女笠がトレードマークの守矢神社祭神の一柱だ。
「弾幕ごっこ始めて間もないと言うのに、大したもんだね。あんなスペルカード組めるなんて。……と思うのだけど、浮かない顔してるのはどうしてかな?人形遣い」
ちょっと離れた所で、同じく空を見上げているアリスに声をかける。その顔にやや憂いがあった。いや彼女だけではない。三人の魔法使い共似たような表情を浮かべていた。
「まさか霊夢とやり合う事になるなんて、考えてなかったのよ」
「あれって神奈子対策のために組んだの?」
「そういう訳ではないのだけど……」
そこでアリスは口をつぐむ。諏訪子も、見てれば分かるだろうと、それからは追及せずに空を見上げた。
ルイズ。最初の気合とは裏腹に、少々焦り始めていた。何故か弾幕が霊夢にまるで当たらないからだ。
霊夢は弾幕の雨の中、わずかにできる隙間をうまく渡って、巨大光弾の脇をスルリと避けていく。だが、今は巨大光弾に段々と追いつめられつつあった。そこに弾幕の塊が迫って来た。
「行ける!当たるわ!」
と思わず口に出る。
だが、霊夢は弾幕のスキマをスルリと抜けていく。
「えっ?避けた!?なんであんな風に避けられんの?頭の後ろに目でも付いてんじゃないの?」
さっきからずっとこの調子。追いつめた、当たる、とルイズが思った事が何度かあったが、その度わずかな隙間を抜けていく。一方で、霊夢は攻撃できる時にはしっかり当ててくる。みるみる内にダメージが溜まっていた。
ルイズは少し気を揉みながらも、スペルカードの術式継続に集中する。だができる事はその程度。ボスはこれがやっかいだった。相手に合わせて対応ができない。
確かに、ハルケギニア出身のルイズからしてみれば、目の前の光景はどうしようもないような弾雨に見える。空を埋め尽くすほどの、魔法が溢れるなんて事はハルケギニアではあり得ない。もはやマジックアイテムを山ほど装備かというレベル。しかし、それを危なげなく避け続ける目の前の紅白。ついつい愚痴をこぼす。
「ちょっと、何よアレ……。どうなってんのよ……」
この博麗霊夢という巫女は、いったい何者なのか。幻想郷の管理人とは、何か次元の違う存在なのかと。そうルイズは思わずにいられなかった。
霊夢がどうして軽々と避けていくか。それには訳があった。もちろん経験もあるだろう。しかし、このスペルカード爆符『エクスプロージョン』には不利な点があった。
実はこれとよく似たスペルカードを、霊夢はすでにクリア済だった。地獄烏、霊烏路空のスペルカード。彼女のスペルカードも爆発をテーマとしており、結果的に似てしまっていた。霊夢にとってみれば、クリアした事のあるスペルカードと似たような弾幕。少々のアレンジを加えれば避けていくのは造作もなかった。
ルイズのスペルカード構築を手伝ったパチュリー達は、もちろんこれに気づいていた。しかし当初の相手は八坂神奈子。霊烏路空とは面識がある相手ではあったが、弾幕ごっこを遣り合った経験はない。だから、ルイズの弾幕イメージを優先したのだが……。
ダメージの限界が迫って来ていた。状況はまるで変わる様子がない。ルイズは祈るように、弾幕を打ち続ける。だが、最後の集中打がルイズに直撃。ダメージオーバー。爆符『エクスプロージョン』クリア。ルイズの弾幕は止まり、空から消えていく。結局、霊夢は落とされるどころかスペルカードを一枚も使わない。かすりすらしなかった。しかも想像以上に早くクリアされた。
霊夢はそれを誇るでもなし、姿勢を直すとルイズの方を向く。
「一枚目クリアって所ね」
「ま、まだ残ってるわ」
「一枚だけね。もうラストスペルなんて、天子と組むくらいだから、もう少し歯ごたえあるかと思ってたわ」
「バカにしてると痛い目会うわよ!」
「いいから来なさい。チャッチャと終わらせましょ」
「ぐぐぐ……」
歯をかみしめる。ルイズは言葉が返せない。それにしても歳は大して変わらないように見えるのに、なんだろうかこの悠然とした態度は。実は見かけと違って、彼女も100歳超えかもしれないなんて事を考える。
ともかく最後の一枚。さっきはまるでいい所なしだった。今度見せ場を作れないと、神様に望みを叶えてもらえないかもしれない。ハルケギニアに帰るという望みを。
ルイズはラストスペルを、少しこわばった手で取り出す。その時ふと、視界に入ったものがあった。自分を見上げている紅魔館メンバーに三人の魔法使い達。いろいろと世話になった彼女達。こっちに来てから戸惑った事も多かったが、充実していたのも間違いない。そうして今ここにいるのはみんなのおかげだ。それに未だに自分が帰るために力を尽くしてくれている。ふと思う。自分はこんなにも、いろんな人に囲まれているじゃないか。せめてそれに応えようと。もしも最悪の結果となっても、それはそれで受け入れても悪くはないのでは、という感覚も芽生えつつもあった。
ルイズは一つ大きく息をする。すると震えがピタリと止まった。気持ちも不思議と静まっていた。
霊夢に向かって話しかける。その声からは苛立ちも動揺も消えていた。
「それじゃぁ、ラストスペル行くわよ」
「来なさい」
「想郷『ヴァリエール』!」
そのスペルカードはルイズの家、家族を思い出しながら仕上げた術式だった。
宣言と同時に、後ろへ向かって水色の弾幕が広がっていく。父、ヴァリエール公爵の水の系統を思い描いたもの。水色の弾幕はある程度進むと反転。幾筋もの蛇行する流れとなって真っ直ぐ前へ向かっていった。相手は水色の柵で区分けされるように、動きが制限される。
次に現れたのは小さく固まりつつも渦状に回りながら進む褐色の弾幕の群れ。先に進むほど渦は広がっていく。これは一番上の姉、エレオノールの土系統をイメージしたもの。それがルイズからポンポンという具合に、間をおいて撃たれていた。
さらに、一見通常弾幕に見えるピンクの弾幕が周囲へ放たれる。だがその弾幕は進んでは止まり、進んでは止まりと、一風変わった動きを見せていた。これはうさぎのイメージから想起したもので、動物好きな二番目の姉、カトレアの弾幕だ。
そして最後。中サイズの光弾が、ルイズを中心に渦を巻くように放たれる。敬愛と畏怖すら抱く母、カリーヌの弾幕だ。相手の側面から襲い掛かる光弾は、他の弾幕とは違う方向性を持たせ相手をかく乱する。さらにその中規模の大きさは、動く範囲を狭めていく。
縦の筋状の弾幕と、横からくる中規模光弾で、相手の動きを制限。そこを渦状の弾幕の塊と、動きのテンポをずらす弾幕で仕留める。複数の動きが混ざり合ったスペルカードだった。
さすがの霊夢もちょっと戸惑う。なんとかかわしているが、たまにグレイズ、かすりがあるほど。さっきのスペルカードでは全くかすりもしなかったのに。
このあまり見慣れぬパターンのスペルカード。この中で一番手ごわいと感じたのが、実はカトレアをイメージしたうさぎ跳びにやってくるピンクの弾幕。地味そうに見えるが、他の弾幕とは違いテンポがズレているので、避ける時に合わせづらかった。
「ちっ」
舌を打ちながらも、見事な体術でかわしていく。しかしグレイズ。霊夢にとってはあまり面白くない。様子を見ようと避けに徹しているのだが、それが思うようにいかない。さらに、それだけではなかった。縦に筋状に進む水色の弾幕は、右から左へとゆっくりと動いている。つまり戦闘エリア端へと霊夢を追いつめつつあった。
やがてあとわずかとなる。霊夢の周囲はエレオノールとカトレアをイメージした弾幕で囲われつつあり、しかもカリーヌをイメージした中規模光弾が霊夢へ迫っていた。
「よし!当たる!」
思わず叫んでしまうルイズ。
しかし、消えた。弾幕ではない。霊夢が消えた。影も形もなくなった。
「えっ!?な、何?落ちたの?」
当たったような感覚はなかったが、何故か霊夢が見当たらなかった。
だがすぐに気づく。霊夢は反対側にいた。何事もなく。空間を瞬間移動した。そうとしか考えられない。
「ど、どういう事よ……」
ふとルイズは思い出す。紅魔館のメイド長、十六夜咲夜の事を。彼女も瞬時に姿を消し、まるで違う場所に瞬時に現れる。今の霊夢はその動きにそっくりだ。あの巫女はそんな事までできるのかと、彼女は霊夢に畏怖の感情すら抱き始める。
だが負けてはいけないと、気持ちを引き締める。あきらかに霊夢は強い。だが強者と対峙する自分。幻想郷に来て何度か経験したこの感じ。窮地にあって、それに立ち向かうとはこういう事かと、なんとなく悟ってしまった。
一方の霊夢は、少々苦々しく思っていた。まさか瞬間移動の業、「亜空穴」を使うハメになるとは思わなかったからだ。ついこの間、幻想入りしたばかりの相手に。ラストスペルと言いながらも、たかが二枚目と侮っていたのもある。さらに「亜空穴」は弾幕ごっこでは戦闘エリア端でしか使えない。中央で同じ状況になれば、打つ手が限られた。
「ちょっと気合入れないとマズイかもね。避けてるだけってのは無理っぽいわ。撃ち落とした方がいいかも」
戦い方を改める霊夢。
ルイズの弾幕はよどみなく続いていた。しかし霊夢の動きが変わった。弾を避ける事に専念していた動きが、弾を避けつつルイズを攻撃するというスタイルになった。性質の違う弾幕の群れを見事にかわしつつ、霊夢はルイズへの攻撃の手を休めない。
しかし、ルイズは焦ってなかった。最初のスペルカードの時は、当たらなさばかり意識して、気持ちに余裕がなかったが、今はそうではない。なんとかいい勝負しないと、という焦りが吹っ切れたのもあるのだろう。さらに、弾幕群がうまい事、霊夢を包囲しつつあった。それでも霊夢は強気で攻めてくる。当たっても構わないという感じで。ふとルイズは気づいた、何かおかしいと。
その時、霊夢被弾。
だが、同時にスペルカード発動。
「喰らいボム!?」
ルイズは思わず叫ぶ。目の前には博麗霊夢のスペルカード、霊符『夢想封印』が展開されていた。被弾を無効化する喰らいボム。被弾と同時にスペルカードを発動させる高難易度の業。弾幕ごっこではルールの一つとなっているとはいえ、自在に使いこなせるのはそうはいない。だがこの霊夢に限って、使いこなせないなどあり得なかった。
その攻撃をモロに受けるルイズ。かなりのダメージを受ける。あの強気の攻めは、半分これを狙っていたからだ。ルイズはまるで食えない相手である霊夢に、舌を巻くしかない。だがそれでも相手にスペルカードを使わせた事は確かだ。
スペルカード持続の残り時間、そして被ダメージ、それらを踏まえてルイズは考える。時間内に霊夢が自分を撃破するのは難しいだろうと。前半、回避に徹していたため、さっきの『夢想封印』を含めても、ルイズが受けるダメージが十分ではないからだ。では霊夢を落とせるか。それも微妙な所。もう少し焦ってくれれば、ミスでも起こしてくれるかもしれないが。
霊夢の方はというと、少々余裕がなくなっていた。なんとか正面の位置取りをしようとするのだが、蛇行してくる水色の弾幕が邪魔。左へ左へと押しやられていき、安定して正面を取れない。さらにこれに中規模光弾が横から追い討ちしてくる。あえて避けに徹して、時間切れを待つという戦法もあるが、ここまで来て、わずか2枚しかスペルカードを用意していないラスボスにそんな消極的なやり方は癪だった。
「あ~、イライラするわね」
霊夢は少し強引に前進する。その時、開いていたと思った目の前のスキマが、急に閉まる。うさぎ飛び状の弾幕の動きを読み誤った。
「マズっ!」
スペルカード発動。辺りの弾幕を蹴散らし、そのままルイズに突進。スペルカードに巻き込み、ダメージを与える。しかしダメージが十分ではない。なんとか被弾は避けたものの、発動が早すぎた。
ルイズはというとギリギリ助かった。もう少しダメージを重ねられると、落とされる所だった。霊夢は一旦後ろへ下がり、態勢を整えている。
二人に残された時間はわずかとなっていた。一進一退。いや、むしろルイズの方が追いつめられていた。ダメージの余裕があとわずかしかない。霊夢に正面の位置取りをされれば、確実に落とされるほどになっていたのだから。
だが、二人の戦いは唐突に終わる。想郷『ヴァリエール』の持続時間が尽きてしまった。時間切れ。弾幕は空から消えてなくなる。一応、スペルカードをクリア。霊夢の勝ちとなった。ルイズは肩を落としながら、ゆっくりと降りていく。
地上に降りたルイズに、パチュリーが近づいてくる。
「結構、粘れたわね。あの霊夢相手に、よくやったわ。悪くはないわよ」
「でも負けたわ」
「仕様がないわよ。霊夢相手でスペルカード2枚じゃ、私でも勝ち目なしよ」
「そうかもしれないけど……」
うなだれるルイズ。霊夢を焦らせはしたが、結局一度も被弾させる事ができなかった。残機もまるまる残っている。これで善戦と言えるのだろうか。みんなから得たものに、答えられたのだろうか。
そこにアリスもやってきた。
「ま、いいじゃないの。当面の目標は達成したんだし。怪我もないんだから、上出来よ。ルイズ」
「それは、そうだけど」
確かに今回の異変の目標は、異変自体を起こし終わらせるという、茶番じみたものが目標だ。そういう意味では霊夢に無理に勝つ必要すらない。だが、ルイズはそれを受け入れがたかった。満足いかないものがあった。それを見て、魔理沙は笑みを浮かべる。
「ふふ、くやしいのは分かるぜ」
「…………」
「けどな、楽しかったろ」
「……!」
ふと顔を上げる。三人の魔法使い達が笑ってこっちを見ている。そして気付いた。この胸の内に高揚感があるのを。楽しかったと。弾幕ごっこは。同じ土俵に立って、勝負をするというのは。ハルケギニアではなかった高揚感。
魔法の使えないルイズは、同じ土俵に立つ事すらできなかった。学んだ技を披露する機会など全くなかった。実質的に、彼女が何かに挑むなんて事はあり得なかった。だが、その土俵に立つ。その意味が今なら分かる。それは楽しかった。そして勝ちたかった。
彼女の胸の内を、魔理沙が言葉にする。
「なら、練習するしかないな。霊夢に勝ちたいならな」
思わずうなずきそうになる。だが、それを振り切った。ルイズは静かに答える。
「そうしたいのは山々だけど、そうもいかないわ。帰らないといけないし」
「そっか」
少し残念そうに返す魔理沙。
するとルイズに上段から声がかかった。社に鎮座していた神、八坂神奈子だった。
「ルイズと言ったか。なかなか面白かったよ」
「しかし、勝利には届きませんでした」
「私はいい勝負ができたらと言ったんだよ」
「え?」
「お前の願いを叶えてやろう」
神奈子はわずかに笑みを浮かべながら言った。ルイズは思わず叫びそうになるが、それを押さえ整然と口を開く。
「私を、故郷に届けていただけるでしょうか」
「やはり、望みはそれか」
「はい」
「分かった。こっちにおいで」
ルイズはその言葉に従い、神奈子の側まで近づく。そして神奈子はルイズの頭に手をかざす。
すると慌ててパチュリーが口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ、今すぐするの?」
「そこまで無粋な事はしないよ。ちょっと調べるだけよ」
「そ、そう……」
いつも落ち着き払っている、パチュリーが珍しく慌てていた。少しばかり苦笑いの魔理沙とアリス。
そして、ルイズの頭に、神奈子の手が添えられる。しばらくの沈黙が続いた。やがて神奈子は手を離す。ルイズはゆっくりと神奈子を見上げる。ところが、何故か渋い顔をしていた。いやな予感が走る。
「あ、あの……もしかして、帰れないんでしょうか?」
「ん?あ、いや、大丈夫だ。帰れるよ」
「本当ですか!」
「お前にとっては異教の神でも、神は神だ。少しは信じなさい」
「は、はい!」
すると今度は魔女が三人とも駆け寄った。ルイズじゃなくって、神奈子の方に。アリスがまず口を開く。
「か、帰れる!?」
「そうだけど、何?」
「私達の魔法じゃ、ルイズ帰すのうまくいかなくって……。それって、コピーできない?」
「神力がコピー出来る訳ないでしょ」
「そうよね……」
「もしかして、あんた達も異世界に行きたいの?」
「是非。向うでいろいろ調べたいものがあるのよ。探究者としては、それがあると知ったからには無視する事はできないわ」
「ふ~ん……。考えてやってもいいけどね」
「ホント!」
思わず前のめりになるアリス達。すると神奈子何やら怪しげな笑みを浮かべた。
「ただし条件がある」
それを耳にして嫌な予感の三人。パチュリーが口を開いた。
「何かしら?」
「探究者らしく、異世界を徹底的に調べて欲しいのよ。そしてたまに帰って、私にその結果を教えて欲しい」
「……どういう意味かしら?異世界にまで信仰を広めたいの?」
「他意はない。ただの好奇心。だけど、これが条件よ」
「分かったわ。まあ、こっちもそれはやりたい事だしね」
「よし。ならば約束しよう、神として」
神奈子は満足そうに腕を組む。一方妙な条件に、三人の魔女はお互いの顔を見やる。微妙な表情で。だが最大の難関が突破できたのだ、選択の余地はない。結果オーライという事で、納得した。
それから、霊夢が石灯篭を片づけろと文句を言ってきた。ルイズは異変のラスボスとして負けた手前、それを引き受けざるを得ない。しかし、一つ当たり7500リーブル(≒3.5t)のも石塔が10本以上ある。ルイズ自身にはどうしようもない。天子といろいろともめたが、結局これも神奈子と諏訪子がなんとかした。祭の余興とでもいう具合に。
そしてルイズ一行は帰路に着く。帰った後は宴会の準備だ。そしてその後は……。ルイズはちょっとばかり寂しく感じていた。