東方虚真伝   作:空海鼠

51 / 53
相も変わらず急展開。


逆行

「……は?」

 

「ですから」

 

岬ちゃんがどこからか取り出した拳銃を自分の頭に向けながら言う。

 

「かぐや姫って、平安時代の話じゃないんですよ」

 

引き金が引かれ、カチリという心地よい音が鼓膜を通過した。岬ちゃんが僕に拳銃を差し出してにたにたと薄気味悪い笑みを浮かべてきた。これは僕にもやれっていうことか。

 

「えー……えー………えー…………」

 

拳銃を受けとり、こめかみに当てながら引き金を引く。機械的な振動が僕の骨を揺らして、じわりとした味わいたくもない余韻に浸ることができた。弾丸が出てきたらぎゅるぎゅる横回転しながら脳漿撒き散らして岬ちゃんに体当たりでもしようかと考えていたのだが、脳のカロリーを無駄に消費するだけだったようだ。

拳銃を岬ちゃんの掌に包ませながら曖昧な知識を披露する。

 

「でも確か、平安時代に成立した日本最初の物語なんじゃ」

 

「いやはや、相変わらず檜垣さんは愚かですねえ。平安時代に成立したんなら、その物語があったのはそれよりも前でしょう。奈良時代ですよ。くすくすくす、いやあ笑えますねえ、大爆笑ものですよ」

 

岬ちゃんの手の中の拳銃が、カチリと音を立てる。くすくすけたけたと笑いながら拳銃を放り投げて、開かれた僕の手の中にぴたりと拳銃を収める。きみの腕ならメジャーを狙えるぜ。

拳銃を頭に押し当てて引き金を引くと、今度は何か出てきた。色とりどりに光る世界を作りたくなってくるような色をした万国旗だった。万国旗を拳銃の口から引っこ抜いて閻魔様の気分を味わい、僕の頭の中で混ざり合う色が明日を描き始めた。

そういえば、僕の知り合いにもアシタなる人物がいたよなと思い返す。漢字は忘れたが、明日じゃなかったはずだ。どうでもいいか。

岬ちゃんに拳銃を手渡しながら口を開いて、出そうとした言葉を忘れる。わー、あるつはいまー。

開いた口をどうにかしようとして、何かを言おうとする「……………………」こともできずに出来の悪い彫刻みたいな間抜け面を晒した。たった一人しかいない観客は僕を気にも留めず、拳銃を夢中でこめかみに押しつけている。

 

BANG(ばーん)

 

発音が良いんだか悪いんだかわからないような声を岬ちゃんが出し、拳銃の口から銃弾が岬ちゃんの頭蓋骨を通過して反対側のこめかみから飛び出せ電波少女とばかりにこんにちはしてきた。日本人の習性なのか、僕も思わずこんにちはと軽く会釈をすると、岬ちゃんの血液と脳漿と頭蓋骨の破片が、びちゃびちゃと綺麗に頭に開いた穴から出てきた。ところてんみたいだ。

 

「……………………うえ、気持ち悪ー」

 

「ならやらなきゃいいのに」

 

死ねばよかったのに、と心の中で毒づくが、それで岬ちゃんが死ぬわけでもない。不死身の岬ちゃんは傷口をじゅくじゅくと、コーラサワーの炭酸で和えたように治していく。その姿はさながらアンデッドのようで、聖なるアイテムでもないと倒せそうにない。うっわー、僕こいつラスボスにしたくねえや。

 

「……えーと、あ、そうそう。かぐや姫が平安時代じゃないんなら、僕はどうすればいいんだよ。時を駆ける少年としてアイキャンフライと今は昔にダイブすればいいのか?言っておくけど僕はそんな大技を使ったら死にかねないぜ」

 

「ほら、その辺は私がなんとかして差し上げますから、ほら、イベントですよ、イベント。どうですか、行ってみたくありませんか?」

 

正直、微妙なところだ。永淋の反逆事件では、僕が行かなくてもどうにかなっているんだろう。同じ時代でやっているのならともかく、わざわざ行かなくても解決済みなのなら、無理して戻る必要はないのではないかと思う。

 

「いや……めんどいからいいや」

 

「えー」

 

「………………」

 

「えー……」

 

「………………」

 

「えー…………」

 

「………………ぐぬ」

 

恨みがましそうな目がぶすぶすと全身を刺してくるような錯覚に囚われれて、上半身を右方向に傾けて回避を試みる。刺さり方がぶすぶすからぐさぐさに変わっただけだった。本当に物理的に刺されてるのではないかと疑い始める程度には痛かった。というか、痛む場所が若干赤みがかってきて、実際に痛覚が刺激されているようだった。

針の先端にも例えられるような視線と同時に、拳銃も僕の手元に投げつけられる。心なしか、さっきよりも狙いが乱雑になっているような気がしないでもない。何だ、撃てってことか。正直、あのビックリドッキリグロ映像を見た後では、撃つ勇気というものが出ないのだが、僕の肉体には危機感が欠如しているらしく、躊躇無く指に電気信号を送って引き金を引く。

ガチリ。

 

「…………ん?」

 

当たりの衝撃は襲ってこなかったが、ハズレの音も響いてこなかった。

代わりに、何かの始動するスイッチを押したような不快な音と。

腹が破けて中から宇宙人の幼虫が出てきそうな、体中の皮膚と肉がひっくり返るような感覚。

それに。

 

「…………………ぅおうぉうおぅおうぉおおおおお」

 

空から投げ出されて万有引力の法則に背くことなく、落下することによる背筋のぞわりとした恐怖感。真下には古めかしい町並み。

頭から急降下による寒風を浴びながら思う。

僕は今、おそらく奈良時代の遥か上空にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地に足が着きまくって地面にめり込む勢いだとご近所で評判の僕は見事着地に成功した。具体的に言うと、脚が太もも近くまでぐじゅりと腐った果実のように断絶して破裂するくらい見事な着地だった。

口から声にもなってない悲鳴が噴出する。これから一生車椅子生活を謳歌しなければならないのかと思うと、とりあえず博麗神社の長い階段をスロープにして欲しいという願望が浮かんできた。勿論、それを言葉にして嘘を宣言する余裕などないのだが。

肉と骨の紅白で縁起が良くなった脚を押さえながら悶絶して、呻き声を発して気分を落ち着けようとする。効果はさほど無かったが、なんとか能力を使用することに成功して、潰れたザクロによく似た脚を治療する。周囲に散らばった肉片が、逆再生のように僕の脚に戻ると、文字通り削られるような痛みが徐々に引いていった。

肺からコヒューコヒューとマナーモードに震えた息が吐き出される。……運が悪ければショック死していたのかもしれないと思うと、ぞっとしないな。

しばらく倒れながら息を落ち着けていると、ひんやりとした地面が妙に心地よく感じられてきて、急に野生の眠気が飛び出してきて襲いかかってきた。

 

「…………んお」

 

いかんいかん、こんな道で寝ていたら「へぶ」蹴飛ばされてしまった。

ごろんごろんと転がりながら見た目よりもダメージを受けていない頬をさする。ついでに僕を蹴飛ばして友達にしようと考えているのであろうサイが付かないキッカーを見上げる。

 

「え、あ。ご、ごめんなさい!」

 

黒くて長い髪が艶やかに光る、服の所々に御符が貼り付けられている少女だった。顔立ちは端正に整っているのだが、僕を人類の友人のように蹴りつけてしまったせいか、おどおどとした印象が拭い去れきっていない。

 

「あ、あの……大丈夫、ですか?」

 

「頭の中身以外なら、大体」

 

「…………大丈夫ですか……?」

 

本気に受けとられてしまった。彼女は僕の頭を手で包んで、違和感がないかじっくりと見つめる。たまにコンコンと叩いて中を確認するあたり、西瓜に間違えられているという可能性が否定できない。もしくは、中身が空っぽだと思われているのかもしれなかった。

だが、こうも触れられているとそろそろ気持ち悪くなってきたので、「大丈夫大丈夫、大丈夫だから」と投げやりな調子で言って少女を引きはがす。

 

「あー……ところで一応聞いておくけど、かぐや姫って知ってる?」

 

「……む、貴方も求婚に来たクチですか?善意から忠告しておきますけど、諦めた方がいいですよ。無理難題を押しつけられて中納言石上麻呂(いしのかみのまろ)のようにあの女に殺されるか、石作皇子(いしづくりのみこ)のように恥を掻かされるか、どちらかに決まってますから」

 

先ほどのおどおどとした印象は綺麗さっぱり地球の裏側に消え失せたのではないかというような冷たさを含む声で、早口で捲し立てる。個人的な恨みがあるのか、女としての嫉妬なのか。

 

「いや、僕は結婚なんて夢にも考えなかったね。というか最近、夢もろくに見てない気がするな。アレにも霊華にも会ってないし」

 

「……?よくわかりませんけど、それなら問題ありませんかね。……そもそも、帝の求婚すら断ってるというのに、あの女に結婚の意思なんてあるわけなかったわね」

 

人までとはいかずとも、リスくらいなら射殺せそうな視線を地面に向けながら小さく毒づく少女。裏表がリバーシブルな少女だ。将来の就職先はオセロかな。

この娘が敬語なのは、僕が明らかな他人だからなんだろうな。敬語キャラの中でもどんな相手にも敬語を使うような奴が僕の知り合いに少なからずというか、大体そうだったので、相手によって使い分けるキャラというのを新鮮に感じるというのは、この世界に毒されてきているせいなのだろうか。

 

「かぐや姫の屋敷に案内ってしてもらえるかな」

 

「いいですけど、中までは入れませんよ」

 

「構わないよ、ちょっと見るだけさ」

 

心の中で嘘だけど、と付け足して少女に案内をしてもらう。だが、少女は足が速かった。腐女子というわけではなさそうなのだが、発酵の速度は常人とは比べものにならないぐらいであろう、と勝手に推測を膨らませて、ついでに心臓に破裂させそうなほどの負担をかける。

距離としては大体三キロくらい歩いたところで、平安京で見た有力貴族の屋敷と比べても何ら遜色のない、豪勢な建物が僕の網膜に像を結んだ。

僕らは屋敷の西側、竹林の方から屋敷を覗いているのだが、見張りが人間ドミノを嗜むにはスペースが多すぎるくらいの密度で並んでいるのが見えた。姿を消せば侵入は容易そうだが、入れそうな窓が随分と地上から離れているので、よじ登る際に音が出ないかが心配だ。

筋肉が驚異的に貧弱である僕は、少女の歩くペースが早すぎて既に脚を棒へと錬金していた。僕の脚はたった10ゴールド程度の価値しかないのだろうか。

片腹どころか両腹が痛くて前傾姿勢になる僕を少女が見て、プッと小さく笑う。

 

「……そういえば、まだ名前聞いてなかったな」

 

「えーと、ふ、…………っ!?」

 

少女が何かを言おうとして、言いよどむ。そして、そこから何かに繋げようとして失敗したのか、思いっきり舌を噛んで口元を掌に密着させ、目に涙を溜める。言葉に出来ない熱い思いを口元から発するべく彼女は口を開くのだが、やはり言葉にできないらしく、再び口を押さえる。僕も言葉に表せない酸っぱい思いを口から吐き出そうと試みて、喉を押さえる。

出たのは、酸っぱい唾液だけだった。

 

「ふ……船藻江乃(ふねもこうの)です」

 

「ふうん…………」これはこれは。「じゃあ江乃、ありがとうね。また、縁があったらということで」

 

「……じゃあ」

 

かぐや姫の屋敷へ向けて隠密行動を開始しようと江乃に背を向ける。そういえば永淋とまた会えるのかと思うと、妙なテンションになりそうだが、そういえば普段からおかしいかなと思い直す。

ステルス迷彩を身に纏い、門番の目をかいくぐって屋敷に潜入。この前侵入した帝の屋敷と比べると見劣りする造りではあるが、十分な豪邸と言えるような屋敷だと、僕の身長にさらに二本の腕を切断して頭の上に乗せたくらいの高さにある窓を見上げながら思う。

 

「……………………」

 

霊力で強化してジャンプするとしたら勢いが付きすぎて屋根にぶつかるが、普通によじ登っても無理があるような、絶妙に調節された高さ。

僕は諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




平安編書いてから気づいてしまったんですよね。かぐや姫奈良時代じゃねえか、と。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。