東方虚真伝   作:空海鼠

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今回はいつもよりタイトル詐欺多めです。


偽装

……酷い悪夢を見た。

ぼんやりと薄目を開けながら意識を覚醒させると、ごつごつとした見慣れない天井と目が合った。見知らぬ天井と見つめ合う趣味は無いので、再び瞼を下ろして暗闇を甘受する。

 

「……あれ?」

 

何で僕は洞窟で惰眠を貪っていたのだろうか。

眼球を覚醒させ、新たな力に目覚めそうな電波を受信すると共に、腹筋運動を意識覚醒の付属品として取り入れてみた。

まとわりついてくる眠気を振り払い、記憶を呼び起こして現状を確認する。

 

「……………………ああ」

 

そうかそうか、そりゃあ自己暗示かけてても長時間抱きついてたら気絶くらいするわな。

 

「……ってか、体痛ー……」

 

洞窟の岩肌で寝ていたせいか、体の節々が痛い。能力を使ってどうにかしようとも思ったが、それは明らかに能力の無駄遣いだということがわかっているので、我慢をすることにした。

何気なく立ち上がり、伸びをして「ぐおおおおお」体中がバキバキと危険信号を発してきた。やはり洞窟内での生活には、ベッドが必需品になるらしい。

関節部が錆びたような動きで後ろを向くと、玉藻前が寝ているのが確認できた。相変わらず服はボロボロで、抉れた体の至るところからは血がぴちゃりぴちゃりと滴り落ちている。あれからそれなりに時間は経っただろうに、まだ傷が塞がっていないのは、もしかしたら御符に込められた魔除けとかの力の所為なのかもしれないな。

僕が取り留めもないことを考えていると、玉藻前が寝惚けてズボンの裾を引っ張ってきた。

 

「……ふふ…………」

 

玉藻前が幸せそうに笑う。おそらく、目覚めた時点でその幻想はぶち殺されて非情なる現実へのシフトを果たし、死にたくなってくるオプションまで付いてくることが必至なのだろう。自分で考えておいて何だか、意味を付随させ過ぎた感があるな。

ズボンの裾を引っ張られている所為で動けないので、玉藻前の側にしゃがみ、剥き出しになっている骨をつつく。玉藻前の顔が歪んでぐにゃあという効果音を出すが、それでもお構いなしに触り続ける。硬い感覚が指に付きまとって、妙に不安定な気分になった。

 

「…………んん、ん」

 

しばらくつついていると、玉藻前が不快そうに眉を寄せながら意識を現実へ戻すように唸った。

ズボンの裾を掴む手が緩んで、足が自由になった。今なら足から炎を出して空を飛べることができるようになったり、腕が鉄になったりするのかもしれない。

僕の傷口をつつく攻撃はそれなりに目覚ましとしての役割を果たしたと言えるだろう。

 

「……んんむ…………んう……」

 

言えなかったようだ。玉藻前は再び睡魔くんとの戦いに白旗を上げた。ぴちゃりという血液の落ちる音が洞窟に反響して、玉藻前の寝息と共にエコーがかかる。

 

「はっはっは」

 

特にやることもなかったので、無表情で口を動かし、笑おうとしてみる。

 

「ひゃっはっはっは」

 

世紀末風。オプションに火炎放射器が欲しいが、無いものは仕方がない。

しばらく笑っていると、眼球の中でハムスターが駆け回っているような感覚がして、指で目をつついてみる。「あんぎゃー」黒目に直撃して、痛みにより目を押さえて蹲る。

 

「げらげらげらげら」

 

「くっくっくっく」

 

「くかかかかかか」

 

「ぎゃははははは」

 

「けたけたけたけた」

 

多種多様で十人十色な笑い声が幻聴として、僕の耳から入ることなく脳へと到達する。どことなく馬鹿にされているような気がしたので、ぶんぶんと手を振って幻聴を遠ざける。幸い、あまりしつこくなく、ネバーギブアップの精神を掲げたものではなかったために、退場が早かった。

その代わり、今の今まで忘れかけてた悪夢の映像が目の中に入り、印籠へと昇華する。

いつのトラウマだったか。自分の腕の肉を削がれて、それを食べさせられたことがあった。さらに今回の夢では頭蓋骨に穴を開け、脳髄をどろどろと流し込み、そのまま僕の全身が溶けてアレに食べられるオチまで付いていた。現実と妄想が上手いこと融合して、整合性がとれなくなったらあんな夢になるのだろうなと勝手に決めつける。

 

「けらけらけらけらけらけらけらけらけら」

 

生前よく聞いていた、甲高い笑い声の幻聴が染み渡ってきた。思わず耳を塞ぐが、効果はあまり見受けられそうにない。

 

「けらけらけらけらけらけらけら」

 

どうしようもないので、僕も言ってみることにした。だが、完全に再現できるはずもなく、単に「けらけらけら」という声だけに留まる。やはり、笑い声を習得するには世界に散らばった七つの球を集めなくてはいけないのだろうか。

 

「……ん、んむう…………」

 

僕が妙な声を出したからだろうか、玉藻前が起きてきた。

寝惚け眼を血だらけの指で擦り、「あっ、痛っ……」と血液を目に入れる作業に忙しそうだ。僕も対抗して、逆に眼球から血液を噴出させようと目に指を突き刺してみるが、勢いが足りずに、ただ痛いだけに留まった。

玉藻前が目に付いた血液を何とか取り除くと、僕の顔をボーっと見た。

 

「……ん、綺麗な顔…………?」

 

綺麗な顔、ね。そう言われたのは初めてかもしれない。たいていの人は僕の顔を見て、『不気味』『気持ちが悪い』『怖い』などの評価を下さるからだ。

 

「それは僕の顔が死人顔って意味かい?」僕に双子の兄はいないけど。

 

「一体どういう解釈をしたらそんな意味に聞こえるんだ……。……くぁあ」

 

玉藻前が控えめに欠伸をしながら目を擦り、再び目に血が入ったのか、目を押さえて痛がる。頭のいい馬鹿の称号が、仲間になりたそうに玉藻前を見ている。

髪の毛を指先でくるくると弄り、引っ張ってぶちぶちと何本か千切りながら話す。

 

「死人顔でも、一応生きてるんだぜ。ミミズやオケラや腐った死体だってみんな生きてて友達なんだよ」

 

「いや、腐った死体は生きていないだろう……」

 

「呼び声が聞こえただけで復活する死体や崩れてもしばらく経てば復活する骨がある時代なんだ。腐った死体が生きててもおかしくないさ」

 

「……そういうものなのか……?」

 

玉藻前が目を針金のように細めて首を傾げる。僕も負けじと目を鉄柱のように太くしてみようとはしなかった。そもそも、人体の構造上無理がある。

 

「そういえば、体は大丈夫か?急に気を失ったときは驚いたんだが……。もうあれから半日は経っていると思うぞ」

 

「な、なんだってー」

 

予想以上に寝込んでいたことに驚いて、人類が滅亡するレベルのリアクションを披露する。三人に分身できたらもっと良かったんだけどなあ。

僕をじろじろと不躾に見た玉藻前が呆れたように溜息をついて言う。

 

「……はあ、その様子だったら心配はなさそうだな。何というか、心配して損をした、とでも言うべきなんだろうか……」

 

「まあ、きみの方が心配されるべきなんだろうけどね」

 

玉藻前は全身血まみれで、肉にピラニアに食いちぎられたような穴が開いていて、骨まで一部削れているような有様だ。外傷が全くない僕と比べると、その差は陸に上がった蛙と脱皮したてのセミくらいだろう。うむ、例えの意味がわからないあたり、僕の脊髄は正常に機能しているようで安心した。一般的な概念を当てはめて言えば異常の一言に尽きるんだろうけどね。

いい加減、小さいお子様に見せられないような玉藻前の描写をするのにも飽きたので、治療をすることにしようかな。

 

「えっ…!?い、いきなり何を……いっ!?痛っ……ぐぅ……」

 

僕が手を伸ばすと玉藻前は狼狽したように慌て、手が傷口にぐじゅりと衝突すると痛みを堪えるように瞼をで空気を強くプレスした。傷口に触れる能力で治療をするにも、やはり接触回復が一番消費が少ないので、傷口に直接触れて能力を使用するのだ。

 

「がっ……!ぐ、ぎ、ぐぅぅ……!」

 

玉藻前の断面にケアルやホイミ的なものを流し込んで、傷を治す。その際に痛みが伴うため、玉藻前が低く呻いて体を震わせる。痛くなければ治りませぬの精神で耐えてほしいところだ。

数十分経って、ようやく玉藻前の傷が完治した。

治療の際の痛みは予想外に凄まじかったのか、息は普段の三倍くらいは荒くなり、顔の赤さも三倍くらいにはなっているだろう。角がつくのはいつだろうか。

完熟しきった顔を僕に向けて体を腕で抱えながら、彼女がジト目で睨んできた。

 

「……何か?」

 

「こっちを見るな!」

 

怒鳴られて、蹴られた。

左の脇腹を蹴られて、右方向に吹っ飛ぶ。凹凸が激しい洞窟の床を滑って、皮膚が削れていく感覚がした。起き上がりながら、じわりと熱を帯びた頬を押さえる。皮膚が破れて、血液が化粧水として顔面に付着していた。

そういえば、今まで傷のせいで気にしていなかったが、服がボロボロな状態だった。胸元や脚の部分が破れていて、扇情的に「見るなああ!」再び蹴られた。

やられっぱなしというのも癪なので、追撃しに来た足を掴んでぺろりと舐める。

 

「ひゆあぁぁああああ!?」

 

言語として機能しているかどうか微妙な悲鳴が上がった。

そして、蹴りの強さと量が格段に増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こうも上手くひっかかると、逆に不安になってくるね」

 

真下では陰陽師の大群が、僕の作った玉藻前と交戦している。傷の部位は再現したし、妖力も本物より少なめにつけておいたので、バレないは踏んでいたのだが、まさか一人も違和感を持つことなく戦うとは思わなかった。

指を細かく動かし、マリオネット風に玉藻前を操作して陰陽師たちを蹴散らす。たまに雄叫びを上げさせることも忘れずに、この前の戦い方を再現する。

爪を伸ばして陰陽師を切り裂き、「イーッ!」とか「ひでぶ」とかを言わせる暇もなく陰陽師たちを絶命へと案内する。無双シリーズはあまりやったことがないが、ここまでグロッキーではないだろうと死屍累々としている真下を見て考えてみた。これはR-180くらいかな。小さいお子様じゃなくとも悪影響を及ぼす危険性があります。心臓が停止してからご覧下さい。

 

「……いや、無双したら駄目じゃん」

 

適度にダメージも負って、最終的には殺生石になる必要があるのだ。無駄なゲームスキルの高さがここで仇となるとは。

 

「まあ、疲労だとか、色々、言い訳は、できるから、大丈夫、だよな」

 

途切れ途切れに言葉を発し、若干手を抜いてプレイングする。瞬く間にボロボロになっていく玉藻前レプリカ。僕は丁度良い加減とか、そういうのがわからない男であった。

最後の一踏ん張りということで玉藻前2号に込めた妖力を最大限に解放する。玉藻前の尾が四本ほど千切れて、もう一人の玉藻前になるという面白ギミックが発動した。ふむ、この玉藻前を玉藻前V3と名付けよう。ちなみに、僕が一番好きなのはアマゾンだ。

操作する対象が二人になったことで、よりいっそうプレイングに力が入る。2号が陰陽師を愉快痛快怪物さんとばかりに切り裂いていき、V3は2号に襲いかかる攻撃を防御する。我ながら、素晴らしいコンビネーションだ。アクションゲームは得意だったのだ。

 

「よし、もうそろそろいいかな」

 

陰陽師を全体の三分の二ほど殺したところで、ようやく真打ち登場。言わずと知れた安倍晴明が死体の海と陰陽師の波をかき分けて現れた。

これ以上ないほどの最適の相手。ほぼ間違いなく負けることができて、それが不自然にもならない相手。

 

「よーしお兄さん頑張っちゃうぞー」

 

やる気のない声を出して玉藻前を清明に襲いかからせる。攻撃は紙一重で躱され、御符が2号に向かって飛んでくる。それをV3が爪で処理して、場は再び膠着状態に陥った。

清明が何かしら呪文のようなものを唱えると、陰陽札が繋がった武器らしきものがV3へ向かって飛んできた。その武器を切り裂くと、バラバラになった陰陽札がV3へ集中砲火を浴びせる。ギリギリで抜け出せるかとも思ったが、気づいたのが遅かったのか、右腕の大部分が無くなっていた。

こちらも尻尾を伸ばして清明を突き刺そうと試みてみるが、二人でやったとしても清明の頬の薄皮を一枚ほど切り裂くに留まる。

 

「うーん、無理ゲーだね。ドラクエの初期装備でゾーマを倒しに行くかのごとく。もしくは初期パーティでミュウツー捕獲かな」

 

現状をわかりやすくゲームで例えてみるが、状況の改善は見受けられない。せめて腕の一本でも頂いてからやられたいところだが、それも中々難しいだろう。

そう考えている間もじわじわと削られていって、正直、ジリ貧だ。

清明が御符を周囲にばらまいて、何か大技を出しそうな雰囲気を漂わせている内に攻撃を試みるが、その前に清明の2ゲージ消費技の『陰陽師スパーク』がヒットして、偽玉藻前が二人とも消し飛ばされた。

あの偽玉藻前には、戦闘不能になったら自動的に殺生石になるよう能力を付随させていたから、もう僕はこの場にいなくても大丈夫だろう。

ルーラを使って移動する。

洞窟に出ると、体育座りをしていた玉藻前が僕を見つけて顔を上げる。

 

「だ、大丈夫だったのか!?」

 

「大丈夫じゃなかったら僕はこの場にいないよ」

 

玉藻前に適当な返答を返した。能力を使いすぎたのか目眩を感じて、洞窟の壁にもたれ掛かりながら座り込む。三半規管が回転している気がした。気持ちが悪い。

だがまだ仕事は終わっていない。もう一度、今度は玉藻前を恂子のところへとルーラしなければならないのだ。面倒だ、休みたいと体中の疲労が僕の心を代弁してくれている。

悲しいけどこれ、お仕事なんだよねと、重力が三倍ほどかかっている腰を上げて立ち上がる。お布団が僕を呼んでいる、と無理矢理自分を奮い立たせてやる気を起こす。

 

「えーっと、これから今回の依頼人のところへとワープ……えー」ワープって日本語で何だったっけ、考えろ、思い出せ「……行きます。うん」諦めた。

 

何らかの面白リアクションを玉藻前に期待してみたが、彼女は神妙な顔でこくりと頷くだけで、何も面白いことはしてくれなかった。

首からパキポキと板チョコを折るような音を出し、僕の骨はカカオで出来ているのではと疑ってみる。前見たときは白かったから、今見たら茶色くなっているのかなと期待してみた。嘘だけど。

 

「じゃあ、準備はいいかい?僕はできてないけど」

 

玉藻前が何か反応を返す前に能力を使用して、玉藻前を恂子の待つ僕の家の隠し収納スペースへと送る。後は感動の親子の再開をするだけだ。一通り感動し終わったら、ゆかりんが現れて玉藻前を式神にでもするのだろう。

 

「ああ」

 

やっと終わった。溜息が肺から一斉放出され、肺の内部の空気が足りなくなる。脳が酸欠に陥り、大きく開いた口から欠伸も出た。さらに限界まで空気を吸い込む高等遊戯に励もうとしたのだが、どうせ咽せるのが予想できるので、先に咳を吐き出しておいた。

 

「やべえ、能力、使いすぎ、た。うがー……」

 

体がだるい。このまま消えてしまいそうな倦怠感と、体をざくざくに切り裂きたいような妙な自己破壊願望が僕の脳味噌に送られる。理性によって却下された。当然だ。

 

「ふふふ、今回は頑張りましたねえ」

 

不意に右隣から声が聞こえてきた。数年一緒にいるのだが、未だに聞き慣れないような声。聞き慣れないというよりは、脳が記憶しようとしないのかなとおそらく外れている邪推を頭に宿らせる。

首を横に向けるのも億劫だが、おそらくそちらを見ないと面倒なことになると思うので、仕方がなく通常の三倍は重力がかかっている頭を動かす。「うおっ」バランスを崩してよろめいた。

改めて岬ちゃんを見ると、くっくっくと含み笑いを口端から堪えることなく零していた。普段から軽口とか嫌味を零しているだけに、お口のチャックが緩いのかと思った。

 

「いえ、今回は檜垣さんは本当に頑張りましたよ。まさか本当に檜垣さんが善人然として振る舞うなんて考えてませんでしたし、非常に面白かったですよ。お仕事をほっぽり出して見ていた甲斐があったというものです。くっくっくく、ねえ檜垣さん。主人公は楽しかったですか?」

 

「解って聞いているんだろ。これ以上ないほどの最悪の気分だよ」

 

「では、せめて少しの間でも、ゆっくりと休んでください」

 

そう言って岬ちゃんは僕の真正面に回り、ゆっくりと僕の背中に手を回して抱きついてきた。

脳味噌が雑巾のように絞られているような不快感が吹き出してきた。今までの比ではないほどだ。

 

「では、お休みなさい」

 

僕の意識はそこで沈み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 




親愛なる友人Hからのお言葉。
「あんたっていつも余命三ヶ月な顔してるよねー」

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