東方虚真伝   作:空海鼠

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若干シリアスっぽいもの入ります。



惨劇

誰もいない路地で、怪しげな魔方陣を地面に石で書きつつ、わざわざこのためだけに用意した黒ローブを、暑苦しいという理由で脱ぎ捨てて、服をバッサバッサと扇ぐ。脱ぎ捨てた黒ローブが独りでに動き出して、やがては人類を脅かす謎の何かにならないかと期待してしばらく見つめる。しかし何も起こらなかった。無駄にMPを消費した気分だ。

地面に描かれた、クオリティの低いピカソもどきの作品を見つめて、自らの芸術性の不足分を何とか補おうと試みてみる。ずっと見つめていると、何故か不安定になってきた。別の意味での才能があるのかもしれない。

 

「……流石に、魔方陣で悪役っぽく演出するのは、早計すぎたかなあ」

 

地球儀の目の前で高笑いするという手もあったのだが、生憎僕には高笑いの技能が存在していなかった。

精神性を疑われそうな模様を足で引き延ばしつつ消して、やっぱ演出の必要なかったよなとか考える。まったく、何のためにこれをしたのやら。

 

「さもん、ゆかりん」

 

言うなり、能力を使用して、紫を守備表示で特殊召喚する。

 

「えっ!?何!?ここ、どこよ!」

 

すっかり驚き芸が板についてきて、頑張れば冷蔵庫とか黒板とかにもくっつけそうな感じだ。

あわあわと慌ただしく手や顔を動かす紫に、やっほーと手を軽く挙げて元凶が僕であることを認識させる。紫の顔に青筋が見えたような気がしたが、きっと気のせいだろう。あれは漫画の中だけでの表現だ。

 

「紫、きみに来てもらったのは他でもない」

 

少し悪役っぽく振る舞おうとしてみたが、どうせ無理なのでやめておく。どうやっても僕じゃあ威厳が出ない。岬ちゃんのオーラを纏いたい、と軽く冗談を思い起こしてみる。口にしてみようかとも思ってみたが、今回の戦いは脊髄よりも、嫌悪感が勝利したようである。

 

「…………………………………………早く言いなさいよ」

 

「ああ、ごめん。一千万円が懸かっているんだ。そりゃあ溜めるさ」

 

「訳のわからないこと言ってないで、早く用件を言いなさいよ」

 

何故か今日のゆかりんは不機嫌だ。よく目を凝らしてみると、口元に何かがついているのを発見する。…………そっとしておこう。

たった今見たものを見なかったことにして、本題に入る。

 

「式神の件についてなんだけど、まず、僕は式神にはならない。ここまではいい?」

 

「……ええ、散々考えたけど、あまり貴方の利益になるようなことはなかったわ」

 

目を細めて、虫くらいなら射殺せそうな視線をしながら答える紫。

おそらく、そこまで僕の力を買ってくれていたのだろう。まあ、能力がチートなことと霊力妖力神力が膨大すぎること以外は、ただの一般人レベルなんですけどね。正直、能力を使わずに神力とか込めて物理的に戦うとなれば、僕の攻撃が相手に当たらないのは必至である。

 

「だが、代わりと言っては何だけど、優秀な式神候補をお教えしよう」

 

顔面の筋肉を無理に動かしてニヤリと笑おうとする。明後日あたりに筋肉痛がきそうかなと少し考えて、五秒ほどで取りやめる。

その代わりに、たっぷりと悪役じみた口調で。

 

「九尾の狐に、興味ありませんかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、謎の物質に謎の液体を遠慮無く投入して、準備は完了した。後は勝手に化学反応を起こしてくれるのを待つだけだ。

夜の闇の中で代わり映えのしない天井を見つめる。頭が割れるほどの頭痛が断続的に頭蓋骨の内側を襲撃している状況を改善しようと、拳の飛び出してる部分の骨で頭を殴ってみる。結果は、頭蓋骨の内側と外側が両方痛くなるだけだった。

 

「またつまらぬ幸せを壊してしまった……とね」

 

玉藻前の悲痛そうな表情を思い出して下らない感慨に浸る。僕が今どんな表情をしているのか鏡で確認したくなったが、顔面の筋肉はぴくりとも動いていないのが感覚でわかる。

僕にとってはその幸せは空虚なもので、作り物で、意味がないものだとわかっていても、ご本人にはそうでもないのかなと思いを巡らせる。

 

「いや、どっちにしろ帝は玉藻前を疑ってたし、これは僕のせいだと決めつけるのはまだ早いんじゃないか」

 

史実では玉藻前は殺されて殺生石になったわけだし、僕はそれを救った救世主と考えられなくもない。どうだろうなあ、きっと考えられないだろうなあ。

布団からのっそりのたのたふらふらと起きて壁に向かって頭の痛みを抑えるべくガンガンやってみる。いい感じに脳味噌がシェイクされて視界がぐわんぐわんと歪む。ついでに自らの病的なまでに真っ白な肌をつまんで、眠気覚ましに思いっきりぐいっと引っ張る。痛い。

 

「せーしんりょく、ちゅーにゅー」

 

空気中にありそうな気味の悪い物質から何かを我が身に取り込もうとする。それが僕の明日を生きる糧となるのだ。嘘だけど。

脳が酸素を要求してきて、それを口が承認したのか、空気よりも軽い僕の唇が上下に開かれて吸引力を変わらせないまま幽霊を吸い取ろうとする。メダルとか入手したら、口から炎でも吐けるのかな。

 

「あで」

 

口を閉じる際、前々からよく噛んでいたために癖になってしまっている口内炎っぽいものを歯でプレスしてしまい、意識せずとも舌で噛んだ場所の状況を探る。……あ、ちぎれてるや。

口内に含んだ血の混じった肉塊をぺっと血の染みがつくことを恐れずに吐き出す。炎は吐けなかったが、炎症部分は吐き出せた。ついでに、真っ赤に燃えるような色の血液も。

窓の部分から「へあっ!」と飛び出して着地。すぐにファイティングポーズを取ろうとするも、あまり高度のないはずなのにダメージを受けた貧弱な足がそれを許さない。

十字光線を打ち出せない僕は空を飛ぶこともできず、徒歩で結界があるとわかる方向に進んでいく。結界のある方向がわかったあたり陰陽師っぽいが、実はこれ素人でもわりと簡単にできることらしい。大規模な結界は張るまではわかりにくいが、張ってからは超目立つ。

 

「……遠くね?」

 

二百メートルほど歩いたところで、これじゃあ間に合わないんじゃないかという危惧が僕に問いかけてきて、仕方がないので能力を使うことにする。

 

「ルーラ……いや、やっぱ空飛んで突っ込んでった方が消費少ないかなあ……」

 

両手を上に伸ばし、「でゅわ!」のかけ声と共に飛翔する。無駄に姿勢良く飛んでった先に、わかりやすい巨大結界と、中にいる無数すぎてわらわらともう虫みたいな陰陽師集団、それに少し距離を開けて、おびただしい血の海と玉藻前が見えた。

玉藻前は襲いかかる陰陽師たちを千切っては投げ、千切っては投げ……というようなソフトな感じではなく、獣の咆哮を上げて無差別にただただ近くに寄るものを文字通り八つ裂きにしている。九尾の尻尾も隠すことなく、陰陽師の腹を突き刺す凶器として利用されているようだ。

結界の中に侵入して、この戦いが見られるベストポジションを位置取る。視力を上げて見てみると、玉藻前は涙……というよりは血だろうか。目から血を流しながら無双シリーズの武将なみに陰陽師たちをなぎ倒している。

 

「……いやあ、血の涙を流す人なんて始めて見ましたよ」

 

人間ではとても出せないであろう咆哮が響き渡り、玉藻前が腕を横に振るったと思ったら、大量の陰陽師が上半身と下半身を絶交させていた。

草が血の雨を喜ぶかはともかく、少なくとも内臓は好まないだろうと予想して、臓器の下敷きになった紅い草花を少し哀れに思ってみる。

人間の頭が歪み、潰され、飛んでいく。

腕が踊り、脳からのログアウトを完遂する。

心臓が中身の血液と共にぶちまけられ、後ろの陰陽師の顔を歪ませていく。

惨劇。

そんな言葉が僕の頭を通り過ぎる。

よく考えてみれば、僕はここまでの惨劇を見るのが初めてだったな。あまり記憶のメモリーにしまいたくない映像を網膜に記憶させる。これも後学のためだ。嘘だけど。

再び、玉藻前の慟哭ともとれるような咆哮が響き、思わず耳を塞ぐ。

小雪の鳴き声が金属を擦り合わせたような不快感のある音だとするならば、こちらは人間の叫び声と獣の鳴き声、それに怨霊の怨嗟をミキサーでぐちゃぐちゃになるまでかき混ぜたような音だ。

御符や火矢が飛んでいき、玉藻前の肩や脚を抉る。血や肉が勢いよく飛び出して独立宣言を果たすと共に、今までの肉体に恩を返そうというのか、小さな妖怪に変貌して陰陽師たちに襲いかかる。だが、質はあまりよくなかったのか、二、三人喰い殺したところで別の陰陽師に退治された。

ところどころに黄色い脳漿がぶちまけられ、紅い肉塊が散乱し、赤黒い血液に草木が染められながらも、真新しい紅い血によって染め直される。

玉藻前がひときわ大きく咆えて、陰陽師たちの身を一瞬だけすくませる。その隙に結界の端に向かって爪を振り、紫が何かしたのか、はたまた玉藻前の実力なのか、一瞬で結界が破かれる。

全身を血まみれにした玉藻前が、目で追うのも困難なほどのスピードで逃走したのがわかった頃には、残った陰陽師たちは呆然と、目の前にある一面の屍体を見つめるしかなかった。

誰かが叫び声を上げる。

それにつられて、残った陰陽師たちも大声を張り上げてカラオケ大会へ勤しむ。

妖怪を追い払ったことへの勝ちどきなのか、多大なる犠牲を払ったことへの憤りか。

……よく見ると、清明がいないな。その辺で、死体と友達になっているのだろうか。いや、いくら何でもそれはないか。無理に希望を抱くと、いずれアイツにまた会ったときのショックが大きい。やめておこう。

 

「…………帰るか」

 

目下一面に広がる死体を見て、僕もいずれああなるのかなあ、とか思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや」

 

家に帰ると、灯りがついていた。岬ちゃんがわざわざ灯りをつけて行動するとも思えないし、誰かお客さんでも来たのだろうか。清明だったら追い返そう、そう心に硬く誓ってから玄関をがらっと開け、面白みのない帰宅をする。

部屋に入ると、見知らぬ人物が鎮座していた。岬ちゃんや清明じゃなかったと喜ぶべきなのか、ぎゃー不審者だーと叫ぶべきなのか。

 

「……あ、あの」

 

黒ローブの女の子だった。顔はフードを被っているのでよく見えないが、高い声質から少女と判断していいだろう。というか、この黒ローブ、僕が朝捨てたやつじゃねえか。ということは、目の前にいるこの少女は地球に優しいタイプの再利用系女子か。

 

「お……お願いしたいことがあるんです」

 

今にも泣いてしまいそうな声で、懇願されるように頼み込む女の子。……どこかで聞いたような声だな。厄介ごとの香りが僕の鼻をひん曲げるほどに匂ってきた。

 

「お義母さまを、玉藻前を助けてはくれませんか……?」

 

……思い出した。確か、玉藻前の部屋で見かけた恂子とやらだ。

さて、どうすべきか。

 

「……あー、僕じゃなくて、清明に相談しようとか、思わなかったのかい?」

 

「……既に相談しましたが……それは難しい、と……」

 

ローブのせいでよく見えない顔から、涙らしきものが流れ落ちて床を湿らせる。頭の表皮を削り取るほど掻き毟り、爪の先についた血液を見て、先ほどの光景を思い出す。うげえ。

目を閉じ、暗闇の中で眼球をぐるぐると回す。目の周りの筋肉が無駄に疲れるだけに終わった。

 

「…………」

 

恂子はひっく、ひっくとしゃっくりをしつつ、不安げにローブの下からこちらを見つめている。

はあ、と仕方な気に溜息をつき、内側からガンガンと響いてくる頭痛を堪えながら、言う。

 

「……わかったよ。その依頼、請け負った」

 

はあ、自作自演のヒーローだなんて。

馬鹿馬鹿しくて、僕らしいのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 




実はまた別の小説の執筆も始めていたりします。
……いや、既存の三つのやつ書けって話ですよね。それでも思いついてしまったんですよ。

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