東方虚真伝   作:空海鼠

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何が難しいって、サブタイトルを考えるのが。
考えてこれかよ、と思うかもしれないですけど。


調査

「帝の后を調べろ、と?」

 

家に帰ってきて、世間の皆さんがあくせく働いている真っ昼間から惰眠を貪って、働かないことが悪であるという風調に真っ向から立ち向かってみようかと真面目に夢想していたところに、この依頼が来た。

僕に仕事を依頼しに来た、武闘家か賢者か魔法使いかで言ったら賢者風の男が依頼の概要を説明する。

 

「はい、帝直々の依頼です。帝は最近、病に伏しています。それが、帝の后の玉藻前の所為だと言うのです」

 

「……その根拠は?」

 

賢者モドキさんは、懐から一本の毛を取り出した

 

「これを見て下さい。……この獣の毛には、妖力がついているそうです。それが、屋敷の中にあったのです。……帝は玉藻前が怪しいと見ているそうですが、私にはとてもそうは思えません。あの方はお美しいだけでなく、博識で、お優しいのです。私には、あの方が妖怪など、信じられないのです。都一の陰陽師と名高い櫂様なら、きっと、あの方の疑いを晴らしてくれると思いまして。……帝は、そういったお考えではないようですが……」

 

ふむ、つまり賢者モドキさんの依頼は『玉藻前の疑いを晴らす』、帝の依頼が『玉藻前が妖怪だと見破る』ということだろうか。前者の依頼は、玉藻前が間違いなく妖狐だということがわかっているから無理だな。……いや、一応嘘をつけば可能なんだろうね。別にやるつもりはないけど。

 

「えー……あー……、こほん。これこれ、人にものを頼むのだったら、その前に渡す物があるのじゃないかね?」

 

「は、はい。これを」

 

……妖狐の毛を渡された。どないせーちゅうんじゃ。

まあ、袖の下など要求しなくてもいいくらいには金を持っているから、このネタが通じなかったことを少し残念に思いつつ、依頼を受けることを表明する。

 

「まあ、いいよ。その依頼、請け負った」

 

面倒だけどね、と心の中で付け足すが、どうせ聞こえやしないだろう。伸びすぎた親指の爪をガリッと囓り、感謝の言葉を吐いて帰って行く賢者モドキさんの背中を視線で狙い撃つ。

さて。

岬ちゃんのいないうちに、行動を開始しましょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや」

 

「げ」

 

帝の屋敷に入ろうとしたところで、安倍晴明と運命の悪戯よろしく鉢合わせた。

無駄に頭に残るシニカルな笑みを、絶えず浮かべながら、清明が目を見開く。

 

「こんなところで会うとは、貴方も依頼を受けてきたのか」

 

くそ、清明も依頼を受けてきたのか。帰って寝たいという僕の全力の魂の叫びは、当然、理性に受理されるはずもなくお役所的に黙殺される。もっと頑張れよ、魂。

痛んできた頭に人差し指の爪を突き立て、力を込める。少し血が滲んでくるが、気にせずに押し続けた。

 

「おや?どうかしたのかね、まるで『会いたくもない同業者と仕事先で出会ってしまった』みたいな顔をして」

 

「自覚があるなら今すぐここから消えてくれ……」

 

正直、ここまで相手にしたくない相手は天照とアレの他にはいなかったが、今日で新たな一ページが僕史のその項目に刻まれたのだった。そのページを破ってくしゃくしゃにして破棄したくなったが、どちらにしろ問題は目の前に立って胡散臭く笑っているのだ。例え破って捨てたとしても、すぐにまた新しいページが増設されるだけだろう。……でも、もう会うことはないであろうアレに関しては、新たなページは増えないか。よし、前向きに検討しようじゃないか。

このまま思考だけで今日一日終わらないかなという希望を持ち、不可能という絶望のずんどこに突き落とされる。

自動操縦モードとか、ないのかな。

 

「まあ、貴方が私を嫌いだというのは、仕方ないのかもしれんな。実力では貴方が都一のはずなのに、時たまに私が都一と呼ばれることもあるからな」

 

「違う、僕がきみを嫌いなのは単に性格が合わないのとてめえがホモホモしいからだこの野郎」

 

後半に行くにつれ、キャラがどんどん崩れてしまってきていた。もしや岬ちゃん、また劣化贋作の僕を渡したのだろうか。むむむ、許せぬ。確認作業は帰ったらやるとして、今は目の前の問題を片付けることにしよう。

 

「さて、行くか」

 

目の前の問題はやはり、無視が一番いい解決方法だ。

ホモくさい陰陽師に背を向けて、眼球の可動範囲から追い出しながら屋敷へと進行を開始する。

出入り口と思わしき場所に立ち、一言。

 

「ちわーっす、三河屋でーす」

 

返事がないところを見ると、ただのお屋敷なのかね。

しかし、これだけ屋敷が大きくて、まさか誰もいないということはないだろう。断りもなく侵入して、できるだけ誰にも見つからないように玉藻前を見つけるというスネークごっこが楽しめそうだ。

能力でステルス機能をつけて「おや、消えてしまったようだが、それは一体どうやってやるのだ?」幻聴が聞こえたが気のせいだと判断を強行させて侵入する。ついでに棚っぽい部分に指をつつーっと這わせて、埃を確認。指に付いた少量とは言い難い埃をふっと吹いて、脳内嫁を「駄目だね、ここにも埃がついてる」といびってみた。

脳内嫁ってこういうときに使うものだっけと首をかしげつつ、服の袖で廊下を掃除するようにして進む。やはり潜入は、匍匐前進が基本だろう。

屋敷の中には、人が難易度の低いUFOキャッチャーばりに存在していた。この人口密度を高いと見るか低いと見るかは、都市にお住まいか田舎にお住まいかによって分かれてくるだろう。

左右確認をして、なんとなく怪しげな威圧感を放っている扉をゆっくりと、中の人にバレないようにガラパゴスゾウガメの歩みを彷彿とさせる速度で開ける。

…………………………………………おぉう。

僕は扉をゆっくりと閉めた。

ただ、その時少し音がしてしまったのか、中から悲鳴のような声が聞こえてきた。例えるとすれば、お風呂好きの女の子が駄目男に裸を見られてしまったような、そんな声。

きゃー、のび太さんの丁稚(でっち)ー。

まあそれは冗談としても、耳をつんざくような悲鳴だったのは確かだ。じきに人が集まってくるだろう。さっさとここから離れなければいけない。

僕は逃げたした!

しかし回り込まれてしまった!

匍匐前進を全速力でやるといった希有な動きをしていた僕に、反対側から走ってきた誰かが、躓いてこけた。「ぶぎゃあ!」というような、おそらく僕が見てきた女性の中でもトップ5には入るのではないかというような外見からは似つかわしくない、蛙を潰したような声が上がる。

少女はのっそりと起き上がってぶつけたと思われる、面積が自慢だと詐称しそうな額を撫でながら、泣きそうな声で思い出したように文句を言う。

 

「あて、ててて……。何ですか。何なのですか……。あ、えっと……ぶ、無礼者!この私が今代の帝、鳥羽天皇の第二皇女と知ってのろうぜきですか!」

 

最後の方は、呂律が上手く回らなくて、完全に平仮名状態になっていた。

確かに、身につけている衣装は他の者よりも豪華で気品が漂うようなものだけど、見えない僕に対して涙目で文句を言うその姿は、ただの、痛い子だった。

というかこんな娘が天皇の第二皇女だなんて、信じたくなかった。

 

「あ…あれ?今さっき、誰かが私に攻撃してきた気がしましたのですけど……。不思議ですね……?」

 

ふーしぎふしぎ。世の中に不思議があったっていいじゃない。

僕は面倒なことが起きる前に、依頼を遂行すべく動き出した。

問題が起きる前に逃げる。

秘技、イベントブレイク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、覗けるような部屋はほとんど覗いたし、もうここが玉藻前の部屋じゃなかったら詐欺だ訴えて賠償金をガッポガッポであれこれ実は玉藻前の部屋じゃない方がいいんじゃないかと思うようなことはなく、普通にさっさと仕事が終わることを願っていた。

しかし、十分経って能力が解ける度に能力をかけ直すのは、中々面倒だった。僕の自分を騙す嘘は、十分しか保たないのだ。三分だったら超人と呼ばれていたのだけど、惜しい。

もしいなかったときの心の保険をかけつつ、ゆっくりと戸を開け、隙間から視線のみを侵入させる。

見える範囲では、誰もいない。だが、匂いがする。

いや、これは別に「げっへっへ、女の香りがするぜ」とかそういったものでなく、嘘の香りだ。人間に化けているのなら、偽ってるのなら、その匂いが嘘鬼の僕にはわかる。

まあ、単に嘘つきが潜んでいる可能性もあるけどね。

中に入るとなると、中にいる人物に僕の存在がバレることになる。だが、この際どうでもいいだろう。現在僕は透明人間改め透明いんげんだ。バレたとしても、この平安京に新たな透明の妖怪の噂が誕生するだけだろう。

「話は全て聞かせてもらった!」とばかりにガラッと扉を開ける。

 

「うわっ!?」

 

少し控えめの驚きの声が足下の空気を揺らした。

そこにいたのは、僕の目の前でしゃがんでいる、玉藻前こと八雲藍だった。

玉藻前は九尾の狐ではなく二尾の狐の派閥に属していた僕は、地味にショックを受けた。このとき受けたショックが後に僕を根本から揺るがす大事件に発展したら伏線がいい感じだなあ嘘だけどとかどうでもいいことを思考しながら、藍を跨いで部屋の中に入り、扉を閉める。

 

「えっ!?え、ど、どういうことだ……?」

 

藍が目を白黒させて辺りを見回す。仮にも狐なら匂いでわかったりとかしないんだろうか。

姿を見せるべきかどうかたっぷり3秒ほど考えた後、決断を下す。

 

「こういうことさ」

 

姿を見せずに声のみで会話をするという、礼儀に真っ向から喧嘩を売るような行動をしてみる。

 

「だ、誰だっ!姿を見せろ!」

 

「とっくに見せてるよ。きみの目の前にいる」

 

……いや、このままだと話が進まないか。よく考えてみれば、僕相手の正体を見せるような術とか使えないし、その辺は清明に任せておこう。

能力を解除して姿を現す。

 

「うわっ!?」

 

オリジナリティーのない、一般的な驚きの声を頂いた。欲を言えばもう少しアーティスティックな要素が欲しいところだが、昨今の資源不足を考えれば、そうも言ってられないだろう。嘘だけど。

 

「はろーはろー。妲己……いや、ここでは玉藻前とでも言おうかな?」

 

やたらと悪役っぽく登場してみた。一度やってみたかったのだ。

藍の目玉が何かに取り憑かれたのではないかと疑わしいほどに回転率を高める。と、同時に髪の毛が微妙に、気をつけてみなければ気がつかないほど逆立つ。あれ、狐って犬科じゃなかったっけ。

 

「……何故その名を知っている」

 

「うん?知らないよ?知ってることだけ」

 

言ってみたはいいものの、この場面で言っても全く効果がなく、さらにより意味のわからない難解なものとなったことに気がつくのに、数秒を要した。

 

「ああ……、いや、僕は自分で言ったネタを自分で解説するような大人だけには決してなりたくないんだ。決して、解説などしない」

 

「……何を言っているかはわからないが、お前は何者だ。それと、何故私の昔の名を知っている」

 

「なんでだろ、不思議だね」

 

だねふっしゃ、という幻聴が聞こえてきた。最近、『本物』に戻った影響なのか、幻聴が激しい。そのくせに生前よく聞こえた声は中々聞こえない。ふしぎだねー。

 

「まあ、僕に敵意はないから、安心していいよ。そもそも僕なんて路傍の石ころにも劣るような存在だからね。石ころ帽子を被ったのび太くんだと思ってくれてもいい」

 

「いや、誰だよ。のび太くん」

 

「僕のことさ。僕には72通りの名前があるから、まあ好きなように呼んでくれ。今現在活動している名前は確か、檜垣櫂だったかなと自己紹介」

 

名乗ってみると、胡散臭さを助長させてしまったのか、訝しむような目で僕の心臓を狙い撃ちドキュンしてきた。きっと、一部の倒錯した趣味をお持ちの方々なら、手放しどころか足さえも地から離してお喜びになるだろう。地に足が着いていないのは、元からかもしれないけど。

 

「……陰陽師が何の用だ」

 

「いや、別に僕はきみを封印しにきた訳じゃないんだ。というか、そもそも戦う気もない」

 

結果は目に見えてるしね、と付け加える。

首筋にかかった髪の毛が鬱陶しく、手で纏めて空気を通す。よし、少しは涼しくなったか。

手を離して、髪を降ろしつつ無抵抗を装って手を広げる。

 

「だから……とりあえず」

 

「何だ」

 

「将棋でもしないかい?」

 

丁度、将棋盤もあるみたいだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




将棋は僕の趣味でもあります。
……ちなみに僕は、『好きこそものの上手なれ』なんて諺信用しません。いや、本当に。

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