東方虚真伝   作:空海鼠

43 / 53
タイトルとはネタバレである。


安倍晴明

「それで、これ。どうすればいいんだよ」

 

鎌切小雪が入っているポケットに入りそうなサイズの怪物球で、岬ちゃんの眼球に出来るだけ近づけるチキンレースをしながら言う。

戦闘終了後、僕は小雪を捕まえた。

小雪は別に仲間になりたそうな目をしていなかったのだが、戦闘能力には目を見張るものがあり、今後何かに使えないかと思って捕獲した。

いや、基本は僕が戦闘に困ることなどないとは思いたいが、一度苦戦するような相手が現れた後は、相手戦力がインフレしていくのが少年漫画とRPGの習わしだ。どんどん敵が強くなっていって、最終的には雑魚敵が僕と同レベルの強さになりかねない。

僕が戦う力が残っていないときの戦力も必要だ。

だが、この殺人鬼が大人しく僕の言うことを聞くのかというような問題点が残ってる。

そこで、困ったときの岬ちゃんだ。きっといい案を出してくれるだろう。

 

「いや、知りませんよ。私もこの娘の頭を一度正常に戻そうとして、失敗したんですから」

 

予想外の答えが返ってきた。

 

「一度正常にしようとした?角の部分を斜め45°の角度でぶん殴ってみたりしたのかい?」

 

「いいえ、電池をきゅるきゅる回して入れ直しました」

 

なんと。鎌切小雪は人造人間だったのだ。汚物博士に製造されたのだろうか。

でも、岬ちゃんが一度正常に戻そうとしたということは、つまるところ小雪は転生者なのではないかという疑惑が浮上してそのまま打ち上げられる。

小雪ちゃんはこちらの考えなどまるっとお見通しだと言うようににやにやと笑っている。

 

「ええ、そうですねえ。檜垣さんの予想している通り、この娘はあなたと同じ、転生者です。頭を若干どうにかすれば楽しめると思ったんですけどねえ。結果はこの通りですよ」

 

珍しく岬ちゃんが自嘲的な笑い方をした。明日は、雨だけじゃなく槍とか蛙とかが降ってくるんではないかと予想。大穴で金平糖とか花とかも降るかもしれない。

 

「その顔は、何か失礼なことを考えている顔ですね」

 

「人を顔で判断するなよ。他にも外見とかビジュアルとかルックスとか、判断要素がいくらでもあるじゃないか」

 

「そうですね」

 

軽く受け流されてしまった。だが、失礼なことを考えている云々は有耶無耶にできたので、まあいいとしよう。生前、今度生まれ変わったらポジティバーとして生きていこうと決めていたのだ。嘘だけど。

怪物球を太陽にではないが透かして見ると、真っ赤に小雪の手から血潮が再び流出していた。おそらく、固まった血を歯か何かで剥がしたのだろう。かさぶたを剥がしたくなるよなのと似たようなんですかと問いかけたくなるが、彼女にとって、それは理由がなかろうともしたくなることなのだろう。そっとしておいてあげよう。

不意に顔を上げると、岬ちゃんが覗き込んでいたので、「見るかい?」と電気鼠のマスコットが入ってそうな怪物球を差し出しジェスチャーのみで示すと、「私の手首はよく暴れますよ」というようなジェスチャーを返してきた。

中に入っている小雪のことなどお構いなしに、ボールをぽんぽんと投げてキャッチするのを繰り返しながら、こいつをどうするかを考える。戦力は確保したいが、危険は近くに置きたくはない。二律背反の思考が僕の行動を制限するようにまとわりついてマジでどうしよう。

急に、近くの空間を帝王切開して、中からフリルの付いたドレスを身に纏ってリボンの付いた帽子を着用した、胡散臭い金髪の女性が現れた。

 

「こんにちは、今日は頼みがあって………………は?」

 

間抜けな声と共に口も間抜けな感じに開かれ、全体的に胡散臭さよりも間抜けさが勝ってしまったような八雲紫が、そこにはいた。

 

「やっほー、ゆかりん。で、何用?」

 

小雪ちゃんボールを弄びながら、この前かけた言葉をコピー&ペーストしてそのまま流用する。僕はリサイクルを推奨する環境に優しいいんげんだ。嘘じゃないという言葉さえも嘘なのさ。

紫は僕が最近向けられることの多い、信じられないようなものを見る目を向けてくる。僕の存在はそんなに信じがたいものなのかなと心の中で落ち込む振りをしてみた。

紫はしばらく目を限界まで見開くと、こほんと咳払いをして、まるで何事もなかったかのように話し出した。

 

「あら、まさか貴方が加城冥利だったなんて思いもしませんでしたわ」

 

そりゃあ、あんな反応を見たら思ってもみなかったんだろうなというのはよくわかる。わざわざ言葉にするほどのことでもないだろう。

ここは無理矢理魔王退治に行かせようとする王様スタイルでいこうか。

 

「やっほー、ゆかりん。で、何用?」

 

「いえ、だから」

 

「やっほー、ゆかりん。で、何用?」

 

「いえ、そのね」

 

「やっほー、ゆかりん。で、何用?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……人間と妖怪が共存する世界は、実現可能だと思うかしら?」

 

「やっほー、ゆかりん。で、何用?」用件以外は受け付けません。

 

「いえ、だから」

 

「やっほー、ゆかりん。で、何用?」

 

「…………」

 

「…………」

 

無限ループって怖くね?とばかりに流れる沈黙。

 

「……貴方に、私の式神になって欲しいのよ」

 

「いいだろう、この棍棒と松明と檜の棒を持っていくがよい」

 

「用件を言っても話が通じないってどういうことよ!」

 

紫が、溜め込んだ鬱憤や不満や理不尽に対する憤りを爆発させるように叫んだ。耳がキーンとなって鼓膜が破裂していないか少し心配になったが、ぜぇぜぇという紫の息づかいが聞こえてきたため、大丈夫な博士が僕の脳内に降臨した。

 

「まあ、式神の話だけど……僕にメリットは?」

 

「めりっと……?」

 

「あー……、利益とか、そういうのだと思ってくれればいい」

 

白い外道系愛玩動物の口癖風の顔をして難色を表した紫に、適当な説明をする。つい外来語を使ってしまったのは、苦戦した相手に勝利して、気が緩んでいる証拠なのかな。

 

「寿命を長くできる……というのは、長生きの貴方にとって利益にはならないわよね。私のスキマを使える、というのも私のスキマに触れる貴方の利益にはならない……」

 

眉間に指をつけてむむむと唸る様子は、中々微笑ましい。

しかし、式神か。正直なところなってもいいし、ならなくてもいい、というのが本音だけど、ゆったりまったりしたいときに呼び出されたりするのはご勘弁願いたい。

振り返ってみると、岬ちゃんは既に寝ていた。話に参加してこないと思ったら、何やってんだよ。僕も能力を大量に使って、体力がもう残り僅かなので寝たい、と睡魔くんが訴えてきたから寝たいんだけど。安眠の為には……。

……とりあえず、ゆかりん追い返すか。

 

「とりあえず、何か思いついたらまた来てくれ。その時考えるよ」

 

「え、ええ。そうするわ」

 

そう言って、さすがの僕も趣味が悪いと言わざるを得ないようなスキマの中へ消えていく紫。

……よく考えてみたら、紫が『嘘と真実の境界』を弄ったら僕、霊力妖力神力でゴリ押すしかないんだよな。そして、それはあえなく能力を使って躱される、と。紫って実は僕の天敵なんじゃあないだろうか。能力がバレたらどうしようもないぞ、これ。

今度からはできるだけゆかりんに優しくしようと、そう決意する僕なのであった。嘘かなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな団子屋の椅子に腰掛けて団子を貪りつつ、これからのことについて思考を進める。

式神の件については、スキマが使えることを考えれば、少し条件が良くなったら受けるべきなのだろうか。しかし、紫の手となり足となり馬車馬のごとく働くのは、将来の夢が家事手伝いの僕にとっては苦痛以外の何物でもないだろう。

岬ちゃんは、今は放置。あんなのに関わって、時間を無駄にする方が間違っている。彼女がラスボスとして僕の前に立ちはだかった時のみ、適当な人物を勇者に仕立てて檜の棒を持たせて送り出すとしよう。きっと、「死んでしまうとは情けない」という台詞が僕にも言えるはずだ。

小雪ちゃんのことだが、これも現状放置。とりあえず、小雪カプセルは収納空間に入れておいて、必要な時もしくは頭の治療が可能な時にのみ「行けっ、ウインダム!」とばかりに取り出して投げつけることにした。セブンは世代ではないのだが、咲恵さんの隠れ家(ボロ家とも言う)に大量にビデオが置いてあったので、暇つぶしに見ていたのだ。恐竜戦車にはロマンが詰まっている。

七本目の団子を囓りながら、独り言のように呟く。

 

「しかし、この団子うまいな」

 

「そうだろう、団子に関しては一家言ある私でさえ舌を巻くほどだ」

 

突如、隣に座っていた陰陽師風の胡散臭い男が、僕の独り言に返事をしてきた。歳は二十代前半といったところだろうか。ニヒルな笑みを浮かべて団子を囓っているその様は、中々絵になっていると言っても差し支えないだろう。

よく見ると、この陰陽師は、この間小雪ちゃんを捜索していたときに、僕の笑顔(偽)を情熱的に見つめてきたホモセクシャルさんじゃないか。僕にも遂にストーカーができたか。

 

「観察終了。で、きみ、誰だよ」

 

「いやはや、私はしがない陰陽師に過ぎないよ。たいして有名でもない。……貴方とは違ってね」

 

ふむ、僕を誰だか把握しているのか。これは本格的にストーカー疑惑が深まってきたな。そういえば、昔は多かったって聞くし、真剣に僕の尻の穴が危ないかもしれない。警戒を強めなければ。

 

「言っておくが、僕にそっちの趣味はない」

 

「……?何の話だ?」

 

おや、これじゃあ僕が頭のおかしな人物みたいじゃないか。うん、大体あってる。

 

「まあ、いいか。それで、僕に何の用なんだよ」

 

「おや、用がなくては話しかけてはいけないのか?」

 

「…………」

 

やばい。こいつ間違いなくホモだ。逃げなくては。逃げなくては。逃げなくては。逃げなくては。

いや待て、いくらこいつがホモだといってもこいつが後々のイベントのキーパーソンになってくる場合もあるな。関わりは持って置いた方がいいかな。

逃げるのは、それからでも遅くはない。

ホモ陰陽師さんは、にやにやと微笑を浮かべたまま話を続ける。

 

「用がないと言っては嘘になるけどな。私は、都一の陰陽師と名高い檜垣櫂を見に来たことと、あともう一つ確かめたいことがあってね」

 

「都一、ねえ」

 

安倍晴明は華麗に無視されたのか。おそらく、単純な陰陽師としての格や、陰陽師として退治した妖怪の数だけならば、僕よりも安倍晴明の方が上だろう。

僕が都一の陰陽師なんて呼ばれているのは、依頼解決の速さと、退治した妖怪の質からだろう。いや、僕は倒した妖怪が強いか弱いかなんて、嘘のせいでわからなかったけど。

ホモ陰陽師は手品のように、手を振って御符を出すと、それを僕に貼り付けた。

 

「…………おい」

 

陰陽師にとって、御符とは武器にも等しいものである。つまり今現在僕は、こめかみに銃を突きつけられているのと同じ状態だということが言える。

いつでも嘘をつけるように身構えて、非難するような視線をホモに向ける。対応次第では遺憾の意を表明することも吝かではない。

 

「ふむ、変化無し……。やはり噂は嘘だったか」

 

「当然だろ。今考えていることの逆が正解だけどそいつはミステイクだぜ」

 

焦りが言葉に出てしまっていた。何を言っているんだ僕は。

 

「いや、すまない。橋姫と仲が良いという噂も含めて、もしかしたら妖怪なのではないかと思ったから、元の種族に戻す符を使ってみようとな。結果は見ての通り、貴方は人間だった。いやあ、本当にすまなかった」

 

……あぶねえ。僕の能力が『種族ごと偽る』ものじゃなかったらバレてたところだったぜ。

 

「……しかし、こんな失礼を働いたにもかかわらず、名前すらも名乗らないとはね」

 

「これは失礼。私の名は」

 

陰陽師はニヤリと笑って、その名を言った。

 

「安倍晴明と申す」

 

 

 

 

 

 

 




ネタが思い浮かばず、どしても投稿が遅くなってしまいます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。