東方虚真伝 作:空海鼠
「さて、どこに行こうか」
犯人がわかったとはいえ、そいつがどこにいるかはわからない。
これまでは、『真実を照らす程度の能力』に頼り切りだったので、犯人の行動、住所、現在地、年齢、スリーサイズまで筒抜けだったのだが、今回に限ってはそうすることもままならない。
さらに、『嘘をつく程度の能力』で擬似的な『真実を照らす能力』を作っても、得られる情報が文字化けを起こしているところから見ると、岬ちゃんがプロテクトをかけたのだろう。
江恵岬、暇つぶしには手を抜かない娘である。
おそらくは僕よりも長く生きているだろうし、娘と言っていい年齢なのかは怪しいけれど。
閑話休題。岬ちゃんはどうでもいいんだ。
とにかく、犯人の容姿がわかっていても、犯人がどこにいるかを特定できなければ意味がない。
眼球を限界までぎゅるぎゅると一人コーヒーカップをさせながら、犯人の姿がないかを確認して歩く。今のところは、影も形も情報も見あたらない。
道の反対側から、何とも陰陽師くさい男がのそのそと、気だるそうに歩いてきた。その男は全身から胡散臭い雰囲気を醸し出しており、実に怪しい。
特に何もせずにすれ違うのも不自然かと思って、不良品の笑顔で軽く会釈してみた。
信じられないものでも見たかのように、不信感を顔に露わにされた。
犯人と思われたかもしれない。
僕が通り過ぎてもその陰陽師は、時折後ろを振り向いては僕を情熱的に凝視してきた。なるほど、こいつホモだな。多分嘘だけど。
僕の笑顔が怪しすぎて妖怪じみているという事実は置いておいて、眼球を酷使して犯人を見つけ出そうと試みる。
目が痛くなった。
疲弊した眼球を休めようと、男子小学生が乗って飛び降りるといった不毛な動きをしそうな感じの、ちょうどいい高さの岩に腰掛け、眼球商店のシャッターを下ろす。本日の営業は終了しました。
視覚をシャットアウトすると、その他の感覚が鋭敏になって、頭のてっぺんが太陽に焼かれていることと、地味に風邪が吹いていることもわかる。
ふむ、暑さ寒さは彼岸まで行って、プラス2くらいで暑さの勝利かな。
「ほんと……犯人出てこないかな」
呟く様に言ってから、最近意図的な独り言を言っていないことを思い出し「出てこなかったら鋏でちょん切る決意をするぞ」と付け加えてみた。今思えば、あの蟹は相当堪え性がないと思う。
数十分から数時間の間、何もせずに目を瞑る。寝てはいない。ただ睡魔くんが「野球しようぜ」と誘ってきただけだ。
目を開けると、既に太陽が空の体重に耐えかねて沈み、斜陽が目にぶっ刺さるような環境にいた。
「……うおぅ」
さっきまで闇の中で隠れて過ごしてきた妖怪いんげんとしては、眩しくて直視できないような真正面だ。側面は大丈夫。
というわけで、首筋がぐぎっと奇妙な音を漏らすまで首を捻り、ついでに斜め上を向いてアニメーションになったときの準備を整える。
加城アニメーション計画は着々と進行していません。
不意に、不安定な足音が聞こえてきた。
次に、鳴き声。
「 」
とても言語では言い表せそうもない、生理的な不快感を覚える鳴き声だ。
間違いない、犯人だ。
ヤスが出るか、モリアーティ教授が出るか。
正解はそのどちらでもなく「ゆらぁぁぁぁぁり」さんだった。うん?台詞被った?
まあ、いいか。ゆらぁりさん改め小雪が背中に太陽を背負って無駄に格好よく、ふらふらとやってきた。
「あ、この前の……えと…………誰で、したっけぇ……?」
これはおそらく名前の話じゃなく、僕という存在を忘れているのだろう。もう少し頑張りましょうの評価を下されそうな記憶力にもう一度僕の存在を言い聞かせるべく、空賊になった気分で返答する。
「この物語の主人公さ」
「しゅ……じん…………?ゆらー……?」
通じていないようだった。コミュ力が足りない。
「そんなことより、殺し、殺す、殺、殺、殺すのをしなくては殺しゆら、ゆら、ゆらぁ」
……僕は説得を諦めた。
この間はこの進まない電波少女を僕のお仲間と評したが、それは間違いかもしれない。
既に壊れている。
とりあえず相手の脳に嘘をついて、相手に何もさせずに対処することにする。
「ゆらぁ……ゆらぁり」
呼吸と一緒に漏れているようなゆらぁりには、何か意味があるのだろうか。
戸部新左衛門、覚悟ー。……あれ、これ僕がやられかねない台詞だな。
小雪は懐から二刀流の小太刀のようなものを取り出して、無造作に振るう。そして、常人よりもずっと速い速度で近づき、僕の腕を切り裂く。健をやられたのか、腕がだらりと下がって鋭い痛みがじわりと拡がってくる。
……あれ?痛み?
バックステップで小雪と距離を取り、纏まらない思考を無理矢理纏める。
口から「あたたたた」と秘孔を突いている人のような声が漏れる。やはり、痛い。
僕は今相手の脳に嘘をついている状況だ。相手の全ての行動は相手の脳内のみで行われ、自分が行動したかのような『錯覚』に陥る。疲労や苦痛なども全て、相手の脳内で処理されるから、確かに疲労も感じるし痛みも感じる。
だが、僕は違うはずだ。
僕は嘘の中でどれだけ斬られようと、殴られようと、ロードローラーで潰されようと全く痛みを感じないはずだ。だが実際、今僕は痛みを感じている。
とすると、能力か。
鎌切小雪が持っている『程度の能力』。それが問題なのだろう。
「厄介な能力だね……」
「の、う……あー…。『あらゆるものを斬る程度の能力』……ですよ……?」
親切なことに、教えてくれた。
僕が探偵ならばここで「謎は全て解けた!」とでも言うんだろうけど、相手から能力を教えてもらってるからいまいち格好がつかない。
とにかく、小雪に嘘は通じない。ついたとしても簡単に斬られる。
「 」
またあの鳴き声だ。右腕の健が切れていて耳を塞ぐことができないので、表情筋を用いて遺憾の意を表明する。ふむ、これは伝わってないな。
能力を使って『触れられないものに触れられる能力』が使えると嘘をつき、手近な空気を掴んで投げつける。
「ゆ……らぁり……!」
視認はできないので確かではないが、空気弾は小雪が手にしている小太刀に切り裂かれて消えたのだろう。見えないものまで斬れるとは、さて、どうすればいいかな。
「よっ……っと!」
小雪の『視線』を掴んで、へし折る。これで相手は何も見えないはずだが。
「ゆらぁー……ゆらぁー……」
また投げつけた空気弾をいとも簡単に切り裂いて、傷一つ無い小雪の姿がそこにはあった。
強敵と言うか、天敵なのかもしない。
接近戦なら、たっぷりと霊力を込めた男女平等パンチで倒しきれるかもしれないが、殴る前に斬られたら終わり。あの能力は、まさしく一撃必殺だ。
迷ってないけどチキンな僕としては、振り回される刀に飛び込むなんてとてもとても。
小技が効かないとなれば、質量だ。
霊力弾を手の先に溜めて、圧縮、圧縮。くけかかきこか。
並の妖怪なら影も形も残さないほどの霊力の塊を投げる。斬られる。うん、予想はしてた。
しかし、何故目が見えていないはずなのに斬れるんだろうか。本能?すげえな。
近づかれたら終わりなので、常に後退しながら交戦する。逃げているんじゃない、後ろに向かって全速前進しているだけだ。嘘だけど。
その後も色々と試してみたが、全て失敗に終わった。
火炎放射は、炎を斬られた。
熱風攻撃は、風を斬られた。
音波攻撃は、空気の波を斬られた。
細かい大量の霊力弾も、全て細切れになった。
吹雪攻撃をしてみても、小雪が斬った部分だけ安全地帯となった。
どんな攻撃をしても、小雪はゆらゆらゆらゆら、そこに無傷で立っているのだ。
「ゆらららららら、ゆらぁり……」
「このチートの塊が……」
思わず、悪態が口から零れる。僕が言えたことではないが、その気になれば髪を斬るのと同じ労力で時間とか空間とかを微塵切りにできそうな彼女は、制限がある僕よりもよっぽどチート力が高いかもしれない。汎用性や相手をおちょくることに関して言えば僕の能力の方が優秀だが、単純な殺人に関して言ったら小雪の方が上だ。
接近戦はできない。近づけば僕は、生命活動を停止しかねない減数分裂を実行することになる。
飛び道具は使えない。彼女は飛んでくるものを全て切り裂き、……飛んでくるものを全て切り裂き?
これは使えるかもしれない。
大逆転のウルトラCだ。
能力を使用して、足下の小石を拾い、思いっきり投げつけた。
当然、小雪は投げつけられた小石を、小太刀を振るって切断する。
瞬間。
爆発した。
二つの小太刀は鉄塊以下の鉄粉以上となり、小雪の指が弾け飛ぶ。
どうやら、成功したようだった。
僕がついた嘘は『触れたものに触れたものを爆弾にする能力』。手フェチの殺人鬼が使う能力だ。
小雪は、飛んでくるものを全て切り裂く。例えそれが危険物だったとしても、だ。
小石に付属した能力まで斬られたら危うかったが、結果として上手く爆発したので、良しとしよう。
小雪はしばらく使い物にならなくなった自らの両手と、地面に落ちた元小太刀を見ていたが、思い出したかのように僕の方を見ると、
「…………おてあげ……」
と、血だらけになった両手を挙げたのだった。
ふう、ここまで苦戦したのって実は始めてかもしれないな。これは貴重な例だから脳内に保存しておこう。バックアップもバッチリだ。
とりあえず、一件落着。大団円と行きたいところなのだが。
さて。
生かすべきか、殺すべきか。それが問題だ。
気がついてたら小雪ちゃんがクソ強くなってました。