東方虚真伝   作:空海鼠

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冬休みが終わりに近づくにつれ、学校に行きたくないという思考が頭を駆け回る今日この頃。



勘違い

月夜の丘は、その名称の通り、晴れた日には月が非情に綺麗に見える丘だ。

だが、今日は晴れていないのでその様子もさっぱり見えない。月には薄く雲がかかり、薄明かりのみが降り注いでいる状況だ。

 

「こんな夜は、家でゆっくりと本でも読みたいものだけどね」

 

そう思わないかい?と、目の前にいるモザイクのかかりかねない面白生命体に向かって語りかける。その生物は、人間のあらゆる器官を分解してから凝縮したような外見をいており、中々グロッキーだ。時折、人間の顔と思われる器官が恨めしそうに歪む。

しかし、ぬえの「正体不明の種」は見る人の脳に依存するって言うけど、僕は普段こんな珍妙なものを考えながら生きているとは思いたくないなあ……。

僕が驚かなかったことが面白くなかったのか、その素敵生命体は、ずずずずずと近づいてきた。足だと思わしき部分は上部についているのに、どうやって動いているのだろうかと不思議に思ってしまう。

 

「いや、僕は別に戦いに来たわけじゃないんだ。話し合いで解け」

 

最後まで言う前に、左胸のあたりを三つ叉の槍のようなものが貫いた。

……ふむ、交渉決裂かな、これは。

能力を使用してぬえの正体を割り出し、背後へとスネーキングする。このまま「動くな、手を挙げろ」とか言ってみようかとも思ったが、前時代的だと思い直して「だーれだ」と言ってみることにした。

僕を刺すことに熱中していて頭上注意とか書いてあっても頭をぶつけそうなほど注意散漫になっていたためか、驚いたようにビクリと肩を震わせると、ゆっくりと振り向いた。

 

「誰…………え……?」

 

「はろー」

 

手を振って、友愛を精一杯表現してみた。ぬえも僕の行動に親愛の情を抱いてくれたらしく、小さく「ひっ」と可愛らしい悲鳴を上げて返す。

 

「あ…貴方、さっき、確かに殺したはずじゃ……」

 

そう三流悪党のような台詞を言われると、こちらとしてもやったかいがあったというものだ。

 

「え?知らないよ。きみが勝手に見た幻覚だろう」嘘だけど。僕が勝手に見せた幻覚だ。

 

「…………ははん、貴方、私を封印に来た陰陽師ね」

 

全てお見通しだと言いたげな声を飛ばしてきた。僕は鳥人間としてのレベルがまだまだ低いので、声を飛ばすことはできずに、声を墜落させる。

 

「いや、きみを説得しに来た陰陽師だ」

 

「…………は?あ、頭おかしいの?」

 

「誉めても、僕が調子に乗るだけだぜ」

 

出来る限り格好つけて言ってみたが、その僕の渾身の格好つけはぬえを「う、うわぁ……」と引かせるだけだった。空しくなってきた。

さて、若干有耶無耶になったとはいえ、槍っぽいもので刺されたのは事実だ。一発は一発としてお返しをすべきか、イケメンオーラを出しつつ「まあ、いいさ」と微笑むか。どちらを選ぶかでこの後の関係性が変化してくると思う。当然ながら、変化を好まない僕は③の「現実は非情である」を選択したいところだ。具体的に何をするかはわからないけど。

 

「……貴方、まさか私の姿が見えてるの!?何で!?」

 

「目がついているからだろう」

 

「いや、そうじゃなくて……、いや、何自分の目玉取り出してるのよ!」

 

「父さんが出てくるかなと」オッス、オラ鬼太郎。

 

しかしこのネタを使うには後1200年ほど時間を置いた方がよかったのか、ぬえはでろーんとぶら下がる僕の目玉に「ひっ」と小さく悲鳴を上げて後ずさる。その際に足下あった小石が蹴飛ばされて、丘の向こうへと落下的空中遊泳を果たした。

初対面で心臓をぶっ刺したにも関わらず、案外気が小さいのかもしれない。

冗談だよ、と言って父親を定位置に帰宅させ、肩をすくめる。

 

「えーと、そうだ、交渉だね、交渉。夜な夜な鳴き声を発してみんなの攻撃力を下げるのをやめて欲しいんだけど、どうかな」

 

「……へ?な、鳴き声?私じゃないわよ」

 

違う違う、と掌で空気をかき分けて否定の意を表すぬえ。それに嘘は見あたらず、どうやら本当のことらしい。…………あれ?間違ったかな?

くそう、岬ちゃんめ、最初から最後まできちんと話せよ、と理不尽な怒りを膨らませてみる。

 

「……あ、カラスアゲハだ」

 

わー、きれいだなー。

ここまで徒歩で来たのが徒労に終わったのが応えたのか、明らかに思考能力が鈍ってきていた。カラスアゲハがいた、というだけのことをわざわざ言葉に表してしまった時点で、僕のツインテールとか餌にしそうな頭が、より精神病棟へと一歩近づいたのは確かだ。

意識を現実に戻すと、ぬえが心配そうな目で、こちらをじーっと見ていた。

 

「……大丈夫?何か、すごい目してたけど……」

 

「あー、うん。それ、元から」

 

腐った死体の目は今だ健在だぜ。

 

「うん……。じゃあ僕、帰るから……。うん。きみも封印されたくないなら都には近づかないようにねー……」

 

「あ……うん。わかったわ」

 

僕の顔を見て微妙に引いたように受け答えをするぬえ。

何だ、そんなに僕の顔がひどいありさまになっているのか。

 

「……嘘じゃないのかもね……」

 

いやあ、確認したくないなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞いてよパルえもん!あいつらひどいんだよ!」

 

「あなたは私に会ったら必ずふざけなきゃ気が済まないの!?」

 

僕の声量に比例するかのごとく、パルスィも声を大きくする。鼓膜の振動が脳や心を震わせて、僕が熱血キャラへとジョブチェンジするかとも思ったが、そんなことはなかった。きっと、震わせるだけの脳や心が無いのだろう。嘘だけど。

……………………嘘だよね?いや、別に昔天音に『心が無い』って言われたのを今でも気にしてる訳じゃないんだぜ?

僕は誰に対して弁解しているのだろうか。自覚したら、ハハッと、決してアメリカネズミではない乾いた笑い声が頭の中に反響して頭蓋骨の一部を破壊した。

笑い声がコエカタマリンなのか、僕の頭蓋骨が硝子細工なのか。

 

「どっちにしろ悲惨だよなあ……」

 

「……全く話の流れに関係なくそういうことを言えちゃう、あなたの頭も随分悲惨だと思うけれど……」

 

「ああ、気にしなくていいよ。こっちの話」

 

「あなたの話は全部、あなたの中だけで完結してそうね」

 

「これでも近所では、自己完結自己満足自己本位の男と呼ばれているんだぜ」胸を張って言ってみた。

 

「褒められてないわよ!」

 

ふむ、ツッコミとしての基礎がすでに出来上がっていて、後は少し応用を加えるだけかな。雑魚面さんと組ませてみても面白いかもしれない。

 

「褒められるようなことはしていませんよ。僕はただ、当たり前のことをしただけです」

 

「あなたの当たり前は非常識すぎるのよ!」

 

「えっ!?子供の頃垂直な壁上って蜘蛛男ごっこするのって当たり前じゃないのか!?」

 

「どこの世界の当たり前よ!」

 

…………え?当たり前じゃないの?壁上って学校の屋上まで行くとか、やってないの?

ボケのつもりで言った言葉で、僕の異常さを思い知らされてしまった。いや、ここは昔だからまだ流行ってないだけなのかもしれないけど、指摘されると不安になってしまう。

しかし、ツッコミがいるというのはいいものだ。

例えば、僕と曖と褥さんと天照と岬ちゃんが五人で会話を始めたら、もうグダグダどころの話では済まなくなる。

……そこにアレが入ると、僕がツッコミに回らざるを得なくなるんだろうなあ。

いやはや、嫌いな奴のことこそ考えてしまうのはなぜだろうか。やはり、人間の感情は好意よりも悪意の方が強いのかなと一考。

 

「そうだ、あなたって、結婚とかってしてるの?」

 

脳内のニューロンが情報伝達に失敗したかのような質問をしてきた。

 

「ふっ、この僕が出来るように思うか?」

 

「……そうね、聞いた私が間違ってたわ」

 

にこっと、雪だるまが見たら蒸発でもしてしまいそうな微笑みで答えられた。

もしやパルスィも岬ちゃんと一緒で、人を罵倒するときに輝くタイプなのだろうか。僕の話し相手の特殊性癖の可能性に一抹の不安を抱きつつ、考えることを放棄。脊髄に口の使用権を譲り渡す。

 

「誰だ僕のことを魔法使い(独身高齢童貞)と言った奴は!」

 

「誰も言ってないわよ!?」

 

「いいや、言ったね!僕にはそういう幻聴が聞こえた!」

 

「幻聴!?結局誰も言ってないじゃない!」

 

今日の脊髄は、元気が良い。何かいいことでもあったのだろうか。

急に、聞き覚えのない、芯の通っていない声が聞こえた。

 

「じゃあ、私が言いましたぁ」

 

その女の子は目に生気が宿っていなく、なんとなく、蛇の抜け殻のような印象を与えられた。三半規管に深刻なダメージを負っているのか、安定を求める現代人へのアンチテーゼなのか、はたまたパッチールの大ファンなのか、足下はふらふらと安定しない。時折、「ゆら、ゆら、ゆらぁー」と呼吸のように呟いて電波を受信している。

どうやら、僕のお仲間だろうか。

 

「へえ、きみが言ったのか。僕に喧嘩を売るとは……いいだろう、買った。…………パルスィ、喧嘩だけど、買わない?今ならお安くしとくよ」

 

「転売しないでよ……。あなたが買った喧嘩でしょう」

 

「ゆらー……喧嘩反対です。私は殺し合いしか推奨しませんよお」

 

十分なカオスだった。

 

「ところで、きみは誰だい?」

 

「私、ですかあ?誰、だったっけ。……………………はっ、鎌切小雪(かまぎりこゆき)だった気が、します」

 

……これには、さすがの僕もプロ電波と認めざるを得ないぜ。

と思っていたら、パルスィが僕の心の代弁を申し出てくれた。

 

「自分の名前をうろ覚えって……彼に匹敵しかねない頭のおかしさね」

 

ちなみに、彼、の部分で僕を見たことは言うまでもない。

はっはっは、同感だ。

 

 

 

 

 

 




化物語の小説も書いてみようかとも思っています。
ええ、他の小説が全く終わっていないのにです。

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