東方虚真伝   作:空海鼠

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こんにちは、空海鼠です。
風邪をひきました。


同類

外に出れるようになって、まずは森へ向かった。特に理由はない。何事にも理由を求めるほうがおかしいんだ。理由なんてなくても「押すな」と書いてあるボタンを押したくなるし、理由なんてなくても扇風機に向かって「あ゙~~~」と、言いたくなる。だから森へ行くのだってきっと理由はないのだ。なぜ森へ行くのか。、そこに森があるからだ。嘘だけど。

携帯電話を紛失した。

その事実に気がついたのは一週間ほど前の夜だった。ふと思い立ち、永淋に携帯電話を見せて「こいつをどう思う?」とか聞いてみることを思いついたのだが、肝心の携帯電話が見つからない。ポケットの中も探してみたが、動物やビスケットや夢やファンタジーがいっぱい出てくるだけで、携帯電話の欠片も見つからなかった。

研究所の内部もそれなりに捜索したのだが、落ちていたら永淋に何かされているだろうと考え、研究所に落ちていたら諦める方向で検討することにした。

となると、残るは森だ。僕がこの世界で訪れたところなど、数えるまでもなく二カ所しかない。

まあ、携帯などかけてくる相手もいないし実はどうでもいいのだが、僕が前の世界で生きていた証である、と好意的に解釈することによってとてつもなく価値のあるもののように見えてくる。というのは嘘にしても、あの世界が僕の妄想の産物ではないという確証を得たかったのは確かだ。

思考をぐるぐると回しながら歩いていると、門に辿り着いた。門番の顔には見覚えが無いでも無いような気がする。おそらく、僕が未来都市に来るときに潜った門なのだろうと予測を立てた。

 

「あの、すいません。森の方に行きたいのですが……」

 

「あーうん。いいよいいよ。妖怪に喰われないようにね」

 

予想以上に適当だった。いつもならお役所の仕事ぶりに感涙の一つや二つ出てもおかしくないというのに、今日出たのは「はい」という短い返答だけだった。

門を無事通過し、森へと出る。『嘘をつく程度の能力』や永淋から教わった霊力の使い方も試したいから弱めの妖怪の一匹でも出てきてくれればいいんだけどと自分本位かつ身勝手無責任な妄想を働かせる。時給は780円だ。

歩きながら一つ一つ個性があるのか疑わしい木々を眺めて金子さんが本当に正しいのかという疑念がふつふつと頭皮に湧き上がってきて汗として滴り落ちる。

 

「みんな違ってもみんないいってことではないんですかね」

 

言いながら、眼球がキノコに固定される。ふむ、毒々しい色でとても食べられたものではなさそうだな。

命を大切にしない昨今の風潮に従って、キノコを蹴飛ばして、折った。

 

「……妖怪なんて非科学的なもの、いるわけないじゃあないか」

 

さて、これで折られたキノコの恨みにキノコ妖怪が地面からにょきにょきと生えてきたらいいなあという希望的観測のもと、体を丸めて防御姿勢をとりながら待つことにした。

約一時間が経過した。

これまでに出てきたものは虫を基本として、あとはせいぜい鳥か小動物だった。小鳥が出てきたのなら鈴も欲しいところなのだが、物資不足の現代、贅沢は言ってられない。

そう思っていると、樹木の影に人影が見えた。

そういえばヒトカゲは火トカゲだけどリザードはまんまトカゲなんだよな。ちゃんと進化しろよ、むしろ退化してんじゃねえかと心の激励という名の文句を飛ばす。

しかしこのヒトカゲさん(仮)、木の陰に隠れててよく姿が見えないな。コナンに登場する犯人のビジュアルになっている。体全体から嘘の香りが漂っているのも仕様なんだろうか。それに微弱だけど妖力も感じる。父さん、妖気です。僕の髪の毛に潜んでいる眼球に心の中で声をかける。

 

「こんにちは」

 

ヒトカゲさん(仮)があいさつをしてきた。意外と礼儀がわかる奴なのかもしれないし、一応あいさつ程度はしてもいいかもしれないと謎の上から目線を発動させ、脳から口に指令を発する。

 

「こんにちワン」

 

あいさつの魔法で返してみた。違う、わざとではない。嚙みまみた。

ヒトカゲさん(仮)はというと何故か狼狽したように慌ててこっちに来ようとするも、木の根っこにけつまずいてそのまますっころんだ。

すっころんだおかげで、全身像が見えるようになって、プライバシーのためのモザイクと変えてある音声は、元に戻ったと考えていいだろう。

紫の浴衣に、紅い和傘。長くて艶のある黒髪は、光が少ない森の中でも何かを反射して光っている。あったまぴかぴーか。

 

「…………」

 

「…………」

 

居たたまれない空気の中、のっそりと起き上がるヒトカゲさん(仮)。浴衣の裾をぽんぽんと手で払い、こびり付いた土を落としていく。

 

「「失礼だけど、お名前は?」」

 

被った。一字一句の間から息づかいまで、ものの見事に一致した。

 

「お名前は?」

 

そして何事もなかったかのように続けられた。スルースキルは日本代表のサッカー選手レベルと見た。まあ、おそらく、そちらからどうぞの意を含んでいるのだとは思うけれど。あと一秒遅かったら被っていたな、きっと。

しかしこの浴衣美人さん、黒髪ロングストレート、浴衣、和傘と僕の好みをことごとく刺激してくるとは。だが、見れば見るほど鏡で女装した自分を見ているような不快感が脳内を刺激し、顔面の筋肉を引きつらせる脳内物質を分泌させる。

 

「佐藤太郎といいます。お好きなように呼んで下さい」

 

「あら、奇遇ですわね。ワタクシは鈴木花子と申しますの。お好きなように呼んで下さって結構ですわ」

 

明らかな偽名だった。名前を名乗るときに偽名を使うなんてなんて奴だ。きっとろくな奴じゃないな。そんな奴にはどんな質問をしてもきっと問題ないだろう。

 

「妖怪が人の形になるには百年以上必要と聞いておりますが、失礼ですがおいくつですか?」

 

前半は嘘だ。人の形になる年数なんて知るか。

 

「実はワタクシ、昨日生まれたばかりですの。ピッチピチですわ」

 

ピッチピチというよりは、ベッチベチの方が擬音としては正しいのではないかという疑問が渦巻いた。そういえば、放り出された和傘は、未だに地面と仲良くバカッポォーをやっているようだ。拾い上げないのだろうか。

 

「そちらはおいくつ?」

 

「五百は軽く超えてます」

 

「あら、それにしてはずいぶんお若く見えますのね」

 

「見た目は子供、頭脳は大人というやつです」

 

「!」

 

鈴木が驚いたように目を見開き、輝かせる。その様子はまるで少女漫画に出てくるキラキラお目々のようだ。これも、外見的には似合っているのだが、彼女がやると謎の違和感不快感が団体様で押し寄せてくる。

そしてそのまま鈴木が満面の笑みでやってくる。何だろうか。僕を食べても美味しくないのに。これは実体験に基づいた話だぜ。腕の肉、まずかった。

 

「……貴方」

 

「何でしょうか」

 

近い近い。顔が近いよ。

 

「当たらなければ」

 

「どうということはない」

 

「右の頬をぶたれたら」

 

「やり返す、倍返しだ」

 

「そんな装備で大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃない、問題だ」

 

ドラクエで王様から貰える装備よりも貧弱だ。装備品は布の服だけ、檜の棒さえありゃしない。これでおそらく鬼子母神とか出てきたら、死亡確定と言っていいだろう。

しかしこれでわかった。鈴木は僕と同じ世界から来ている。というか、鈴木花子という偽名を使った時点で気がつくべきだったんだ。この世界ではまだ鈴木さんは多くないし、花子なんてテンプレートな名前も存在していない。

僕が自分が実は馬鹿なんじゃないだろうかと絶望していると鈴木がゆっくりと口を開く。

 

「貴方、やっぱり転生者なのね」

 

おい、似非お嬢様口調はどうした。途中で投げ出すのは良くないぞ。あといい加減投げ出した和傘拾えよ。

 

「テンセイシャ?馬鹿言うでねえ、オラんち農家だべ。どこにも勤務してねえべ」」

 

意味もなく嘘をつく。

 

「嘘ね」

 

バレたか。まあ、さすがに期待してはいない。あれだけ言っておいて、バレないと思っていたとしたら、そいつはきっと脳味噌が砂で出来ているくらいの馬鹿だろう。

 

「それで、きみ。本名は何ていうんだ?」

 

「キラよ」

 

手首が好きそうだったり赤い兄貴に向かって飛んでいったり新世界の神になりそうな名前だなと感想を抱いてみる。

 

「じゃあ僕はLか」緑色の服にすべきなのだろうか。

 

「ええ。今度一緒に机を燃やしに行きませんこと?」

 

「生憎、僕は夜の校舎の窓ガラス割って回る派だから遠慮しておくよ。机は専門外なんだ」

 

「あら残念。ワタクシ、十五をとうに過ぎておりますので窓を割れない体になってしまいましたの」

 

「おや、きみは昨日生まれたばかりなんじゃ?」

 

「嘘ですわ」とキラ。

 

「嘘だよな」と僕。

 

ふむ、なるほど。そっくりさんだとか、ドッペルゲンガーだとか、そういったことで済ませられそうな感じかな。でも、ドッペルゲンガーだとしたら僕の寿命は残り僅かを振り切ってゼロへと回帰してくるので、出来れば遠慮したいところだ。

そもそも、出会うこととか、関わることさえ遠慮したい。

いやでも顔立ちは整っているし、気にしなければと右斜め後ろから聞こえてきた。

 

「「うーそー…………」」被った「「ぐぬ」」同時に「「いや、何と言うか」」どうすんだよ、これ。気軽に話すことができないぞ。

 

「…………」

 

「…………」

 

お互いが被るのを警戒して、膠着状態に陥る。いや、少し考えて発言すればおそらく被らないのだろうと思うけど、それすら相手と同じ思考になっていそうで発言できない。

さっきまで普通に会話をしていたので、全く同じ思考じゃないことはわかっている。だが、正直、こういったときにどうすればいいのかが、コミュ力が足りないためにわからない。生前、もっと会話をすればよかっただろうかと、今更ながらに後悔行きの船が心の大海原へと出航する。

さて、ここは。

 

「「……じゃあ」」

 

戦略的撤退だ。

僕たちは、同時に右手を挙げ、鏡写しのように後ろ向きで歩いた。

その後、同時に頭を木にぶつけ、くるりと方向転換をして別方向に歩いていった。

……何だったんだ、あいつは。

 

 

 

 

 

 

 

 




冥利とよく似た転生者が登場しました。
ちなみに、この後他の転生者が出る予定はありません……と思っていたんですけどね。これは嘘だ。

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