東方虚真伝   作:空海鼠

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キンクリさん今日もお仕事お疲れ様です。


陰陽師

「今回は迷わなかったぜ、迷わなかったぜ!」

 

う、ううん?何か、テンションがおかしいな。確か僕はこんなキャラじゃなかったはずだ、キャラの方向性を見失ってしまっていると痛感させられる。

今回は迷わなかった、というのも当然である。すでに平安京に住み着いて数年が経っている。

 

「人生とは…迷い道がごとし………いや、これも違う」

 

「何を言っているんですか?浅学な私にもわかるように説明して頂けますかねえ、檜垣(ひがい)さん?」

 

「……これっぽっちもそんなこと思ってないくせに、よく言うね」

 

「いえいえ、私は檜垣さんのことを心から尊敬していますよ。そこに嘘の介入する余地は一寸さえもありませんよ」

 

白々しく、心にも無い台詞を言う、僕の助手の立ち位置である江恵岬(こうえみさき)

 

「むしろ、尊敬しすぎて愛してしまっていると言っても過言ではありません。よかったですね、檜垣さん。こんな美少女が貴方のことを好いていてくれるようですよ?」

 

真っ直ぐに、どこも見ていないような瞳を向けてくる岬ちゃん。ちなみに、ちゃんをつけているのは、『ほーう、檜垣さんは嫁入り前の幼気な娘を、呼び捨てで呼ぶと。いや、いいんですよ、檜垣さんが責任を取ってくれるなら』と言われたためだ。なぜか「さん」はお気に召さなかったらしい。

 

「しかし岬ちゃん、僕に嘘は通じないのは知っているだろ」

 

「ええ、勿論。知り尽くしていますね」

 

少し短めの髪の毛を弄りながら答える。耳に入りやすい、心地良いアルトボイスだ。

 

「ならその嘘をつく意味は無いんじゃないだろうか」

 

うーむ、こんな面白みのない返答しかできないとは、本格的に自分を見失いかけてるな。これは北海道に自分探しへ出かけなければならないのかもしれない。

 

「嘘もつき続ければ本当になるって言うじゃないですか」

 

「………」

 

嘘はつき続けても、所詮、嘘だ。そう言うと、岬ちゃんはアメリカ人を彷彿とさせるオーバーリアクションで肩をすくめ、否定を表した。

 

「わかってませんね、檜垣さんは。真偽なんてものは、所詮は個人の主観に過ぎないんです。ある一方の視点から見て嘘だとしても、もう一方から見たら本当になっていることがありますからね」

 

「随分と抽象的だね。しかし僕という存在は、四方八方どこから見ても嘘つきの、八方偽人と呼ばれるような存在だ。どうやっても本物には成り得ないんだよ」

 

議題のすり替えをして、話題の強制終了を計る。僕の脊髄は、多少衰えはしたものの、まだまだ現役なようだった。

 

「檜垣さんは、檜垣さんの本物じゃないですか」

 

偽物の本物に何の意味がある、とかを適当に言おうとも思ったけど、ニヤニヤ、とまではいかないけれど、にこにことニヤニヤの中間あたりの笑みを浮かべる岬ちゃんが見えた。おそらく、僕の返答も予想しているのだろう。何となく反抗したい気分になったので、ここで一つ全く関係の無い話をしてやろう。

 

「例えば、きみが陰陽術の勉強をして、死ぬほど努力をしたとしよう。だけど、その結果は芳しくなく、岬ちゃんは大成しなかった」

 

「……およ?何の話ですか?」

 

全く予想だにしなかった、という表情に、少し満足する。

 

「ただのたとえ話だよ。たとえば、僕が陰陽術を勉強して、死ぬほど努力をしたとして、結果、都一の陰陽師と呼ばれるようになったとする」

 

「いや、実際、安倍晴明と張り合えるレベルの陰陽師って話題になってますけどね?」

 

「話の腰を折るな。……そして、大成した僕は、きみにこう言うわけだ。『人間、努力すれば何でもできるものだ』」

 

「……うっわー。知らないって、残酷ですね。…………で、どういうことですか?」

 

「現実は理不尽で非情だってことだよ」

 

別に、悪いことではないのだろう。現実に救いが無くても、なんだかんだで生きていける。

話題を逸らすことには成功したようで、岬ちゃんはさっきから、目を閉じて何かを考えるような仕草を見せる。そして、くっくっくと堪えるように笑い出した。僕が下らないたとえ話を話す様子は、そんなに滑稽に見えただろうか。お喜び頂けて光栄の至りというところかな、これは。

 

「……やっぱり、檜垣さんは面白いですね。貴方を選んで良かったと心から思いますよ」

 

岬ちゃんが、独り言の様に呟く。

表情の薄く、何も見ていないような暗い目。そこに微かに、愉悦のような光が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、檜垣(かい)様。是非とも貴方に頼みたいのです」

 

どっかの貴族の使者と思われる人が、熱心に頭を下げてきた。これほど熱心に頼まれると、こちらとしてもお断りをしたくなってくるのが人情というものだ。大して話は聞いていなかったが、ここはとりあえず断ってのんびりと真っ昼間から酒を飲む、無職ごっこを「いいでしょう」おい、誰だ。今回ばかりは僕の脊髄は悪くないぞ。

誰かと思った声は、岬ちゃんだった。何ということをしてくれたのだ、僕のニートタイムが台無しになってしまった。

 

「困っている人を檜垣さんが見捨てるはずがありませんよ。ね、檜垣さん?」

 

「いや、普通に見捨て「このように、檜垣さんは正義感の塊のような人なので、是非ともお受けしたいと言っているようです」

 

勝手に承諾されてしまった。貴族の使者風の男も「ありがとうございます、ありがとうございます…!」と僕の意向を完全に無視してお礼を連撃のごとく繰り出し、僕の逃げ道を塞ぐ。コンボが十二まで続くと、使者さんは顔を上げ「では、よろしくお願いしますね」と言って去っていった。

 

「………岬ちゃんよ、本人の了承なしに勝手に契約をするのは犯罪なんだけど」

 

「この時代にそんな法ありませんよ」

 

そりゃそうだ、と思い立ちしぶしぶと岬ちゃんから依頼の概要を聞く。

 

「…聞いてなかったんですか?まったく、檜垣さんは本当にどうしようもないですね。いいですか?ちゃんと聞いてますか?今度は聞き逃さないで下さいね?……最近、都で、夜な夜な奇妙な鳴き声が聞こえる「ああ、うん。わかった、もういいや」いや、話くらいはきちんと聞きましょうよ」

 

平安京、夜、鳴き声とくれば鵺だ。考えるまでもなくわかるし、おそらく僕が東方というものにあまり関心がなかったとしても知識として知っていただろう。

節々の痛む体を動かして、のそのそと億劫そうに蠢く。その様子を見た岬ちゃんが「弱った蜘蛛のようですね」と比喩を用いて遠回しに罵倒する。あながち、間違ってると言えないけど。

 

「どこに行くんですか?天国への階段はそちらではないですよ?」

 

「あ、そういえば、案内役も必要か…よし、岬ちゃん、行くよ」

 

「どこへですか?」

 

本気で不思議そうな顔で聞いてきた。いやいや、この流れで行くって言ったら一つだけだろう。

 

 

「現場百回は、基本だろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近、体調の崩し方がぱないです。

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