東方虚真伝 作:空海鼠
はろーはろー。こんにちは。
……なぜだか、一応あいさつしておかなくてはならない気分になったわ。頭の病院へと日常的に通う日も近くなったということなのかしらね。
青い空、白い雲。呆れるほどのいい天気。こんな日には家でのんびりごろごろと自堕落にゲームでもしていたいけど、家から追い出されたくはないのよね…。そんなわけで、お買い物。
ときに、続編とか過去編とかパート2とか二期とか復活とか新章とか番外編とか外伝とかスピンオフとかリバイバルとかが多すぎると阿良々木くんがアニメで言っていたけれど、むしろ逆に増やしてみようという新しい心意気を持つことを信条としている、という嘘をなぜか思いついたわ。
ワタクシの名前は朝霧曖。先月十八歳になったばかりの、知る人ぞ知る穀潰しですわ。
………………知る人ぞ知る、というのは嘘だけど。それほど知り合いがいないのよね、私。引きこもりだし。
「お姉ちゃん、買う物。憶えてる?」
隣を歩いている妹が、ジト目で聞いてきた。む、憶えていないと思われているわね。ここは姉としての威厳と尊厳を取り戻すべく、正解して一千万円をゲットしなければ。
「勿論よ。螺子と鋏と乾電池よね」
「それでどうやってシチューを作ればいいのか教えてくれるかな!」
「えー、ほらこう……、トンカチとペンチを持って」
「どうやって作るのかな!」
本人的に大切なことだったらしく、二回言われてしまった。
どうでもいい会話を流し、妹がさらにどうでもいい会話を提供してきた。
「…そういえば、一昨日、この町で轢き逃げ事件があったらしいけど、お姉ちゃんは知ってる?」
「……へぇ」日々の情報源がインターネットな私には、地元のローカルなニュースはあまり耳に入ってこない。当然、初耳。
「お姉ちゃんと同い年で、個性的な名前の人が死んだらしいから憶えてたんだけど」
「で、その名前は?」
「加崎……冥途、だったっけ?多分、そんな感じ」
なるほど、変な名前ね。妹の記憶違いかとも思ったけれど、最近の名前は珍妙だから実際にそうなのかもしれないと思い至った。私そんな名前だったらきっとグレる。いや、本当に。
妹の話に適当に相づちを打ちつつシチューの材料を買いにスーパーのある方向へと進撃していく。赤信号を待っている最中、不意に妹が切実な声で話しかけてきた。
「あのさ、お姉ちゃん」
「お金なら貸せないわよ。私は親の脛どころか骨の髄までしゃぶり尽くす勢いの、エリート無職だから」
「いや、そうじゃなくて…ていうか、働けよ。………いや、違う。今言いたいのはそうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
妹の言うことを、無意味に反復してみた。言ったことをオウム返しにするだけでも会話が成立するのだから、日本語って難しそうに見えて簡単よね。
妹を見ると、上目遣いで、同姓の私でもクラッときてしまうような表情をしていた。これで男を騙すスキルはほぼ全て妹に揃ったと言っても過言ではないわね。過言ではないけれど、嘘。
「外に出るのに、浴衣着るのやめてくれない?……すごく目立って、回りの視線がアイタタタ」
「よそ行きの服がこれしかないもの。クレームなら後日担当までお願いしますわ」
「お嬢様言葉使うのやめなよ…。ただでさえアレなのに、その言葉遣いだったら胡散臭さがストップ高だよ」
「ふふふ、今が売り時ということですわね」
「だーかーらー」
視覚情報を脳に送り、信号が青になったと判断して妹と一緒に横断歩道を渡る。
横断歩道の白い部分以外を歩いたら死亡、という小学生の遊びがあるけど、生まれた時から捻くれていた私は当時、黒い部分のみを歩くという遊びに没頭していた。懐かしの記憶を脳内に上映していると、気がついたらスーパーに到着していた。この時代のキングクリムゾン技術には目を見張るばかりね。嘘だけどー。
スーパーに着いたはいいものの、何を買うのか、またど忘れして妹に尋ねる。
「えーと、マグロとフライドチキンと餃子だったかしら」
「うーん、食べ物ってとこは近くなってるかも」
お褒めの言葉を頂いた私はえっへんと胸を張り「ちっさ」妹に曖ちゃんキックを華麗に決めた。
「それで、何を買うのかしら」
「人参とじゃがいも、あとシチューのルーと牛乳」妹が、蹴られた腰をさすりながら答える。
「なるほど、カレーね」
「シチューだって言ってんだろ」
妹の視線が人を殺せるレヴェルに達したところで、逃げるように別の話題に方向転換をする。
「ヘイ、マイリトルシスター」
「何さ、マイオールドシスター」
「シスターっていったら修道女のことなのに、ブラザーが神父を表さないのはおかしいと思わない?」
「男女差別甚だしいね」
「さらに洋画とかでは『ヘイ、ブラザー!』って人類皆兄弟を地球規模で巻き込もうとしているけれど『ヘイ、シスター!』とは言わないのよね」
「言わないね」
「あれって女に対して言うときはどうするのかしら?ウーマンブラザー?」
「女兄弟、不思議な響きだね」
「男なのか女なのかはっきりしてほしいわよね、女カメラマンとか、バットマンレディーとか」
「その辺も考慮して、ウルトラの母の本名はウルトラウーマンマリーなんだって」
「本名があるとは。そうなるとむしろ初代ウルトラマンの本名が知りたいわね」
「『本名などとうに捨てた』ってやつなんだよ、きっと」
「固ゆで卵ね」
よし、煙に巻けた「とか思っているのはお見通しだ」訳ではなかったようね。
目つきを鋭く尖らせる妹に、手の平を見せて、物を要求する仕草を表す。
「……何さ、この手」
訝しむような目で見てきた。それにしても、訝しむってなんか語感がいいわよね語感が。
「幻想を殺すこともできなければ謎のエネルギー弾を発射することもできない、至って普通の右手よ」
「そうじゃなくて」「私の右手には何か異常が宿っていると言うの!?」「何を要求しているのかってこと」
おおう、ボケをスルーされるとは、中々やりおるわ。まあ、このまま黙っていてもただ痛いだけなので説明はしておきましょう。
「お金よ、お金。まさか
「え、お姉ちゃん、持ってきてないの?」
「え、妹も持ってきてないの?」
目を見合わせ。
妹がポケットに手を入れる。
三十六円。
再度目を見合わせ、180°ターンする。
それから、全力ダッシュ。
お金を忘れちゃ買い物は出来ない。この当然の論理に従うべく、妹と共に走る走る俺たち。当然と言っては何だけれど、純正ニート@着物である私が極めて健康的な生活を送っている妹に足の速さで敵うわけがないので、遅れる。
数十メートルで息切れを起こし、もう二度と走ることができない体になってしまった。嘘だけど。
立ち止まった場所は赤信号で、妹は横断歩道をすでに縦断し、家へと直行していったようね。
普段はやたらと長いのに、息を整えている間だけはすぐに変わる赤信号。何という捻くれ者なのかしら。
「それでも青信号になったら渡りたくなるという人間心理……」
息も切れ切れに呟く。
それが最後の台詞だった。
突然吹っ飛ばされて、続いて激痛。
頭首肩腕腹膝足余す所なく痛みが襲い、死が私を手招きしてくるのが見える。まさかスタンド攻撃を受けたのかしら。実は私には隠された能力があって、それを狙った誰かにやられたという線もありね。あっはっは、嘘もこれでつき納めかしら。
言葉を発しようとしても、声が出ない。
立ち上がろうとしても、体が動かない。
霞む視界の中で、私を轢いたと思わしきトラックが逃げていくのが見えた。
ああ、そういえば、一昨日、轢き逃げ事件があったらしいわね。もしも、もしもそれが殺人目的だとしたら、犯人はそれをもう一度繰り返すのかしら?
真実を、私は知らない。知ることもできなくなるでしょうね。でもまあ、いいでしょう。真実なんて嘘で塗り固めて偽物で脚色したフィクションなんて、私は望まない。
そんなことより、今日の夕飯と明日発売の新作ゲームの方が望んでやまない存在だ。
死ぬ時に走馬燈のように自分の人生が脳内を駆けめぐるとは誰が最初に言ったのか、私はその人物を自分のことを棚に上げて嘘つき呼ばわりしたくなった。
走馬燈は、見えない。
そして、視界はどんどん暗くなっていき。
私に人生は、ここで終了した。
さようなら、また来世でお会いしましょう。
気がついたらクリスマスが終了していた。