東方虚真伝 作:空海鼠
『冥利さんですかー?いや、冥利さんしか聞けない設定にしているから、大丈夫だとは思うんですけど、一応。えー、冥利さんがこれを聞いてるということは、多分私はもう死んでると思いますけど、もし生きてたらそれ捨てて下さい。本当に恥ずかしいんで』
絶え間なく聞こえてくるお札からの声に、楓がジト目で僕を見てきた。
「……せんぱい、本当は本当に加城冥利じゃないんですか?」
「いや、きっと」『もし誰かと一緒にいるなら、正体を偽ってる可能性が高めですねー。始めて会ったときも偽名使ってましたし』
僕の弁解は哀れにも、幽華の言葉に押しつぶされて消えた。それと同時に楓からの疑惑の視線も増加する。ああ、倉庫の中に何の罠も警戒せずに入っていったあの頃の楓はどこへ行ったんだ。
『第一、冥利さんじゃなきゃ結界の封印、解けないですしね』
あっはっは、もうごまかせねえや。
「…………せんぱい?」
「いや違うんだこれは僕の波動とか波長とかが彼のそれと著しく酷似していることを前提としてごめんなさい嘘でしたホントすいません」
「……いや、薄々気がついてはいましたけど」
表面上は平静を装ってはいるが、目が五十メートル自由形をバタフライで泳ぎ始めたので、おそらく気がついていなかったのだろう。だが、眼球の動きだけで水中をカワハギのように泳ぐ行動にはさすがの僕も感服せざるを得なかったのでその辺は見逃すことにした、嘘だけど。
だからといってわざわざ気がついていなかっただろうと指摘するほど幼稚な精神の持ち主ではないため、数秒考えて、やはり指摘しないことにした。
『えー、それで、こっから先はひどく個人的な話になるんで、できれば冥利さん以外の人は聞かないで欲しいんですけど。……………………………………………えー、そろそろいいですか?』
「個人情報保護法を適用しよう」
あまり使いたくはなかったが、能力を使用して、楓に声が聞こえないようにする。
「……あれ?何も聞こえなくなりましたけど……せんぱい?せーんぱい?」
楓が、あざとく僕の袖をくいくいと引っ張ってきた。あざといとは言っても、目がさっぱり笑っていなく、むしろ獲物を見つけた猛禽類あたりのそれに近い感じしたので、僕も負けじと昆虫の魂を目に宿らせて対抗した。
『……さて、話しましょうか』
珍しく、幽華(のお札)が真面目な声色で話し始めた。
あの幽華が真面目になるような話題なのか、と思わず身構えてしまう。
『おそらく、冥利さんの知らないことだと思いますし、知ろうともしないことだと思いますし、知りたくもないことだろうと思います』
随分な前置きをしてくれる。その前置きを聞いて、僕はどうすればいいんだ。耳でも塞いでろと言うのだろうか。
「せーんーぱーいー?聞ーいてますかー?」
楓が間延びしつつも恨めしそうな声を出し、僕の腕を掴む手に力を入れる。腕をゼリー状にして驚かせてやろうかとも思ったが、能力の無駄使い甚だしかっため、やめておいた。
そんな状況を知りもせず、幽華は話を進める。
『冥利さんがこれを知っても、どうせ「それで僕にどうしろと言うんだよ」とか言うと思いますけど、それでも、知っていて欲しいというだけで、極めて自分勝手に貴方に言います』
「…………」
言いたいことはいくつかあった気がしたが、どうせ届かないので、口を噤む。
『実は』
たっぷりと数秒は溜めてから。
『博麗霊華は、冥利さんのことが好きだったんです』
最悪の台詞を発した。
「……楓、もう遅いから寝よう」
能力を解除し、倉庫から出ながら楓に向かって呼びかける。
「………どうしたんですか?というか、大丈夫ですか?目が死んでますよ?」
「それは元からだ」生前、天音から頂いた評価の一つでもある。
「……いや、確かにそうですけど、さらに酷くなってます。前が死体の目だとしたら、今は腐った死体の目です」
僕は今、そんなにザキ系の呪文が効かなさそうだろうか。あなたもやっぱり腐ってない死体の方がお好きですか?
………………よし、まだ僕は大丈夫だ。まだ、壊れていない。
立ち止まり、目を閉じて素数を数える。別段、落ち着くわけではないが、馬鹿なことをやっているという認識が発生して、壊れるのを未然に防ぐ効果が期待できる。
目を開けると、楓が僕の顔を覗き込んできていた。きゃー、楓さんのエッチー。
「……あれ?元に戻りましたね。見間違いだったんでしょうか」
「ああ、僕は目を死体と腐った死体と死んだ魚、三つのバージョンに変えることができるからね」
「どれにしろ死んでるんですね……」
そりゃあ、一度死んだ身だしね。目が死んでようと全く不思議ではない。いや、全部天音とあと山田だか鎌田だかが生前僕に下した評価なんだけど。
「そういえばそれ、どうするんですか?」
楓が、僕の持っている使用済みのお札を指さして言った。
「あー、とりあえず破こう」
びりびりびり、細かく紙くずになるまで破いた。楓が非難するような目で見てくるけど気にしない。
「………ところで、どんな内容だったんですか?誰にも言いませんから教えて下さい」
「言ったら翌日、クラス中に広まってることになるから言わない」
『誰にも言わないから』ほど信用できないものは、政治家の言葉と、僕の言葉くらいだろう。
楓が頭の上にクエスチョンマークを浮かべるが、解説を付け加える必要は無いだろう。
「まあ、どうせせんぱいの言うことに意味なんてないでしょうしね」
「そういうことだよ」
「じゃあ、帰ってご飯でも食べましょうか」
「いや、僕は出雲でたらふく食べてきたからいいよ。それよりもさっさと寝たい気分だね」
そうして、他愛もない会話を済ませながら、神社に戻った。
夜中、目が覚めた。
いや、覚めてないだろうか、どっちでもいい。
吐き気を催して、なお余りある不快感を堪えて自分の首を絞めてみる。息が詰まり、手を離して咳をした。
不快感は消えない。
布団の温もりを放棄して、起き上がった。
嘘だけど。
嘘じゃないけど。
嘘じゃない、嘘じゃないよ!僕だって嘘をつかない時ぐらいあるさ、人間だもの!嘘だけど。
首をコキコキと鳴らし、肩こりの解消を試みようとした。嘘だけど。
あれ?僕なんでこんなことにも嘘ついてんだ?いっみわっかんなーい。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。
あー、人に好かれたい。
嘘だけど。人に好かれ続けたら壊れてしまうくせに。
僕によく似た何かが訂正を入れてきた。
そんなわけないだろう、誰が好きこのんで辛い道を進むんだよ。そんな道を進みたがるのは、馬鹿かマゾか登山家だけだ。
嘘だけど。適度に自分の心を傷つけないと、自分に心があるのか不安になるくせに。
いやいや、僕にだって心ぐらいあるさ。じゃないとこうして考えることもできないんだぜ?
嘘だけど。心が無い人間だって天音に言われたのを、今でも気にしているくせに。
自問自答。
自縄自縛。
自傷自爆。
そんな問答を無意味に積み重ねる。
そうだ、意味なんてない。意味なんてないから僕が生きている意味はなくて生きている必要だってきっとなくて不快感は消えない頭を掻き毟り雲脂が飛び交う中ぎぎぎと壊れた機械のような音が口から発せられきっとそれだって無駄なことで無駄無駄無駄無駄無駄なことは嫌いなんだが僕の生きている全てが無駄であってそれは僕の言葉を消し去り不快感は消えない眼球を解放し僕の心を蝕んでいく蛆虫の五寸の魂を霞のかかる頭に移植して淡泊でもいいわくましく育ってくれれば竹を採りつつ万のことに使い蹴ることは悪いことだボールは友達だから蹴っていいというのは小麦粉を練った頭の男に愛や勇気を缶蹴りの缶に使用しろと言うのと同義であり攻撃は最大の防御ディフェンスに力を入れるなフォアードに力を入れたいのは山々だけれど山の木を切って森林伐採に精が出る砂漠を広げるな大風呂敷を広げろ広げた風呂敷は畳まずに不法投棄だ自然を壊すことを仕事にする世界中の皆さんの真似をすることを仕事にしたいと願う嘘をつく僕は偽証罪に問われる答える不快感は消えない言えない癒えない傷はいつまでも僕を壊し続ける直し続ける狂い続かない終わる僕を笑う周囲も見えない恋は盲目なら盲目も恋の滝登りを千尋の谷に突き落とし手を伸ばしマッチポンプを消火せずに放っておく火のないところに煙を立て火のあるところに油を注ぎ油分を補給レギュラー満タンで不快感は消えない存在の確立を目指す目が潰れる盲目になる恋になる千尋の谷に突き落とされるスパイラルを延々と繰り返し終わらない八月を何度でも何度でも何度でも呼ぶきみの声はもう聞こえなくなっていく難聴系の主人公らしさというものを補正に登録してアドレスを入力終了もうお終い終わることは悪いことじゃない滅びはまた新しい始まりへと続かないのが僕の人生を振り返る走馬燈を見たことが無いものは無いから与えられぬ物を要求したくなる人間心理は僕へと不快感は消えない目玉を掴みぶじゅりぶちぶちむしゃりごっくんいつまでも消えない不快感は消えない不快感は消えない不快感は消えないいつまでもいつまでもいつまでも外を見る星空に手を伸ばす手が届く嘘だけど不快感は消えない助走をつけてガラスの無い窓から飛び出し僕に翼は無いけどきっと今なら空も飛べるはず。
嘘だけど。
抉れた肩から黄色いねばねばした液体がうじゅうじゅと湧き出してきた眼球を動かして現状の整理を試みようとするが片目がない隻眼キャラになったのかと不快感は消えない僕を集合させて痛む肩の回復に努めないもう肩なんて爆発してしまえ何言ってるんだこれは僕の肩だ僕以外が爆発させることは禁じられている僕だからいいじゃないかいや僕は僕だからお前は僕ではないことは僕にだってわかるいやそれは違う僕は僕だがきみが僕であることによって僕は僕へと僕に僕らしく僕なわけだそれなら僕は僕で僕じゃないと言うのかふざけるな僕は僕が僕の僕に僕として僕から僕まで僕へ僕にも僕へと僕らしさを僕と僕たちを僕らに僕だって僕になる僕だけど僕の僕による僕のための僕らは僕こそ僕を僕僕が僕に僕僕僕僕僕僕、嘘、僕僕僕だから僕なのに僕なのではないだろうかと僕ががががが僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕で僕僕にも僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕からは僕僕僕と僕僕にまで僕僕僕から僕僕僕僕僕僕と同じに僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕らしさを僕になら僕僕僕僕僕僕僕僕僕ということも僕僕僕僕僕僕僕僕僕が僕で僕を僕に僕まで僕僕僕が僕僕僕僕僕僕を僕に僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕なら爆破しても構わないよな僕だから。
ちゅどーん。
僕がゲシュタルト崩壊してきました。