東方虚真伝   作:空海鼠

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最近、筋肉痛が二日、三日後にきます。
………僕、学生なんだけどなあ…………。


逃亡

『現実から逃げるな』とか、『逃げてばかりじゃどうしようもない』といったような言葉を、よく生前は目にしていたし、耳にもしていた。まあ、大抵は漫画小説アニメラノベドラマあたりからだけれど、兎に角、割と馴染み深い言葉ではあったわけだ。

けれども、僕はこの言葉に真っ向から異議を唱えたい。前述のメディアあたりでは、まるで逃げることは悪いことだ、いや、邪悪だ、いやいや吐き気を催す邪悪だとまではいかないけれど、少なくとも、良く描かれることはあまり無い。確かに、戦場なら敵前逃亡は軍法会議もので、第一級だか第二級だかわからないけれど、なんか罰せられる。罰せられるなら、おそらくそれは悪いことなのだろう。僕は権力とか法律とかには弱いのだ、多分嘘だろうと思うけど。

だが、僕が言っているのはあくまで現実の話だ。現実逃避などの話なのだ。

例えば、目の前に熊がいたとしよう。正真正銘、完璧に完全無欠の熊。種類はどうでもいい、あー、とりあえず、グリズリー……うん、グリズリーということにしよう。なんか、凶暴そうだし。

そしてそのグリズリーは、自分を見て、腹の虫を大音量でリサイタルさせるほどお腹が空いている。

さて、この状況でも逃げるな、戦えと言えるのか?

戦ったらほぼ百%殺されてこの死体は後日スタッフが美味しく頂きましたというテロップを入れざるを得ないようなことになってしまう。とても言葉では言い表せないようなグロッキーだ。嘘だけど。

死んだら終わりだ、もう続きはない。死んで生き返るなんて珍しいエクスペリエンスができるのは、僕のように超絶運の良い一握りだけだ。嘘かどうかは検討中である。

それは心だって同じことだ。壊れたらお終い、一生かかっても戻ることはおそらく無いだろう。

だから心を意図的に狂わせて、壊れないように現実から目を背けることは、逃避なのだろう。だが、それを一体誰が責められよう。現実を見たら、壊れてしまう。壊れてしまったら、取り返しなどつかない。それがわかっているのに、『現実から逃げるな』なんて言える人間がいるだろうか。

逃げることは、決して悪いことじゃない。

立ち向かって死んでしまったら、それこそ救いようがないから。

逃げたら、また向かい合うことだってできるだろう。

だからきっと、逃げることは、必要なのだ。

 

「……という嘘を即興で思いついたんだが」

 

「……よく逃げてこれましたね」

 

「ふはははは、僕は脱走の達人だからね」

 

「いや、誉めてませんて」

 

あきらかに誉めたニュアンスであるはずの言葉を発したというのに、誉めてないなどと意味不明なことを、博麗楓は言った。

あれから僕は、食べ物を食べるだけ食べて脱走を図り、見事博麗神社へたどり着いたのだった。

………なんか、こう表すと僕が悪者のようだが、実際は僕は被害者である、主に天照の。

長い長い神社の階段を上りながら、楓は言う。

 

「というか、出雲まで連れ去られて、また戻ってくることができるなんて、せんぱい、何者なんですか?」

 

「うーん、そうだねえ……、例えば」僕の偽物の「偽物とか」

 

「……適当な返答のくせに、なんとなくしっくりきますね」

 

楓が平坦な、起伏の目立たない口調で微妙な同意をしてきた。そして、歩みを進める途中で段差に躓き、転んだ。肘をちょうど階段の角のところにぶつけたらしく、痛そうに肘をさすり、恨めしそうに僕を見てくる。

 

「………せんぱい、女の子が転んだら、きちんと受け止めて下さいよ。せんぱいのせいで負う必要性のない怪我をしちゃったじゃないですか」

 

「生憎僕は男女平等主義者でね。人類皆平等だということを僕ではない誰かの犠牲によって成し遂げようとしているのだよ」

 

「屑ですね」

 

「残念、塵だ」

 

天照との会話以下があったせいか、この下らない会話がなぜだか中々楽しく感じた。うーそ。

長すぎる階段をようやく上りきり、見慣れた神社へと到着する。すると楓が何かを思い出したように、ぽんと手を打ち言葉を投げかけてきた。

 

「そういえば、あそこの倉庫って、絶対に開かないし、壊せもしないんですよね」

 

……あれ?あの倉庫は、僕が鎌鼬を閉じこめた場所とは別の場所なんだけど……。

大して興味もなさそうに、楓が続ける。

 

「どうです?せんぱいなら開けることができたりしませんか?」

 

「あー、多分できるとは思うけど」

 

「じゃあ決まりですね」

 

僕の話を最後まで聞かずに結論づけられる。まあ、天照よりは人の話を聞いているので良しとしよう。だが、僕は今体力が少ない。いや、別に能力を使うこともできるけど、僕は無駄に疲れて、それを楽しむような倒錯的な趣味は持ち合わせていないので、適当に霊力込めてそれでも開かなかったら「ごめん、無理だった」とお茶を濁すことにしよう。

そう思い、ほんのちょっとだけ霊力を腕に込めて筋力を強化して、扉を思いっきり引く。

 

「あぐぇ!?」

 

潰れた蛙のような声を上げてしまった。実は僕は潰れた蛙の大ファンで、無意識のうちに物真似をしてしまうのだ。うっそでーす☆

本当は、扉があまりにもあっさり開いたために、転んでしまい、それに伴って口から発せられた音声であることを追記しておこう。

 

「………………超あっさり開いたんですけど、楓さん、それについて何か言うことは?」

 

「…いや、まさか本当に開くとは思いませんでした」

 

何とも無責任な発言だ。これは年長者として叱らなければと僕の心の中の教師の魂が熱血的に夕日に向かって吠えたけれど、残念ながら夕日はもう沈んでしまったので、不発に終わった。

しかし、絶対に開かないし、壊せもしない扉があの程度の力で開くのも不自然だ。倉庫の中に入り、目だけを動かして周囲を探る。少々暗いが、何があるかを探るには問題ない明るさはある。

 

「えー、何か見つけました?」

 

楓が、のんきな声色で聞いてきた。

倉庫の中にあったのは、四角い、木でできてるであろう箱と、その上にあった、一枚のお札だった。

それ以外には何も無く、空間の無駄遣いとしか言いようがない、土地の贅沢な利用法だと感想を心の中のみで漏らす。

 

「木の台とお札。それ以外には何もないね」

 

必要最低限の情報を伝え、他に何かないかを探すように、目をせわしなく動かし続ける。

 

「入りますよー」

 

空気を読まない声が倉庫へと領域侵入を果たし、僕の背後に忍び寄ってきた。そしてその声は、警戒心猜疑心などを臆面も見せずにお札を手に取り、眺める。不用心だが、やはりそこは専門家。少し見ただけで「これ……通信用のお札ですね」と、見破ってしまった。

 

「…通信用?何でそんなものがこんなところに?」

 

ただの通信用のお札なら、ここに置いておく必要はないはずだ。それとも、当時はこの通信用のお札は希少価値が高かったのだろうか。そんな目を向けてみると、楓はふふんと少し得意げに話し始める。

 

「このお札は、ただの通信用のお札じゃありませんね。声を残せるような仕組みになってます。有り体に言えば録音札ですね」

 

この時代にその言葉は有り体なのかと疑問に思うが、まあ、そこは気にしない方向で検討しようと脳内会議の結論を決めつける。

 

「……それで、何が録音してあったんだ?」

 

「いや、それがわからないんですよ。なんか、結界的なものが邪魔になっています」

 

「結界的なものね……」

 

何気なく呟き、問題のお札を手に取る。

その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

『お久しぶり、ですね。冥利さん』

 

 

 

 

 

 

 

初代ニート様の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 




本編より、後書きの方が文章を考えるのに苦労します。

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