東方虚真伝 作:空海鼠
「やっと着いた………」
こんにちは、三日三晩迷子を堪能していた、泰外江こと加城冥利です。
目の前にある建物は、出雲大社な訳だが………なんか、出雲大社の前に変な人が仁王立ちしていた。変な人と言っても、そのまんまただの変な人ではなさそうだ、全身から神力が満ちあふれている。神力も滴るいい男ということなのだろうといつものように勝手に決めつける。
「やっと来たか」
男が、それなりにイケメンな顔をうんうんと頷かせて言ってきた。おそらく、その言葉は僕に向けて発せられたものだから………つまり、この男は三日三晩ここで立ちつくしていたのか。いや、多分嘘だろうけど。
「遅かったな、三日ほどか?ここで待ち続けていたぞ」
嘘じゃなかった。何なんだこの男は。
「ええ、ちょっと人生という道に迷い続けていまして」
「はっはっは、天照の言うとおり、中々に面白い奴だ。なるほど、気に入ったぞ」
気に入られてしまった。僕としては一言二言会話するだけで、面倒臭そうだなあと感じることが出来るような偉そうな男とはあまりお近づきになりたくないと思うのですが。
変な男改め偉そうな男は、そんな僕の考えなど知るよしもなく快活そうに笑うと、「まあ、入れ入れ」と手招きして、僕を出雲大社の中に招き入れた。
いや、とりあえず名乗れよ。
「さて、さっきは言いそびれたが、俺はこの神社に奉られている神、大国主命だ」
やたら長い廊下を歩きながら、偉そうな男が名前を名乗ってきた。この偉そうな男は、どうやらかの有名な大国主であるようで、こんな偉そうな男があの神様なのかと世の中の理不尽を痛感する。もしこの世に神様がいたとしたら、そいつはきっと無能かクズだろう、僕だけど。
偉そうだから神様なのか、神様になったから偉そうなのか。卵が先か鶏肉が先か、みたいな話である。いや、この場合は間違いなく卵が先だけど。
一応、大国主は名乗ったし、僕も名乗っておくべきだろうか。
「僕は泰外江と言います」
端的に、自己紹介をして、少し歩いた後、大国主が立ち止まった。そして、何かを考え込むように、顎に指を当てた。
「どうしたんですか?顎でも悪いんですか?」
「…………いや」
半ば頭がおかしいのではないかと疑われるようなことを言ってみたが、反応が薄い。きっと大国主がリアクション芸人になるには、並々ならぬ努力が必要だろうと大国主の未来を憂いてみた。
「泰外江…?加城冥利じゃなかったのか?」
「………いえ、僕は泰外江ですよ。唯の旅人。天照に拉致られました」
言ってから、僕はまだ天照の名前を聞いていなかったことに気がついたが、大国主はまだ顎に手を当てむむむと唸っている。アホでよかった。
大国主は、たっぷりと数分考えた後、「まあ、いいか。貴様も参加するがよい」おい。部外者入れるなよ。
けれども遠慮する理由もないので無難に「おいしいものを要求します」と言っておいた。
長い長い、というか、外から見た外見よりも五倍くらい長い廊下を渡りきり、大部屋へと入る。
扉を開けると、中はがやがやとお祭り気分のごとく盛り上がっていた。騒々しい騒音に少し顔をしかめ、入室する。
「あ~……?随分酔ったみたいだね……。何か冥利が見えるよ……」
聞き覚えのある、ロリ声が僕の鼓膜を揺らした。声のする方向を見ないようにして食べ物のある方向へと直進「おや?本当にいるじゃないか」できなかったぜベイベ。
「え?本当に?私が飲み過ぎたとかじゃなくて?」
諏訪子が惚けた表情をしながら目を丸くするという、忘年会とかで使えそうな技を披露する。中々器用なようだ。
「何を言っているんですか?僕は泰外江といって唯の旅人ですよ」
「嘘だね」
諏訪子が即答で僕の嘘を看破した。どうやってごまかそうかと、目玉がぎょろぎょろと上下左右に反復横跳びを開始する。ぽくぽくぽく、ちーん。
「嘘だけど」諦めて、白状することにした。
「おお、やっぱり冥利か~…あはははー」
諏訪子が、抱きついてきた。なんだ、流行っているのか、抱きつくの。
そんな余裕のあることを考えつつ、実は結構余裕がない。鳥肌蕁麻疹冷や汗が僕の肌の上でパレードを始めてあれこんなこと前にもあったな具体的には三日前ぐらいにと意識が現実つ見つめ合うことを放棄し始める。
「あぎゃばぶべぼびびでばびでぶぶぶぶぶ」
魔法の呪文でも唱えそうな感じの音が口から発せられ、それと連動するように諏訪子の抱きつく力が強くなる。くそ、使えない呪文だ。
「これこれ、諏訪子。苦しがってるじゃないか」
見かねた神奈子が諏訪子を引きはがし、僕に自由と開放を与えてくれた。ありがたや、ありがたや。
諏訪子が「あー…うー……」と酔いが回って呂律が怪しくなってきている口で呟く。おい、神様だろ。もう少し酒に強くなれよ。
「…ありがとう、助かったよ」
「……しかし加城冥利、大和の神、二、三百人ほどを容易く蹴散らしたお前ほどの者が、諏訪子ごときに不覚を取るとはな」
まだあの時のことを根に持っているらしい。
「あー……昔から、必要以上の肌の接触があると虎と馬が僕の頭を駆けずり回ってだね…」
「そうなのかい」と神奈子は興味なさそうに頷くと、徳利を少し上げて、酒でもどうだ、とジェスチャーでの会話を推奨する腕の動きを見せる。僕としては酒は大好物の一つなので、頂くことにした。
「うむ、中々おいしい。誉めてやろうではないか」
「はいはい、ありがたき幸せ」
神奈子が、手慣れたように受け流す。……諏訪子の世話は、そんなに大変だったのかと予想してみた。いや、もしかしたら天照かもしれないな。あれはあれで世話が大変そうだ。
「…で、お前は一体何者なんだ?」
「ある時は妖怪、ある時は人間、またある時は神様、またまたある時は仙人。しかしてその実態は…正義と真実の使徒、加城冥利くんであーる」
「………」
おおう、絶対零度の視線が突き刺さってきたぜ。だが、視線だけで人を射殺せそうな目を向けられるのにも慣れている僕に死角はなかったようだ。酒を飲む手とご馳走を食べる手は決して止まらない。やめられない、止まらない。怪しいお薬を常用してる人たちだって言っていたじゃないか。
「いや、実際僕は唯の僕だよ」
「……まあ、酒の席だしな。それほど詮索するのも良くはないだろう。…………諏訪子、そろそろ飲むのをやめなさい」
諏訪子の方をちらりと横目で見てみると、顔を真っ赤にしながらも、まだ酒を飲み続ける姿があった。きっと、アルコール中毒はこのようにして発生するのだろう。
神奈子が酒を取り上げると、諏訪子はあー、と残念そうな声を上げて倒れ込み、それっきり動かなくなった。僕は、そんな諏訪子の首筋に手を当て、数秒止まってからゆっくりと首を振る。
「……死亡確認」
「縁起でもないこと言うんじゃないよ」
神奈子が苦笑するように返答する。どうでもいいけど神奈子、苦笑の表情がよく似合うなと誉めてるんだかそうでないんだかわからないような評価を下してみた。いや、本当どうでもいいな。
「あらあらあらあらあら」
僕たちが他愛もない会話に花を枯らしていると、天照が「あら」を大量に投下してきた。他人のあら探しを得意とする僕でも、これほどのあらは鏡の中と僕の偽物くらいでしか見たことがなかったので、本能的に防御機能を働かせる。嘘なのだが。
「冥利さん、私も話に混ぜてもらってもいいですか?」
「すいません、この話は二人用なんです。あと、僕の名前は泰外江です」
「わざわざすいませんね、では私も一つ、お酒でも頂くとしましょう」
「いえいえ、お酒は健康に悪いですから。どうです、あちらの山菜なんか健康に良さそうですけれど」
「しかし、冥利さんがまさか神様だったとは、驚きですね」
「そうですね、驚きついでに日本横断なんかはどうでしょうか」
「人の縁も、どこで繋がっているかわからないものです」
「話聞けよ」
天照との会話以下に辟易して視線を逸らすと、神奈子が同情的な目でこちらを見ていた。おそらく、神奈子も天照の被害者なのだろう。はっはっは、嫌なお揃いだ。
「さて………」
天照がぺらぺらと喋るのをよそに、独り言として呟く。
「僕の明日はどっちだ………」
多分、明後日の方向だ。
天照………、始めはこんなキャラじゃなかったはずなのに……。