東方虚真伝 作:空海鼠
天照による恐怖の後ろ向きジェットコースターが終了し、僕のトラウマに新たなる一ページが刻まれたところで、出雲へ到着である。
半ば吐きそうになっている僕は、無理矢理胃からこみ上げてくる酸っぱい思いを食道へとダブルリバースして、自らの嘔吐物の味を余すとこなく味わった。その味で再度吐きそうになるも、リバースを発動。それをエンドレスで楽しんだという嘘を心の中に繰り返して酸っぱい味を誤魔化す。
だが、そんな嘘もいつまでもは保たず、気を紛らわすように天照に話しかける。
「ところで、初対面なんだから、まずは名前を名乗るのが礼儀というものじゃないかな?」
「あら、冥利さんとはこれで二度目なんですが、忘れてしまいましたか?」
嫌味でも何でもなく、純粋に疑問に思っているような声色で告げてくる。
「何を言っているんですか?僕が始めて貴方と運命的に出会ったのは今日ですし、僕の名前はエンポリオというわけではない泰外江さんなのですが」
「そういえば!神奈子と諏訪子も来ていますよ。昔話に花を咲かせながら一緒にお酒でも飲みましょう」
人の話を右から左へ馬耳東風、パリィで受け流して勝手に話を進行させる天照。
はて、この人はこんなにも人の話を聞かないキャラ設定だっただろうか。僕が言えることじゃないけど、キャラ崩壊が著しすぎるんじゃないか。きっと、自分探しの旅に出かけて、自分を見失ったりしたんだおうと勝手に推測。
それと、僕は花咲か第一種免許を取っていないから、勝手に花を咲かすことは許されていないのだ。ちなみに水差し検定は三段なので、話に水を差すことはできる。四段になるには、あと五千二百の経験値が必要だ。
「神奈子?諏訪子?誰ですか、それ。見たことも聞いたこともありませんね」
「…冥利さーん、先に行ってますから、すぐに来て下さいねー」
「……………」
…ここまでくるともう、痴呆が始まっているんじゃないかと心配になってくる。いや、本当に。
さて、ここからどうするか。瞬間移動でゴーホームという手もあるが、このまま行っても別にいいような、というか絶対上質の料理とか酒出るよなと思ったりなんかしてない、嘘だけど。
「……よし、行こう」
やはり、食欲は僕の親友だった。
「見知らぬ土地に行ったら迷子になるという伏線を見事に回収した」
これはもう、一種の様式美としての確立を僕の本部の方に申請しようかと僕の頭の中の小さい僕が神経系に住み込んでいる僕に相談して僕会議に提出を求めるよう僕たちに掛け合うことを検討して僕が僕で僕を面倒になってきたから嘘にしておこうという結論に達した。大体嘘だけど。
そんなこんなで、僕はまたもや森へとやってきたのだった。
「いや、一応言い訳としては天照が向かった方向がこっちだっていうのはあるんだけど…」
もはや、誰に向かって言い訳をしているのかもわからない。
「あら」
柔らかい、相手の警戒心を解くような、信用のならない声が聞こえた。
声の聞こえた方向を見ると、そこには、もむもむと口内に兎と思わしき肉をほおばっている褥さんの姿があった。
褥さんは、僕を見つけるなりごくりと骨ごと肉を飲み込み、とてとてと駆け寄ってくる。擬音こそ可愛らしいものだが、実際は成人男性の全力ダッシュと同じ程度の速度が出ていると思っていい。
そして、抱きついてきた。
「あばばばばばばばば」
意図せず、宮沢賢治の小説に書いてそうな言葉が口から零れる。
褥さんはそれほど背が高くはないので、必然的に僕の胸に顔を埋めるような体勢になって、僕が女だったらセクハラで訴えることができたかもしれないと慰謝料の金額を具体的に、捕らぬ狸の皮算用と努めてみた。が、そんなことをしても現在の状況は一切好転しないうえに、より僕の皮膚の上の鳥肌や蕁麻疹が調子に乗って着々と勢力を広げ悪寒恐怖感不快感が僕の心の中にオンラインな、どうしようもない状況である。
振りほどこうとするが、やはりそこは鬼子母神、力が強くてびくともしない。ついでに骨のあたりからめきめきと変な音が聞こえてくる。
数分間の拷問が終わった後、褥さんは疲弊しきった僕を見て「お久しぶりですね」と笑った。
「………何を言っているんですか?僕らは初対面ですよ?」
「嘘ですけど」
ご丁寧に付け足しをもらった。
「いえ、嘘じゃありませんよ。誰かと間違えてるんじゃないですか、僕の名前は「加城冥利さん」泰外こ……うぇ?」
え?何でこの人僕の名前知ってんの?まさか、本当に咲恵さんだったり?
……………いや、それはないだろう。僕の知っている人間が転生だなんて、そんな都合のいいことあるわけがない。褥さんの性格を考えると、笠盾咲恵の偽名を指摘したときの妙な間は、無意味なブラフの可能性が高い。
じゃあ何故この人は僕の名前を…………あ、そうか。そういえば褥さんは一応、鬼子母神という神様をやっているんだっけか。そして神奈子や諏訪子、天照あたりから僕の情報を入手していてもおかしくない。よし、納得。
「ああ、冥利ですか、よく似てるって言われますね。彼、僕の友達の友達なんですよ」
ぱっと見嘘ではないけれど、僕の友達は僕を友達と思っていないので嘘ということになる。
「そうなんですか、では冥利さんのお友達のお友達さん。お名前を拝聴してもいいでしょうか」
「僭越ながら、泰外江を名乗っています」
「江さんですか。私は夜文褥といいます。お好きに呼んで下さって結構ですよ」
「では、ルスティグさん。出雲大社へ行くにはどちらへ行ったらいいかわかりますか?」
褥さんはしばし思い出すように一考した後、とても素敵な笑顔で「わかりません。私も迷子なので」と答えた。いや、わからないのかよ。さっきの肉はどこから調達したものだったんだ。
「迷子の適齢期はとうに過ぎているように見えるんですが」
「心の中に夢を持っていれば何歳になっても少年少女ですから」
なるほど、夢見がちな少年少女が進化すると幻覚見がちな少年少女になるのか。大人になるって悲しいことなどとのたまった王女だか女王だかの言葉が頭の中でリフレインした。
「夢ですか。素晴らしい見解ですね。崇高すぎて僕にはとても理解ができません」
意訳・ちょっと何言ってるかわかんないです。
褥さんは、そんな言葉の裏を察しながらも、にこにこうふふと笑顔を崩さない。さすがプロフェッショナルと言ったところだろうか。
「ところで、冥利さん「泰外江です」失礼、江さん。出雲大社が目的なら目的地は同じなので、よろしければ一緒に行動しませんか?」
「嫌です」と、思わず本音が出そうになったが、ぐっと堪えて大人の対応で返す。
「いえ、僕は褥さん………失礼、ルスティグさんと一緒に行動していると、青少年の余りある衝動などをぶつけてしまいそうになってしまうので、ご遠慮します」
校舎の褥さんを割ったり、盗んだ褥さんで走り出したりしそうになってしまう。具体的に想像しようとしても、想像力が追いつかないから嘘ということにしておこう。
「あら、またもや振られてしまいました」
褥さんが、口ぶりだけ残念そうな様に言う。表情がにこにこ笑顔な分、割と不気味だ。
そんな不気味な人とは、さっさと別れるに限る。
「では、さようなら」
僕が笑顔にもならないような表情を向けて手を振る。
「ええ、さようなら」
褥さんの笑顔は、本物のそれと、何ら遜色がなかった。
「………そういえば、道、どうしよう…」
その後、三日間ほど迷い続けたのは言うまでもない。
頭の中ではずいぶんと物語の先の方へと進んでいるのに、全く手が進まないこの現象に、名前をつけたい今日このごろ。