東方虚真伝 作:空海鼠
「…とうちゃーく」
案外、昔と変わらない町並みだった。いや、町と言っていいのかすら危うい村並みだけれど。
昔、見慣れた風景を辿り、神社へと急ぐ。嘘だ。実はそんなに急いでいない。むしろゆったりのんびりいい旅夢気分である。
神社へと続くやけに長い階段を上り、若干息を切らす。僕はそれほど体力がある訳ではないのだ。そうしていると、吐く息が少し白くなってきていることに気がつく。もう冬だというのだろうか。毎回のことだが、生前の、終わらない雪かきのトラウマが呼び起こされる。
「僕は雪かきなど二度としない……!」
これだけは、力を込めて言わせてもらおう。正直、リンチとか命の危機とかよりも、これが一番辛かった。泣いてはいないが、泣きそうになった。いや、本当に。
そんなどうでもいいようなことを考えつつ、さらに階段を上る。気のせいか、昔よりも長くなった気がする。不親切設計なのだろうか。
「あれ?お客さんですか?」
不意に、どこか聞き覚えのあるような声が聞こえた。声のする方向に視線を向ける。
「………は?」
どこかで見たことあるようなとか、もはやそういう外見じゃなかった。この間、夢で出てきたばかりの人物の、そのまんま生き写しのような外見をしていたのだ。違うところと言えば、服装が巫女スタイルになっていることくらいだろうか。
そんな偶然は天文学的な確率だが、もしかしたら僕と同じで転生したのかもしれないと思い、一応聞いてみる。
「えー…、衛藤天音サン…?デスカ…?」何故か片言で、敬語になってしまった。コミュ力が足りない。
「いや、全然違いますよ。誰ですか、それ」
違ったようだ。
世界には三人同じ顔の人が云々という感じなのだろうが、それにしたって似すぎている。視覚情報を脳へと送信して同時に検索しても、見事なまでに完全に記憶と一致していた。
「…それは悪かったよ。僕の知っている人によく似ていたものでね」
「私と他の誰かを間違うだなんて、私に失礼ですよ」
おそらく、それをわかっていても口に出さないのが礼儀というものだろう。反応まで、天音と似たり寄ったりだ。
「それで、お客さんですか?この神社は不在神社と呼ばれていて、神様が常にお留守ですよ」
「僕がその神様だ」
「嘘ですね」
平坦な口調でさらりと流される。こういうところまで似てるから、本人としか思えないんだけどなあ。いや、どうでもいいと言えばそれまでなんだけど。
「僕は…あー、
よくもこう偽名がぽんぽんと口から出てくるものであると、自画自賛の花を大輪で咲かせてみたが、それほど綺麗じゃなかったために、心の中に除草剤をひっそりと撒いた。
「私は、博麗楓です。この神社……、博麗神社で、巫女をやってます」
簡易的に自己紹介を済ませて、また、延々と続く階段を上る。「この階段は、神社が出来たときからこんなに長いのかい?」「さあ、私にもわかりません。私が生まれたときからこの長さでしたから」「そういうきみは、何歳なのか」「女性に歳を聞くなんて、失礼ですよ」「それもそうだね、悪かったよ」「…………」「どうしたんだ?」「いえ、即興で考えたので、まさか通じるとは思わなかったんです」「…………………………………………………」なんてやり取りがあったことも、一応記しておく。主に僕の脳内に。
久しぶりに来てみた神社の感想は、「意外と小綺麗なんだな」だった。
「当然ですよ。数十年周期で古くなった部分を交換したりしてますし、それに私が毎日掃除してるんですからね」
他にやることはないのだろうか。そう言ってみたら「神様がいないのに、他にやることがあるとでも?」と言いたげな表情を向けられ、溜息をつかれた。顔面の筋肉が少し強ばったのを感じたが、馬鹿なことを考えて、頬の緊張を解く。
「ところで楓」
「いきなり名前呼びですか………ま、いいですけど」
いや、きみ。それいいですけどって顔じゃないだろう。
「では江さん」
「僕を呼ぶときはお兄ちゃんと呼ぶか、せんぱいと呼びなさい」
なんとなく、偽名でも、天音っぽいのに名前で呼ばれると、違和感が僕の全身からオーラのように発せられるボーナスタイムに突入してしまうので、やめてほしかった。
「………………………じゃあ、せんぱい」
意外と素直だった。天音だとしたら、おそらく、もう一段か二段ほど不満を資源回収の新聞紙のごとく重ねてきただろう。
「せんぱいは、参拝客ですか?お供え物は、お魚がいいです」
楓は、図々しかった。そういえばここではまだ貨幣が流通していないのか。
「いや、僕は出来ればこの神社に泊まりたいんだけど…。宿の当てもないし」
「………………」
凄く、嫌そうな顔をされた。
「………ま、いいです。その辺で凍え死なれても、それほど良い気分じゃないですし」
……「死んでしまえ」っていう目をしていたのは気のせいだと思っておこう。きっと、僕の身体にも心にも優しくない。
「…ありがとう。助かるよ」
一応、礼儀なので言っておくことにした。僕の為に造られた神社なんだけどなあ………。
約一年経った。
いや、時間の経過が早いとかそういうのはスルー推薦でと、幻覚や幻聴に向かって言い訳を垂れ流す。
年を取るとどうも一年が早くてのお。
季節は神無月、すなわち十月だ。そう、神無月なのだ。だから。
「出雲へ来て下さい」
「いや、僕は一般人です」
天照が来ていた。なぜにそんなお偉いさんがここに来て、出雲へと僕を誘っているのか、さっぱりである。普通の雑魚神あたりにやらせろよ。
「貴方が冥利さんだということはわかっているんです。早く出雲へ」
「何を言っているんですか?僕は泰外江というただの流浪の旅人ですよ」
くそ、楓はまだか。楓は、さっきから外出中だ。もう少しで帰ってくると思うんだけど…。
………………………帰ってこない。前振りをちゃんとしたのに帰ってこないとは、天音の風上にもあけんとかそういうことを思っている場合じゃなかったりもする。今すぐにでも拉致られそうな雰囲気だ。
「……えー、お客さんですか?」
これはナイスと言わざるを得なかった。楓超ナイス。
「楓、この人に僕が神様でも何でもなく、唯の旅人だということを言ってあげてくれ」
楓は、ちらりと天照を一瞥し、それから僕を見てにやりと、よく注意して見ないとわからないような笑みを浮かべた。嫌な予感が僕の脳内から鳴り響いてくる。
「何言ってるんですか、せんぱい。貴方、神様でしょう」
痺れもしないし、憧れもしないような台詞が、聞こえてきた。何を言っているのだろうかこのアホはと思うことは別になかった。というか、予想できていたことだった。
「では行きましょうすぐ行きましょうもう時間はありませんよ」
天照が僕の首根っこを引っ張ってきた。首が絞まって、意識しなくても「ぐえ」と蛙の物真似をすることができた。オケラだって蛙だって僕だってみんな同じ生き物だということが強くわかるような声だったと自負している。嘘だけど。
そして僕は、天照に連れられて首が絞まりそうになる中、楓が声を出さずに爆笑するという器用なことをしているのを見た。
「いってらっしゃい、せんぱい」
楓の声は、やけに可愛らしくて、妙に僕のいらつきを誘った。
いつもの二倍の内容の薄さです。