東方虚真伝 作:空海鼠
『えと……お久しぶりです、頼櫛さん』
おお霊華じゃないか、ということは、僕マジで死んだのか。やっぱり人間、死ぬときはあっさり死ぬものなんだな、人間じゃないけれど。
周りを見ると、お花畑だった。まるで、アレの頭の中にいるようだぜ。
霊華が、少しはにかんだように微笑む。僕や曖のみたいに紛い物じゃない、本物の笑顔だ。
『頼櫛さんには会いたかったけれど、できればこっちには来てほしくはなかった…ですね』
なに、生きてたらいつかは死ぬだろ。僕はそれがほんのちょっと遅かっただけだよ。神様だからといって、妖怪だからといって、死なない訳じゃあないんだ。
できる限り柔らかい声で言う。笑えなくても、それくらいならできる。
『そうですけど…、私は…………』
不満そうに、口を尖らせる霊華。僕の死を純粋に悲しんでくれているのか、きみを死に追いやった張本人だというのに。
この娘は、きっと、昔の僕だとしても、嫌わないのだろうかとか考えてしまう。
もしそうだとして、元の世界にいるときに、霊華と出会ったら、僕は霊華に恋をしていた可能性が否定できないな。そうして、玉砕して、さらに人間不信になるところまではっきりと見える。嘘だろうけど。
ところで霊華、きみは僕を恨んではいないのか?恨み節ならバッチこいだけど。
『恨んでませんよ。私が死んだのは、頼櫛さんのせいじゃないですから』
僕のせいだよ。それだけははっきりさせておいてくれ。
『違います。これだけは譲れません』
…………自己満足の責任負いを邪魔するとは何事か。
『自分の責任くらい、自分で背負わせて下さい。もう子供じゃないんですから』
僕の年齢から見たら十分過ぎるほどに子供なのだが、思春期真っ只中の中学生のように、子供扱いは受けたくないようだった。ちなみに僕は、色んなものの料金が安くなるから、子供扱い肯定派の一派に属している。そしてゆくゆくは肯定派のリーダーとして君臨し、むしろ子供に戻ってみようと思う。嘘なのは言わずもがな。
閑話休題。
霊華は自分の責任だと主張するが、それでも僕は、責任を背負って生きて……いや、もう死んでたんだっけか。死んでるのならもう責任背負わなくてよくないかと僕の心の中の天使か悪魔かよくわからないものが囁いてきたが、そこまで外道じゃないので、無理矢理思考から追い出し、言葉を紡ぐ。
なあ、霊華。僕は、狂ってるんだ。
『いきなり何を……?』
狂ってないと、壊れてしまうから、狂い続けているんだ。僕はずっと嫌われて生きていたから、狂わないと、心が耐えきれなかったんだ。
『………』
そして、時間が経って、霊華が死んだ。僕のせいだと思わなきゃ、霊華は何のために死んだ?運が悪かったとでも言うのか?冗談じゃない。僕の心はそれほど丈夫にできていないんだ。僕は、昔狂うことで心を壊さないようにしたのと同じで、全てを自分のせいにして僕の心を守ったんだ。
『………』
実は、僕の親しい人で誰かが死ぬのを見るのって、きみが初めてだったりするんだぜ。
『それでも………!』
残念ながら、異論反論口答え異議抗議質問その他諸々はただいま、受け付けておりません。意見がある方は、担当窓口の方へどうぞ。
『……………!』
僕に反論を封じられ、僅かな憤りを見せる霊華。僕はその頬に手をそっと当て、言う。
霊華、僕はきみにずっと謝ろうと思っていたんだ。
『そんな……謝る必要なんて…ないですよ……』
うん、だから今は謝らない。僕は、こんなところで救われた気になっちゃ駄目なんだ。
『…………嘘でも、偽物でも………救われても、いいと思います』
確かに、僕の知っている霊華ならそう言うだろう。
それでも僕は、くだらない真実を見つめていたいと思うんだ。
嘘だけど、と付け足すことも忘れない。
『…そうですか。私は、頼櫛さんの味方ですから。いつでも、頼櫛さんは救われてもいいと思いますよ』
気が変わったらね。
……………あ、そうだ。一つ、言うのを忘れていた。
『何ですか?』
ありがとう、だよ。
「ふ、布施さん!目を覚ましたんですね!」
起き抜けに、心地よい美声が僕の耳の穴へとボッシュートとなった。そして間髪入れずに神子が僕に抱きついてきて「あぎゃぎゃぎゃぎゃ」鳥肌がわんさか僕の肌に生まれた。
「神子、僕は……えと……」
抱きつかれているせいか、上手く喋れない。僕は人とあまり大きい面積を触れ合わせるとチキンとしての才能が覚醒し、鳥肌に吐き気恐怖感トラウマなどがセットで三百九十八円なのである。さんきゅっぱ、さんきゅっぱ。
「生きてて…よかったです……」
神子が涙を流しながら手に力を込める。ただし、込められた力も、とても弱々しいものだけど。
しかし、たった一日でここまでとは。僕何か好感度上げるようなことしたかなと沈思黙考「あががががが」できないな。とりあえず離してもらうことを最優先としよう。
「み、神子、とりあえず感動はわかった…から、自由と平等と腕からの解放を」
「す、すいません…取り乱してしまって」
そう言う神子の声も、まだ涙声だ。
さて、さっきの沈思黙考をもう一度。僕は何か神子の好感度を上げるようなことしただろうか。考える体勢に入ろうとすると、神子が早くも答え合わせをしてくれた。
「…ありがとうございます、私を…庇ってくれて」
そうだ、あのとき、移動した先で刺されたから、神子を庇うような姿勢になったんだっけ。確かに、僕に突き刺さっていなかったら、矢が当たっていたのは神子だっただろう。いや、本当に偶然なのだが、それで好感を持っていただけるのなら訂正はしまい。
なのでとりあえず、また好青年風に「まあ、気にするなよ」と返しておいた。
「ところで神子、あれから僕、どのくらい寝てた?」
背中の傷はまだ痛むけれど、血は完全に止まってるし、まさか一時間とかそこらではないだろう。僕は今、人間の耐久力で人間の回復力なのだ。
「三日間…ですね。刺された日も含めると」
三日間か…。わりと寝ていたな……。いくら睡眠が大事だといっても、少し寝坊しすぎだ。あまり運動をしないと、寝る子のように育ってしまう、横に。
と、突然、後ろから誰かに抱きつかれた。鳥肌が、ぞわわとどきゅーんでひゅろーんになってしまう。うむ、意味わからん。
「………誰?」恐る恐る、尋ねてみる。
「…太子様を、助けてくれて、ありがとう」
質問の返答の代わりに返ってきたのは、感謝の気持ちを伝える、屠自子の言葉だった。話がかみ合わないどころの問題じゃないが、とりあえず誰かわかっただけでも良しとしよう。それに感謝は別にいいけれど、どうしてこの時代の人はそれを伝えるのに抱きつくのだろうか、欧米なのだろうか、ここは。
だが、いつまでも鳥肌を僕の肌の上に大々的に乗せていると、つけ上がることが予想されるので、屠自子に離すように言って、離してもらうことにしよう。
「屠自古、えと、僕は抱きつかれることに恐怖感を抱くことが可能である村の出身であるからして、とりあえず離してくれないだろうか」
「あ…、すいませんでした」
完全に上の空な返事が空気を振動させ、僕の鼓膜をドラムへと変貌させた。
「布瀬さんに怪我をさせた賊は、まだ誰だかわかっていません…」
しゅん、という擬音が似合うように落ち込む神子。落ち込んでいるところ悪いけど、正直犯人とか割とどうでもいい。いや、本当に。それよりも、僕としては三日寝てたわけだから、ご飯食べたい。
「いや、別にどうでもいいよ。生きてさえいれば仙術的な何かで直せるし」
「ですが………」
「そんなことよりもお腹が空いてね…、何か食べるものない?」
「は…!はい!」
露骨な話題転換であるにも関わらず、乗ってくれた。いい娘なのか、それともちょっとアレなのか。とりあえず、人を貶すのは好きじゃないので、いい娘だと思っておくことにする。部分的に嘘だけど。
ぱたぱたと、急いで食事の用意をする神子と、緊張の糸が切れたのか、ぬぼーっとしている屠自古が対照的だ。いや、働けよ従者。
このままではいかんと思ったのか、屠自古ははっと我に返り、急いで神子のもとへ…あ、こけた。ドジっ娘属性を持っているのだろうか。その属性はあまり使いすぎると無能の烙印を押されてしまうから、取り扱いには資格が必要だと聞いていたが、この時代にはまだそんなものはないようだった。
「うあー」
再び布団に寝転がり、視覚情報を軽視。考えに没頭する振りをする。
ぐるんぐるんと、頭の中で何かが転がり、口から廃棄されているような錯覚に襲われて口を閉じる。だが残念、口を閉じたらその何かは、頭の後ろに空いた巨大な穴から転がり落ちたような気がした。そっか、僕、死んでないのか。
僕は、まだ生きているのか。
「生きてるってー……すばらしー………」
あー、あー、あー、あー、あー……。嘘じゃないといいのに。
嘘じゃなかったら、僕は、きっと。
「うーそだーけどー」
口ずさむように発したその言葉は、誰の耳にも触れずに消えていった。
別のオリジナルの小説も執筆しようとしていたら、遅れました。
近いうちに投稿すると思うので、よろしければご覧になって下さい。