東方虚真伝 作:空海鼠
「では、これから僕の仙術をご覧に入れましょう」
えー、どうしようか。正直、まだ考えてないんだよな。首斬って増えてみるか?いやいや、そんな怪しさここに極まれりなことをしたら、仙人どころか妖怪疑惑が浮上して大気圏を突破する勢いで僕の胴体を突き破ってくる。嘘かどうかは僕の機転にかかってくるような気がする、やらないけれど。
じゃあ髪の毛抜いて増えるか?いや、いっそ雲に乗ってみるとか。
………………………………………………………………そうだ。
「神子、何か棒みたいなもの持ってない?」
「えーと……」
神子は部屋の隅にとてとてと可愛らしく(威厳が無くとも言う)駆け寄り、「杖で良いのなら」一本の細長い杖を持ってきた。何に使うつもりで持っていたのだろうか。
神子から杖を受けとり、力を込める振りをする。
「よし、これでこの棒は伸縮自在の『如意棒』となりました」
「如意棒……?」
そう、如意棒。髪の毛で増えるとか、雲に乗るあたりで、孫悟空のことを考えてみたのだ。青娥あたりなら孫悟空を知っているかもしれない。
「そ、如意棒。聞いたことある?」
全員、シンクロして首をひねる。どうやら思い違いのようだった。というか、もしかしたらこの時代はまだ孫悟空すらいなかったんじゃないかと少し思う。いや、どうかはわからないけど。
「如意棒っていうのは……」
天井に、棒の先を向けながら。
「こういうの」
思いっきり、棒を伸ばした。
天井を突き破って、そして「ふぎゃ!」板きれとともに、大きな物体も落ちてきた。それは、幼女だった。肩あたりまで伸びている髪をサイドテールでまとめていて、さらにその服には、木片がちりばめられていて、それはさながら、木でできた鎧のよう………ん?この説明、前にもやったような気がするけれど……。気のせいだろうか。
「……その如意棒という棒は、天井を突き破ると、女の子が振ってくるのか?」
布都が、見当違いも甚だしいが、この状況から見るとわりとまともな質問をしてきた。
「いや、如意棒はね、自在に伸び縮みする棒だよ。さらに硬度も上がる」
「ほへー」と、間抜けに相づちを打つ布都。……こいつ、原作よりも格段にアホっぽくないか?
「で、この人は?」
「何か天井裏にいたから、撃ち落とした」
「それで、屋根を壊したことに対する弁解は?」
「僕が悪いんじゃないです、だって、山田くんがやれって言うから……」
「……………」神子さん、笑顔が怖いッス。
「さて、じゃあこの不審者はどうしようか」と、露骨に話を逸らす。
不審者は、くるくる目を回して気絶しているよう……あ、起きた。不審者の目は、現状把握を第一としたようで、しばらくあたりを見回した後、僕の方を見て「見つけた!」…ええ?
「いや、誰だよきみは」
「しらばっくれてもだめよ!荘部鞍人!」
………どうやら、僕の知り合いであるらしいが、検索エンジンで調べてみても、全くヒットしなかったので、どうやらそれほど深い知り合いじゃないみたいだ。
神子とゆかいな仲間達が、「荘部鞍人?」と疑問を口から発射するが、今はスルーの方向で。
「確かに荘部鞍人は僕……の偽名だけど、だからきみは誰なんだよって」
不審者は、「むきいいいいいいいいいいっ!!!」と憤慨すると、目尻や頬の下あたりをぴくぴくさせながら睨みつけてきた。
「家鳴桂灯よ!憶えなさいよー!」
家鳴桂灯、と脳内の検索エンジンで名前を調べる。該当者、無し。
仕方がない、適当に合わせてから『ねえ……出会ったときのこと、憶えてる?』というバカッポォーパターンで攻めるか。
「………………………………………ああ、桂灯か、懐かしいな。昔よく河原で草野球を」
「憶えなさいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
あれ?草野球の話題は外さないって、雑誌で読んだ覚えがあるんだけどな。嘘で、ござーる。
「で、誰だっけ。ごめん、忘れた」
「だ!か!ら!家鳴桂灯!貴方の家に取り憑いていた妖怪!」
……そんなのもいたかなあ…。妖怪の記憶力というのも、案外頼りにならないものだと、今朝思ったことを再確認。
「で、その桂灯が何の用だよ」
「貴方が全く驚かないから、追いかけてきたにょ……追いかけてきたのよ!」
「追いかけてきたにょ(笑)」
「ぬがああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
なかなかに弄りがいのある、雑魚面さんを思い出させる娘である。雑魚面さん、今頃どうしているかな……きちんと戦場で、「あべし!」とか「ひでぶ!」とか言って死んでるだろうか。嘘じゃない可能性が十分にあるので、割と期待している。
「それで、どうするのよ、こいつ」
屠自子が僕を見ながら、不機嫌そうに口を開く。
確かに、僕の追っかけだとしたら、桂灯の処分は僕が決めなくてはいけないのかもしれない。グラウンド百周とかでいいだろうか。
「じゃあ…例えば、この如意棒の強さの実験もかねて、腹を突き破ってみるとか」
「やめてくれ、僕は、桂灯にグラウンド百周を!」とか言ってる僕の中の誰かを押さえつけて、全ての決定権を脊髄に委ねてみたが、その結果はとても残酷なものとなった。
「いや、やめましょうよ。だって……ねえ?」
神子がうげえ、といったように顔の表情を歪ませながら言う。あまりグロ方面での耐性はなかったようだ。といっても、さすがに僕もそれをやる気にはならなかったが。
「というか、本人の居る前で何話してんのよ!怖いこと言うなああああああああ!!」
桂灯は、どうやら自分の将来の哀れなる姿を想像してしまったのか、少し涙目になってしまっている。
「いや、僕の家に取り憑いてたなら知ってるだろ?僕は妖怪退治を仕事にしていたんだよ。せっかく退治しないであげたっていうのに…」忘れてただけだけど。
「貴方がちっとも驚かないからでしょ!この馬鹿!」
いや、そのりくつはおかしい。
桂灯はそれだけ言い残すと、泣きながらどこかに逃げ去ってしまった。またエンカウントするときは、忘れないでおいてあげようとかいう嘘を思った。
「………何だったんじゃ?」
そんなもの、こっちが聞きたい。
「というか布瀬さん、妖怪退治やってたんですか?」
青娥が、確認の意味合いを含ませて質問してきた。始めから答えの決まってる問答をする気は無いので「むしろ妖怪変化の方を少し」と本当のことを言った。
青娥は軽く頷くと、目を細めてこちらを値踏みするように見る。僕は値段をつけることのできないプライスレスな人種なので、こちらも負けじと熱狂的かつ情熱的な愛増量キャンペーン中な視線を送ってみた。
「あら失礼、不躾な視線でしたわよね」
「いえいえ、こんな美人と見つめあいそれだけで通じる二人の距離な関係になれて、それだけで胃の奥からせり上がってくる酸っぱく熱い思いが」
「あら、お上手ですわね」
どこかで見たような内容を反復するように中身のない会話をする。だが意味のないことに疑問を挟む余地などない。現在は僕の脳内における人口爆発とかにより、余る土地など存在しないのだとか適当に考えてみた。嘘ですけど。
肘のあたりに妙な重力を感じると思ったら、神子がくいくいと袖を引っぱっているのを確認することができた。
「…何?」
「ええと……、そのですね。私は、仙人になりたいと思っているんです」
「ほうほう」フクロウの物真似を返答の代用とする。
「それで、君は…私に仙術を教えてくれませんか?」
上目遣いでお願いをしてくる神子。おそらくこれを断れる奴は人間じゃないだろう。だが僕は人間じゃないのでお断りをしようと思う。僕に仙術は使えないし、いや、一時的には使えるかもしれないけれど面倒だ「いいですよ」何言ってんだ、僕の口。
「ほ、本当ですか!」
ぱあっと顔を輝かせているところ悪いが、嘘である。
「えーと、きみが仙人っぽいのになったらすぐさま、いの一番に教えるよ」
聖徳太子が一度死ぬのは確定しているので、とりあえず嘘で取り繕う。問題を先延ばしにするところが、日本の政治のいいところだ。
「ありがとうございます!」
そんなことはつゆ知らず、笑顔でお礼を言ってくる神子、少しは疑おうよ。将来、詐欺にあったり熊に会ったりする典型的なタイプである。一つ嘘だけど。
仙術お披露目会が終わり、とりあえず外の方に出る。さて、どこを観光しようかと思っていたところに、神子が追ってきた。
「どうしたの?何か忘れ物でもしたかな」
「いえ、ご迷惑をおかけするのですから、案内でもと思いましてね」
本当、至れり尽くせりだな。早く返済しないと、雪だるま式に借りが膨らむ気がしてならない。
「ああ、お願いするよ」
おそらく僕は、聖徳太子を案内人として使った唯一の現代人として、後世の歴史書に名を連ねることになるだろう。
「最近は、ものさしというものを導入したんですよ。長さを測る道具ですね」
一通り、都を巡った僕と神子は、人通りの少ない、不良とかがいそうな路地を歩いていた。勿論、不良とはドラマティックに時を超えて出会うことはできなかったが、その代わりにちっちゃい羽虫とかがたくさんいた。不良もよく、害虫などに喩えられるので、似たようなものだと思っておくことにした。
「へえ……そういえば、今まで不便だったな」
ものさしの導入について、少し理解を示すように頷く。
だってみんな腕の長さとかで測るから、人によって一尺が違う違う。
「ふふふ、これも私が導入したものなんですよ」
得意げに胸を張る神子。曖よりは豊かな胸部をお持ちのようだ。
「ちなみに神子よ、稲作というのがあるだろう」
何の気もなしに、言ってみた。
「はい」
「あれは僕が導入したものなのだ」
神子の隣に移動しながら、口からのでまかせを言う。
「本当ですか!?」
「嘘だぎゃ」
名古屋弁風になってしまったが、これは意図的なものではない。背中に、矢がぐっさりと刺さったのである。
ちょうど、僕が移動した方向から飛んできて、神子を庇う感じになってしまった。
そういえば、僕はまだ、矢で刺されたことはなかったな。当然だろうと思うだろうけど、僕は包丁、鋏、釘、投げナイフ、ダーツなどのあらゆる刃物で刺されたことのある、その道のプロなのだ。
鋭い痛みが背中から徐々に伝達していき、叫び声を大音量でステレオ放送したくなったが、ぐっと悲鳴を嚙み殺す。
これしきの痛みなら、昔、それこそ死ぬほど経験した。
「 」
神子が何かを必死で言っているように聞こえるが、上手く聞き取れない。ちょっと待て、今それほどにやばい状況なのか?というか、今僕人間の体じゃん。これじゃ回復機能も人並みだ。頭がボーっとしかけていることも含めて、これはそうとう危ない状態だろう。下手すりゃ死ぬ。
僕はすでに二回、死に損ねているわけだが、二度あることは三度あると、三度目の正直。どちらの諺がより信用できるかによって、僕の未来が変わってくるのだろう。
僕としては三日見ぬ間の桜を推したいところだ。嘘だけど。
体のバランスが崩れて倒れるところを神子に支えてもらった。矢はわりと深く刺さっているようで、さっきからだくだくと出血が心の奥から溢れ出してくる。
神子が何か言っているような口の動きを見せるが、何か言っているようにも聞こえない。死の兆候が見え隠れしてきたようだ。
チート能力を持って転生したくせに、簡単に死にかけるのがなんとも、僕らしい。
どんなときもどんなときも僕が僕らしくあるために死にかけているのか。僕としては、好きなものを好きと言う方向で自分らしさをアピールしたいところなのだが、現実はやはり僕の思い通りにはいかないらしい。僕はまた一つ学習した。
思考に、空白が生じるようになってきた。ああ、駄目だ。これ、死ぬパターンだ。
そして最後に、あの世で霊華に謝れるかな、なんて。
らしくもなく、思った。
桂灯は、この後もちょいちょい登場する予定です。