東方虚真伝 作:空海鼠
「こちら、旅人である、神楽布瀬さんだそうです」
「どうも」
神子に紹介され、軽く会釈する。目の前には物部布都、蘇我屠自古、霍青娥までいる。そして、物部布都は警戒心の無い清らかな目で、蘇我屠自古は訝しむような目で、霍青娥は新しい玩具を見つけた子供のような目で、それぞれ熱烈な視線を送ってきている。
僕としてはそれほど熱烈な愛のある視線に慣れている訳ではないので、早めに目を逸らしたい所存ではあるが、にこにこと無言の圧力(本人にその気はないと思われる)をかけてきている神子がいるためにそれも難しい状態だ。
そんな中、無駄に友好的で僕には直視しづらいほどの考え無し……清らかな心の持ち主である布都が、邪気のない目で話しかけてきた。
「おぬし、迷い人だったそうじゃな。太子様が拾って下さらなかったら今頃、妖怪に食われていたかもしれぬな!」
はっはっは、と豪快に笑う布都。いや、僕が普通の人間だったら、笑い事じゃねえよ。
「我が名は物部布都である。よろしく頼むぞ」
「物部、もしこいつが太子様を暗殺に来た刺客だとしたらどうするのよ」
「何っ!?おぬし、太子様を暗殺に来たのか!?」
屠自古に余計なことを吹き込まれた布都は、急に態度を変えて、剣を突きつけてきた。
こういうのを影響されやすいと言うか、単純だと言うか…。
「いや、そもそも僕はあの場所に神子が来ること自体知らなかっ」
「問答無用!」
布都は僕の言うことを華麗に無視して、首をはねる。僕が普通の人間だとしたら、笑い事じゃないとか、もはやそういうレベルじゃない事態である。
そういえば、僕って地味に首斬られる率高いな。
「あらあら」
心底楽しそうに顔を歪ませる青娥。だが同時に残念そうでもあるのは新しい玩具がすぐに壊れてしまったのと同じような心境なのか。
「布都!何をやって…!」
神子が斬られた僕の首を見て、布都を叱咤しようとする。
「残念、それは残像だ」
僕の死体より少し離れた場所から聞こえる声に全員注目を集める。だが僕は別に見られるのが快感な人種ではないために、何の感慨も感じない。
「何っ……!?」
布都が「仕留め損ねたか」みたいな顔をするが、あえてスルーしておこう。
「あら、首を斬られても生きているだなんて。貴方、普通の人間じゃないわね?」
青娥が目を輝かせながら聞いてくる。だがそんな質問には最初から、真面目に答える気はない。
「あー、じゃあ実は僕は仙人だった、とかどうだろうか。別に仏教的な偉い人でもスーパーサイヤ人でも何でもいいけれど」
「せ、仙人!?本当に仙人なのですか!?」
テンション高めでがくがくと僕をゆさぶりながら聞いてくる神子。
「うん、それでもいいからこれやめて」
頭がぐわんぐわんしてくる。
「あら、でもおかしいわね。仙術には、首をバッサリと斬られても平気で生きているような術なんてありませんよ?」
「前世があんパンだったからね。首なんていくらでも代わりはあるさ」
神子にゆさぶられながら、適当に答える。
もっとも、首を取り替えても元気は湧いてこないし、愛も勇気も友達ではないけど。僕の友達は睡魔と食欲だけだ。嘘だけどね。
「それで、その仙人が何の用だ!太子様の命を狙いに来たというのだな!」
「いや、だから僕はただ道に迷っただけなんだって。いや、本当に」
布都は、まだ鼻息荒く、剣を構えフーフーと僕を威嚇してくる。前世はネコ科の動物だったのだろうか。マタタビがあれば一発なのだろうかと妄想しつつ布都をなだめること数分、ようやく信用を勝ち取ることが出来た。
「いや~、すまなかったな。いきなり斬りつけたりして」
苦笑い気味にこの場を流そうとする布都に対して僕は、
「すまなかったで済むなら警察はいらないんだよ殺すぞこの野郎」
とは勿論言わず、「まあ、いいさ。済んだことだろ」と好青年風に返してみた。ある意味僕に最も似合わない台詞でもある。
「えーと、じゃあ改めて。僕は神楽布瀬。仙人ということになっている」
嘘は言っていない。『ということになってしまった』のだから。
「では私も。私は霍青娥、今は仙人をやっています」
「私は蘇我屠自古よ。太子様の従者をしているわ」
「物部布都だ。同じく、太子様の従者をしている」
普通に接しているように見えるが、青娥はおそらく、僕が仙人だということを疑い、屠自古は僕が暗殺者ではないかと疑っているのだろう。布都はおそらく何も考えていないのだろうが。
仙人じゃないのは確かだけれど、一応疑いは解いておかないと、この後の活動に支障をきたす恐れがあるため、弁解をはかってみる。
「いや、僕は別に怪しい者だけれどどちらかというと人畜無害系の怪人であるからして…」
さらに疑わしさを増長させてしまった。青娥は謎の微笑を顔に貼り付け、屠自古の視線は絶対零度のそれを思わせるようなものになってきている。
「いやいや、だからその…、僕は、ただの頭のおかしい仙人、いや三十人くらいで……」
いかん、どんどん墓穴を掘り進めてしまっている。けれどもそれでもやめられない止まらない僕の口。
「むしろ僕は何もしないと言いますか何もできないあいきゃんとどぅいっとなんです」
僕の怪しさがストップ高になったような音が聞こえた。
と、そこに神子が助け船を出してきた。
「大丈夫よ。私が連れてきた人ですからね。もし何かあったら、私が責任を取って」「結婚を?」
空気の読めない僕の脊髄が、高速で助け船に穴を開けた。
「な…!な!……!」と、神子が顔を赤く実らせる。それと同時に修羅の如く睨んでくる、屠自古。
ひょっとしたらうち解けてもらえるかもと一瞬だけ期待はしなかったけれど、案の定、警戒心を強めるだけのようだった。自業自得である。
「嘘…というか、冗談だよ。ほら、うち解けやすくするための」
もちろん、ただの口の暴走ではあったのだが。
「そ…そうですか」
ほっとしたように息をつく神子。僕との結婚はそんなに嫌か、おい。
まあ、僕は僕と結婚するなんて、絶対にごめんなのだが。
「……だから、そろそろ睨みつけるのを、やめてくれないかな」
屠自古は今まで自分が、睨みつけている意識がなかったのか、はっとした顔になり、そうしてから顔を戻す。
ふう、危ない。もう少しで防御力が低下してしまいそうな視線だった。
ちなみに布都はと言うと、実に間抜けな顔で惚けている。何やってるんだ、こいつ。そして青娥は、何をするでもなく端っこでくすくすと笑っている。何か発言すると、ザ・ワールドを使用してしまう特性の人だから黙っているのかとも思ったが、それ以上はブーメランなので、やめておいた。
「……さっきの続きですけど、もし布瀬さんが何か問題を起こしたとしても、私が責任を取ります」
「結婚という形で?」と学習能力のない僕の脊髄がまた口を挟みそうになったが、強力な脳からの命令で、反射を中断させる。
「……わかりました」
若干というかかなり不満げながらも、一応納得してくれたようだ。
「では、布瀬さんは客間に布団を敷きますので、そこで寝て下さい」
「ありがとう、ここのところ野宿ばかりだったから、布団があるのは助かるよ」
反動として、布団から起き上がれなくなるけれど嘘だけど。
「ではそこには布都に案内させますので、おやすみなさい」
そう言ってにこっと笑い、去っていく神子。
「おやすみなさい」
僕も、表面だけの、錆びた笑みを浮かべてみた。
青娥の娥の文字が変換できません。