東方虚真伝 作:空海鼠
『お姉さんはぼくをきらわないんですか?』
『嫌ってません。嫌う訳ないじゃないですか。むしろ結婚したいレベルに好きだと言っても過言ではありません』
『……なんだかうそっぽいですね』
『嘘ですけど』
『うそですけど…?ですけど、何ですか?』
『うーん…この場合のですけどっていうのはお決まりの文句みたいなものですよ。私にとってですけどね』
『うそはいけないことですよ』
『嘘をつかなきゃ生きていけない人も世の中にはいるんです』
『ふーん……。じゃあ、何でお姉さんはぼくがきらいなのに、なぐったりけったりしないんですか?』
『うふふ、私は嫌いなものも、不快なものも、全部許容しているんです』
『きょよう……?』
『受け入れるということですよ』
『………ぼくも、いやなものとか全部、きょようできますか?』
『できますよ、きっと』
『きょようしたら、きらわれても、つらくなくなりますか?』
『はい。きっと』
『……そういえば、お姉さんはお仕事に行かなくてもいいんですか?むしょくの方ですか?』
『私のお仕事は王女様なので、働かなくても無職じゃないんです』
『人はそれを、ごくつぶしとよぶ』
『どこで憶えたんですかそんな言葉……。本当は、詐欺師を少し営んでいますので、日々労働に勤しむ必要性がないのです』
『さぎし?』
『人を騙して、お金をまきあげる職業です』
『わるいことです?』
『悪いことです』
『わるいこともきょようするのですか?』
『するのです』
『なるほど………』
『だからといって、将来詐欺師にはなっちゃ駄目ですよ。私の分のお金が無くなってしましますから』
『じゃあどうしましょう。ぼくはどうやってもきらわれるから、のたれじぬしかないんでしょうか』
『野垂れ死ぬって……、じゃあ大きくなったら、私と一緒に暮らしませんか?』
『きらいじゃないんですか?』
『許容しますよ?』
『でも、ぼくも何かしないと、ごくつぶしになってしまいます』
『そうですね……。じゃあ、嘘をついていて下さい』
『うそですか』
『はい。詐欺師の弁舌は嘘の応酬により、豊かになっていくのです』
『ふむう……。わかりました。これからは、うそのトレーニングを一日もかかさず行うことを、うそだと言っておきます』
『私はまだまだ新米の詐欺師ですが、いずれは世界を掌握するレベルの詐欺師になってみせますよ。嘘ですけど』
『ぼくも、いずれはこっかをてんぷくさせるていどのうそつきになってみせます。うそですけど』
『…本当に、冥利さんのボキャブラリーはどこで鍛えたものなんでしょうか』
『そういえばお姉さん、名前は何ていうんですか?あいてが名のったら自分も名のる、いっぱんじょうしきですよ』
『そうですね………。では』
『笠盾咲恵…と、名乗っておきましょう』
「うわ……昔の夢見るとか、本当にそんなことあるのか…」
おそらく褥さんに会ったからだろうと思うのだが、数億年も昔の夢にしては、あまりにも鮮明すぎる。
「しかし、褥さんに会ったのも大分前だっていうんだけどな…」
土で汚れた服を払い、ゆっくりと起き上がる。そして欠伸をし、相手を次のターンの終わりに眠らせる準備をする。
おそらく都にはもう少しで着くだろう。今回はしっかりと地図を持ってきたから、間違いない。
手にした伊吹瓢から酒を少し、飲む。
そういえば伊吹瓢から出る酒は、人間にはきつすぎるらしいが、僕は今現在、人間の耐久力であるのに酒を飲んでも全く問題ないのは、何故だろうか。僕は人間のときから、あり得ないレベルの酒に強い体質だったんだろうか。
「あー、働かないで飲む酒はおいしい……」
正直、どうでもいいし、考えるだけ無駄だ。時を止めることができるくらい、無駄だ。
そういえば、ジョジョも咲恵さんに貸してもらったものなんだよな。あの人はいつも同じ場所で、漫画を読んでいた。本当に詐欺をやっていたのかさえ、疑わしい。
「きっと、夜までには着くと思うけど」
僕は、それがフラグにならないことを願いつつ、本当に酒を飲んでいるのか疑わしいような足取りで歩き始めた。
「言わんこっちゃねえ」
迷った。
どこだろう、ここ。地図があるのに迷うほど、僕は方向音痴だっただろうか。一応、地図があればなんとかなる系の男子だったはずなのだけれど。
「さて、ここからどうにかなる気がしないのが僕であるわけだけれど」
周りを見渡せど、木しかない。
「あら?誰かいるのでしょうか」
嘘だった。誰かいた。
「誰もいませんよ。もし誰かいたら怖いじゃないですか」
「いやいやいや、返事が帰ってきてる時点で誰かいるじゃないですか」
甲高い、少女の声だった。
美声というやつなのだろう、耳から入ってすっと抜けるような感じだ。あまりの美声に僕は、この声の主に恋をしてしまった。嘘なのだが。
「なに、通りすがりの怪しい者ですよ。お気になさらず」
「怪しい者と言われて気にしない訳にはいかないのよね…」
「気にするなと言われているのに気になる?それはきっと恋だ」もしくは変だ。
「いえ、変なのは貴方です」
僕の言いたいことが伝わったようでなによりだ。小五ロリ的な能力でも持っているのだろうか。
「僕のどこが変だって言うんだよ。僕のおかしいところなんて頭の中くらいしかないぞ」
「それだけで十分ですよ」
くすくす、と笑い声が聞こえた。どうやら、僕との会話はお気に召したようだった。
徐々に声の主が近づいてくるにつれ、ぼやけていたシルエットも、だんだんとはっきりしてくる。頭に耳のようなものをつけたシルエットだ。妖獣か何かかだろうか。
「きみ、種族は何だい?もし妖怪だとしたら、僕の顔をあげる……いかんな。このネタ何回やっただろうか。天丼もやりすぎると飽きられるからな。視聴者さんに嫌われる」
「……何を言っているのかわかりませんが、私は人間です」
つけ耳趣味のコスプレイヤーなのだろうか。もしそうだとしたら、僕は人類最初のコスプレイヤーに遭遇した歴史的な人物にジョブチェンジできるかもしれないと思い、明日ダーマの神殿に行くことを隣の奥様に世間話がてら「あら、やーねー」と言いつつも話すことを深く心に刻んでそろそろ収拾つかなくなってきたから嘘だけど。
何てことを考えているうちに、どうやら肉眼で確認ができる距離まで近づいてきた。
そして、完全に見えた声の主の正体は。
「……………は?」
「初めまして、豊聡耳神子と申します」
何やってんすか、太子様。もっと暗殺とか妖怪とか気をつけなきゃいけないことあるでしょう。
けれども一応、名乗られたからには名乗り返さないと、僕の流儀に反する。
「…僕は
ちなみに偽名で返すのは僕の流儀には反していないためセーフ。
「では布瀬さん、とお呼びしますね」
にこっと、神子が笑う。僕も真似して笑ってみるが、どうしても、ギコッといったような錆びた歯車みたいな笑い方しかできなかった。
社会の歯車である僕はとうに錆びているとのことのようだ。
「では僕も、ジェニファーさん、とお呼びしますね」
「原形留めてないですよね?」
すかさず神子のツッコミが入る。うむ。なかなか筋がいい子、略して筋子のようだ。しかし、筋子とかいくらってプチプチしてて、あまり好きになれないんだよな。
同じ理由で数の子も無理だ、僕は魚卵系が苦手なのか。
「あれ、ジェニファーソンさんの方がよかった?」
「普通に呼んでください」
「おーけーおーけー、じゃあ神子でいいかな」
「はい」
……やはり笑おうとすると、ぎこちなくなってしまう。曖がいつも薄ら笑いを浮かべていたのは、普通に笑うことができないからだったのか。知っていたけど。
「ところで神子、きみはどうしてこんなところにいるんだ?」
「散歩ですよ、散歩。布瀬さんはどうしてここに?」
「ここに来るまでにはそれはもう小説が十二冊だせるほどの壮大な大冒険があったわけで、ドラゴンをクエストした僕は意気揚々と里へと戻ろうとしたら魔王復活のお知らせが頭の中にビビビと流れ込んできて、それを無視して里へと戻ろうとしたら迷いました」
「……えーと、つまり?」
「迷子になった」
「いちいち回りくどいというか意味不明なことを言いますね……」
「直接的な表現ばかり使っていると、表現力が弱くなりそうで、あいでんててー確立のために僕はこんな言い方を仕方なく行っているのです」
「あいでんててー?」
「みんなちがってみんないい教育の一環です」
僕が両手を広げても空は飛べないけれど、小鳥が翼を広げるともれなく僕が焼き鳥を食べたくなってくる。
神子は「何言ってんだ、コイツ」といったような内容を、顔の表情だけで器用にも表現したが、その後「今夜、泊まるところが無いのなら、私の家に来ませんか?」と言ってくれたらいいなあと妄想してみた。
「もし、行くところがないのなら、私の家に泊まってもいいですけれど」
マジかよ。妄想だってしてみるものだな。
「じゃあお言葉に甘えるとするよ」
「…始めてまともな会話が成立した気がするわね」
「まともな会話をしようと試みなかったからね」
「試みなさい」
ふふふ、と可愛らしく笑う神子。僕も一応ふふふ、と笑顔の疑似品を作るが、動作不良により壊れてしまった。僕らしいと言えば僕らしいのかもしれない。
まあ、たまには笑おうとしてみるのも。
「こっちですよ。ほら、ちゃんとついてこないとまた迷いますよ?」
「ほいほい、わかってるよ」
悪くない、と思った。
小説は書きたいけれどポケモンも妥協できない。
ダブルバインドというやつです。