東方虚真伝 作:空海鼠
「なっ、何するのよ!」
何するのよと言われた。これが昨日からずっとつけてきたストーカーさんのお言葉だというから、驚きだ。
「あなたが私の夫をつけ回していた犯人ね?」
「待て。いつきみが僕の妻になった。訂正と撤回と謝罪と賠償を要求する」
僕の妻になりたかったらとりあえず年齢を一桁にすることだな。あと背をもう少し低くして顔を童顔にして胸は……そのままでいいや。
嘘だけど。
「……何なのよ、貴方たち…。珍しく妖怪の住みかで人間を見かけたから守ってあげようと思ったのに………」
なんだ。ストーカーじゃなかったのか。というか紫、案外幼いな。幼女とまではいかなくても少女で全然通じる。それほど胡散臭くもないし、まるでただの女の子のようだ。
というか、ここ妖怪の住みかだったのかよ。全く気がつかなかった。
「あら、私はただのにょうかいよ」
「僕はただのいんげんだ」
「……………聞き間違い、じゃないのかしら」
この種族を許容できないとなると、紫は意外と常識的なのかもしれない。
「で、僕に何か用かい?」
「話聞いてた!?妖怪の住みかで人間を見かけたから守ってあげようとしたって言ったじゃない!」
「と、述べておりますがこれについて曖さん、どう思いますか」
「ええ、おそらく私は他の妖怪とは違う、特別な存在なんだと思っていることが推測されます。典型的な中二病ですね」
「……何だかよくわからないけれど、馬鹿にされている気がするわ」
どうやら紫は勘が良かったようだ。もう少し鍛えれば妖怪アンテナが立つかもしれない。こうご期待である。
「まあ、僕はその辺の妖怪よりは強いから大丈夫だよ。ありがとう」
一応お礼は言っておく。一般常識社会の礼儀だ。
「えっ……あ、その……どういたしまして」
お礼を言われるのに慣れていないのか、うろたえる紫。頬を赤らめもじもじしている姿は少し可愛い。しかし、大の男が少女の頬を赤らめもじもじしている姿を見てにやけているって社会的にはすごくまずい構図なのではないだろうかと考える。別ににやけてはいないけど。
「あー…、そういえば、ここから一番近い村ってどこにあるかわかる?」
「えっと……ここからだと西に少し行ったところにあるわ」
「あら、ちょうど私もそこに住んでいるのよね」
曖が嘘くさいことを言うが、嘘の匂いはしないんだよな…。本当に住んでるのか。
「妖力垂れ流して?」
「嘘にして」
「なるほど」
自分から出る妖力を『嘘』にしたのか。というか僕も似たようなことやってるよな。自分の種族に嘘をつく。
「………?」
どうやら紫はわかっていないようだけれど僕は好きこのんで知人の能力を吹聴するような輩ではないので自重。
「曖の能力は『嘘にする程度の能力』なんだよ」
しなかった。流石僕だ。
「…恋人の能力を、勝手に吹聴してみるのはどうかと思うわよ」
「あたりまえじゃないか。僕は恋人の能力を吹聴したことは一度もない」
「そのこころは」
「一度も恋人がいたことはない」
何だろう。別に恋人が欲しいとは思ってはいないのに微妙に襲いかかる敗北感。何とも戦ってなんかいないのに、すごく負けた気がする。
この敗北感…、もしかすると僕は働いてしまったのかもしれない。ニート失格だ。
「でも昔は助手(モルモット)してたよな」
「急に何を言い出すのかしらこの男は……」
「きっとこれが末期症状というやつね」
意気投合の材料にされてしまった。なぜ女子という生き物は他人の悪口で盛り上がることができるのだろうか。わけがわからないよ。
「弱い者いじめはやめろ。いじめかっこわるいぞ」
「格好にこだわらない新しいスタイルを目指してますの」
くそ。こいつ適当な返しも僕と似てやがる。
「そもそも貴方が……そういえば、まだ名前を聞いてないわね。私は八雲紫、スキマ妖怪よ」
「山田孝。三十五歳。無職童貞」
「田中明子。二十八歳。無職処女」
「「嘘だけど」」
タイミングぴったりだ。さすがドッペルゲンガー。特性は浮遊だろうか。
「……で、本名は?」
冷めた目で冷たい声を発する紫。どうして僕に出会った人たちはほんの数分でリアクションが薄くなるのだろうか。わたし、気になります。
「加城冥利。年齢不詳。無職童貞」
「朝霧曖。年齢不詳。無職処女」
「……今度は嘘じゃない?」
不審がっている声だ。僕たちはそこまで嘘つきに見えるというのだろうか。
「「嘘だけど?」」
「…!だ、だろうと思ったわ」
「「嘘だと言ったな。あれは嘘だ」」
ネタまで被るとは。侮りがたし、朝霧曖…!
「……………つまり、本名が加城冥利と朝霧曖…なの?」
「真相は闇の中…」
僕が呟く。
「真実は藪の中…」
曖が囁く。
「はあ…、もういいわ」
「もういいとは何だ。そうやってすぐ諦めるから何もできないんだろう。やればできるんだ諦めんなよ」
「さよなら」
あら、逃げられてしまった。まあいい、どうせ世の中一期一会だ。別れを受け入れてこその人間である。僕は人間じゃないんだけどね。
「まさか逃げられるとは……。あ、村まで案内させようと思ってたの忘れてた」
「あら、ワタクシじゃご不満で?」
「とんでもない。自分の偽物に案内されるなんて貴重な体験、願われてもしたくないね」
「つれない反応ね。私は貴方を案内したくて思わず蕁麻疹がでてしまうほどだというのに」
「そうかい。でも僕もきみの手を握れば蕁麻疹を発生させることができそうだよ」
「うふふ、手と手を握ればおそろいね。愛しているわよ」
「僕もだよ。世界で一番きみを愛してる」
「えーと……、こういうの。世間一般では何と言うのでしたっけ?」
「えー……、確か……」
「「嘘」」
こうして、僕は屋根のある家に実に十日ぶりに入ることが出来た。
流れが思いつきません…。
一応曖や冥利のモデルの人に最近あった会話の内容思い出してもらってるんですけど、人間の記憶には限界があるので人間を超越しないと全てを思い出すのは難しいようです。