東方虚真伝   作:空海鼠

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こんにちは、空海鼠です。



転生

「おおう」

 

生きていた。

傷一つ無く生きていた。もしかして不死身の肉体を手に入れてここから秘密の悪の結社との戦いが始まるのだろうか。ためしに指を少し噛んでみる。血が出る。痛い。

ひょっとしたら治るんじゃないだろうかと数分待ってみたら驚くことにみるみる治った。

嘘です。

治りませんでした。

とすると、夢オチかな。僕は実は死んでませんでしたー、とか。首を人間の限界ギリギリまで傾げて、首を痛くする高等遊戯を実行してみる。「ががが」痛い痛い、微妙に筋違えたかもしれない。

 

「ここはどこ?僕は誰?」

 

ここは第四世代のポケモンでいうなぞのばしょ、僕はついこのあいだ死んだばかりの加城冥利さんである。よし、現状確認完了。進路は真後ろ。後ろへ向かって全速前進だ。嘘だけど。

 

「…と、するとここはあの世だとか転生だとか胡蝶の夢案を採用しなくちゃいけないな」

 

現実的じゃないけれどこの際なんでもいい。生きている喜びを噛みしめようではないか。今なら全裸になって「I'm freeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!」とか言っても恥ずかしくない気がする。当然嘘だけど。

 

「さてそれでこの鬱蒼と茂った森が一体どこなのかわかる人手を挙げて発表しなさい」

 

返事がない。ただの屍だってどこにもない。というか屍に「ただの」って何だよ。「ただの」って。

屍がある時点で異常だろうが。それともドラクエの世界では屍がごろごろ転がってるのが普通なんだろうか。ドラクエの世界はずいぶんと殺伐としてるな。僕の死んでも転生したくない世界ランキング堂々の137位だ。わりと行きたい。

閑話休題。

一度は使い物にならなくなった眼球を正常に働かせて、現在地の把握を試みる。あの世だとしてもちょっとイメージと違うな。お花畑は僕の頭の中に咲き誇っているぜ。

右を見る。森だ。

左を見る。森だ。

前を見る。森だ。

後ろを見る。森…あ、キノコ見っけ。食べれなさそうな色してるなあ。

ふむ……全体的に見て、森だ。それしか言う言葉が見つからない。

とりあえず下手に動くと迷う危険性があるのでその辺の切り株に座ってみる。状況は変わらず、絶賛遭難中だ。

 

「そうなんですかねえ……」

 

古くさいギャグを言おうが状況は変わらない。僕史上未だかつて無いピンチである。餓死は普通に死ぬよりも苦しいと聞いたことがあるけれど、自分の身体で実験できてしまうのだろうか。試してみる価値があるかもしれないと無駄に強がってみる。

頭皮を掻き毟り、少し控えめの量の雲脂を局地的に降らせる。頭からガリッと音がして、指に小さな血がついているのを見る。どうやら、強く掻きすぎてしまったようだ。地味な痛みが頭の表面を襲ってまた、妙に掻き毟りたくなる衝動を起こさせる。

と、不意に後ろでガサガサという音が聞こえた。やっと救助がきたようだ。仕方がない、今僕ができる最高の笑顔で振り向いてやろう。どうせ不快感しか与えないけど。

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

熊がいた。

いや、熊っぽい化け物がいた。

だって熊ってこんな蜘蛛の足みたいな足してないだろ。

だが僕はいつだってクールだ。トラックにひかれるときだって冷静でいられる胆力の持ち主だ。

それに僕は一度死んだ身。腹を空かせた熊っぽい変な生き物に我が身をわけて死後星座になることもやぶさかではない。さあ、僕の顔をお食べよ!

 

「いぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

もちろん嘘さ!

誰だってこんな気持ち悪い生き物が目の前にいたら普通逃げるよな!うわめちゃくちゃ気持ち悪い動きで追ってくる!やめてこおないで、僕のそばに近寄るなああーーーーーーーーーッ!

そうだ!こういうとき目をつぶって力をこめれば新たな力が覚醒するってネットで言ってた!

特に転生した直後は能力が強くなるとも書いてあったし!

これで異世界テンプレチートができるわけですね!やったー!

 

 

『嘘をつく程度の能力』

 

 

………。

 

「ただの嘘つきじゃないですかあああああああ!!!やだあああああああああああああああ!!!」

 

うん?待てよ?「程度の能力」といったらつまりは東方!『空を飛ぶ程度の能力』が超強化されているような世界だ!つまりはこの『嘘をつく程度の能力』は「ソノウソホント」レベルに強化される!

チート能力を得た僕に死角は無い!熊っぽい生き物もとい妖怪に向かって能力を発動!

 

『妖怪は……巣に帰る!!!』

 

僕がそう言うと、妖怪ははっとしたように身を固まらせると、僕を恨みがましそうに見ながら、すごすごと引き下がっていった……

 

訳ではなかった!!!

 

「マジでただの嘘つきじゃないですかあああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

自棄になり、絶叫する。何だよこのいらねえ能力!

嫌だ。トラックにひかれて死ぬのはまだいいが妖怪に喰われて死ぬのだけは絶対に嫌だ。

そう思っていたら目の前に崖が。これは死ねる。

だが妖怪に喰われるのに比べたら飛び降り自殺の方が幾分かマシだ。

もう一度死ぬ覚悟をして。

生存本能でブレーキをかけてしまう足に嘘をつく。

 

「そうだ、僕は飛べるんだ。だから…崖から飛び降りても絶対に死なない!」

 

そして、飛ぶ。

世界がスローモーションに見える。

トラックなんかよりももっと明確な「死」の恐怖が迫ってきて、思わず目をつむる。

後ろで妖怪が落ちたのか、気持ちの悪い叫び声が聞こえる。

続いてその妖怪が落ちたのかドスンという大きな音。

………?

あれ?何で妖怪が落ちた音が聞こえるんだろうか。妖怪が落ちたなら僕も落ちるだろ普通。

ゆっくりと目を開ける。

すると。

 

飛んでいた。

 

と、言うより浮かんでいたと言った方が正しいかもしれない。ふわふわと。ふよふよと。確かに、空を飛んでいた。

僕は飛行石を持っている訳ではないし、鳥人間コンテストで優勝した経験もない。

Q. では何故僕は飛んでいるのでしょうか。

A. 能力だろ。どう考えても。

…『嘘をつく程度の能力』はチートでした。いらねえとか思ってごめんなさい。タケコプター使わなくても空を自由に飛べることを証明した人間の一人になってしまった僕はおそらく未来人よりも優れた人種なのだ人がゴミのようだと自画自賛と見下しを組み合わせる。

ゆるやかに下降しつつ前を見ると大都会。妖怪が住む森と未来都市が隣り合わせ。つまり月に移住する前の時代だろう。

嘘ってすごい。僕は未来都市へ向かいつつ、そんなことを思った。

 

 

 




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