東方虚真伝 作:空海鼠
博麗玲華が死んだ。
博麗玲華が死んだ。
博麗玲華が死んだ。
博麗玲華が死んだ。
「み……湊さん………。あ、あれ……お姉…ちゃん……?」
幽華の声が聞こえた。いつの間にやってきたのだろうか。よく見ると周りにちらほらと野次馬もいる。ざわざわと騒がしいが、今まで気がつかなかったのか。お恥ずかしい限りである。
そうだ。今目の前に玲華の死体があるのを忘れていた。放心状態って怖い。
「そのようだね」
「そ…そのようだねって…!」
スタスタと、玲華に近づく。心臓がちぎれている、無惨な姿だ。
このままだと見るに忍びないので、能力を使って傷を治す。ついでに電気信号を操って、玲華の脳に心臓を動かすよう命令を出す。僕の体力が一気に消耗するのを実感できた。大技は使えてあと一回というところだろうか。
首に手を当てて脈をはかると完全に停止していることがわかった。
「み…湊さん!お姉ちゃんは!お姉ちゃんは大丈夫なんですか!?」
「駄目だね。もう死んでる。蘇生することにも期待できそうじゃない」
「そんな簡単に!」
「僕の能力は『すべてを見通す程度の能力』だ。もう一度言おう、博麗玲華は完全に死んだよ。蘇生もできそうにない」
嘘をつく。だが後半は嘘じゃない。傷を治して脳に命令を出しても心臓が動かないのなら、すでに脳が死んでいる。もう、医療技術などでどうこうなるものではないのだ。
「………お姉ちゃん……………っ!」
幽華が涙を流し始める。
………………何で僕は涙を流していないのだろう。玲華が死んでも、それほど悲しくなかったのだろうか。それとも、突然の出来事に驚いて涙さえも出ない状態なのだろうか。
僕にはわからない。ワカラナイ。
「幽華、能力を使えば犯人がわかるけど、どうする?」
暗に、『復讐するか』と言ってみる。おそらく幽華が僕に頼んでくれたら、一切の迷いもなく敵を殺すことができるだろう。一瞬で殺すこともできるし、ゆっくりと殺すことだってできる。
もし幽華が頼んでくれなかったら?その時僕は、どうするのだろうか。
自分の意思で犯人に復讐するだろうか。
何事も無かったかのように日常ごっこを続けるだろうか。
玲華のことを忘れるようにこの地から離れるだろうか。
答えの出ることのない考えを廻らせる。ああ、嘘さえもつけない。
いつの間にか顔を上げていた幽華が涙声で返答をしてきた。
「……湊さん、お願い。お姉ちゃんをこんな風にした犯人を見つけて……」
そして、僕の望んだ返答も。
「殺して」
さて、体力は全部回復した。調子もいつも通り絶不調だ。
布団から起き、朝食を食べる。いつもなら玲華が朝食を食べに来ることもあったのだが、その可能性はとっくに霧散した。玲華はもういないのだ。
この後の予定は、犯人の現れる場所まで行き、依頼通り殺すだけだ。すでに犯人も、現れる場所も能力を使って知っている。
「『「復讐」とは自分の運命への決着をつけるためにある』……確か、エルメェスだったかな」
良い台詞だ。だが、僕はそんな綺麗な言葉を言ったら、全て嘘になってしまう。
「もし僕が言うとしたら、『「復讐」とは怒りや恨み、憎しみをぶつけるためにある』になるのだろうか」
復讐とは、常に生者のためにあるものだから。
だから幽華は自分のために、玲華を殺した犯人を殺したいのだろう。
だったら僕は――――――
いや、やめておこう。玲華が殺されたときからずっとこんなことを考えている。考えても意味はないというのに。答えなんて出ないはずなのに。
『僕は玲華が死んでどう思ったか』なんて、僕にはわからないのに。
……もしあのとき、玲華を帰さなかったら玲華は死ななかったのだろうか。だとしたら僕のせい、になるのだろうか。
「よし、自虐終わり。お仕事の時間だ」
もうすぐ犯人がやってくる。僕はそいつを殺すだけだ。
それだけでいいじゃないか。
「やあ、きみが犯人だね。初めまして」
それは始めて見る妖怪だった。外見は至って普通の女の子だが、右手から生えている鎌のような形の刃物がひときわの異彩を放っている。おそらく、鎌鼬だろう。
既出ではない登場人物が犯人で、しかも探偵役が能力で答えをカンニングしているとか、もしこれが推理小説だとしたら僕はきっと本を投げ捨てているだろう。
「犯人?何の話かしら」
「きみが殺した博麗玲華の話だ」
「博麗……?ああ、あの子ね。私が人間を殺そうと村に入ったら、何を思ったか『話し合いましょう』って言ってきたのよね」
「いいじゃないか、話し合い。お互い傷つかなくて済む最良の手段だね」
「ふざけないで。私は人間を殺したいのよ!心臓を一突きにしてね!うふふ…」
気味悪く口を三日月型に歪ませ、恍惚の表情を浮かべる鎌鼬。
「それで、戦闘になったと」
「ええ、人間にしては強い方だと思うけど、私の足下にも及ばなかったわね」
これじゃあ、僕がルーミアから逃がした意味が全く無いじゃないか。やはり、無理をしてでも玲華を帰さない方が良かったのだろうか。
「それと……『私一人でも出来ることを見せてあげます』とも言っていたわね。まったく、人間のくせに思い上がるから私に殺されるのよ」
……………………………。
僕があのとき言った言葉が原因だったのか?だから玲華は実力差がはっきりとしている相手にも向かっていったのか?
ははは。
僕のせいだった。
玲華が殺されたのは、僕のせいだった。
僕のせいだった。僕のせいだった。僕のせいだった。
僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった僕のせいだった。
全部、僕のせいだった。
ああ、もういいや。
「 」
自分が何を言ったのかわからなかった。
ただ、僕がしたことは単純だった。
僕は自分の種族に『嘘』をつき、自分が神であると偽った。この体なら、能力の全てを余すことなく、十分に、十全に使うことができるから。
「あ、あ、あ……」
鎌鼬が腰を抜かしてへたりこむ。それほどに神力を解放しているのだ。
「お、願…い……許、許……して………」
とぎれとぎれに鎌鼬が言葉を発する。それにしても許して、か。
「例えば、殺戮が好きなきみはいつも通り、人を殺して帰る途中。迷子の子供に出会ったとしよう」
「…………」
鎌鼬はガクガクと震えているだけで何も言わない。
「そしてきみは、何の気まぐれか子供を助けてやることにしたとしよう」
「……あ!あった!そんなことが!昔!あったから!命だけは……!」
見え透いた嘘だ。まあ、それが本当でも、やることは一つだけだ。
「でも死ね」
鎌鼬の頭に触れた。その瞬間、鎌鼬が発狂したように叫びだした。
「きみの頭の中では、きみが現実で一秒を感じる間に、きみが十回死んでいる」
狂うことは許されない。鎌鼬の脳は常に正気を保つようにしてある。
終わることは許されない。例え僕が死のうともこの嘘は一生続く。解除も不可能だ。
この技を使うには、この体になる必要があった。それほどまでに――――――
――――――それほどまでに?
僕は何故ここまでした?幽華からのオーダーは『犯人を殺す』だけだったはずだ。ここまでして永遠の死を与えたのは僕の意思か?僕のせいで死んだ玲華に罪悪感でも芽生えたのだろうか。
罪悪感なんてものは昔とうに投げ捨てたはずだ。嫌われることを許容して、僕ではない別の誰かが傷つくことも許容した。僕が生きるために、誰かが死ぬことだってあった。何で今更罪悪感なんかがわいてきたのか。
…………そうだ。最後に見た顔が、泣きそうになっていた。その時に僕は、わずかな罪悪感を感じていたんだ。一番最後に見た玲華の顔が、悲しそうだったからなのだろうか。
そうだとしてもなぜ――――――
「ああ、そうか」
僕はきっと。
「玲華に謝りたかったんだ」
今になって気がついても遅いけどね。あーあ、僕って本当に駄目だな。
「……おや?」
僕の神力が上がってる?おかしいな。嘘をついた覚えは無いんだけど。
…………ああ、そういうことか。
『全てを見通す程度の能力』、大妖怪にも勝てる実力、そして、神力。これだけあれば神様扱いされてもおかしくはない。おそらく、隠れて見ていた村人が言いふらしでもしたのだろう。
神様を見にやってきたというのに、自分が神様になってしまうとは、皮肉なのだろうか。
そして目をつむると、
『真実を照らす程度の能力』
おそらく、『全てを見通す程度の能力』だと嘘をついたせいだろう。しかし誰よりも嘘つきなこの僕がこんな能力を手にするとは、なんだか、馬鹿らしくもある。
「はは……これで人間をやめるのも二度目だ…」
一度目は妖怪になり。二度目は神様になる。ふざけた生き物だ。
おそらくこれから博麗神社が造られるのだと思うが、巫女は誰にするのだろうか。まさかあのニーターか?僕としては幽華が働く姿なんて想像もできないのだが。
あとこの鎌鼬は防音設備を施した…押し入れにでも入れておくか。
さあ、村に戻ろう。玲華のいない日常を、再開しよう。
あ、そうだ。戻る前に一言。
「ごめんなさい、玲華」
やはり、いつものように、返事は聞こえなかった。
犯人は名無しです。モブキャラが主要人物を殺す今の世の中だからこそできるのです。