東方虚真伝 作:空海鼠
「さて……きみたち、ここで少し妖怪と人間について考えてみよう」
目の前には八千もの妖怪。僕が主役の舞台にしては客の入りは上々だ。むしろ異常と言ってもいい。
妖怪は随分と血気盛んなようで、皆殺気立っている。
それでも襲いかかってこないのは、リーダーらしき白髪の男が冷静だからだろう。
「……何のつもりだ、人間」
リーダーさんが威圧感のある声で言う。やべえ、超怖い。
「いやなに、たかが妖怪と人間という種族の違いだけで殺し合うっていうのはどうかと思っただけだよ。思想が違うからといって戦うのは理性的じゃない。ただの獣でもできるよ。だから妖怪、人間。どちらも知能を持つ者として話し合いで解決できたらいいなとね」
適当にてありがちかつ馬鹿馬鹿しい理屈を考えなしにでっち上げる。
「………いいだろう。だが交渉が決裂した場合、貴様の命、無いものと思え」
「最初からそのつもりだよ。きみがいなければ交渉の余地なしに殺されていただろうし」
実際隙を見て飛びかかろうとしていた妖怪もいたしね。リーダーさんが抑えていたけど。
もっとも、これはただの時間稼ぎだ。どうやら妖怪は人間が月に行くことは知っていても、それが今日だということは知らない。ソースは曖。
「まずはきみたちから、要求を言ってくれ」
妖怪と人間について考えてみようとか言ったくせに全くそのことに触れずに、相手に話題を任せる人間の姿が、そこにはあった。ていうか、僕だった。
「…我らの要求はただ一つ。人が月へと行かないことだ。我らは人や人の恐怖を喰わねば存在できない。大妖怪でさえ、少しは恐怖がないとその力も衰えて、最終的に消滅する」
なるほど。単に滅ぼしたいとか喰いたいとかそれだけで動いていた訳じゃなかったのか。
「ふむ、だけどこっちもきみたちに喰われるために残れ、って言われても納得できないのも事実だ。お偉いさんがたの承諾も必要だしね」
「そこで、妥協案だ。月に行く予定だった人間の半数……いや、三分の一でいい。地上に残ってはくれないか」
「おいおいおい、その三分の一の人たちには死ねと?どう説得するんだよ、それ」
「基本的に喰うつもりはない。少しだけ恐怖を貰うだけでいい」
確かにそれはそれなりにまともな案だ。だが。
「それを信じるに値する根拠は?もしそれが本当だとしても理性の無い妖怪がそれを破って人を喰う可能性は?きみが死んだあと次のリーダーがそれを破る可能性は?それに月に行けば不老不死という餌がぶら下がっているのに地上に残るメリットは?」
次々にこの案の穴を捲し立てる。屁理屈や詭弁でも、一応理屈であり、弁なのだ。筋は通っている。
「さらにもしこの案が通ったとして「もういい」
そう聞こえたかと思ったら、いきなり、僕の右腕が飛んだ。
「交渉は決裂だ」
続いて左足、右足、左腕、頭の順番で華麗に分断されていく僕の体。声を出す暇もなかった。
思考能力が低下していく。意識が薄くなる。
こうして、僕は死んでしまった。
「もちろん嘘だけど」
分断された頭にある僕の口からいつもの言葉が出る。そして、切断面からにゅるにゅると僕の体が生えてくる。
「なっ……!?お前、生きて………!?」
その様子に驚いているリーダーさんと愉快な仲間たち。そして僕の隣からも、僕の声が聞こえる。
「何を驚いているのだろうか、僕が生きているのは当然のことなのに」
「これはきっとアレだよ。お前なんかが生きていて何故僕の妹が死ななくちゃならないんだ!とかいうお約束のアレだ」
「不治の病系でのあるあるですな」
「そこからいじめに派生していく訳だろ?僕何もしてないんだけど」
「むしろ何もしなくても嫌われるのは僕の特権だろ?受け入れてやろうじゃないか。いつもみたいにさ」
「「「「「「それもそうだ」」」」」」
六人に増えていた。頭から、右腕から、左腕から、右足から、左足から、胴体から、それぞれプラナリアのごとくうにょうにょと生えてきて見事復活を果たしたのであーる。
さすが僕だ。復活の仕方まで気持ちが悪い。
「それで」「きみたちは」「これから」「一体」「どうしようと」「いうのかな」
リレーして喋ってみた。あれって漫画や小説でよく見るけど実際やってる奴見たことないよな。
「ば…化け物………」
妖怪のうちの一人が言う。ひどい言われようだ。どう見てもきみたちのほうが化け物っぽいじゃないか。怒っちゃうぜ。プソプソ。
「こ……こいつを殺せ!殺し尽くせ!」
リーダーさん、なんか威厳なくなって一気に雑魚っぽくなっちゃいましたね。お兄さん、ちょっと残念だよ。
リーダーが雑魚っぽくなってもきちんとそれに従い、妖怪は一斉に僕に攻撃を仕掛けてきた。
綺麗に十六分割された僕がいた。十六人になって帰ってきた。
頭からもしゃもしゃと喰われた僕がいた。直後、妖怪の腹を突き破ってたくさんの僕が生まれた。
槍で刺された僕がいた。飛び散った肉片が数人の僕になった。
灰になるまで燃やされた僕がいた。その灰から百人を超える僕が出てきた。
巨大な体につぶされた僕がいた。すぐに元に戻って若干増えてきた。
極太のレーザーで消し飛ばされた僕がいた。灰から増殖して復活した。
「もうこれでわかっただろう?きみたちじゃ僕は殺せない」
数千人にも及ぶ僕を代表して、僕がリーダーさんに声をかける。
「何なんだよ…お前……。何なんだよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
リーダーさんがキレて僕を殺そうとする。
「…もうそろそろいっか」
斬られながらつぶやく。
増えて復活してここまでテンプレである。
さて、
数千人の僕が一人に戻る。やっぱりこっちの方がいい。
そして、言う。
「あ、でっかい落とし穴」
瞬間、それこそ地獄までは続いていようかという巨大な穴が、妖怪たちの足下に出現した。
いきなりだった妖怪たちは、なすすべもなく落ちていく。
妖怪たちの叫び声がフェードアウトして聞こえなくなった頃。
「いや、まあ嘘なんですけどね」
そこには気絶した八千もの妖怪たちが倒れていた。
ここでネタばらし。実はここまで、全部妖怪たちの脳に直接見せていた嘘でした。
脳に直接だから痛いと思えば痛い。苦しいと思えば苦しい。気を失ったと思ったら気絶もするだろう。
ロケットが発射したと悟らせないためにわざわざこんな方法を使ったのだ。
…一応能力もあるかもしれないし、とりあえず殺しとこうかな。
「そういえば永淋を安心させるためについた嘘、えーと、『あらゆるものを喰らう程度の能力』だったか。どうせ最後なんだ。パーっと使っちゃうか。」
正直言って、本当に『あらゆるものを喰らう』訳ではない。そんな力はどこにも残っていない。
だけど。
「ここにいる八千匹を喰らうだけなら、できるだろ」
右腕が変形しておどろおどろしい異形の口になっていく。
しだいにその右腕は巨大化して。
「いただきます」
食べた瞬間、後ろで爆発音が聞こえた気がした。
「う……ん………?」
まだ生きていた。びっくりだ。ゴキブリかよ、僕は。
だけど、もう駄目だろうな。腕がちぎれている。足が抉れている。脇腹が吹き飛んでいる。
嘘じゃない、本当の痛みだ。
僕はこれから死ぬのか。どうせなら一思いにやって欲しかった。死ぬような激痛が体中に刺さる。
…そういえばトラックのときもなかなか死ねなかったな。死神はそんなに僕に痛みを与えたいのか。
Sなのか。言っておくが僕はMじゃないからこんなサービスされても全然嬉しくないぞ。
あ、やべ。
ま
た、
意識
が
『おお冥利よ、死んでしまうとは情けない』
何だよ、またきみかよ。素数を数えながら天国に行くんだ。邪魔するなよ。
『いやでもな、せっかく生き返らせてやったっていうのにこのままきみが死ぬんじゃちっっっとばかり、つまんないなと思って』
え、何?僕を生き返らせたのきみなのか?だとしたら、きみ、神様だったり?
『ふぉっふぉっふぉ。私を敬い、畏れるがいい』
うん、わかった。きみ、別に神様じゃないな。
『そりゃそうだろ。だいたい、今の私はきみの脳が生み出した偽物なんだぜ?』
大体、きみが神様だったらもう、宇宙の法則が乱れるとかそういう次元じゃないだろうしな。
『一度でいいから見てみたい、宇宙の法則消えるとこ』
乱れるじゃなくて消えるかよ。冗談にもなってない気もするな。きみならやりかねない。
『きみがそう思っているから、今の私がそう言ってるんだろ』
そりゃそうだ。
『で、これからどうすんだよ』
さあ、東方の世界だからきっと地獄とかもあるだろ。そこで平和に暮らすよ。
『ふうん、そう思ってるとこ悪いけどな――――――』
『――――――この物語は、もうちっとだけ続くんじゃ』
生きていた。
もうこの台詞は何度目になるだろうか。
僕のちぎれた両腕を掴みながら考える。そう、掴みながら。
腕だけじゃない。足も、脇腹も、完全に回復している。…プラナリア分裂とは、いかなかったようだが。
ちぎれた腕を見る。気持ち悪い。
僕についている腕を見る。かぱっと開いて異形の口になる。
気がつくべきだったんだ。
例えば、人の血を吸いすぎた刀は妖刀になる。じゃあ、妖怪を喰いすぎた人間は?
「僕は人間をやめたぞ……」
誰に言うでもなく、呟いた。
当然、誰の返事も聞こえることはなかった。
今回は長いかわりに文がもっさりしています。ご了承ください。