「……なるほどな。昨日翔子が鬼みたいな形相で俺を追いかけてきたのはそれが原因か」
僕と秀吉とムッツリーニは一つの卓袱台に集まり雄二に昨日あったことを(勿論木下さんへのお詫びのことは省いて)説明した。
「待て雄二よ。お主は霧島が何をしようとしていたのか知らなかったのか?」
「知らん。昨日廊下の突き当たりで翔子にスタンガンで気絶させられた後、目覚めたら全身をロープで縛られてて翔子の家の床に転がされていた」
「……霧島さん。相変わらず過激だね」
原因の一端は僕にもあるにせよ、時々雄二の不憫さに同情してしまう。
「だがお前らの話によると俺はエントリーできなかったんだろ? なら安心だ」
「まあそうなんだけど」
「…………先に霧島が登録してしまった可能性もあるが」
僕たちがそんな危惧を懸念するが、雄二は余裕のある態度で返してきた。
「はぁ? ないない。機械音痴のアイツがそんな発想抱くわけないだろ ムッツリーニじゃあるまいし」
「確かにエントリーができたのはムッツリーニの発想のおかげだけど」
「だろ。心配するだけど時間の無駄だ」
そう言われればそんな気もしてくるけど、なぜだろう。コイツがそんなことを言うと盛大な地雷にしか思えない。
「それよか、俺のことよりお前らの方が大変じゃないのか? 秀吉と間違えて姉貴の方で参加申請しちまったんだろ」
「うっ……」
「…………面目ない」
木下さんを参加登録させてしまう原因を作った僕とムッツリーニは申しわけなさそうに小さくなっていた。
「過ぎた事を悔やんでも仕方なかろうて、ともかくなってしまった以上ワシが姉上に扮して明久の相方として参加するしかなかろう」
「妥当だな」
「そうだね。でもある意味予定通りだから結果だけみればまだ良かったかも」
「そうじゃな。問題は姉上にバレないことであって万が一にも姉上が如月ハイランドに来るようなことでもなければバレる心配はないじゃろうしの」
なあんだ。一時はどうなる事かと思ったけど大丈夫そうだね。
秀吉のお姉さんの変装の出来は新学期初日の試召戦争で実証済みだし、何より可愛いから問題ない。
安心して思わずホッと一息吐く。
「ここに来るまでいろいろあったけど、本番頑張ろうね秀吉」
「うむ、必ず優勝するぞ」
決意を新たにし秀吉と顔を合わせる。
……その時、何故だか秀吉にお姉さんの面影を見た気がした。
「…………」
「ん? どうしたのじゃ明久?」
「えっ!? な、なんでもないよ! ちょっとぼーっとしちゃった」
「大丈夫なのか? 本番は明日じゃぞ」
「大丈夫大丈夫。体もぴんぴんしてるし。頭もすっきり快調だよ。それによく言うでしょ。バカは風邪引かないって」
「今自分がバカだって認めたな」
しまった。つい口が滑って。
「ち、違うんだ! 今のはちょっとした言葉の綾で──!」
「まあ明久がバカなのは今更だからどうでもいいが」
どうでもいいとは何だ。 まるで僕がバカであるのが当たり前みたいじゃないか。
「翔子は置いておくとして、何でお前らまで遊園地のイベントに参加するんだ? フリーパスがそんなにほしいのか?」
雄二の質問につい背筋が伸びる。
木下さんの件は僕たちだけの秘密だ。
当然、雄二に勘ぐられるわけにはいかない。
まずロクなことにならないからね。
「ま、まあね。無料で一日中遊園地で遊べるなんてすごくお得じゃない。だからとりあえずほしいなぁって思って」
「……お前、俺に何か隠してないか?」
ちぃっ。さすが雄二。こういう時だけはいやに鋭いっ。
「か、隠してることなんてあるわけないじゃないかっ。まったく何言うのさ雄二は」
「そうか。ということは差し詰め姫路か島田をデートにでも誘う魂胆か?」
「まあそんなとこ……かな。だからなるべく外部には漏らしたくないだけなんだ。あははは」
「なるほどな」
「分かってくれた?」
「ああ、勿論だ。俺達は友達だろ」
にかっと口を三日月にして笑う雄二。
普段は野蛮で卑怯で幼馴染を無碍にしてほくそ笑む外道野郎と思ってたけど、コイツにも友達を信じられる一面もあったんだね。
男の友情って素晴らしい。
「おーい、姫路ー! 島田ー! 明久が如月ハイランドのフリーパスでデートに誘ってくれるらしいぞー」
「シャラーーーップ!!」
慌てて雄二の口を封じる為蹴りを入れる。
が、まるで予期していたかのように雄二はひらりと身を屈めて回避した。
この野郎! なんてことを!
「おっと何する明久。俺が”友達として”お前の恋を応援してやろうとしてるのに」
「あはは、ありがとーねゆうじー。でも気持ちだけで十分だよー」
「遠慮すんなって(ごす)」
「遠慮なんてしてないよ(がしがし)」
「またまたぁ(バキバキ)」
「いやいや(ガンガン)」
「「…………!!(ガンのくれあい)」」
「どんな状況でもお主らのやることは変わらんのう」
「…………ワンパターン」
睨み合う僕らの傍で秀吉とムッツリーニが密やかに呟いていた。
「どっちにせよ島田と姫路はAクラスに行ってるから呼んでも来ないがな」
「な、なんだぁ。焦って損しちゃった──じゃないよ! よくも騙してくれたな雄二!」
「騙される方が悪い」
なんて事を、やっぱり野蛮なコイツに心なんてなかったのか。
「くっ、ならば目には目を! 霧島さーーーん!」
「はっ、ついにバカが感極まったな。そんな叫んだ程度でアイツが来るわけが──」
「……呼んだ?」
「なぁっはぁっ!?」
背後から霧島の声が聞こえバッタのように飛び引く雄二。
おお、ほんと来ちゃった。
「翔子! お前何しにきやがった!」
肩で息をしながら焦りの形相で問いかける雄二。
「……雄二が私の名前を呼んだ気がした」
「確かに名前は言ったが呼んだ覚えはねえよ! つかAクラスにいるお前に何で聞こえてんだ! テレパシーでもあんのか!」
「……雄二のことなら、何でもお見通し」
「怖えからやめろ!」
身体のあちこちを弄る雄二。
きっと仕掛けられた盗聴器でも探しているんだろう。
丁度良い。せっかくだしあの件のことでも聞いてみよう。
「霧島さん。昨日言ってた如月ハイランドの召喚獣大会はちゃんとエントリーできたの?」
問いかけてみると、霧島さんは顔に若干影を落としながら言葉を紡いだ。
「……それが、何故か雄二の名前が登録できなかったの」
「やはり霧島のところでも同じことが起こっておったようじゃの」
やっぱり、霧島さんのところでも同じ現象が起きてたんだ。
僕達が頭を悩ませている中、霧島さんの言葉を聞いて、雄二があからさまに胸を撫で下ろしていた。
「そうかそうか。ま、出来なかったものは仕方ないな。諦めろ翔子」
「……うん。────だから最終手段に出た」
「は?」
なんだろう、最終手段って。
疑問が口に出る前に、霧島さんは雄二から視線を切って僕に顔を向けてきた。
「……それより吉井に聞きたいことがある」
「え? 僕?」
「……うん。吉井、優子に何かしたの?」
「うぇっ!?」
意外な名前で出たことに思わず変な声が出た。
な、何でここで木下さんの名前が出るの!?
咄嗟に秀吉の方へ振り向くが、秀吉は首を横に振って目で知らないことを告げる。
内心が軽いショック状態になってしまったが、そんなことはお構いなしに霧島さんは言葉を続けた。
「……昨日から優子に元気がない……気がするの」
「元気?」
「……(こくん)なんだか上の空の状態で私が話しかけても反応しないことが多い。さっきも授業中にぼーっとしてて先生に叱られてた」
「そうじゃったのか。家では割と普通なのじゃがの」
「……それで心配になってこっそり優子に聞き耳を立てていたの」
そこで盗聴器を仕掛けない辺り、雄二と木下さんの扱いの差が見て取れる。
「……そしたら、ぽつっと独り言で『吉井君』って言ってた。だから吉井なら何か知ってるかと思って」
昨日電話もしてたし、と付け足して問うてくる。
知ってるも何も元凶です。とはさすがに言えない。
「そうなんだ。ほ、ほかには?」
「……。そういえば、何故かいつも使ってる消しゴムをカッターで細切れにしてた」
「なんでっ!?」
「……料理がなんとか……あと、これならやれるとも言ってた気がする」
「──っ!(ダッ)」
「あ、明久! どこへ行くのじゃ!?」
「…………落ち着け!」
「離して二人とも! 僕はもうここにはいられないんだ!」
秀吉とムッツリーニに抑えられながら必死にもがく僕。
何故だ。どうして僕を止めるの。死の恐れから逃避するのはまっとうな生存本能じゃないか!
「何だ明久。お前木下優子と何かあったのか?」
「べ、別になんでもないよ。ただちょっといろいろあって怒らせちゃっただけで……」
「ほぉ。……ははぁん、なるほど。それで例の大会に参加するわけか」
何やら意味深な笑みをこちらに浮かべてくる雄二。まさか気づかれたか?
「ちょっ!?」
「翔子。お前の悩みを解消するてっとり早い方法があるぞ」
「……ほんとに?」
「ああ、今からコイツを木下優子と引き合わせればいい」
あっけらかんと言う雄二。なんてことを! そんなことをしたら僕の命が先に積んでしまうじゃないか!
コイツはさっき何を聞いていたんだ!
明らかに面白がっている雄二に殺意の視線を飛ばす。
それを澄まし顔で受け流した雄二はアイコンタクトでこう語ってきた。
(さっさと死んで来い)
「この野郎クズ雄二ーーーー!」
喉の底から張り裂けそうな勢いで罵声を飛ばす。
全身から漏れ出るほどの憤怒で暴れだそうとするが、今だに僕を抑えている秀吉とムッツリーニの所為で身動きが取れない。
ならばせめておもの手段として力の限り雄二を睨みつける。今なら視線で人が殺せそうだ。
そこで唐突に黒板の上のスピーカーから校内放送が流れてきた。
『えー、生徒のお呼び出しを申し上げます。2-Aの霧島翔子さん、木下優子さん。2-Fの坂本雄二さん、吉井明久さん。以上の方は至急学園長室までお越しください』
それは紛うことなき学園長からの呼び出しだった。
「……呼ばれた」
「学園長が僕達に用事? なんだろう」
「どうせろくなことじゃねえだろ」
とか言いながら雄二ががっしりと僕の肩に手を回してくる。
「え?」
「それより聞いたか明久。丁度良いじゃねえか。木下優子も来るんだってよ。せっかくだ、ここで仲直りも澄ませておけ」
「ちょっ!? まっ!? 離せ雄二! 今の状態じゃ仲直りよりも前に僕の生命活動が終わってしまう! ていうかむしろそれが狙いか!」
「行くぞ翔子」
「……うん」
「うおおおおおっ!? 離せバカー!」
全力が暴れるがそこはさすが雄二。ぴくりともしない。
「ひ、秀吉! ムッツリーニ! 僕を助けて!」
「…………情けは人の為ならず。これも運命、受け入れろ明久」
「嫌だー!?」
「済まぬがワシに雄二に対抗できる力は持ち合わせておらぬ。まあせめてもの抵抗として、ほれ」
懐から何やらお面を取出し僕の手に収める。
なるほど、これで顔を見えなくすれば大丈夫だね。
「って無理に決まってるでしょー!? どうやってもこれじゃ隠し通せないよ!」
「遺言は済んだか?」
「待って! タンマ! ストップ! まだ言いたいことが沢山──!」
「面倒くせえ。もう行くぞ」
「待ってせめて弁解くらいは言わせてぇー!?」
ずるずると雄二に引きずられながら苦言を叫び続ける。
だが必死の抵抗も空しく、僕は学園長室へ連行されることと相成った。
……どうか、無事明日の朝日が拝めますように。