バカとテストと優等生Another   作:鳳小鳥

3 / 18
第3話

放課後。

 

──コン、コン、

 

「先生、補習課題と世界史の教材の整理、没収品の移動終わりました」

 

今日の授業が終わったところで教室を出て帰ろうとしたところ、偶然廊下で大荷物を抱えた西村先生を見つけたアタシは、先生の雑用の手伝いを買ってでていた。

それが思いのほか時間が掛かり、気づいてたらもう日が落ちかかっている時間。

すべての作業を終えたことを報告する為、補習室の扉をノックした後声を掛けると、中から威厳のある太ましい声が返ってくる。

 

「木下か、入ってくれ」

 

はい。と返事をし扉をスライドさせると、中には教卓に顔を落としている筋骨隆々の男性。西村教諭の姿があった。

普段馴染みのない補習室は窓から夕焼けが射して室内を赤く染め上げている。

風が吹いているのか白いカーテンがゆらゆらとなびいていて、殺風景な教室を神秘的な景観に作り変えていた。

アタシは僅かに息を飲んで教室に足を踏み入れると、西村先生は教卓から顔を上げてアタシの方に視線を回した。

 

「ごくろうだった。すまないな生徒に教師に仕事を任せてしまって」

「気にしないでください。したいと申し出たのはアタシの方ですから。それに生徒が教師に協力するのは当然の義務です」

「うむ、木下の働きは他の先生方からもよく聞いている。とても高い評価をと共にな。口にする先生は誰もがまさに理想的と優等生だと言っていた。先生も同じ教師として鼻が高いよ」

「ありがとうございます」

「これは少ないが先生からのお礼だ。受け取ってくれ」

 

そう言って、先生はスーツのポケットから缶コーヒーを取り出した。

 

「いえそんな、アタシが勝手にやった事ですから」

「気を使わなくていい、先生からの感謝の気持ちだ。もらいっぱなしというのは俺としても申し訳ないからな。もらってくれ」

「……そういうことでしたら、ありがたく」

 

右手を差し出して缶コーヒーを受け取る。

手にとった瞬間、触れている部分からひんやりと冷たい感覚を感じた。

それを制服のポケットに突っ込んで、再び先生の方を見ると、教卓を見下ろしてそこに広げられたプリントに目を通している所だった。。

 

「先生は何してるんですか?」

「ん? ああこれか。雑務と破損した設備の修繕と改装の内容書の確認だ。とっても実のところはFクラスが起した損害の一覧表だがな」

「Fクラス、ですか」

「ああ。あいつらは週に三回は問題を起してくれるのでな。おかげで俺もこうして苦労が絶えんのだ」

 

西村先生はボリボリと後頭部を掻きながらところどころに赤ペンでチェックをつけている。

 

「そのチェックはなんなんですか?」

「ここはそれほど被害にあってない部分だ。問題の度にわざわざ業者を呼ぶのももったいないからな。代わりに観察処分者である吉井にやらせる予定のところだ」

「っ」

 

”吉井”という言葉を聞いた途端、ドキンッと胸の鼓動が一段階上がった。

それに驚いてつい手を胸に当てると制服の上からでも分かるほど心臓の鼓動がはっきりと手の内から伝わってきた。

あ、あれ? なんでアタシこんなにドキドキしてるの?

 

「どうかしたか?」

「な、なんでもないです!」

「……そのわりには顔が赤くなってるが、もしかして風邪か?」

「夕日に当てられただけですから、全然大丈夫です!」

「そ、そうか」

 

ふぅ、今が夕方でよかった……。

 

「……吉井といえば、図書室の書庫の整理をやらせていたはずだが中々帰ってこんな。まったく、終わったら報告に来るよう言っておいたというのに」

「吉井君、まだ学校にいるんですか?」

「いると思うが──何だ。吉井に何か用でもあるのか?」

「まあ……ちょっと」

 

ちらりとアタシは左手に下げている鞄に視線を落とす。

結局、休憩時間に拾った例の写真はまだ返せていないままだった。

休み時間毎にFクラスを覗きに行ったけど、一度も吉井君に会えなかったし。

……ひょっとしてアタシ、避けられてる?

 

「落し物があったので届けようと思ってたんですけど何故か一度も吉井君に会えなくて」

「なるほどな──。なんなら俺が代わりに届けようか?」

「えっ?」

 

西村先生から意外な提案が来た。

 

「俺はFクラスの担任だから嫌でも吉井と顔を合わせることになるからな。その時にでも折を見て渡しておこう」

 

こ、これはチャンスかもしれない。

先生から届けてもらえば直接吉井君と顔を合わせなくてもこれを返す事ができるし、アタシも恥ずかしい思いをしなくても済む。

まさに一石二鳥。これってやっぱり普段からの行いがいいからよね!

 

「それなら──」

 

お願いします──。と続けようとした途中、口が凍りついた。

あの写真は至近距離からローアングルで撮った明らかに盗撮写真。

それを規律遵守、規則を守りルール違反は絶対許さない風紀の化身みたいなこの先生が素直に吉井君に返してくれるだろうか?

寧ろ没収と称して取り上げてしまうんじゃあ……。

 

「──いえ、やっぱり自分で渡します」

「む、そうか」

 

駄目だ。先生には渡せない。

何故だかわからないけど、それはすごくよくない。

 

「吉井君は図書室にいるんでしたよね」

「そうだが、これから行くのか?」

「はい」

 

これ以上悶々としたくないし。

 

「忘れ物を届けたらそのまま帰宅しますので、それでは失礼します」

「うむ、日も大分落ちかけてる。気をつけて帰るようにな」

 

扉の前で最後に先生に軽く一礼した後、補習室を後にする。

時間も遅い所為か、廊下には人影は一つもなかった。

耳を澄ますと微かに部活か何かの喧騒が聞こえてくる。まだどこかで部活動をしているのだろう。

ホラーとかだと定番だけど、人気のない学校ってどうしてこんなに不気味に感じるのかな。

まあ、今はまだ日が出てる分明るいからそれほどでもないけど。

 

──さて、じゃあ図書室に行きますか。

 

 

 

     ☆

 

 

 

がらがらがら──と図書室の扉を横に開いた。

 

「し、しつれいしまーす……」

 

覗き込むように顔を突き出して、首を左右に振り室内を見回す。

閑散とした室内は時間が止まっているかのように静かでアタシが入室しても何の反応も返ってこない。

どうやら誰もいないらしいけど──鍵が開いてるってことは誰か入るってことよね?

僅かに息を飲み、アタシは扉を閉め恐る恐る歩き出した。

 

「……書庫って確か奥だったわよね」

 

靴音を響かせながら本棚を間を抜けていく。

西村先生の話では吉井君はそこで雑用を任されているらしいけど、異常なぐらいの静寂を保っている図書室は人のいる気配が微塵も感じなかった。

本の整理をしてるなら多少音はすると思うんだけど、やっぱり帰ったのかな。

もし、探してもいなかったら……その時は縁がなかったってことで諦めよう。

西村先生に写真を渡して後の処遇は先生に任せる。それでこの件はすっぱり終わりにすればいい。

考えているうちに、書庫に通じる扉の前にたどり着いた。

 

「──ここね」

 

思わず息を飲む。

入った事ない部屋に加えてこれからすることに少し緊張している所為か、扉は人一倍大きく見えた。

恐る恐るドアノブに手を置く。

さあ──開けるわよ。

 

ゆっくり、なるべく音を立てないよう静かに扉を引いた。

 

「何、この匂い……」

 

初めて入る学園の書庫は、なんだか埃っぽかった。

一番初めに目に入ったのは、アタシの身長の二倍以上ありそうな荘厳な本棚の列。

部屋の隅には添えるようにちょこんと机と椅子が一つ置かれている。

周りには出したまま放置されているらしい本が積み重ねられていて、あまり広いとは言えない書庫をさらに狭くしていた。、

見る限り整理したとは思えない乱雑な室内だけど……、

 

 

「吉井君……? いないの?」

 

声を出してみても、返事は返ってこない。

しばらく歩き回ってみたけど人の姿はどこにもなかった。

……やっぱり帰ってしまったんだろうか。

 

「……はぁ、なんか勝手に緊張してドキドキしてた自分が恥ずかしい」

 

結局、現実なんてこんなもんよね。

ドラマやアニメみたいに都合よく会えるわけない。

吉井君の性格を考えたら教師の見張りのない雑用なんてサボるに決まってるのに、そんなことも思いつかないぐらい頭が回ってなかったのか。

 

「帰ろ」

 

落胆に肩を落として踵を返し書庫から出ようとする。

 

げしっ。

 

「んげっ!?」

 

柔らかいものが足のつま先に当たって下から奇声が聞こえた。

何か蹴った?

視線を地面に落として足に当たった物体を確認する。

 

「むにゃ……ひどいよみな──み。………」

 

足元には、本を何冊積んで枕代わりにしてそこに頭を乗せて横になっている吉井君がいた。

 

「なっ、な、」

 

アタシは驚きのあまり絶句して、思わず半歩後ずさった。

いきなり目の前でびっくり箱を開けられたかのように、心臓の鼓動が一瞬で跳ね上がる。

 

「ね、寝てる……の?」

 

ずいっと顔を少しだけ突き出して、仰向けで横たわる吉井君を覗き込むように観察する。

若干顔色を悪くしているが、すぅ、すぅと規則正しい寝息を立てながら、吉井君は眠っていた。

…………はぁ、

 

「びっくりした……。驚かせないでよまったく」

 

胸に手を当てながらそんな言葉を口から漏らした。

すると、胸に当てていた手の平の先から、ドクンドクンという鼓動が手に取るように伝わってくる。

うわぁ……どうしよ。アタシすごいドキドキしてる!? なんなのこれ!?

もう少しだけ眼下の吉井君に顔を近づけると、さらに鼓動は激しくなった。

どうやら今のアタシの心拍数は吉井君との距離によって変動するらしい。

なにこの恋する乙女。

 

じー。

 

「……すぅ」

 

しばらく見つめていても起きる気配は微塵もない。

……寝顔は結構可愛いかも。

これなら当分見ていても退屈しな──って何してんのよアタシは!

 

「違う違う! バカバカバカ! ずっと見ててどうするのよ。ここに来たのは落し物を届けるためでしょうが」

 

自分で自分を注意して頭を振り煩悩を追い払う。

危うく自分でも良く分からない領域に入り込んでしまいそうだった。

でも──どうしよう。

別にアタシとしてはこのまま胸元にでもこの写真を添えて退室してもいいんだけど、こんな不清潔極まりないところで吉井君を放置するのもなんだか気が引ける。

長時間ここにいたらいくら吉井君でも何か病気になっちゃうかもしれないし。

それはまあ──アタシとしてもいろいろ困るし……。

 

「……そうよね。ここではいさようならなんて優等生がすることじゃないし。仕方ないから──そう仕方ないから起こしてあげましょう」

 

そうろと吉井君の肩の辺りに手を当てて軽く揺すってやる。

 

「吉井君起きて。起きなさい」

「ん、んー……」

 

煩わしそうに顔をしかめる吉井君。

あれ? そういえば何で吉井君ここで寝てるの?

……まあ本人から聞けばいいか。

 

ちょっと力を入れて揺すってやる。

 

「ちょっと、起きてよ」

「……むー」

「聞こえてるの」

「んー、だめだよー。まだねむいったら……ひめじさん──むにゃ」

「…………」

 

ぷちっ。

 

なんだろう。何も起こってないのにアタシの沸点が一瞬だけボーダーラインを越えた。

 

すぅ……。

 

「起きろーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

「うぎゃああ!?」

 

自分でもびっくりするぐらいの大声が口から飛び出た。

傍で居眠りしていた吉井君はまるで爆発音を聞いたような驚き顔で飛び起きてきた。

 

「な、なんだ!? 鉄人か!」

「誰よ鉄人って。それより前に言う事あるでしょ」

「え?」

 

目を丸くして吉井君はようやくアタシの姿を視界に納めた。

そのままじーっと考え込むように唸りながらアタシを見つめてきた。

……な、なんか緊張するな。赤くなるなアタシ!

 

「な、何よ?」

「…………」

 

考え込むこと十秒。

 

「……そうか。分かったよ」

 

何かを悟ったような顔で、吉井君はそんなことを言って来た。

いままでバカなことばっかりしてきた彼にしては珍しい真剣な表情で、不覚にも少しかっこいいと思って──だから違うってば!

 

「な、何がよ」

「ううん、言わなくていいんだ。僕って同じ気持ちなんだから」

「は?」

「でもこういうってやっぱり男のほうから告げるのがセオリーだよね。正直緊張で心臓バクバクだけど、僕だって男だ。決める時ははっきり決めるよ」

 

何言ってるんだろう。起きぬけでまだ頭回ってないの?

 

「あの、吉井く──」

 

唐突に、アタシの言葉は途中で途切れた。

いきなり、何の前触れもなく。吉井君がアタシの両手を包み込むように掴んで胸の前まで持ってきたのだ。

え? えーーーーーーーーーーーーー!?

 

「な!? ななななななな! 何をいきなり!」

 

言語機能が故障したようにドモリまくるアタシ。

心拍数は過去最高の記録を進行形で更新している。

窓のないこの部屋ではもうあからさまだけど、きっと夕日が差し込んでいても今の赤面を誤魔化す事はできないだろう。

そして────。

 

「僕はいつだって、君のことが大好きだったよ」

 

埃が漂ってカビ臭い書庫の一角で、アタシは人生最大の分岐点に訪れた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。